Music

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カラオケ嫌いのカラオケの部屋

基本的には自分の好きな曲をいつでも聞けるようにと作ったもの。でも、音楽も歴史や時代を反映したものでもあり、世界には色々なジャンルの色々な曲があるのも面白いことです。
森繫久彌 満州里小唄 ゴンドラの歌 美空ひばり 韓国の唄 男はつらいよ
おら東京さいくだ 中島みゆき 宮崎アニメ主題歌 hitomi 鄧麗君 高山青
クラシック音楽を聞いてみよう

森繫久彌

森繁 久彌(もりしげ ひさや、1913年5月4日~2009年11月10日)。日本の俳優、声優、歌手、コメディアン、元NHKアナウンサー。 昭和の芸能界を代表する国民的俳優のだろう。映画・テレビ・舞台・ラジオ・歌手・エッセイストなどなんでもありで活躍。早稲田大学中退後、NHKアナウンサーとなって満州国へ赴任。帰国後、舞台やラジオ番組の出演で次第に喜劇俳優として注目される。映画『三等重役』『社長シリーズ』『駅前シリーズ』で人気を博す。人よりワンテンポ早い軽快な演技に特色があり、自然な演技の中で喜劇性を光らせることができるユニークな存在として、後進の俳優たちにも大きな影響を与える。
森繁久彌 森繁久彌 森繁久彌

満州里小唄

満州里小唄
シベリアと満州の国境、満州里(マンチェリー)は 今日も吹雪に暮れてゆく。
人々はその風の中に どんなにか春を待つのだ。
丈余の氷のとける音に、雪を割って咲くアゴニカの紅い花に、
春の知らせをきき、ウォッカの杯をかさねれば、暁の窓を打つものは、
またしてもヒョウヒョウと舞い狂う朔北の粉雪である。

1.
積もる吹雪に 暮れゆく街よ      
渡り鳥なら つたえておくれ      
風のまにまに シベリアがらす      
ここは 雪国 満州里      


2.
暮れりゃ 夜風が そぞろに寒い      
さあさあ燃やそよ ペチカを燃やそう      
燃えるペチカに 心もとけて      
唄え ボルガの 舟歌を      
…ステンカラージンの歌…

3.
凍る大地も 春にはとけて
咲くよアゴニカ 真赤にさいて
明日ののぞみを 語ればいつか
雪はまた降る 夜はしらむ


マンチェリー小唄を聞く

カラオケ嫌いのカラオケの部屋

ゴンドラの歌

1.
          いのちみじかし 恋せよ乙女
          紅きくちびる あせぬ間に
          紅き血潮の 冷えぬ間に
          明日の月日の ないものを
2.
          いのち短し 恋せよ乙女
          いざ 手を取りて かの舟に
          いざ燃ゆる頬を 君が頬に
          ここはたれも 来ぬものを
ゴンドラの唄

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美空ひばり

勿論昭和を代表する歌手。(1937年(昭和12年)5月29日~1989年(平成元年)6月24日)。歌手、女優。神奈川県横浜市磯子区滝頭出身。横浜市立滝頭小学校、精華学園高等部(現・東海大学付属市原望洋高等学校)卒業。 12歳でデビューして「天才少女歌手」と謳われて以後、歌謡曲・映画・舞台などで活躍し自他共に「歌謡界の女王」と認める存在となった[1]。昭和の歌謡界を代表する歌手であり[2]、女性として史上初の国民栄誉賞を受賞した。本名は加藤 和枝(かとう かずえ)。愛称は御嬢(おじょう)。身長147cm。
川の流れのように
「愛燦燦」を聞く

