自然科学および社会科学の部屋

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色々と観察し、仮説を立てて、実験などで検証する。この立場には自然科学も社会科学も区別はないと思う。なんでもやってみよう。物理、化学、地質学、生物学、経済学、社会学、宇宙、生命、数学、文学、芸術、ゴルフ理論、将棋、何でもありで行きましょう。特に最近は色々な学問の境界に属する課題が非常に面白いと思います。全体の見通しを良くするため、目次を付けてみました。興味のある話題から、別の話題に自由に飛び回って頂ければと思います。(2018.6.2)
Scienceの部屋目次
地球の歴史・生命の歴史 人類の歴史 物理の世界 化学の世界 相対性理論入門
生物の世界 数学の部屋 力学も面白い
経済の話 技術開発のお話 哲学・社会学の部屋
最近流行している言葉 熱力学とエントロピー 量子力学の世界
相対性理論入門
地球の歴史・生命の歴史
人類の歴史…人類誕生の謎。最近研究が進んでずいぶん新しいことが分かってきました。これからの人類の進むべき道への示唆となるものの見方も変わってくると思います。
物理の世界…自然科学と言えばまずは物理でしょう。物理の基本を見直して見ると世の中に見方が変わるかも。
化学の世界
生物の世界…生き物の世界は知れば知る程深い。一つ疑問が解決すればまた新たな疑問が。
相対性理論入門
力学も面白い
経済の話
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最近流行している言葉
技術開発のお話

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地球の歴史・生命の歴史

目次
地層累重の法則 大洪水とノアの方舟 巨大隕石による三大インパクト
地球史上最大の成功者の恐竜 地球外生命 植物は賢い
地球温暖化問題について(その1) 地球温暖化問題について(その2) 地球温暖化問題について(その3)
バッタを倒しにアフリカへ 地球上でもっとも成功している遺伝子 細胞内共生説
生物の分類 遺伝子の意志 顕生代とは
新生代とは 世界一高い山はエベレストか テチス海とは
スノーボールアース 地質時代区分 クライオジェニアン
恐竜と哺乳類 化学的風化作用

地層累重の法則

地層累重の法則(law of superposition)とは、万有引力の法則に従って、下から上に向かって堆積する(下にあるものほど、古い)という考え方のことである。化石による地層同定のと並ぶ、地層の新旧や年代判定を行う上での大原則です。デンマークの科学者ニコラウス・ステノが、1669年に提唱したと言われ、次の3つの法則から出来ています。
       第1法則 地層は水平に堆積する(初原地層水平堆積の法則。Law of original horizontality)
       第2法則 その堆積は側方に連続する(地層の側方連続の法則。Law of lateral continuity)
       第3法則 古い地層の上に新しい地層が累重する

実際には褶曲や断層、大規模な地すべりなどにより、上下が逆転している場合もありますが、 それでも本来下にあった層が年代的に古いことは変わらず、慎重に地層の連続性をたどれば、その時間経過を追えると考えられます。また古い地層に褶曲や不整合が見られても、その上に堆積した地層との関係には本法則が適用でき、生痕化石やなども組合わせて各地層の年代の推定などに、使われます。
屏風ヶ浦 

【千葉県屏風ヶ浦】

確かに、これだけ聞けばこの通りなのですが、エベレストやアルプスの山の中の地層の中から、三葉虫やアンモナイトなどの海生物の発見されることから、その場所は海だったことが分かります。そんな高い場所が海だったということは、地球全体が海に浸かっていたかというと、他のもっと低い場所で陸の生物や川や湖の生物の化石が発見されたりします。だいたい砂や粘土が水平に積もるのは海底あるいは川底しかありえません。火山灰は別ですが。また、地層に不整合が見られるのは、その時期は、そこが陸であり、浸食されたことを示しています。

そこで科学者たちは、大地がある時は隆起し、ある時は沈降するということを認めざるを得ませんでした。結局、造山運動というものがあり、大地は隆起と沈降を繰返しているのだと。ところで、ウェーゲナーという人が、大陸移動説(1912年)に提唱します。かれは、大西洋の両側、南米東岸とアフリカ西岸の海岸線の形が似ていること(大陸棚まで含めても)、及び、これだけ離れた場所から同種の化石が見つかることから、もともとは一つの大陸であったと想定したことがきっかけです。発表当初は、全く無視されます。巨大な大陸を動かす原動力について説明がつかなかったためです。「こんなデカい大陸がどうやって動くんだ。」でも、鉛直方向に動くのもかなり無理。造山運動があったことは動かせない事実のようですが。

現在は、プレート理論によって、大陸移動説はほぼ定説になっております。更に移動速度も実測によって、年間2cm~10cm程度と求められています。大陸の地殻はその下にあるマントルという粘性のあるマスの上に乗っていて、マントルの対流に乗って大陸が離合集散を繰り返していることが分かりました。地殻の運動は、鉛直ではなく、水平がメインであったわけ。これで大陸が隆起と沈降を繰返している説明がついた訳です。

大陸移動説のお陰で、地質時代の大陸の分布、同時の環境も良く分かるようになり、博物館の隅に展示されていた古生代の生物達も新たな脚光を浴びるようになって来ました。でも、ここまでたどり着く発端は、地層累重の法則まで遡るのです。

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大洪水とノアの方舟

ノアの方舟(ノアのはこぶね、英語でNoah's Ark)は、旧約聖書の「創世記(6章-9章)」に登場する、大洪水にまつわる物語で、主人公ノアがその家族、多種の動物を乗せた方舟に乗って助かり人類の先祖となるとの神話。コーランやヒンズー教にも同様の記述があるらしい。更に、源をさかのぼると、古代メソポタミア地方の文学叙事詩「ギルガメシュ」に記述あり、ギルガメシュは紀元前2600年ごろ、シュメールの都市国家ウルクに実在したとされる王と言われている。粘土版に記された楔形文字の『ギルガメシュ叙事詩』の断片の解読から、旧約聖書の洪水物語に似た記述の他、創世記のネタと見られる多数の記述が見つかっている。しかし、メソポタミア地方は、チグリス、ユーフラテスに挟まれ、洪水の頻発する地域ではあるが、人類を絶滅に陥れるような超大型の洪水があった痕跡は見つかっていない。ただし、当時一村落全体が洪水でほとんどが死に絶えてしまい、船に乗っていために生き残った人がいたような場合など、後世にこれを伝えるための伝説があってもおかしくないだろう。
ノアの方舟

欧米の地質学者達は、当初旧約聖書の無誤謬性を立証する目的から地層の研究を始めたが、意図に反して、地質学者達は次第に旧約聖書と袂を分かつことになる。創世記では、天地創造から数千年しか経ていないのに、地球の年齢は今では46億年程度と推定されている。ヒマラヤやアルプスの崖から海生生物の化石が発見されることも当初から謎であった。化石の種類が地層ごとに特徴があり、下部のものほど古そうだ(地層累重の法則)ということから生物の進化の概念も取り入れざるを得なくなる。更に、ある地域がある時代は海であったり陸であったりを繰返していたことは化石の変遷から認めざるを得なかったが、この真の原動力がプレート理論で解明されるのはつい最近のことでもある。

一方、洪水の伝説は、世界各地の民族に存在することが分かってきた。洪水の原因も氷河湖の氷のダムの決壊、大きな津波等は普通の河川の洪水よりはかなり大規模で洪水伝説にふさわしいものもあることも分かって来ている。このような洪水は地層の研究からも読み取ることが出来る。一見地味な地層の研究だが、過去の地球の歴史の真実を語ってくれる貴重な情報なのですね。下記の書籍は、キリスト教原理主義との対峙に多くのページを割いているので、我々日本人には少しくどすぎるところもありますが、地層の研究の醍醐味をうまく語ってくれています。
参考文献;「岩は嘘をつかない」David Montgomery著、白揚社

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巨大隕石による三大インパクト

 地球環境の変化は、地球内部からの要因に加えて外部から隕石や彗星の衝突も大きな要因であった。もともと宇宙の塵のようなものが互いに衝突しあって大きくなって惑星が誕生したものであるから、地球誕生初期には数えきれない衝突があったと想定されるが、地形に証拠が刻まれている巨大な衝突が過去三回生じたことが知られています。
①フレデフォート・ドーム…南アフリカ共和国にある世界最大の隕石衝突跡
②サドベリー隕石孔…カナダオンタリオ州グレーターサドベリー市にある、地球上で2番目に大きな隕石衝突跡
③チクシュルーブ・クレーター…メキシコのユカタン半島にある約6,550万年前の小惑星衝突跡。中生代の生物の大量絶滅を引き起したと原因とされている。

(1).フレデフォート・ドーム(Vredefort dome)
南アフリカ共和国にある世界最大の隕石衝突跡(クレーター)。また、現存する世界最古の隕石跡(2005年世界遺産して登録される)。隕石の衝突跡の直径は約190kmと世界最大。中央ドーム(直径約50km)とそれを取り囲む外輪山からなる。ドームの大きさは300km程度あったと推定されているが、現在は長年の侵食により50km程度が残っている。
 約20億2300万年前に直径10から12kmの小惑星が速度約20km/sで衝突し生成されたと考えられている。衝突時のエネルギーはTNT火薬に換算して87Tt(テラトン、広島型原爆が約15kt、即ち58億倍)と推定される。この時の衝突で地殻はえぐられ、地下25kmまで到達したと考えられている。衝突による地殻の溶解と攪拌により金鉱床が形成された。現在は、草原地帯となっており、固有の蝶、鳥、哺乳動物が生息している。また付近の川ではラフティングや沢登りが楽しめ、乗馬やハイキングコースもある。

(2). サドベリー隕石孔 (Sudbury Astrobleme)
カナダオンタリオ州グレーターサドベリー市にある、地球上で2番目に大きな「アストロブレム(隕石衝突に起因する地質構造)」。地形としての「クレーター」はすでに浸食されて失われているが、生成時には直径200~250 kmあったと推定される。
サドベリー盆地 (Sudbury Basin)は、火成岩類・角礫岩類・堆積岩類がつぶれた楕円形に同心円状に並ぶ、特異な地質構造(サドベリー構造 ) をしている。その起源は18億5,000万年前 の隕石の衝突であり、クレーター地形は侵食と広域削剥で失われたが、当事の地下地質構造が現在地表に露出していると考えられている。直径約10kmの隕石が衝突してできたと考えられており、放出物は1600万km2にわたって撒き散らされ800km以上運ばれたものと推定されている。衝突によってマグマが発生し、そこから生じた火成岩類にニッケル・銅鉱山群 (ニッケル・銅硫化物鉱床) が含まれ、重要な地下資源となっている。

(3).チクシュルーブ・クレーター(Chicxulub crater)
メキシコのユカタン半島にある約6550万年前の小惑星衝突跡。 地磁気異常、重力異常、およびセノーテの分布(ユカタン半島独特の石灰岩地形)によって確認される。これらはいずれもきれいな円弧を描いており、この円の中心が衝突地点とされた。直径は約160Km。既知の地球上のクレーター(隕石衝突跡)では三番目の規模。これらを総称し3大隕石衝突、3大インパクトとも)、顕生代(5億4200万年以降つまり多細胞の生物が生まれた後)に形成されたことが確認されるものとしては最大級。この衝突が、恐竜を含む大型爬虫類はじめとする多くの生物が絶滅した白亜紀末の大量絶滅(K-T境界)の、もっとも有力な原因と考えられている。

2010年にサイエンス誌に掲載された説では、小惑星の大きさは直径10-15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されている。

巨大な隕石衝突が、過去三回。それ以外にも多数ある。ガリレオが発見した月の表面のアバタは、隕石衝突によるクレーターである。隕石衝突は今後も起こり得る。もし、そこそこ巨大な隕石の接近が予測された場合、人類は対応できるのだろうか。

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チクシュルーブ・クレーター発見の経緯

1977年、ウォルター・アルヴァレスがイタリアにおいて、白亜紀末、約6550万年前の地層でK-T境界(中生代と新生代の境界)を発見。K-T境界は世界各地でその後発見されるが、この地層を境に恐竜を始めとして発見される化石の種類が激変することが分かった。また、K-T境界では多量のイリジウム(隕石起源のものしか見つかることが少ない鉱物)が含まれ、小惑星の衝突によってK-T層ができたという説が浮上した。

この説が登場すると衝突跡を探す研究者が増えた。1990年代初頭にアリゾナ大学の大学院生であったアラン・ラッセル・ヒルデブランドがハイチの山地で、K-T層に含まれ惑星衝突時の巨大津波で運ばれたと推定できる岩石を発見する。これらの岩石は特にカリブ沿岸に集中していた。しかしカリブ海には肝心のクレーターを発見することはできなかった。

この話に興味を持ったヒューストン・クロニクルの記者カルロス・ビヤーズはヒルデブランドに連絡をとり、1978年にグレン・ペンフィールドがユカタン半島で発見したクレーターがK-T層を形成したときに出来た小惑星の衝突跡ではないかという話をした。
1978年当時、ペンフィールドはメキシコ国営石油で油田発見のため地磁気の調査を行っていた。ペンフィールドは磁気データが綺麗な弧を描いていることに気付いた。そこで彼は、ユカタン半島付近の重力分布データを地図に起こした。するとチクシュルーブ(Chicxulub)の村を中心として円を描いていることに気付く。このことを発表するが大きな関心事になることは無かった。

ペンフィールドは諦めずにいた。彼は1951年から続いていた付近のメキシコ国営石油の採掘井戸の1,300m付近からイリジウムを含む安山岩がでることを知っており、これがクレーター跡の証拠と考えていた。しかし同様の岩石は火山活動でも作られることが知られており、惑星衝突の証拠として長い間否定的に見られていた。ヒルデブランドは、ペンフィールドとコンタクトを取り、油田から出た岩石とヒルデブランドの発見した岩石と比較を行い、サンプルはほぼ小惑星の衝突で出来た物と推定された。 この衝突は、カナダに残るサドベリー・クレーター、メキシコに残るチクシュルーブ・クレーター(恐竜絶滅の原因ともいわれている衝突)と共に地球史の3大隕石衝突(3大インパクト)の1つに数えられている。

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地球史上最大の成功者の恐竜

恐竜は、私にとって非常に魅力的な生物だ。子供が恐竜が好きなのは当然である。私の少年時代は、円谷監督のゴジラ、ラドン、モスラ等の特撮を用いた怪獣映画が大ヒット。ゴジラは多分、最大の肉食恐竜ティラノサウルスがモデルと思われます。ゴジラは、尾を引きずってノシノシと歩行していて、当時、恐竜は冷血動物の巨大な爬虫類で動きも鈍く知能も低いと思われていた。
ゴジラ ティラノサウルス

社会人になってから、たまたま出向先から、米国に主張させてもらう機会があり、スミソニアン博物館(National Museum of Natural History)を訪問することが出来た。恐竜の骨の化石を見て、ジャック・ホナー 氏の「子育て恐竜(Digging Dinosaurs)」という英文の図書をお土産に買って帰った。ある種の恐竜は、営巣し子育てしていたことがホナー 氏の発掘から判明したのである。この恐竜は「「よい母親トカゲ」の意味のマイアサウラと命名されている。
maiasaura

その後、マイケル・クライトン原作の映画「ジュラシックパーク」及び「ロスト・ワールド」が日本でも上映され、恐竜のイメージは激変する。第一作の主役の恐竜「ベロキ・ラプトル」は、知能も高く、群れで狩りをする凶暴なハンターとして描かれている。また、恐竜は、絶滅しておらず一部は進化して鳥類になっていまも生存しているとの説も紹介されている。なお、ジャック・ホナー氏は、映画ジュラシックパークの登場人物アラン・グラント博士のモデルである。その後、中国を中心に続々と鳥の先祖らしき恐竜の発掘が続いており、恐竜が鳥に進化したことはほぼ定説になっている。

一方、恐竜の絶滅は6500万年前で、原因は従来から色々な説が唱えられて来てますが、現在では、巨大隕石の落下が主要因と言うことが定説となっています。1977年、ウォルター・アルヴァレスがイタリアにおいて、白亜紀末、約6550万年前の地層でK-Pg境界を発見。その層から隕石起源としか考えられないイリジウムという希少金属が多量に含まれていたことだ。諸説あるが、2010年にサイエンス誌に掲載された説では、小惑星の大きさは直径10-15km、衝突速度は約20km/s、衝突時のエネルギーは広島型原子爆弾の約10億倍、衝突地点付近で発生した地震の規模はマグニチュード11以上、生じた津波は高さ約300メートルと推定されている。現在その位置も特定されており、メキシコのユカタン半島の近辺とされている。

隕石の落下で、地球環境が激変し、小型の哺乳類、鳥類の先祖を除いてほとんどの大型の生き物は絶滅した。その結果、ネズミぐらいの霊長類の先祖が進化してようやく人類が誕生したわけである。隕石が落ちなければ、今頃はベロキ・ラプトルの子孫が高度な文明を発展させていた可能性もあった訳でしょうか。

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地球外生命

みずがめ座の方向約40光年の距離にある19等星トラピスト-1(TRAPPIST-1)という恒星に7つもの地気球型惑星が発見されたということ。(2016.5.9)このうちの3つが特に生命の存在の可能性が高いらしい。最近生命の存在を予言させる系外惑星が次々と発見されています。系外惑星とは、よその恒星を周回する惑星です。夜空を見上げると無数の星々、つまり恒星が輝いていますが、あれらを周回する惑星のことです。「私たちの太陽系の外の惑星」という意味で「系外」と呼ばれます。今回のトラピスト-1は、ケプラー宇宙望遠鏡のチームが望遠鏡の装置の故障で、とんでもない向きを探すことで偶然発見されたものらしい。この恒星の質量は太陽の8%ほどしかなく、直径は木星よりわずかに大きい程度。表面温度は約2600度と極めて低温で、非常に赤い色をしている。赤色矮星という小さく暗いこの種の星は、天の川銀河内ではありふれた存在だが、その周りに惑星が発見されたのは今回が初めての例です。あまりにも平凡(銀河系内で3/4はこのような恒星)なのでほとんど注目されてなかったのですが、逆に太陽系の方が特別な存在である可能性もあるのだ。 トラピスト-1
      3つの惑星のうち内側の2つの公転周期はそれぞれ1.5日と2.4日で、中心のTRAPPIST-1からの距離は太陽-地球間の20分の1から100分の1しかない。この惑星系のスケールは、太陽系というよりも木星とその衛星系に似ているともいえる。だから、このような至近距離にあるにも関わらず、2つの惑星が受けるエネルギーの量は地球が太陽から受ける量の4倍と2倍にしかすぎない。TRAPPIST-1が太陽よりもはるかに暗いからだ。両惑星は中心星に近すぎて、いわゆる通常のハビタブルゾーン(恒星からの距離がちょうどよく、液体の水が地表に存在できる範囲)には位置していないが、地表の一部には液体の水が存在できる領域があるかもしれないと想像されています。また、3つ目の惑星については軌道がはっきりとはわかっておらず、受けるエネルギーは地球よりも少ないと考えられているが、ハビタブルゾーンに存在する可能性があるという。トラピスト1の惑星たちは、すべて自転と公転周期が一致している。つまり、地球にとっての月と同様、常にトラピスト1に同じ面を向けているのだ。そのため、これらの惑星には常に昼の領域と、常に夜の領域がある。また、常に昼間の領域で熱せられた大気と、常に夜の領域で凍てついた大気とが対流することで激しい嵐を引き起こしている可能性もあるという。地球46億年の歴史を見ても相当激しい環境の変動の中でも生命は常に絶滅と進化を繰返して来ているのでこれらの惑星の上でも何らかの生命体が存在している可能性は否定できない。場合によっては当然人類の知恵を越えた生命体もいるはずで、人類のような生き物は宇宙の中ではユビキタスな存在なのかもしれません。ハビタブルゾーンの系外惑星は、他にもたくさん発見されているようで今後もこのようなニュースは増えて来るでしょう。
トラピスト-1

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地球温暖化問題について(その1)

地球大気の歴史については、まだ、確証が得られている段階ではないが、地球科学の進歩によっておおよそ以下のようなシナリオが考えられている。地球誕生から約46億年の時間が経過しているが、その中でCO2の果たしてくれた役割は極めて重要で、温暖化の悪玉のように語られるCO2はもっと尊敬を込める必要がある。

原始大気(primordial atmosphere)は、主にヘリウムと水素からなり、高温高圧だった。これは現在の太陽の大気と似た成分だ。地球が宇宙の塵から太陽とほぼ同時に誕生したことからもっともなことだ。また、水蒸気も含まれていたとの設もあるが、軽い成分は、原始太陽の強力な太陽風によって数千万年のうちにほとんどが吹き飛ばされてしまったと考えられている。

やがて、太陽風は太陽の成長とともに次第に弱くなり、地表の温度が低下したことで地殻ができ、火山が盛んに噴火を繰り返す。噴火にともない、二酸化炭素とアンモニアが大量に放出された。水蒸気と多少の窒素も含まれていたが、酸素は存在しなかった。この原始大気は二酸化炭素が大半を占め、微量成分として一酸化炭素、窒素、水蒸気などを含む、現在の金星の大気に近いものであったと考えられている。100気圧程度の高濃度二酸化炭素の温室効果により、地球が冷えるのを防いでいたとされる。古い変成岩に含まれる堆積岩の痕跡などから、43~40億年前頃に海洋が誕生した想定されている。水の惑星の誕生だ。この海洋は、火山からの噴出も加えた原始大気に含まれていた過剰な水蒸気が温度低下によって凝結し、雨として降り注いで形成されたものだ。

とはいえ地球誕生から6億年頃までに2回(3回以上との説もある)も、全球凍結(スノーボール)といって、地球全体が雪と氷に覆われていた時代があったことが判明してきた。それまでは、地球全体が赤道に至るまで完全に凍結したことは、1度もなかったと考えられてきた。太陽光を熱源とする熱収支を考慮し、仮に地球全体が凍結したならば、地表はすべて白い氷雪で覆われてしまい、太陽光エネルギーの大半を宇宙空間へ反射してしまう(この状態をアルベドが高いという)ため、地表温度はさらに低下する(正のフィードバック)。その結果、地球史上で一度地球全体が凍結し白い氷雪で覆われれば、以後は太陽光で溶ける事はありえず、永遠にその状態から抜け出せないと考えられていたからだ。

一方、初期の海洋は、原始大気に含まれていた亜硫酸や塩酸を溶かしこんでいたため、酸性であったが、陸地にある金属イオンが雨とともに流れ込んで中和されたと考えられている。中和されると二酸化炭素が溶解できるようになるため、原始大気の半分とも推定される大量の二酸化炭素を吸収していったらしい。水蒸気が紫外線を受けて光解離することで酸素が生成されてはいたが、鉄などの酸化によりすぐに吸収されたため、酸素は大気中にはほとんど残らなかったと推定されている。

ところで、地球も成長していくように太陽の方もどんどん進化していく。6億年位前では、太陽の放射は現在の70%程度しかなかったと想定されている。逆に今後、太陽はどんどん大きく熱くなり、10億年位後には、巨大な赤色巨星となり、地球を軌道もろとも飲み込んでしまうものと推定される。当然その前に、地上は灼熱地獄となり総ての生物は滅亡する。その後爆発を起こして最後は滅茶苦茶高密度の白色矮星となり、一生を終わる。幸い太陽は中程度の星なのでブラックホールにはならずに人間で言えば60歳(60億年)くらい人生を全うできるわけです。

さて、火山活動の影響でCO2が、徐々に蓄積され、凍結のため海洋によるCO2吸収が無くなった地上では、膨大な量のCO2による温室効果が働き出し、凍結が解消される。太陽光が今より弱かったこともCO2のお陰で解消。やがて生命が誕生し、二酸化炭素を利用し、自ら光合成を行う生物が誕生すると、それらは海洋に蓄積された豊富なミネラルを利用し、急速に進化する。CO2を利用し水を分解して自ら栄養を造り酸素を発生する生物-植物(実際はシアノバクテリア等の微生物で植物の先祖という方が正確か)のが登場だ。植物が現れて以降は酸素は著しく増え、二酸化炭素は大きく減少する。大気中の酸素は、初期の生物の大量絶滅とさらなる進化を導く。酸素というものは、基本的には生物とって超猛毒なのだ。

さらに、二酸化炭素は生物の体内に有機炭素化合物として蓄積され(炭素固定)、長い時間をかけて過剰な炭素は化石燃料、生物の殻からできる石灰岩などの堆積岩といった形で固定され大気中から奪われていく。植物が現れて以降は酸素が著しく増え、二酸化炭素は大きく減少した。また、酸素は紫外線に反応しオゾンをつくり、これにより地表では紫外線が減少し、生物が陸上にあがる環境が整えられた。

その後、生物は酸素を元にコラーゲンという接着剤をつくることで多細胞生物が進化し、カンブリア時代の生物の大爆発を迎える。その後も、生物は進化と絶滅を繰返して現在まで来ていますが、酸素濃度とCO2濃度が、環境因子として大きな要因として働いています。中生代に恐竜が大発展し、哺乳類の先祖が大きくなれなかった原因は、当時の低酸素環境の影響が指摘されている。恐竜とその子孫の鳥類が繁栄したのは、気嚢システムという効率の良い呼吸システムを保持していたためで、鳥類のように空を飛ぶためには強力な筋肉と効率の良い呼吸システムが必要であったためだ。

現在、現在酸素濃度は回復しているようですが、CO2濃度は、高々0.03~0.04%となっており、地球の歴史から見ると異常に少ない量だ。現存の植物たちにとっては絶対的に不足だ。この希少な資源を効率良く取りこむため、涙ぐましい進化上の努力をして来ている。環境問題においてCO2は単なる悪役では無いはず。CO2の増加を問題にするには、C、O、N等主要元素の大循環に関する詳細な研究が欠かせません。

