地球の歴史

人生すべて学習の対象だ

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地球の歴史・生命の歴史

目次
宇宙の歴史 月の誕生 月の役割
地層累重の法則 大洪水とノアの方舟 巨大隕石による三大インパクト
地球史上最大の成功者の恐竜 地球外生命 植物は賢い
地球温暖化問題について(その1) 地球温暖化問題について(その2) 地球温暖化問題について(その3)
バッタを倒しにアフリカへ 地球上でもっとも成功している遺伝子 細胞内共生説
生物の分類 遺伝子の意志 顕生代とは
新生代とは 世界一高い山はエベレストか テチス海とは
スノーボールアース 地質時代区分 クライオジェニアン
恐竜と哺乳類 化学的風化作用 利己的な遺伝子
人は何故水を飲むのか 硬骨魚類の先祖 陸地の起源
デボン紀の魚 四肢動物の進化 羊膜類の系統図
ヴェロキラプトル 大量絶滅後の生命の回復 大地溝帯

宇宙の歴史

20世紀の半ば頃までの人々は宇宙に歴史なんかないと思っていました。「この宇宙は永遠不滅です。」なんて、元巨人軍の長嶋監督みたいに。例え膨張していてもいずれ収縮してまた膨張。いわゆる定常宇宙論が主流。宇宙には始まりも無ければ終わりもない。
ところが、1920年代にアメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルという人が、遠く離れた銀河が我々からどんどん離れて行っているという証拠を見つけます。遠い銀河程より速く離れて行っているのです。これは光のドップラー効果と言うもので、遠ざかる速度が速いほど、色が赤っぽく見えるのです。逆に近づくときは青っぽく見える訳です。遠くにある銀河程赤っぽく見えるということは、遠くにある銀河程我々から高速度で遠ざかっている証拠。これは風船を膨らませて見れば分かる。風船上の2点は離れているほど距離の増える速度が速い。遠ざかる速度が速いということは、現時点では宇宙が収縮に転じる可能性は零。限りなく膨張を続けているらしいと言うことです。

ビッグバン では、時間を逆回しにして見よう。過去へ戻る程、銀河と銀河の間隔は小さくなる。どんどん距離が小さくなる。最後は一点。つまり、宇宙には始まりがあり、大きさが零の点から生じたと考えられた。宇宙の総てが集約された点から、ビッグバンと呼ばれる大爆発によって宇宙は生じたと科学者たちは本気で考えるようになる。ビッグバンと呼ばれる大爆発があったらしいことは、宇宙背景放射という現象を通じてほぼ確定している。色々な研究から今では、宇宙の年齢は138億年と推定された。地球や太陽の年齢が46億年と見積もられていることを考えるとそんなに昔のこととは言えない。

物理学者達は、ビッグバンから現在までの宇宙の歴史をかなり詳細に描き出せるようになった。最初の1秒で、現在宇宙にある大抵のものが創造されたらしい。素粒子、陽子、電子、原子、エネルギー、重力、光、…。この1秒という時間がとても短いのか長いのか、そもそも時間とは。そう、ビックバンの前には時間すらなかった。時間はビッグバンと共に生まれた。ホーキング博士もそう述べておられるが、これが現在の常識。この1秒という時間にとても多くの出来事が生じたらしく、とても長い物語になるようだ。

ビッグバン理論には、異論もある。ビッグバンの起こる時点は、大きさがほぼ零。その時の質量も零?。エネルギーも物質もビッグバン以降に生じたものだから。数学的にはこのような点を特異点(singularity)と称している。だからその点より前は、解析不能何も言えません。お終い。しかし、物理学者は人が納得できるような言葉で説明をしたい。だからビッグバンの前には宇宙が収縮し、極限まで小さくなった時期があると考えている人もいる。或いは宇宙は複数個あって、そのうちの一つが我々の宇宙だなんて言う考えもある。要はビッグバンの前後の話は何も分かっていないと言っていいのでしょう。しかし、ビッグバン以降に生じて来た色々な天体の現象は、実証的理論的な研究を通して、歴史としてのストーリーが描かれつつあります。つまり、138億年間の歴史年表が描けるようになって来ました。その年表の中に太陽系や地球の年表もスッポリと組み込まれています。

初期の宇宙では、プラスの電荷を持った陽子とマイナスの電荷を持った電子が合体し、原子が作られる。最初につくられた原子はほとんどが水素で次にヘリウムができ、他の元素はほとんどない。宇宙は拡大しつつも部分的には重力の作用で物質が集合し、銀河を形成し、その中に太陽のような恒星が作られる。恒星の中では重力の作用で核融合が進展し、重い原子が作られる。酸素、炭素、鉄等だ。金やウラン等の更に重たい原子は超新星の大爆発が必要。大爆発の残骸がまた集合して次世代の恒星系が造られます。そのうちの一つが太陽です。

宇宙に多様な原子が現れた後に太陽系は誕生。周りを回る惑星達も同時に生まれる。太陽系は誕生がおよそ46億年前とされている。太陽系や地球についても色々な出来事が分かって来たのはつい最近のことです。でもこのようなことが色々分かってきたことで、「宇宙の歴史→太陽系の歴史→地球の歴史→生命の歴史→哺乳類の歴史→霊長類の歴史→類人猿の歴史→人類の歴史→世界の歴史→日本の歴史→郷土史」と一連の歴史上の事象が切れ目なく理解できるようになって来ました。これらの一連の歴史を「ビッグ・ヒストリー」として一冊の本に俯瞰図として取りまとめようという動きが出てきいます。子供達にも世界史や日本史に加えて、それらを含む、「ビッグ・ヒストリー」を優先して教えるべきという主張が見られるのもこのような背景を踏まえたことです。

地球の歴史・生命の歴史
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月の誕生

ジャイアント・インパクト説(giant-impact hypothesis)とは、地球の衛星である月がどのように形成されたかを説明する学説。いまでは、子供向けの科学の本に既に事実となったかのように登場することもある。しかし、まだ仮説の段階だ。 巨大衝突説とも呼ばれるこの説では、月は原始地球と火星ほどの大きさの天体が激突した結果形成されたとされる。この衝突をジャイアント・インパクト(Giant Impact、大衝突)と呼ぶ。激突したとされる仮想の天体はテイア(Theia)とよばれている。本説は、今では月の形成に関する最も有力な説だ。ただし、地球と月の成分構成などから疑問を唱える学者もいる。
ジャイアント・インパクト ジャイアント・インパクト説によると、地球が46億年前に形成されてから間もなく火星とほぼ同じ大きさ(直径が地球の約半分)の原始惑星が斜めに衝突したと考えられている。 原始惑星は破壊され、その天体の破片の大部分は地球のマントルの大量の破片とともに宇宙空間へ飛び散った。破片の一部は再び地球へと落下したが、正面衝突ではなく斜めに衝突したためにかなりの量の破片が地球の周囲を回る軌道上に残った。軌道上の破片は一時的に土星の環のような円盤を形成し、やがて破片同士が合体して月が形成されたと考えられている。
コンピュータシミュレーションによる推定では、このような場合では1年から100年ほどで球形の月が完成するとされている。別のシミュレーションでは、月が一つにまとまるまでの時間は早ければ1ヶ月ほどだとする結果が出ている。誕生したばかりの月は地球から僅か2万kmほどのところにあり、それが徐々に地球との間の潮汐力の影響で地球から角速度を得て遠ざかり、現在のように地球から平均38万km離れた軌道まで移動したと考えられている。ということは、月は今後もどんどん地球から遠ざかっていく運命なのかも。

古典的学説の問題点
ジャイアント・インパクト説が提唱される以前は、月の形成理論として有名な説が3つあった。
① 原始地球は高速で回転していてその一部がちぎれて月になったとする「分裂説」(「親子説」とも、要は遠心力で勝手に飛び出した)。
② 太陽系形成時に塵の円盤から地球と一緒に月が出来たとする「兄弟説」(「双子集積説」とも、これも連星系ということか)。
③ 月は地球とは別の場所でできそれが後に地球の引力に捕らえられ地球の衛星となったとする「捕獲説」(「他人説」とも、これも月と地球は連星系ということでは)。

しかし、兄弟説や捕獲説では地球のマントルと月の化学組成が似ていることの説明ができなかった。分裂説では本当に分裂が起こるほどの力学的なエネルギーがあったのかという点に疑問がある。兄弟説では地球と月の平均密度の違い(地球は5.52g/cm³、月は3.34g/cm³)を説明でない。つまり元の材料が同じならできたものも同じではないのか。捕獲説では月のような大きな天体が地球に捕らえられるような確率が非常に低いと指摘されていた。さらにアポロ計画で採取された岩石から、月の形成初期には月全体がマグマの海(マグマオーシャン)で覆われていたことも分かっており、兄弟説や捕獲説ではこれを説明できなかった。
このようにどの説もそれぞれ重大な問題を抱えていた。このため1970年代中頃にはどの説も行き詰まってしまい、困惑した天文学者のアーウィン・シャピロ (Irwin Shapiro) は「もはや満足できる(自然に思える)説明は無い。最善の説明は月が見えるのは目の錯覚だと考える事である。」という冗談を言うほどであった。

ジャイアント・インパクト説の登場
ジャイアント・インパクト説では、月の核が小さいことは、破片にマントル(岩石が主成分のため比較的低密度)が多く含まれ核(鉄が主成分のため高密度)はほとんど含まれないことで説明できる。また形成直後の月は破片が多数衝突したため高温になり表面が融解していると考えられることから、月がマグマの海で覆われていたとする証拠との整合性も高い。このように、ジャイアント・インパクト説は、前述の分裂説・兄弟説および捕獲説が抱えていた問題の多くを解決できると言われている。確かに3つの説のいいとこ取りをしている。このため、ジャイアント・インパクト説は1980年代中頃には月形成理論としてもっとも有力な説とされるようになった。そもそも初期の地球が小惑星同士の衝突で大きくなったことからしても、話の流れとしてもつじつまが最も合いそうだ。

ジャイアント・インパクト説の立証
月面の化学的な調査の結果、採取された岩石には揮発性物質や軽元素がほとんど含まれていないことが分かる。つまり、それらが気化してしまうほどの極端な高温状態で岩石が形成されたという結論が導かれる。月面に置かれた地震計(月震計)からニッケルや鉄でできた核の大きさが測定され、地球と月が同時に形成されたと考えた場合に予測される大きさに比べて実際の核の大きさが非常に小さいことが分かる。地震計を設置したということは人工地震を起こしたのでしょうね。核が小さいということは衝突により月が形成されたとする説の予測を裏付けする。つまり、この説では、月の大部分は衝突した元の天体のマントル、一部地球のマントルから形成され、核はほとんど寄与しないと考えられるからだ。衝突は当然、正面衝突ではなくかなり角度を持った衝突だったのでしょう(そうでなければどちらの天体も砕け散ってしまう)。 ジャイアント・インパクト直後には地球は全体が高温になりマグマの海(マグマオーシャン)が形成されたと考えられており、衝突した天体の核は融けた地球の深部へ沈んでいき地球の核と合体したと考えられている。 つまり、この衝突が無ければ今の地球も、今とは全く違ったものに成っていた可能性もあったということだ。

月が存在するという事実以外のこの事件の主な痕跡(証拠と言ってもいいか)も認められる。地球が明るい色の無色鉱物や中間的な岩石のタイプを地球表面全体を覆うほど十分には持っていないという事実がある。地球は、無色鉱物に富んだ花崗岩などの岩石からできている大陸と、大陸より暗い色でより金属に富んだ有色鉱物を含む玄武岩などの岩石からできている海という窪地がある。この構成の違いに加えて、水の存在が地球に広範囲に渡る活発なプレートテクトニクスを存在させることになったと言われている。さらに地球の自転軸の傾きと初期の自転の速さも、いわゆるジャイアント・インパクトによって決まったと想定される。

ジャイアント・インパクトのような出来事があった場合に本当に月のような天体ができるのかどうかは、コンピュータシミュレーションにより検証される。ジャイアント・インパクトの計算は重力多体問題と呼ばれる計算の一種で、破片が相互に重力的影響を及ぼしあうことから非常に計算量が多く、コンピュータには高い性能が要求される。しかし、1980年代後半から重力多体問題専用計算機によるシミュレーションでジャイアント・インパクトの実証ができるようになってきた。その結果、パラメータを上手く設定すると実際に月のような衛星の形成が起こりうることや、地球の自転軸の傾きなどを再現できることが示された。

ジャイアント・インパクト説の物理的問題点と新たな説明方法
ジャイアント・インパクト説にも、火星ほどの大きさの天体が地球を完全に破壊してしまわないような正確な角度で衝突し、衝突で自転軸の傾きを生じさせ、地球で活発なプレートテクトニクスが起こるようになる、というようなことが起こる確率が一見非常に低いように見えるという問題があった。この確率の低さは、地球外文明の存在の可能性の高さとそのような文明との接触の証拠が皆無である事実の間にある矛盾(フェルミのパラドックス)を説明するための証拠として持ち出されることがあった。この考えはレア・アース仮説(Rare Earth hypothesis)と呼ばれる。 つまり、レア・アース仮説とは地球は非常に奇跡的誕生した極めて特別な星だということ。科学者たちは、このような考えを嫌う。地球はは宇宙から見るとどこにでも存在しうるありふれた存在だと考えて研究を進めているはずだからだ。

つまり、月の生成説として、①~③の三つの説の問題点をクリアーできると期待されたジャイアント・インパクト説④だか、過去にこのようなことが生じる確率が低すぎるのではないか。つまり、このような確率の低い事件を事実と認めると、地球は極めてまれな奇跡の星(神の見えざる手)という結論を導いてしまう可能性があるのだ。 しかし、Edward BelbrunoとRichard Gott III は、最近の論文の中で衝突した天体はラグランジュ点 L4か L5 (地球の軌道上の、地球より60度先行した点と60度後方の点)で形成され、その後カオス的な軌道を移動し、適度に低速で地球に衝突したと主張した。この仕組みによれば、このような衝突事件が起こる確率はかなり高くなるとされる。
またジャイアント・インパクト説が分裂説と同様に抱えていた問題として、月の軌道平面(白道面)が地球の赤道面と約5度傾いているのを説明できないというものがあった。しかしこの問題も、最近の精度を上げたシミュレーションによるとジャイアント・インパクトで飛び散った破片同士の重力的な相互作用により説明できる可能性が出てきている。

複数衝突説の登場
数値計算によると、地球に火星サイズの天体1個が衝突して月は形成されたとするシナリオでは、月の成分の5分の1は地球に由来し、残る5分の4は衝突した天体に由来することになる。しかしながら、実際には地球と月の成分構成(例えば酸素同位体比)がほぼ同一であることから、ジャイアント・インパクト仮説には物質科学的な問題点も存在している。この問題を解決するシナリオとして、イスラエル・ワイツマン科学研究所のラルカ・ルフらは複数衝突説を提唱している。複数衝突説は、月は巨大衝突説が唱えるように1回の大規模衝突によって形成されたのではなく、複数の天体衝突の末に月が形成されたとする説である。この説では、微惑星の小さな衝突が20回程度繰り返され、衝突のたびに原始地球の周囲に残骸の輪が形成され、小衛星となり、こうした小衛星が合体することで最終的に月が形成されたとする。複数衝突説では、地球から多くの物質を放出するような衝突も考慮できる点や、月組成が多数の小衛星の組成を平均化した組成となることから、地球と月の物質科学的類似性の問題は緩和される。また、多様な衝突シナリオを考慮できる点から、月を形成する物理的条件もより緩いものとなる。 複数衝突説というのは、地球の生成過程と同じではないか。小惑星が衝突を繰り返し大きくなっていって地球が造られる。周囲に残骸の輪が形成され、小衛星となり、こうした小衛星が合体することで最終的に月が形成されたとする。 これって、土星の輪と良く似てないですか。土星の輪はそのうち調べて見ますが結構できたのは新しいらしい。そのうち新しい月が誕生するのかも。でも、複数衝突説では何故、水星や金星には月が出来なかったのか説明できるのでしょうか。まだまだ、謎の多い分野なんですね。

地球の衛星以外の例
2005年に発表されたRobin Canupによるシミュレーションでは、冥王星の衛星であるカロンも地球の月と同様に約45億年前に大衝突によって誕生したということが示唆された。シミュレーションによると、冥王星の場合には直径が1600kmから2000kmほどある他のエッジワース・カイパーベルト天体が秒速1kmほどで衝突したとされた。キャヌプは、このような衛星形成の過程は初期の太陽系では一般的だった可能性があると推測している。 また太陽系外惑星の形成シミュレーションによって、地球型惑星が形成される際には3個か4個に1個程度の割合でジャイアント・インパクトのような大衝突を経験し、月のような衛星を持つ可能性が指摘されている。このことから、他の恒星を回る惑星にも地球と同じような形成過程を経た月を持ったものがあるかもしれないと考えられている。

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月の役割

もし、地球に月が無かったら。今ある(生命あふれる)地球の存在は無かったと想定されている。月が出来たころは、地球の自転はずっと速かったらしい。1日は5時間程度しかなかったとも。月の引力のお陰て、だんだん地球の自転が遅くなり、今の1日24時間になったらしい。1日の長さは今でもだんだん長くなっているらしい。また月もだんだん地球から遠ざかっているとも。
干潮、満潮の潮の満ち干があるのも月のお陰だ。潮の満ち干には太陽の影響もあるが月の影響の方がずっと大きい。これも海の生物の進化に多大な影響を与えている。
地球は自分の公転面に対して23.5度の傾きを持っている。これはジャイアント・インパクトの際の名残りらしい。この傾きが地球に季節変動を与えてくれる。季節変動が起こるおかげて、地球全体の気温が均されてどこにでも生命が存在できるらしい。地軸の傾きが無ければ、高緯度地方は氷に閉ざされて、低緯度地方は灼熱地獄になってしまうとか。
たまたま、地球は月を持ったことで、生命が息づく環境になったようだ。

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地層累重の法則

地層累重の法則(law of superposition)とは、万有引力の法則に従って、地層が下から上に向かって堆積する(下にあるものほど、古い)という考え方のことである。化石による地層同定のと並ぶ、地層の新旧や年代判定を行う上での大原則だ。デンマークの科学者ニコラウス・ステノが、1669年に提唱したと言われ、次の3つの法則から出来ています。
       第1法則 地層は水平に堆積する(初原地層水平堆積の法則。Law of original horizontality)
       第2法則 その堆積は側方に連続する(地層の側方連続の法則。Law of lateral continuity)
       第3法則 古い地層の上に新しい地層が累重する

実際には褶曲や断層、大規模な地すべりなどにより、上下が逆転している場合もありますが、 それでも本来下にあった層が年代的に古いことは変わらず、慎重に地層の連続性をたどれば、その時間経過を追えると考えられます。また古い地層に褶曲や不整合が見られても、その上に堆積した地層との関係には本法則が適用でき、生痕化石やなども組合わせて各地層の年代の推定などに、使われます。
屏風ヶ浦 

【千葉県屏風ヶ浦】

確かに、これだけ聞けばこの通りなのですが、エベレストやアルプスの山の中の地層の中から、古い時代の三葉虫やアンモナイトなどの海生物の発見されることから、その場所は海だったことが分かります。そんな高い場所が海だったということは、地球全体が海に浸かっていたかというと、他のもっと低い場所で陸の生物や川や湖の生物の化石が発見されたりします。だいたい砂や粘土が水平に積もるのは海底あるいは川底しかありえません。火山灰は別ですが。また、地層に不整合が見られるのは、その時期は、そこが陸であり、浸食されたことを示しています。

そこで科学者たちは、大地がある時は隆起し、ある時は沈降するということを認めざるを得ませんでした。結局、造山運動というものがあり、大地は隆起と沈降を繰返しているのだと。でも何故大地が隆起したり沈降したりするのかは謎でした。ところで、ウェーゲナーという人が、大陸移動説(1912年)に提唱します。かれは、大西洋の両側、南米東岸とアフリカ西岸の海岸線の形が似ていること(大陸棚まで含めても)、及び、これだけ離れた場所から同種の化石が見つかることから、もともとは一つの大陸であったと想定したことがきっかけです。発表当初は、全く無視されます。巨大な大陸を動かす原動力について説明がつかなかったためです。「こんなデカい大陸がどうやって動くんだ。」でも、鉛直方向に動くのもかなり無理。造山運動があったことは動かせない事実のようですが。

現在は、プレート理論によって、大陸移動説はほぼ定説になっております。更にプレートの移動速度も実測によって、年間2cm~10cm程度と求められています。大陸の地殻はその下にあるマントルという粘性のある巨大なマスの上に乗っていて、マントルの対流に乗って大陸が離合集散を繰り返していることが分かりました。地殻の運動は、鉛直ではなく、水平がメインであったわけです。これで大陸が隆起と沈降を繰返している理由が説明できるようになって来ました。

大陸移動説のお陰で、地質時代の大陸の分布、当時の環境も良く分かるようになり、博物館の隅に展示されていた古生代の生物達も新たな脚光を浴びるようになって来ました。でも、ここまでたどり着く発端は、地層累重の法則まで遡るのです。