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韓国の唄

【돌아와요 부산항에】

チョー・ヨンピル 韓国歌手チョー・ヨンピルのヒット曲。できれば韓国語で歌いたい。
ただし、日本語の歌詞は、女性が恋人を慕う歌だけど、韓国語の歌詞は兄弟となっている。
1
꽃 피는 동배섬에           
봄이 왔건만
형제 떠난 부산항에
갈매기만 슬피우네.
오륙도 돌아가는
연락선마다
목메여 불러봐도
대답없는 내 형제여
돌아와요 부산항에
그리운 내 형제여
1
コッピーヌン ドンペクソメ           
ボミ ワッカンマン
ヒョンジェドナン プサンハンエ
カルメギマン スルピウネ
オリュクド トラガヌンン
ヨンラクソンマダ
モッメヨ プルリョポァド
デダマヌン ネヒョンジェヨ
ドラワヨ プサンハンエ
クリウネ ヒョンジェヨ
2
가고파 목이 메요           
부르던 이 거리는
그리워서 헤메이던
긴긴날의 꿈이였지
언제나 말이 없는
저 물결들도
부딪쳐 슬퍼하면
가는 길을 막았었지
돌아와다 부산항에
그리운 내 형제여.
2
カゴパ モギメヨ           
プルドン イコリヌン
クリウォソ ヘメイドン
キンキンナレ クミヨッジ
オンジェナ マリオヌン
チョムル キョルドゥルド
プディチョ スルポハミョン
カヌンギルル マゴァッソジ
トラワダ プサンハンエ
クリウネ ヒョンジェヨ
プサン港へ帰れを聞く
韓国の代表的な民謡だが、色々なバリエーションがある。
アリラン

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ロシアの音楽

ロシアの唄

【アムール川の波】


見よアムールに波白く
シベリアの風たてば
木々そよぐ河の辺に
波さかまきて
あふれくる
水豊かに流る

舟人の歌ひびき
くれないの陽は昇る
よろこびの歌声は
川面をわたり
はるかな野辺に
幸をつたえる

うるわしの流れ
広きアムールの面
白銀なし さわぐ河波
広き海めざし高まりゆく波
白銀なし、白銀なし、さわぐ河波
自由の河よアムール
うるわしの河よ
ふるさとの
平和を守れ
岸辺に陽は落ち
森わたる風に
さざなみ黄金をちらす

平和の守り
広きアムール河
わが船は行く
しぶきをあげて
舳先にたてば
波音たかく
開けゆく世の
幸をたたえて

見よアムールに波白く
シベリアの風たてば
木々そよぐ河の辺に
波さかまきて
あふれくる水
豊かに流る


アムール河の波を聞く
アムール河の波を聞く
ロシア国歌く
ロシア国歌く
ステンカラージン
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男はつらいよ

山田洋次監督、渥美清主演の「男はつらいよ」の主題歌。
男はつらいよ』(おとこはつらいよ)は、渥美清主演、山田洋次原作・監督(のテレビドラマおよび映画シリーズ。主人公の愛称から「寅さん」(とらさん)シリーズとも称される。 テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子に故郷の葛飾柴又に戻ってきては、何かと大騒動を起こす人情喜劇で、毎回旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。
男はつらいよ   男はつらいよ 私、生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天でうぶ湯を使い
性は車、名は寅次郎 人呼んでフテンの寅と発します。

俺がいたんじゃおよめにゃ行けぬ
わかっちゃいるんだ妹よ
いつかお前の喜ぶような
偉い兄貴になりたくて
奮闘努力の甲斐もなく
今日も涙の今日も涙の陽が落ちる陽が落ちる
男はつらいよ

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おら東京さいくだ

おら東京さ行くだ

吉幾三のコミカルの歌。田舎の伝統的な社会を馬鹿にしているようで、寧ろ現代の社会に失われた伝統社会への郷愁を感じさせるいい歌です。
「おら東京さいくだ」を聞く

「ゲゲゲの鬼太郎」を聞く
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中島みゆき

中島 みゆき(1952年2月23日~)。シンガーソングライター、ラジオパーソナリティ。北海道札幌市出身。
「ファイト戦う君の歌を」を聞く
「地上の星」を聞く
時代
麦の唄麦の唄歌詞
「空と君のあいだに」を聞く
「ヘッドライト・テールライト」を聞く
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hitomi

hitomi Hitomi ( born January 26, 1976) is a Japanese singer-songwriter. She began her career as teen model before making her singing debuting under the helm of Tetsuya Komuro in 1994, who produced Hitomi's earliest work in pop music. Hitomi strove for artistry over the course of her career, penning "forward-looking" lyrics and becoming known for her "unusual" fashion sense that accompanied a "supermodel allure". Her signature songs include "Candy Girl", "Love 2000" and "Samurai Drive".
MARIA
LOVE 2000
ランバダ