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地球温暖化問題について(その2)

地球の歴史を見れば、地球環境は著しい変動を繰返したことが知られています。地球誕生時点では、火の玉だった地球、その後だんだん冷やされて来て、一次は全球凍結(二~三度あったらしい)、その後火山ガスから排出されるCO2のお陰で、温暖化されて、生物が誕生する。当時太陽からのエネルギーの供給は今より遥かに小さく、70%程度と見られています。一方、空気のような軽い成分は、どんどん地球から逃げていくので、当初は100気圧位あったものが、現在では1気圧しかありません。現在我々を取巻いている大気、饅頭の薄皮程度しかないのです。この意味をもう少し、説明すると地球は青い水の惑星といわれますが、海の水深をざっと平均すると2000m程度でしょう。すると海底の水圧は200気圧程度。圧力とは上に載っている水や気体の単位面積当たりの質量ですから、大気は海水と比べて1/200の質量しか存在していないのです。
また、超長期的には、太陽は間違いなく巨大化して、10億年後には地球を飲み込んでしまうことも予想されている。天文学でいう赤色巨星の段階になる訳。  人類の歴史が始まっても、地球の環境は厳しい辺かの手を緩めてはくれません。氷河時代、旧石器を獲得した人類は、マンモスなどの大型動物を追って世界中に広まりました。大型の動物も寒冷に適応していたのかも。やがて、新石器時代になり、小型の動物や木の実、草の実を食料にするようになります。ほとんどの大型動物は、気候の変化か人類が食べつくしたかで滅亡します。日本では、縄文時代。この時代、今より遥かに暖かい。埼玉県の真ん中近くまで、海が進んできます。恐竜が絶滅した後、気候は氷河期と間氷期を目まぐるしく繰り返しており、今はちょうど間氷期に当たるとされています。従って、1970年代には「地球寒冷化」の可能性の方が心配であったのです。

地球の大気は、本当に薄くて脆弱なもの。ちょうど薄皮饅頭の皮みたいなものです。火山の爆発、隕石の衝突などで、すぐに気候は変化してしまいます。その要因の一つに人類の活動が入る可能性が出て来たわけです。地球上のほとんどすべての元素(炭素、酸素、窒素、水素等)は、生物や地球自身の活動で循環しています。植物が水と二酸化炭素と太陽光を利用して、炭水化物を合成する。炭水化物は窒素を付加してタンパク質をつくり、それが細胞のもとになる。動物は、植物を食べることで、たんぱく質や脂肪を作り出す。植物はCO2を吸収する過程で酸素を放出する。もし、CO2が無くなると、植物は死滅し、酸素は作られなくなってしまう。動物植物の死骸は微生物によって分解されて、CO2は再度大気に放出される。分解されなかった部分は、当面は循環から取り除かれる。古生代の石炭紀には大量の植物がそのまま石炭となって保存される。また、石油も同じように循環から取り除かれた炭素です。
 炭素の循環は、これだけに留まらない。火山からは、大量のガスが放出され、かなりのCO2を含んでいる。一方、雨水はCO2を溶かし込み、カルシウム等の金属と結合し、海に流れ込む。これをサンゴなどの生物が取りこむことでCO2を固定することが可能になる。今まで地球は、これらの循環が負のフィードバックシステムを構成し、多少の変動(人類から見ると結構激しいものだが)を許しながらもバランスを保って来たものと言えます。

現在、地球温暖化で一番問題になっているのは、化石燃料の消費だ。化石燃料の消費は、過去に生物によって蓄積された炭素をCO2として一気に大気中に吐き出すことだ。これによって自然の負のフィードバックシステムが維持できるか、あるいは正のフィードバックに変化し、止めもなく温暖化が進むのか。今、気温が上がっているように見えるのは何が原因か。今後、気温が逆に下がっていく可能性は。大気中に含まれるCO2は、0.03~0.04%しかない。過去のアイスボール時のCO2の量とは桁が3つも4つも違っている。CO2は、本当に温暖化の犯人なのか。多分因果関係は、複雑なので分かっていないと思われます。温暖化をアピールする人たちは、過去の気温のデータや自然災害(温暖化のせいにする)を元に主張するのだが、未だ懐疑派を十分説得できる説明は出来ていない。それが出来るようになってからでは、手遅れだというのが彼らの主張ですが。

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地球温暖化問題について(その3)

 地球の大気は、地上に1気圧の圧力を作用させている。これは10mの水柱に相当する。また、これは地面の上にある大気の質量の合計に比例している。一方、水の惑星地球の海は平均水深2000mで一様に分布しているとすると、陸地は無くなり、2000m水深、つまり2000mの水柱の圧力が作用していることになる。大気圧は水圧の1/200です。また、地球の半径は約6,400km。コンパスを使って地球の絵をかいてみよう。まず半径64mmの円を描く。これが地殻、マントル、核を含む地球の固体部分である。次に海を描く。64mmに海の部分0.02mm加え、64.02mmの円を描く。次に大気、この半径に半径はこれにこれは大気を水の質量比でもあるため、2mmの1万分の一の大きさで円を描く。出来っこない。あまりにも小さすぎるのだ。これを見ると分かるように地球は大部分が固体。薄皮まんじゅうの皮のような海があり、その厚さの1/200の質量からなる、きわめて薄い大気の層がかろうじて引っ付いている状態なのです。これを見るといかに地球の大気が脆弱かが分かるとでしょう。地球誕生の頃は100気圧ほどあった気体は、地球の引力を振りほどきどんどん宇宙空間へ逃げていくので、今ではその1/100の1気圧ほどしか残っていないのです。

 CO2は、この大気の成分の中のわずか0.03~0.04%です。この極めて微量なCO2が今後地球の大気にどのような影響を与えるというのでしょうか。今、現在の文明は過去の生物達が気の遠くなる時間をかけて蓄積してきた地球の構成元素を技術の名のもとに一気に解放している状況です。地下に眠っている石炭、石油は地球に酸素が少なかった時代に酸化されずに地下に蓄えられた炭素化合物です。鉄やその他の金属元素も微生物の活動で蓄えられた資源と言うことが分かって来ています。世界各地にみられる縞状鉄鉱石がほとんどの鉄資源の原料となっています。今、人類は過去の蓄積を使い果たそうとしています。酸化還元反応では、元素を還元するには微生物の働きが重要です。人間は酸化を進めることは得意でも還元を進めることは不得意のようです。生命の科学をもっともっと勉強することが必要なのでしょう。

ところで、今の温暖化対策の国際的枠組みでは、このような元素の循環にかかわる真剣な議論は余り行われていません。専ら政治的な駆け引きが中心です。それと政治がらみプロパガンダ的な学会活動が目につきます。先進国の最大の目標は、排出権取引の市場の確立です。先進国が後進国にCO2の削減技術を提供するとその削減効果を自国の削減量に加算でき、その分自国の削減目標は小さくて済むといった枠組みです。また、技術そのものも何らかの補助金があれば売り込むことが可能です。CO2の削減技術を沢山開発してきた先進国には有利です。欧米日本もこの流れにあやかりたく国内でも相当PR活動を続けて来ていますね。ところが、例えば中国は、日本が公害防止に資金援助しなければ日本へ排気ガスを垂れ流すぞと恐喝に近い論理で途上国に有利な枠組みに変わりつつあります。実際、中国の工場の排気ガスは国内のみか日本の西日本地区一帯に被害を与えているのが現状です。英国はクライメート疑惑事件以降、あまりもうからないと悟り既にCOPの枠組みからは一歩引いた姿勢、アメリカは当初から枠組みに乗ることはしていません(オバマ大統領の時少し積極姿勢を見せたが)。

このようなことから、地球温暖化対策の将来は決してバラ色ではないようです。しかしながら、地球システムは大規模で複雑です。人類は化石燃料の消費を簡単には止めることは難しいでしょう。今の原子力はそれに取って代わるにはあまりにも危険です。核融合のような新しい原子力技術が確立されるのはまだまだ先でしょう。バイオの技術ももう少し時間がかかりそうです。今できること、2つだけ挙げておきます。一つは海の酸性化の防止です。海は大気の200倍の容量があります。海が酸性でなければCO2のかなりの量を吸収してくれます。漁業資源も確保できます。もう一つは、砂漠などの乾燥地の緑化です。植物はCO2を固定してくれ、酸素を増加してくれます。大陸内部では砂漠化は今も進行しています。水資源も決して豊かではありません。このように地球規模の対策こそ長い目で見た温暖化対策になるのではないでしょうか。
気候温暖化
左に示すのは、過去100年間の気温の変化です。グラフ全体を見ると、直線的に気温が上昇しているように見られます。しかし、1990年以前は、平均よりも下回っており(0.0が平均)、実際に平均より上昇しているのは1990年以降だけ。その上昇量わずか0.2℃、平均値は分かりませんが、縦軸を絶対温度でとれば、温度変化は0.1%以下でしょう。変化量を大きく見せるための操作としか思えません。過去1000年ぐらいの変化はどうだったのでしょうか。異常気象や災害が発生すると温暖化に結び付けられます。逆に南極大陸で例年よりも雪が多かった等のデータは無視されます。海や陸の生態系の変化というような地味なデータをウオッチしていくことの方がはるかに重要だと思うのですが。

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地球上でもっとも成功している遺伝子

現在、地球上でもっとも成功をおさめた生物の遺伝子は。残念ながら、これはホモ・サピエンスではないようだ。もっとも繁栄している遺伝子は、なんとイネ科の植物、とりわけ小麦、次に稲の遺伝子ということになるそうだ。この考えは、「サピエンス全史(著者;ユヴァル・ノア・ハラリ)」に記載されている。  確かに、地球の生態系において量的には植物は動物を圧倒するし、動物の繁栄は植物なしではありえない。恐竜絶滅後の地球では花の咲く被子植物が繁栄し、イネ科の植物はかなり環境にも適している。

農耕開始以前の人類の生活レベルは、従来から想像されていたような悲惨のものではなく、かなり豊かなものであったことが最近の研究で分かってきている。何せ狩猟民族は労働時間が非常に少ない以外にゆとりのある生活を送っていたらしい。農耕を開始してから人類の数は非常に増えた。人類は集団で定住して住むようになり、貧富の差、身分制度が生まれ。世界中で戦争が多発するようになる。小麦への依存に取りつかれた人類は、もう元には戻れず、森を焼き尽くし、多数の生き物達(平和に暮らしている狩猟民を含む。)を絶滅に追いやり、ますます小麦の農地を広めていった。稲も同様である。
     このようにして、イネ科の植物は、人類を完全に支配下に置き、小麦を口にするための過酷な労働を未だに強いている。工業化社会になったといっても、人類の食糧は変わっていない。過剰に穀類に依存した食生活は、体に悪いことも分かってきている。肥満、糖尿病、精神の病、腰痛等様々な病気が農耕を開始するようになってから現れてきた。 参考文献;サピエンス全史(著者;ユヴァル・ノア・ハラリ)

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植物は賢い

植物は、おおよそ6億年位前から動物とは全く別の形で進化してきた。10億年~4億年前の期間に植物が下した決断は動物とは正反対のものであった。まず、自分の栄養は自分自身で確保する。一方の動物達は他のものを食べることで、初めて栄養を確保できる。
 動物たちは、必要な栄養を見つけるために移動することを選択するが、植物は動かないことを選択し、必要なエネルギーを太陽から手に入れることを学んだ。
 その結果、地面に根付くことによる様々な制約に対抗するため、遺伝子を組換え、外敵からの破壊を免れることを学んでいく。
 動物が危険にさらされた場合にとる行動。基本的には逃げること。でも環境が変化していく際に、単に逃げるだけでは問題の先送りで、何ら抜本的な対策になっていない。動けない植物たちは、環境のわずかの変化を事前に察知して、体のつくりを改良し地球上のあらゆる環境に適応して来た。動物たちは植物の変化に追従して後追いで進化するのだ。また、動物たちに体の一部をわざと食べられることで、種子を運んだり、保護してもらったり。動物たちを匠にコントロールしてきている。
 移動することを生業とする動物達は、体の作りを分業化して、心臓、胃、腸、手、足、目、耳、脳と色々な器官を発明してきた。しかし、地面にへばりついて食べられることにもじっと我慢の植物たちは、全く正反対の進化を発明してきた。植物に心臓があったら、動物にガブリと心臓を齧られたら万事休す。コントロールセンターの脳も同じだ。植物の体は根、茎、葉位しか区別がなく、どれも再生可能。そもそも寿命という概念もはっきりしない。
 では、植物は頭が悪いかというと、未来を予測して速目速目に適応し、周りの動物や環境まで変化させてしまう。どうも、植物には脳という中央集権型の頭脳はないものの、体中に分散している何かのネットワークを巧妙に使って外部からの情報を取り込み処理しているようだ。ちょうど、今の世の中のインターネット網全体で情報を処理しているみたいなものらしい。
人類が誕生してからは、植物は人を利用して繁殖する戦術を意識的にとっているようだ。例えば、メソポタミアの肥沃な三角地で農業が始まった原動力となった小麦。野生の小麦は本来熟して実がなったら、それを地面にまき散らす性質だった。でも、地面に撒き散らかされた小麦の粒は拾うのも大変。そこで、小麦自ら実が熟しても穂から落ちないように変化して、人に食べてもらうように進化したらしい。なんせ穂についた小麦を食べるような動物は人しかいないのだから。米やトウモロコシも同様で、今や世界の食料の6~7割はこの3つの穀物で賄われているといる。これらの穀類は一度口にすると人はそれに重度に依存してしまい後戻りできないという特性を持っていて人類をうまくコントロールして子孫を増やすことに大成功している。
一方、穀物ではないが、アメリカ大陸原産の唐辛子にはカプサイシンという強烈な痛みを伴う化学成分が含まれており、これも一度口にすると依存状態を造り出す。世界中に激辛料理のマニアがおり、ポケットの中にいつも乾燥した唐辛子を持参してどんな料理を食べる際にも一緒に口にするという。こんなものも人以外の動物は絶対に口にしないので、人間に特化して進化したものらしい。
このように考えると、植物というものは大変高度な知性を持った得体のしれない宇宙人に近い存在なのかもしれない。
今まで述べたことをまとめてみよう。
光合成動物
1.動かないこと
2.栄養は自分で確保(光合成と根からの養分吸収)
3.植物は生産するが動物は消費する
4.動物はCO2を発生するが植物はCO2を吸収する
5.動物は植物がないと存在できないが、植物だって巧妙な方法で動物を利用している
6.動物の体の機能は集中型だが植物の体は分散型
   つまり→中央集権型の社会とネットワークで結ばれた分散型社会
7.寿命と言う意味では、死なない体
8.環境の微小な変化を事前に察知し、巧みに適応する。
9.動物の行動をコントロールする知恵
10.化学的な手段で天敵(動物/植物)を撃退し、支配する
11.植物とは人間(動物)とは全くかけ離れた存在(発想が逆)
12.人は植物から多くのことを学んできたが、これからは更に多くのことを学ばねばならない

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細胞内共生説

動物も植物も元を辿れば共通の単細胞の微生物から始まったと考えられている。今の動植物は真核細胞といわれるものが集まってできています。真核細胞は、中心に核があって、他にミトコンドリアや葉緑体等いろいろな役割を持った組織を持っています。さらに驚くべきことにミトコンドリアや葉緑体は、その生物の遺伝子といわれる核の中のDNAとは異なったDNAを独自に持っていることが分かってきたのです。
そのため、大きな微生物が、自分より小さい他の微生物を食べ、食べられた微生物がたまたま消化されずに生き残って、共生を始め今の真核細胞(普通の動植物の細胞)が出来上がったというのが現在の定説となっているようです。
でも、食べられた微生物が消化もされずに生き残ったという話、チョットできすぎみたいな話ですね。あるいは、消化されたもののDNAだけが生き残って細胞の中で再生したのか。微生物間でDNAが交換されて新たな細菌が生まれるなんて言うこともあるらしいし。 でも、食べると言っても、多細胞の動物たちがするように、相手を殺して、噛み砕いて、消化液で溶かして消化するわけじゃない。相手の細胞を丸ごと包み込んで取り込んでしまう訳。そう考えればあり得ない話でもなさそうだ。
微生物の世界も食うか食われるかの世界だったのか。動物の祖先も植物の祖先も食う側だった。どちらも同じ先祖から出発して、一方は葉緑体をたらふく食べて植物に進化し、一方はミトコンドリアだけしか食べなかったので動物になったという訳か。最初の微生物にとって酸素は猛毒。だから、植物の先祖たちは葉緑体やミトコンドリアを環境保護のためひたすら食べまくる。そのうち食べられる方も何とか生き残りをかけて進化したということか。生物の進化のストーリーは、最初から奥が深い。

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生物の分類

生き物は大きく分けて動物と植物に2分される。これ今のお年寄りにとっては常識。でも、今の子供たちにとっては、キノコなどの菌類は動物にも植物にも入らない別のカテゴリー。ある程度常識。でも、実際には動物なのか植物などかわからない生き物沢山いて、生物の分類は結構ややこしい。数学のようにAかAでないかのように完全に2分される性質のものでないから当然人為的な線引きが必要だ。
現在では、生物の分類は
   ドメイン、界、門、綱、目、科、属、種、(亜種)
の8段階で行われるものとなっているそうだ。たとえば、ライオンは
真核生物ドメイン→動物界→脊椎動物門→哺乳綱→食肉目→ネコ科→ヒョウ属→ライオン
となる。同じように人の場合は、
真核生物ドメイン→動物界→脊椎動物門→哺乳綱→霊長目→ヒト科→ヒト属→ヒト
となるのか。ヒト科には、人間、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンが含まれている。
ちなみにライオンは、学名でPanthera leoとするのが正式名称。ラテン語で表記。前半が属の名前、後半が種の名前。パンテラは英語のパンサー。ヒョウだ。レオはライオンは分かるね。手塚修の漫画ジャングル大帝の主人公だ。
ライオン・レオ ネアンデルタール人はヒト属ヒト(ホモ・サピエンス)だ。種としては現生人類と同じだ。違いは亜種程度。人とチンパンジーは遺伝子の違いでは1.6%程度。生物の分類法から見ると人は決して特別な存在ではないことが明白だ。学名を考案したのはスェーデン人のリンネという人。ラテン語を使ったのは当時のヨーロッパ人としては各国公平にという理念からだろう。ラテン語は当時古語なので時代によって変化しない利点もあったのですが。今なら漢字を使えばもっと便利にできただろうに。
 リンネの時代は生物の見た目、形、もう少し進めば解剖学的な差などが分類の主な基準でとならざるを得なかったでしょうが、今は遺伝子解析が進み、どちらが先祖か、あるいは共通の先祖がいたかなどで、系統分類が主流だ。遺伝子を調べることで今まで分からなかったことがいろいろと明らかになりつつあります。例えば恐竜の一部が進化して鳥となったとか、哺乳類の先祖は恐竜とは別の爬虫類(単弓類)だったとか。ほかにも細かい分類ではもっとたくさんの例もあると思います。
実際、門から後は我々が過去の学んだ分類結果はそんなに変わっていないと思います。変わったのは菌類だけか。ちなみに
マツタケ;真核生物ドメイン→菌界Fungi→担子菌門→真正担子菌綱→ハラタケ目→キシメジ科→キシメジ属→マツタケ(種)
シイタケ;ハラタケ目→キシメジ科(もしくはホウライタケ科)→シイタケ属→シイタケ(種)
酵母(イースト);菌界Fungi→子嚢(しのう)菌門または担子菌門→後はいろいろな属のものがあるみたい。

ドメイン 界より上のドメインに至っては、もっとドラスチックな考えの変化がある。上で説明した生物はすべて真核生物ドメインの生き物だ。ということは、残りは細菌の仲間だ。ドメインは大きく3つ分かれる。真正細菌、古細菌、真核生物だ。真核生物だけがコラーゲンという物質で細胞同士をつなぎ合わせることに成功して、多細胞生物を形づくることに成功。真正細菌というのは聞くのも嫌な病原菌の仲間が多い。でも生き物の体の中で役に立っている細菌(腸内細菌等)も多いのであまり邪険にしてもいけない。この3つのドメインの中で今後最も注目されるのは古細菌である。古細菌は、温泉の硫黄に満ちた高温環境とか、極端に塩分が多く他の生物がすめない環境とか、深海の熱水鉱床の周りとか、今まで我々の住んでいる環境とは無縁の場所で細々を生命を維持している特殊な生き物と思われており、今まであまり研究の対象にはなっていなかった。古細菌の名前の通り、過去の遺物のように思われていたのだが、よく考えてみると彼らの住んでいる環境は、生命が生まれた当時の環境に近く、彼らの存在は、進化の脇道どころが進化のメインストリート。しかも、遺伝子的には、真正細菌よりも真核生物により近縁らしいといわれるようになってきている。古細菌のあるものが、真正細菌を捕食して、その遺伝子を取り込み真核生物が誕生したという仮説だ。生命の起源についてはまだまだ解明までの道は遠いみたいだが、ますます面白くなりそうですね。

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【追記】

ネアンデルタール人は、氷河時代にほぼヨーロッパ全域で生息していたようだ。アジアでは、これに変わるものとしてデニソワ人などが発見されているがまだ詳しいことは分かっていないようだ。一見環境にも適応し、遺伝子的にも現生人類として知られるクロマニヨン人と変わらないのに、何故後からやってきた少数派のクロマニヨン人たちに取って代わられたのか、詳細な点はいまだに謎に包まれている。
ネアンデスタール人  また、アジアではもっと早い時期に北京原人やジャワ原人などの化石も発見されているが、その後どうなってしまったのでしょうか。 ネアンデルタール人;真核生物ドメイン→動物界→脊椎動物門→哺乳綱→霊長目→ヒト科→ヒト属→種;ホモ・サピエンス→亜種;ホモ・サピエンス・ネアンデルタレンシス ネアンデルタール人の遺伝子は少しだが現代人にも受け継がれていて同じ人類として多少の交配もあったようです。一方、北京原人やジャワ原人は種がホモ・エレクトス・エレクトスになっている。

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遺伝子の意志

遺伝を考えるうえで遺伝子の役割が急に大きくなっていきました。遺伝子は生命の設計図。遺伝子の上にはA、T、C、Gの4つの文字だけを使ってすべての情報が書き込まれている。3文字で一つの情報、これをコドンといいます。3文字で1つの意味を持つので、1つのコドンで64通りの意味を持たせることが可能です。 この仕組みはコンピュータのしくみと全く同じです。コンピュータは0と1しか識別しませんが、これを6文字で1つの意味を持つとすると、26=64通りの意味を持たせることが可能です。4つの文字はDNA鎖上の塩基の種類(A、T、C、G)に対応しており、通常、1つのコドンは1つのアミノ酸を表します。コドンの連なりはアミノ酸の連なりに対応し、アミノ酸の連なりが一つのタンパク質を決定します。生物に必要なアミノ酸は20種類知られており、遺伝子のコドンの数ははるかに多いので、アミノ酸の生成以外にもっと重要な役割があるのではないかと考えられますが、今のところまだよく分かっていないようです。
ドメイン ドメイン
 遺伝子は何故か、2重螺旋構造となっており、AとT、CとGがペアーとなって2本がつながっている。生物の設計図と言う役割だけなら本来1本あれば十分なはず。この2本あるということが、生物の性の起源であることは明らかでしょう。DNAが半分に分かれて1本がメスから1本がオスから、合わせて2本となって新しい遺伝子が出来るわけです。 もし、遺伝子のコピーが正確で基(もと)と同じなら、遺伝子は全く変わらず、生物の進化は起こらないはず。ということは、DNAの構造は、初めから突然変異による組換えが自然界で頻繁に生じることを前提に作られているということでしょう。性の分化ということは、突然変異の結果を効率良く次世代に伝える仕組みということですね。環境が変化するごとに遺伝子の組換えが生じ、生物が適応して進化していく。遺伝子は環境情報を素早く取り込み学習しながら地球上のいろいろな生物の遺伝子を組換え進化を促しながら、生命全体としてのサバイバルを図っている。地球上の生命は、植物も動物も人間もすべて、DNAという化合物の意志の通りに進化して、その命令の通りに生きている存在なのかもしれません。地球全体が一つの生命体。これはガイアの思想と一脈通じるものがありますね。

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【遺伝子の解読】

ゲノム解析技術の進歩で、いろいろな生物の遺伝子の塩基配列はかなり解析されてきています。遺伝子の解析は、言語学者が言葉を解析するのに良く似ています。DNAはデオキシリボ核酸という化学物質です。長い紐(ひも)状につながって染色体という構造を作り上げています。ヒトのDNAには、約2万2千個の遺伝子があるといわれていますが、それ以外の大部分は「遺伝子でない部分」です。これらの遺伝子各々が単独であるいは複数の組合せで遺伝情報を発現することが分かってきています。遺伝情報の集まりをゲノムと称するようです。だから、遺伝情報は言語でいえば単語あるいは句や節のようなもの。単語を形づくる文字はコドンでしょう。遺伝子は細胞毎に発現したり眠ったままだったり。全体を理解するには文法や修辞法などの理解が必要でしょう。コドンのつながりとしての遺伝情報は、RNAにコピーされ、対応するアミノ酸(20種類)を並び替えて、タンパク質を作ります。タンパク質は、体や細胞の中で酵素やホルモンや組織の一部となって色々な役割を果たします。だから、生物全体から見るとタンパク質そのものが単語みたいなものかも。ゲノムの世界はまだまだ奥が深いようだ。