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大洪水とノアの方舟

ノアの方舟(ノアのはこぶね、英語でNoah's Ark)は、旧約聖書の「創世記(6章-9章)」に登場する、大洪水にまつわる物語で、主人公ノアがその家族、多種の動物を乗せた方舟に乗って助かり人類の先祖となるとの神話。コーランやヒンズー教にも同様の記述があるらしい。更に、源をさかのぼると、古代メソポタミア地方の文学叙事詩「ギルガメシュ」に記述あり、ギルガメシュは紀元前2600年ごろ、シュメールの都市国家ウルクに実在したとされる王と言われている。粘土版に記された楔形文字の『ギルガメシュ叙事詩』の断片の解読から、旧約聖書の洪水物語に似た記述の他、創世記のネタと見られる多数の記述が見つかっている。しかし、メソポタミア地方は、チグリス、ユーフラテスに挟まれ、洪水の頻発する地域ではあるが、人類を絶滅に陥れるような超大型の洪水があった痕跡は見つかっていない。ただし、当時一村落全体が洪水でほとんどが死に絶えてしまい、船に乗っていために生き残った人がいたような場合など、後世にこれを伝えるための伝説があってもおかしくないだろう。
ノアの方舟

欧米の地質学者達は、当初旧約聖書の無誤謬性を立証する目的から地層の研究を始めたが、意図に反して、地質学者達は次第に旧約聖書と袂を分かつことになる。創世記では、天地創造から数千年しか経ていないのに、地球の年齢は今では46億年程度と推定されている。ヒマラヤやアルプスの崖から海生生物の化石が発見されることも当初から謎であった。化石の種類が地層ごとに特徴があり、下部のものほど古そうだ(地層累重の法則)ということから生物の進化の概念も取り入れざるを得なくなる。更に、ある地域がある時代は海であったり陸であったりを繰返していたことは化石の変遷から認めざるを得なかったが、この真の原動力がプレート理論で解明されるのはつい最近のことでもある。

一方、洪水の伝説は、世界各地の民族に存在することが分かってきた。洪水の原因も氷河湖の氷のダムの決壊、大きな津波等は普通の河川の洪水よりはかなり大規模で洪水伝説にふさわしいものもあることも分かって来ている。このような洪水は地層の研究からも読み取ることが出来る。一見地味な地層の研究だが、過去の地球の歴史の真実を語ってくれる貴重な情報なのですね。下記の書籍は、キリスト教原理主義との対峙に多くのページを割いているので、我々日本人には少しくどすぎるところもありますが、地層の研究の醍醐味をうまく語ってくれています。
参考文献;「岩は嘘をつかない」David Montgomery著、白揚社

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巨大隕石による三大インパクト

 地球環境の変化は、地球内部からの要因に加えて外部からの隕石や彗星の衝突も大きな要因であったと言われています。もともと宇宙の塵のようなものが互いに衝突しあって大きくなって惑星が誕生したものですから、地球誕生初期には数えきれない衝突があったと想定されるます。地形に証拠が刻まれている巨大な衝突は過去三回生じたことが知られています。もっと規模の小さな衝突の痕跡は多数あるようですが。
①フレデフォート・ドーム…南アフリカ共和国にある世界最大の隕石衝突跡
②サドベリー隕石孔…カナダオンタリオ州グレーターサドベリー市にある、地球上で2番目に大きな隕石衝突跡
③チクシュルーブ・クレーター…メキシコのユカタン半島にある約6,550万年前の小惑星衝突跡。中生代の生物の大量絶滅を引き起したと原因とされている。

(1).フレデフォート・ドーム(Vredefort dome)
南アフリカ共和国にある世界最大の隕石衝突跡(クレーター)。また、現存する世界最古の隕石跡(2005年世界遺産して登録される)。隕石の衝突跡の直径は約190kmと世界最大。中央ドーム(直径約50km)とそれを取り囲む外輪山からなる。ドームの大きさは300km程度あったと推定されているが、現在は長年の侵食により50km程度が痕跡として残っている。
フレデフォート・ドーム
 約20億2300万年前に直径10から12kmの小惑星が速度約20km/sで衝突し生成されたと考えられている。衝突時のエネルギーはTNT火薬に換算して87Tt(テラトン、広島型原爆が約15kt、即ちその58億倍)と推定される。この時の衝突で地殻はえぐられ、地下25kmまで到達したと考えられている。衝突による地殻の溶解と攪拌により金鉱床が形成された。現在は、草原地帯となっており、固有の蝶、鳥、哺乳動物が生息している。また付近の川ではラフティングや沢登りが楽しめ、乗馬やハイキングコースもある。右の写真も隕石孔の一部なんでしょう。

ところで、この隕石孔のできたのが約20億年前だって。これで思い出すのは月の誕生だ。地球の周りを回っている月も、地球が誕生した頃、別の小惑星が衝突してその結果月が生じたとなっている。フレデフォート・ドームはその時の跡でしょうか。いえ、月が誕生したのはもっとずっと前らしい。でも、その時の痕跡は地球に残っているのでしょうか。

(2). サドベリー隕石孔 (Sudbury Astrobleme)
カナダオンタリオ州グレーターサドベリー市にある、地球上で2番目に大きな「アストロブレム(隕石衝突に起因する地質構造)」。地形としての「クレーター」はすでに浸食されて失われているが、生成時には直径200~250 kmあったと推定される。
サドベリー盆地 (Sudbury Basin)は、火成岩類・角礫岩類・堆積岩類がつぶれた楕円形に同心円状に並ぶ、特異な地質構造(サドベリー構造 ) をしている。その起源は18億5,000万年前 の隕石の衝突であり、クレーター地形は侵食と広域削剥で失われたが、当事の地下地質構造が現在地表に露出していると考えられている。直径約10kmの隕石が衝突してできたと考えられており、放出物は1600万km2にわたって撒き散らされ800km以上運ばれたものと推定されている。衝突によってマグマが発生し、そこから生じた火成岩類にニッケル・銅鉱山群 (ニッケル・銅硫化物鉱床) が含まれ、重要な地下資源となっている。

(3).チクシュルーブ・クレーター(Chicxulub crater)
メキシコのユカタン半島にある約6550万年前の小惑星衝突跡。 地磁気異常、重力異常、およびセノーテの分布(ユカタン半島独特の石灰岩地形)によって確認される。これらはいずれもきれいな円弧を描いており、この円の中心が衝突地点とされた。直径は約160Km。既知の地球上のクレーター(隕石衝突跡)では三番目の規模。これらを総称し3大隕石衝突、3大インパクトとも)、顕生代(5億4200万年以降つまり多細胞の生物が生まれた後)に形成されたことが確認されるものとしては最大級。この衝突が、恐竜を含む大型爬虫類はじめとする多くの生物が絶滅した白亜紀末の大量絶滅(K-T境界)の、もっとも有力な原因と考えられている。

2010年にサイエンス誌に掲載された説では、小惑星の大きさは直径10-15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されている。

巨大な隕石衝突が、過去三回。それ以外にも多数ある。ガリレオが発見した月の表面のアバタは、隕石衝突によるクレーターである。隕石衝突は今後も起こり得る。もし、そこそこ巨大な隕石の接近が予測された場合、人類は対応できるのだろうか。

地球の歴史・生命の歴史

チクシュルーブ・クレーター発見の経緯

1977年、ウォルター・アルヴァレスがイタリアにおいて、白亜紀末、約6550万年前の地層でK-T境界(中生代と新生代の境界)を発見。K-T境界は世界各地でその後発見されるが、この地層を境に恐竜を始めとして発見される化石の種類が激変することが分かった。また、K-T境界では多量のイリジウム(隕石起源のものしか見つかることが少ない鉱物)が含まれ、小惑星の衝突によってK-T層ができたという説が浮上した。
【イリジウム】
イリジウム(英: iridium)は原子番号77の元素。元素記号は Ir。 白金族元素の一つで、単体では白金に似た白い光沢(銀白色)を持つ金属(遷移金属)として存在する。「イリジウム」という名は、その塩類が、虹のように様々な色調を示す事から、ギリシャ神話の虹の女神イリスにちなんで名付けられた。
プラチナ(Pt)精錬の副産物として得られ、年間の採掘量はプラチナの生産量に依存するがわずか4トン程度で、貴金属、レアメタル(希少金属)として扱われている。 地球の地殻中での濃度は0.001 ppm(1 ppb)だが、地球内部のマントルにはこれよりはるかに多くのイリジウムが含まれている。また、隕石にも多くのイリジウムが含まれており、その濃度は0.5 ppm以上であるとされている。

フレデフォート・ドーム
つまり、高濃度のイリジウムが検出されるということは、隕石由来の可能性が高いということだ。この説が登場すると衝突跡を探す研究者が増えた。巨大な隕石が落ちたとすれば、その場所に痕跡が残っている可能性が大だ。1990年代初頭にアリゾナ大学の大学院生であったアラン・ラッセル・ヒルデブランドがハイチの山地で、K-T層に含まれ惑星衝突時の巨大津波で運ばれたと推定できる岩石を発見する。これらの岩石は特にカリブ沿岸に集中していた。しかしカリブ海には肝心のクレーターを発見することはできなかった。
この話に興味を持ったヒューストン・クロニクルの記者カルロス・ビヤーズはヒルデブランドに連絡をとり、1978年にグレン・ペンフィールドがユカタン半島で発見したクレーターがK-T層を形成したときに出来た小惑星の衝突跡ではないかという話をした。
1978年当時、ペンフィールドはメキシコ国営石油で油田発見のため地磁気の調査を行っていた。ペンフィールドは磁気データが綺麗な弧を描いていることに気付いた。そこで彼は、ユカタン半島付近の重力分布データを地図に起こした。するとチクシュルーブ(Chicxulub)の村を中心として円を描いていることに気付く。このことを発表するが大きな関心事になることは無かった。

ペンフィールドは諦めずにいた。彼は1951年から続いていた付近のメキシコ国営石油の採掘井戸の1,300m付近からイリジウムを含む安山岩がでることを知っており、これがクレーター跡の証拠と考えていた。しかし同様の岩石は火山活動でも作られることが知られており、惑星衝突の証拠として長い間否定的に見られていた。ヒルデブランドは、ペンフィールドとコンタクトを取り、油田から出た岩石とヒルデブランドの発見した岩石と比較を行い、サンプルはほぼ小惑星の衝突で出来た物と推定された。 この衝突は、フレデフォート・ドーム、カナダに残るサドベリー・クレーターと共に地球史の3大隕石衝突(3大インパクト)の1つに数えられている。

地球の歴史・生命の歴史
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地球史上最大の成功者の恐竜

恐竜は、私にとって非常に魅力的な生物だ。子供が恐竜が好きなのは当然である。私の少年時代は、円谷監督のゴジラ、ラドン、モスラ等の特撮を用いた怪獣映画が大ヒット。ゴジラは多分、最大の肉食恐竜ティラノサウルスがモデルと思われます。ゴジラは、尾を引きずってノシノシと歩行していて、当時、恐竜は冷血動物の巨大な爬虫類で動きも鈍く知能も低いと思われていた。
ゴジラ ティラノサウルス

社会人になってから、たまたま出向先から、米国に主張させてもらう機会があり、スミソニアン博物館(National Museum of Natural History)を訪問することが出来た。恐竜の骨の化石を見て、ジャック・ホナー 氏の「子育て恐竜(Digging Dinosaurs)」という英文の図書をお土産に買って帰った。ある種の恐竜は、営巣し子育てしていたことがホナー 氏の発掘から判明したのである。この恐竜は「「よい母親トカゲ」の意味のマイアサウラと命名されている。
maiasaura

その後、マイケル・クライトン原作の映画「ジュラシックパーク」及び「ロスト・ワールド」が日本でも上映され、恐竜のイメージは激変する。第一作の主役の恐竜「ベロキ・ラプトル」は、知能も高く、群れで狩りをする凶暴なハンターとして描かれている。また、恐竜は、絶滅しておらず一部は進化して鳥類になっていまも生存しているとの説も紹介されている。なお、ジャック・ホナー氏は、映画ジュラシックパークの登場人物アラン・グラント博士のモデルである。その後、中国を中心に続々と鳥の先祖らしき恐竜の発掘が続いており、恐竜が鳥に進化したことはほぼ定説になっている。

一方、恐竜の絶滅は6500万年前で、原因は従来から色々な説が唱えられて来てますが、現在では、巨大隕石の落下が主要因と言うことが定説となっています。1977年、ウォルター・アルヴァレスがイタリアにおいて、白亜紀末、約6550万年前の地層でK-Pg境界を発見。その層から隕石起源としか考えられないイリジウムという希少金属が多量に含まれていたことだ。諸説あるが、2010年にサイエンス誌に掲載された説では、小惑星の大きさは直径10-15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されている。現在その位置も特定されており、メキシコのユカタン半島の近辺とされている。

隕石の落下で、地球環境が激変し、小型の哺乳類、鳥類の先祖を除いてほとんどの大型の生き物は絶滅した。その結果、ネズミぐらいの霊長類の先祖が進化してようやく人類が誕生したわけである。隕石が落ちなければ、今頃はベロキ・ラプトルの子孫が高度な文明を発展させていた可能性もあった訳でしょうか。

地球の歴史・生命の歴史
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地球外生命

みずがめ座の方向約40光年の距離にある19等星トラピスト-1(TRAPPIST-1)という恒星に7つもの地気球型惑星が発見された(2016.5.9)。このうちの3つが特に生命の存在の可能性が高いらしい。最近生命の存在を予言させる系外惑星が次々と発見されています。系外惑星とは、太陽以外のよその恒星を周回する惑星です。夜空を見上げると無数の星々、つまり恒星が輝いていますが、あれらを周回する惑星のことです。「私たちの太陽系の外の惑星」という意味で「系外」と呼ばれます。今回のトラピスト-1は、ケプラー宇宙望遠鏡のチームが望遠鏡の装置の故障で、とんでもない向きを探すことで偶然発見されたものらしい。この恒星の質量は太陽の8%ほどしかなく、直径は木星よりわずかに大きい程度。表面温度は約2600度と極めて低温で、非常に赤い色をしている。赤色矮星という小さく暗いこの種の星は、天の川銀河内ではありふれた存在だが、その周りに惑星が発見されたのは今回が初めての例です。あまりにも平凡(銀河系内で3/4はこのような恒星)なのでほとんど注目されてなかったのですが、逆に太陽系の方が特別な存在である可能性もあるのだ。もし、こんな星にも生命が存在するなら、生命なんて宇宙でとてもありふれた存在になってしまうかも。
トラピスト-1
      3つの惑星のうち内側の2つの公転周期はそれぞれ1.5日と2.4日で、中心のTRAPPIST-1からの距離は太陽-地球間の20分の1から100分の1しかない。この惑星系のスケールは、太陽系というよりも木星とその衛星系に似ているともいえる。だから、このような至近距離にあるにも関わらず、2つの惑星が受けるエネルギーの量は地球が太陽から受ける量の4倍と2倍にしかすぎない。TRAPPIST-1が太陽よりもはるかに暗いからだ。両惑星は中心星に近すぎて、いわゆる通常のハビタブルゾーン(恒星からの距離がちょうどよく、液体の水が地表に存在できる範囲)には位置していないが、地表の一部には液体の水が存在できる領域があるかもしれないと想像されています。また、3つ目の惑星については軌道がはっきりとはわかっておらず、受けるエネルギーは地球よりも少ないと考えられているが、ハビタブルゾーンに存在する可能性があるという。トラピスト1の惑星たちは、すべて自転と公転周期が一致している。つまり、地球にとっての月と同様、常にトラピスト1に同じ面を向けているのだ。そのため、これらの惑星には常に昼の領域と、常に夜の領域がある。また、常に昼間の領域で熱せられた大気と、常に夜の領域で凍てついた大気とが対流することで激しい嵐を引き起こしている可能性もあるという。地球46億年の歴史を見ても相当激しい環境の変動の中でも生命は常に絶滅と進化を繰返して来ているのでこれらの惑星の上でも何らかの生命体が存在している可能性は否定できない。場合によっては当然人類の知恵を越えた生命体もいるはずで、人類のような生き物は宇宙の中ではユビキタスな存在なのかもしれません。ハビタブルゾーンの系外惑星は、他にもたくさん発見されているようで今後もこのようなニュースは増えて来るでしょう。
トラピスト-1

地球の歴史・生命の歴史
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地球温暖化問題について(その1)

地球大気の歴史については、まだ、確証が得られている段階ではないが、地球科学の進歩によっておおよそ以下のようなシナリオが考えられている。地球誕生から約46億年の時間が経過しているが、その中でCO2の果たしてくれた役割は極めて重要で、温暖化の悪玉のように語られるCO2はもっと尊敬を込める必要がある。

原始大気(primordial atmosphere)は、主にヘリウムと水素からなり、高温高圧だった。これは現在の太陽の大気と似た成分だ。地球が宇宙の塵から太陽とほぼ同時に誕生したことからもっともなことだ。また、水蒸気も含まれていたとの設もあるが、軽い成分は、原始太陽の強力な太陽風によって数千万年のうちにほとんどが吹き飛ばされてしまったと考えられている。

やがて、太陽風は太陽の成長とともに次第に弱くなり、地表の温度が低下したことで地殻ができ、火山が盛んに噴火を繰り返す。噴火にともない、二酸化炭素とアンモニアが大量に放出された。水蒸気と多少の窒素も含まれていたが、酸素は存在しなかった。この原始大気は二酸化炭素が大半を占め、微量成分として一酸化炭素、窒素、水蒸気などを含む、現在の金星の大気に近いものであったと考えられている。100気圧程度の高濃度二酸化炭素の温室効果により、地球が冷えるのを防いでいたとされる。実際その頃の太陽は今より小さく暗かったらしい。古い変成岩に含まれる堆積岩の痕跡などから、43~40億年前頃に海洋が誕生した想定されている。水の惑星の誕生だ。この海洋は、火山からの噴出も加えた原始大気に含まれていた過剰な水蒸気が温度低下によって凝結し、雨として降り注いで形成されたものだ。
とはいえ地球誕生から6億年頃までに2回(3回以上との説もある)も、全球凍結(スノーボール)といって、地球全体が雪と氷に覆われていた時代があったことが判明してきた。それまでは、地球全体が赤道に至るまで完全に凍結したことは、1度もなかったと考えられてきた。太陽光を熱源とする熱収支を考慮し、仮に地球全体が凍結したならば、地表はすべて白い氷雪で覆われてしまい、太陽光エネルギーの大半を宇宙空間へ反射してしまう(この状態をアルベドが高いという)ため、地表温度はさらに低下する(正のフィードバック)と考えられていた。その結果、地球史上で一度地球全体が凍結し白い氷雪で覆われれば、以後は太陽光で溶ける事はありえず、永遠にその状態から抜け出せないと考えられていたからだ。でも、実際は火山活動から噴出されるCO2の温室効果のお陰で凍結から抜け出せたらしい。地球を救った温室効果ガスということです。

一方、初期の海洋は、原始大気に含まれていた亜硫酸や塩酸を溶かしこんでいたため、酸性であったが、陸地にある金属イオンが雨とともに流れ込んで中和されたと考えられている。中和されると二酸化炭素が溶解できるようになるため、原始大気の半分とも推定される大量の二酸化炭素を吸収していったらしい。水蒸気が紫外線を受けて光解離することで酸素が生成されてはいたが、鉄などの酸化によりすぐに吸収されたため、酸素は大気中にはほとんど残らなかったと推定されている。

ところで、地球も成長していくように太陽の方もどんどん進化していく。6億年位前では、太陽の放射は現在の70%程度しかなかったと想定されている。逆に今後、太陽はどんどん大きく熱くなり、10億年位後には、巨大な赤色巨星となり、地球を軌道もろとも飲み込んでしまうものと推定される。当然その前に、地上は灼熱地獄となり総ての生物は滅亡する。その後爆発を起こして最後は滅茶苦茶高密度の白色矮星となり、一生を終わる。幸い太陽は中程度の星なのでブラックホールにはならずに人間で言えば60歳(60億年)くらい人生を全うできるわけです。

さて、火山活動の影響でCO2が、徐々に蓄積され、凍結のため海洋によるCO2吸収が無くなった地上では、膨大な量のCO2による温室効果が働き出し、凍結が解消される。太陽光が今より弱かったこともCO2のお陰で解消。やがて生命が誕生し、二酸化炭素を利用し、自ら光合成を行う生物が誕生すると、それらは海洋に蓄積された豊富なミネラルを利用し、急速に進化する。CO2を利用し水を分解して自ら栄養を造り酸素を発生する生物-植物(実際はシアノバクテリア等の微生物で植物の先祖という方が正確か)のが登場だ。植物が現れて以降は酸素は著しく増え、二酸化炭素は大きく減少する。大気中の酸素は、初期の生物の大量絶滅とさらなる進化を導く。酸素というものは、基本的には生物とって超猛毒なのだ。

