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経済の話

経済学入門 需要供給曲線 需要供給曲線は本当か 共有地の悲劇
2階建て国家 経済学の父-アダム・スミス グローバル経済の罠
思考実験悪貨は良貨を駆逐する 100兆円を越える国家予算
基軸通貨の崩壊 アベノミクス

経済学入門

 ニュースを見ていても、経済の知識は必要ですね。経済学とは専門家にしかわからないものでしょうか。コンピュータを駆使しで、微分方程式を使って大量のデータで答えらしいものを出す。反論が難しいですね。それは経済学のほんの一部。実際は数式なんか使わなくても分かる話の方が圧倒的に多いのです。お金が絡むことには経済学の知識は一般教養として必要ですね。基本は、そんなに難しいことないはずです。
【オイコノミア】
NHKの教育番組で「オイコノミア」という経済学の一般向けの番組があります。芥川賞を取ったお笑い芸人の又吉 直樹氏が主役で登場する番組です。日常頻繁に行われる行動の選択にはほとんどすべてのことに経済学の考えが適用されるという話です。ここで取り上げられている話題は、主に行動経済学とかそんなジャンルに属するものが多いのですが、買い物の心理学的な側面にもスポット当てて、日常生活に密着する内容になって結構面白い番組になっています。
又吉 直樹氏又吉 直樹氏        大竹文雄大竹文雄(大阪大学教授)
【新・資本論】
また、いっぽう昨年でしたか(この記事は2017.9.30)、フランスの経済学者トマ・ピケティの「新・資本論」が大ヒットしました。「資本論」といえば、マルクス、社会主義の聖典みたいなものですが、こちらの方は資本主義国の大学の先生が資本主義の将来を憂いて書かれたもの。資本主義が今低迷期を迎えており、成長率の低下により所得よりも富(ストック)の重みが高まっている。また、その結果格差がどんどん拡大していることをコンピュータによる世界中の膨大なデータ解析の結果から解明されました。その結果何らかの格差是正の処置を取らないと、世界が不安定になっていくことを憂いているのです。
 現在の経済の話を考えるには下記の主要な考え方の流れを理解しておくことが必要でしょう。
新・資本論新・資本論        トマ・ピケティトマ・ピケティ
【アベノミックス】
マスコミにもてはやされる「アベノミックス」とは、どんな経済政策なのでしょう。具体的な経済のモデルは、結局最後まで提示されなかったですね。経済は、専門家でないと分からない。でも、今の日銀総裁黒田氏は官僚のトップで法務官僚ですね。前の経済のプロ白川さんは結局は更迭されたようなものですね。経済学者なんて結構弱い立場なのですね。政治家に都合の良い人が利用されているだけでしょう。多くの経済学者の反対を押し切って阿部のミックスは強行されています。このことはアメリカも同じです。しかし、経済学は文系科目の中では最も方法論のしっかりした分野です。必ず、結果に表れます。ただ、結果がすぐにでる訳でないので、為政者はその時には色々と言い訳をして失敗を逃れることができます。後で歴史をひも解いてみて初めて一般に知られるようになるのです。それでも、分からない人も多く、歴史は繰り返すのとおり失敗の見本も多々あるようですが。
 まず、経済の理論として最初に学校で教わるのは、良く知られた「需要と供給の曲線」。価格の決定のメカニズムですね。アダム・スミス等の古典派経済学の大発明ですね。右図に、示すようなものです。
需要供給曲線需要供給曲線
需要と供給は、「神の見えざる手」によって自然に決められる。だから、政府がこれを曲げるような規制を行うことは、神の意志に反する悪なわけです。「自由放任」がベスト。いまでも経済学者の中には原則として規制反対、規制緩和、小さな政府が理想とする人がたくさんいます。でも、これは封建社会にとっては大打撃。商品を右から左へ流して利鞘を稼ぐなんて、悪徳。まして、金を貸して金利を取るなどもっての他です。ヨーロッパで金融関係にユダヤ系の人が多いのはこういったことが背景にあります。
 でも、自由競争の行きつく先は。強者は弱者を駆逐し、最後は市場の独占または寡占の状態になるのは必然です。これは生物の進化の歴史と全く同じ。1つのニッチに2つの種は共存できないのです。寡占の状態では価格決定のメカニズムは働きません。その結果、政府の介入はある程度認められるようになってきます。
国の政策レベルから見た経済学の流れは概ね以下の通りとなります。

①19世紀の「古典的リベラリズム」:アダム・スミス等の古典派経済学の「自由放任」
           ↓
②20世紀の「社会的リベラリズム」:ケインズ経済学の「市場介入」と福祉政策
           ↓
③20世紀末の「ネオリベラリズム」:ハイエク、フリードマンらの「市場原理主義」