【チェブラーシカ】

Cheburashka チェブラーシカ(Чебура́шка、Cheburashka)は、ロシアの児童文学家エドゥアルド・ウスペンスキーによるシリーズもの絵本『ワニのゲーナ』(Крокодил Гена)に登場するキャラクターである。そのシリーズの本来の主人公は、友人である「ワニのゲーナ」であったが、その人気からチェブラーシカが実質的な主人公となっている。ロシア語で「ばったり倒れ屋さん」という意味がある。
1966年に絵本作品として登場し、1969年からロマン・カチャーノフ監督により人形アニメで映画化。 チェブラーシカの唄
Голубой вагонワニのゲーナが歌う哀愁のある良い歌です。

【国歌】

「ロシア連邦国歌」を聞く
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宮崎アニメ主題歌

宮崎アニメの主題歌。歌は米良美一。
もののけ姫

魔女の宅急便 ルージュの伝言
やさしさに包まれたなら
となりのトトロ
君をのせて 天空の城ラピュタ
365日

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高山青

gaoshanqin 台湾の有名な民謡、もともとは少数民族の歌。
「高山青」を聞く
1. 高山青,澗水藍,Gāoshān qīng, jiàn shuǐ lán,
阿里山的姑娘美如水呀,Ālǐ shān de gūniáng měi rúshuǐ ya,
阿里山的少年壯如山 Ālǐ shān de shàonián zhuàng rúshān.
啊!啊!A! A!
阿里山的姑娘美如水呀,Ālǐ shān de gūniáng měi rúshuǐ ya,
阿里山的少年壯如山。Ālǐ shān de shàonián zhuàng rúshān.
高山常青,澗水常藍,Gāoshān cháng qīng, jiàn shuǐ cháng lán,
姑娘和那少年永不分呀,Gūniáng hé nà shàonián yǒng bù fēn ya,
碧水常圍著青山轉。Bìshuǐ cháng wéizhe qīngshān zhuǎn.
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鄧麗君

テレサ・テン(1953年1月29日~1995年5月8日)。 鄧麗君〈Dèng Lìjūn)は、台湾出身の歌手。1970年代から1990年代にかけて、中華文化圏全域ないし日本、タイ、マレーシアなども含めたアジアにおいて広く人気を博したその業績から、生前から没後も「アジアの歌姫」と呼ばれている。
父親は中国河北省邯鄲市、母親は中国山東省出身で共に外省人で、また父親は元国民党軍の職業軍人で。彼女自身、軍隊への慰問活動を熱心に行っていた。
鄧麗君 Teresa Tengの歌。

「何日君再來」を聞く
「夜来香」を聞く
カラオケ嫌いのカラオケの部屋

【モンテンルパの夜はふけて】

敗戦後フィリピンに収監された日本人捕虜達の悲哀をうたった渡辺はま子の歌

モンテンルパの夜はふけて

【石川さゆり】

「天城越え」を聞く

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【島唄】

島唄を聞く

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クラシック音楽を聞いてみよう

バッハ ヘンデル ハイドン モーツアルト ベートーベン
シューベルト ショパン シューマン ブラームス
チャイコフスキー ムソルグスキー ボロディン リムスキー・コルサコフ
ヨハン・シュトラウス2世 ドヴォルザーク スメタナ リスト サラサーテ ビゼー
ロッシーニ グリーク ラベル ドビュッシー ハチャトリアン グローフェ ガーシュウィン
伊福部 昭 ジョン・フィリップ・スーザ ザ・ビートルズ
ペルシャの市場にて ドナウ河のさざ波 白毛女

バッハ

バッハ
バッハ ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685年3月31日~ 1750年7月28日)は、18世紀のドイツで活躍した作曲家・音楽家である。 バロック音楽の重要な作曲家の一人で、鍵盤楽器の演奏家としても高名であり、当時から即興演奏の大家として知られていた。バッハ研究者の見解では、バッハはバロック音楽の最後尾に位置する作曲家としてそれまでの音楽を集大成したとも評価されるが、後世には、西洋音楽の基礎を構築した作曲家であり音楽の源流であるとも捉えられ、日本の音楽教育では「音楽の父」と称された。
バッハ一族は音楽家の家系で(バッハ家参照)数多くの音楽家を輩出したが、中でも、ヨハン・ゼバスティアン・バッハはその功績の大きさから、大バッハとも呼ばれている。J・S・バッハとも略記される。
G線上のアリア
G線上のアリア 長時間作業用
トッカータとフーガ 二短調 BWV565(バッハ)