さらに、二酸化炭素は生物の体内に有機炭素化合物として蓄積され(炭素固定)、長い時間をかけて過剰な炭素は化石燃料、生物の殻からできる石灰岩などの堆積岩といった形で固定され大気中から奪われていく。植物が現れて以降は酸素が著しく増え、二酸化炭素は大きく減少した。また、酸素は紫外線に反応しオゾンをつくり、これにより地表では紫外線が減少し、生物が陸上にあがる環境が整えられた。

その後、生物は酸素を元にコラーゲンという接着剤をつくることで多細胞生物が進化し、カンブリア時代の生物の大爆発を迎える。その後も、生物は進化と絶滅を繰返して現在まで来ていますが、酸素濃度とCO2濃度が、環境因子として大きな要因として働いています。中生代に恐竜が大発展し、哺乳類の先祖が大きくなれなかった原因は、当時の低酸素環境の影響が指摘されている。恐竜とその子孫の鳥類が繁栄したのは、気嚢システムという効率の良い呼吸システムを保持していたためで、鳥類のように空を飛ぶためには強力な筋肉と効率の良い呼吸システムが必要であったためだ。

*注*【コラーゲン】
コラーゲン(collagen)は、脊椎動物では真皮、靱帯、腱、骨、軟骨などを構成するタンパク質のひとつ。多細胞動物の細胞外基質(細胞外マトリクス)の主成分である。体内に存在しているコラーゲンの総量は、ヒトでは、全タンパク質のほぼ30%を占める。
コラーゲンが地球で初めて誕生したのは、原生代後期・全球凍結の後(6億〜8億年前)と考えられている。コラーゲンの産生には大量の酸素の供給が必要であるが、全球凍結以前は地球においてはコラーゲンを作り出せるだけの高濃度の酸素が蓄積されていなかった。そのためそれまでの生物の進化は単細胞生物までに留まっていた。そして全球凍結の状態が終わり、急激な気候変動の影響で大量に酸素が作られ地球に蓄積する。この影響により単細胞生物がコラーゲンを作り出す事に成功し、細胞同士の接着に利用され、単細胞生物の多細胞化が促進された。今日に見られる多細胞生物(動物・植物・原生生物・真菌類)は全てこのコラーゲンの生産に成功した種の子孫であると考えられている。ただしその子孫である植物は細胞間接着にコラーゲンを用いず、セルロースを用いており、コラーゲンを細胞間接着として利用している生物は動物と一部の原生生物に限られている。
現在、酸素濃度は回復しているようですが、CO2濃度は、高々0.03~0.04%となっており、地球の歴史から見ると異常に少ない量だ。現存の植物たちにとっては絶対的に不足だ。植物たちはこの希少な資源を効率良く取りこむため、涙ぐましい進化上の努力をして来ている。環境問題においてCO2は単なる悪役では無いはず。CO2の増加を問題にするには、C、O、N等主要元素の大循環に関する詳細な研究が欠かせません。

地球の歴史・生命の歴史
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地球温暖化問題について(その2)

地球の歴史を見れば、地球環境は著しい変動を繰返したことが知られています。地球誕生時点では、火の玉だった地球、その後だんだん冷やされて来て、一次は全球凍結(二~三度あったらしい)、その後火山ガスから排出されるCO2のお陰で、温暖化されて、生物が誕生する。当時太陽からのエネルギーの供給は今より遥かに小さく、70%程度と見られています。一方、空気のような軽い成分は、どんどん地球から逃げていくので、当初は100気圧位あったものが、現在では1気圧しかありません。現在我々を取巻いている大気、饅頭の薄皮程度しかないのです。この意味をもう少し、説明すると地球は青い水の惑星といわれますが、海の水深をざっと平均すると2000m程度でしょう。すると海底の水圧は200気圧程度。圧力とは上に載っている水や気体の単位面積当たりの質量ですから、大気は海水と比べて1/200の質量しか存在していないのです。
また、超長期的には、太陽は間違いなく巨大化して、10億年後には地球を飲み込んでしまうことも予想されている。天文学でいう赤色巨星の段階になる訳。  人類の歴史が始まっても、地球の環境は厳しい変化の手を緩めてはくれません。氷河時代、旧石器を獲得した人類は、マンモスなどの大型動物を追って世界中に広まりました。大型の動物も寒冷に適応して大型化していたからです。つまり、寒冷化で森林が減って草地が増えたのです。やがて、新石器時代になり、人類は小型の動物や木の実、草の実を食料にするようになります。つまり大草原が減って森林が増えてきたのです。ほとんどの大型動物は、気候の変化か人類が食べつくしたかで滅亡します。日本では、縄文時代。この時代、今より遥かに暖かい。埼玉県の真ん中近くまで、海が進んできます。恐竜が絶滅した後、気候は氷河期と間氷期を目まぐるしく繰り返しており、今はちょうど間氷期に当たるとされています。従って、1970年代には「地球寒冷化」の可能性の方が心配であったのです。

地球の大気は、本当に薄くて脆弱なもの。ちょうど薄皮饅頭の皮みたいなものです。火山の爆発、隕石の衝突などで、すぐに気候は変化してしまいます。その要因の一つに人類の活動が入る可能性が出て来たわけです。地球上のほとんどすべての元素(炭素、酸素、窒素、水素等)は、生物や地球自身の活動で循環しています。植物が水と二酸化炭素と太陽光を利用して、炭水化物を合成する。炭水化物は窒素を付加してタンパク質をつくり、それが細胞のもとになる。動物は、植物を食べることで、たんぱく質や脂肪を作り出す。植物はCO2を吸収する過程で酸素を放出する。もし、CO2が無くなると、植物は死滅し、酸素は作られなくなってしまう。動物植物の死骸は微生物によって分解されて、CO2は再度大気に放出される。分解されなかった部分は、当面は循環から取り除かれる。古生代の石炭紀には大量の植物がそのまま石炭となって保存される。また、石油も同じように循環から取り除かれた炭素です。
 炭素の循環は、これだけに留まらない。火山からは、大量のガスが放出され、かなりのCO2を含んでいる。一方、雨水はCO2を溶かし込み、カルシウム等の金属と結合し、海に流れ込む。これをサンゴなどの生物が取りこむことでCO2を固定することが可能になる。今まで地球は、これらの循環が負のフィードバックシステムを構成し、多少の変動(人類から見ると結構激しいものだが)を許しながらもバランスを保って来たものと言えます。

現在、地球温暖化で一番問題になっているのは、化石燃料の消費だ。化石燃料の消費は、過去に生物によって蓄積された炭素をCO2として一気に大気中に吐き出すことだ。これによって自然の負のフィードバックシステムが維持できるか、あるいは正のフィードバックに変化し、止めもなく温暖化が進むのか。今、気温が上がっているように見えるのは何が原因か。今後、気温が逆に下がっていく可能性は。大気中に含まれるCO2は、0.03~0.04%しかない。過去のアイスボール時のCO2の量とは桁が3つも4つも違っている。CO2は、本当に温暖化の犯人なのか。多分因果関係は、複雑なので分かっていないと思われます。温暖化をアピールする人たちは、過去の気温のデータや自然災害(温暖化のせいにする)を元に主張するのだが、未だ懐疑派を十分説得できる説明は出来ていない。それが出来るようになってからでは、手遅れだというのが彼らの主張ですが。

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地球温暖化問題について(その3)

 地球の大気は、地上に1気圧の圧力を作用させている。これは10mの水柱に相当する。また、これは地面の上にある大気の質量の合計に比例している。一方、水の惑星地球の海は平均水深2000mで一様に分布しているとすると、陸地は無くなり、2000m水深、つまり2000mの水柱の圧力が作用していることになる。大気圧は水圧の1/200です。また、地球の半径は約6,400km。コンパスを使って地球の絵をかいてみよう。まず半径64mmの円を描く。これが地殻、マントル、核を含む地球の固体部分である。次に海を描く。64mmに海の部分0.02mm加え、64.02mmの円を描く。次に大気、この半径に半径はこれにこれは大気を水の質量比でもあるため、2mmの1万分の一の大きさで円を描く。出来っこない。あまりにも小さすぎるのだ。これを見ると分かるように地球は大部分が固体。薄皮まんじゅうの皮のような海があり、その厚さの1/200の質量からなる、きわめて薄い大気の層がかろうじて引っ付いている状態なのです。これを見るといかに地球の大気が脆弱かが分かるとでしょう。地球誕生の頃は100気圧ほどあった気体は、地球の引力を振りほどきどんどん宇宙空間へ逃げていくので、今ではその1/100の1気圧ほどしか残っていないのです。

 CO2は、この大気の成分の中のわずか0.03~0.04%です。この極めて微量なCO2が今後地球の大気にどのような影響を与えるというのでしょうか。今、現在の文明は過去の生物達が気の遠くなる時間をかけて蓄積してきた地球の構成元素を技術の名のもとに一気に解放している状況です。地下に眠っている石炭、石油は地球に酸素が少なかった時代に酸化されずに地下に蓄えられた炭素化合物です。鉄やその他の金属元素も微生物の活動で蓄えられた資源と言うことが分かって来ています。世界各地にみられる縞状鉄鉱石がほとんどの鉄資源の原料となっています。今、人類は過去の蓄積を使い果たそうとしています。酸化還元反応では、元素を還元するには微生物の働きが重要です。人間は酸化を進めることは得意でも還元を進めることは不得意のようです。生命の科学をもっともっと勉強することが必要なのでしょう。

ところで、今の温暖化対策の国際的枠組みでは、このような元素の循環にかかわる真剣な議論は余り行われていません。専ら政治的な駆け引きが中心です。それと政治がらみプロパガンダ的な学会活動が目につきます。先進国の最大の目標は、排出権取引の市場の確立です。先進国が後進国にCO2の削減技術を提供するとその削減効果を自国の削減量に加算でき、その分自国の削減目標は小さくて済むといった枠組みです。また、技術そのものも何らかの補助金があれば売り込むことが可能です。CO2の削減技術を沢山開発してきた先進国には有利です。欧米日本もこの流れにあやかりたく国内でも相当PR活動を続けて来ていますね。ところが、例えば中国は、日本が公害防止に資金援助しなければ日本へ排気ガスを垂れ流すぞと恐喝に近い論理で途上国に有利な枠組みに変わりつつあります。実際、中国の工場の排気ガスは国内のみか日本の西日本地区一帯に被害を与えているのが現状です。英国はクライメート疑惑事件以降、あまりもうからないと悟り既にCOPの枠組みからは一歩引いた姿勢、アメリカは当初から枠組みに乗ることはしていません(オバマ大統領の時少し積極姿勢を見せたが)。

このようなことから、地球温暖化対策の将来は決してバラ色ではないようです。しかしながら、地球システムは大規模で複雑です。人類は化石燃料の消費を簡単には止めることは難しいでしょう。今の原子力はそれに取って代わるにはあまりにも危険です。核融合のような新しい原子力技術が確立されるのはまだまだ先でしょう。バイオの技術ももう少し時間がかかりそうです。今できること、2つだけ挙げておきます。一つは海の酸性化の防止です。海は大気の200倍の容量があります。海が酸性でなければCO2のかなりの量を吸収してくれます。漁業資源も確保できます。もう一つは、砂漠などの乾燥地の緑化です。植物はCO2を固定してくれ、酸素を増加してくれます。大陸内部では砂漠化は今も進行しています。水資源も決して豊かではありません。このように地球規模の対策こそ長い目で見た温暖化対策になるのではないでしょうか。
気候温暖化
左に示すのは、過去100年間の気温の変化です。グラフ全体を見ると、直線的に気温が上昇しているように見られます。しかし、1990年以前は、平均よりも下回っており(0.0が平均)、実際に平均より上昇しているのは1990年以降だけ。その上昇量わずか0.2℃、平均値は分かりませんが、縦軸を絶対温度でとれば、温度変化は0.1%以下でしょう。変化量を大きく見せるための操作としか思えません。過去1000年ぐらいの変化はどうだったのでしょうか。異常気象や災害が発生すると温暖化に結び付けられます。逆に南極大陸で例年よりも雪が多かった等のデータは無視されます。海や陸の生態系の変化というような地味なデータをウオッチしていくことの方がはるかに重要だと思うのですが。

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地球上でもっとも成功している遺伝子

現在、地球上でもっとも成功をおさめた生物の遺伝子は。残念ながら、これはホモ・サピエンスではないようだ。もっとも繁栄している遺伝子は、なんとイネ科の植物、とりわけ小麦、次に稲の遺伝子ということになるそうだ。この考えは、「サピエンス全史(著者;ユヴァル・ノア・ハラリ)」に記載されている。  確かに、地球の生態系において量的には植物は動物を圧倒するし、動物の繁栄は植物なしではありえない。恐竜絶滅後の地球では花の咲く被子植物が繁栄し、イネ科の植物はかなり環境にも適している。

農耕開始以前の人類の生活レベルは、従来から想像されていたような悲惨のものではなく、かなり豊かなものであったことが最近の研究で分かってきている。何せ狩猟民族は労働時間が非常に少ない以外にゆとりのある生活を送っていたらしい。農耕を開始してから人類の数は非常に増えた。人類は集団で定住して住むようになり、貧富の差、身分制度が生まれ。世界中で戦争が多発するようになる。小麦への依存に取りつかれた人類は、もう元には戻れず、森を焼き尽くし、多数の生き物達(平和に暮らしている狩猟民を含む。)を絶滅に追いやり、ますます小麦の農地を広めていった。稲も同様である。
     このようにして、イネ科の植物は、人類を完全に支配下に置き、小麦を口にするための過酷な労働を未だに強いている。工業化社会になったといっても、人類の食糧は変わっていない。過剰に穀類に依存した食生活は、体に悪いことも分かってきている。肥満、糖尿病、精神の病、腰痛等様々な病気が農耕を開始するようになってから現れてきた。 参考文献;サピエンス全史(著者;ユヴァル・ノア・ハラリ)

地球の歴史・生命の歴史
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植物は賢い

植物は、おおよそ6億年位前から動物とは全く別の形で進化してきた。10億年~4億年前の期間に植物が下した決断は動物とは正反対のものであった。まず、自分の栄養は自分自身で確保する。一方の動物達は他のものを食べることで、初めて栄養を確保できる。
 動物たちは、必要な栄養を見つけるために移動することを選択するが、植物は動かないことを選択し、必要なエネルギーを太陽から手に入れることを学んだ。
 その結果、地面に根付くことによる様々な制約に対抗するため、遺伝子を組換え、外敵からの破壊を免れることを学んでいく。
 動物が危険にさらされた場合にとる行動。基本的には逃げること。でも環境が変化していく際に、単に逃げるだけでは問題の先送りで、何ら抜本的な対策になっていない。動けない植物たちは、環境のわずかの変化を事前に察知して、体のつくりを改良し地球上のあらゆる環境に適応して来た。動物たちは植物の変化に追従して後追いで進化するのだ。また、動物たちに体の一部をわざと食べられることで、種子を運んだり、保護してもらったり。動物たちを匠にコントロールしてきている。
 移動することを生業とする動物達は、体の作りを分業化して、心臓、胃、腸、手、足、目、耳、脳と色々な器官を発明してきた。しかし、地面にへばりついて食べられることにもじっと我慢の植物たちは、全く正反対の進化を発明してきた。植物に心臓があったら、動物にガブリと心臓を齧られたら万事休す。コントロールセンターの脳も同じだ。植物の体は根、茎、葉位しか区別がなく、どれも再生可能。そもそも寿命という概念もはっきりしない。
 では、植物は頭が悪いかというと、未来を予測して速目速目に適応し、周りの動物や環境まで変化させてしまう。どうも、植物には脳という中央集権型の頭脳はないものの、体中に分散している何かのネットワークを巧妙に使って外部からの情報を取り込み処理しているようだ。ちょうど、今の世の中のインターネット網全体で情報を処理しているみたいなものらしい。
人類が誕生してからは、植物は人を利用して繁殖する戦術を意識的にとっているようだ。例えば、メソポタミアの肥沃な三角地で農業が始まった原動力となった小麦。野生の小麦は本来熟して実がなったら、それを地面にまき散らす性質だった。でも、地面に撒き散らかされた小麦の粒は拾うのも大変。そこで、小麦自ら実が熟しても穂から落ちないように変化して、人に食べてもらうように進化したらしい。なんせ穂についた小麦を食べるような動物は人しかいないのだから。米やトウモロコシも同様で、今や世界の食料の6~7割はこの3つの穀物で賄われているといる。これらの穀類は一度口にすると人はそれに重度に依存してしまい後戻りできないという特性を持っていて人類をうまくコントロールして子孫を増やすことに大成功している。
一方、穀物ではないが、アメリカ大陸原産の唐辛子にはカプサイシンという強烈な痛みを伴う化学成分が含まれており、これも一度口にすると依存状態を造り出す。世界中に激辛料理のマニアがおり、ポケットの中にいつも乾燥した唐辛子を持参してどんな料理を食べる際にも一緒に口にするという。こんなものも人以外の動物は絶対に口にしないので、人間に特化して進化したものらしい。
このように考えると、植物というものは大変高度な知性を持った得体のしれない宇宙人に近い存在なのかもしれない。
今まで述べたことをまとめてみよう。
光合成動物
1.動かないこと
2.栄養は自分で確保(光合成と根からの養分吸収)
3.植物は生産するが動物は消費する
4.動物はCO2を発生するが植物はCO2を吸収する
5.動物は植物がないと存在できないが、植物だって巧妙な方法で動物を利用している
6.動物の体の機能は集中型だが植物の体は分散型
   つまり→中央集権型の社会とネットワークで結ばれた分散型社会
7.寿命と言う意味では、死なない体
8.環境の微小な変化を事前に察知し、巧みに適応する。
9.動物の行動をコントロールする知恵
10.化学的な手段で天敵(動物/植物)を撃退し、支配する
11.植物とは人間(動物)とは全くかけ離れた存在(発想が逆)
12.人は植物から多くのことを学んできたが、これからは更に多くのことを学ばねばならない

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細胞内共生説

動物も植物も元を辿れば共通の単細胞の微生物から始まったと考えられている。今の動植物は真核細胞といわれるものが集まってできています。真核細胞は、中心に核があって、他にミトコンドリアや葉緑体等いろいろな役割を持った組織を持っています。さらに驚くべきことにミトコンドリアや葉緑体は、その生物の遺伝子といわれる核の中のDNAとは異なったDNAを独自に持っていることが分かってきたのです。
そのため、大きな微生物が、自分より小さい他の微生物を食べ、食べられた微生物がたまたま消化されずに生き残って、共生を始め今の真核細胞(普通の動植物の細胞)が出来上がったというのが現在の定説となっているようです。
でも、食べられた微生物が消化もされずに生き残ったという話、チョットできすぎみたいな話ですね。あるいは、消化されたもののDNAだけが生き残って細胞の中で再生したのか。微生物間でDNAが交換されて新たな細菌が生まれるなんて言うこともあるらしいし。 でも、食べると言っても、多細胞の動物たちがするように、相手を殺して、噛み砕いて、消化液で溶かして消化するわけじゃない。相手の細胞を丸ごと包み込んで取り込んでしまう訳。そう考えればあり得ない話でもなさそうだ。
微生物の世界も食うか食われるかの世界だったのか。動物の祖先も植物の祖先も食う側だった。どちらも同じ先祖から出発して、一方は葉緑体をたらふく食べて植物に進化し、一方はミトコンドリアだけしか食べなかったので動物になったという訳か。最初の微生物にとって酸素は猛毒。だから、植物の先祖たちは葉緑体やミトコンドリアを環境保護のためひたすら食べまくる。そのうち食べられる方も何とか生き残りをかけて進化したということか。生物の進化のストーリーは、最初から奥が深い。