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顕生代とは

顕生代(けんせいだい、Phanerozoic eon)とは、地質時代の区分のひとつで、先カンブリア時代の終わりから現在までのこと、すなわち約5億4200万年前から現在までの期間をさす。「肉眼で見える生物が生息している時代」という意味だが、実際には三葉虫などの生物化石が多数産出し始めるカンブリア紀以後を指す。顕生代は古生代、中生代、新生代(現代も含む)を全部含むが、地球の歴史46億年と比べると高々1割チョトしかない。つまり、地球という惑星で目に見える形の生物が存在している期間は極めてわずかしかない。古生代、中生代、新生代と生物の進化は面白いが、実はその前に40億年以上の先カンブリア時代と言う壮大な長い歴史があるんですね。
顕生代
先カンブリア時代は冥王代・始生代(太古代)・原生代の3つの累代に分けられるとのことであるが、40億年くらい前には、すでに最初の生命は誕生していたらしい。ただ、化石による証明も難しい時代、実態の解明はまだまだのようです。
顕生代
先カンブリア時代は冥王代・始生代(太古代)・原生代の3つの累代に分けられるとのことであるが、40億年くらい前には、すでに最初の生命は誕生していたらしい。ただ、化石による証明も難しい時代、実態の解明はまだまだのようです。

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新生代とは

新生代(英語: Cenozoic era)とは、現在我々が生きている時代。約6,500万年前に巨大隕石が地球上に落下し、沢山の生命が絶滅した5大インパクトの最後の絶滅が終わって、地球上の生態系の再構成が進行中の時代だ。地球の歴史46億年から見ると6500万年というのは1/71程度のごくごく短い時間。陸上では恐竜、海中ではアンモナイトと海生爬虫類が絶滅した後、哺乳類と鳥類が繁栄しつつあることが特徴だ。
>新生代
新生代は、第四紀・新第三紀・古第三紀の3つの紀に区分されるとのこと。また、新第三紀と古第三紀を合わせた地質時代を、非公式な用語として第三紀と呼ぶ(四があるんなら三も欲しいから)。
しかし、新生代の時代区分(世)の名前は、とても覚えにくい。とりあえず、先頭のもしだけ並べてみよう。暁、始、漸/ 中、鮮/ 更、完となる。
地球環境の特徴としては、中生代の初めに分裂した超大陸の移動がかなり進む。大陸の分布が大幅に変わってくる。当然気候も変化する。特に注目すべきはインド大陸がアジア大陸に衝突し巨大なヒマラヤ山脈が生成されたこと。隆起しつつあるヒマラヤ山脈では高山に対する激しい浸食による岩石の風化が継続している。また、約350万年前に南北アメリカ大陸の間にパナマ地峡ができて、大西洋と太平洋が分離される。
新350万年前に南北アメリカ大陸の間にパナマ地峡ができて、大西洋と太平洋が分離された。
中生代の地球環境は温暖であったが、新生代に入ると地球は寒冷化。南極大陸に氷床が発達し氷河期に入る。従って、現在も氷河期。本当に温暖化なんて問題なのかね。動物は、新生代の始まりであるK-T境界(白亜紀―第三紀の堺)を境に中生代に栄えた大型爬虫類の多くが絶滅し、地上は哺乳類と鳥類の適応分散が始まる。植物では中生代白亜紀に生まれた被子植物(それまでの地球は花も実もない世界だったのか)が全世界に広がる。
古第三紀(暁新世、始新世、漸新世)
約6500万年前~約2300万年前
気候は温暖であった白亜紀半ば以後徐々に低温化。約3400万年前の始新世と漸新世の境界時代に南極大陸に巨大な氷床が形成された。これ以後が現在も続いている新生代後期氷河時代である。
新第三紀(中新世、鮮新世)
約2300万年前~約258万8千年前
新第三紀は次の第四紀との境界は議論が多く、現在のところ約258万8千年前までとされている。古第三紀に隆起し始めたアルプス山脈やヒマラヤ山脈が新第三紀には高山なる。特に雨量の多いヒマラヤ山脈では激しい浸食が起こって大量のカルシウム塩が海に供給される。このカルシウム塩が効果的に二酸化炭素を吸収したため大気中の二酸化炭素量が史上最低のレベルまで低下した。ということは、現在盛んに議論されている温暖化対策はCO2を削減するだけでなく、カルシウム塩の循環を研究しないといけないようだ。約1200万年前から更に寒冷化が進行し約350万年前には北半球にも氷冠が形成される。
新第三紀前半の中新世には、現代の哺乳類のほぼすべてのグループが出現。また種の数や個体数も現在よりも多かったらしい。樹上生活の真猿類の中から類人猿が出現。偶蹄類の適応放散が進みイノシシ、ラクダ、シカ、ウシ、キリンがオーストラリアと南アメリカを除く世界中に広がった。長鼻類のマストドンも現在のゾウの分布よりはるかに広い範囲に生息した。食肉類はイヌ、ネコ、イタチ、クマがそろった他、アシカ、アザラシ、セイウチなどが生まれた。この真獣類の繁栄は新第三紀後半の鮮新世にも続き、ほぼ現在見られる動物と同じタイプの生物が勢ぞろい。約350万年前にパナマ地峡ができて、それまで他の大陸から離れていた南アメリカ大陸と北アメリカ大陸がつながる。それまで南アメリカで繁栄していた有袋類はオポッサムを例外として北アメリカからやってきた真獣類との生存競争に負けて姿を消す。
植物界では約700万年前に新しい光合成システムを持つ植物が現れる。光合成はシアノバクテリア以来カルビン回路と呼ばれる合成方法が唯一のものであったが、低濃度の二酸化炭素を効率よく利用できるC4型光合成を有するトウモロコシやサトウキビが生まれる。つまり、生態系のとってはCO2が少ないことの方が問題なのかもね。
第四紀(更新世、完新世) 約258万8千年前(約260万年前)~現在
第四紀は北米やヨーロッパの大部分が氷床に覆われる寒冷な「氷期」と、現在のように比較的温暖な「間氷期」が交互に訪れ、非常に短期間に大きな環境変化が繰り返し起こった時期。最も新しい氷期の最盛期は約1万8000年前であり、平均気温は今より6~7℃低かった。第四紀の氷期と間氷期の推移の周期性を調査したところ、地球の公転軌道の離心率の変化(10万年周期)、自転軸の傾きの変化(4万年周期)、更に自転軸の歳差運動(2.3万年ないし1,8万年周期)と一致することがわかった。これらの変化によって北緯55°から北緯65°の地域における夏の日射量が減ったことが氷期が始まるきっかけとなっている。この氷期と間氷期の周期性はこれを数学的計算によって予言した科学者にちなんでミランコビッチ・サイクルと呼ばれている。第四紀は、人類の時代とされる。でも、第四期なんて地球の歴史からは、高々、1/1,800程度、地球の歴史を1年に見立てた地球カレンダーでは大みそかの夜寝る前ぐらいなものだ。更に驚くべきことは、現在我々が生きている完新世が始まるのは、1万年ぐらい前から。日本では縄文時代が始まったころだ。それまではすべて更新世に属する事柄だ。

ラミダス猿人;人類は樹上生活していた霊長類のうち、アフリカに住んでいた類人猿から派生。約440万年前(新第三紀鮮新世)のエジプトの地層から類人猿と分かれて直立二足歩行したラミダス猿人の化石が日本の調査隊によって1992-1993年に発掘され、その後ラミダス猿人の亜種は約580万年前までさかのぼることが判明。
アウストラロピテクス;次にアウストラロピテクス(アファール猿人)が登場。化石はエチオピアや南アフリカの約250万年前-350万年前(新第三紀鮮新世)の地層から見つかっているが、骨格化石や足跡の化石から確実に二足歩行していたことが確認された。歩行から開放されたアウストラロピテクスの手は物をつかんだりする以外に、石を加工して石器を作ることができるようになる。アファール猿人から2種の猿人が派生した。硬い植物を食べるために頑丈な顎を発達させた猿人と、肉食による動物性タンパク質の摂取によって脳を発達させ、石器を活用した猿人である。前者は約100万年前にすべて絶滅してしまい、後者の系統のホモ・ハビリス(脳容積は600mlあって、チンパンジーの300-400mlよりはるかに大きい)が現在の人類に続いている。
ホモ・エレクトス;次のホモ・エレクトスは脳容積を850mlに増やし、生存場所もインドネシア(ジャワ原人約20-100万年前)や中国(北京原人約35-50万年前)に拡大。地質時代では第四紀の更新世になっている。ヨーロッパでは少し遅れて約3万-25万年前の地層からネアンデルタール人(今の分類ではホモ・サピエンス)が見つかっている。現生人類のホモ・サピエンスは、ミトコンドリアDNA分析の結果から約20万年前のアフリカで生まれたとされる。ホモ・サピエンスは厳しい氷期の気候にも適応して、世界各地に生存領域を広げていった。
ホモ・サピエンス;ホモ・サピエンスは約10万年前にアフリカを出て中東に達し、北のヨーロッパへ向かったグループと、東に向かったグループに分かれた。東に向かったグループは南アジアを進み、インドネシアの島嶼伝いにオーストラリアに達し(約5-6万年前)。インドから東へ向かったグループは中国を経由してシベリアには約2.5-3.5万年前に到達、更に氷河に覆われたベーリング海峡を渡って約1万2千年前には北アメリカに到達。
集団で効率的に狩りをするホモ・サピエンスは地上で最強の狩猟者であり、多くの動物を狩猟の対象とした。多くの大型動物が約1万年前に絶滅したが、丁度氷期から間氷期に移行する時期に相当し、気温の変化により植生が変わって食物等がなくなって絶滅した種もあるが、人類によって滅ぼされた種もあると見られている。最近数百年間でもドードーやステラーカイギュウなどのように人類によって短期間に狩りつくされた種がある。
第四紀の哺乳類全体の傾向として、新第三紀に比べて種や個体数が減少したことがあげられる。長鼻目は一時オーストラリアを除く全世界に分布したが現在はインドとアフリカに2種を残すのみ、奇蹄類のサイも現生種は5種、同じく奇蹄類のウマ類も種数を大幅に減らした。結局、これらの絶滅した生物たちは人類が滅ぼしているのかも。

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世界一高い山はエベレストか

 山の高さとはどうやって図るのか。普通の人間の実感では地上から高くそびえたっている威厳のある山。だから、基準となる地上自体が高い位置にあって、そこから少しだけ高くなっている場合は、実感としては高いと感じないですね。
 普通は、平均海水面というものを想定して、そこからの高さを海抜として、そこからの高さで表します。例えば、エベレストは海抜8,848mということで、確かに世界一。普通標高というのは海抜のことらしい。
エベレスト マウナケア火山  でも、でも、ハワイ島のマウナケア火山は、標高4,205mなっているけど、周辺の海底が5,000mの深さなので、海底面からは9,205mの高さがあることになり、エベレストを抜いてしまう。海底からそびえたっている火山の中には他にもエベレストよりも高い山が多いとか。
 平均海水面というのも、結構分かりにくい考えですね。それならいっそ、地球の中心から高さを測れば良いのでは。ところが、地球は一見目で見たところ完全な球ですが、実は赤道方向の方が南北方向よりも大きい、回転楕円体という形をしています。自転の遠心力で赤道付近が膨らんでいるのです。だから、この地球の中心から高さを測る方法では、ランキングの上位に来るのは赤道付近の山々が多くなります。No.1は南米エクアドルのチンボラソ山(6,310m)。エベレストは31番目だそうだ。当然このような高さの定義は我々の実感とはあまりにもかけ離れているので採用される可能性はないでしょう。
 なお、地球の半径は、赤道半径の実測値は、6378136.6±0.1 m、極半径は、約 6356.775 km で、赤道半径のほうが極半径よりも約 21.4 km も大きいということだ。しかし、紙の上にコンパスで約6.4cmの円を地球(半径を6400kmとして)として、その上にエベレストを描いてもその高さは0.1mm以下だ。遠くから見ると地球は基本的にはすべすべの球であることには変わりない。

地球の歴史・生命の歴史
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テチス海とは

テチス海は、パンゲア大陸の分裂が始まった約2億年前ないし約1億8000万年前から、新生代第三紀まで存在していた海。ローラシア大陸ゴンドワナ大陸に挟まれた海域。現在の地中海周辺から中央アジア・ヒマラヤ・東南アジアにまで広がる。また西側にも広がっておりカリブ海まで達していた。
アルプスやアフリカ大陸で化石の調査をしていたエドアルト・ジュースにより1893年にテチス海の存在が提唱された。名前の由来はギリシア神話の海の女神・テーテュース (Tethys) から来ている。ちなみに海神にはポセイドンとネプチューンがある。
テチス海は、3億9000万年ほど前のデヴォン紀に出現したようだ(古テチス海 (Paleo-Tethys Ocean))。3億6000万年前の石炭紀までに広がり始めた。2億5000万年前のペルム紀と三畳紀にはローラシアとゴンドワナが合体して一つの超大陸「パンゲア」を作る。古テチス海はパンゲア大陸を形成する陸塊に周囲の多くを囲まれた内海となる。
パンゲア超大陸は約2億年前ないし約1億8000万年前に南のゴンドワナ大陸と北のローラシア大陸へと再度分裂し始め、古テチス海と連結する形で新たなテチス海が誕生する。
その後、ゴンドワナ大陸からアフリカ大陸とインド大陸(現在のインド亜大陸またはインド半島)が切り離されて北上。インド大陸とユーラシア大陸が衝突してヒマラヤ山脈を形成する。アフリカ大陸とユーラシア大陸が接近して、テチス海は消滅。カスピ海、黒海、アラル海はテチス海の名残とも考えられている。 テチス海が存在した当時、テチス海は赤道上にあり、赤道上には海流を妨げるものがなかった。したがって地球の自転の影響で、赤道上を自転とは反対方向に流れる赤道海流がテチス海を通っていたと考えられている。この赤道海流は地球の気候や気象条件に大きな影響を与え、現在より温暖な時代であったと推定されている。
テチス海が存在した当時、温暖な気候の下で植物プランクトンが大いに繁殖し多くの死骸が海底に降り積もり、さらにその上に土砂が堆積し、大陸の接近により陸地化し、現代の中東地区の石油に変化したとされる。
大陸移動説やプレート理論により、ずいぶん色々なことが分かってきた。地球自体が一つの生命体(ガイヤの概念)で日々成長しているんですね。
注1). ポセイドン(Poseidon): ギリシア神話の海と地震を司る神。オリュンポス十二神の一柱で、最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇る。
注2). ネプチューン(Neptune):ローマ神話の神でポセイドンに相当。
注3). テーテュース(Tethys): ギリシア神話の海の女神なのだが、ポセイドン関係は。ギリシア神話の世界も複雑で結構ややこしい。
注3).古生代は、カンブリア、オルドビス、シルル、デボン、石炭、二畳紀と6つの紀が続く。その後の中生代は、三畳、ジュラ、白亜紀だ。
注4).新生代:白亜紀以降は新生代。新生代は第三紀と第四紀。何故か一と二が無い。

地球の歴史・生命の歴史
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スノーボールアース

46億年の地球の歴史において、地球全体が氷に覆われた時代があったらしい。それも2回も(それ以上との説も)。スノーボールアース(Snowball Earth、全球凍結)、とは、地球全体が赤道付近も含め完全に氷床や海氷に覆われた状態。とても信じがたい説ですが、色々な証拠からどうもこれが地球の歴史の本当の姿らしい。
①原生代初期のヒューロニアン氷河時代(約24億5000万年前~約22億年前)
②原生代末期のスターチアン氷河時代およびマリノニアン氷河時代(約7億3000万年前~約6億3500万年前)
に、地球表面全体が凍結するほどの激しい氷河時代が存在したという考え方が地球史の研究者の間で主流となりつつある。1992年にカリフォルニア工科大学のジョー・カーシュヴィンク教授がアイデアとして専門誌に発表したのが発端。現在では、どうもこの仮説は色々な証拠からもっともらしいと考えられている。
注目するべき点は、それまで「ありえない」と考えられてきた「全球凍結」という壮絶な環境変動が実際に起こったらしいこと。それが原因となって原生生物の大量絶滅とそれに続く跳躍的な生物進化をもたらしたとされること。たとえば酸素呼吸をする生物の誕生や、エディアカラ生物群と呼ばれる多細胞生物の出現などがスノーボールアース・イベントと密接に関わっていると考えらる。
スノーボールアース仮説では、地球が完全に凍結したとしても再び温暖な環境を取り戻す過程を提示した。それまでの見方は、地球は一度凍結したら解凍できないという見方が主流だった。解凍できるなら地球史上にスノーボールアース状態が存在する可能性が出てくる。凍結から脱する要素として火山活動に由来する二酸化炭素などの温室効果ガスの蓄積が挙げられた。
一度凍結したら解凍できないという考えの根拠は、地球表面のアルベド(反射能)の観点がある。アルベドとは要は熱収支のバランス。氷で覆われた地表は、太陽の光エネルギーを反射してしまうので、もらう熱よりも失う熱の方が多くなり、どんどん寒くなってしまう正のフィードバックが作用してしまうと言われる。逆に、北極や南極の氷が溶けはじめると露出する地表が増え、アルベドが減少し、みるみるうちに温暖化してしまうのだそうだ。
現在の地球に見られるような液体の海は大気中の二酸化炭素を吸収するため、大気中の温暖化ガスの濃度はある程度に抑えられ温室効果による温度上昇も抑制される。しかし、全球凍結状態では海が凍り付いてしまうので、二酸化炭素は吸収できず、火山から放出された二酸化炭素大気中に蓄積する。このため、二酸化炭素の濃度は約2000年間かけて最終的に現在の400倍程度に達したとされる。その大きな温室効果が大気の温度を最大で 100 ℃ 近く上昇、結果として平均気温は 40 ℃ 程度まで上昇(最初は-60℃ということか)。氷床が溶けだし、全球凍結状態を脱出したと考えられている。また生物についても、凍結しなかった深海底(氷は水に浮く)や火山周辺の地熱地帯のような、一定の温度が保たれる場所で生きながらえてきたと考えられている。

【地表温度を決める要因】
地表は、主に昼に太陽光線が当たって温められる一方で、宇宙空間へ熱エネルギーを放射して冷える。地球の表面温度はこの太陽から受け取るエネルギーと宇宙空間へ放散されてゆくエネルギーのバランスで決まる。
エネルギー源である太陽の明るさについては、太陽の進化モデルによると、太陽系が生まれた46億年前には明るさ現在の約70%しかなく、その後徐々に明るさを増してきたとされている。太陽は現在でも約1億年で1%の割合で明るさを増し続けている。即ち地球の歴史をさかのぼるほど、太陽から受けるエネルギーが少ない。つまり、昔は太陽はもっと暗かった。もちろん、地球の気温は太陽の明るさだけで単純に決まることはなく、昔ほど気温が低かったという訳ではない。
太陽からのエネルギーが少なかった約38億年前においても地球上には液体の海が存在していた証拠があり、現在の地球大気の条件では太陽光が現状の90%に弱まると地球表面は凍結すると予想されて(巨大火山が爆発でもしたらどうなるか)いることを考え合わせると、温室効果など他の要因も地球環境に大きな影響を持っていることがわかる。
メタンや二酸化炭素などのガスは、地球表面から宇宙へ放射される熱エネルギー量を減らし、結果として気温を上げる働きをする(温室効果ガス)。現在の二酸化炭素濃度は0.04%(400ppm)程度で、それによる温室効果は33℃と考えられる。即ち現在の地表平均気温15℃に対し温室効果が全くない時の予想気温(有効温度)は-18℃(33-18=15)とされている。
地球誕生時には大気中に二酸化炭素が大量に(0.1気圧ないし10気圧相当)存在したとされており、また二酸化炭素より温室効果の高いメタンガスもヒューロニアン氷河時代以前の約30億年前の大気にはかなり存在していたと考えられている。
初期の地球大気に存在していた大量の二酸化炭素は、のちに石灰岩や苦灰石などの炭酸塩岩として大量に地殻に固定されて減少し、また一部は石炭や石油などの化石燃料として大気から除かれてきた。炭酸塩岩や化石燃料に固定されている炭素をすべて解放すると90気圧に相当するが、この量は現在の金星の大気「二酸化炭素主体の90気圧」に匹敵する。
白い氷床は太陽光の反射率(アルベド)が非常に高く、入射した太陽光のエネルギーがそのまま宇宙空間へ流出する。その結果、地表の一定以上の範囲が氷に覆われると寒冷化は急激に加速する。逆の場合も成立し、氷床が減ってゆくと相乗的に気温が上昇する(いずれも正のフィードバック)。スノーボールアースの開始と終了の原因について、温室効果ガスの面からの検証がなされている。

【温室効果ガスが変化する要因】
初期の地球大気に含まれていたメタンは、シアノバクテリアの光合成による酸素が大気中に蓄積され始めた約25億年前ころに、酸化されて空気中から無くなる。上記のように二酸化炭素は現在の大気中に存在する量(0.04%)の30万倍(90気圧相当)が地殻や地表に固定されているが、地質学的尺度でみると、長い時間をかけてプレートテクトニクスによって説明される大きな循環系を形成しており、大気中の二酸化炭素の量は1千万年以上の長い周期で増減している。 つまり、一旦マントルに取り込まれて地下に潜りこんだ二酸化炭素は、火山ガスにより大気中に再度供給されるのだ。
大気中の二酸化炭素は海に吸収され、そこでカルシウムやマグネシウムなどのイオンと結合して方解石(CaCO3)や苦灰石(CaMg(CO3)2)などの炭酸塩鉱物(カーボネート)を生成し、海底に堆積する。海水への金属イオンの供給は大陸の岩石の風化による。
生物の光合成によって二酸化炭素が有機物として固定化される。有機物は生物の死後腐敗作用によって再度二酸化炭素に戻るが、海底に埋まった死骸などは分解されずに固定化する。海底に堆積した炭酸塩鉱物や生物死骸は、プレートの移動によって数千万年後に海溝から地下へ沈み込む。沈み込んだ炭酸塩鉱物や生物死骸は地下の高熱で分解して二酸化炭素に変化し、海溝近くの火山から火山ガスとして再度大気中に放出される。
これはほぼ数千万年を単位とするサイクルであるが、この循環系に大陸の要因が追加される。プレートの沈み込み帯での火山活動によって陸地が形成される。陸上に露出した岩石は海中にあるときに比べて風化の影響を強く受け、その結果海洋へより多くの金属イオンを供給する。大きな大陸が形成された場合は風化される岩石量が増えて金属イオンの供給が増え、結果的に二酸化炭素の固定化が促進される。大陸が赤道付近にある場合も高温による風化の促進で、二酸化炭素の固定が促進される。海底に堆積した炭酸塩鉱物や生物死骸が付加体となって大陸に固定化されると、風化によって溶解されるまで約数億年間かかる。即ち上記の海低堆積岩に比べて非常に長い間二酸化炭素が固定されることになる。

【大陸の存在】
誕生以来、地球の表面の大半は海に覆われ、長い間は大きな陸地が無かったとされている。ところが約27億年前に大規模な火山活動があり大陸が急激に成長した。この大陸が大量に供給した金属イオンによって二酸化炭素が炭酸塩鉱物として固定される様になり、大気中の濃度が大幅に低下し、温室効果が低下した地表は寒冷化して原生代初期のスノーボールアースが始まったともいわれる。
また原生代後期のスノーボールアース時においては、陸地のほとんどが赤道近くに集まり超大陸ロディニアを形成し、そのころ陸地面積が大幅に増えたことが示唆されている。この結果岩石の侵食は増加し、イオン化したカルシウムやマグネシウムを大量に海へ供給した。
さらにロディニアが赤道付近に位置していたことにより、地球が寒冷化しやすい状態にあったという説もある。エネルギー収支の面から言えば、陸地は海よりも熱の反射率が高く(アルベドが大きく)、赤道近くに陸地が多いほど太陽エネルギー吸収の効率を下げる。また、化学的面からいえば、高緯度に陸地があった場合、それが氷に覆われると岩石の侵食が抑制され、金属イオンの海への供給が減少し、結果、炭酸塩鉱物として固定される二酸化炭素が減少して大気中の二酸化炭素が増加して寒冷化の進行を抑える。