クラシック音楽を聞いてみよう

ヘンデル

ヘンデル
ヘンデル ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(De-Georg Friedrich Händel.ogg Georg Friedrich Händel , 1685年2月23日~1759年4月14日)は、ドイツ出身で、主にイギリスで活躍し、イギリスに帰化した作曲家。バロック音楽における最も重要な作曲家のひとりであり、特にイタリア語のオペラ・セリアや英語のオラトリオの作曲によって知られる。

水上の音楽
クラシック音楽を聞いてみよう

ハイドン

ハイドン
ハイドン フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(Franz Joseph Haydn, 1732年3月31日~1809年5月31日)は、古典派を代表するオーストリアの作曲家。また、弟ミヒャエル・ハイドンも作曲家として名を残している。 数多くの交響曲、弦楽四重奏曲を作曲し、交響曲の父、弦楽四重奏曲の父と呼ばれている。弦楽四重奏曲第77番第2楽章にも用いられた皇帝讃歌「神よ、皇帝フランツを守り給え」の旋律は、現在ドイツ国歌(ドイツの歌)に用いられている。

皇帝
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モーツアルト

モーツアルト
モーツアルト ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト[1]( Wolfgang Amadeus Mozart、1756年1月27日~1791年12月5日)はオーストリアの音楽家。ハイドン、ベートーヴェンと並んで古典派音楽、ウィーン古典派を代表する一人である。
トルコ行進曲

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ベートーベン

ベートーベン

ベートーベン
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(独: Ludwig van Beethoven]、1770年12月16日ごろ~ 1827年3月26日)は、ドイツの作曲家、ピアニスト。音楽史上極めて重要な作曲家の一人であり、日本では「楽聖」とも呼ばれる。その作品は古典派音楽の集大成かつロマン派音楽の先駆けとされ、後世の音楽家たちに多大な影響を与えた。
トルコ行進曲
この曲が書かれたころのトルコはオスマントルコ。大変な強国。ウィーン攻めこんで来たり大変な勢力があったのです。
歓喜の歌
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シューベルト

シューベルト

シューベルト
フランツ・ペーター・シューベルト(ドイツ語: Franz Peter Schubert[1], 1797年1月31日 - 1828年11月19日)は、オーストリアの作曲家。各分野に名曲を残したが、とりわけドイツ歌曲において功績が大きく、歌曲の王と呼ばれることもある。
シューベルト:菩提樹
シューベルト:魔王
未完成
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ショパン

ショパン

ショパン
フレデリック・フランソワ・ショパン(1810年3月1日(2月22日(出生証明の日付)、1809年~1849年)は、ポーランドの前期ロマン派音楽を代表する作曲家。ピアニストとして、また作曲家として有名。その作曲のほとんどをピアノ独奏曲が占め、ピアノの詩人とも呼ばれる。様々な形式・美しい旋律・半音階的和声法などによってピアノの表現様式を拡大し、ピアノ音楽の新しい地平を切り開く。夜想曲やワルツなど、今日でも彼の作曲したピアノ曲はクラシック音楽ファン以外にもよく知られており、ピアノの演奏会において取り上げられることが多い作曲家の一人である。
クラシック音楽を聞いてみよう

シューマン

シューマン

シューマン
ロベルト・アレクサンダー・シューマン(Robert Alexander Schumann, 1810年~1856年)は、ドイツ・ロマン派を代表する作曲家。 ベートーヴェンやシューベルトの音楽のロマン的後継者として位置づけられ、交響曲から合唱曲まで幅広い分野で作品を残した。 とくにピアノ曲と歌曲において評価が高い。
シューマン;流浪の民
シューマン;子供の情景 作品15
シューマン;トロイメライ
クラシック音楽を聞いてみよう