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生物の分類

生き物は大きく分けて動物と植物に2分される。これ今のお年寄りにとっては常識。でも、今の子供たちにとっては、キノコなどの菌類は動物にも植物にも入らない別のカテゴリー。ある程度常識。でも、実際には動物なのか植物などかわからない生き物沢山いて、生物の分類は結構ややこしい。数学のようにAかAでないかのように完全に2分される性質のものでないから当然人為的な線引きが必要だ。
現在では、生物の分類は
   ドメイン、界、門、綱、目、科、属、種、(亜種)
の8段階で行われるものとなっているそうだ。たとえば、ライオンは
真核生物ドメイン→動物界→脊椎動物門→哺乳綱→食肉目→ネコ科→ヒョウ属→ライオン
となる。同じように人の場合は、
真核生物ドメイン→動物界→脊椎動物門→哺乳綱→霊長目→ヒト科→ヒト属→ヒト
となるのか。ヒト科には、人間、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンが含まれている。
ちなみにライオンは、学名でPanthera leoとするのが正式名称。ラテン語で表記。前半が属の名前、後半が種の名前。パンテラは英語のパンサー。ヒョウだ。レオはライオンは分かるね。手塚修の漫画ジャングル大帝の主人公だ。
ライオン・レオ ネアンデルタール人はヒト属ヒト(ホモ・サピエンス)だ。種としては現生人類と同じだ。違いは亜種程度。人とチンパンジーは遺伝子の違いでは1.6%程度。生物の分類法から見ると人は決して特別な存在ではないことが明白だ。学名を考案したのはスェーデン人のリンネという人。ラテン語を使ったのは当時のヨーロッパ人としては各国公平にという理念からだろう。ラテン語は当時古語なので時代によって変化しない利点もあったのですが。今なら漢字を使えばもっと便利にできただろうに。
 リンネの時代は生物の見た目、形、もう少し進めば解剖学的な差などが分類の主な基準でとならざるを得なかったでしょうが、今は遺伝子解析が進み、どちらが先祖か、あるいは共通の先祖がいたかなどで、系統分類が主流だ。遺伝子を調べることで今まで分からなかったことがいろいろと明らかになりつつあります。例えば恐竜の一部が進化して鳥となったとか、哺乳類の先祖は恐竜とは別の爬虫類(単弓類)だったとか。ほかにも細かい分類ではもっとたくさんの例もあると思います。
実際、門から後は我々が過去の学んだ分類結果はそんなに変わっていないと思います。変わったのは菌類だけか。ちなみに
マツタケ;真核生物ドメイン→菌界Fungi→担子菌門→真正担子菌綱→ハラタケ目→キシメジ科→キシメジ属→マツタケ(種)
シイタケ;ハラタケ目→キシメジ科(もしくはホウライタケ科)→シイタケ属→シイタケ(種)
酵母(イースト);菌界Fungi→子嚢(しのう)菌門または担子菌門→後はいろいろな属のものがあるみたい。

ドメイン 界より上のドメインに至っては、もっとドラスチックな考えの変化がある。上で説明した生物はすべて真核生物ドメインの生き物だ。ということは、残りは細菌の仲間だ。ドメインは大きく3つ分かれる。真正細菌、古細菌、真核生物だ。真核生物だけがコラーゲンという物質で細胞同士をつなぎ合わせることに成功して、多細胞生物を形づくることに成功。真正細菌というのは聞くのも嫌な病原菌の仲間が多い。でも生き物の体の中で役に立っている細菌(腸内細菌等)も多いのであまり邪険にしてもいけない。この3つのドメインの中で今後最も注目されるのは古細菌である。古細菌は、温泉の硫黄に満ちた高温環境とか、極端に塩分が多く他の生物がすめない環境とか、深海の熱水鉱床の周りとか、今まで我々の住んでいる環境とは無縁の場所で細々を生命を維持している特殊な生き物と思われており、今まであまり研究の対象にはなっていなかった。古細菌の名前の通り、過去の遺物のように思われていたのだが、よく考えてみると彼らの住んでいる環境は、生命が生まれた当時の環境に近く、彼らの存在は、進化の脇道どころが進化のメインストリート。しかも、遺伝子的には、真正細菌よりも真核生物により近縁らしいといわれるようになってきている。古細菌のあるものが、真正細菌を捕食して、その遺伝子を取り込み真核生物が誕生したという仮説だ。生命の起源についてはまだまだ解明までの道は遠いみたいだが、ますます面白くなりそうですね。

地球の歴史・生命の歴史
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【追記】

ネアンデルタール人は、氷河時代にほぼヨーロッパ全域で生息していたようだ。アジアでは、これに変わるものとしてデニソワ人などが発見されているがまだ詳しいことは分かっていないようだ。一見環境にも適応し、遺伝子的にも現生人類として知られるクロマニヨン人と変わらないのに、何故後からやってきた少数派のクロマニヨン人たちに取って代わられたのか、詳細な点はいまだに謎に包まれている。
ネアンデスタール人  また、アジアではもっと早い時期に北京原人やジャワ原人などの化石も発見されているが、その後どうなってしまったのでしょうか。 ネアンデルタール人;真核生物ドメイン→動物界→脊椎動物門→哺乳綱→霊長目→ヒト科→ヒト属→種;ホモ・サピエンス→亜種;ホモ・サピエンス・ネアンデルタレンシス ネアンデルタール人の遺伝子は少しだが現代人にも受け継がれていて同じ人類として多少の交配もあったようです。一方、北京原人やジャワ原人は種がホモ・エレクトス・エレクトスになっている。

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遺伝子の意志

遺伝を考えるうえで遺伝子の役割が急に大きくなっていきました。遺伝子は生命の設計図。遺伝子の上にはA、T、C、Gの4つの文字だけを使ってすべての情報が書き込まれている。3文字で一つの情報、これをコドンといいます。3文字で1つの意味を持つので、1つのコドンで64通りの意味を持たせることが可能です。 この仕組みはコンピュータのしくみと全く同じです。コンピュータは0と1しか識別しませんが、これを6文字で1つの意味を持つとすると、26=64通りの意味を持たせることが可能です。4つの文字はDNA鎖上の塩基の種類(A、T、C、G)に対応しており、通常、1つのコドンは1つのアミノ酸を表します。コドンの連なりはアミノ酸の連なりに対応し、アミノ酸の連なりが一つのタンパク質を決定します。生物に必要なアミノ酸は20種類知られており、遺伝子のコドンの数ははるかに多いので、アミノ酸の生成以外にもっと重要な役割があるのではないかと考えられますが、今のところまだよく分かっていないようです。
ドメイン ドメイン
 遺伝子は何故か、2重螺旋構造となっており、AとT、CとGがペアーとなって2本がつながっている。生物の設計図と言う役割だけなら本来1本あれば十分なはず。この2本あるということが、生物の性の起源であることは明らかでしょう。DNAが半分に分かれて1本がメスから1本がオスから、合わせて2本となって新しい遺伝子が出来るわけです。 もし、遺伝子のコピーが正確で基(もと)と同じなら、遺伝子は全く変わらず、生物の進化は起こらないはず。ということは、DNAの構造は、初めから突然変異による組換えが自然界で頻繁に生じることを前提に作られているということでしょう。性の分化ということは、突然変異の結果を効率良く次世代に伝える仕組みということですね。環境が変化するごとに遺伝子の組換えが生じ、生物が適応して進化していく。遺伝子は環境情報を素早く取り込み学習しながら地球上のいろいろな生物の遺伝子を組換え進化を促しながら、生命全体としてのサバイバルを図っている。地球上の生命は、植物も動物も人間もすべて、DNAという化合物の意志の通りに進化して、その命令の通りに生きている存在なのかもしれません。地球全体が一つの生命体。これはガイアの思想と一脈通じるものがありますね。

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【遺伝子の解読】

ゲノム解析技術の進歩で、いろいろな生物の遺伝子の塩基配列はかなり解析されてきています。遺伝子の解析は、言語学者が言葉を解析するのに良く似ています。DNAはデオキシリボ核酸という化学物質です。長い紐(ひも)状につながって染色体という構造を作り上げています。ヒトのDNAには、約2万2千個の遺伝子があるといわれていますが、それ以外の大部分は「遺伝子でない部分」です。これらの遺伝子各々が単独であるいは複数の組合せで遺伝情報を発現することが分かってきています。遺伝情報の集まりをゲノムと称するようです。だから、遺伝情報は言語でいえば単語あるいは句や節のようなもの。単語を形づくる文字はコドンでしょう。遺伝子は細胞毎に発現したり眠ったままだったり。全体を理解するには文法や修辞法などの理解が必要でしょう。コドンのつながりとしての遺伝情報は、RNAにコピーされ、対応するアミノ酸(20種類)を並び替えて、タンパク質を作ります。タンパク質は、体や細胞の中で酵素やホルモンや組織の一部となって色々な役割を果たします。だから、生物全体から見るとタンパク質そのものが単語みたいなものかも。ゲノムの世界はまだまだ奥が深いようだ。

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顕生代とは

顕生代(けんせいだい、Phanerozoic eon)とは、地質時代の区分のひとつで、先カンブリア時代の終わりから現在までのこと、すなわち約5億4200万年前から現在までの期間をさす。「肉眼で見える生物が生息している時代」という意味だが、実際には三葉虫などの生物化石が多数産出し始めるカンブリア紀以後を指す。顕生代は古生代、中生代、新生代(現代も含む)を全部含むが、地球の歴史46億年と比べると高々1割チョトしかない。つまり、地球という惑星で目に見える形の生物が存在している期間は極めてわずかしかない。古生代、中生代、新生代と生物の進化は面白いが、実はその前に40億年以上の先カンブリア時代と言う壮大な長い歴史があるんですね。
顕生代
先カンブリア時代は冥王代・始生代(太古代)・原生代の3つの累代に分けられるとのことであるが、40億年くらい前には、すでに最初の生命は誕生していたらしい。ただ、化石による証明も難しい時代、実態の解明はまだまだのようです。
顕生代
先カンブリア時代は冥王代・始生代(太古代)・原生代の3つの累代に分けられるとのことであるが、40億年くらい前には、すでに最初の生命は誕生していたらしい。ただ、化石による証明も難しい時代、実態の解明はまだまだのようです。

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新生代とは

新生代(英語: Cenozoic era)とは、現在我々が生きている時代。約6,500万年前に巨大隕石が地球上に落下し、沢山の生命が絶滅した5大インパクトの最後の絶滅が終わって、地球上の生態系の再構成が進行中の時代だ。地球の歴史46億年から見ると6500万年というのは1/71程度のごくごく短い時間。陸上では恐竜、海中ではアンモナイトと海生爬虫類が絶滅した後、哺乳類と鳥類が繁栄しつつあることが特徴だ。
>新生代
新生代は、第四紀・新第三紀・古第三紀の3つの紀に区分されるとのこと。また、新第三紀と古第三紀を合わせた地質時代を、非公式な用語として第三紀と呼ぶ(四があるんなら三も欲しいから)。
しかし、新生代の時代区分(世)の名前は、とても覚えにくい。とりあえず、先頭のもしだけ並べてみよう。暁、始、漸/ 中、鮮/ 更、完となる。
地球環境の特徴としては、中生代の初めに分裂した超大陸の移動がかなり進む。大陸の分布が大幅に変わってくる。当然気候も変化する。特に注目すべきはインド大陸がアジア大陸に衝突し巨大なヒマラヤ山脈が生成されたこと。隆起しつつあるヒマラヤ山脈では高山に対する激しい浸食による岩石の風化が継続している。また、約350万年前に南北アメリカ大陸の間にパナマ地峡ができて、大西洋と太平洋が分離される。
新350万年前に南北アメリカ大陸の間にパナマ地峡ができて、大西洋と太平洋が分離された。
中生代の地球環境は温暖であったが、新生代に入ると地球は寒冷化。南極大陸に氷床が発達し氷河期に入る。従って、現在も氷河期。本当に温暖化なんて問題なのかね。動物は、新生代の始まりであるK-T境界(白亜紀―第三紀の堺)を境に中生代に栄えた大型爬虫類の多くが絶滅し、地上は哺乳類と鳥類の適応分散が始まる。植物では中生代白亜紀に生まれた被子植物(それまでの地球は花も実もない世界だったのか)が全世界に広がる。
古第三紀(暁新世、始新世、漸新世)
約6500万年前~約2300万年前
気候は温暖であった白亜紀半ば以後徐々に低温化。約3400万年前の始新世と漸新世の境界時代に南極大陸に巨大な氷床が形成された。これ以後が現在も続いている新生代後期氷河時代である。
新第三紀(中新世、鮮新世)
約2300万年前~約258万8千年前
新第三紀は次の第四紀との境界は議論が多く、現在のところ約258万8千年前までとされている。古第三紀に隆起し始めたアルプス山脈やヒマラヤ山脈が新第三紀には高山なる。特に雨量の多いヒマラヤ山脈では激しい浸食が起こって大量のカルシウム塩が海に供給される。このカルシウム塩が効果的に二酸化炭素を吸収したため大気中の二酸化炭素量が史上最低のレベルまで低下した。ということは、現在盛んに議論されている温暖化対策はCO2を削減するだけでなく、カルシウム塩の循環を研究しないといけないようだ。約1200万年前から更に寒冷化が進行し約350万年前には北半球にも氷冠が形成される。
新第三紀前半の中新世には、現代の哺乳類のほぼすべてのグループが出現。また種の数や個体数も現在よりも多かったらしい。樹上生活の真猿類の中から類人猿が出現。偶蹄類の適応放散が進みイノシシ、ラクダ、シカ、ウシ、キリンがオーストラリアと南アメリカを除く世界中に広がった。長鼻類のマストドンも現在のゾウの分布よりはるかに広い範囲に生息した。食肉類はイヌ、ネコ、イタチ、クマがそろった他、アシカ、アザラシ、セイウチなどが生まれた。この真獣類の繁栄は新第三紀後半の鮮新世にも続き、ほぼ現在見られる動物と同じタイプの生物が勢ぞろい。約350万年前にパナマ地峡ができて、それまで他の大陸から離れていた南アメリカ大陸と北アメリカ大陸がつながる。それまで南アメリカで繁栄していた有袋類はオポッサムを例外として北アメリカからやってきた真獣類との生存競争に負けて姿を消す。
植物界では約700万年前に新しい光合成システムを持つ植物が現れる。光合成はシアノバクテリア以来カルビン回路と呼ばれる合成方法が唯一のものであったが、低濃度の二酸化炭素を効率よく利用できるC4型光合成を有するトウモロコシやサトウキビが生まれる。つまり、生態系のとってはCO2が少ないことの方が問題なのかもね。
第四紀(更新世、完新世) 約258万8千年前(約260万年前)~現在
第四紀は北米やヨーロッパの大部分が氷床に覆われる寒冷な「氷期」と、現在のように比較的温暖な「間氷期」が交互に訪れ、非常に短期間に大きな環境変化が繰り返し起こった時期。最も新しい氷期の最盛期は約1万8000年前であり、平均気温は今より6~7℃低かった。第四紀の氷期と間氷期の推移の周期性を調査したところ、地球の公転軌道の離心率の変化(10万年周期)、自転軸の傾きの変化(4万年周期)、更に自転軸の歳差運動(2.3万年ないし1,8万年周期)と一致することがわかった。これらの変化によって北緯55°から北緯65°の地域における夏の日射量が減ったことが氷期が始まるきっかけとなっている。この氷期と間氷期の周期性はこれを数学的計算によって予言した科学者にちなんでミランコビッチ・サイクルと呼ばれている。第四紀は、人類の時代とされる。でも、第四期なんて地球の歴史からは、高々、1/1,800程度、地球の歴史を1年に見立てた地球カレンダーでは大みそかの夜寝る前ぐらいなものだ。更に驚くべきことは、現在我々が生きている完新世が始まるのは、1万年ぐらい前から。日本では縄文時代が始まったころだ。それまではすべて更新世に属する事柄だ。

ラミダス猿人;人類は樹上生活していた霊長類のうち、アフリカに住んでいた類人猿から派生。約440万年前(新第三紀鮮新世)のエジプトの地層から類人猿と分かれて直立二足歩行したラミダス猿人の化石が日本の調査隊によって1992-1993年に発掘され、その後ラミダス猿人の亜種は約580万年前までさかのぼることが判明。
アウストラロピテクス;次にアウストラロピテクス(アファール猿人)が登場。化石はエチオピアや南アフリカの約250万年前-350万年前(新第三紀鮮新世)の地層から見つかっているが、骨格化石や足跡の化石から確実に二足歩行していたことが確認された。歩行から開放されたアウストラロピテクスの手は物をつかんだりする以外に、石を加工して石器を作ることができるようになる。アファール猿人から2種の猿人が派生した。硬い植物を食べるために頑丈な顎を発達させた猿人と、肉食による動物性タンパク質の摂取によって脳を発達させ、石器を活用した猿人である。前者は約100万年前にすべて絶滅してしまい、後者の系統のホモ・ハビリス(脳容積は600mlあって、チンパンジーの300-400mlよりはるかに大きい)が現在の人類に続いている。
ホモ・エレクトス;次のホモ・エレクトスは脳容積を850mlに増やし、生存場所もインドネシア(ジャワ原人約20-100万年前)や中国(北京原人約35-50万年前)に拡大。地質時代では第四紀の更新世になっている。ヨーロッパでは少し遅れて約3万-25万年前の地層からネアンデルタール人(今の分類ではホモ・サピエンス)が見つかっている。現生人類のホモ・サピエンスは、ミトコンドリアDNA分析の結果から約20万年前のアフリカで生まれたとされる。ホモ・サピエンスは厳しい氷期の気候にも適応して、世界各地に生存領域を広げていった。
ホモ・サピエンス;ホモ・サピエンスは約10万年前にアフリカを出て中東に達し、北のヨーロッパへ向かったグループと、東に向かったグループに分かれた。東に向かったグループは南アジアを進み、インドネシアの島嶼伝いにオーストラリアに達し(約5-6万年前)。インドから東へ向かったグループは中国を経由してシベリアには約2.5-3.5万年前に到達、更に氷河に覆われたベーリング海峡を渡って約1万2千年前には北アメリカに到達。
集団で効率的に狩りをするホモ・サピエンスは地上で最強の狩猟者であり、多くの動物を狩猟の対象とした。多くの大型動物が約1万年前に絶滅したが、丁度氷期から間氷期に移行する時期に相当し、気温の変化により植生が変わって食物等がなくなって絶滅した種もあるが、人類によって滅ぼされた種もあると見られている。最近数百年間でもドードーやステラーカイギュウなどのように人類によって短期間に狩りつくされた種がある。
第四紀の哺乳類全体の傾向として、新第三紀に比べて種や個体数が減少したことがあげられる。長鼻目は一時オーストラリアを除く全世界に分布したが現在はインドとアフリカに2種を残すのみ、奇蹄類のサイも現生種は5種、同じく奇蹄類のウマ類も種数を大幅に減らした。結局、これらの絶滅した生物たちは人類が滅ぼしているのかも。

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世界一高い山はエベレストか

 山の高さとはどうやって図るのか。普通の人間の実感では地上から高くそびえたっている威厳のある山。だから、基準となる地上自体が高い位置にあって、そこから少しだけ高くなっている場合は、実感としては高いと感じないですね。
 普通は、平均海水面というものを想定して、そこからの高さを海抜として、そこからの高さで表します。例えば、エベレストは海抜8,848mということで、確かに世界一。普通標高というのは海抜のことらしい。
エベレスト マウナケア火山  でも、でも、ハワイ島のマウナケア火山は、標高4,205mなっているけど、周辺の海底が5,000mの深さなので、海底面からは9,205mの高さがあることになり、エベレストを抜いてしまう。海底からそびえたっている火山の中には他にもエベレストよりも高い山が多いとか。
 平均海水面というのも、結構分かりにくい考えですね。それならいっそ、地球の中心から高さを測れば良いのでは。ところが、地球は一見目で見たところ完全な球ですが、実は赤道方向の方が南北方向よりも大きい、回転楕円体という形をしています。自転の遠心力で赤道付近が膨らんでいるのです。だから、この地球の中心から高さを測る方法では、ランキングの上位に来るのは赤道付近の山々が多くなります。No.1は南米エクアドルのチンボラソ山(6,310m)。エベレストは31番目だそうだ。当然このような高さの定義は我々の実感とはあまりにもかけ離れているので採用される可能性はないでしょう。
 なお、地球の半径は、赤道半径の実測値は、6378136.6±0.1 m、極半径は、約 6356.775 km で、赤道半径のほうが極半径よりも約 21.4 km も大きいということだ。しかし、紙の上にコンパスで約6.4cmの円を地球(半径を6400kmとして)として、その上にエベレストを描いてもその高さは0.1mm以下だ。遠くから見ると地球は基本的にはすべすべの球であることには変わりない。