【スノーボールアースの推移(仮説)】…NASAによる全球凍結に至る過程のシミュレーション
1.大量の二酸化炭素が地殻に固定され、大気中の二酸化炭素量が低下した。
2.温室効果の減少により地球全体の寒冷化が始まり、極地から次第に氷床が発達していった。氷床が太陽光を反射したため一層の寒冷化を招いた。
3.一度加速した寒冷化は止まらず、最終的に厚さ約1000mにも及ぶ氷床が全地球を覆い、スノーボールアースに至った。この状態は数億年~数千万年続いたとみられる。
4.凍結しなかった深海底や火山周辺の地熱地帯では、わずかながら生命活動が維持されていた。凍結中も火山活動による二酸化炭素の供給は続けられており、大気中の二酸化炭素濃度が高まっていった。地表が凍結している間は岩石の風化も凍結状態だった。
5.大気中の二酸化炭素濃度が一定比率に達すると気温が上昇し、一気に氷床の解凍が始まった。短く見積もった場合には数百年単位で極地以外の氷床が消滅して、気温は約40℃まで上昇したと推定されている。温暖化した気候の影響により大規模な嵐や台風が頻発するようになり、岩石の風化が促進され、大量の金属イオンが海に供給された。また長年堆積していた海の沈殿物が嵐により撹拌され、沈殿物が海の表層部に舞い上がった。
6.大気中の高濃度の二酸化炭素は海中に溶け込み、一部は上記金属イオンと結合して大量の炭酸塩岩を海底に沈殿させた。
7.海の表層部に舞い上がった大量の沈殿物や陸地から供給される栄養塩類が光合成単細胞生物に利用され、光合成を激しく促した。またスノーボールアース以前の光合成生物の酸素放出速度より遥かに速いスピードで酸素が放出されたため、大量の酸素が地球に蓄積していった。
8.スノーボールアース中に極低温により大量絶滅が起こっていた。スノーボールアースの終了後、生き残った生物の適応拡散が起こった。原生代初期のスノーボールアースでは、酸素呼吸をおこなう真核生物の繁栄がはじまった。原生代後期では一部の生物が海中の高濃度の酸素を利用し、細胞接着物質であるコラーゲンを産生することに成功。単細胞間の接合が促進され、多細胞生物が出現するようになった。
原生代後期のスノーボールアースが始まる前(10億年前)の生物界は単細胞生物が主体で、多細胞生物は小形の菌類などがようやく出現し始めた段階であった。しかしスノーボールアースが終了した原生代末のエディアカラ紀(6.2~5.5億年前)には、エディアカラ生物群と呼ばれる大形生物が出現している。大きなものでは長さ1mを超える生物化石がオーストラリア南部のエディアカラ丘陵から産出した。この突然の大形生物出現とスノーボールアースの関係について検討が行われている。なお生物の進化は加速し、その次のカンブリア紀にはバージェス頁岩化石に代表される多様な生物群が生まれた(カンブリア爆発)。

地球の歴史・生命の歴史
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地質時代区分

地球の歴史は約46億年と推定されている。これは太陽系全体の年齢とほぼ同じだ。地球の歴史は今までは主に、地質の研究をもとに積重ねられてきた。つまり、たまたま掘出された比較的大きな化石を元に推定されてきた。
地質時代 地質の研究で最も古い化石は当時、カンブリア時代の三葉虫の化石だった。これが進化論者のダーウィンを最も悩ませたものだったらしい。彼は、生物は単純なものから進化によって次第に複雑なものに変化すると主張していたので、最初の化石生物が三葉虫ではあまりにも複雑すぎる。
現在では、化石の研究も進んで、微生物の化石まで分析できるようになって来ている。カンブリア時代は5.42億年前から始まる。地球の歴史から行くと9割近くの時間が経ってからだ。それより前の時代は一括して先カンブリア時代と呼んでいる。しかし、そんな呼称はそろそろ過去のものに成りつつある。地球の歴史と言いながら、前半の9割近くが空白のままでは羊頭狗肉の感を免れない。
実は、表に見られるようにかなりの所まで、時代区分が出来てきている。ここまで、詳細に時代が区分されているということは、そのもととなる根拠も相当積み重なった来たということだ。

冥王代:
原始地球 まさに、地球が形成せれる時代だ。だいたい46億年前から40億年前までの6億年ぐらいか。次の始生代との境目も明確でない。次から次へと空から新しい物質が降って来る。40億年以上古いと思われる岩石も発見されているが、これらに相当する岩石は月でも発見されている。今後は小惑星からも発見されるかも。
通常地質学で古代の研究を行うには、その時代に作られた地層や岩石を分析して情報を入手し検討する。しかし冥王代については当時の岩石が殆ど入手できない。1970年代までは地球の情報だけしか得られなかったため冥王代における地球の進化は分からなかったが、太陽系内の他の星や隕石を研究することによって実証的な議論ができるようになった。また太陽系の形成や、地球誕生時の状況については理論に基づくシミュレーションが行われている。地球や隕石の年代分析については、放射性元素の分解による生成物を定量して年代を計測する放射年代測定が用いられる。

太古代:
太古代(たいこだい、Archean eon)とは、地質時代の分類のひとつ。40億年前(または38億年前)から25億年前までの間を指す。最初の生命が誕生したと考えられる冥王代の次の時代であり、原核生物から真核単細胞生物が現れるまでで原生代の前の時代。かつては、英語のArcheozoicの直訳から始生代(しせいだい)とも呼ばれていた。

原生代:
原生代(げんせいだい、Proterozoic)とは、地質時代の区分(累代)のひとつ。真核単細胞生物から硬い骨格を持った多細胞生物の化石が多数現れるまでの25億年前〜約5億4,100万年前を指す。元々は、先カンブリア時代以前の全ての時代を指していた。
シアノバクテリアの活動によって大気中に酸素の大放出が始まり、オゾン層ができて紫外線が地表に届かなくなった。また、古細菌類から原始真核生物が分岐し、さらにαプロテオバクテリア(後のミトコンドリア)が共生することで現在の真核生物が成立した。後期には多細胞生物も出現した。なお、この時代2回もスノーボールアースの時代が生じたことも特筆すべきことかも。

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クライオジェニアン

クライオジェニアン紀(Cryogenian)は新原生代の2番目の紀。8億5000万年まえから6億3500万年前までの時代だ。3番目のエディアカラ紀に多細胞の生物が出現する。だからクライオジェニアン紀は、単細胞の生き物が多細胞に進化する準備段階の時代と言うことだろう。
クライオジェニアン紀という名前は、ギリシャ語で「氷」を意味するcryosと「誕生」を意味するgenesisから作られたそうだ。中国語での漢字表記は「成冰纪」(成氷紀)となる。日本でも地質時代の命名は中国語を使う方が理にかなっているようだ。
トニアン紀の終わりからエディアカラ紀の始まりまでの8億5000万〜6億3500万年前に、スターティアン氷期とマリノア氷期の2つの大きな氷河期があった。まさに、これが二回目の全休凍結の時期に相当する。もう一つの第一回目の全休凍結は、原生代初期のヒューロニアン氷河時代(約24億5000万年前~約22億年前)でかなり前のことだ。従って凍結とその解凍の理由、メカニズムもかなり異なっているようだ。
氷期があった証拠は、各地の存在するこの紀特有の氷河堆積物だそうだ。地球はこの時代、周期的に幾度か赤道まで氷河が伸長していたらしい。氷河の痕跡を示す漂礫岩堆積物がコンゴ、サハラ砂漠、オマーン、オーストラリア、中国、北アメリカ、アイルランド、スコットランド、ノルウェー他世界中で見つかっているらしい。漂礫岩堆積物は低緯度だった地域にも発生していたことから、海洋が深くまで凍りついた「スノーボールアース」と呼ばれる現象が起きたと考えられている。
アクリターク(分類不能な微細な生物の化石群)の数は氷河期によって激減し、大気中の酸素は増加したといわれる。非常に低緯度の地域にも氷河があったこと、暖かい水域の堆積物であるはずの石灰岩が氷河堆積物の上下や混在していたりするなど、この氷河期にはいくつかの謎がある。
古地磁気研究によれば大陸移動の率は非常に大きい。基本的に大陸地殻の著しい不均衡は自転軸の方向はそのままに地球を大陸塊が赤道上に来るまで横転させる。これが見かけ上平均より非常に速い大陸移動を引き起こす。
トニアン紀は新原生代の最初の紀で、10億〜8億5000万年前にあたる。現在のところトニアンの期の区分は定義されていない。ギリシャ語で「伸張」を意味するtonasから。中国語の漢字表記では「拉伸纪」(拉伸紀)となる。
トニアンの出来事の中で特徴的なのが超大陸ロディニアの存在とその分裂。これは後の超大陸パンゲアと同様に全ての陸地が一つの集まった時期。これは古地磁気などの科学的調査方法で判明した事実である。ロディニアの周囲には巨大な大洋ミロヴィア海が広がっていたとされる。まるでおとぎの国の世界みたいだ。
顕生代カンブリア紀5億4200万年前~4億8800万年前)以降で、それより前の地質時代は、冥王代、始生代、原生代25億年前~5億4200万年前)となる。その原生代を古原生代、中原生代、新原生代を分ける。新原生代は、トニアン紀、クライオジェニアン紀、エディアカラ紀の三つに分けられる。クライオジェニアン紀に生じた全休凍結現象が、その後の生物の進化に大きな方向性を与えたらしいことが分かってきている。

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恐竜と哺乳類

脊椎動物が陸にあがってくる。時代的にはデボン紀か石炭紀か。水中生活から陸上生活の移るには色々と制約があったはずだ。特にこの変化は環境の酸素濃度と気温が大きく関連しているらしい。
脊椎動物の進化の道筋は、魚類→両生類→爬虫類→哺乳類(鳥類)と言うのが今までの考え方だ。一本道のようだけど、実際にはその都度、分岐がある。つまり、魚類の一部が両生類に、両生類の一部が爬虫類に、爬虫類の一部から哺乳類と鳥類が分岐したということ。
それでは、中生代に大繁栄し陸上を席巻した恐竜は、爬虫類なのか。昔の人達はそう考えた。恐竜(dinosaur)とは「恐ろしいトカゲ」と言うのがもともとの意味だから。
最近の話題では、恐竜の一部が進化して鳥になったというものがある。また、世界各地、特に中国では新種の鳥の先祖の化石が頻繁に発掘されてきている。また、化石の研究からどうも、恐竜自身が爬虫類なのか。どうも現存の爬虫類達とは違って、むしろ鳥類に近いようだと考えられている。

まず、両生類がどのように陸に適応して、爬虫類に進化したのか。両生類は名前の通り、生息域は陸と水中の両方で、水の無い所では成長できない。両生類は現生動物では、カエル、サンショウウオ、オタマジャクシ、イモリ等がいます。幼生期には鰓(エラ)で呼吸しますが、成長すると肺で呼吸します。魚類から進化し、初めて陸に上がった動物で、体表は柔らかく、鱗(ウロコ)や毛や羽を持ちません。呼吸の半分以上は、皮膚により呼吸します。尾がある(有尾目)サンショウウオ等と尾がない(無尾目)のカエル(成長すると尾が無くなる)等に分類されますが。すると完全に陸で生活するためには次のような体制の改革が必要になりました。
① 陸で卵を産むことが出来る(羊膜卵)。あるいは胎生に変化する。
② 生まれてからすぐに肺呼吸となる。オタマジャクシの化石もあるらしい。大型の凶暴そうな肉食両生類が子供時代はオタマジャクシで過ごしたのでしょうか。呼吸の問題は大きな問題だ。魚でも肺魚なんて進化していたけど。
③ 心臓の構造も進化したようだ。魚では1心房1心室、心臓から送り出された血液は総て鰓へ送り出されて、鰓で酸素を取り入れた新鮮な血液を全身に送る。これでは効率が悪いのか。両生類では2心房1心室に進化し、鳥類と哺乳類では2心房2心室。爬虫類はこの過渡的段階で心室がまだ完全に2つに成りきっていないようだ。
④ 歩行の方法も工夫がいる。両手両足が体の側面に張り出していると体を捩りながらお腹を受けた状態で歩行することに。トカゲやワニはいまだにこの歩き方。歩行が苦手なので餌を捕まえるのは基本的には待ち伏せ方式だ。

エリオプス ヒロノムス
左は両生類のエリオプス。外見は恐ろしそうだ。右はごく初期の爬虫類ヒロノムス。せいぜい10cm位の大きさ。

卵については、陸上生物のご先祖様はどうも羊膜という方式を発明して、卵の周りを更に炭酸カルシウムで保護する方式を採用して進化して来たようだ。他に胎生と方式もあるがどのように使い分けてきたのもう少し調査が必要だ。産み落とされた卵は呼吸する必要がある。炭酸カルシウムの殻は乾燥対策には有効だが、多少の空気孔が必要で、空気孔が多いと乾燥を防げないというジレンマがある。ところが古生代の後期は空中の酸素濃度が非常に高い時期でこの時期の進化には妨げにならなかったようだ。 親の方の呼吸に関しては、酸素濃度の非常に高い環境が肺呼吸への進化を比較的容易に動かしたようだ。肺呼吸で空気から酸素を取り入れるのと、水中で溶存酸素を鰓で取り入れるのとを比べ、どちらがどのぐらい効率が良いのかは調べてみたいとは思います。
【心臓の進化】
心臓の進化
血液は、心房から入って心室から出て行く。心房と心室の間には血液が逆流しないように弁がある。心室は丈夫な筋肉で出来ていて脈動ポンプで血液を送り出す。
何はともあれ、石炭紀前期が終わるころには新しく生まれた爬虫類は、大きな三つのグループA~Cに枝分かれして、それぞれが独立した分類群になってしまいます。
A:哺乳類に進化していくグループ
B:カメ類に進化しているグループ
C: 別の爬虫類になっていくグループ
この三つの系統は簡単に区別する方法がある。頭の骨(頭蓋骨)に側頭窓と呼ばれる穴がどうなっているかだ。穴が開いてないのが無弓類Bでカメの祖先だ。穴が1個開いているのが単弓類Aと言って哺乳類の祖先だ。穴が2個開いているのが双弓類C。これは残り全部と言うか、恐竜、鳥類、ワニ類、トカゲ類、蛇類、魚竜、首長竜や翼竜もそうか。三弓類とか四弓類とは無いようだ。穴の数でその後の進化の運命が決まってしまうなんてなんか不合理な気もするんですが。どうも穴の数が機能に影響したというより、分岐した結果たまたまそうなったということなのでしょうが。無弓類BついてはCの2つ穴が塞がって亡くなったように見える可能性も指摘されており、古生代に繁栄する(ペルム紀の大絶滅まで続く)のはAの哺乳類タイプだったということ。
この三系統とも酸素濃度が高い時期に同時に出現したようです。何故か、三つ目の双弓類Cは酸素濃度が低くなるまで多様化や特殊化が全く進んでいない。大体全長20cm程度のまま大人しくトカゲのような生活をしていたようだ。一方の無弓類は、別の特別な進化を成し遂げる。
古生代に適応放散していくのは、Aの哺乳類型爬虫類で、盤竜類とそれに続く獣弓類とよばれる種。盤竜類の代表としては、大型の肉食獣のディメトロドンや植物食のエダフォサウルスが有名。背中に帆をつけたユニークな形をしている。帆に日光を浴びて代謝を活発にしたのか。まだ、変温性だったのではないかと想定されている。獣弓類からは、最終的にキノドン類が発生し、これがペルム紀の大絶滅を生き残り、三畳紀には哺乳類へと進化したと考えられている。
ディメトロドン ディメトロドン エダフォサウルス
上の3つの絵は、左二つがディメトロドン、一番右がエダフォサウルス。外見は良く似ている。化石の専門家は歯を見れば何を食べていたかはだいたい見当がつくという。
イノストランケビア キノドン類 キノドン類
左はペルム紀に絶滅するイノストランケビア、右二つは三畳紀まで生き残るキノドンの仲間。

実は、石炭紀の高酸素状態は徐々に逆の低酸素環境へと変わりつつあり、キノドン類は当初の盤竜類の爬虫類達を比べると、相当小型化している。つまり、「大気の酸素濃度と個体の体の大きさはほぼ比例」の関係があるらしい。

恐竜の先祖に当たる、双弓類達も三畳紀にはまだ小型のまま。でもこの時代に双弓類達は低酸素の環境にうまく適応して、次のジュラ紀での大繁栄の基礎を作る。
何と言っても、ポイントは呼吸効率のアップ。鳥も恐竜も気嚢という肺呼吸を補助する器官を発達させる。空気の薄い高山や高空でも平気で飛び回れるのはこの気嚢の機能が大切だ。
二足歩行も、呼吸に対する重力の影響を軽減するため。だから恐竜は最初から二足歩行、鳥と同じだ。 酸素濃度が回復してくると、恐竜たちはイッキに適応放散し、地球上に広がるようになる。低酸素で多くの生き物が絶滅した後なのでニッチが広がっていたから。中生代の陸上は正に恐竜王国となったわけだ。
でも、哺乳類の先祖たちはやられっぱなしだったわけではない。低酸素の環境を乗り切るため、色々な機能を進化させてきたのだが、最大の工夫は体を小さくすることだった。恐竜たちの住めないニッチを開拓し、少ない食料で個体の数を増やすことで対抗できる。同じ戦略は昆虫達も取っている。 地球の歴史を見れば、必ず環境の大変動が生じ、大量絶滅が繰り返し生じている。白亜紀末の大絶滅の跡、恐竜王国は滅び、今は哺乳類(昆虫)の王国。
白亜紀末の大絶滅が無ければ、今頃は知的恐竜が地球を支配していたかも。あるいは、ペルム紀の大絶滅が無ければ、人類とは別のもっと賢い哺乳類が地球を支配していたかも知れない。歴史にもしもは無い。たとえ、偶然の出来事から生じたことでも後戻りはできないのだ。

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化学的風化作用

石灰(せっかい)とは、生石灰(酸化カルシウム、CaO)または消石灰(水酸化カルシウム、Ca(OH)2)のこと。炭酸カルシウム(CaCO3)やカルシウム(Ca)を指すこともある。消石灰は生石灰を水で消和(このような作業を消和と称する)してつくり、炭酸カルシウムは消石灰と二酸化炭素が反応してできる。「いしばい」ともいう。古代から貴重な材料だった。
石灰岩は炭酸カルシウムで出来ている。石灰石(貝殻・珊瑚を含む)を焼いて石灰(CaO)を作るための釜を、石灰窯といい古代エジプトで既に発明されており、今でもモルタル、漆喰、セメントの原料になっている。
小学校かあるいは中学校の理科の実験で、水酸化カルシウムの溶液に、息を吹き込み白濁させる実験がある。これは二酸化炭素があることを確かめる実験だ。
まず、生石灰に水をかけて消石灰の水溶液を作る。これは発熱反応なので結構危険だ。必ず大人がついていないといけない。水は一機に入れて沸騰させないようにしないと。水を沢山いれると消石灰は水に溶けて透明な上澄みができるので、これを実験に利用する。
    CaO+H2O→Ca(OH)2+発熱…(1)
さあ、この水酸化カルシウムの水溶液にCO2をストローで吹き込もう。
    Ca(OH)2+CO2→CaCO3+H2O…(2)
ここで、出来る炭酸カルシウム(CaCO3)は水に溶けないので透明な液は白く濁る。「皆さんこれで息の中には炭酸ガスが含まれていることが分かりますね??
でも、あらあらCO2をずっと吹き続けていると液はまた透明になって来る。
    CaCO3+CO2+H2O←→Ca(HCO3)2…(3)
この右側のできた物質は炭酸水素カルシウム(Ca(HCO3)2)といい、こちらは水に溶ける。
    Ca(HCO3)2←→Ca2++2HCO3-…(4)
(3)の反応は、どちらの矢印の方向にも進む。だから鍾乳洞の中では、石灰岩が溶かされたり結晶したりを繰返して、鍾乳石や石筍が作られるわけです。
雨が降って、炭酸ガスが水に溶かされたものが炭酸。
    CO2+H2O←→H2CO3…(4)
だから、炭酸飲料水の瓶を振ればCO2はいくらでも作ることが出来る。自然の雨は空気中の炭酸ガスを溶かしているので若干の酸性だ。だから雨が降れば石灰岩は溶かされて、最終的には海に流される。これが化学的風化の原理的な説明だ。石灰岩以外の岩石も化学式はもっと複雑でしょうが、このような風化が常に起こっているらしい。海に行ったCO2はどうなるのか。微生物の殻となって、微生物が死んだあと最終的に炭酸カルシウムとして海底に沈んでくれれば、空気中からCO2をどんどん除去してくれるのだけど、この反応は(3)式で分かるようにどちら側への進む反応なので、海面から逆に放出されるCO2もあるだろう。しかし、全体として相当な量のCO2が化学的風化によって大気中から除去されていると推定されているようだ。
更に、これに加えて海面では植物性プランクトンによる光合成によるCO2の除去も加算される。海でのCO2の除去は、陸上の全植物によるCO2の除去の量に匹敵するものと推定されている。
ところで、地球上の岩石はケイ酸塩鉱物でできたものが多い。このような岩石は一例だが風化作用で、
    CaSiO3+2CO2+H2O→Ca2++2HCO3-+SiO2 …(1)  (ケイ酸塩鉱物の風化作用)
一方、炭酸塩鉱物の場合は先ほど説明した通り、
    CaCO3+CO2+H2O→Ca2++2HCO3-  …(2)   (炭酸塩鉱物の風化作用)
どちらの場合も
    Ca2++2HCO3-→CaCO3+CO2+H2O …(3)   (炭酸塩の沈殿)
珪酸塩鉱物では、風化の際に2モルのCO2を消費し、沈殿の際に1モルのCO2を排出。差し引き1モルのCO2を空気中から除去する。ただし、炭酸塩鉱物では直接的なCO2の増減は無いようだ。でも、化学的風化により大気中の二酸化炭素が除去され、大気中のCO2は短時間で取り除かれてしまうはず。しかし、海洋底に堆積した炭酸塩鉱物(CaCO3)は、プレート運動によって(プレートの沈み込みによって)地下深くに持ち込まれると、高圧高温下で変成作用を受け下のようになる。
    CaCO3+SiO2→ CaSiO3+CO2 …(4)  (珪酸塩鉱物の生成)
つまり、また珪酸塩鉱物の岩石が作られて、このCO2が、火成活動で火山ガスとして大量に出てくる。この量は、人間活動による排出量と比べて桁違いに大きく温室効果ガス抑制対策を難しくしている。
【追記】石灰岩は基本的に生物の化石だ。微生物たちがせっせと細胞の周りに炭酸カルシウムを備蓄して海底に沈んで堆積して行って、圧力を受けて岩となったもの。地球の歴史から見ると炭酸ガスはどんどん減っているのが長期的な変動。今騒がれている地球温暖化とは逆のシナリオだ。炭酸ガスが減ることは光合成をする植物たちにとっては生命の存続にかかわる大事件だ。温暖化の議論は本当は難しい。

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人類の歴史

目次
可笑しな進化論 人の先祖はアフリカ生まれ 人類はマンモスを食して生き延びた 人類は嘘をつく能力で猿から進化したのか
禁断の実とは何だろう オーストラリアの人類史