ブラームス

ブラームス

ブラームス
ヨハネス・ブラームス(Johannes Brahms、1833年5月7日 - 1897年4月3日)は、19世紀ドイツの作曲家、ピアニスト、指揮者。J.S.バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)と共に、ドイツ音楽における三大Bとも称される。ハンブルクに生まれ、ウィーンに没する。作風はおおむねロマン派音楽に属するが、古典主義的な形式美を尊重する傾向も強い。
ベートーヴェンの後継者ととらえる人もおり、指揮者のハンス・フォン・ビューローは彼の『交響曲第1番』を「ベートーヴェンの交響曲第10番」と評した。
ブラームス;ハンガリアン舞曲第5番
ブラームス;ハンガリアン舞曲第6番
クラシック音楽を聞いてみよう

チャイコフスキー

チャイコフスキー
チャイコフスキー ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー( Пётр Ильич Чайковский ;1840年~ 1893年)は、有名なロシアの作曲家。
チャイコフスキー;くるみ割り人形-中国人の踊り
チャイコフスキー;くるみ割り人形-アラビア人の踊り
チャイコフスキー;くるみ割り人形-ロシア人の踊り
チャイコフスキー;ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー;ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー;1812年(序曲)
交響曲第6番《悲愴》

クラシック音楽を聞いてみよう

ムソルグスキー

ムソルグスキー

ムソルグスキー
モデスト・ペトローヴィチ・ムソルグスキー( 1839年3月21日 - 1881年3月28日)は、ロシアの作曲家で、「ロシア五人組」の一人。「五人組」の中では、そのプロパガンダと民謡の伝統に忠実な姿勢をとり、ロシアの史実や現実生活を題材とした歌劇や諷刺歌曲を書いた。国民楽派の作曲家に分類され、歌劇『ボリス・ゴドゥノフ』や管弦楽曲『禿山の一夜』、ピアノ組曲『展覧会の絵』などが代表作とされる。
ムソルグスキー;展覧会の絵
ムソルグスキー;蚤の唄
ムソルグスキー;蚤の唄
歌;佐々木譲
ムソルグスキー;禿山の一夜
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ボロディン

ボロディン

ボロディン
アレクサンドル・ポルフィーリエヴィチ・ボロディン(Alexander Porfiryevich Borodin, Алекса́ндр Порфи́рьевич Бороди́н, 1833年10月31日(ユリウス暦)/11月12日(グレゴリオ暦) - 1887年2月15日/2月27日)は、帝政ロシアの作曲家、化学者、医師。ロシア音楽の作曲に打込んだロシア5人組の一人である。
ボロディン;中央アジアの草原にて
ボロディン;韃靼人の踊り
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リムスキー・コルサコフ

リムスキー・コルサコフ

リムスキー・コルサコフ
リムスキー・コルサコフ;韃靼人の踊り

『だったん人の踊り』(だったんじんのおどり)または『ポロヴェツ人の踊り』(ポロヴェツじんのおどり)は、ロシアの作曲家アレクサンドル・ボロディンが作曲したオペラ『イーゴリ公』の第2幕の曲で、ボロディンの最も有名な曲のひとつであり、またクラシック音楽でも有数の人気曲である。日本語の題名は『ダッタン人の踊り』『韃靼人の踊り』『ポロヴェッツ人の踊り』などとも記される。しばしばオーケストラのコンサートなどで、オペラとは独立に演奏される。ただし、オペラでは合唱を伴うが、演奏会では合唱のパートを省略することが多い。序曲や「ポロヴェツ人の行進」などと併せて『イーゴリ公組曲』とすることもある。
リムスキー・コルサコフ;;インドの唄
Sadko Song of India Rimsky Korsakov
歌劇「サトコ」より インドの歌。サトコとは日本人の女性の名「聡子、里子」等でないことは明か。サドコ(サトコ、サトコーとも。ロシア語: Садко、英語: Sadko)は、中世ロシアの叙事詩「ブィリーナ」の登場人物。彼は、ノヴゴロド出身の冒険家、商人であり、またグースリの演奏家でもあった。お話としては大変面白いものだ。 ノヴゴロドは中世のルーシ(古代ロシア)の主要な都市国家の一つ、歴史のロマンのある名曲です。
クラシック音楽を聞いてみよう