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テチス海とは

テチス海 テチス海は、パンゲア大陸の分裂が始まった約2億年前ないし約1億8000万年前から、新生代第三紀まで存在していた海。ローラシア大陸ゴンドワナ大陸に挟まれた海域。現在の地中海周辺から中央アジア・ヒマラヤ・東南アジアにまで広がる。また西側にも広がっておりカリブ海まで達していた。
アルプスやアフリカ大陸で化石の調査をしていたエドアルト・ジュースにより1893年にテチス海の存在が提唱された。名前の由来はギリシア神話の海の女神・テーテュース (Tethys) から来ている。ちなみに海神(男神)にはポセイドンとネプチューンがある。
テチス海は、3億9000万年ほど前のデヴォン紀に出現したようだ(古テチス海 (Paleo-Tethys Ocean))。3億6000万年前の石炭紀までに広がり始めた。2億5000万年前のペルム紀と三畳紀にはローラシアとゴンドワナが合体して一つの超大陸「パンゲア」を作る。古テチス海はパンゲア大陸を形成する陸塊に周囲の多くを囲まれた内海となる。
パンゲア超大陸は約2億年前ないし約1億8000万年前に南のゴンドワナ大陸と北のローラシア大陸へと再度分裂し始め、古テチス海と連結する形で新たなテチス海が誕生する。
その後、ゴンドワナ大陸からアフリカ大陸とインド大陸(現在のインド亜大陸またはインド半島)が切り離されて北上。インド大陸とユーラシア大陸が衝突してヒマラヤ山脈を形成する。アフリカ大陸とユーラシア大陸が接近して、テチス海は消滅。カスピ海、黒海、アラル海はテチス海の名残とも考えられている。 テチス海が存在した当時、テチス海は赤道上にあり、赤道上には海流を妨げるものがなかった。したがって地球の自転の影響で、赤道上を自転とは反対方向に流れる赤道海流がテチス海を通っていたと考えられている。この赤道海流は地球の気候や気象条件に大きな影響を与え、現在より温暖な時代であったと推定されている。
テチス海が存在した当時、温暖な気候の下で植物プランクトンが大いに繁殖し多くの死骸が海底に降り積もり、さらにその上に土砂が堆積し、大陸の接近により陸地化し、現代の中東地区の石油に変化したとされる。
大陸移動説やプレート理論により、ずいぶん色々なことが分かってきた。地球自体が一つの生命体(ガイヤの概念)で日々成長しているんですね。
注1). ポセイドン(Poseidon): ギリシア神話の海と地震を司る神。オリュンポス十二神の一柱で、最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇る。
注2). ネプチューン(Neptune):ローマ神話の神でポセイドンに相当。
注3). テーテュース(Tethys): ギリシア神話の海の女神なのだが、ポセイドン関係は。ギリシア神話の世界も複雑で結構ややこしい。
注3).古生代は、カンブリア、オルドビス、シルル、デボン、石炭、二畳紀と6つの紀が続く。その後の中生代は、三畳、ジュラ、白亜紀だ。
注4).新生代:白亜紀以降は新生代。新生代は第三紀と第四紀。何故か一と二が無い。

地球の歴史・生命の歴史
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スノーボールアース

46億年の地球の歴史において、地球全体が氷に覆われた時代があったらしい。それも2回も(それ以上との説も)。スノーボールアース(Snowball Earth、全球凍結)、とは、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床や海氷に覆われた状態。とても信じがたい説ですが、色々な証拠からどうもこれが地球の歴史の本当の姿らしい。
①原生代初期のヒューロニアン氷河時代(約24億5000万年前~約22億年前)
②原生代末期のスターチアン氷河時代およびマリノニアン氷河時代(約7億3000万年前~約6億3500万年前)
全球凍結 に、地球表面全体が凍結するほどの激しい氷河時代が存在したという考え方が地球史の研究者の間で主流となりつつある。1992年にカリフォルニア工科大学のジョー・カーシュヴィンク教授がアイデアとして専門誌に発表したのが発端。現在では、どうもこの仮説は色々な証拠からもっともらしいと考えられている。
注目するべき点は、それまで「ありえない」と考えられてきた「全球凍結」という壮絶な環境変動が実際に起こったらしいこと。それが原因となって原生生物の大量絶滅とそれに続く跳躍的な生物進化をもたらしたとされること。たとえば酸素呼吸をする生物の誕生や、エディアカラ生物群と呼ばれる多細胞生物の出現などがスノーボールアース・イベントと密接に関わっていると考えらる。
スノーボールアース仮説では、地球が完全に凍結したとしても再び温暖な環境を取り戻す過程を提示した。それまでの見方は、地球は一度凍結したら解凍できないという見方が主流だった。解凍できるなら地球史上にスノーボールアース状態が存在する可能性が出てくる。凍結から脱する要素として火山活動に由来する二酸化炭素などの温室効果ガスの蓄積が挙げられた。
一度凍結したら解凍できないという考えの根拠は、地球表面のアルベド(反射能)の観点がある。アルベドとは要は熱収支のバランス。氷で覆われた地表は、太陽の光エネルギーを反射してしまうので、もらう熱よりも失う熱の方が多くなり、どんどん寒くなってしまう正のフィードバックが作用してしまうと言われる。逆に、北極や南極の氷が溶けはじめると露出する地表が増え、アルベドが減少し、みるみるうちに温暖化してしまうのだそうだ。
現在の地球に見られるような液体の海は大気中の二酸化炭素を吸収するため、大気中の温暖化ガスの濃度はある程度に抑えられ温室効果による温度上昇も抑制される。しかし、全球凍結状態では海が凍り付いてしまうので、二酸化炭素は吸収できず、火山から放出された二酸化炭素大気中に蓄積する。このため、二酸化炭素の濃度は約2000年間かけて最終的に現在の400倍程度に達したとされる。その大きな温室効果が大気の温度を最大で 100 ℃ 近く上昇、結果として平均気温は 40 ℃ 程度まで上昇(最初は-60℃ということか)。氷床が溶けだし、全球凍結状態を脱出したと考えられている。また生物についても、凍結しなかった深海底(氷は水に浮く)や火山周辺の地熱地帯のような、一定の温度が保たれる場所で生きながらえてきたと考えられている。

【地表温度を決める要因】
地表は、主に昼に太陽光線が当たって温められる一方で、宇宙空間へ熱エネルギーを放射して冷える。地球の表面温度はこの太陽から受け取るエネルギーと宇宙空間へ放散されてゆくエネルギーのバランスで決まる。
エネルギー源である太陽の明るさについては、太陽の進化モデルによると、太陽系が生まれた46億年前には明るさ現在の約70%しかなく、その後徐々に明るさを増してきたとされている。太陽は現在でも約1億年で1%の割合で明るさを増し続けている。即ち地球の歴史をさかのぼるほど、太陽から受けるエネルギーが少ない。つまり、昔は太陽はもっと暗かった。もちろん、地球の気温は太陽の明るさだけで単純に決まることはなく、昔ほど気温が低かったという訳ではない。
太陽からのエネルギーが少なかった約38億年前においても地球上には液体の海が存在していた証拠があり、現在の地球大気の条件では太陽光が現状の90%に弱まると地球表面は凍結すると予想されて(巨大火山が爆発でもしたらどうなるか)いることを考え合わせると、温室効果など他の要因も地球環境に大きな影響を持っていることがわかる。
メタンや二酸化炭素などのガスは、地球表面から宇宙へ放射される熱エネルギー量を減らし、結果として気温を上げる働きをする(温室効果ガス)。現在の二酸化炭素濃度は0.04%(400ppm)程度で、それによる温室効果は33℃と考えられる。即ち現在の地表平均気温15℃に対し温室効果が全くない時の予想気温(有効温度)は-18℃(33-18=15)とされている。
地球誕生時には大気中に二酸化炭素が大量に(0.1気圧ないし10気圧相当)存在したとされており、また二酸化炭素より温室効果の高いメタンガスもヒューロニアン氷河時代以前の約30億年前の大気にはかなり存在していたと考えられている。
初期の地球大気に存在していた大量の二酸化炭素は、のちに石灰岩や苦灰石などの炭酸塩岩として大量に地殻に固定されて減少し、また一部は石炭や石油などの化石燃料として大気から除かれてきた。炭酸塩岩や化石燃料に固定されている炭素をすべて解放すると90気圧に相当するが、この量は現在の金星の大気「二酸化炭素主体の90気圧」に匹敵する。
白い氷床は太陽光の反射率(アルベド)が非常に高く、入射した太陽光のエネルギーがそのまま宇宙空間へ流出する。その結果、地表の一定以上の範囲が氷に覆われると寒冷化は急激に加速する。逆の場合も成立し、氷床が減ってゆくと相乗的に気温が上昇する(いずれも正のフィードバック)。スノーボールアースの開始と終了の原因について、温室効果ガスの面からの検証がなされている。

【温室効果ガスが変化する要因】
初期の地球大気に含まれていたメタンは、シアノバクテリアの光合成による酸素が大気中に蓄積され始めた約25億年前ころに、酸化されて空気中から無くなる。上記のように二酸化炭素は現在の大気中に存在する量(0.04%)の30万倍(90気圧相当)が地殻や地表に固定されているが、地質学的尺度でみると、長い時間をかけてプレートテクトニクスによって説明される大きな循環系を形成しており、大気中の二酸化炭素の量は1千万年以上の長い周期で増減している。 つまり、一旦マントルに取り込まれて地下に潜りこんだ二酸化炭素は、火山ガスにより大気中に再度供給されるのだ。
大気中の二酸化炭素は海に吸収され、そこでカルシウムやマグネシウムなどのイオンと結合して方解石(CaCO3)や苦灰石(CaMg(CO3)2)などの炭酸塩鉱物(カーボネート)を生成し、海底に堆積する。海水への金属イオンの供給は大陸の岩石の風化による。
生物の光合成によって二酸化炭素が有機物として固定化される。有機物は生物の死後腐敗作用によって再度二酸化炭素に戻るが、海底に埋まった死骸などは分解されずに固定化する。海底に堆積した炭酸塩鉱物や生物死骸は、プレートの移動によって数千万年後に海溝から地下へ沈み込む。沈み込んだ炭酸塩鉱物や生物死骸は地下の高熱で分解して二酸化炭素に変化し、海溝近くの火山から火山ガスとして再度大気中に放出される。
これはほぼ数千万年を単位とするサイクルであるが、この循環系に大陸の要因が追加される。プレートの沈み込み帯での火山活動によって陸地が形成される。陸上に露出した岩石は海中にあるときに比べて風化の影響を強く受け、その結果海洋へより多くの金属イオンを供給する。大きな大陸が形成された場合は風化される岩石量が増えて金属イオンの供給が増え、結果的に二酸化炭素の固定化が促進される。大陸が赤道付近にある場合も高温による風化の促進で、二酸化炭素の固定が促進される。海底に堆積した炭酸塩鉱物や生物死骸が付加体となって大陸に固定化されると、風化によって溶解されるまで約数億年間かかる。即ち上記の海低堆積岩に比べて非常に長い間二酸化炭素が固定されることになる。

【大陸の存在】
誕生以来、地球の表面の大半は海に覆われ、長い間は大きな陸地が無かったとされている。ところが約27億年前に大規模な火山活動があり大陸が急激に成長した。この大陸が大量に供給した金属イオンによって二酸化炭素が炭酸塩鉱物として固定される様になり、大気中の濃度が大幅に低下し、温室効果が低下した地表は寒冷化して原生代初期のスノーボールアースが始まったともいわれる。
また原生代後期のスノーボールアース時においては、陸地のほとんどが赤道近くに集まり超大陸ロディニアを形成し、そのころ陸地面積が大幅に増えたことが示唆されている。この結果岩石の侵食は増加し、イオン化したカルシウムやマグネシウムを大量に海へ供給した。
さらにロディニアが赤道付近に位置していたことにより、地球が寒冷化しやすい状態にあったという説もある。エネルギー収支の面から言えば、陸地は海よりも熱の反射率が高く(アルベドが大きく)、赤道近くに陸地が多いほど太陽エネルギー吸収の効率を下げる。また、化学的面からいえば、高緯度に陸地があった場合、それが氷に覆われると岩石の侵食が抑制され、金属イオンの海への供給が減少し、結果、炭酸塩鉱物として固定される二酸化炭素が減少して大気中の二酸化炭素が増加して寒冷化の進行を抑える。

【スノーボールアースの推移(仮説)】…NASAによる全球凍結に至る過程のシミュレーション
1.大量の二酸化炭素が地殻に固定され、大気中の二酸化炭素量が低下した。
2.温室効果の減少により地球全体の寒冷化が始まり、極地から次第に氷床が発達していった。氷床が太陽光を反射したため一層の寒冷化を招いた。
3.一度加速した寒冷化は止まらず、最終的に厚さ約1000mにも及ぶ氷床が全地球を覆い、スノーボールアースに至った。この状態は数億年~数千万年続いたとみられる。
4.凍結しなかった深海底や火山周辺の地熱地帯では、わずかながら生命活動が維持されていた。凍結中も火山活動による二酸化炭素の供給は続けられており、大気中の二酸化炭素濃度が高まっていった。地表が凍結している間は岩石の風化も凍結状態だった。
5.大気中の二酸化炭素濃度が一定比率に達すると気温が上昇し、一気に氷床の解凍が始まった。短く見積もった場合には数百年単位で極地以外の氷床が消滅して、気温は約40℃まで上昇したと推定されている。温暖化した気候の影響により大規模な嵐や台風が頻発するようになり、岩石の風化が促進され、大量の金属イオンが海に供給された。また長年堆積していた海の沈殿物が嵐により撹拌され、沈殿物が海の表層部に舞い上がった。
6.大気中の高濃度の二酸化炭素は海中に溶け込み、一部は上記金属イオンと結合して大量の炭酸塩岩を海底に沈殿させた。
7.海の表層部に舞い上がった大量の沈殿物や陸地から供給される栄養塩類が光合成単細胞生物に利用され、光合成を激しく促した。またスノーボールアース以前の光合成生物の酸素放出速度より遥かに速いスピードで酸素が放出されたため、大量の酸素が地球に蓄積していった。
8.スノーボールアース中に極低温により大量絶滅が起こっていた。スノーボールアースの終了後、生き残った生物の適応拡散が起こった。原生代初期のスノーボールアースでは、酸素呼吸をおこなう真核生物の繁栄がはじまった。原生代後期では一部の生物が海中の高濃度の酸素を利用し、細胞接着物質であるコラーゲンを産生することに成功。単細胞間の接合が促進され、多細胞生物が出現するようになった。
原生代後期のスノーボールアースが始まる前(10億年前)の生物界は単細胞生物が主体で、多細胞生物は小形の菌類などがようやく出現し始めた段階であった。しかしスノーボールアースが終了した原生代末のエディアカラ紀(6.2~5.5億年前)には、エディアカラ生物群と呼ばれる大形生物が出現している。大きなものでは長さ1mを超える生物化石がオーストラリア南部のエディアカラ丘陵から産出した。この突然の大形生物出現とスノーボールアースの関係について検討が行われている。なお生物の進化は加速し、その次のカンブリア紀にはバージェス頁岩化石に代表される多様な生物群が生まれた(カンブリア爆発)。

地球の歴史・生命の歴史
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地質時代区分

地球の歴史は約46億年と推定されている。これは太陽系全体の年齢とほぼ同じだ。地球の歴史は今までは主に、地質の研究をもとに積重ねられてきた。つまり、たまたま掘出された比較的大きな化石を元に推定されてきた。
地質時代 地質の研究で最も古い化石は当時、カンブリア時代の三葉虫の化石だった。これが進化論者のダーウィンを最も悩ませたものだったらしい。彼は、生物は単純なものから進化によって次第に複雑なものに変化すると主張していたので、最初の化石生物が三葉虫ではあまりにも複雑すぎる。
現在では、化石の研究も進んで、微生物の化石まで分析できるようになって来ている。カンブリア時代は5.42億年前から始まる。地球の歴史から行くと9割近くの時間が経ってからだ。それより前の時代は一括して先カンブリア時代と呼んでいる。しかし、そんな呼称はそろそろ過去のものに成りつつある。地球の歴史と言いながら、前半の9割近くが空白のままでは羊頭狗肉の感を免れない。
実は、表に見られるようにかなりの所まで、時代区分が出来てきている。ここまで、詳細に時代が区分されているということは、そのもととなる根拠も相当積み重なった来たということだ。

冥王代:
原始地球 まさに、地球が形成せれる時代だ。だいたい46億年前から40億年前までの6億年ぐらいか。次の始生代との境目も明確でない。次から次へと空から新しい物質が降って来る。40億年以上古いと思われる岩石も発見されているが、これらに相当する岩石は月でも発見されている。今後は小惑星からも発見されるかも。
通常地質学で古代の研究を行うには、その時代に作られた地層や岩石を分析して情報を入手し検討する。しかし冥王代については当時の岩石が殆ど入手できない。1970年代までは地球の情報だけしか得られなかったため冥王代における地球の進化は分からなかったが、太陽系内の他の星や隕石を研究することによって実証的な議論ができるようになった。また太陽系の形成や、地球誕生時の状況については理論に基づくシミュレーションが行われている。地球や隕石の年代分析については、放射性元素の分解による生成物を定量して年代を計測する放射年代測定が用いられる。

太古代:
太古代(たいこだい、Archean eon)とは、地質時代の分類のひとつ。40億年前(または38億年前)から25億年前までの間を指す。最初の生命が誕生したと考えられる冥王代の次の時代であり、原核生物から真核単細胞生物が現れるまでで原生代の前の時代。かつては、英語のArcheozoicの直訳から始生代(しせいだい)とも呼ばれていた。

原生代:
原生代(げんせいだい、Proterozoic)とは、地質時代の区分(累代)のひとつ。真核単細胞生物から硬い骨格を持った多細胞生物の化石が多数現れるまでの25億年前〜約5億4,100万年前を指す。元々は、先カンブリア時代以前の全ての時代を指していた。
シアノバクテリアの活動によって大気中に酸素の大放出が始まり、オゾン層ができて紫外線が地表に届かなくなった。また、古細菌類から原始真核生物が分岐し、さらにαプロテオバクテリア(後のミトコンドリア)が共生することで現在の真核生物が成立した。後期には多細胞生物も出現した。なお、この時代2回もスノーボールアースの時代が生じたことも特筆すべきことかも。

地球の歴史・生命の歴史
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クライオジェニアン

クライオジェニアン紀(Cryogenian)は新原生代の2番目の紀。8億5000万年まえから6億3500万年前までの時代だ。3番目のエディアカラ紀に多細胞の生物が出現する。だからクライオジェニアン紀は、単細胞の生き物が多細胞に進化する準備段階の時代と言うことだろう。
全球凍結 クライオジェニアン紀という名前は、ギリシャ語で「氷」を意味するcryosと「誕生」を意味するgenesisから作られたそうだ。中国語での漢字表記は「成冰纪」(成氷紀)となる。日本でも地質時代の命名は中国語を使う方が理にかなっているようだ。
トニアン紀の終わりからエディアカラ紀の始まりまでの8億5000万〜6億3500万年前に、スターティアン氷期とマリノア氷期の2つの大きな氷河期があった。まさに、これが二回目の全休凍結の時期に相当する。もう一つの第一回目の全休凍結は、原生代初期のヒューロニアン氷河時代(約24億5000万年前~約22億年前)でかなり前のことだ。従って凍結とその解凍の理由、メカニズムもかなり異なっているようだ。
氷期があった証拠は、各地の存在するこの紀特有の氷河堆積物だそうだ。地球はこの時代、周期的に幾度か赤道まで氷河が伸長していたらしい。氷河の痕跡を示す漂礫岩堆積物がコンゴ、サハラ砂漠、オマーン、オーストラリア、中国、北アメリカ、アイルランド、スコットランド、ノルウェー他世界中で見つかっているらしい。漂礫岩堆積物は低緯度だった地域にも発生していたことから、海洋が深くまで凍りついた「スノーボールアース」と呼ばれる現象が起きたと考えられている。
アクリターク(分類不能な微細な生物の化石群)の数は氷河期によって激減し、大気中の酸素は増加したといわれる。非常に低緯度の地域にも氷河があったこと、暖かい水域の堆積物であるはずの石灰岩が氷河堆積物の上下や混在していたりするなど、この氷河期にはいくつかの謎がある。
古地磁気研究によれば大陸移動の率は非常に大きい。基本的に大陸地殻の著しい不均衡は自転軸の方向はそのままに地球を大陸塊が赤道上に来るまで横転させる。これが見かけ上平均より非常に速い大陸移動を引き起こす。
トニアン紀は新原生代の最初の紀で、10億〜8億5000万年前にあたる。現在のところトニアンの期の区分は定義されていない。ギリシャ語で「伸張」を意味するtonasから。中国語の漢字表記では「拉伸纪」(拉伸紀)となる。
トニアンの出来事の中で特徴的なのが超大陸ロディニアの存在とその分裂。これは後の超大陸パンゲアと同様に全ての陸地が一つの集まった時期。これは古地磁気などの科学的調査方法で判明した事実である。ロディニアの周囲には巨大な大洋ミロヴィア海が広がっていたとされる。まるでおとぎの国の世界みたいだ。
顕生代カンブリア紀5億4200万年前~4億8800万年前)以降で、それより前の地質時代は、冥王代、始生代、原生代25億年前~5億4200万年前)となる。その原生代を古原生代、中原生代、新原生代を分ける。新原生代は、トニアン紀、クライオジェニアン紀、エディアカラ紀の三つに分けられる。クライオジェニアン紀に生じた全休凍結現象が、その後の生物の進化に大きな方向性を与えたらしいことが分かってきている。
【何故全球凍結が解消されたのか??】
どうも、全球凍結という事態はあったらしいことが色々な証拠から分かってきたようだ。しかし、従来の科学者達は、一度全球凍結が始まると、ますます地球は寒冷化してもう二度と元には戻れないと考えていた。つまり正のフィードバック機構が働くはずだと。だから全球凍結何て言う事態は無かったはずだと考えていた。でも、地球は生きている。地表(ほとんどが海面)が氷で覆われている間も、火山活動で噴出されるCO2が大気中に蓄積されていく。地表には光合成をする生物がいなくなっているのでCO2はどんどん蓄積され、温室効果をもたらし、氷を溶かしたのだと説明されている。光合成を行う生き物が出現すると、CO2がドンドン使われ、温室効果ガスが減るため気温は低下。うまく負のフィードバックが働いたということらしい。