可笑しな進化論

チャールズ・ダーウィン(Charles Robert Darwin 1809年~1882年)と言えば、誰でも知っている進化論の提唱者。進化論の提唱から今日では生物学者と一般的に見なされる傾向にあるが、自身は存命中に地質学者を名乗っていたそうです。進化論は、西欧社会ではなかなか認められなかったようでダーウィンも大変苦労したようです(晩年の肖像画は10歳以上高齢に見える)。
ダーウィン これが日本の社会なら簡単だったでしょう。「確かに、ヒトとサル、良くにてはりますな。」「うちは熊田だから、きっと先祖は熊だ。猪木さんとこは、猪だね。」「神が自分に似せて人を造った。それは当然だね。人が神を作ったのだから。犬の神様なら当然犬の形さ。」。簡単にブームになってしまうでしょう。仏教では、輪廻思想もあり人と他の動物を厳然と区別する発想はありません。
ところが、西欧社会では人とサルが共通の先祖を持つという概念が頭から拒否されたわけですね。旧約聖書に書いてあることだけが真理。だから、進化論は認めてもらう為に最大の妥協をしてしまいます。進化には一定の方向があり、だんだん高等なものに進化していくという考えです。だから人類は進化の頂点で、万物の霊長と呼ばれるようになったのです。「万物の霊長という地位を神様から頂いた。だから共通のご先祖が猿でも我慢してね。」「自分で自分のこと一番と思っていれば世話ねーよね。かってに神様を造るな。」
ところで、生物は進化してだんだん高等な生物になっていく。ということは、時間を遡れば、最初は単純な生物―例えば細菌のような単細胞。更に遡れば有機物のスープから生物が自然発生したものという考えは自然です。ちょうど、宇宙が膨張していれば、宇宙の始まりがあったはずと同じ考えです(ビッグバンとして認められている)。ところがダーウィンの時代は、化石が十分発見されてなかったのです。当時知られていた一番古いと思われる化石は、カンブリア紀の三葉虫の化石です。三葉虫は、原始の生物としては非常に複雑な体形をしています。生物モデルとしては完成品です。「どこをどう改良したら、人間に変わるんだ。」結局、この問題ダーウィンを死ぬまで悩ませ続けたと言われています。進化のメカニズムが説明出来ていないのです。
 良く言われる「適者生存」説。「環境への適者が生き残る」「生き残っているものを適者という。」結局、何の説明にもなっていないですね。それなのに、「生物は進化してだんだん高等な生物になっていく。」という、仮説だけが独り歩きしてしまいます。何が「進化」とか「高等」とは何かといった定義をスッ飛ばして、まるで数学の定理のような地位を確立してしまいます。植民地時代の、白人優勢主義。ナチスやルーズベルトも信仰していた「優生学」。人種差別の根拠ともされてしまいます。  さらに、マルクスも進化論の信者だったようです。人類の歴史は、原始共産制→王政→封建制→資本主義→社会主義→共産主義と、進化していくと考えたようですね。歴史的必然性等という言葉もあったのでは。マルクスを尊敬している人には申し訳ありませんが。「生物は進化してだんだん高等な生物になっていく。」と言う仮説が誤りであったとしたら、歴史的必然性という概念も非常にあやふやなものになってしまうでしょう。
 ここまで、読まれた方もうお分かりと思うでしょう。進化論が沢山の弱点を持っていることが。まず、論点を整理しましょう。まず、「生物は創世記の祭に神が造った。」。これはまず、化石の存在によって完全に否定されています。アメリカには、未だにキリスト教原理主義者達が高等学校で進化論を教えないように運動していますが。今では、46億年の地球の歴史と生物達の変遷は認知されています。これを進化と言えば、生物が進化してきたことは証明済み。
 でも、逆に化石は今までの進化の考えに対し、反撃も加えてきます。例えば、恐竜の存在。誰が見ても恐竜は時代の適者、1億年も地上を支配します。大隕石の衝突が無ければ今頃は知能恐竜が地球を支配していたのでしょうか。最初に現れたカンブリア紀の動物達、どれも複雑な形をしていて環境にもよく適応しています。しかも何度も繰り返される生物達の大絶滅は、進化というものに神によって決められた方向性が無いのではと思わせるのに十分ですね。
では、生物はどのように進化するのか。環境が変わると、そこに住む生物は少しずつ変異していくことは既にダーウィンによって発見されました。でも、それあくまでも同じ種の範囲内。魚が陸に上がったり、飛べない鳥が少しでも羽根の長い方が生存に有利(そんなわけない)でそのうち飛べるようになった。こんなこと適者生存説では説明しきれません。
生物が進化していくためには、親の遺伝子が子に伝わっていかねばならないですね。ラマルクという学者は、親が努力して獲得した形質は子に伝わると考えました。一方、メンデルの発見した遺伝の法則、遺伝子というもの基本的には変わらないようにできているのです。そこで「獲得形質は遺伝しない。」ということが確認されてしまいます。でも、ラマルクの考えが全くダメかというと、音楽家の家庭では音楽家が出やすいなど、ある程度の集団が獲得形質を共有することでその集団の環境を変える、その結果適者遺伝と適者生存が組合わさってその性質が受け継がれていくようなこともありそうです。
遺伝子が変わらないと、基本的に進化は起こらない。ところが、遺伝子には突然変異と言う現象があることも分かってきました。遺伝子のコピーミスです。コピーミスの結果は、たまには良いことがあっても、たいていは生き残ることが出来ません。しかも、もし突然変異種が生き残っても、メンデルの遺伝の法則に従えば、その突然変異は群れの中で多数派になることは不可能です。つまり適者にはなれないでしょう。
 生物界での適者生存という概念も、修正が必要なようです。アダム・スミスの言うような自由競争。食うものと食われるもの。ちょうど需要(肉食)と供給(供給)の関係が成り立ち、草食動物の数とそれを食べる肉食動物の比率は一定になります。だけと、同じ食料を利用する動物どうしの自由競争は、最後は1種だけの独占になってしまいます。生物世界の多様性は著しく失われます。多様性が失われることは環境の変化に極めて脆弱なことになります。
 適者生存の考え方に異を唱えたのが、今西 錦司(いまにし きんじ、1902年~1992年)等の日本生態学者達。「棲み分け理論」です。生き物たちは、戦う代わりに住む場所を分けあう方を選択するのですね。例えば、ライオンは草原地帯を好み、トラは密林を好めば両者は戦わなくて済みますね。パンダやコアラのように笹やユーカリの葉を食べていれば、他の草食動物と競合することは無くなります。牛や羊もイネ科の硬い葉を食べれるようになったので大繁栄したのです。生き物たちは競争する代わりに常に新しいニッチ(住み場所)を求めて冒険を続けて来ました。人類だって氷河期には大型動物を追ってシベリアを越え、ベーリング海峡を渡って、南米の端まで旅をします。もともとは、一つの種でも違った環境に長くいるとどうも遺伝的な性格までも変わってしまうようです。突然変異の遺伝は、集団の中の成員数が小さくなるほど残りやすくなることが分かっています。つまり、絶滅寸前まで成員数を減らした種ほど新たな形質を獲得しやすいということ。ホモサピエンスの先祖もアフリカで絶滅寸前まで数を減らしたのでしょう。人類のもつ細胞内のミトコンドリアはアフリカの一人の女性イブのそれにたどり着くということも、それを裏付けているようですね。また、歴史を見ても時代を変えるような人物は決して多数派からは生まれませんね。絶滅と進化はどうも紙一重なのでは。
 ところで、草食動物の多くは、腸内に微生物を共生させていることが知られています。哺乳類は、基本的にデンプンは消化できてもセルロースは消化できないことが分かっています。つまり、腸内微生物無でしは、パンダもコアラも牛も生きて行けないのです。牛の子供も生まれた時は、腸内に微生物を持っていません。母親の糞を取りこむことで微生物を確保します。総ての動物達は体内に無数の微生物を宿しています。人でも最近腸内細菌の重要性が脚光を浴びていますね。微生物は数も多く、突然変異の確率も高くなります。これらの微生物が生物の進化を促進している可能性も大いにありうることです。
 最後に、人間の遺伝子は類人猿とくらべてもほとんど変わりません。では、類人猿の遺伝子の数が多いかと言うとそれほどでもない。遺伝子レベルで見ると、人の遺伝子は特に高度に進化している訳でもなんでもない。つまり、哺乳類は遺伝子レベルで見た場合、DNAの塩基が少しずつ違っているだけで、基本的には優劣は無いということでしょう。更に、同じ遺伝子を持っていても異なった環境では異なった作用をするなど、一つの遺伝子が複数の作用をする等、新しい知見もどんどん出て来ています。
以上、進化論で言われている進化と、社会一般の認識の進化とは異なっているようです。社会一般で認識されている進化は、どんどん改良され良くなっていくという希望的観測が含まれているイメージのようです。民主化だのグローバル化だのが歴史的必然の流れなのか、チョト環境が変化しただけの一時的な流れなのか良く考えて見て下さい。

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人の先祖はアフリカ生まれ

人類は、原猿類という小さなリスぐらいの哺乳類が進化をかさねて、約700万年の時間をかけて、現在のホモサピエンスにたどりついた。現在、人とされる種はホモサピエンスだけだが、化石からは20種類以上の人の仲間がいたことが分かってきた。いま、類人猿として生き残っているのは、テナガザル、オランウータン、ゴリラ、チンパンジー、ボノボの5種類だけで、ボノボとホモサピエンスとの遺伝子の違いは1.6%程度、人は第三のチンパンジーとされている。宇宙人が地球に来たら、「地球には3種類のチンパンジーがいる。その一つが文明とかいうものを造り出してどんどん増えて暴走している。」という観察をするんでしょう。化石人達も、チンパンジーと共通の祖先から分かれたので遺伝子的な差は1%以下しかないかも知れません。
ところで、人類が生まれたのはアフリカということがほぼ定説になってきました。世界の他の地域からも骨の化石が発見されるのですが、どの人類もアフリカを起源として他の地域に拡散しているのです。アフリカ大陸は、他の大陸と分離されており、また厳しい環境下で何度も種の絶滅の危機をくぐりぬけてきたため、その都度、進化してようやく今の人が生まれたのです。
我々の先祖のホモサピエンスは、7万年前にアフリカの大地で最終進化を遂げたと推定されています。「人類の大躍進」の時代とされています。生体的な最大の進化は言葉を獲得したことと考えられます。火の使用により、固い食料を噛み砕く必要が減ってことから、声帯を使って自由に音を操る能力を手に入れたのです。この進化は年配者の誤嚥性肺炎などを引き起こすなど決して肉体にとってはプラスの進化ではないはずですが、言葉による意思伝達は人類に革命的な変化を生じさせました。この時期に道具の形が急に複雑になります。集団の規模が拡大します。リーダーの在り方が、力の支配から知恵の支配に変わったのでしょう。話し合いで事を決め、役割分担を行う。この能力を確保した後、我々の先祖はアフリカを出て、全世界に拡散していきまう。大型の哺乳動物を追って、シベリアからアメリカ大陸まで、更には海を越えてオーストラリア大陸まで。 人類の種としての進化の歴史は、この時点で終わりを遂げます。いま世界に暮らしている人々は総てホモサピエンスという1つの種で、その意味では全く対等です。人の体は7万年前と遺伝的には全く変わっていません。つまり、生まれ落ちた時の赤子の能力には全く差がない、違いは後の育った環境に違いだけです。

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人類はマンモスを食して生き延びた

 マンモスは、氷河時代に非常にうまく適応して大繁栄した種です。大きな体で天敵もなさそう。何故突然消えてしまったのか従来から大きな謎でした。ところで人類の祖先のクロマニヨン人、すなわち新人が拡散するのがちょうどこの氷河時代。類人猿にとっては食料にもっとも苦労しそうな時代です。
 今のアフリカだって、ライオンやハイエナはめったなことで、ゾウやサイやキリンを襲うことは考えられません。肉食獣だって命がけの狩りはしません。子供や傷ついたゾウは餌食(えじき)にされたでしょうが。だから人類は、大型の草食動物を狩るという新しい生存のニッチを見つけたのでしょう。つまり、ゾウを食べることが出来たのは人類だけだった訳。世界各地で大型の哺乳類達が一斉に滅んでいきます。
マンモスの骨の  おそらく、人類はこの方法を見つけなければ、氷河時代を乗り切れずに滅んでしまったでしょう。しかし、地上最強の動物達を狩る能力をどのようにして身に着けたのでしょうか。あなたが氷河時代にいたとしてシミュレーションしてみて下さい。考えられる可能性を探ってみましょう。
1.火の利用
人の祖先たちは、火を使うことを既に会得したようです。ネアンデルタール人も火を使った証拠があるとか。火は夜間の行動を可能にします。大型動物達が夜間に休息を取っている時の集団で襲うことはありそうです。また、大量の火は動物達を恐れさせ追い回すこともできそうです。さらには、彼らが草を食べている草原に火を放ったりもしたかもしれません。
2.道具の利用
兵器としては、槍や刀様な接近戦用のものでは役に立たないでしょう。人類はそんなに勇敢なわけはありません。どんなに勇敢な群れのリーダが鼓舞してもマンモスや毛サイの前にやり1本で立ち向かう者などいる訳がありません。当然、飛び道具でしょう。弓矢、投石器など。火矢などもいいかも。しかも大量に生産しないといけません。武器が無くなれば一巻の終わりです。
3.家畜の利用
大型草食獣たちは、食料を確保するために利用するのであって、皆殺しにするのが目的ではありません。そこには、現在の遊牧民と同じで、大型動物達の後を追っかけて移動して行くという生活習慣が出来上がったのかも知れません。生活に必要な分だけ狩れば良いのです。家畜としては犬の利用が考えられます。狩猟の祭に、犬の能力を大いに活用したのかも知れませんね。あるいは、このようなライフスタイルは犬(オオカミ)から教わったのかもしれませんね。
3.言葉の成立
大型草食獣を狩るには、統率のとれた集団行動が必要。オオカミ達は統率のとれた集団行動で狩りを行う。そのような本能が備わっていない人類は、そのために言語によるコミュニケーションを身につけました。人と他の類人猿達との違いは言語を使えるかどうかということのようです。どうも喉の構造が違うようです。年を取って食べ物の誤飲で肺炎になる等ということは他の類人猿達に無いと考えられています。喉の位置が高くなっているため声帯がうまく使えるらしい。言葉の成立が集団の規模を拡大したようです。話し合いの習慣が生まれ、知恵のあるリーダが出てきます。

どうやら、氷河期には人類はこれらの能力を何とか確保していたようです。氷河期には人類と大型動物達は結構、共存共栄でうまくやっていたのかも。しかし、地球が温暖化してきため、大型動物達の生息できる草地が森林に変化してきて、食料が不足してきます。そのため、人類に食べつくされたのかも。人類の方は、雑食のため元の狩猟採集に戻り、木の実や魚など別の食糧を見つけ歴史の新たなステージに入ります。定住化が進みやがて農業がおこなわれるようになります。

【大型哺乳類は何故絶滅したか】
マンモスを始め、大型の哺乳類の多くは何度かの氷河時代を生き延び、大変環境にも適応していました。ところがこれらの大型の哺乳類(大型の飛べない鳥も含まれる)は、ちょうど人類が世界中に拡散するに伴い、急速に絶滅に向かっているのです。
 よく生物の進化で用いられる説明で、捕食者と被捕食者は互いに競いながら進化してきたと。捕食者は被捕食者を食べつくしてしまったら、自分も絶滅するから。でも、このようなバランスが保たれるのは、環境の変化が緩慢で遺伝情報で生物が進化する速度を越えない場合だけ。たいていの場合は、新しい捕食者が現れると既存の生物は絶滅してしまうのが現実のようです。
 大型の草食の哺乳類たちも、体を大きくして、角や蹄などの武器を持ち、群生して互いに協力し合うことで、肉食捕食者の脅威から身を守ってきたわけです。トラもライオンもゾウやサイ、カバ、キリンなどまずは襲いません。シマウマや牛の仲間だって結構危険が伴います。だから、大型の動物たちはみな悠然と草を食(は)んでいて、他の動物が地数いてきても逃げる必要もないわけです。
 そこへ、槍や石斧を持った人類が、ノコノコと親しげに近づいてきて、槍などで急所をグサリ。面白いほど簡単に狩りができた可能性があります。人類がベーリング海峡を越えて南北アメリカ大陸に渡る。さらに別のルートで太平洋の島々やオーストラリア大陸に渡ることで、もともとその地に生息していた大型の哺乳類たちはことごとく絶滅してしまいます。かって、そのような生き物が生息していたことは化石の証拠から明白です。絶滅の原因は今まで不明とされてきましたが、当時の学者達は人類が食べつくしたとは認めたくなかったからでしょう。このような大型の動物たちの絶滅は現在も継続しています。つい最近の例では、ニュージーランドにいた怪鳥モアとマダガスカル島にいたエピオニルスという巨大な飛べない鳥があります。これも天敵のいない島の暮らしに適応して、巨大化して飛べなくなったため、簡単に狩られてしまったためです。
 一日歩き回って、小動物を狩るよりも大型の動物を狩る方がはるかに楽です。最後の1匹を狩りつくすまで狩りは続きます。そうして、人類は新しい狩場を求めて世界中に。拡散していったようです。

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人類は嘘をつく能力で猿から進化したのか

この考えも、「サピエンス全史(著者;ユヴァル・ノア・ハラリ)」からのもの。人類は数百年かけて少しずついまの体型にと進化してきたことが知られている。最後の化石人類として知られているネアンデルタール人は、ほぼ2万数千年前まで現生人類と共存していたとされている。火の使用や石器の製作は確実と見られている。死者を弔う文化があった可能性も指摘されている。また、頭がい骨の形は異なるもの脳の容量も現生人類よりも大きい。ただし、化石の分析から現生人類のように声帯を使って自由に言語を操ることは難しかったらしい。ところがネアンデルタール人やその近縁の人類たちは突然歴史の舞台から消え去ってしまうのだ。現生人類と比べて、環境への適応では特に見劣りの無い我々人類の兄弟たちが忽然と姿を消したのは、ホモ・サピエンスによる大量虐殺だった可能性も無いとは言えない。

ところで、ハラリ氏によると現在の文明を発展させてきたその原動力は、虚構を語り、虚構を共有することが出来たからだといる。「我々は狼神の子孫だ。」「ご先祖様は蛇は神聖な生き物だ。殺したら罰が当たる。」「○○の人達は、不潔で不信心だから殺してもかまわない。」等々、根拠の全くない事柄でも繰返して発声しているうちに仲間内に共有され虚構を共有することで連帯感が生じてくるのだ。群れのリーダーは虚構を紡ぎ、仲間に植え付けることで大集団を率いることが可能になってくる。せいぜい家族単位の集団で生活していた他の人類たちは、いわれのない理由による集団による不意打ちを食らい簡単に滅びて行ったのではないか。

歴史が始まっても、虚構によるいわれなき虐殺や戦争は後を絶たない。旧約聖書では、モーゼに率いられたイスラエルの民は、神に与えられた土地だからと言って、先住民を大虐殺する。ヒットラーは、ユダヤ人は劣等民族だからと言って絶滅を試みる。中世のヨーロッパでは、十字軍による異教徒の弾圧。宗教裁判での魔女狩り(噂や密告だけで証拠は不要)、知識人は反革命的と弾圧を加えた文化大革命等々、枚挙にいとまがない。

さらに、ハラリ氏によると人類の文明のほとんどは虚構の産物だという。資本主義、民主主義、貨幣経済どれも虚構が万人に認められないと成立しないものだ。つまり、虚構といえども価値はあるものです。どこまでが虚構かを良く理解し、賢く対応していくことが必要ですね。 参考文献;サピエンス全史(著者;ユヴァル・ノア・ハラリ)

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禁断の実とは何だろう

旧約聖書でエデンの園で最初の人類が神様の掟を破って食べたとされる禁断の実、食べると知恵がつくと言われる実は何であったのでしょうか。旧約聖書自体がメソポタミア文明のギガルメッシュ叙事詩がもとになっており、その起源はさらに古く農耕が始まる時代まで遡るはずである。
アダムズ・アップル(男性の喉仏)やイチジクの葉(恥ずかしい所を隠す)等の言い伝えから、リンゴの実やイチジクの実などとの考えもあるが、木の実を食べることが神様にエデンの園を追い出されるほどの悪事とは考えられない。メソポタミア地方は世界で最初に本格的な農耕が始まった地域。当然、禁断の実は小麦以外には考えられない。
ドメイン ところで、狩猟民の世界は神の世界である。このことは我が国のアイヌ民族の伝承からも明らかである。熊やオオカミのカムイ(神)の化身であり、狩猟で捕まえた獲物すら神が自分たちに食物を与えるために毛皮を纏って変身してきたものと考えている。つまり、自然と人は一体で、共存すべき存在、つまり神と人が一体で生活していたわけです。狩猟時代の人々も庭に果実の樹を植え家畜を飼うことも行っていました。例えば日本の縄文時代の三内丸山遺跡の大集落も発達していたのですから。
ところが、イネ科の植物小麦は少し性格が異なります。小麦の先祖種と推定されている「ヒトツブコムギ」は、そのままでは食べることは出来ません。野生の小麦は繁殖のために種子を地面にばらまくのでそれを集めて食料にすることはほとんど不可能です。たまたま、わずかな確率で種子が落ちない「非脱粒性」の突然変異が起こることがあるようです。もちろん種子が熟しても地面に落ちなければ自然界では子孫を残すことは不可能です。ところが誰かがこれを発見して利用することを考えつきました。種子が落ちなければ収穫して食料にして、これを撒いて育てていくことも可能です。種子の落ちない非脱粒性突然変異株の発見、これこそが農業の始まりと言えるものです。アジア原産のイネも同様に非脱粒性の突然変異株の発見がキッカケなのでしょう。
しかし、農業生産を始める人達が出て来ると、従来の神々と共存していた人々のあいだに価値観の相違が生じてきます。だいたい、種子の落ちない非脱粒性突然変異株なんていう物自体、植物の神様としても相当な異端児、鬼ですね。食べてはいけないというタブーがあっても不思議はありません。このような経緯から禁断の知恵の実を食べた人たちは、従来の神々の住む共同体から追い出されて独自の共同体を造るようになったのでしょう。 しかし、その後環境の悪化などから食料を備蓄できる農業民が優位になり、従来の狩猟身を駆逐していくようになります。でも、農業は多大の労力を必要とします。だから、昔の狩猟時代の生活はエデンの園に思えるのでしょう。
旧約聖書では、この後カインとアベルの兄弟の話が出て来ます。弟のアベルは、神様に従来通り羊の生贄を捧げますが、兄のカインは農作物を捧げます。神様はカインの捧げものを喜ばなかったので、カインは弟のアベルを逆恨みして殺してしまう話です。非脱粒性の小麦は、種まきから収穫まですべて人の手で行われます。ヒツジは神の分身とも言えますが、小麦は人間の労力の結晶です。当然神に感謝し共に食する意味は失われます。従ってカインの捧げものは神様に拒否されたわけです。農業の発明によって、宗教も変革していくことになるのでしょう。

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オーストラリアの人類史

 オーストラリアは、白人が到来するまでは基本的に他の大陸とは全く孤立して存在していて、アボリジナルと称される人々が石器時代と同じ生活をしていた。 約5万年前、更新世末期のオーストラリア大陸は、現在に比べて海水面が100m以上低かったため、ニューギニア島やタスマニア島を包含していた。また、一方ジャワ島やスマトラ島、ボルネオ島はアジアと地続きになり、スンダランド (Sundaland) の一部を構成していたようだ。だから、両者を分かつ海は現在に比して狭く、航行も比較的容易であったはずだ。
従って、オーストラリア先住民、アボリジナル (aboriginal) 達はこの頃、スンダランドから海を渡ってオーストラリアに到来したらしい。アボリジナルは以前はオーストラロイドに分類される特殊な人々(原始人に近いという偏見があったのだろう)と見られてきたが、遺伝子の分析や頭蓋骨の測定の結果から、広義のモンゴロイドに属するとの見方が定着してきて、オセアニア系モンゴロイドと分類される。南北大陸へ渡った人々とは別ルートで拡散したモンゴロイド、つまり日本人や中国人、ハワイやインドネシアの人たちと同じ先祖から枝分かれしたということだ。さらには従来の「人種」の概念を否定したより新しい人類集団の分類では、ニューギニアのパプア人と同じくサフール人に分類され、広くは従来モンゴロイドとされた東ユーラシア人(東・東南アジア人)及び南北アメリカ人(アメリカ先住民)と共に「環太平洋人」とする新しい学説もある。
アボリジナルアボリジナル・アート        アボリジナルアボリジナル
発見されているオーストラリア最古の人類の化石は、約4万年前のムンゴマンと呼ばれる男性(2014年時点)である。オーストラリアの歴史はアボリジナルの歴史となるが、詳しいことは判っていない。そもそも狩猟採集民は巨大な遺跡を残すことはないからね。発見された人骨や洞穴に描かれた絵画、語り継がれた神話から推し量る以外に復元の方法はない。オーストラリアが歴史の舞台に現れるのは、西洋人との接触の時代まで待たねばならない。 ただ近年、オーストラリア大陸が外界から隔絶された場所だったという認識が強いを覆す研究結果もいくつかある。約4000年前に豪州大陸へと渡った古代のインド人と古代のアボリジニは混血していたという研究結果がある。アボリジニの伝承の中には、ヨーロッパ人来訪以前も、どこからかやってきた黒人や白人たちと交流があったとの話が伝わっており、中東やアフリカからオーストラリア北部を訪れる船乗りがいたと推測する者もいる。2世紀に描かれたプトレマイオスの世界地図が示すように、西洋の人々は古くから、南方に大陸が存在するとの考えを持っていたようであるが、彼らがオセアニアの海域に到来するのはいわゆる大航海時代になってからのことだ。
 アボリジナル達は、孤立した世界にいたとは言え、何故これほどまでに進化を拒否した文明を守り続けたのか。すぐ隣のニューギニアでは、すでに農耕を行っている部族達もいる。その答えは、オーストラリアの極度に厳しい自然環境にあるという。他の大陸と比べても乾燥して雨のほとんど降らないこの地には農耕に適する植物は一つもない。また、家畜として育てられる動物もほとんどいない。たとえ外からの訪問者が農耕の技術を伝えても、それを適応できる作物が不在なのだ。  だから、入植した白人たちも現地で調達したものは、何もない。小麦も羊も牛もすべて外から持ち込んだものだ。今では、農業は南西部の雨が比較的多いところで行われているが、これも井戸を掘り地下水を利用することで初めて可能になった。また、鉱物資源の利用も現代の技術をもってして初めて可能だ。そして、アボリジナル達は、たまたまこの土地に定住した(狩猟採集民なので移動生活かも)ために、現在の生活を強いられているわけだ。決して人種的に能力がなく劣っているという訳ではない。

人類の歴史
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生物の世界

バッタを倒しにアフリカへ バイオエアロゾルとは 藻類とは クジラの進化
海のプランクトン

バッタを倒しにアフリカへ

バッタ博士がバッタの論文を書くため単身アフリカへ。そこでは壮絶な世界が待ち受けていたが、3年後には人間的も大成長を遂げ押しも押されぬ虫博士としての地位を獲得する成功物語。ノンフィクション科学冒険談で著者・前野ウルド浩太郎さん自身の体験談。
まず、先ずは前野博士が単身アフリカに渡るキッカケから。日本では大学院で博士号を取得したのち数年間、自分で職を見つけて働く口を探さねばならない。昔なら大学院を卒業後、大学の助手になる道もあったが、現在では博士の数が多くなり、国の研究機関や大学には収まりきれない。一般の企業では、博士の需要は学問分野にもよるだろうがそんなに多くないので、一般の企業に入ることは学問への道をあきらめることに通じる。このことは「ポスドク」問題として知られているようだ。欧米諸国では、博士たちを有効に活用する社会システムが整っているが、日本は、その面で大幅に遅れているようだ。
前野博士は、子供時代に読んだ「ファーブルの昆虫記」にあこがれ虫一筋に研究してきた人。アフリカ行を決心したのもユニークな論文を書き就職の審査に通ること。ここで論文が書けなければ研究者への道を断念しないといけないと決死の覚悟のアフリカ行き。
サバクトビバッタ ところで博士の研究テーマは、昆虫の中のバッタ、そのバッタの中でも「サバクトビバッタ」。ほとんどこれ一筋。このバッタは古代から「神の罰」と言われるほど恐れられており、数年に一度大発生して農作物から草木の葉までおよそ緑のものをことごとく食い尽くす恐ろしい代物(しろもの)です。蝗害(こうがい)という言葉もあり、中国にもあったのか。このバッタは2つの形態を持ち、常時は孤独相という形で比較的おとなしく棲息しているのに、密生して発生すると群生相言う形態に変化する。はじめはこの二つは全く別の種と思われていたのだが、1921年ロシアの昆虫学者が、棲息密度が混み合うと相変異することを突き止めたという。左の写真では、上が孤独相で保護色の緑色をしているが下は黒っぽい色になっている。本来は同じ種のバッタだ。
因みに、バッタとイナゴは相変異(そうへんい)するか否かで区別するのが国際的ルールらしい。相変異するのがバッタ(Locust)、しないのがイナゴ(Grasshopper)だそうだ。となると、日本のショウリョウバッタ、オンブバッタなどは相変異しないのでイナゴの仲間となる。サバクトビバッタの研究は、日本ではあまり知られていないが、ヨーロッパ諸国では相当な研究がおこなわれている。しかし、ほとんどは室内研究で現地調査はあまり行われていないらしいということが着目点。しかし、それでだけ困難もあるというわけ。
そこで博士が選んだ国、サハラ砂漠の最西端の国モーリタニア。英語の通じない国で、公用語のアラビア語もフランス語も分からないまま入国する。当然失敗の連続、また、期待したバッタの大発生も無い(コンなこと期待してはいけないね)。とうとう準備した資金も枯渇した時に、自分自身を相変異をすることを決める。論文を一時棚上げし、広報活動を始めるのだ。国内のサポーターに広くアピールする。子供たちはもちろん大人でもバッタが大好きな人沢山いるんですね。これが大成功し、なんとか研究を続けることができ、日本での研究者の地位も確保する。でも、ここまで来るまでに本当に沢山の人々の支援があったんですね。特に、最後まで暖かく支援を惜しまなかった、モーリタニア国の研究所ババ所長さんの功績は感動ものです。ウルドの称号はババ所長が前野氏が現地で活動しやすいように与えたものだそうです。バッタの駆除は、日本の外務省もモーリタニア国との外交上の重要テーマと認めてくれたようです。さらなる前進が期待出来ますね。
【バッタを倒しにアフリカへ;前野ウルド浩太郎著、光文社新書】
ショウリョウバッタ オンブバッタオンブバッタ