上記①~③の流れの中には、マルクス主義経済学の流れもあるのですが、チョットこの流れからは傍流か。まず、アダム・スミスの考えのポイントは、需要と供給から価格が決まるメカニズムです。いわゆる「神の見えざる手」の話です。これが今でも資本主義経済の根本理念で資本主義社会を支える最重要の経済学の公理ともいえる概念です。この「神の見えざる手」が機能していることが経済の大前提で、これを否定することは資本主義の正統性を否定することにも通じる大問題なわけです。
 ケインズの理論は、資本主義には避けがたいと言われた大恐慌への処方箋として生まれました。恐慌とは、結局ものが余って売れなくなり、失業者(労働という商品)が出ることなどで、政府がどんどん金を使って、需要を喚起すれば良いという考えです。極端なたとえでは、巨大な穴を掘削して、また埋め戻すような作業でも失業を減らし、購買力を喚起する手助けにはなる。ということで、各国色々実験をしたところこれが大変上手く行く。ケインズ経済学は一躍時代の兆児。アベノミックスもこの流れに近いのでしょう。
基本的に、資本家も労働者も不況は怖いですね。だから、政府も緊縮財政を行うより、国民に受けの良いインフレ策を取るようになります。橋本竜太郎より小渕恵三がもてる。ただ、その結果、政府の予算は膨らみ国は膨大な借金をしょいこむ込むことになります。また、経済が加速するとバブルが崩壊する危険も大きくなります。
ほら、見ろ。神の見えざる手を無視すると罰が当たるぞ。古典派の復権です。市場原理主義の小さな政府です。英国のサッチャー、米国のレーガンがこの路線ですね。日本の場合、小泉政権の規制緩和、民営化路線がそうですね。でも、国民はやはり大きな政府が資金をばらまいてくれる方が好きですよね。その結果国の借金は過去最大を更新し続けています。

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需要供給曲線

経済学の最初の理論と言えば、需要供給曲線ですね。バイブルみたいなもの。子供でも知っているかも。アダム・スミスの発明でしょうか。でも、簡単なグラフ、見れば見るほど内容が深い。市場の商品は、価格が上昇すれば、売りたい人が増え供給が増える。逆に価格が下がれば買いたい人が増え需要が増える。従って、供給曲線は右上がりの線。需要曲線は右下がりの線。価格は、2つの曲線の交わるところで決まる。それより右側では、供給が上回り売れ残りが出るので価格が下がる。それより左側では需要が上回るため、もっと高くても買いたい人が出るため価格が上がる。こうして、「神の見えざる手」が働き、最も適切な価格に自然に落ち着くというのですね。
需要供給曲線 これが、自由主義経済の根本理念。封建的な経済の世界を打ち破る原動力になったわけです。安く仕入れて高く売る、これが商売のコツですが、こんなことはキリスト教の道徳からは、悪徳以外の何物でもありません。まして、金を貸して利鞘を取るなんて。だから、品行方正な紳士は、金融や商業に手を出さない。西欧でユダヤ人が成功した理由です。
需要供給曲線ですが、お金もある意味で商品です。縦軸が価格なので変ですが、縦軸は金の価格とか他の尺度を使えば、同じですね。
ところが、このグラフ、チョット間違いやすい所があります。供給が増えれば、価格が上がる。需要が増えれば価格が下がる。変ですね。全く逆です。グラフだけ見れば、それもありそうです。良く見て下さい。因果関係が逆ですね。つまり、
       供給増→価格減、需要増→価格増
矢印は右から左は、正しいのに左から右は間違いです。
       価格増→供給増、価格減→需要増
これならOKです。数学のグラフとはここが違います。Y=f(x)では、横軸xを独立変数、縦軸yを従属変数と呼んだりしますが、たいていは、xとyは1対1で対応しています。需要供給曲線では、独立変数は縦軸の価格の方で、価格が需要や供給を喚起する原因となる訳です。ところが同じ価格に対して、需要と供給の数量は、均衡点以外は異なっています。1対1対応がつくのは、均衡点だけ。需要の数量と供給の数量が一致してみんながハッピーになるのです。私も、初め「なんで供給量が増えるのに価格があがるんじゃ。」と思って気が付きました。 需要供給の考えは、今でも経済学の大前提の一つ。市場原理主義は、ネズミ講的に膨れ上がっていく国家予算を削減するため、ケインズ学派に対抗して勢力を増して来ています。規制緩和、地方分権、小さな政府といった点が特徴です。
需要供給曲線の考え方を知っているだけで、経済ニュース良く分かるようになります。政府がお金を沢山刷れば、お金が供給過剰となり、物価は上がり生活は苦しくなります。今の政府は、国債を沢山発行して、それを市場でなく日銀に買わせています(基本的にはルール違反です。非常時だからという名目で)。その結果それを政府が使うことでお金が余計に出回る訳。それをアベノミックスと称していますが、どんなメリットがあるのでしょう。案の定、デフレ解消とかいいながら、さっぱり景気が良くなっていません。当たり前でしょう。給料や株価が上昇しても、肝心なお金の価値が下がっていては生活は苦しくなるだけ。余計なことをしないのが市場原理主義的なやり方。オリンピックを誘致して経済を活性化しょうというのはケインズ流か。
札束バラマキの本当の目的は。輸出促進。一理はあるようです。ただ、日本のような成熟国は、輸出と輸入はバランスしているはず。輸出で潤う会社もあれば、輸入で苦しむ会社もあるはずです。低賃金で物作って海外に売りまくっていたのはもう過去の話。また、輸出企業と言っても、実際に輸出しているのは数%程度、その内儲けの90%以上は1%以下の企業に集中。この話はNHKの「オイコノミア」でアメリカ企業の場合を例として説明していましたが日本でも同様だろうといっていました。つまり、いい思いをするのは経団連の超大手企業だけ。たいていの中小の企業は輸出と言っても下請けですからほとんどメリットは無いでしょう。しかし、消費税からは輸出還付金といて大手輸出企業には国内調達資材に対して払戻し金が出されます。因みにヨーロッパでは、消費税は20%以上、アメリカは非関税障壁だと非難しています(輸出還付金が膨大なため)。大企業一辺倒の政策ですが、株価だけは高騰、ばらまいた金の行きどころがなく株に流れ込んでいるためです。
札束バラマキの本当の理由も需要供給曲線の通りです。円の大量供給で、ドルと比べ大幅な円安状態が続いています。リーマンショック以降、アメリカの経済が非常に危険な状態になりました。でも、ドルは世界の基軸通貨。ドルの暴落を防ぐ目的でEUも日本もお互いに頑張って自国の通貨を対ドルで下げる努力を続けています。アメリカだけが利上げをしてドル高維持されている。ちょうど、ドラえもんに出て来る「ジャイアン」と「スネオ」と「ノビ太」の関係みたいなものですね。自国の通貨が安くなって喜ぶなんてこと歴史が始まって初めての異常なことです。自国の通貨が下がれば国民の全財産の価値が目減りしてしまうのででれだって反対するのが筋のはず。。また、国民の格差もどんどん広がっていきます。いま、米国もECも日本も経済が変調でしょう。需要供給曲線を正しく理解し市場原理主義的な考えを見直すことが求められているのではないでしょうか。