地球の歴史・生命の歴史
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恐竜と哺乳類

脊椎動物が陸にあがってくる。時代的にはデボン紀か石炭紀か。水中生活から陸上生活の移るには色々と制約があったはずだ。特にこの変化は環境の酸素濃度と気温が大きく関連しているらしい。また酸素濃度の上昇とともに上空にオゾン層が形成されて陸上での紫外線を防御してくれるようになったことも大きい。
脊椎動物の進化の道筋は、魚類→両生類→爬虫類→哺乳類(鳥類)と言うのが今までの考え方だ。一本道のようだけど、実際にはその都度、分岐がある。つまり、魚類の一部が両生類に、両生類の一部が爬虫類に、爬虫類の一部から哺乳類と鳥類が分岐したということ。
それでは、中生代に大繁栄し陸上を席巻した恐竜は、爬虫類なのか。昔の人達はそう考えた。恐竜(dinosaur)とは「恐ろしいトカゲ」と言うのがもともとの意味だから。
最近の話題では、恐竜の一部が進化して鳥になったというものがある。また、世界各地、特に中国では新種の鳥の先祖の化石が頻繁に発掘されてきている。また、化石の研究からどうも、恐竜自身が爬虫類なのか。どうも現存の爬虫類達とは違って、むしろ鳥類に近いようだと考えられている。恐竜は鳥類も含む一つのグル^プとしてとらえるのが正解らしい。

まず、両生類がどのように陸に適応して、爬虫類に進化したのか。両生類は名前の通り、生息域は陸と水中の両方で、水の無い所では成長できない。両生類は現生動物では、カエル、サンショウウオ、オタマジャクシ、イモリ等がいます。幼生期には鰓(エラ)で呼吸しますが、成長すると肺で呼吸します。魚類から進化し、初めて陸に上がった動物で、体表は柔らかく、鱗(ウロコ)や毛や羽を持ちません。呼吸の半分以上は、皮膚により呼吸します。尾がある(有尾目)サンショウウオ等と尾がない(無尾目)のカエル(成長すると尾が無くなる)等に分類されますが。すると完全に陸で生活するためには次のような体制の改革が必要になりました。
① 陸で卵を産むことが出来る(羊膜卵)。あるいは胎生に変化する。
② 生まれてからすぐに肺呼吸となる。オタマジャクシの化石もあるらしい。大型の凶暴そうな肉食両生類が子供時代はオタマジャクシで過ごしたのでしょうか。呼吸の問題は大きな問題だ。魚でも肺魚なんて進化していたけど。
③ 心臓の構造も進化したようだ。魚では1心房1心室、心臓から送り出された血液は総て鰓へ送り出されて、鰓で酸素を取り入れた新鮮な血液を全身に送る。これでは効率が悪いのか。両生類では2心房1心室に進化し、鳥類と哺乳類では2心房2心室。爬虫類はこの過渡的段階で心室がまだ完全に2つに成りきっていないようだ。
④ 歩行の方法も工夫がいる。両手両足が体の側面に張り出していると体を捩りながらお腹を受けた状態で歩行することに。トカゲやワニはいまだにこの歩き方。歩行が苦手なので餌を捕まえるのは基本的には待ち伏せ方式だ。

エリオプス ヒロノムス
左は両生類のエリオプス。外見は恐ろしそうだ。全長2メートル、体重は推定90キログラムと推定されているの当時としては相当の巨体では。幼生時はオタマジャクシだったのだろうか。右はごく初期の爬虫類ヒロノムス。せいぜい10cm位の大きさ。

卵については、陸上生物のご先祖様はどうも羊膜という方式を発明して、卵の周りを更に炭酸カルシウムで保護する方式を採用して進化して来たようだ。他に胎生と方式もあるがどのように使い分けてきたのもう少し調査が必要だ。産み落とされた卵は呼吸する必要がある。炭酸カルシウムの殻は乾燥対策には有効だが、多少の空気孔が必要で、空気孔が多いと乾燥を防げないというジレンマがある。ところが古生代の後期は空中の酸素濃度が非常に高い時期でこの時期の進化には妨げにならなかったようだ。 親の方の呼吸に関しては、酸素濃度の非常に高い環境が肺呼吸への進化を比較的容易に動かしたようだ。肺呼吸で空気から酸素を取り入れるのと、水中で溶存酸素を鰓で取り入れるのとを比べ、どちらがどのぐらい効率が良いのかは調べてみたいとは思います。
【心臓の進化】
心臓の進化
血液は、心房から入って心室から出て行く。心房と心室の間には血液が逆流しないように弁がある。心室は丈夫な筋肉で出来ていて脈動ポンプで血液を送り出す。
何はともあれ、石炭紀前期が終わるころには新しく生まれた爬虫類は、大きな三つのグループA~Cに枝分かれして、それぞれが独立した分類群になってしまいます。
A:哺乳類に進化していくグループ
B:カメ類に進化しているグループ
C: 別の爬虫類になっていくグループ
無弓類 単弓類 双弓類
この三つの系統は簡単に区別する方法がある。頭の骨(頭蓋骨)に側頭窓と呼ばれる穴がどうなっているかだ。穴が開いてないのが無弓類Bでカメの祖先だ。穴が1個開いているのが単弓類Aと言って哺乳類の祖先だ。穴が2個開いているのが双弓類C。これは残り全部と言うか、恐竜、鳥類、ワニ類、トカゲ類、蛇類、魚竜、首長竜や翼竜もそうか。三弓類とか四弓類とは無いようだ。穴の数でその後の進化の運命が決まってしまうなんてなんか不合理な気もするんですが。どうも穴の数が機能に影響したというより、分岐した結果たまたまそうなったということなのでしょう。無弓類BついてはCの2つ穴が塞がって亡くなったように見える可能性も指摘されている。穴不思議なお話。古生代に繁栄する(ペルム紀の大絶滅まで続く)のはAの哺乳類タイプだったということ。
この三系統とも酸素濃度が高い時期に同時に出現したようです。何故か、三つ目の双弓類Cは酸素濃度が低くなるまで多様化や特殊化が全く進んでいない。大体全長20cm程度のまま大人しくトカゲのような生活をしていたようだ。一方の無弓類は、別の特別な進化を成し遂げる。
古生代に適応放散していくのは、Aの哺乳類型爬虫類で、盤竜類とそれに続く獣弓類とよばれる種。盤竜類の代表としては、大型の肉食獣のディメトロドンや植物食のエダフォサウルスが有名。背中に帆をつけたユニークな形をしている。帆に日光を浴びて代謝を活発にしたのか。まだ、変温性だったのではないかと想定されている。獣弓類からは、最終的にキノドン類が発生し、これがペルム紀の大絶滅を生き残り、三畳紀には哺乳類へと進化したと考えられている。
ディメトロドン ディメトロドン エダフォサウルス
上の3つの絵は、左二つがディメトロドン、一番右がエダフォサウルス。外見は良く似ている。化石の専門家は歯を見れば何を食べていたかはだいたい見当がつくという。
イノストランケビア キノドン類 キノドン類
左はペルム紀に絶滅するイノストランケビア、右二つは三畳紀まで生き残るキノドンの仲間。

実は、石炭紀の高酸素状態は徐々に逆の低酸素環境へと変わりつつあり、キノドン類は当初の盤竜類の爬虫類達を比べると、相当小型化している。つまり、「大気の酸素濃度と個体の体の大きさはほぼ比例」の関係があるらしい。

恐竜の先祖に当たる、双弓類達も三畳紀にはまだ小型のまま。でもこの時代に双弓類達は低酸素の環境にうまく適応して、次のジュラ紀での大繁栄の基礎を作る。
何と言っても、ポイントは呼吸効率のアップ。鳥も恐竜も気嚢という肺呼吸を補助する器官を発達させる。空気の薄い高山や高空でも平気で飛び回れるのはこの気嚢の機能が大切だ。
二足歩行も、呼吸に対する重力の影響を軽減するため。だから恐竜は最初から二足歩行、鳥と同じだ。 酸素濃度が回復してくると、恐竜たちはイッキに適応放散し、地球上に広がるようになる。低酸素で多くの生き物が絶滅した後なのでニッチが広がっていたから。中生代の陸上は正に恐竜王国となったわけだ。
でも、哺乳類の先祖たちはやられっぱなしだったわけではない。低酸素の環境を乗り切るため、色々な機能を進化させてきたのだが、最大の工夫は体を小さくすることだった。恐竜たちの住めないニッチを開拓し、少ない食料で個体の数を増やすことで対抗できる。同じ戦略は昆虫達も取っている。 地球の歴史を見れば、必ず環境の大変動が生じ、大量絶滅が繰り返し生じている。白亜紀末の大絶滅の跡、恐竜王国は滅び、今は哺乳類(昆虫)の王国。
白亜紀末の大絶滅が無ければ、今頃は知的恐竜が地球を支配していたかも。あるいは、ペルム紀の大絶滅が無ければ、人類とは別のもっと賢い哺乳類が地球を支配していたかも知れない。歴史にもしもは無い。たとえ、偶然の出来事から生じたことでも後戻りはできないのだ。

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化学的風化作用

石灰(せっかい)とは、生石灰(酸化カルシウム、CaO)または消石灰(水酸化カルシウム、Ca(OH)2)のこと。炭酸カルシウム(CaCO3)やカルシウム(Ca)を指すこともある。消石灰は生石灰を水で消和(このような作業を消和と称する)してつくり、炭酸カルシウムは消石灰と二酸化炭素が反応してできる。「いしばい」ともいう。古代から貴重な材料だった。
石灰岩は炭酸カルシウムで出来ている。石灰石(貝殻・珊瑚を含む)を焼いて石灰(CaO)を作るための釜を、石灰窯といい古代エジプトで既に発明されており、今でもモルタル、漆喰、セメントの原料になっている。
小学校かあるいは中学校の理科の実験で、水酸化カルシウムの溶液に、息を吹き込み白濁させる実験がある。これは二酸化炭素があることを確かめる実験だ。
まず、生石灰に水をかけて消石灰の水溶液を作る。これは発熱反応なので結構危険だ。必ず大人がついていないといけない。水は一機に入れて沸騰させないようにしないと。水を沢山いれると消石灰は水に溶けて透明な上澄みができるので、これを実験に利用する。
    CaO+H2O→Ca(OH)2+発熱…(1)
さあ、この水酸化カルシウムの水溶液にCO2をストローで吹き込もう。
    Ca(OH)2+CO2→CaCO3+H2O…(2)
ここで、出来る炭酸カルシウム(CaCO3)は水に溶けないので透明な液は白く濁る。「皆さんこれで息の中には炭酸ガスが含まれていることが分かりますね??
でも、あらあらCO2をずっと吹き続けていると液はまた透明になって来る。
    CaCO3+CO2+H2O←→Ca(HCO3)2…(3)
この右側のできた物質は炭酸水素カルシウム(Ca(HCO3)2)といい、こちらは水に溶ける。
    Ca(HCO3)2←→Ca2++2HCO3-…(4)
(3)の反応は、どちらの矢印の方向にも進む。だから鍾乳洞の中では、石灰岩が溶かされたり結晶したりを繰返して、鍾乳石や石筍が作られるわけです。
雨が降って、炭酸ガスが水に溶かされたものが炭酸。
    CO2+H2O←→H2CO3…(4)
だから、炭酸飲料水の瓶を振ればCO2はいくらでも作ることが出来る。自然の雨は空気中の炭酸ガスを溶かしているので若干の酸性だ。だから雨が降れば石灰岩は溶かされて、最終的には海に流される。これが化学的風化の原理的な説明だ。石灰岩以外の岩石も化学式はもっと複雑でしょうが、このような風化が常に起こっているらしい。海に行ったCO2はどうなるのか。微生物の殻となって、微生物が死んだあと最終的に炭酸カルシウムとして海底に沈んでくれれば、空気中からCO2をどんどん除去してくれるのだけど、この反応は(3)式で分かるようにどちら側への進む反応なので、海面から逆に放出されるCO2もあるだろう。しかし、全体として相当な量のCO2が化学的風化によって大気中から除去されていると推定されているようだ。
更に、これに加えて海面では植物性プランクトンによる光合成によるCO2の除去も加算される。海でのCO2の除去は、陸上の全植物によるCO2の除去の量に匹敵するものと推定されている。
ところで、地球上の岩石はケイ酸塩鉱物でできたものが多い。このような岩石は一例だが風化作用で、
    CaSiO3+2CO2+H2O→Ca2++2HCO3-+SiO2 …(1)  (ケイ酸塩鉱物の風化作用)
一方、炭酸塩鉱物の場合は先ほど説明した通り、
    CaCO3+CO2+H2O→Ca2++2HCO3-  …(2)   (炭酸塩鉱物の風化作用)
どちらの場合も
    Ca2++2HCO3-→CaCO3+CO2+H2O …(3)   (炭酸塩の沈殿)
珪酸塩鉱物では、風化の際に2モルのCO2を消費し、沈殿の際に1モルのCO2を排出。差し引き1モルのCO2を空気中から除去する。ただし、炭酸塩鉱物では直接的なCO2の増減は無いようだ。でも、化学的風化により大気中の二酸化炭素が除去され、大気中のCO2は短時間で取り除かれてしまうはず。しかし、海洋底に堆積した炭酸塩鉱物(CaCO3)は、プレート運動によって(プレートの沈み込みによって)地下深くに持ち込まれると、高圧高温下で変成作用を受け下のようになる。
    CaCO3+SiO2→ CaSiO3+CO2 …(4)  (珪酸塩鉱物の生成)
つまり、また珪酸塩鉱物の岩石が作られて、このCO2が、火成活動で火山ガスとして大量に出てくる。この量は、人間活動による排出量と比べて桁違いに大きく温室効果ガス抑制対策を難しくしている。
【追記】石灰岩は基本的に生物の化石だ。微生物たちがせっせと細胞の周りに炭酸カルシウムを備蓄して海底に沈んで堆積して行って、圧力を受けて岩となったもの。地球の歴史から見ると炭酸ガスはどんどん減っているのが長期的な変動。今騒がれている地球温暖化とは逆のシナリオだ。炭酸ガスが減ることは光合成をする植物たちにとっては生命の存続にかかわる大事件だ。温暖化の議論は本当は難しい。

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利己的な遺伝子

ここでは「利己的」とは「自己の成功率(生存と繁殖率)を他者よりも高めること」と定義される。遺伝子はそのようにプログラムされているという大前提を含んでいる。神がそのように決めたとでも言うのでしょうか。進化論の変形だろうが、前提そのものに科学的な根拠が全く乏しい。しかし、社会学における色々な現象を統一的な説明したいという欲求にはある程度答えることに成功しているのか。
利己的な遺伝子 1970年代の血縁選択説、社会生物学の発展を受けてジョージ・ウィリアムズ、E・O・ウィルソンらによって提唱され、イギリスの動物行動学者リチャード・ドーキンスが1976年に、『The Selfish Gene』(邦題『利己的な遺伝子』)で一般向けに解説したことが広く受け入れられるきっかけとなった。そのため、ドーキンスは代表的な論者と見なされている。日本でも最近、結構引用されているようだ。
遺伝子と言うものは、デオキシリボ核酸の4種の文字(A、T、C、G)が組合さり、その3文字がコドンをいう語を形成していることが分かって来た。つまり、一つのコドンで64通りの可能性があり、そのコドンを長々と続けることで複雑な遺伝子を構成している。この遺伝子の文章のコピーミスが進化の原動力となっているらしい。だから遺伝子の変化(進化)には基本的に方向性がなく、神の意思など入り込む余地はないのだ。では、何故ランダムな遺伝子の変化が進化を引き起こしたか。それがダーウィンの考えた自然選択、つまり淘汰の考えです。つまり地球環境そのものが進化を決定しているのです。
草原が増えれば哺乳類は大きくなり、森林が増えれば小型化する。大気中の酸素が減れば生物は小型化し、増えれば大きくなる。どの生き物も与えられた環境に良く適合しています。従って、進化とは偶然の産物と言えるのです。しかも過去に5回も壊滅的な大絶滅を経験しています。しかし、どうもこの進化が偶然に支配されていることを認めたくない人たちが大勢いることも確かです。
ドーキンス等の主張は、「利己的」とは「自己の成功率(生存と繁殖率)を他者よりも高めること」と定義され、これが遺伝子の役割(意思)だと見なす。「利他的」とは「自己の成功率を損なってでも他者の成功率を高めること」と定義される。行為者がどのような意図を持っていようとも、行為の結果が自己の成功率を高めるのであれば、それは「姿を変えた利己主義」と考えるようだ。 個体レベルでの自然選択に注目すると、きびしい生存競争の中でわずかでも利他的な行動をとる個体は、そうでない個体よりも平均して「うまくやっていけない」と予測できる。つまり、これを人間社会に置き換えると、他人に親切にする人より、自分のことしか考えない自己中心的な人の方が成功する。これホントでしょうか。
全ての個体が利他的であれば、その群に属するもの達は非常に上手くやっていけるであろうが、中に一個体でも利己的な個体が混入すれば、利他的個体を食い物にして繁栄する。利己的個体は多くの子を残し、次第に利己的な個体は数を増していくであろう。他集団からの移住や、突然変異など利己的な個体の混入をふせぎ続けることは不可能である。でも、実際には動物の世界でも実際にあまりに利己的な個体は集団から排除されてしまうよね。

しかし、現実の自然界でも、子育て行為や群れの中での役割分担など多くの利他的行動と考えられる例も見られる。この事実は、一見すると自然選択説の予想と矛盾するように感じられる。利他的な行動は哺乳類、鳥類等高等な動物の脳(遺伝子)にしっかりと組み込まれたもの。動物の世界にも一定のルール(道徳)があることが分かってきている。

ドーキンス等の主張は、まだまだ続きがあります。何故、色々な生き物たちが利他的行動(他の個体のための行動)を取るのかについて、色々な解釈を行っています。確かに、個体の行動は、その個体の中にある遺伝子によって支配されている。しかし、遺伝子が利己的な行動を促すようにプログラムされている根拠は何も無いはずです。
人は、本来集団で社会生活を行うように進化してきた生き物です。だから利他的行動(他の個体のための行動)をとるように遺伝的にはプログラムされています。資本主義社会では個人の重要性が強調されます。自由とか個性の価値。そのため人生の価値は個人にしかない。一生自分探しをしないといけない。しかし、人は他人に評価されてナンボの世界に生きているんです。

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人は何故水を飲むのか

人は何故水を飲むのか
人はほとんど毎日、水を飲む。食べ物は1週間ぐらい食べなくても死なないというが、脱水症状は大変危険だ。海で難破したら水の確保が大変。周りは海水だが、人が飲めるのは淡水に限られる。何故そうなったのでしょうか。
脊椎動物が魚から両生類に進化して陸に上がって来る。この時、彼等は直接 海から陸に上がったのか、川や湖沼のような淡水域から陸に上がったのか。まだ、はっきり解明された話ではないかも。
最近、潮汐説と言うものが出ている。4億年前は月が今より地球に近く、干満の差が大きかったとする。月が今より地球に近かったというのは本当らしい。月はすこしずつ地球から遠ざかっている。だから昔は干満の差が今よりはずっと大きかったようだ。これは計算でも確かめられそうだ。だから、その度に魚が海岸線の特定のポイントで魚たちが座礁していたとバルブス氏は示しました。だからと言って魚が陸に上がれるようになる程、進化の仕組みは簡単ではない。
オウムガイ 【河と言う世界の誕生→今から5億年前】
古代の生物を研究しているアメリカワシントン大学のP.ヴォード博士は、魚達はオウムガイから逃れるために、河という新しい世界を目指したのではないかと考えているようだ。 オウムガイというと今では生きた化石として深海でひっそりと暮らしている目立たない存在ですが、当時の海の覇権を握っていたのでしょうか。たくさんの化石が発見されるアンモナイトもオウムガイの仲間だ。
当時の海の魚は、たくさんの肉食動物や競争相手がいる中で生きていました。敵から逃げる方法の一つは、隠れ家を見つけることです。そこで魚は何をしたかというと、河に行こうとしたのです。当時の河には、ほとんど生物が住んでいませんでした。ですから河に行くことは、敵から逃げる素晴らしい方法だったのです!実際にはたまたま川に逃げ込んだ者たちが適者生存ということで生き残ったというべきでしょう。遺伝子の意図などと言う考えはやはり科学的な物言いではない。
【新天地、河の障害とは?命をかけた魚たちの挑戦が始まる!】
海に注ぐ大河、魚達にとってオウムガイの攻撃から逃れられる河は魅力的な場所だったに違いありません。しかし、河は簡単に行ける場所ではありませんでした。河の水は海とは違って、ほとんど塩分を含んでいません。海で生まれた生物にとって、塩分濃度の違いはすぐさま死につながる危険なものなのです。塩分濃度の違いは、生命の活動のもとである細胞そのものを破壊します。多分魚たちは初めは汽水域(海水と淡水が混ざったところ)で体を慣らし、何世代もかけて淡水へと進出していったのでしょう。
例えばゾウリムシは、海水の塩分濃度に合わせて生きています。これに塩分の含まれていない水を加えてみます。すると膜が破れ、細胞は壊れてしまいます。塩分の濃い細胞の中に回りの水が進入してくるのです。いわゆる浸透圧。入ってきた水で細胞は膨らみ、破裂してしまいます。海で生きる生物にとって、塩分濃度の違いは簡単には乗り越えることのできない障害です。魚達にとって、河は魅力的な新天地に違いありませんでした。しかし、同時に河は危険な場所でもあったのです。河への進入、それは命をかけた挑戦でした。
プテラスピス 最初この障害に挑戦したのは、プテラスピスと呼ばれる魚です。プテラスピスは、塩分濃度の違いをどうやって乗り越えたのでしょうか?プテラスピスの体の長さは20センチあまり、頭の部分は固い甲羅に覆われ、胴体の部分は原始的なウロコで覆われていました。ウロコや甲羅は体を守ると同時に、体の中に水が入るのを防ぐことができます。
さらにプテラスピスは塩分濃度の違いを乗り越える仕組みを体の中に作り上げていました。皮膚から入る水は甲羅やウロコで防げますが、エラで呼吸しているため、大量の水が体に入ってきてしまいます。そこでプテラスピスは、腎臓を発達させました。体に入った余分な水を血液から絞り出す、いわば強力なポンプでした。最古の魚が海に登場して6千万年、私たちの祖先は長い時間、何世代もかけて河口で淡水への挑戦を続けました。そしてついに、プテラスピスが自ら体の仕組みを変えることによって、初めて河という新天地を手に入れたのです。
北アリゾナ大学のD.K.エリオット博士は、河という新しい環境に進出したプテラスピスをさらに詳しく分析しています。プテラスピスの体は、今の魚と同じようにスマートな流線型をしていました。プテラスピスは、この流線型の体を活かして、自由に泳ぎまわることができたと考えられます。それは流れの早い河に適応した結果だと、博士は考えています。でも、広い海ならプカプカ浮かんでいるだけでもなんとかなるようだけど、海の現生の捕食者たちも皆、快速で泳ぐ能力を持っている。