【追記1】
専門家というものどうしても視野が狭くなりがち、研究者というものだって社会の一員としてやっている以上、自分の研究を社会に役立ててもらわないと存在価値がない。出世競争だけに目がくらむと何処かで行き詰る。前野博士も自らの相変異を見事に成し遂げ、日本を代表する立派な学者に成長したですね。相変異をした後のこれを支えてくれた人たちの活躍も大したもの。でも、研究の目的はトビバッタの大発生の仕組みの研究、なんとか食い止めたい現地の人々の心と裏腹に、大発生を心待ちしているのは頂けない気もしますね。
【追記2】
相変異があるのはバッタだけだろうか。進化の歴史の中の秘密として他の生物、もちろん人間も含めて組込まれているのでは無いか。人の心にも「個人相」と「大衆相」があるぞ。個人相の時の人間は、個性を互いに尊重し、自由を愛し、色々なことを自分の頭で理解しようとするが、大衆相の人間は「一致団結」とか「一億〇〇」等の威勢の良い掛け声や、国やマスコミの強いリーダーシップを求め、自分の頭で考えることを嫌い他人の出来合いの意見を尊重し、社会の他の構成員にもそれを強要する(本当は自分が洗脳されていることに気がつかない)ようになる。経済が停滞し、社会が不安なるとファシズム(集団主義)が台頭してくるのは、こうした理由がありそうだ。人の場合「大衆相」は、往々にして自滅への道を取ることが多いので、気を付けて社会を観察してください。

地球の歴史・生命の歴史
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生物の世界

藻類とは

藻類(そうるい)
みなさんは「藻(も)」と聞くと何を想像しますか? 川底で揺れる川藻のたぐい、あるいは水槽に入れる小さな水藻かもしれません。しかし、藻の仲間は私たちが想像する以上に多彩です。単細胞のクロレラみたいな小さいものも、昆布やワカメみたいな大きな海藻もも全部藻類です。
生物系統樹 つまり、藻類とは光合成をする生物からコケ植物、シダ植物、種子植物(裸子植物、被子植物)を除いた生物全部。つまり、分類学から言えばその他大勢。だから、藻類という言葉の中には極めて多種多様な生き物が含まれていた訳です。
昔は生物と言えば、動物と植物との2分法。動物は自分で動き回り(動けないものもいるのに)従属栄養で、植物は光合成を行う。でも、遺伝子解析が進み系統分類法が整理されてくると、全く異なった生物の進化系統が見えてきました。今小学校では、キノコなどの菌類は動物でも植物でもない全く別のグループとされています。そのうち藻類も植物ではないと、仲間外れになりそうです。それじゃーあんたは何なのさ?
最近注目されている、「ミドリムシ(ユーグレナ)」は、緑色の色素を持ち光合成を行うのに、2本の鞭毛をもって泳ぎ回る。「あなたは一体動物なの植物なの。」、実際は、今まで想定されていた動物でも植物で菌類でもない。最近の系統図を見て下さい。
生物系統樹 この図で気がつくのは、動物も陸上植物も菌類も多種多様な生物の中のほんの一部です。残りの大部分がいわゆる「藻類」ということでしょう。大型の海藻や淡水藻を除けば大部分は単細胞生物です。
ここでもう一度、生物の進化を復習して見ましょう。地球上で最初に現れるのが古細菌の仲間。その後真正細菌が登場し、その中で藍藻(シアノバクテリア)が酸素放出する型の光合成を開始します。酸素は当時の他の生命にとっては猛烈に有毒。古細菌の一部は、真正細菌を自分の体の中に取り込むことで共生を図ります。このようにして真核生物が誕生したと言われています。この合体の仕方は色々な方法が試行錯誤されたようで、その結果多種多様な生物が存在しているようです。

地球の歴史・生命の歴史
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生物の世界

バイオエアロゾルとは

エアロゾルとは大気中に漂う微粒子のこと。一般にはこれら微小な砂粒のような鉱物粒子のように考えられてきたが、実際にはこれらの微粒子にはカビや菌類の胞子など生命由来のものも多く含まれているという。地球の生命は地上や海水中だけでなく、大深度の地下や超深海等今までの想定を超えて広がっていることが分かってきている。大気中にも色々な微生物が存在しており、地球環境にも多大な影響を与えている可能性があるというので驚きだ。
地上に降る雨は、上空で微小なエアロゾルを核として水滴や氷の粒を形成して雲を造り、これが雨や雪を降らす基となっていることは分かっている。しかし、雲ができる詳細なメカニズムはまだ解明されていないのだそうだ。以下の話はNHKのサイエンスZEROで紹介された話。こういうまじめな研究にはもっと注目が集まってもいいと思うのですが。
【世界屈指の空飛ぶ微生物ハンター】
冒頭の画面。6月末。梅雨時のジメジメした森の中に、その研究者はいた。落ち葉の中から見つけた小さなキノコをつまむと、茶色い粉が吹き出した。「これや!バイオエアロゾルや!」。お目当ては、きのこそのものではなく、吹き出す粉、胞子。「キノコの胞子が空に浮かび、雨を降らしているかもしれないんです。」
胞子を見ながらうれしそうにそう説明してくれたのは、金沢大学の牧輝弥さん。キノコの胞子のような、微生物の研究を行っている。この研究が将来天気予報にも大いに活躍するかもしれないのだ。バイオエアロゾルとは、空気中を漂う微生物やその死骸、体の一部など、生き物に由来する小さな粒子のこと。特に胞子と呼ばれる微小粒子が大きな役割を持っているようだ。
サンプルテスト 金沢大学の研究室を訪ねると、薄暗い部屋の片隅にあった大量の容器を見せてくれた。中には、黒や白、ピンク色の綿のようなものが。これらはすべて、牧さんが空気中から採取したバイオエアロゾル。カビやキノコの胞子などの真菌や、バクテリアといった、微生物だ。
もともと水中の微生物で、環境や健康への影響を調べていた牧さん。バイオエアロゾルとの出会いは、10年前におこなった黄砂の観測。「栄養が少なく、微生物はほとんどいないとされていた上空でとった黄砂の砂粒に、微生物がいたんです。それが衝撃的で、不思議で、調べてみたいと思いました。」。以来、気球やヘリコプターまで使って、400種類以上ものバイオエアロゾルを集めてきた牧さんは、世界屈指の「空の微生物学者」だ。牧さんがとらえた微生物の中には、なんと納豆菌も。地元の業者と協力して、実際に納豆を作り販売もしているというから驚きだ。上空3000mで取った菌で作ったからか、空のようにさわやかで、クセのない味になり、好評だとか。「さわやか納豆」ですか、売れるかもね。

しかし、空に漂う微生物が、天気とどんな関係があるのだろうか。なぜ雨が降るのか-身近な雲のナゾ解明に一歩前進!?私たちは、牧さんの実験を見せてもらうことにした。牧さんが持ってきたのは、バイオエアロゾルを入れた液体。これを、冷却装置で少しずつ冷やしながら、凍るのを観察するという。「-4℃から始めよう...-5℃、-6℃...-8℃。だめか」。気にしているのは、凍る温度。これこそが、天気との関係を示す手がかりだ。私たちの頭の上に浮かぶ雲。あの雲が、どうやってできるのか。実はその問いには、科学者たちもまだ完全には答えられない。そもそも、白く見えている雲は、水蒸気が集まった「水の粒」と「氷の粒」の集まり。これらに重要なのが、バイオエアロゾルのような空気に浮かぶ微粒子だ。微粒子のまわりに水蒸気が集まり氷になると、蒸発しにくくなり粒として存在できるようになるからだ。つまり、均一な空気で微粒子がなければ雲が生成されず、雨が降らないということだ。
【犯人を絞り込め】
雲のできる高さ しかし、この雲の粒を作る微粒子には、大きなナゾがある。砂の粒など無機物の微粒子は、-15℃という低温で、氷の粒を作ることがわかっている。ところが、空気の温度が-15℃よりも高い場所でも、雲は発生しているのだ。-15℃の気温はかなり上空だけど、実際の雨雲はもっと高温の高度の低いところで発生している。ではいったい、鉱物よりも高い温度で凍り、雨を降らせる雲の粒になっているのはいったい何なのか。その候補となっているのが、バイオエアロゾルだ。地上では、すでにおよそ-5℃で凍る微生物が見つかっている。牧さんは、空にもそうした、-15℃よりも高い温度で凍る微生物がいるはずで、それこそが雲を作り、雨を降らせていると考えている。もしこれが突き止められれば、気象予測をより正確にするために必要な、雲のメカニズムが解き明かせることになる。
今回の実験では、幸運にも、牧さんも驚きの発見に立ち会うことができた。「うわ、もう凍り始めた!こいつ、ホンモノですよ」冷却装置の示す温度は、なんと-7℃。能登半島の上空3000mで採取したものだった。その後、温度や湿度などを、より空の環境に近い状態にして再度実験。それでもやはり、-15℃よりも高い温度が示された。「もしかしたらこれが、上空で雲を作るのに働いていたかもしれないです」。雨を降らすバイオエアロゾルの候補の手がかりをつかんだ牧さん。さらに詳しい正体を、DNAから調べていく予定だ。
【不思議な"糸"が示す バイオエアロゾルの発生源】
牧さんは並行して、バイオエアロゾルがどこから来るのか、明らかにしようとしている。雨を降らせるバイオエアロゾルが、どこから来て、どこにどのくらい飛んでいくのか分かれば、どこに雨が降るのか、どのくらい降るのか、予測が可能になるかもしれないからだ。
茨城県の筑波実験植物園で行われた調査に同行した。今回、バイオエアロゾルの採取を行ったのは、森林内の地上付近と、そこに面した、上空約20mの建物の屋上、そしてヘリで向かった、森の上空500m。3つの高度でとれたバイオエアロゾルに、手がかりがないか探そうというものだ。3日間にわたる調査で採取したサンプルを、顕微鏡で観察した牧さん。ここでも驚きの、新たな発見があった。「なんじゃこりゃ。こんなもんとれてますよ。いままで見たことないやつが」
菌糸 そこに映っていたのは、小さな青白い粒から出た、細長い糸のようなもの。菌の体の一部、菌糸だ。上空500mのサンプルで見つけた菌糸。なんと、上空約20m、そして地上でも、似た形の菌糸が取れていた。「森の中の、菌糸を伸ばした微生物が飛んでいるんです。確実ですよ」。3つの高さで同じ種類と思われる微生物が見つかったということ、それは地上から、少なくとも上空500mまでは、空に向かって微生物が飛んでいる可能性があるということだ。
今回、「雲となり雨を降らせるバイオエアロゾル」、「バイオエアロゾルの発生源」、この二つを明らかにする大きな手がかりを見つけた牧さん。これからおこなわれるという、より詳しい分析で、さらに雨を降らせるバイオエアロゾルの正体に近づけると考えている。 「あまたいる微生物の、ほんの一部分を調べたに過ぎません。きっと世界にもまれに見る成果が上がってくると信じています。」
微生物学者の、気象の謎への挑戦はまだまだ続く。牧さんの研究が、私たちの生活を変える日が来るのが楽しみだ。
なお、森の中の微生物は、森の中の薄暗く湿った環境が大好きだ。菌糸を飛ばせて雨を降らせることで森の環境を向上させ子孫の繁栄を図っているとしたら。生命の環境への適応力は大変なものだ。地球の歴史を見れば分かる通り、生命は環境に適応するだけでなく環境を作り変える役割も果たしているのです。

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クジラの進化

クジラは変わった哺乳類だ。昔は、魚の仲間としていた人たちも多かったようだ。でも、古代ギリシャのアリストテレスはその著書『動物の発生』の中で、クジラ類は鰓呼吸ではなく空気呼吸(潮吹き)をすること、クジラ類は胎生であり授乳をすることなどから、人類や陸上哺乳類とともにクジラ類を胎生動物(現在の哺乳類に相当)という分類群にチャンと収めている。
哺乳類のご先祖は、古生代に一部の魚が陸上に進出して、両生類、爬虫類と進化して、陸上に適応して来たのに、クジラ類は4足歩行する哺乳類を先祖として、淡水の浅瀬から深海へと全く逆の進化をして、海の生態系の頂点に登りついたわけだ。しかし、クジラ類の起源と進化史は哺乳類進化史上の大きな謎とされてきて、最近ようやくその進化の道筋が分かりかけてきたらしい。
菌糸 6500万年前に、恐竜を始め、海の生物たちも大絶滅。インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突する少し前、その間にはテチス海という海があった。1980年代以降、その周辺の地域(パキスタン等)からさまざまな進化段階のクジラ類の化石が見つかり、初期のクジラ類の進化史が解明されたということらしい。その結果、クジラ類の祖先は陸生の原始的な”偶蹄類”であること、クジラ類に最も近縁な陸上哺乳類はカバであること、分岐分類学ではクジラ類は”偶蹄類”の中の一系統に過ぎないことが判明した。だから、現在はかつての偶蹄類とクジラ類のすべてを包括した概念として、鯨偶蹄類という分類名を用いる必要があるらしいが、クジラとラクダではあまりにも外見が異なるので同じ分類に属すると言われても面喰いますね。
クジラの祖先たちの復元図を示します。興味深いのは、最初期の有蹄動物の祖先は少なくとも一部が肉食ないし腐食性であったらしいこと。彼らから分化した"偶蹄類"や奇蹄目はその後の進化の過程の中で完全な植物食動物へと変貌を遂げ、本来の肉食動物的特徴を失う。対照的に、現在でもクジラ類は肉食動物(プランクトン食、魚食性のものも含む)であり、肉食動物としての特徴を多く残している。これは、クジラ類が海中で恒温動物として生きていくためには、栄養価の高い動物質の餌のほうが好都合であるためと考えられている。陸上でのクジラの先祖たちは、それほど目立って巨大な存在ではないのに、現在では史上最大の動物として巨大化の進化をとげ、海生動物として大成功を遂げた種と言えそうだ。その進化の速度は、著しく速い。当然環境への適応の結果であるので、何がこのような進化を生み出したの地球環境との関係を調べることが大切なことだ。
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海のプランクトン

陸上の植物は大きな木や、地表を一面に覆う草たちで、淡水に棲む単細胞の藻などは極めてわき役的な存在でしかない。実際、我々が発生するCO2の半分はこれらの大きな植物に吸収されているようだ。では残りの半分は?こちらの半分は海で吸収されているという。 キートケロス属 海の主役は?海は地表の3/4を占める。しかし、光合成は海の表面でしか行えない。まあ、これは陸地でも同じ。海は平均では、深さ3000m程度あるが、太陽光はせいぜい200m程度まで。光合成を行う、一次生産者と言われる植物プランクトンは、単細胞のまま進化し、海面を浮遊する道を選択したということだ。光の届かない深海では、背の高い昆布もワカメも育たない。海面を漂う小さなプランクトン(たいていは単細胞)だけが生存可能だ。海での生物の進化を解明していくためには、どうも単細胞の藻類たちを研究していくことが大事なようだ。ところが、藻類に関する我々に知識は異常に乏しい。
キートケロス属 藻類とは、
藻類とはで示したように。藻類とは何かについてもまだ解明が済んだわけではない。進化の系統図を見てもらえば分かるように、藻類の分類は陸上の植物や動物達とは全く異なった進化を歩んで来たらしい。  海と陸をつなぐ進化論(講談社Blue Back;著者=須藤斎)は面白い視点を提供してくれている。著者は、珪藻の研究をしているかた。そもそも珪藻とは何か。珪藻とはいわゆる単細胞の植物プランクトンで、海の光合成を担っている3大生物(珪藻、円柱藻、渦鞭毛藻)の一つ。海底の堆積物をボーリングしてサンプルを取り出し、顕微鏡でその種類や数、変遷を調べるのが彼の日課のようだ。彼の専門の珪藻も小さな生物だ。0.01~0.03mmぐらい。それでも珪酸(シリカ)でできた硬い殻を有していて、殻の形も実に複雑。珪藻は、上にあげた藻類の分類ではストラメノパイル (Stramenopiles)と言うところに位置している。と言っても良く分からない。この珪藻の一種で、キートケロス属と言う仲間がいる。この珪藻とクジラが共進化してきたというのが須藤氏のスケールの大きな仮説だ。 生物の進化は地球環境の変化に応じて変化する。特にプレートの移動による大陸の移動は地球環境に大きな影響を与える。新生代に入って地球は寒冷化する。南極北極が氷に覆われる。海流の循環が変化する。キートケロス属という珪藻は、休眠胞子と言うものを作って、深海底の底で数か月~数年眠っていることが可能な種だ。こんなことが可能な藻類は他にない。だからこの時代、時折生じる湧昇流にのって、表層に上がって来て爆発的に発生する。この時深層の養分も同時に巻き上げられる。するとこれを餌にするオキアミ等の動物プランクトンも大発生。結果としてクジラ類も急に進化した。珪藻(キートケロス属)の繁栄がクジラ類を繁栄させた可能性がある。
オキアミ 一方、陸に目を移すと大森林がなくなり草地が増える。草地で特に進化したのがイネ科の植物。イネ科の植物は体に珪酸(シリカ)を蓄える。元は地中に沢山あるのか。この硬くて食べにくい草を食べることで進化したのが、牛と馬とか。これらの植物の遺体や動物の糞などが大量に海に流れ込む。珪藻は自分の殻をシリカから作らねばならない。結果として珪藻類が繁栄したのかも。人類だってイネ科の植物(小麦、稲、トウモロコシ)のおかげで発展したのだから、そのもとは大陸の移動だったという壮大な話。でも、この話かなり真実味があるでしょう。そういう仮説が無いと何故、クジラがかくも急激に形を変えて繁栄したのかが説明がつかないでしょう。風が吹けば桶屋が儲かるという例えに似てなくもないが、今後裏付けとなる証拠が揃って来れば定説となるかもしれませんね。

生物の世界

技術開発のお話

【-こんなもんは要らない????????】

井戸と肥溜め 鉄道の復権 飛行船の復活
ローカル線廃止について ヒマラヤの水資源開発 馬型ロボットの開発
日本は世界5位の農業大国 光力の時代
発動機 人物列伝

井戸と肥溜め

私の子供の頃は、手押しポンプの付いた井戸はどこの家にもありました。また、畑には、あちこちに肥溜めがあって、うっかり落ちたら大変だと思ったものです。農家は.各家庭を回って、トイレから糞尿を回収していました。私の住んでいる東武東上線柳瀬川駅の隣の「みずほ台駅」も、もともとは都心からの糞尿を積んだ列車が止まるために開設されたのが起こりと言われています。江戸時代、化学肥料の無い時代、江戸の町人達の家のトイレから排出される糞尿を金肥と称して、糞尿はとても貴重品だったのです。地球環境が重視される今の時代、江戸~明治に利用されていたこのシステムは、世界に誇るべき素晴らしいものですね。今、採用されれば下水道の負荷も大いに軽減されるでしょう。
     一方、夏の暑いとき冷たい井戸水は美味しいですね。また、消毒のカルキの臭いも無い安全で美味しいと水と考えますが、如何でしょう。しかも開発のコストがかからず、経済的です。地下水は地層という自然のろ過システムを通過してくるで、基本的には品質の良い生活水です。ただ、地下水は地下で広範囲に繋がっていますから、誰かが汚染すれば皆が迷惑を被ります。従って、政府が地下水は危険だということは、当時、産業の発展のためには多少の汚染には目をつむろうという姿勢の現れだったのでしょう。
     いずれにしろ、戦後の日本は、欧米に追付くという数値目標を上げて、下水道、上水道の普及率向上を進めてきました。下水道、上水道の発達のお陰で潤った業界もあります。しかしながら、官指導による画一的な開発は、結局は最適な結果を生まないようです。

技術開発のお話
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鉄道の復権

1964年(昭和39年)に東海道新幹線が東京駅~新大阪駅間に開業したに始まり、山陽、東北、上越、山形と秋田(ともにミニ)、九州、北陸と続いて、やっと北海道新幹線が新函館駅まで2016年(平成28年)に開通した。国家プロジェクトとしては異常に遅いテンポで52年もの歳月がかかっている。リニア新幹線に至っては未だ開業に目途がついていないようだ。
     このような大規模な交通インフラの進展は技術よりも政治の力学で大きく変化する一例である。当時は、鉄道の管轄は運輸省でも、鉄道の敷設から車両の開発まで旧国鉄が自前でやらねばならない。しかも、膨大な数の赤字のローカル線の運営も国からおしつけられてきた。一方の道路は、建設省の管轄で国費または補助金で建設でき、鉄道と比べお金がかかるので地方の土建会社や、雇用の促進の効果もあり地元出身の議員さん達から政治的な圧力をかけることもできた。また、道路を造ることはマイカー販売促進にもなるので政府も積極的に旗振りをしてきたのだろう。新幹線を造ると車の販売にはむしろマイナスとなりますよね。
     一方、世界に目をやれば今高速鉄道は、世界中で引張りダコだ。中国を筆頭に、アメリカ、フランス、韓国、台湾等で高速鉄道が熱く見直されている。開発途上国の大都市はどこも車の渋滞、排気ガスや騒音による公害に悩まされており、また、グローバル競争が進む中、よりコストの安い鉄道に熱い目が向けられるようになって来ている。
リニアモーターカー(和製英語で英語ではMaglev(magnetic levitation)と称されるらしい)は、国鉄の京谷 好泰等が開発した世界に誇れる技術である。日本のMagrevは、超低温超伝導を用いるもので、真空にしたトンネル内を走らせれば、想像を絶する超高速も可能かもしれません。

技術開発のお話
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飛行船の復活

飛行船ツェッペリン

飛行船は、20世紀前半には大西洋横断航路などで旅客運行に従事していましたが、1937年に発生したドイツの「ヒンデンブルク号」の爆発事故を契機に水素利用の飛行船の信頼性が失墜し、航空輸送には用いられなくなっている。しかし、その後も小規模なものではあるが広告宣伝用や大気圏の観測用等として、不燃性のヘリウムガスを利用した飛行船が小規模に使われている。しかしながら、爆発したのが水素ガスだとするなら、ヘリウムガスを充填した飛行船は、問題が無いのではないかとの疑問が生じる。
     ドイツのツェッペリンによって開発されたヒンデンブルク号は、硬式飛行船というもので、従来からよく用いられてきた軟式飛行船(船体そのものが空気を入れる柔軟な袋で出来ている)とは異なり、アルミニウム合金を用い、しっかりした骨格をもった流線形の船体の中にガス袋を収めたもので、高速長時間の飛行を可能にしている。硬式飛行船の優れたもう一点は、大型化を可能にしたことである。飛行機と違って、ツェッペリン飛行船の浮力は寸法の3乗である体積に比例し、また、構造重量は寸法の3乗以下にとどめることができるため、大型であるほど搭載貨物を増大できるとされている。
     このようにしてみると、硬式の飛行船、結構飛行機に代わるものとして使えそうだ。特徴をまとめてみる。

  1. 空中の一点にとどまることができる。飛行機は飛んでないと落ちてしまう。

  2. ヘリコプターは、空中で停止できるがプロペラの揚力を用いているので操縦は難しい。

  3. 飛行船は浮力で浮いているので、スラスターを組合せて、正確な位置保持が出来る。

  4. ヘリウムガスは高価だろうが、圧縮して体積を減らせば良いので、再利用ができる。

  5. 揚力が不要なので目的に応じて機体の形状を自由に設計できる。

  6. 機体を大型化できるので大量の物資を運ぶことが可能。

  7. 滑走路が不要なので大規模な飛行場が不要である。

  8. 低空でアンカーを地上に設置して、係留状態で置いておける。

  9. 揚力が不要で推進力のみ必要なので多分燃料費が安いと思われる。

このような利点を鑑みれば、飛行船利用価値ありそうだ。大規模な建設現場、災害救助等。ただし、今さら航空機会社が新たに開発をする気になるだろうか。さもなければ、開発のプレーヤーになりうるのは誰か。