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需要供給曲線は本当か

需要供給曲線が成立するためには当然いくつかの大前提が必要です。まず、需要側と供給側に完全に自由競争が成り立っていること。自由競争が成り立たないような場合とは、

1.供給側が独占あるいは寡占状態にある
需要側が飽和していない場合、需要者は独占業者から言い値で買う以外ないですね。価格カルテルなどもそうですね。労働組合も一種のカルテルと見做され、経営者側からは敵対視されますね。でも、独占も需要が飽和状態の場合は、効果は無くなります。失業者があふれている状態では労働組合がいくら頑張っても賃金はなかなか上がりません。
自由競争を続けると、ダーウィンの進化論、適者生存の原理が働いて来るので、たいていは行きつく先は独占です。

2.供給が過剰にある
空気は人間にとって必要ですが、誰もお金を払って買う人はいません。病院の人工呼吸の場合は別ですが。水も昔はただでしたが、今は水道局が有料で供給するようになっています。ペットボトルの水は石油よりも高価ですね。最近は工業製品も100円ショップで売られている物多いですね。これも需要が飽和しているのでしょうね。需要が飽和しているものに対しては、デフレ対策としてお金をばらまいても効果無しです。農産物やガソリンなど必需品が値上がりで苦しむの一般庶民です。

3.政府の規制が強い
政府の規制が強い国では、完全な自由競争は不可能です。例えば、農産物については日本は農家保護の名目で異常に高い関税をかけて、海外からの農産物を自由競争で輸入できません。銀行ですら、日本では海外のように外貨を自由に取引できません。薬や医療に関してはほとんど外国の業者が入り込む余地はありません。資本主義の経済理論はほとんどすべてが自由競争ありきを前提にしています。だから、経済のかじ取りも既得権益の障壁が強く有効な対策が打てないことになります。ソ連時代に、ゴルバチョフが行っていたでしょう。「日本は世界一うまくいっている社会主義国だ」と。ただ、官僚主導の社会主義もグローバル化、少子化などの問題を抱えてガタが来ているようです。地方分権が叫ばれる理由です。