多くの動物は塩分を含む海水と、塩分を含まない淡水との間の急激な変化についていけません。魚の場合も多くは適応できず、河口で淡水に触れて死ぬ事もあったでしょう。ですから、その河に入りこむことに成功したプテラスピスにとって、 そこは敵や競争相手のいないとても住みやすい環境だったに違いありません。しかもその河は、栄養分に富んでいたので餌も豊富だったのです。

海から河へ生命の新しい舞台が広がっていきます。この頃、既に植物も河に入りはじめていました。緑色の藻の仲間が河口から河へ入り込み、やがて水中に根を張ります。そこの岩には苔が張り付き、水面の上に茎を伸ばすシダ植物も現れました。
こうした植物の周囲には微生物が集まり、プテラスピスを支える食料となりました。そして河では、オウムガイのような敵に襲われる心配もありませんでした。河はまさに、新世界だったのです。また河には海にはない複雑な環境がありました。急な流れ、そして滝、そして時には塞き止められ、湖や沼にもなります。この河で魚達は、さらに様々に進化していくのです。

ヘミキクラスピス ではプテラスピスに続く魚達が、河でどのように進化していったのでしょうか?ヘミキクラスピスはプテラスピスに似ています。頭は固い甲羅で覆われていました。泳ぎをコントロールする為の小さな2枚の胸ビレを備え、早い流れをやり過ごすために平べったい体つきをしていました。川底にへばりつき、苔や微生物を食べていたと考えられています。デボン紀は魚の時代と言われている。ダンクルオステウスなんていう巨大な魚もいたのではないか。

ボトリオレピス ボトリオレピスの頭は、亀の甲羅 のような形をしていました。そして、その頭の後ろからは細長いヒレが伸びています。この不思議な形をしたヒレは、なんの為にあったのでしょうか。まるでイカリのように川底にこのヒレを突き刺すことで、早い流れに逆らったのではないかと、科学者は想像しています。顎と鋭い歯を備えた肉食の魚、クリマチウスも登場しました。川底の微生物などを食べていた魚達だけでなく、餌を求めてより早く泳ぎまわることを目指した魚も現れ始めたのです。塩分濃度の違いを克服した魚達は、河という新しい環境の中で様々な可能性を試していったのです。

ケイロレピス ミグアシャ(地名)の高さ30メートルの地層には、2千万年におよぶ魚達の進化の歴史が刻まれています。ここで見つかった化石の数は、既に5千個を越えています。その中に、これまでの魚とは全く違う特徴を持った魚が見つかりました。それは背骨を持った魚です。これまで外側に甲羅を持った魚はいましたが、体の中に固い背骨を持つ魚はいませんでした。
ケイロレピス、3億9千万年前に登場した背骨を持った最初の生物です。ケイロレピスは、背骨の他にも今の魚と同じ特徴を備えていました。泳ぎをコントロールする2枚の胸ヒレと同じく2枚の腹ヒレです。さらに獲物を捕らえる顎と鋭い歯も持っていました。ケイロレピスは背骨を持つことにより強い筋肉を発達させ、すばやく力強い泳ぎができたと考えられます。しかし、背骨がなくても同じ様に早く泳ぐことができた魚達もいました。なぜ突然背骨ができたのか?それは科学者達を悩ます大きな謎でした。でも背骨の誕生は大きな進化の第一歩です。両生類以下陸上生物は皆背骨を持っているからです。

アメリカ・カリフォルニア大学のM.ゴードン博士は、生理学の立場から魚の進化について研究を続けています。博士は、背骨には強い筋肉を支えることよりも、もっと重要な役割があったと考えています。
体の中の固い骨は力強い運動を可能にするだけでなく、骨にはミネラルの貯蔵庫という役割があります。骨はカルシウムなど、ミネラルを貯えるために生まれたのです。特にカルシウムの場合、生命の活動に欠かせないものです。カルシウムは、神経の働きや心臓や筋肉が動くために無くてはならないものです。カルシウムの量が不足することは、生命にとって大変危険なことなのです。
つまり、河には塩分濃度の違いだけではなく、もう一つ命を支える重要なミネラルが不足するという問題があったのです。例えばカルシウムは、海に比べて10分の1から100分の1しか含まれていません。心臓を動かす筋肉細胞は、一つ一つの筋肉細胞が一斉に動くことで、心臓は体中に血液を送ることができます。この規則正しい動きは、カルシウムによって生まれているのです。カルシウム無しでは心臓は、すぐに止まってしまいます。つまり、カルシウム無しでは、生命は一時も生きていく事はできないのです。
M.ゴードン博士は、カルシウムの不足を補うために体の中に骨ができたと考えているのです。河の中のカルシウムの濃度は耐えず変化しています。カルシウムの多い時には、そのカルシウムを骨として貯えておき、カルシウムが不足した時には、この骨からカルシウムを補給します。こうしてどんな場合でも、カルシウムを安定して使えるようにする、それが骨の役割なのです。つまり背骨はカルシウムの貯蔵のため発達したと考える訳です。
一見固く見える骨も、耐えず作り替えられています。固い骨は細胞の働きによって溶け、カルシウムが血液を通して体全体に補給されます。骨に貯えられているのは、カルシウムだけではありません。分析して見ると、骨にはマグネシウム、リン、硫黄、亜鉛、さらには鉄など、生命にとって必要なミネラルが含まれているのです。それらは実は全て、海に含まれているものと同じなのです。

海は生命を生み、生命を育んできました。海には生命が生きる上で欠かせない、大切な物質が溶けこんでいます。骨は、その豊かな海の代わりなのです。骨という海を持ったケイロレピス、生命は海から自立するための仕組みを体の中に作り上げていったのです。一方で、背骨を持たない魚達は、カルシウムが不足する河の中で生き抜くことは難しかったに違いありません。ある者は河に留まり、ある者は故郷の海に戻って行きました。しかし、その多くは絶滅への道をたどりました。

背骨を持っているかどうかが、魚達の運命を左右したのです。そしてケイロレピスは、河の王者となって生き残りました。その後ケイロレピスの子孫達は、河だけでなく海にも勢力を伸ばしていきました。今や海や河を自由に泳ぎまわる魚達、私たちが知っているこの魚達は皆、ケイロレピスの子孫なのです。そして、陸上に住む私たちの背骨もケイロレピスから受け継いだものなのです。

【河への進出に骨は欠かせないもの、骨は命を支える海】
私たちの骨は、体を支えるだけの固いものだと思っていましたが、実は骨は命を支える「海」だったのです。私たちの祖先は、河に入って出来上がった機能を組み合わせ、新しい仕組みを作り上げたのです。骨は、海の代わりにカルシウムやミネラルを貯蔵します。もしカルシウムが不足すると、骨のカルシウムが溶けだし腎臓の働きによって、血液の中のカルシウムの量が一定に保たれるのです。骨を海の代わりに利用するという素晴らしい仕組みを作るまでには、河に適応できずに絶滅したり、海に戻ったりした生き物達の試行錯誤がありました。

まさに河というのは、訓練の場だったのです。地球に河があったからこそ、陸上で必要な仕組みを前もって身につけることができたのです。ところで、陸で生活する為には、空気を補給しなければなりません。また陸で体を支える強い骨格を作らなければなりません。そういった仕組みを作るのにも、河という環境が深く関っていたのです。
ケイロレピスの作った4枚のヒレは、今の魚達に受け継がれました。魚達はこのヒレを活かし、水の中でいかに効率よく泳ぐかを競ってきたのです。ところが、こうした魚達とは全く違う生き方を選んだ魚が、ケイロレピスと同じ時代に登場したのです。

ユーステノプテロン スウェーデン国立自然史博物館のH.ベーリング博士は、同じ魚でありながら別の道を歩き始めた、ある生き物に注目しています。ユーステノプテロンと呼ばれる魚の化石です。ユーステノプテロンという魚は、ケイロレピスと同じ様に背骨を持っていました。しかし、ヒレの構造がケイロレピスなど、他の魚とは全く違っていました。4枚のヒレに、それぞれ7本の指のような骨を持っていたのです。博士は、このユーステノプテロンこそが陸上動物の直接的な祖先だったのではないかと考えています。私たちの手の骨は5本ですが、ユーステノプテロンのヒレにはさらに2本、合わせて7本の骨があります。

実は私たちも、生まれる前には7本分の骨があるのです。生まれた時には消えていますが、親指の外側と小指の外側に、6本目と7本目の骨の跡があるのです。もし人間が何かの動物から進化したとすると、このユーステノプテロンからと考えて良いのではないでしょうか?ユーステノプテロンの外見は、普通の魚そのものです。しかし、普通の魚のヒレには骨はありません。そのヒレになぜ、ユーステノプテロンは頑丈な骨を作ったのでしょうか?

【ユーステノプテロンがヒレに骨を作ったのはなぜ?】
H. ベーリング博士はこう考えます。ヒレはもちろん腕や足ではありません。しかしこのヒレは、水草の茂った場所で手足のように使われていたと思います。ユーステノプテロンは、湖の岸に近い所や浅い場所でこのヒレを使って、まるで手のように植物をかき分けながら動きまわり、餌になる他の魚を見つけて食べていたのではないでしょうか?ユーステノプテロンは、植物の多い湖や河の底に住んでいました。そこでは泳ぎをコントロールするしなやかなヒレよりも、草むらをかき分ける頑丈なヒレが必要だったと、H.ベーリング博士は考えています。そして水草の中で魚を待ち伏せし、すばやい動きで捕らえることができたのです。このユーステノプテロンの河の底に住むという選択が、ヒレの中に骨を作り、やがて陸に上がる動物へとつながったとも考えられます。

【空気(酸素)呼吸に必要な肺を持つユーステノプテロン】
肺魚 熱帯雨林の広がる南米アマゾン、河沿いに湿地帯が延々と続く風景は、ユーステノプテロンが生きていた時代に似ていると言われています。この大湿地帯には珍しい魚達が住んでいます。その魚の一つが、泥の中に住んでいる肺魚です。空気呼吸する魚です。この魚はエラだけでなく、空気を吸う肺を持っているのです。澱んだ泥の中は、酸素不足になりがちな場所です。そこで酸素が不足したとき、空気中の酸素を吸うことができる肺を発達させたと考えられています。ユーステノプテロンが住んだ河や湖の底も、植物が腐ったりして、しばしば酸素不足が起きました。

H. ベーリング博士達の研究によると、ユーステノプテロンも肺を持ち、空気中の酸素を利用できたと考えられます。植物の増えた河の中で、既に空気呼吸が始まっていたのです。新鮮な空気を求めて水面に上ったユーステノプテロンの目には、陸の世界が見えたはずです。河の中で腎臓を発達させ、骨を作り、肺を作った今、陸は手の届く場所になりつつあったのです。

【最初に4本の足を持った動物はどんなのか?】
最初に4本の足を持った動物は、ユーステノプテロンから1千万年後に現れました。イギリス北部スコットランドのエルジンに広がる森の中で、その化石は見つかりました。当時ここにはアマゾンのような湿地帯が広がっていました。イギリス自然史博物館のP・アルバーグ博士によって、今も発掘が続けられています。博士は、最初に4本の足を持った動物が一体どんな生き物だったのか、なぜヒレから足が生まれたのかを明らかにしようとしています。 これまでに発見された化石はわずか十数個、その化石一つ一つを丹念に調べ、どの部分の骨かを推定していきます。わずかに残された足の骨の一部を手掛かりに今の生きている動物を参考にしながら、限られた化石をもとに全体像を復元していきます。頭蓋骨の大きさや形は、顎の骨から推定することができます。そして頭の大きさがわかれば、動物全体の大きさを推定することも可能です。肩の関接や足の骨の一部から、どのくらい体を支えることができたのかを想像することもできます。こうして復元された世界最古の4本の足を持った動物は体の長さは1,5メートル、姿は今のオオサンショウウオに似ています。この足で陸を歩いたのでしょうか?
ところで、海に住む魚は、味が塩っぽい?食べてみれば分かる。塩味が利いた魚が海で泳いでいるはずもない。でも、私たちが普段食べている魚、ほとんどは硬骨魚類と言う背骨を持った魚ですが、彼らの先祖が川へは一定進化し、一方が陸上動物へもう一方が海へ舞い戻って今の魚に進化したのだとすれば、魚って決して原始的な生き物ではないことが分かると思います。

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硬骨魚類の先祖

硬骨魚類については、その先祖たちが淡水に適応して、カルシウム不足を解決するため、脊索或いは脊椎の周囲にカルシウムを沈着させたことが固い背骨の始まりだったとの壮大な仮説がある。つまり、今海にいる多くの魚の先祖は一度、川でカルシウムの背骨を獲得して、それから再度海に舞い戻った者達ということだ。一方陸に上がったグループが我々の先祖の陸の脊椎動物だ。この仮説昔、NHKで見たことがあった。しかし、最近あまり見かけない。確定的な証拠が見つかっていないのかも。
サメやエイの仲間は、軟骨魚類と魚類ではあるがその運動能力は硬骨魚類に引けを取らない。しかも歯などにはしっかりとしたカルシウムで出来た丈夫な部品を造り出している。動物たちの陸上への進出は、淡水に川でなく、海の浅瀬から直接陸上へのストーリーだった可能性はあるのかも。

しかし、上の仮説は根本的な過ちを犯している。「カルシウム不足を解決するため脊索或いは脊椎の周囲にカルシウムを沈着させる」等ということが進化の道筋としてあるはずがない。これは進化に目的があるかのような言い方。実態はカルシウムを確保する能力をたまたま獲得したために淡水にも進出できたのだろう。生命が努力してこのような能力を獲得できたと主張するのは、過去にあった進化論の誤用(例えば旧ソ連で流行ったルイセンコ学説など)といえよう。「キリンの首が長いのは高い所の葉っぱを食べるために長くなるように進化したのだ。」と言っていることと同じだ。

ということは、現在海に繁栄している硬骨魚類は、①海の中で独自に変化を遂げた。②淡水域で背骨を確保して、硬骨魚類を造り出すともに陸上への進出を可能にした。 硬骨魚類への進化の過程はどこまで分かっているのでしょうか。②の仮定が捨てきれないのは、陸上へ進化の謎が解明されていないことにある。

最初の陸上動物と見なされる両生類は、皆淡水域に生活して海水へ適応しているものは少ない。実は全くいない訳ではないが、一度陸に上がった種がまた、海へと戻った可能性が高い。
陸上動物にとって本当に不可欠なものは、空気を呼吸するための肺の確保だったようだ。肺を確保した肺魚のような魚が一部は、陸へ進出し、肺を浮袋に進化させて海へ舞い戻ったのが硬骨魚類であるとするのが今の定説のようだ。硬骨魚類の先祖は淡水域で進化して海に舞い戻ったという仮説は正しかったようだが前提が間違っていたという訳。カルシムをため込む戦略は海洋生物で既に始まっている。淡水ではいかにしてカルシウムを確保するかがむしろ問題だろう。

骨格のほかにも、硬骨魚類は、楯鱗(サメやエイの特徴)をもたない、肺やそこから派生した浮き袋をもつといった特徴によっても、軟骨魚類から区別される。肺を獲得した初期の硬骨魚類の祖先は淡水棲であったとみられ、海棲の硬骨魚類はここから二次的に海洋に進出したようだ。そのため硬骨魚類の体液の塩分濃度は約0.9%であり、現在の海水の塩分濃度(3.5%程度)よりかなり低い。逆に淡水での進化を経験していない軟骨魚類・海棲の無脊椎動物の体液の塩分濃度は、現在の海水の塩分濃度に近い。つまり食べると塩辛いということでしょうか。

硬骨魚類
現在の分類は上記のようになっている。(A)の無顎類には、ヤツメウナギやヌタウナギ等が含まれる。顎口(がっこう)類には、人まで含めてほとんど脊椎動物が含まれる。四肢動物は肉鰭類の一方が進化したものらしい。

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陸地の起源

ガガーリンさん 「地球は青かった」。1960年、初めて宇宙から地球を見たガガーリン氏の言葉です。地球は海の惑星だ。海の平均の深さは、約3800mで地球の半径6400km と比べると、本当に饅頭(まんじゅう)の薄皮みたいなもの。でも、水が無いと生命は存在できない。本当に地球は奇跡の星です。実は、この海には陸地が存在することもある意味奇跡です。

地球の表面積は、S=4πr2=5.15億 km²(r=6400km)で、そのうち海水で覆われている面積は、3.62億 km²であるとされる。つまり海と陸との比率はほぼ7:3で今のところほぼ一定と推定されています。過去にどのような変遷を遂げてきたのかはまだ分かっていません。

もし、地表に深い海と高い山と言った凹凸が無ければ、地球の表面は海しかなかったはずです。そうなれば、陸上の植物も動物も存在しなかったはずです。水の性質の素晴らしい所の一つは、海で蒸発した水が大気の上空で冷やされて雨になって戻ってくることです。つまり、水は循環して地上に戻ってくること。もし、蒸発した水が水蒸気のままなら、拡散して宇宙空間に逃げ去ってしまうでしょう。そうなれば、今の火星のように地表は水一滴もないカラカラの砂漠となっていたことでしょう。

陸地が出来て、生命は淡水を利用できるようになりました。海の水は色々な塩類が溶けた塩辛い塩水ですが、雨水は蒸留水に近い淡水です。でも、せっかく淡水になっても海の上に降ったのでは塩水と混ざってしまうのでまた元の塩水になってしまいます。陸地に雨が降るようになって、生命は始めて淡水を利用できるようになりました。

「青い惑星」といわれる地球は、約14億km3とされる水によって表面の70%が覆われています。 そのうち、97.5%は塩水で、淡水は残りの2.5%にすぎません。淡水は3500万km3程しかありません。
**5.15億 km²×0.7×3.8km=約14億km3、約14億km3×0.025=3500万km3

しかも、淡水のおおよそ70%が氷河・氷山として固定されており、残りの30%のほとんどは土中の水分あるいは地下深くの帯水層の地下水となっています。それでは我々が利用できる淡水はどれだけあるんだ。せいぜい0.01%ぐらいではないかと想定されています。
**3500万km3×0.01/100=3500 km3=3500×109 m3=3.5×1012 m3 、1 km3=1093=10億m3、3500 m3=35000 m3
つまり、全部で3.5兆トン。世界の人口が現在70億人程度ということですから、一人当たり500トンです。でもこれが全地球で使える量ですから決して多いとは言えないでしょう。いかに淡水が貴重な資源であることが分かります。

陸地の近くに住み着いた生物達が、淡水を利用できるように進化を重ね、現在の私たちがあるのです。現在の魚達(硬骨魚類)も淡水域に逃れることで過去に何度もあった海洋生物の大量絶滅乗り越え、再び海に帰った者達の子孫ではないかと考えられています。