ヨハン・シュトラウス2世

ヨハン・シュトラウス2世

ヨハン・シュトラウス2世(1825年10月25日~1899年6月3日)は、オーストリアのウィーンを中心に活躍した作曲家・指揮者。 ヨハン・シュトラウス1世の長男。弟にヨーゼフ・シュトラウスとエドゥアルト・シュトラウス1世が、甥にヨハン・シュトラウス3世がいる。(シュトラウス家も参照) 生涯のほとんどをウィンナ・ワルツ、ポルカなどの作曲に捧げ、『美しく青きドナウ』、『ウィーンの森の物語』、『皇帝円舞曲』などのよく知られたワルツを数多く生み出した。オーストリアのみならずヨーロッパ中で絶大な支持を獲得し、「ワルツ王」、「ウィーンの太陽」、当時のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と対比する形で「ウィーンのもう一人の皇帝」などと呼ばれた。のちにオペレッタの分野にも進出して、オペレッタの最高傑作といわれる『こうもり』などを生み出し、「オペレッタ王」とも呼ばれるようになる。
美しく青きドナウ
ウィーンの森の物語
皇帝円舞曲
クラシック音楽を聞いてみよう

ドヴォルザーク

ドヴォルザーク

アントニーン・レオポルト・ドヴォルザーク(1841年~ 1904年)。後期ロマン派におけるチェコの作曲家。チェコ国民楽派を代表する。 ブラームスに才能を見いだされ、『スラヴ舞曲集』で一躍人気作曲家となった。スメタナとともにボヘミア楽派と呼ばれる。その後、アメリカに渡り、音楽院院長として音楽教育に貢献する傍ら、ネイティブ・アメリカンの音楽や黒人霊歌を吸収し、自身の作品に反映させている。代表作に、弦楽セレナード、管楽セレナード、ピアノ五重奏曲第2番、交響曲第7番、交響曲第8番、交響曲第9番『新世界より』、スラヴ舞曲集、この分野の代表作でもあるチェロ協奏曲、『アメリカ』の愛称で知られる弦楽四重奏曲第12番などがある。
新世界より:交響曲 第9番 ホ短調 Op.95

クラシック音楽を聞いてみよう

スメタナ

スメタナ

ベドルジハ・スメタナ(1824年~1884年)。チェコの作曲家・指揮者・ピアニスト。スメタナは、当時、オーストリア=ハンガリー帝国(オーストリア帝国)によって支配されていたチェコの独立国家への願望、チェコ民族主義と密接に関係する国民楽派を発展させた先駆者である。そのため祖国チェコにおいては、広くチェコ音楽の祖とみなされている。国際的には、6つの交響詩から成る『わが祖国』と、オペラ『売られた花嫁』、弦楽四重奏曲『弦楽四重奏曲第1番 「わが生涯より」』で知られる。『わが祖国』は、スメタナの祖国であるチェコの歴史、伝説、風景を描写した作品で、第2曲の「ヴルタヴァ」(モルダウ)が特に著名である。
モルダウは中学校等の合唱曲として良く歌われているようだ。
モルダウ;わが祖国
クラシック音楽を聞いてみよう

リスト

リスト

フランツ・リスト(1811年~1886年7月31日)。王政ハンガリー出身で、現在のドイツやオーストリアなどヨーロッパ各地で活動したピアニスト、作曲家。
自身の生誕地(後述)であり、当時属していたハンガリー王国(当時はオーストリア帝国支配下の版図内)を祖国と呼び、ハンガリー人としてのアイデンティティを抱いていたことから、死後も「ハンガリー」の音楽家として認識・記述されることが多い。しかしながら、その一方で生涯ハンガリー語を習得することはなく、両親の血統、母語、音楽家としての活動名義(フランツ・リスト)、最も長い活動地のいずれもに属し、当時の中東欧に多数存在したドイツ植民の系統でもある。このような複雑な出自や、ハンガリー音楽を正確に把握していたとは言い難い作品歴から、非音楽大国系の民族運動としての国民楽派に含めることは殆どなく、多くはドイツロマン派の中に位置づけられる。
ピアニストとしては演奏活動のみならず、教育活動においてもピアニズムの発展に貢献をした。また、作曲家としては新ドイツ楽派の旗手、および交響詩の創始者として知られる。ハンス・フォン・ビューローをはじめとする多くの弟子を育成した。
ハンガリー狂詩曲
狂詩曲はラプソディーともいうらしい。
クラシック音楽を聞いてみよう