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共有地の悲劇

共有地の悲劇(The Tragedy of the Commons)とは、経済学のおける法則の一つ。アメリカの生物学者、ギャレット・ハーディンが1968年に『サイエンス』に論文「The Tragedy of the Commons」を発表、一般に広く認知されるようになったということ。多数者が利用できる共有資源が乱獲されることによって資源の枯渇を招いてしまうこと。 例えば、共有地(コモンズ)である牧草地に複数の農民が牛を放牧する。農民は利益の最大化を求めてより多くの牛を放牧する。自身の所有地であれば、牛が牧草を食べ尽くさないように数を調整するが、共有地では、自身が牛を増やさないと他の農民が牛を増やしてしまい、自身の取り分が減ってしまうので、牛を無尽蔵に増やし続ける結果になる。こうして農民が共有地を自由に利用する限り、資源である牧草地は荒れ果て、結果としてすべての農民が被害を受けることになる。
また、牧草地は荒廃するが、全ての農民が同時に滅びるのではなく、最後まで生き延びた者が全ての牧草地を独占する。このことから、不当廉売競争による市場崩壊とその後に独占市場が形成される過程についても、コモンズの悲劇の法則が成り立つと考えられている。
日本の近海では、日本の排他的経済水域のすぐ隣の公海上で、中国、韓国、あるいは北朝鮮の漁船が魚を取りまくっているといわれています。ここで日本も負けじと漁獲を増やせば、まさしく共有地の悲劇が生じそうですね。共有地の悲劇の問題は漁業では本質的な問題です。取る漁業から育てる漁業への転換も求められているのかも。
実際にコモンズの悲劇が起こるのは、多くの場合、共有地がオープンアクセスで新規参入が自由で、共有地の資源が希少資源で枯渇する場合に尽くされてしまう場合。ここでいう、共有地とは土地だけに限らず、経済活動における一般の市場にも当てはまる。例えば医療の世界でも、だれでも医者になれれば、これが儲かるうちは質の悪い医者がたくさん増えて、その結果医療システムは崩壊してしまうだろう。だから、国が試験を行い免許を与え特定のものだけに独占的の開業する権利を認めているわけですね。 行政側の政策として、利用者の数や利用の程度を制限し、有償で独占権を与えて、共有地(市場)を保護する場合が多い。ただし、これが業界保護の目的で悪用されると、既得権と化し、新規参入を拒み、国民に多大な不利益を提供することになってしまう。規制緩和が叫ばれる背景である。既得権に胡坐(あぐら)をかいていると、技術の革新が進まず、高価格体質が温存され、他国に比べ非効率なシステムが固定化されてしまう問題もある。
日本におけるタクシー減車法は、タクシー事業者に対する免許に対する総数に制限を課して、大都市部での不当廉売による市場崩壊防止のため新規参入を禁止する政策である。ただし、この場合枯渇を考慮すべき資源はタクシードライバーなのか、乗客なのか。駅でタクシーを待つために乗客が長い列を作っている状態と乗客を待つためにタクシーが列をなしている状態とを経済を考えるうえでどちらが健全な状態か考えて欲しい。当然後者の方が望ましい。乗客という資源は、運賃を下げることで増やすことは可能だ。海外並みの低コストにすれば日本でも乗客を増やすことはいくらでもできる。深夜の駅で最終電車に乗り遅れた経験をお持ちの方も多いと思うが、いわゆる「白タク」という違法のタクシーのおかげで遠距離の家まで無事帰ることができた人も多いだろう。共有地の悲劇を取り間違えた政策がタクシー業界の発展を阻害している原因になっている。

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経済学の父-アダム・スミス

アダム・スミス アダム・スミス(Adam Smith、1723年~1790年):イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者。スコットランド生まれ。主著に倫理学書『道徳感情論』と経済学書『国富論』(1776年)がある。スミスが生きた18世紀のイギリス社会は政治の民主化、近代西欧科学の普及と技術革新、経済の発展といった「啓蒙の世紀」であった一方で、格差と貧困、財政難と戦争といった深刻な社会問題を抱えた世紀でもあった。光と闇の両側面を持つ18世紀イギリス社会はアダム・スミスの思想に大きく影響したとされています。
アダム・スミスは、自由主義の経済理論を説いた最初の人で、「神の見えざる手」に任せて完全自由競争に経済を任せれば良いとの非常に斬新なアイデアを唱えました。そして、最も痛烈に非難していたのが当時世界を席巻していたイギリスの東インド会社の存在だったそうです。国に代わってインドなどを支配し、やりたい放題の超独占企業。完全自由競争に対して真逆の存在です。既得権を背景に目に余る不正行為が多かったためでしょう。
中小の独立した企業が互いに競い合っていれば、経済も活性化し、次々と新規参入の企業が交代して国は豊かになる。一方、一部の企業が市場を独占し、政府と癒着し、既得権を固守すれば経済は停滞し、独占企業が闊歩して、世の中大変不便になってくる。  アダム・スミスの考えは、当時のヨーロッパ社会の技術の発展に大いに貢献しました。努力して技術を開発してお金儲けをすることは決して悪いことではなく、むしろ推奨される行為になったわけですから。
 ただ、自由競争の社会はとても不安定で、弱肉強食の状態が続くとだんだんと生き残った企業の独占状態となってしまうという宿命があります。独占企業は資金力にものを言わせ、政府や世論を都合の良いように操作し、結局第二第三の東インド会社を作り出してしまいます。
もちろん、自由主義経済の信奉者たちも、「自由主義経済の最大の敵は独占だ。」ということは当然認識していました。だから、独占禁止法などを作って各々の業界の市場占有率を規制するなどの努力はしてきています。しかし、逆に成功した資本家たちは既得権を守りさらに発展するためこれらの政府の規制を骨抜きにしてさらに独占を進める活動を続けています。
そして、その後の歴史を見ると、アダム・スミスの考えは、「自由競争」や「自己責任」だけが強調され、「独占は悪だ」という考えは、建前だけで巧妙に無視され続けたようです。