技術開発のお話
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ヒマラヤの水資源開発

 ヒマラヤ山脈は、インド亜大陸のプレートがユーラシアプレートに衝突してできた世界最大の山脈。このインド亜大陸の東側を流れる大河ガンジス川とブラマプトラ(ツァンポー)川は、夏季のモンスーン時に大量の雨を降らせ、毎年流域に洪水を引き起し、大量の難民を作り出している暴れ川である。特に最下流の国バングラデシュの洪水は、世界的にも有名で国際的な支援活動が必要ですが、上流域のネパールやインドも河川の氾濫で田畑が一面の砂礫に埋もれる等の災害をもたらしています。従って、治水洪水対策が必要ですが、この両大河、治水と言ってもスケールが我が国の河川とは桁違いにスケールが大きく、しかも複数の国にまたがる国際河川でもあるため、河川の管理にあたっても各国の利害の調整も難しく、またインド亜大陸各国の経済レベルから資金的にも難しい状況にあります。

 洪水の対策としては、上流に巨大なダムをつくる以外には無いでしょう。堤防なんか造っても無駄。なんせ雨季と乾季の流量の差が半端でない。堤防ごと流されてしまうのが落ち。巨大なダムを造るには、国際的な支援が必要ですが、ここにも障害が。近年、欧米の環境保護団体がダム建設は環境破壊だとして大騒ぎになります。
 一方、ダム建設は経済的には多大な利益をもたらします。農業では旱魃時に水が利用できます。また、ヒマラヤ地帯は降水量が多いので水力発電にも有利です。ダム1基造るだけで、1,000万kw(我が国に普通の原子力発電10基分)なんていうダムの候補地もいくつかあります。もちろん洪水制御も可能です。国際河川ですから利益の配分をどうするかという問題は残りますが。既に成功している例としては、ブータン国があります。インド資金協力のもと水力発電を開発し、インドに電力を輸出。唯一の外貨獲得手段になっています(農業は自給自足で輸出力無し)。慢性的に電力不足に悩むインドにとっても美味しい話です。因みにインドでは盗電(東電ではない)が有名。勝手に電線から自分の所に電力を引き込む犯罪。

 さて、環境保護団体の言い分。ダムの適地は山の中。文明の主流から外れた少数民族が細々と暮らす地域となっている。また、希少な動植物も残っているだろう。これらの広大な地域がダムにより水没することは避けられない。ダム建設の話でも持ちあがろうものなら環境保護団体が早速現地に赴き少数民族とともに反対運動を盛り上げるというパターンである。場合によっては、札束でこれらの少数民族を反対運動に味方させることも辞さない。この反対運動を盛り上げマスコミを使って世界中にアピールする。本来はダム建設は補償のやり方次第では少数民族にとっても利益はあるはず。少数民族だっていつまでも伝統にしがみついていたい訳でもないはず。ダム建設を中止させたことが環境保護団体の勲章なのでしょうが。

 これって、先進国のエゴでしょう。自分たちはダムを造りたいだけ造ってきた。その幾つかは環境破壊と言える問題を引き起こしたかも知れない。しかし、一方では電力や用水、洪水対策として多大な恩恵を被ってきたはずです。

技術開発のお話
scienceの部屋---はじめに

馬型ロボットの開発

馬型ロボット

旧ソ連邦のカザフスタン、草原の中を舗装された直線の道路が延々と続く。車窓から時々見えるのは草をはむ羊の群れ。ソ連邦は、計画経済を標榜していたが、まさに官僚主導の土建大国であった。今後、砂漠を横断したり、熱帯雨林を切り開いたりして、どんどん道路が造られる可能性がある。しかし、開発のため無人の荒野や森林を破壊することは大規模な環境破壊であり、野生生物の与える影響も甚大である。更に、経済効率の観点からも決して得策ではないでしょう。
馬型ロボット 乗物のために道路や鉄道を造るのでなく、乗物自体を砂漠や草原に対応できるようにすることはどうであろう。ヒントは映画「スターウォーズ」の中にあった。砂漠の中を突き進む戦車は、馬のように歩いているのだ。地球上には、人の住めない荒野は無尽蔵に存在する。馬型のロボットは、そのような地域にもアクセスを提供できる。いい考えだと思っていたら、なんと馬型ロボットを既に米軍が開発している。YouTubeに映像があった。次は、民間ベースで商用化できるかどうかですね。

技術開発のお話
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ローカル線廃止について

今、またJRが赤字ローカル線を廃止する動きが相次いで来ている。昭和62年の国鉄の分割民営化に伴って、かつて全国で多くの赤字ローカル線が廃止されたのに。過疎化する地元の人々のことを考えると心痛む思いである。廃止になったのは民営化したJRの経営問題ですので責めるわけにはいきませんが、国や自治体には何とか対策を考えて欲しいですね。過疎化地域は、高齢化も早く進んでいるので車も運転もままならず、過疎化がますます進んでしまいますね。せっかく敷設した鉄道ももったいない。動力付きのトロッコのようなもの走らせることは出来ないのでしょうか。自動車の車輪を鉄道用に変えるだけで簡単にできそうですが。鉄道ならハンドルも、タイヤも要りません。車体も廃車になったボディを使えそうです。運転も簡単なので必要な人がシェアーして使えば台数も少なくて済みます。でも、あまりにも安くでき過ぎて、また台数も少ないので自動車会社は全く興味を示さないでしょう。退職したボランティア技術者の出番でしょうか。
自転車の例はあるようだ。でも、自転車ではレールの上を走るメリットはあまりないのでは。
レール自転車

技術開発のお話
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日本は世界5位の農業大国

 少し古くなったけど、こんなタイトルの本が出ていました。農水省は、国防強化の口実として食料自給率の強化をうたっています。でも、自給率の算定の根拠は。計算はカロリーベースでしているとのこと。金額ベースに直すと世界5位ぐらいが妥当なのでしょう。どうして金額ベースで計算しないのでしょうか。高級な野菜を作る畑をつぶして、家畜飼料をつくる牧草地に変えたいのでしょうか。昔、シンガポールにいた時のことですが、日本産の食糧は、超高級品。リンゴでも中国産の倍以上。でも売れているのです。
 日本の農家は規模が小さく、貧困で政府の手厚い保護がないと成り立たないというのは、戦前の発想。今では、兼業農家でも平日はサラリーマン、土日の片手間の農業でも都市のサラリーマン層よりも収入は上回っていることが明らかになっています。機械化や科学技術の進歩のお陰です。
 戦前は、確かにコメを輸入しなければならない時期もあったようです。地主勢力は、政府に対し国防を口実として食料の自給を主張し、外米の輸入を阻止のために米の高関税が必要であると要求します。彼らによって「食料自給」という概念は、食料の増産ではなく、輸入の阻止が目的。米の供給が減少したほうが米価は上昇し、地主の利益になるからである。地主だけを悪者にしてはいけない。当時はまだ、都市化が進んでないので、余剰人口を小作として養っていかねばならない事情もあったでしょう。
これは、今日でもJA 農協が、高い関税を維持することによって国内市場を国際市場から隔離したうえで、減反により供給を制限して本来実現する市場価格よりもさらに高い米価を維持しようとしているのと同じ構図です。いまの、兼業農家は戦前の地主と同じですね。でも、農民の総数から行くと、多数派でしょう。日本の農業を発展させるにはむしろ邪魔な政策ですね。
参考文献;日本は世界5位の農業大国、浅川芳裕著、講談社新書

技術開発のお話
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光力の時代

20世紀はエレクトロニクスの世紀だとも言われている。電気は送電線で遠くまで運べるし、電池を使って持ち運びも可能だ。平賀源内がエレキテルで人々を驚かせていた時代は、主に静電気の世界。フランクリンが雷を電気だと証明したのとほぼ同時代。電池が発明されて初めて電気の本格的な研究が花開いたわけ。 21世紀は電力ならぬ光力の時代だと信じて研究している人たちがいる。医療用のレーザーなどは既に実用化されている。また、従来の電気信号に代わって、レーザー信号が光ファイバー・ケーブルを使って情報を伝達する時代になってきている。このオプティカル・パワーを電池のように持ち運び自由にできないかと考えている人たちがいる。電気は電池に蓄えて持ち運びできる。自動車のバッテリー、携帯電話の電源、電池の役割は大きい。
レーザーを発射できる装置と薬品を車やヘリに積んで行けばいい。実用化のためには適切なダウンサイジングとコスト。一方、レーザーは光ファイバーで遠隔地までも送ることも可能なので、発電所ならぬ発光所でレーザー光を造り出し、各家庭に送電ならぬ送光することも考えられる。光コンセントなども必要だが。ただ、一般の素人には電気と違って使うためのノーハウが全く蓄積されていない。光でお茶や風呂を沸かしたりできるのか。あるいは電気でできなかったことが光でできるようになるのか。たとえば、この蓄光システムを災害現場に持っていき、瓦礫を破壊粉砕するのに使えないか、落石などの障害物を直ちに焼き払って下敷きになった人を救うなど。
可能性のあるレーザーの一つは、沃素レーザーがあるという。比較的安価に光ができるという。今後の研究に注目していきたい。

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発動機

発動機と言えば、戦後農村ではよく見かけたのではないだろか。今では、発動機と言っても何のことか分からない若い人が多いと思う。石油を動力とする内燃機関の一種なので、基本的な仕組みは自動車などに使われているエンジンと同じもの。吸気→圧縮→点火爆発→排気の工程を繰返す。発動機は万能エンジンでこれ一つあれば、揚水ポンプを回したり、脱穀等の作業を出来、当時は無くてはならないものだった。効率はガソリン・エンジンと比べると劣るもののコストが圧倒的に安く魅力的な部分も多く、鉄道のSLファンと同じく、結構マニアもいるとか。
発動機 発動機 発動機
子供の頃の思い出。数人のおじさんたちが畑で発動機を作動させている。このエンジンは簡単には始動しない。最初は、丈夫なロープを引っ張り、はずみ車を回す。はずみ車は小さな発電機を連動しており、発電機が回れば連続的に火花が出て気化した石油が爆発する。ロープの引っ張り方が弱いと連続したサイクルが出来ずに途中で止まってしまう。たいていは数回の試行で動き出すので問題は無いが。子供が見ている分にはなかなか楽しそうだ。水田に水を引くときはポンプと発動機の組合せで行う。
発動機 発動機
これが無い時代には足踏みの水車なんていうのもあった。子供が見ている分にはなかなか楽しそうで見応えがある。残して欲しい技術だね。
発動機 発動機 漁船なんかには、他に焼玉エンジン(Hot bulb engine)なんていうのもあったようだ。こちらは球形の中空の鉄の球を事前にバーナーで加熱しておいて発火原にするらしい。このような技術は生物の歴史で言うと進化の中間の生物みたいだ。これらが消えてしまうと進化の歴史が分からなくなってしまうかもしれない。

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人物列伝

からくり儀右衛門 NHK連続テレビ小説『まんぷく』

技術開発のお話
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からくり儀右衛門

文字書き人形

江戸時代末に流行していた「からくり人形」の技術は凄い。からくり儀右衛門とは、田中 久重(たなか ひさしげ;1799年~ 1881年(明治14年)の幼名で、子供のころから「からくり人形」の傑作をたくさん残している。彼の作で現存するからくり人形として有名なものに「弓曳童子」と「文字書き人形」があり、からくり人形の最高傑作といわれている。これらの技術は人型ロボットを作る技術とも重なるもので、機械工学というものも最終的にはこういう技術やアイデアは不可欠なものなのだ。田中 久重は、また、東洋のエジソンといわれるが、肥前国佐賀藩の精煉方に着任したあとは、蒸気機関車の模型、反射炉の設計、蒸気船「電流丸」など実に多くの工学の分野に功績を残している。
弓曳童子 晩年は田中製造所を設立し、これが後に株式会社芝浦製作所、現在の東芝の基礎となる。高い志を持ち、創造のためには自らに妥協を許さなかった久重は、「知識は失敗より学ぶ。事を成就するには、志があり、忍耐があり、勇気があり、失敗があり、その後に、成就があるのである」との言葉を残している。天才といえども常に努力を惜しまなかった人なのでしょう。

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NHK連続テレビ小説『まんぷく』

2018年10月より放送開始の、NHK連続テレビ小説『まんぷく』のモデルとなったのが、「カップヌードル」の生みの親、安藤百福氏だ。ドラマの内容は、実業家の夫・萬平とその妻・福子(ヒロイン)をモデルとする夫婦の成功物語。百福と満腹を語呂合わせしたのかも。
安藤夫妻 安藤 百福(ももふく);1910年(明治43年)~ 2007年(平成19年)、は日本の実業家でインスタントラーメン「チキンラーメン」、カップ麺「カップヌードル」の開発者として世界的にも知られる。日清食品(株)創業者。日本統治時代の台湾出身で、元は呉百福、民族は台湾人ということらしい。敗戦のため1966年(昭和41年)に日本国籍を再取得しなければならなかった。
チキンラーメンの開発のすごいところは、ゼロから独力でスタートして、実験と失敗の繰り返しで開発したこと。すべて自分で考え観察し改良を重ねる。技術開発の手本だ。インスタントラーメン「チキンラーメン」、カップ麺「カップヌードル」とヒット商品を世に送り出してきたが、失敗もある。
1974年7月、日清食品は「カップライス」を発売した。この商品は食糧庁長官から「お湯をかけてすぐに食べられる米の加工食品」の開発を持ちかけられたことがきっかけとなっもの。カップライスを試食した政治家や食糧庁職員の評判はすこぶる高く、マスコミは「奇跡の食品」、「米作農業の救世主」と報道した。「長い経営者人生の中で、これほど褒めそやされたことはなかった」と述懐しているが、価格が「カップライス1個で袋入りのインスタントラーメンが10個買える」といわれるほど高く設定された(原因は米が小麦粉よりもはるかに高価なことにあった)ことがネックとなって消費者に敬遠され、早期撤退を余儀なくされた。安藤は日清食品の資本金の約2倍、年間の利益に相当する30億円を投じてカップライス生産用の設備を整備していたが「30億円を捨てても仕方がない」と覚悟を決めたという。この時の経験について安藤は、「落とし穴は、賛辞の中にある」と述べている。何故か国が技術開発に口を出すとうまく行かない。
日清製粉は宇宙食ラーメン「スペース・ラム」の開発も手掛けている。百福さんが生前に残した言葉、「食足世平」「食創為世」「美健賢食」「食為聖職」の4つが日清食品グループの創業者精神として今でも継承されているそうだ。

技術開発のお話
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哲学・社会学の部屋

町内会の社会学 哲学の復権 進化論について
多数決原理は正しいか 道徳的代数 ロボット
山椒魚戦争 ローマ人の物語から ジャパン・アズ・ナンバーワン
困窮化する若者達 文系人間と理系人間 スロー思考とファスト思考
血液型性格診断 正義と進化論……チンパンジーにも正義がある 現代政治と正義の関係…政治学入門
リベラルとは 全体主義の起源 英国病
日馬富士関の引退 築地→豊洲・移転問題 20〇〇年問題
嫌われる勇気-アドラーの心理学 人は何のために長生きするのか 森友学園の問題
ものづくり 迷走する教育理念1 今学校で起こっている可笑しなこと
迷走する教育理念2 政府閣僚の失言問題 ダイヤモンドの知恵
安全国家 数値目標 思考実験
親権とは ヘイト本 ビザなし交流の訪問団事件

町内会の社会学

 町内会の活動については、少子化が進み、団塊の世代が退職して在宅する等社会の変化に対応して各地で色々な問題が発生しているらしい。私の住んでいる志木ニュータウンを例として今後の町内会のあり方について考察をしてみたい。
 志木ニュータウンは、某ゼネコンが開発した大規模団地でかれこれ40年近くの年月が経過しています。ニュータウン全体は、いくつかのサブエリアに分割されます。筆者が住んでいるのは、中央の森弐番街。ここにも、当初から町内会が設置されていて、筆者も過去2回役員を引き受けたことがあります。町内会の結成には、行政の指導もあったのかもしれません。また、ニュータウン全体として連合町内会がもたれており、各町内会の代表が出席が役員として出席することになっています。町内会の会則は、戦時中の町内会がいわゆる大政翼賛会等に変身して自ら戦争に協力して、結果として我が国国民に多大の辛苦を与えたことの反省からか、非常に民主主義の理念に基づいていて大変うまくまとめられています。それは、町内会会則に極めて要領良く簡潔にまとめられています。

まず、最高意思決定機関として総会が位置づけられています。実際には、町内会員すべてが集まることは不可能ですから、マンションのいくつかの棟毎に役員が選ばれて、役員会が実際の執行機関になる訳です。役員の互選で会長が選ばれますが、過半数の賛成で議事が決定されることになります。役員会で決まったことをもとに会員の協力のもとにいろいろな事柄が実施されていくわけです。役員は一年交代で、総会で次の役員と交代となります。総会も会員が皆集まることはできませんし、議決権のある委任状をもって出席したものと見做すとしています。もちろん大多数の会員は委任状出席となります。会則では、総会は会員の1/2以上の参加をもって成立し、議案(事前に委任状に添付)は、出席者の2/3以上で可決することになっています。議案の中身は、1.前年度の実施事項、2.前年度の会計報告及び監査結果、3.次年度の予算案、4.役員の交代の4項目で、これら4項目を承認するというものです。要するに町内会費を払っている会員が、とりあえずご苦労様でしたと言っているようなものです。済んでしまったことですから、よほどのことが無い限り、議案が承認されるのは当然です。というよりも、出席者(委任状による出席を含む)が過半数あれば、承認されるように既に会則で決められているようです。議案の承認がされれば、役員交代ですから、新役員により総会が開始されることになります。前年度に出された、問題点や課題はここで整理されて、新役員に対する宿題となる訳です。

筆者が、最初に役員になった時は、総会ではほとんど意見も出ないので5~10分程度で終わったように記憶しています。しかし、2回目の役員になった時の最初の総会ではビックリ仰天の世界があった。まず、旧役員の司会者が総会成立を宣言、と言うことは、議案承認は決定事項のはず。ところが、ここで司会者はこれから議案の審議をすると宣言。議案とは言ってもすべては決定済みのことの事後承認でしょう。しかも、そこに実際に出席しているのは新旧役員とごくわずかな一般会員だ。大部分の会員は委任状による出席。更に議案は配布前に十分審議されているはず。審議などしていいはずはない(この点に関しては南の森弐番街の会長も審議は絶対不可だと言っている。)。各議案を長々と読み上げた後、挙手による採決。ゆっくり念入りに人数を数えて、さらに委任状の数を合計して議案は可決としていた。これ全くのインチキ審議でしょう。後は新役員の自己紹介をして、総会は終了となった。この間、しゃべるのはほとんど司会者のみ。会場は、皆押し黙って、妙な雰囲気で、まるで北朝鮮の町内会か戦争中の大政翼賛会かと見間違えるほどである。

 いったいどうして、このような変質が起こったのであろうか。現在このような総会スタイルは、マニュアル化までされていて、役員交代の際にガッチリと引き継がれているようだ。また、会長候補は前年度役員の中から出来レースで選ばれることも常態化してきている。まず、説明の必要の全くない、前年度の実績をあたかも総会の議題のように見せかけ(騙される人も多い)時間をかける真の目的は、会員の自由な意見を封じ込めるためであることは明らかだ。しかしながら、町内会の会長になる人物なら会則を守り、民主的に会を運営するべくモラルを備えているべきであろう。また、会員も会則に違反していると感じたなら、はっきり言うべきであろう。組織全体がモラルハザードに陥っている。

志木ニュータウンもはじめの頃は、入居者はほとんどがサラリーマン。休日を返上しなければならない町内会は、できれば遠慮したい代物。もっとはっきり言って、町内会なんて本当に必要なのでしょうか。マンションの管理組合が必要なのは分かりますが。役員は回り持ちなので一度やるとしばらくは回ってこないのでふだんはあまり関心がないのは当然かもしれませんね。役員会も何をやるのか困ったみたい。志木市から町内会対抗の運動会の案内があれば、参加しようとのことになりますが、結局出席するのは役員ばかり、結局後には運動会への参加は消滅している。

町内会の会員は、典型的なサラリーマン層で、平日は会社人間、土日はゆっくり家サービス、町内会の必要性はほとんど感じてないはずです。ところが、いったん役員、特に会長、副会長等に選ばれると、サラリーマンの習性で、何が何でも頑張ろうとするものが多数現われてくる。町内会の祭り、連合町内会の祭り(これは横並び体質から無碍には断りにくい)、防災訓練、防犯パトロール、その他市主催の行事等、だんだんと業務が増えてきている。さらにこれらの業務がマニュアル化して、役員の引継ぎを通して、前年度の実施事項は次年度の最小限のノルマのように変化していく。このようにして、役員会は会長を中心とした、業務遂行型の組織に変わっていき、会長は、リーダーとして先頭に立って黙々と汗をかいて他の役員を多少強引に引張って行ける人材が求められるようになってくる。役員も黙って、言われたことをしている方が楽で、一度役員をやればしばらくは町内会は無縁のものとなる。

さて、志木ニュータウンも他の団地と同様、段階の世代が退職し、地域のいる時間が長くなってくと、町内会のあり方が変わってくる。また、地域の活性化なども本気で考える人も増えてくる。従って、町内会のあり方も変わってくるのが必然で、会員の親睦団体という町内会本来の役割が最重要になって来る。毎年マンネリ化している祭りなど必要か。NGOやNPO等の団体が企画すれば、ずっと気の利いたものを実施してくれる。なければ会員の有志を募れば済む話だ。防犯パトロールや防災訓練だって役員会の下部組織として常設の組織を立ち上げれば良い。町内会の役員会にはもっと重要な役割があるはずである。多くの役員経験者達は、マニュアル業務だけをやらされて失望していると思う。このようにしてみると、会則を無視してまで、総会での発言を阻止したい役員会の会長を含めた執行部の意向は分かってくる。一般の会員、役員と会長等の考えがずれて来ているのだ。会長は、今までのやり方で滞りなくやりたいのだが、会員のほうは、色々な意見を持っていて、まとめることは大変、もっともっと議論を深めて生きたい。一方会長側は今まで積み重ねてきた業務遂行の時間を奪われてしまうのは我慢できない。一種の既得権益だからそれを無視するような意見は聞きたくない。一般の役員の方はつべこべ言わずにマニュアル通りに業務を実施してくれるだけで良い。

さて、それでは今後どうすれば良いのか。会長側は既に耳栓をした状態ですので、現状を継続していれば、会員の不満は蓄積されて行くでしょう。このままでは、会員数は減少し、崩壊に向かうでしょう。町内会はもともと会員が無関心でやることを探している段階から始まったのですからまずは初心に帰り、できるだけ何もしない。できるだけ、専門委員会を設置し、会員の自主性を重んじて身軽になるのが第一でしょう。それと、会則無視は絶対に許されない。今の総会は総会とは言えません。総会での議案の承認は10分以内で終了する結果発表ですから、後は新役員による自由討論で会員の意見を取り入れていくことです。例え総会の席で一般会員から意見が出ないとしても、それは今まで聞く努力をしていなかった報いもあります。新旧役員が知恵を絞って、今後の問題を話し合うべきです。それと、役員とその他会員との日ごろの接触も大切だと思います。個々の役員は,たとえ持回りで選ばれたとしてもそのエリアの代表であるという前提は変わりません。民主的な運営はまずは、会則の理念にのっとり決められたルールを守ることからはじまるはずです。

哲学・社会学の部屋

哲学の復権

最近、本屋さんで哲学関係の本の売れ行きが良い。哲学なんて「人生如何に生きるべきか。」等アーでもないコーでもないと七面倒な屁理屈を並べ立てて役にも立たないことばかりやっていると思っている方も多いのに。でも、哲学とは何なのでしょうか。何のために必要なのでしょう。多分必要だったので発達してきたのでしょう。

人の先祖達は、どうしていたのでしょう。最初の人類たちは、狩猟採集生活の中で生き延びていくために集団で協力して知恵を絞ってきたのでしょう。野生の動物達に混じって人間は一人で生きていくことは大変困難だったと思います。集団と言っても家族が中心です。高等な哺乳類は生活の知恵を親から教わって身に着けて行きます。特にお年寄りは知恵を代々伝えていく重要な役割が与えられています。そのうち集団が大きくなると語り部等の専門の学者集団も現れてきます。また、人間は他の動物や自然からも色々なことを学んだのでしょう。だから、野生の動物達は皆仲間で一種の神様として尊敬されます。自然まで共同体の一員として尊敬を集めていたのでしょう。人は、何のために生きるのか。共同体につくし、子孫を繁栄させるため。立派な哲学を持っているのだと思います。

農業を始めるようになると事情は変わってきます。最初は住居の周りに果物、野菜の種をまく程度でしたが、イネ科の植物(小麦、米)を育てるようになって農業が大規模単一栽培に代わってきます。森や草地には火をつけられ土地がどんどん囲い込まれていきます。狩猟民族は、野生の動物達を狩り尽くしたりはしません。子供を持った母親は肉食獣でも逃がしてやるようにするでしょう。同じ共同体の仲間と言う意識があるからです。しかし、この時代になると共同体の質が変化して来ます。共同体は囲まれた田畑とその中の住人だけになってしまいます。野生の生き物達は田畑を荒らす外敵として駆除されていきます。共同体の内側の味方と外の敵が明確に2分されてきます。昨日までの仲間の隣人集団も水や資源をめぐって敵対するようになります。
また、リーダの出現とリーダに従う多数のフォローアの分離が進んできます。リーダとその取り巻き達は支配のための虚構を紡ぎだし、宗教が発達して来ます。フォローア達はリーダに盲目的に従うことが美徳とされるようになります。始めは村落規模でしたが互いに競い合ううちに王国と言える規模にまで成長していきます。