サラサーテ

サラサーテ

サラサーテ
パブロ・マルティン・メリトン・デ・サラサーテ・イ・ナバスクエス(1844年~ 1908年)は、スペイン・パンプローナ出身の作曲家、ヴァイオリン奏者。バスク人である。
作曲家としてのサラサーテの作品は、ほとんどヴァイオリンと管弦楽(もしくはピアノ)のための作品。スペインの民謡や舞曲の要素を盛り込んだ国民楽派に位置付けられる。その代表的な作品がジプシー(ロマ)の民謡による『ツィゴイネルワイゼン』であり、ラッシュ、フリッシュなどの特徴を取り入れている。
ツィゴイネルワイゼン
クラシック音楽を聞いてみよう

ビゼー

ビゼー

ビゼー
ジョルジュ・ビゼー(Georges Bizet, 1838年~1875年)は、19世紀フランスの作曲家。 代表作に『カルメン』、『アルルの女』、『真珠採り』、『美しきパースの娘(日本では作中のセレナードの旋律が「小さな木の実」に転用され有名)』など。
「カルメン」 第1組曲より
闘牛士の歌
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グリーク

グリーク

エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ(1843年~ 1907年)。ノルウェーの作曲家。 ノルウェーの民族音楽から着想を得て、国民楽派の作曲家として注目される。民族音楽からの深い影響は『ペール・ギュント』第1組曲の第1曲「朝」の冒頭がノルウェーの民族楽器であるハリングフェーレの共鳴弦を端からつま弾いた時の旋律から始まっていることからもうかがうことができる。グリーグの肖像は、旧500クローネ紙幣に描かれていた。
グリーク;山の魔王の宮殿にて
グリーク;ソルヴェイグの歌
クラシック音楽を聞いてみよう

ラベル

ジョゼフ=モーリス(モリス)・ラヴェル(Joseph-Maurice Ravel ;1875年3月7日~ 1937年12月28日)は、フランスの作曲家。バスク系フランス人であり、『スペイン狂詩曲』・バレエ音楽『ダフニスとクロエ』・『ボレロ』の作曲、『展覧会の絵』のオーケストレーションで知られる。
ボレロ
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ドビュッシー

クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862年8月22日~1918年3月25日)は、フランスの作曲家。長音階・短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれることのない自由な和声法などを用いて独自の作曲を実行し、その伝統から外れた音階と半音階の用い方から19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も影響力を持った作曲家。
ドビュッシーの音楽は、代表作『海』や『夜想曲』などにみられる特徴的な作曲技法から、「印象主義音楽(印象派)」と称されることもある。しかし、本人は印象主義音楽という概念に対して否定的であり、テクスト(詞)やテーマの選択は象徴派(象徴主義)からの影響が色濃いともいわれる。
月の光
亜麻色の髪の乙女
クラシック音楽を聞いてみよう

ハチャトリアン

グリーク アラム・イリイチ・ハチャトリアン(1903年5月24日~1978年5月1日)は、旧ソビエト連邦の作曲家、指揮者。アルメニア人であり姓は、ハチャトリアン。ソ連人民芸術家。プロコフィエフ、ショスタコーヴィチと共にソヴィエト3巨匠の一人と称された。
ハチャトリアン;剣の舞
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ロッシーニ

ロッシーニ

ロッシーニ
ジョアキーノ・アントーニオ・ロッシーニ(Gioachino Antonio Rossini, 1792年~1868年)は、イタリアの作曲家。多数のオペラを作曲し、『セビリアの理髪師』、『チェネレントラ』などは現在もオペラの定番である。また『タンクレーディ』、『セミラーミデ』などのオペラ・セリアも作曲した。フランスに移ってからはグランド・オペラ『ウィリアム・テル』を書く。美食家としても知られる。
ロッシーニ;ウィリアムテル序曲

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グローフェ

グローフェ

グローフェ
ファーディ・グローフェ(Ferde Grofé, 1892年3月27日 ニューヨーク~ 1972年4月3日 カリフォルニア州サンタモニカ)は、アメリカの作曲家、ピアニスト、およびアレンジャー。本名はファーディナンド・ルドルフ・フォン・グローフェ(Ferdinand Rudolph von Grofé)。
グローフェ;大峡谷