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グローバル経済の罠

完全自由競争に経済は、企業の活動が一国内だけにとどまっていれば実現は可能でしょう。しかし、工業化に成功した国々の企業は、さらなる市場を求めて海外に進出しようとします。また、これらの先進国は、国家自らが企業の後押しをして海外進出を試みるようになります。民間の企業同士の競争が国家と国家の競争に転化してしまいます。そして各々の国家の目標は、国家自らが「東インド会社」になること。いわゆる「帝国主義の時代」、別の表現をすれば「国家社会主義」。現在でも各国の首相や大統領自身が自国の輸出を増やすための営業マンとなっているでしょう。
walmart  しかし、独占を目指した自由競争は、最後はだれかが一人勝ちするまで続きます。なぜなら市場は有限ですから、だんだんもうけが少なくなってくるからです(収穫逓減の法則)。ところが国家同士の自由競争には、独占を禁止できる方法はありませんでした。その結果生じたのが戦争。戦争をすれば経済が一度リセットされさらなる発展が見込める。その結果、2回の世界大戦が生じ、結果として現在アメリカの一人勝ちとなっています。現在世界の市場を独占している大企業はほとんどがアメリカの企業です。現在の多国籍企業は、昔の東インド会社と異なり国家の枠を越えて、世界中を相手にしています。労賃が少しでも安い国に工場を移し、少しでも安い資源を求めて輸入先を変えていきます。そして世界中に負け組を大量生産し、貧富の格差を広げていきます。今までグローバル化と称していた枠組みは、多国籍企業を利するためのものです。自由競争の世界で一番利益を売るのは市場の独占に成功した巨大な多国籍企業。当のアメリカだって、一般の市民や中小の企業はドンドン貧困化していくでしょう。しかし、当のアメリカでもこのグローバル化に「ノー」を突きつけた政権が現れました。国内の産業を保護するため、関税障壁を作ろうというわけです。ヨーロッパでも、英国がEUを離脱したり、グローバル化に「ノー」を突き付ける国が続出しそうです。トランプ大統領のやっていることもまんざら的外れでもないようですね。

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2階建て国家

2階建て国家      日本の高速道路は、何故有料なのでしょうか。日本は「世界で最もうまくいっている社会主義国」とかってゴルバチョフをうらやましがらせた制度。その秘密は。でもその秘密が今度は日本の成長の足を引きずる重たい軛になっていることに気がついていますか。
敗戦後の日本。日本は官僚組織が見事に残されました。マッカサーに掛け合って日本型の官僚システムを作り上げたのは、かのワンマン宰相吉田茂です。官僚機構の組織的活動で日本が高度成長を遂げたのも事実です。戦後の総理大臣を見ても分かる通り、ほとんどすべてが官僚出身、○○大学卒でしょう。日本の官僚機構は基本的に終身雇用システム、しかも縦割り組織で滅私奉公型。政治家で顔が利くのは官僚の代弁者だけ、官僚に任せておけば、総ては上手く行く。これが与党の基本姿勢です。また、官僚機構は民間にも終身雇用システムを熱心勧め、これも我が国にはほぼ定着しました。
終身雇用の縦割り組織、経済が拡大し、人口も増えている間は絶大な威力を発揮し、日本は世界からもエコノミック・アニマルと揶揄(やゆ)されるようになりました。経済が安定期に入り、少子化で人口が減ってくれば、今度はすべての歯車が逆回りになり、努力しても努力しても上手く行かない軛(くびき)になります。
国家予算を考えて下さい。縦割り組織で滅私奉公型の優秀な官僚たち、絶対に予算は増えることは納得するけど、減らす事だけ避けようとします。最低現状を死守しようとする訳です。実際、日本の予算は単年度主義で毎年ほとんど変わりません。国家予算における予算案は数学でいう定数(実は漸増)。これが1階部分。
そこで、日本の高速道路は、何故有料なのでしょうか。国家インフラとして予算を重点配分しようとしても無理。そこで、受益者負担なんて理屈をコネ、実際には借金で建設をすることになります。後で、料金として回収するという建前です。2階部分の誕生です。年金制度を立ち上げたのもこのため。はじめは積立方式で返すつもりが使ってしまった。少子化では収入の方は期待薄。消費税をあげざるを得ないでしょう。今後は、子ども手当も、年金も、障碍者福祉もすべて消費税。消費税増税は際限なく続くことになります。増税が難しいときは国債の発行、つまり借金です。つまり、日本には2人の徴税者がいて、各々が精いっぱい徴税している訳。基本的に政治家は2階部分の増加に熱心です。自分たちが口出しできる部分は2階の部分だけですから。時間がたてば2階部分は既得権として1階部分に移転されていきます。次世代へのつけは限りなく増えて行きます。1階部分を改革しない限り将来は無い訳ですね。大胆な規制緩和と地方分権が必要なわけもここにあります。