地質の世界では、海洋と陸地では全く異なった地殻で出来ている。陸地は主に比較的軽い花崗岩質のマグマが固まったもの。海洋はほとんどが玄武岩質のマグマから出来ている。つまり、大陸プレートは海洋プレートの上に浮いているようなものだね。プレート理論がほぼ確証されて過去の大陸の移動も明らかになって来た。大陸プレートは地質学的な年月で移動し、離合集散を繰り返し、地球環境に大変動を与え続けてきている。一体どうして陸地を言うものが生まれたのか、これも奇跡というしかないだろう。

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デボン紀の魚

棘魚類 古生代デボン紀は魚の時代とも言われる。特に板皮類(ばんぴるい、Placoderm)は、世界中の海で繁栄したらしい。しかしダンクルオステウスなど最大で6mを超える大型種も知られているが、ほとんどの仲間は体長1m未満であったようだ。一方この時代、板皮類と同時に棘魚類と言う魚達も出現しており、こちらは同時代の淡水域で淡水域に生息範囲を広げたらしい。新しく開けたニッチだったのか。 何故か、デボン紀末には海洋での多くの生物が姿を消す中で、板皮類も姿を消す。そこで新しく開けた海洋のニッチへ進出したのが棘魚類、つまり硬骨魚類の先祖ということらしい。
板皮類と棘魚類との関係はまだよく分かっていないが、板皮類は初めて顎(あご)に骨を備えた最初の脊椎動物とされている。軟骨魚類との関係はどうなのか。
いずれにしろ、硬骨魚類が淡水でカルシウムを貯蔵する目的で背骨を発達させたとの主張は無理で、陸上へ進出する以前にその準備は出来ていたのだろう。さもなければ淡水域に入り込んでも絶滅してしまうだろう。しかし、ペルム紀にほ棘魚類もほぼ絶滅したとされるがそれでは現在の魚のご先祖は??この絵を見る限り、今の魚達と良く似ている。多分、いくらかは生き残ってくれたのだろう。

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四肢動物の進化

四肢動物の進化
四肢動物というのは、陸上で4本の足で歩くように進化した、両生類、爬虫類、鳥類(恐竜を含む)、哺乳類を全部取りまとめた動物分類の総称です。陸上と言ってもクジラや魚竜達もこの仲間に含まれます。分岐生物学と言って進化の道筋を研究する学問は、分子や遺伝子の変化までを考慮できるようになって大幅な進歩を遂げています。
四肢動物の進化 四肢動物は、魚類と共通の先祖から分岐したことが分かって来て、その後別々の進化の道筋を歩んできたわけです。これらのことは、現生の動物たちのDNAを調べて比較することでも確認され、その共通の先祖となる魚達の正体もかなり明確になって来ました。
四肢動物の最も近い現世の魚達は、シーラカンスや肺魚と言った、肉鰭(にくき)類の仲間たち。シーラカンスは深海に適応するように進化し、肺魚は浅い淡水域に適応して進化したようだ。でも、四肢動物への進化の手掛かりを求めるには、絶滅種も考慮しないといけません。
DNAは複雑な高分子手あるため、化石に残る可能性があるのはせいぜい10万年程度。だから、共通の先祖の発掘調査は今も続けられています。
ユーステノプテロンは、3億8000万年前の化石。アカントステガは、3億5000万年前。そしてその中間の化石(ミッシングリング)として見つかったのがティクターリクの化石だ。

四肢動物の進化 **ティクターリク
ティクターリクはデボン紀後期(約3億7500万年前)に生息した絶滅肉鰭類。。 四肢動物と多くの共通点を持つ。 2004年にカナダのヌナブト準州エルズミーア島で保存状態のよい化石が3体発見された。魚類と四肢動物の中間的な特徴を持つ。先行する種との違いは、四肢の関節と自由に動く首の発達である。
胸鰭は四肢動物の前肢に近い。エウステノプテロンやパンデリクティスでも鰭の中に上腕骨・橈骨・尺骨があり、肢帯と自在に動く肩関節で接合していたが、ティクターリクではそれがいっそう進歩して肘関節と手首関節がある。なお、化石が発見された時期の状態では鰭の先に指はなく、陸上を自由に歩くまではできなかったようだが、これによって水底にちょうどいい角度で鰭の先端をつけ、体重を支え、推進力を伝達することができた。また胸筋も発達しており、腕立て伏せのような体勢で水の外に体を引き上げることもできたらしい。
肋骨は四肢動物のように発達しており、陸上の重力下で体が潰れないように支えることができたようだ。
頭部は吻部が長く平たく眼窩が上向きで、外見上ワニに似る。魚を捕らえるのに適した細かく鋭い歯を備えていた。
ティクターリク 目の後部にエウステノプテロンなどと同様の呼吸孔があり、肺魚のように鰓呼吸と肺呼吸を併用していたらしい。熱帯の酸素の乏しい浅水域で生息するのに有効だったと思われる。
頭骨後部の鰓孔と喉を覆う骨は縮小し、四肢動物のように首を胴体から独立させて動かせるようになっている。浅瀬で獲物を狙ったり、空気呼吸のために口を水面上に出すのに役だっただろう。
骨盤に似た腰骨には腹鰭の骨の先が収まる股関節のくぼみがあり、腹びれの骨は大腿骨に似ていたという。
出土地点はデボン紀の赤道近くの河川堆積物の中である。おそらく浅い水域で生息し、短時間ならば陸上に逃れることもできる魚食動物だったのだろう。全長は約2.7メートルあったとされる。結構な巨体だ。

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羊膜類の系統図

羊膜類の系統図 陸に上がった脊椎動物、両生類は羊膜という革命的な構造を獲得することによって更なる進化を遂げる。古生代石炭紀に羊膜類は2つに分化する。爬虫類と哺乳類の二つに。以前は哺乳類は爬虫類から進化したと説明されていたはずだ。実は爬虫類と哺乳類の共通祖先、羊膜類が2つに分化する。一方は単弓類(哺乳類)と双弓類(爬虫類)だ。頭蓋骨にある穴の数のようだが。亀の仲間は無弓類と言って穴が開いていないが、これには異論もある(後から塞がった??)。 哺乳類の先祖は、古生代には一時繁栄するのだが、中生代の酸素欠乏期にかなりの種が絶滅し、中生代は恐竜の繁栄の時代を夜行性の小動物として暮らしていたようだ。6500万年前の恐竜たちの絶滅の後、一気に適応放散する。
鳥類は、獣脚類という恐竜の仲間から進化した、ただ一つの恐竜類の生き残りだ。

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ヴェロキラプトル

ラプトル この名前は、映画『ジュラシック・パーク』シリーズによって一躍一般にも広く知られるようになった。なんせ知能が高く、集団で狩りをする凶暴な恐竜。ティラノサウルスよりも観衆に恐怖を与えた。二足歩行で手も使え、知能が高い。隕石が落ちて絶滅してくれなければ今頃は彼らの子孫が地上を闊歩していたかも。でも、その実態は??

ヴェロキラプトル(Velociraptor)は、約7,500万- 約7,000万年前(中生代白亜紀後期)の東アジアにあった大陸に生息していた獣脚類に属する小型肉食恐竜。化石はモンゴル、中国、ロシア東部から、2種が発見されている。当時これらの地域は中央アジア以西とは切り離された大陸の一部であったようだ。現在、化石はモンゴル、中国内モンゴル自治区、および、ロシアから発見されており、白亜紀後期の東アジアにあった大陸でのみ生息が確認されている。
ラプトル 化石には骨しか残っていないから、復元も大変だ。体型はほっそりとしており、頭蓋骨は大きい。際立った特徴として後肢に大きな鉤爪を具える。羽毛恐竜であったと考えられる。
属名 Velociraptor は、ラテン語: velox (語幹:veloci-)「素早い」と、raptor 「強盗、略奪者」との合成語で、「敏捷な略奪者」とでも訳すべきもの。中国語名は「伶盗龍」(língdàolóng; リンタオロン)だそうだ。
全長(頭胴長+尾長)約2.07メートル、腰高約0.5メートル、推定体重最大15キログラム程度。ずいぶんと軽い。おおよそ七面鳥かコヨーテ(オオカミを小さくしたような肉食目)程度と表現される。体型はほっそりとして、頭蓋骨は他に比してかなり大きい。知能が高かった証拠とされるのか。 際立った特徴として後肢に大きな鉤爪を具えており、狩りの際、獲物に致命傷を与えるのに用いられたとされる。走る速度は最高で60km/hを超えると推定されている。 ウサインボルト選手と比べてもかなり早い。彼の瞬間最大は45km/h位との測定結果があるとか。

身軽な運動能力に加えて、彼らが具える大きな鉤爪や鋭い歯は他の動物には脅威であったと思われる。極めて珍しいことに、この鉤爪をどのように使ったのかということが化石の中に証拠として残っているとのこと。これはプロトケラトプスと闘っている状態の化石(プロトケラトプスとヴェロキラプトルの格闘の化石)で、ヴェロキラプトルの爪がプロトケラトプスの頭部を捕らえていることが分かる。この化石が残された原因としては、恐竜達が組み合って互いに引けない状態にあった時、砂嵐に襲われてそのまま埋もれてしまったとか、砂の穴に呑み込まれてしまったなど考えられているが、詳細は不明。現代の力学的再現実験により鉤爪では皮膚を突き通すことは可能であるが、内歯がついていないので切り裂くことはできなかったであろうと考えられている(槍としては使えるが刀には不向き)。そのため、鉤爪は獲物の急所である喉や首元に集中的に突き刺すためのものであったと思われている。この格闘化石は本来はモンゴル国に帰属するはずのものなのに、何故か2000年以降、ニューヨークのアメリカ自然史博物館にて展示されているらしい。

デイノニクス 羽毛と飛翔能力
近年あいついで中国から発見されたヴェロキラプトルに近い恐竜の化石の中には、羽毛の痕跡が保存されているものもある。等間隔の突起は、鳥類にも共通するもので、羽毛の証拠と考えられている。 このことから、鳥の翼に似た前肢を持っていたと考えられる。ただし、飛翔能力は無かったとされるので、その前肢を翼と呼べるかは議論の余地がある。
ともあれ、羽毛そのものの痕跡ではなくとも、ヴェロキラプトルの化石からも羽毛の存在を示唆する特徴が発見されるに至り、彼らが羽毛恐竜であったことは確実視されることとなる。本種もまた先祖とは言えないまでも鳥類に近い系統だったのでしょう。
ヴェロキラプトルの名は、1993年製作のアメリカ映画『ジュラシック・パーク』で一般にも広く知られるようになった。しかし、原作である小説で知恵の利く厄介な生き物として描かれている小型恐竜「ラプトル」のモデルが記述内容から判断してヴェロキラプトル・モンゴリエンシスであるのに対して、映画でモデルとされたのはデイノニクス(別の肉食恐竜)であったと見なされる。映画でアドバイザーを担当した古生物学者のジャック・ホーナーによれば、監督のスティーヴン・スピルバーグは「ヴェロキラプトル」という名前を気に入り、名前だけを使用したという。高い知能を持ち、ある程度の社会性を持ち集団で狩りをしていたように描かれているが、集団で狩りを行ったとされる化石が発見されたことは今のところ無いらしい。

デイノニクス **デイノニクス デイノニクス(怖ろしい鉤爪”の意)は、中生代白亜紀前期(約1億1,500万~1億800万年前)の北アメリカに生息した竜盤目 - 獣脚亜目 - ドロマエオサウルス科の代表的な肉食恐竜。
発掘された化石から体長:2.5 - 4メートル、体重:50 - 70キログラム前後とされている。骨格標本を見れば映画のモデルに似ている。2足歩行で尾が細い腱に囲まれている。15センチメートルに及ぶ後肢の第2指の大きな鋭い鉤爪が特徴。また、手根骨を持っているため前肢の手首の可動範囲が広かった。恐竜の中では大きな脳を持ち、知能が高かったと推測される。また集団で発掘されることが多いことから、群れを作り行動する凶暴な捕食者だったと考えられている。骨格から50km/h前後の速度で走ることができたと推測されている。本種に襲われたと見られる傷付いた草食恐竜の化石が発掘されていることから、自分より大きな獲物も襲ったと考えられている。発達した第2指の鉤爪は、戦闘の際、獲物の肉に深く食い込ませることが出来たと考えられるが、その構造から肉を切り裂くことは難しかったと思われる。
1964年に古生物学者ジョン・オストロムにより発見された。オストロムはこのような活発な動きをするには恐竜が温血動物ではないと無理だと考え、恐竜温血説を唱えるきっかけとなった。羽毛恐竜の発見に伴い、最近は羽毛を生やした復元が一般的となっている。発見された際、ヒプシロフォドン類に属するテノントサウルスと一緒に掘り出されたため、このことから集団で狩りをし、後には社会性があったとまで考えられているが、捕食者側の犠牲の多さなど不自然な点も見られるため、洪水で死体が密集しただけとする説もある。
またデイノニクスに限らず、ドロマエオサウルス類はその脳の大きさから、一般的な恐竜よりも知能が高かったと推測されるが、脳の大部分が高い身体能力の制御の為ということは考えられる。

maiasaura 映画「ジュラシック・パーク」は、このような時代背景のもとで造られた。映画の主人公の一人グラント博士は、古生物学者ジョン・ホナー氏がモデルであり、彼は恐竜の巣を発見し、子育ての証拠をつかむ。マイアサウルスとヒプシロフォドンの巣には整然と並べられた卵が発見され、卵の中には恐竜の胎児が見つかる。つまり、恐竜は鳥の先祖筋にあたる温血動物ではないかと考えられるようになって来た。
マイケル・クライトン氏の原作では、ヴェロキラプトル達が海岸に勢ぞろいして、海の向こうに視線を向けている場面が出て来る。「彼らはなんとかして島から出ようとしている。」という仲間達に、グラント博士が、「いや、彼らは渡りをしようとしているのだ。」 鳥の先祖なら渡りの習慣があってもおかしくないという想定。面白い発想だ。

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コロラド州の新しい化石記録が示す白亜紀 ―― 古第三紀境界大量絶滅後の生命の回復

約6,600万年前、地球では恐竜の君臨が終わり、哺乳類の繁栄が始まる。コロラド州中央部のコラールブラフス(Corral Bluffs)の岩場に埋もれていた化石群。地球の陸生植物および動物種が白亜紀 →古第三紀境界の大量絶滅(KPgE)の後にどのように回復したかについて、これまで知られていなかった詳細が分かりつつあるようだ。
maiasaura Tyler Lyson等は、膨大な量の化石が埋もれたコロラド州デンバー盆地の地層の調査を行った。そこで発見された化石から大量絶滅直後の数百年間における分類学的および生態学的回復の詳細、植物・動物・気候の間で相互作用が判明。彼等によると、哺乳類の体の最大サイズは30万年で3倍の大きさになり、巨大な花の種も増えた。このように、大量絶滅後の生態的回復の詳細な記録から、私たちが現在直面しているものも含めた壊滅的な絶滅イベント後の生態系の回復を予測するための重要な洞察が得られる。

 「このサイトは、デンバー自然科学博物館のチームが数年前に見つけた新しい化石産地なんです。ちょっとおもしろいことが分かりそうなので、まず全体的にドローンを飛ばして、この地域一帯のデジタルマップをつくって、それでこの地層があって、ここからはイリジウムが出てくるとか、衝撃石英が出てくるみたいなことをマッピングしています。今、科博の地学研究部の佐野貴司さんたちが年代測定をいろいろやっているところなんですけど、要するに隕石が衝突して数万年ぐらいの変化を辿れそうなんです。その前後で、こんな爬虫類、哺乳類たちがいましたよっていうのがようやく分かり始めたと」うわーっと思う。「その瞬間」が見つかったというのは、本当に決定的だ。

 「淡水魚や、場所によってはアンモナイトや部分的にはトリケラトプスなど恐竜の化石なんかも入っている地層です。隕石が衝突したユカタン半島からは3,000キロくらい離れていて、隕石衝突後に岩石が溶けて巻き上げられたマイクロテクタイトが入っているのが見つかりました。一部の魚を見ると、エラのところにまで入り込んでいて、要するに窒息死させるぐらいの量だったのでしょう。でも、ここからはイリジウムは出ないんです。マイクロテクタイトが降ってくるのは、衝突の後、45分くらい。一方、イリジウムはもっとゆっくりと、10時間以上後に落ちてくるので」

 つまり、隕石衝突後1時間のレベルでの大量死を捉えたという主張なのである!もっと具体的に言うと、その地層はもともと淡水の内海だったところにできたもので、衝突から10分以内に地震波による水面振動「静振(津波ではないことに注意)」が発生し、さらに45分以内にガラス質の小球であるマイクロテクタイトが赤熱した状態で降り注いだ。それによって死んだ動物たちは、その後、静振によって巻き上げられていた土砂とマイクロテクタイトが混じった堆積物の中に巻き込まれて化石化した……。  これには本当に驚かされる。この発掘地はさらに精査されるだろうし、他にもそのようなものが見つかるかもしれないと胸が高鳴る。

 「1980年にアルバレズ親子が隕石衝突説を出して以来、40年近くみんな探してきて、まあ、こんなものも見つかりました、ということです。これは、本当にジグソーパズルで、全然離れたピースが、たまたま、あ、ここだねって分かったみたいな感じなんで、まだまだ分からないところのほうが多いというのが本当のところです」  分からないところの中には、当然ながら、アジアも含まれる。日本など、いまだブラックボックスに近い。真鍋さんの世代の、海外で学び、日本に成果を還元してきた研究者や、それに続く新世代の研究者たちによって、そのブラックボックスに光が当てられて、今は闇に包まれた中身を垣間見ることができるようなればいいと願う。

約6600 万年前の白亜紀末、恐竜を含む生物が大絶滅した天体衝突で形成されたクレーター内の堆積物を分析したところ、爆心地では衝突後2〜3年という極短期間で生物が復活し、少なくとも3万年以内には生態系が繁栄していたことを突き止めました。本研究は、生物絶滅後の海洋生態系の復活に関して重要な示唆を与えます。この成果は英科学雑誌Natureにて発表される。

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大地溝帯(Great Rift Valley)

大地溝帯 大地溝帯(だいちこうたい、グレート・リフト・バレー、Great Rift Valley)は、主にアフリカ大陸を南北に縦断する巨大な谷で、プレート境界の一つである。大地溝帯の谷は、幅35 ~ 100 km、総延長は7,000 kmにのぼる。正断層で地面が割れ、落差100 mを超える急な崖が随所にある。 狭義の大地溝帯は、エチオピアを南北に走る高原地帯から、ズワイ湖、シャーラ湖、チャモ湖、トゥルカナ湖から、タンザニアへと至る。

東リフト・バレーは、エチオピアから北に続き、ジブチで紅海とアデン湾に分かれる、アファール三重点を形成し、紅海からシナイ半島、アカバ湾、ヨルダン渓谷を通り、陸上の最低点である死海へと連なっている。また、アフリカ最高峰のキリマンジャロ、アフリカ第2の標高を持つケニア山などの高い山地が周囲に広がる。

西リフト・バレーは、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジから、タンガニーカ湖へ至る。 東リフト・バレーと西リフト・バレーに挟まれるように、ヴィクトリア湖があるが、このヴィクトリア湖の形成は大地溝帯の隆起が原因と考えられている。

約1,000万~500万年前から、大地溝帯の形成が始まったと考えられている。大地溝帯の形成は、地球内部のマントルの対流と関係がある。大地溝帯周囲は地熱温度が高いことが観測されている。これは、マントルの上昇流がこの辺りに存在していることを示す。マントル・プルーム(ホット・プルーム)とも呼ばれ、大陸分裂の主要因と考えられる。
このマントル上昇流が全体として、大地溝帯周囲の地殻を押し上げ、さらに地殻に当ったマントル上昇流が東西に流れることで、アフリカ大陸東部を東西に分離する力につながっていると考えらる。このため、大地溝帯では、中央部に巨大な谷、周囲に高い山や火山を見ることができる。今のままで行けば、数十万 - 数百万年後には大地溝帯でアフリカ大陸が分裂すると予想されている。

アフリカ大陸東部には、インド洋からの湿った空気が流れ込んでくる。しかし大地溝帯周囲の高原地帯がこれを遮るため、高原地帯を抜ける風は湿度を失って乾燥した空気を大陸内部に供給する。これによりアフリカ大陸北部の砂漠地帯や東アフリカから中央アフリカにかけてのサバナ地帯形成の要因の一つになっていると考えられている。
ケニアやタンザニアをはじめ、大地溝帯周辺では人類化石が多数発掘されている。これは、この地域は火山活動による堆積物が大量にあるため、化石が残りやすいからだと考えられている。発見される人類化石の多さから、大地溝帯は「人類生誕の地」とも呼ばれる。かつて最古の猿人とされていたアファール猿人は、アファールホットスポットのあるアファール地方で発見された化石人類である。しかし、大地溝帯の成立が人類発生の直接の原因とする説(いわゆるイーストサイドストーリー)に対しては、その後の多くの証拠から否定的な立場を取る人が増えているようだ。

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