組曲『グランド・キャニオン』(Grand Canyon Suite )は、ファーディ・グローフェが作曲した管弦楽組曲。グローフェの代表作の1つである。本作の題名は『大峡谷』と訳されることもあるが、「大きな峡谷」といった意味の普通名詞ではなく、固有名詞としてアメリカのグランド・キャニオンを指しており、その情景が描写されている。
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ガーシュウィン

ガーシュウィン

ラプソディ・イン・ブルー(Rhapsody in Blue)は、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィンが作曲、ファーディ・グローフェが編曲したピアノ独奏と管弦楽のための音楽作品である。 『ラプソディ・イン・ブルー』というタイトルは「ジャズの語法によるラプソディ」といった程度の意味がある。ラプソディ(狂詩曲)には、「民族音楽風で叙事詩的な、特に形式がなく自由奔放なファンタジー風の楽曲」という意味があるので、このタイトルから、ガーシュウィンはジャズをアメリカにおけるある種の「民族音楽」と捉えていたことが窺える。実際この曲は、アメリカ的な芸術音楽の代表格とみなされている。 「この曲は青い」という言葉が題名の由来。元は『アメリカン・ラプソディ』という題名だったが、兄のアイラ・ガーシュウィンが現在の題名を提案して変更した。
ガーシュウィン;ラプソディー・イン・ブルー
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伊福部 昭

伊福部 昭

伊福部 昭
伊福部 昭(いふくべ あきら、1914年〈大正3年〉~ 2006年〈平成18年〉)は、日本を代表する作曲家の一人。ほぼ独学で作曲家となった。日本の音楽らしさを追求した民族主義的な力強さが特徴の数多くのオーケストラ曲のほか、『ゴジラ』を初めとする映画音楽の作曲家として、また音楽教育者としても知られる。北海道十勝の出身でアイヌの音楽も取り入れているところもすごい。
ゴジラ
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ジョン・フィリップ・スーザ

ジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa 、1854年11月6日~1932年3月6日)は、アメリカの作曲家、指揮者。 『ワシントン・ポスト』、『星条旗よ永遠なれ』など100曲を超えるマーチを作曲し、「マーチ王」と呼ばれる。ほかオペレッタや組曲などを作曲した。 マーチングバンドなどでよく用いられるマーチング用チューバのスーザフォーンを考案するなど、19世紀のバンド音楽発展に貢献した。
星条旗よ永遠なれ
スーザ:ワシントン・ポスト
スーザ:美中の美
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ペルシャの市場にて

「ペルシャの市場にて(In a Persian Market)」は、1920年にイギリスのアルバート・ケテルビーが作曲。モチーフになっているのは、砂漠からやって来たキャラバン隊。
ペルシャの市場にて
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ドナウ河のさざ波

イヴァノヴィチ ;ドナウ河のさざ波
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白毛女

北风吹 芭蕾舞剧;白毛女
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モスクワ郊外の夕べ
トロイカ
カチューシャ
ポーリュシカ・ポーレ
リリーマルレーン
カントリーロード

ザ・ビートルズ

ザ・ビートルズ (The Beatles) は1960年代から1970年にかけて活動したイギリス・リヴァプール出身のロックバンド。20世紀を代表するアーティストの一つである。音楽誌『ローリング・ストーン』による「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第1位にランクされており、経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルの統計算出に基づく「史上最も人気のある100のロックバンド」にても1位となっている。
Abbey Road
Come Together
Something
Eleanor Rigby
Yesterday

コンドルは飛んでいく

コンドルは飛んでいく(コンドルはとんでいく、El Cóndor Pasa)とはアンデスのフォルクローレの代表的な楽曲である。1970年にアメリカ合衆国のフォークロックデュオ、サイモン&ガーファンクルによってカバーされ日本やその他の国々に広く知られるようになった。
コンドルは飛んでいく

特別演奏の部屋

デジャリドゥ
デジャリドゥはオーストラリアのアボリジに達に使われる楽器。普通に吹いても音でないけど。
裸坊達の部屋

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