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思考実験

思考実験という言葉。理論物理学で良く行われる手法。アインシュタインが得意していたとか。特殊相対性理論の入門書では、「花子が止まっていて、太郎が速度V(光速に比べ無視できない速さ)で等速運動していて、云々…」。結構、読んでいてくたびれます。思考実験をするには、思考モデルが必要です。実際に実験を行うことは、大がかり過ぎ、コストもかかり、事実上不可能なことがほとんどだからです。だけれども、この方が、大変有効であったことは、現実の科学の歴史が証明しています。このことは、社会科学の分野でも当てはまります。社会科学で、最もモデルを有効に使っているのは経済学の分野です。
社会の力学というものは、実際に実験することは当然不可能ですし、再現することも難しいからです。また、モデルの妥当性を説得することも困難でしょう。また、モデルが良くできていて、現実をうまく説明できるほど、人々は、嫌悪感を抱き否定しようとします。人は、自分の先入観が否定されそうになると何とか理屈をつけて否定しようとするものです。次にあげる、映画館モデル、非常に簡明でうまいモデルだと思うのですが、みなさんはどうお思いでしょうか。


混雑する映画館  町中に大きな映画館がある。人気の映画が上映されていて、中は立錐の余地も無いほどの超満員。映画館の中は入場を待つ人たちの長蛇の列。映画の上映時間はとても長く、何時まで経っても中に入れない。上映されている映画はとてもつまらない。観客の目的はいつまでもこの映画館に留まること自体なのだ。実は、この映画館は、今の日本を反映したモデルなのです。
 この映画館は、時間とともに縮小していく。映画館の外の人達は抗議の声を上げるようになり、中の観客は押しつぶされそうになって悲鳴を上げている。もうお分かりと思いますが、この映画館は「終身雇用劇場」の看板をあげ、「年功序列制度を守り美しい日本」という長尺の映画を上映している。この映画館が大人気なのは終身雇用と年功序列の制度が日本経済の高度成長の原動力と信じられてきたからだ。
でも、この制度は明らかに致命的欠陥があります。会社組織というもの基本的に軍隊と同じピラミッド組織。入社時に総ての社員に終身雇用と年齢に応じた昇進を約束すれば、必然的に円筒型の組織に変わってしまう。軍隊ならば強制的に兵士を退役させることが出来る。社員を解雇できない企業は、この矛盾を解消しシステムを維持するためには、常に企業を拡張していく必要に迫られる。従って、日本の企業は、利益率よりもシェアーの拡大、子会社、系列会社を増殖させて、業務の多角化を続けていくことを運命づけられてしまう。
組織が拡大している限り、このシステムは機能するが、経済の成長が止まると、この制度は瞬く間に崩壊する運命にある。原理的にはネズミ講と全く同じだ。小泉政権の規制緩和も、この状況を緩和する目的で実施したもの。これが派遣労働が増えた原因だとは、原因と結果の取り違え、主客転倒、的外れな批判ですね。終身雇用制度が崩壊しているのだ。
ドイツでは、派遣労働を正規な労働の形態と位置図け、短時間労働と高効率の生産システムを達成し、今ではEUでもっとも成功した国となっている。日本にはもう一つネズミ講モデルがピッタリの例がある。国民年金の問題である。

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哲学・社会学の部屋

悪貨は良貨を駆逐する

人類は石器時代からすでに集団間での交流が行われていたらしく、その証拠も沢山見つかっている。当初は、物々交換であったことは明らかだが、そのうちに交換の尺度として特定の品物が使われるようになる。例えば、米だったり、金だったり、鉄や銅の地金だったりと。ただし、これらは品物を交換するために道具というより、それ自体が価値を持ったものだった。これらのものは魚や肉と異なり、長期間保存ができ、蓄財できる利点があった。
だから、最初に作られた貨幣は、皆硬貨であり、金、銀、銅といった貴金属が使われる。実際日本では、銅銭は自国では作らず、中国から輸入していた時代が長く続いている。銅銭自体に地金としての価値があったこともその理由だろう。
宋銭 だから、お金を受け取った人は、出来の良い硬貨をため込み、混ぜ物の多い不良品を優先的に使うので、結果として市場には悪貨が優先的に流通してしまう事態が生じることになった。ただ、このことは貨幣に信用がないということの表れで、結果的には貨幣の不足状態が慢性的に続き、今でいう社会全体がデフレ状況??に陥っていたとも考えられる。モノの値段が高止まりしていて、ものが売れず経済が活性化しない。
中央政府の力が強くなることで、紙幣が発明される。紙幣とはそれまでの考えから言えば最悪の悪貨だ。権力による裏付けがなければ、本当に単なる紙切れだ。
だから、これが単なる紙切れにならないことを保証する必要がある。例えば、その紙幣を国に持っていけば、同額の金、銀、銅の地金にいつでも交換してくれるという制度だ。これが「兌換紙幣」。これで、人々は安心して紙幣を受け取り、世の中の経済はうまく回る万事解決のはずだった。ところが今、世界中で兌換紙幣の制度をしっかりと守っている国はあるのだろうか。
現在、ほぼ世界全体の共通紙幣として使われているドル。当初はドルも兌換紙幣で、同額の金塊との交換が可能であった。1971年のドルショック。米大統領ニクソンによって、ドルと金の交換ができなくなる。こうしてドルは史上最悪の悪貨となったわけだ。米国が覇権を失えば、本当に単なる紙切れになってしまうからだ。米国が金塊との兌換を中止した直接の動機は、大量の金塊が米国から流出していったことが原因らしい。しかし、この決定のため、米国政府はいくらでもドルを刷って世界中から物を買うことが可能となった。ただ、この制度が持続可能ではないことは明らかだ。世界のどこかで経済成長(中国でもインドでもいいが)が続いていない限り、ドル余りが生じ、米国の覇権は消滅する。だから、先進国諸国のエリート層たちは経済のグローバル化を盛んに宣伝しているのです。でも、最近の世界の動きは反グローバル化。イギリスはEUから離脱。トランプ政権は高関税の米国優先路線、中国やロシアやインドは、ドル崩壊後の経済を見越して盛んに金塊を買いあさっているようだ。

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100兆円を越える国家予算

2018年度予算案が発表されたようだ。ここのところ毎年膨張(6年連続過去最大値)が続いており、約98兆円、100兆円を超えるのは目と鼻の先だ。そのうち税収は60兆円弱だから、残りは国債発行などの借金だ。この結果、国の借金は約1000兆円(1087兆円)に増加したらしい。100兆円は、国家が国民のために色々なサービスを提供するためのコストだから、人口を約1億人として、1人あたりを計算すると、100兆円÷1億人=1014÷108=1014-8=106で100万円だ。老人から子供まですべての国民に必要なサービスを国が提供するためのコストだ。この100万円/人が高いと思うか少ないと思うかは人それぞれだが、収入に比べ支出が多いことは持続可能性がないわけだから、一般の家計なら大幅な支出削減が必要なことは論を待たないが、実際には借金は増え続けている。数字が多いので簡略化して概数をまとめてみる。政治家も役人も国民に不人気な緊縮財政はやりたがらない。だから消費税は際限なく上がり続けることになる。
① 国家予算:100兆円/年→そのうち税収は6割だけ、残りは借金。
② 国の国民1人当たりのサービスコスト;100万円/人・年
③ 国民の1人当たりの負担;60万円/人・年
④ 国の借金残高:1000兆円、1人当たり1000万円

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基軸通貨の崩壊

世界経済の基軸通貨というのは、戦前は金、現在は米ドルであるのは常識だ。ところが米国がトランプ政権になって以来、基軸通貨としてのドルの立場が大幅に低下している。いずれドルは世界の多数の通貨の一つになってしまう可能性がある。
戦後、欧州や日本の経済復興のためには、米国が資金力にものを言わせ、欧州や日本から物を買いまくることが重要なことと考えられていた。当初、ドルは金本位制で、米国が多量の輸入を続けることで、国内の金が海外に流出するようになる。だったら買うことをやめれば良いのだけど、一度美味しいシステムを作り上げたエリート層は、簡単にはやめられない。
だから、1971年のニクソン・ショックが起こる。これにより米国は無尽蔵にドルを発行できることになる。無尽蔵に発行といっても、こんなことが持続可能な訳はないことは子供でも分かる。しかし、グローバル経済は規模が半端でない。だから、何時どのような形で米ドルの崩壊が起こるのかは誰も予測がつかない。 しかし、経済のごく基本的な考えに基づいて推定できる部分もある。一つ目はドルの価値が下がったということ。これは需要と供給の関係から必然だ。物の価値は、結局は基軸通貨のドルを基準に図られる。例えば労働者の給料、どんどん値上がりするでしょう。でも、実際はお金の方の価値が下がっているのだから、生活は寧ろ苦しくなるかも。
二つ目に言えることは、富の分配の問題。米国が多量に印刷したドルはどこへ行くか。米国政府、金融機関、投資会社など一部の企業にはお金が回るでしょう。しかし、米国内の製造業や労働者はドンドン貧しくなっていきます。格差がドンドン広がっています。
米国が世界中から、ものを買えば、ものを輸出する方の国にはお金が落ちます。以前はヨーロッパと日本、今は中国、そのうちインドや東南アジア、アフリカと変化してくるでしょう。グローバル経済は次々の拠点を移していかないと持続可能でないからです。米国に本拠のある世界規模の多国籍企業にとっては、生産の拠点は世界中のどこでも良いのです。
今後、先進国の労働者間の格差はドンドン広がっていくでしょう。開発途上国ではその格差は更に大きなものになっているようです。一部の多国籍企業には富が集まっても、普通の規模の堅実な企業はドンドン苦しくなります。
だから、このように考えると、グローバル経済にノーを突き付け、自由貿易の考えを否定しようというトランプの考えは理解できるでしょう。米国民の非エリート層からの支持が得られる理由も分かっているでしょう。 自由貿易を擁護する人たちは、世界経済がブロック化すると、戦争が起こりやすくなるという屁理屈を造り出してますが、これは全くの根拠がないこと。第二次世界大戦で日本やドイツが植民地を増やし戦争を仕掛けたのは、寧ろ英国中心のグローバル経済から自国の産業を保護するのが目的だったから。持続可能性の観点からは、自国で生産したものを自国で消費する。不足するものだけを貿易で融通し合うという方が、はるかに健全な考えかも知れません。

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アベノミクス

アベノミクスという意味不明な言葉が流行してきた。これがどんな政策か説明できる人はほとんどいないでしょう。アベノミクス(Abenomics)は、自由民主党の政治家・安倍晋三が第2次安倍内閣において掲げた一連の経済政策に対して与えられた通称で世界的も使われている。
アベノミクスは、第1次安倍内閣における経済政策の総称として命名されたが、その後、中身も色々と変遷してきているらしい。当初は、財政支出を削減し公共投資を縮小させ、規制緩和によって成長力が高まることを狙った「小泉構造改革」路線の継承を意味するものだったらしい。 第2次安倍内閣では新たに、デフレ経済を克服するためにインフレターゲットが設定され、これが達成されるまで日本銀行法改正も視野に入れた大胆な金融緩和措置を講ずるという金融政策が発表された。これら一連の経済政策が、第40代のアメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンの経済政策として名高い「レーガノミクス (Reaganomics)」をもじって、アベノミクスと総称されるようになった言われている。
安倍首相は、2013年9月26日にニューヨーク証券取引所での講演で「Buy my Abenomics(アベノミクスは『買い』だ)」と述べている。また同年12月30日の東京証券取引所の大納会でも、「来年もアベノミクスは買いです」と述べた。「アベノミクス」は2013年新語・流行語大賞のトップテンに入賞し、安倍首相自らが受賞した。
基本的な発想は、大胆な金融緩和措置。つまり政府が好きなだけ自由にお札を刷り、市場にバラまけば経済が活性化して、皆がハッピーになるはずだという理論なのだ。低下してきた日本の国際競争力を円安で高め、ふたたび日本が世界の工場となることを夢見た発想ともいえるだろう。
実はこのような発想は、米国発のものらしく、日本でも安倍支持の一部の経済学者にも受け入れられているようだ。彼らの発想は、通貨の発行は国の権利であるから、政府の都合で無制限にいくらでも発行すればいいではないか。ということは、本音は消費税等増税等する必要も全くなく、増税は寧ろ経済を停滞させるだけなので、その分国債を発行して日銀に買わせて通貨を過剰に流した方が良い。経済が活性化すれば税収も増えるので元が取れるという理屈だ。更に進めると政府は国民から税金を取る必要などなく、政府は好きなだけ通貨を発行するだけで費用を賄えるという理屈になる。
しかし、政府が国民から税を取らないとなると、政府は誰に対して責任を取るんだろう。こんな化け物みたいな政府の出現を許していいのだろうか。現に今の日本の政治は自民党の一党独裁、多数政党との名目で何でも好きなように法案を通してしまう。政策は国民の人気取り。財政などは考えなくても何とでもできる。何故、安倍首相があれほど自信を持っているのかは当然ですね。
このような考えは、既に米国ではかなり以前から取り入れられているようだ。ドルが金と交換のできない非兌換紙幣となって以来、米国は経済的な危機を、ドルを大量に印刷することで何度も切り抜けてきた。減税と引き換えにドルを大量に印刷すれば国民の支持も得られる。ドルは世界通貨となっているので、ドルが大量に出回るとドル安になり、米国に輸出する国は総て自国の通貨を安くすることを求められる。中国の人民元はもともとドルにペッグされていて、中国の工業製品は実質的に値下げした状態で売れる。従って、それに対抗するためEUも日本もひたすら自国の通貨を安く下げる政策を突き進めてきたようだ。自国の通貨を安く下げる政策が万策尽きた時点で出てきたのがまさに、アベノミクスだったわけですね。
しかし、政府が無制限に紙幣を発行してはいけないということは、今までの世界の人々の常識であったはずだ。国民は税金を納め、その対価として国は国民のための諸活動を行うのという暗黙の約束があったはずであるし、それが国家の存在する意味のはず。それが経済発展だけが目的になって、一部の資本の利益だけをひたすら追求する政府というものは極めて危険な存在に化する危険性が高い。所得税から消費税に移行していく動きも、消費税なら納税者の意向は全く気にしなくて済むのが政府の利点だからだろう。無制限な金融緩和は富裕層を利し、貧者をますます貧困に陥れる。既に米国では著しく富の偏在が進んでいることは、ピケティら経済学者の指摘する通であり、中国や開発途上国でも貧富の差は拡大している。結局すべての原因は米国発のドルの過剰流通なのだろう。米国では、ようやく共和党のトランプや民主党のサンダースのように既存のグローバル経済にNoを突き付ける候補が支持を国民の支持を集めるようになって来た。多くの国が通貨を無尽蔵に発行して通貨安を企むより、自国の産業を保護するためには互いに高額の関税障壁(トランプは自身のことをタリフマンと称していた)を設ける方が遥かに健全な方法ということになりそうだ。

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