都市が発達してくると、色々な職業分化が起こってきます。都市の住民は周辺の農民から農作物を買う代わりに、農作業の道具等や通商を通して手に入れた金属器のような貴重なものも得るようになります。都市の特徴は、職業選択の自由があることです。知識があれば医者や弁護士(法律相談)、家庭教師。場合によっては乞食のような生活だって可能です。
自由があるということは、人は自分の責任で生き方を考えることになり、哲学が生まれてきます。特に古代ギリシャでは哲学が生まれます。そのうちに、ソフィストと呼ばれる弁論術を教える人達が現れ、その行き過ぎた詭弁術を批判し、正しい議論の進め方を提案し推し進めようとした哲人がソクラテスです。互いに推論を出し合い議論によって合意形成していこうとするすぐれた方法で、今でも西欧では議論の基本とされています。ソクラテスは著作を残していないのですが、これを発展させたのが弟子のプラトン。更にアリストテレスによって完成されます。アリストテレスは博学でなんにでも興味を持った人でしたが、本人の意図に反して中世の科学の中心となってしまいます。これを打ち破るのにガリレオなど科学者の登場が必要になって来ます。アリストテレスは、のちに大帝国を打ち立てる開明君主アレキサンダー大王の家庭教師でしたので、ギリシャ文化を世界に広める役割も果たしています。 ソクラテス→プラトン→アリストテレスはいわゆる哲学ですが、他に、自然科学の分野でも多彩な人物が現れます。この時代哲学とは学問の総て。観察して→考えて→仮説をたて→検証する。知の冒険そのものです。例えとして名前だけでも挙げれば、タレス、ピタゴラス、アルキメデス、ヒポクラテス(医学)、デモクリトス(原子論)、ユークリッド(幾何学)等々。 このような動きは、中国でも戦国時代の諸子百家、インドのウパニシャッド哲学や仏教等色々な哲学が生じています。

産業革命以降、資本主義の国々では、多数の労働者階級(サラリーマン)が現れます。農業が中心の世界では、農民は地域の共同体一員として生涯を送ります。農民はリストラで解雇されることは考えていません。ところが労働者と資本家は契約関係なので当然解雇される事態は避けられません。会社とのつながりは給料をくれる人ともらう人だけの関係です。また、多くの労働者は両親のいる土地ではなく都会で一人暮らし。結婚しても核家族となり、夫婦と子供だけの所帯が多くなっています。 さて、こうなると労働者個人としては、共同体への帰属意識はどうなってしまうのでしょうか。家族は大事ですが、家族とのつながりは給料を運んでくれるだけの存在になりかねませんね。会社が総て。これも変です。企業の業績が落ちればいつでもリストラで解雇されます。終身雇用という日本的な考えも高齢化社会では通用しないでしょう。また、労働者は労働した時間で給料をもらうわけですから、労働していない自分の時間は大変貴重です。自由な時間を得るために働いているともいえる訳ですから。自由な時間があるということは実は悩みにタネ。哲学が必要になる訳です。沢山給料をもらって、立派な家に住んで、美味しいものを食べていれば人生幸せか。まして、職を失った場合、自由な時間は沢山あるが、お金がない。パートや派遣で自給を稼いでも生活もカツカツ。何のための人生か。
年金暮らしのお年寄りも、同じように悩みがある。今の年金の仕組みは自分が働いてためた貯金ではないのだそうだ。現役の世代から徴収した掛け金から捻出していることになっているそうだ。つまり、国から生活費を恵んでもらっている乞食生活ということ。では、そこまでして生きている意味は。法的には生存権があるが、哲学的な意味で人生の充実感、満足感は。哲学が必要でしょう。

哲学・社会学の部屋

進化論について

ダーウィンの進化論。進化論は生物の進化だけでなく、社会学、経済学の裏付けとしても結構応用されて来ています。また、一部の原理主義者を除くと、たいていの人に何の疑いもなく受け入れられています。でも、実は生物の進化の原動力は、分かってないことが大変多いのです。今までの進化の概念が間違ったものであれば、今流行している経済学、社会学の根本も大幅に見直す必要が出て来ます。
「適者生存」が、いつの間にか優秀なものが生き残り、その頂点に人類がいる。社会は過去の野蛮な時代から進化して、現在の資本主義、民主主義が最も進んだ政治経済だ。資本主義はいずれ崩壊して、理想の社会主義が実現する。云々。どこかに社会は進化してより高度なものになって行くという思い込みが入り込んでいます。確かに、20世紀の科学技術の進化がこのような思想に拍車をかけたこともあるのでしょう。
でも、実際この地球上で起こってきた生物の進化の実態は。どうも、絶滅と新たな進化は紙一重。次の時代を担うのは、ごく平凡な、あるいは最も不適な生き物だった可能性すらあるのです。
可笑しな進化論

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多数決原理は正しいか

法律や規則がすでにある時は、多数決で決めた結果に優先する。
独裁国家で住民投票すれば、ほぼ100%に近い票で与党が勝ちますね。マスコミも有識者も与党の味方ですから。「見えざる目と耳」が国中に張り巡らされていますから。ギリシャの民主制が成立したころ、ギリシャを視察したローマの元老院は、「多数決原理は衆愚政治」だとしてこの制度を取り入れることを断念します。実際、圧倒的なカリスマ政治家ペリクレスが失脚して以降、アテネはまとまらず凋落の一途を取ります。
フランス革命の精神、自由、平等、博愛の精神。個人の自由まで多数決で奪ってはならない。決定は平等であって、一部の人間を差別してはいけない。互いの意見や立場を尊重し合って、話し合いで落としどころを決めましょう。A案とB案が対立しているなら、A→A’→A"、 B→B’→B"となって、互いに歩み寄り、結果A" =B"となれば良し。どうしても駄目な場合は、多数決。その場合も少数意見も反映することを忘れるな。
幾つかの法律や、憲法は、将来多数の横暴によって少数派の権利が侵害されないための予防措置です。規則を変えることは単純な多数決は馴染みません。時間を掛けた議論が必要です。(2017.10.1)

哲学・社会学の部屋

道徳的代数

道徳的代数

ベンジャミン・フランクリンはアメリカが州国建国の父、極めて多彩な才能と知恵の持ち主で、政治家にして科学者、発明家、アメリカ初の図書館や大学、消防隊を結成し、印刷業も営んでいたといわれる。次の逸話は我々にも応用可能なものでしょう。
 1779年、フランクリンは甥から結婚問題について助言を求められた。その際の答えの返書が以下のものだったそうだ。
「親愛なるジョナサンへ
あまりに仕事が多いうえに、友人たちのせいでたびたび中断しなければならず、少しばかり気分が悪くて、君への返事が遅れてしまった。『中略』モンシュー氏がきみに持ってきたという結婚話については、どう助言していいかわからない。自分の判断にしたがいたまえ。迷っているなら、1枚の紙を用意し、左側の列に賛成の理由すべてを、右側の列には反対の理由をすべて書き出すといい。二、三日よく考えた後、代数の問題に似た作業を実行せよ。両方の列について、どの理由や弁明が同じ重みをもつのか、たとえば、左側の理由一つと右側の理由一つ、または一つと二つ、二つと三つ…と比べて検討せよ。そして、両方の列から同等のものを消していき、どちらの列にあまりが残っているのか確認する。『中略』重要なことであるにもかかわらず、どうしていいかわからない状況に置かれたとき、私はしばしばこの《道徳的代数》を実践する。ちなみに、これを習得しないかぎり、君はずっと結婚しないままだと思う。」
ベンジャミン・フランクリン
 この結果、甥のジョナサンはどうしたのだろうか。最後の一言がいい。結局、フランクリンは優柔不断の甥を早く結婚しなさいと暗に諭しているのだろう。他人の判断に頼ってはだめ、自分で判断しろ。
 この方法は今では品質管理や製品開発の現場などでもすでによく使われている有力な手法だ。しかし、肝心な判断が重要な場面では意図的に無視されることも多い。

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ロボット

戯曲R.U.R

ロボットという言葉を最初に使ったのは、第二次大戦中にチェコでもっとも人気のあったカレル・チャペック(1890年~1938年)だといわれています。「労働」を意味するチェコ語「robotaロボタ」(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)から ロボット という言葉を作ったと言われてます。彼の代表作『R.U.R.』『山椒魚戦争』はSFの古典的傑作とされている。同じロシア語のРаботать(動詞の働く)もスラブ語なので同語源でしょう。ナチスドイツに文学で徹底的に戦っておりヒットラーからも敵視されていたということです。
なお、ドイツ語のArbeitもaとrを反対にするとRabeitになるので同語源という考えもあるが、日本語と英語にも「道路(douro)」と「road(道路)」など偶然に似た語もあるので単純に納得は出来ない。

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山椒魚戦争

山椒魚と戯曲R.U.R

山椒魚戦争は、チェコのカレル・チャペック(1890年~1938年)という人の書いた小説。最初の本格的SF小説ということですが、当時の社会情勢を反映しており、痛烈な文明批判となっている力作です。この小説の主役の山椒魚は、インドネシアの孤島にひっそりと暮らす海生の両生類ですが、当時はこの海域はどんな生き物がいるかも分からない未知の世界だったことを考えると全くあり得ない話でもないですね。現にフローレス人という原人がフローレス島に生息していたことが最近確認されています。
ところでどうして山椒魚かというと、1726年、ドイツのショイツェルという人が、ドイツのエニンゲンにある3000万年前の地層から、オオサンショウウオの化石を発見した。しかし、彼はそれをノアの洪水で死んだ罪人の骨と考え、化石に「洪水の証拠となる哀れな人」と名付けて発表したという有名な事実があるからです。
山椒魚たちは、生息地は海中であるものの二足歩行でき、手を使って海中に都市を作っている。言語の習得能力を持っており、性格は温厚で従順。早速人類たちは商業利用を考える。その結果、旺盛な繁殖力も手伝い、世界中の海が山椒魚で一杯になってしまう。その結果山椒魚たちは新たな海を求めて人類たちに陸地を掘削することを求めるようになる。その結果、陸はどんどん消滅し……
SFという形式は、まず一つの思考モデルを作り、それをもとに色々な哲学的な思索を巡らすことが可能となります。その結果、当然と思われていた事柄が実は矛盾に満ちた非常に不安定なものであることが明らかになる訳です。
カレル・チャペックは、ロボットに関する戯曲R.U.R(ロボット)も書いています。R.U.Rは、ロッスム・ユニバーサル・ロボット社のこと。この会社が人間とそっくりなロボットを開発するところから話が始まります。ロボットは自分の意思を持たないこと、自分の子孫を増やさないことが特徴で、どんな仕事も嫌がらずに黙々と与えられた仕事をこなす優秀なロボットは当然、大ヒット商品となり瞬く間に世界中に広まります。最もニーズが多いのは軍事部門であることは当然のことか。その内どういう訳かロボットが意思を持つようになってしまいます。誰かが何らかの目的でロボットを洗脳したのかも。その結果は……
この時代資本主義の発展期で、大きな工場で働く沢山の労働者が求められた時代です。与えられた仕事を嫌がらず黙々と行うロボットのような人間が労働者の理想像でしょう。ストライキなんかやるのは共産主義者の革命家に洗脳されたできそこないのロボット以下。政府の言うことに賛成の票を入れ、マスコミの言うことを信じるロボットが大量生産される時代です。そのことがドイツやイタリアや日本で全体主義が台頭し、米国や英国も負けじと強権的な政治を強行する結果となります。ロシアももっと過激に革命による大量虐殺が断行されます。結局、ロボットや山椒魚がいなくても歴史は同じような道を歩んで彼の予想したように動いていたようです。

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ローマ人の物語から

ローマ人の物語は、全15巻に及ぶ塩野七生さんの大作です。今の日本人がヨーロッパの歴史を知るには最も良くできた本ですので、愛読書にしておられる方も多いと推察できます。その中でカエサルの出て来る当たりでしたが、気になる記述がありました。
ローマ人の物語 ローマ人の物語
ローマ社会では、教育と医療には国は一切口を出さないという鉄則があったという所。カエサルが行ったというより過去の前例を確認したもののようです。今の日本の行政とは真逆ですね。
教育に関しては、奴隷制もありましたし、ギリシャやオリエントから優秀な人材はいくらでもいたという事情はあります。それに教育とは所詮個人の問題、学ぶための教材や人脈はいくらでも転がっているということです。また、ローマ人の性格として高尚な学問よりも実践的な知識を重んじるという性格もあったのでしょう。どうしても学びたいものはギリシャ語をマスターしギリシャ人の先生につけば自由に学べます。国家として義務教育を行う必要性は全く感じていなかったようです。
また、医療の方もこの当時ならギリシャの方がはるかに進んでいますから、これも必要なし。それに高齢化社会の老人介護なんていう問題も最後まで生じていません。
しかし、年金制度はありました。ローマの兵士は一般の市民から構成される重装歩兵部隊、後に戦略上騎兵も使われますが。兵士である間は、衣食住は国から支給され退役後にはそれに見合った年金も支払われる仕組み。一種の失業対策も兼ねていたのでしょう。
一方の日本、教育医療関係の政策は大変熱心です。老人医療の無料化や、高校無償化等旗揚げすれば国民の選挙の票は稼げます。選挙民なんてだいたいその費用がどこから捻出されるか考えることがないので、新しい政策に次々に飛びついてしまいます。つまり行政にとって教育・医療関係の事業は権益拡大の絶好のチャンスとなります。巨大官庁の厚生労働省と文部省、熾烈な覇権争いを繰り広げていますね。カエサルが戒めた理由分かりますね。行政側にとっては医療と教育、とても美味しい分野なのです。
一時、老人医療の無償化が行われたことがありました。現在でも1割負担などと働く世代とは格差がついています。その結果、病院は長蛇の列、待合室は老人たちのサロンと化し、ゴミ捨てには飲みきれない不要な薬が沢山捨てられているといった状況になりました。その結果誰が困ったか。医者は保険制度で国から報酬が出るので患者が増えてホクホク、介護施設も経営が成り立つようになり、役人たちも天下り先が増え皆、幸せ。どうせ負担は税金から。みんなで払えば怖くないです。高校無償化も変な話ですね。未だ義務教育にもなってない。明らかに個人の裁量の話。誰が費用を支払うのでしょうか。みんなで払えば怖くない。こうして国の借金は年々増え、消費税の値上げは天井知らずとなるのでしょうね。(2018.1.21)

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ジャパン・アズ・ナンバーワン

著者のエズラ・ヴォーゲルは、戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、日本的経営を高く評価したとのこと。具体的には、まず日本の高い経済成長の基盤として、日本人の学習への意欲と読書習慣であるとしている。ヴォーゲルによれば、この当時の日本人の数学力(当時は2位、今は10位以下か)、他の科学分野についても相当上位だったという。ヴォーゲルは、この本が出た当時、日本人は他の国の人たちより英語力は明らかに劣っているが、優秀な通商産業省や大蔵省主導の経済への強烈な関与がまた日本の競争力を高めていると語っている。
     さて、多くのアメリカ人、ヨーロッパ人、さらに中国やアジアの人達、この本を読んで日本の発展の秘訣を学んだのでしょうか。日本はその後、この本に書かれていることを信じて慢心したのか、土地バブルの崩壊以降どんどん生産性が低下して経済の停滞状態が続いているのはみなさんもご存じの通り。まあ、経済成長至上主義自体も検証の時期に来ているのですが。 経済成長の原動力。これは、結局人の心の問題に帰着するのでしょうか。勤勉と努力。では、何のために努力するのでしょうか。資本主義の発展の基盤を社会学者マックス・ウェーバーはキリスト教に倫理、特にプロテスタントのカルバン主義に求めました。カルバンの教えは当時のヨーロッパの手工業や新興資本家達の精神的支柱として大いに普及し資本主義発展の原動力になったと考えられています。実際、今の欧米で経済成長を遂げているイギリス、ドイツ、フランスなど。合衆国も色々な宗教の人々がいますが国を動かしている人たちはプロテスタントです。逆にイタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランドなどカトリックの国は経済の面ではイマイチですね。ロシアに至ってはロシア正教と社会主義の洗礼をうけ、経済の運営はどうもイマイチ。
     だから、キリスト教の洗礼を受けていない日本だけが、何故このように経済発展できたかは西欧の人々には非常に不思議な現象としてとらえられたのでしょう。新渡戸稲造さんあたりに言わせれば、「そんなことは不思議でない。日本には武士道という倫理規範があるではないか。」ということになるか。
敗戦後の中で、当時の官僚たちが無意識化も知れないけど、この武士道精神を利用したかのせいがあります。軍事では負けたが経済では負けない。国家への忠誠は薄れたけれど、企業への忠誠心に変えれば良い。年功序列制度は企業への忠誠心を確保するには不可欠だ。官僚機構はそのモデル。定年まで一つの組織で働くことが美徳。だから大企業優先。総てに産業を国産化することに血祭をあげる。敵からものを買うなんて。いわば、新しい戦争だ。国民はGNPの序列が上がるたびに大喝采をする。領土が増えたことと同じだからね。
企業も利益率よりもシェアーの拡大を計る。子会社や関連会社を造って領土を拡大し続ける。だいたい、年功序列制度そのものが領土の拡大なくしては存続できないネズミ講的性格のものだから。
     エコノミック・アニマルの誕生です。企業戦士がもてはやされます。どうしてガムシャラに働くの。年功序列社会では、自分の食い扶持は新しい領土を確保しないと得られない仕組みです。組織の上には既に既得権を持った上司がのさばっていて定年まではやめてくれません。過労死なんていう言葉は日本だけ。年功序列社会というのは、自由に転職することが難しいからです。評価の対象は能力よりも会社への忠誠心の方が上です。いくら優秀でもいつ敵側に寝返るか分からない人材はむしろ危険です。
人間の欲望には限りがありません。日本の戦国時代でも天下が統一されてくると戦争で勝っても新しい領土が得られません。だから、秀吉は朝鮮出兵なんてやらかしたのか。工業製品も同じです。経済で新しい領土を確保する。でも、実際には古い巨大になった領土をメンテナンするだけでも大変です。新興国が安い労働力や新しい技術で進出してくれば領土はどんどん小さくなって行きます。でも、先進国にはそこに多くの労働者がいて賃金をもらっているので、彼らはどんどん貧しくなって行く。今までうまく回っていた歯車が全く逆に回り始める訳。今までの日本の成功の教訓は今後どう生かされていくのでしょうか。

【注】『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)は、社会学者エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書。ただし、本分はこの本の感想ではありませんので悪しからず。日本語版は、広中和歌子・木本彰子の訳により『ジャパン アズ ナンバーワン: アメリカへの教訓』として、英語版に1月遅れで出版。日本人自身が日本特有の経済・社会制度を再評価するきっかけとなり、70万部を超えるベストセラーとなった。著作の主要なテーマは、単に日本人の特性を美化するにとどまらず、何を学ぶべきで、何を学ぶべきでないかを示唆した点でで、実際最後の章はアメリカへのレッスンと書かれているそうです。

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困窮化する若者達

現在の日本の社会は、今後この国を背負っていく若者たちに非常に住みにくい世界になって来ている。しかも、この国の年長者たちはそのことに、全く気が付かないか無関心を装っている。
まず、彼らが働く職場の現状。日本企業どこも人件費削減のため、新卒採用が厳しい状況になっている。中卒、高卒まで引張りダコだった高度成長時代とは大違い。一度派遣になると正社員への道はさらに遠くなってしまう。運良く正社員になれても、新卒1人に上司と称する人たちが数人いる。昔は部長と言えば何十人と部下がいたものだが、今では部長の下に課長が2人、平が2人なんていう状況はザラ。何年働いても、責任にある仕事は任せてもらえない。給料だってなかなか上がらない。日本の社会は、まだまだ年功序列社会。既得権優先だから。現場で汗水たらして働くものより、本社で会議ばかりしている人たちの方がはるかに高給を持って行ってしまう。その上、国の定年延長政策で、企業の高齢化はますます進んでいく。定年延長や再雇用。労働者の権利が守られるようになったのは民主主義のおかげでしょうが、その恩恵に若者たちは浴することが出来ない。例え、仕事に努力しても、老人たちは言うだろう。「まだ、だめだね。会社は俺たちがいないと回らないよ。」。高度成長時代には規模拡大、シェアー拡大がモットーの大企業は、今では、利益率優先、株主優先で縮小こそすれ、拡大する可能性ほとんどない。
正社員になれば、ハッピーかといえば、そうではない。長時間労働、最悪の場合過労死が待っている。当然だ。おみこしを担ぐ人より、ぶら下がっているものの方が多いのだから。日本の仕事の仕方は効率が悪く、労働生産性は先進国でも最低クラス。年間150日の労働時間のドイツと比べれば格段の差。いくら好景気で株価上がっても、絶対給料には反映しないね。 かといって、働き方を変えて、派遣を渡り歩いてもいいことないでしょう。日本の企業文化として、派遣はあくまでお手伝い。責任のある高度な職は見つからないでしょう。では、自分で企業を起こすか。確かに、能力のある人にはこれが一番いいでしょう。しかし、実際に成功する人はさほど多くはありません。政府の政策としては、正社員を増やすより、派遣やベンチャー企業の人達を支援していくことの方がはるかに大事だと思うのですが。
 若者の困窮は、夫婦共稼ぎに増加にも表れています。子育ての必要な時期も働かなければならない。仕事をいったん止めると正社員の地位を失う。しかし、保育園の待機児童の問題等、悩みは尽きません。育児と仕事が両立できる、ワークシェアリングのような方法が確立している欧米とはえらい違いです。核家族化も問題ですね。子供の将来には、日本の未来がかかっています。保育園は許認可事業なので、簡単には増えません。両親との同居も増えているようです。
更に、今の若者の困窮化に拍車をかけているのが、日本社会の高齢化。年金問題です。いまのお年寄りも、働いている間には年金を積み立てていました。誰もがそれを返してもらえると思っていました。ところが、日本の政府は既にかなりの部分を使ってしまったことを明言してしまいました。「今、君たちが積み立てている分は現在のお年寄りの年金につかう。君たちは後の世代に出してもらえば良い。」。それって、詐欺見たいなものですね。だって、今少子化で人口が減っているんです。しかも、積立金20年以上掛けないと1銭も帰ってこない。また、途中で死んだりしたら0ですよ。お年寄りの中には、すでに掛け金の何倍ももらっている人もいるんです。政府はそれでも足らないので消費税で賄おうとしています。ただでさえ、貧しくなって来ているのに大変な負担です。
また、老人介護の問題もあります。哺乳類の中で老人介護なんてする生き物いませんね。若い人は次世代の世話をすればOKです。老人がどう生きるかは自己責任の問題。若い人に自分の老後を見てもらおうなんていう考えは、戦争でお国のために死んだ人に対しても顔向けできないでしょう。下記の思考実験もお読みください。
思考実験

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文系人間と理系人間

 日本では、高校に入った時から、生徒達は文系・理系に分けられてしまう。これは日本の常識、世界の非常識である。韓国は日本が植民地支配下敷きにこの制度を持ち込んで今でも日本に習っているようだが。この習慣は、旧制高校にまで遡る歴史がある。当時の日本は欧米に比べ、色々な分野で遅れていたため即戦力育成の目的もあったのでしょう。

 それに比べ、欧米ではリベラルアート(一般教養)という考えが中心ですから、高校では社会人として、自分で考えて合理的な判断が出来るようにすることが目的です。大学では専門知識を重視するかリベラルアーツを重視するかはそれぞれ大学によってさまざまでしょう。日本でも建前はその通り、実際大学で学んだことが現場ですぐ役に立つことはまれでしょう。企業側ではその点は不満でしょうが。

 戦後もこの制度を踏襲したことは、様々な悪影響を及ぼしているが、最大の弊害は学問の縦割り化であろう。文系・理系の分野は互いに相互不可侵、似た学問分野相互も互いに干渉しないとする弊害が生じている。また、政治家や行政の人間はもっとも一般教養が必要とされる職業ですが、自分で調べ判断することを放棄し、すぐに専門家の意見を聞いて事足れりとする習慣が蔓延しています。マスコミもそうだ。「誰の発言」かが「どんな意見か」よりも優先し、専門家の中でも体制に都合の良い学者(御用学者)が蔓延する弊害が生じている。うっかり、正論を持って発言しようものなら、発言の中身は無視され個人攻撃でつぶされてしまうのが落ちでしょう。福島の原発事故では、原子力関係者の村社会があったことが事故の解明を遅らす最大の原因だったですね。

 いま、日本の国民は「裸の王様」になっているのですよ。誰かに「あなたは裸だ」と言われても、政府も沢山の御用学者もマスコミも、「いえいえ、あなた方はご立派な服をきておられます。大丈夫です。年金、雇用、経済、健康みんな私たちにお任せ下さい」と言ってくれます。  科学は哲学から発祥したものですが、哲学とはそもそもはどう生きていくかが根本です。物事を良く観察し、仮説を立てて自ら検証していく。そこには、文系人間も理系人間も全く区別は無いはずです。

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スロー思考とファスト思考

人間の思考方法には、2通りあり、状況により適宜使い分けているという。「速い思考」は、直感を元にするもので、人の顔の写真を見て怒っているのか、喜んでいるのかを瞬時判断するもの。 これはどの人種でも同じ反応を示すので人類に生まれつき備わった能力と考えられます(実際にはこんな能力も生まれつきではなく学習が必要との指摘もある。)。「遅い思考」の方は、簡単には答えの出ない問題に対処するもので、事実を良く観察整理し、論理的に考えて結論を出すものです。このうち、「ファスト思考」しかできない人間をバカと定義するのだそうです。(参考文献、「バカが多いのには理由がある」橘玲著)
     負荷の高い(精神が高揚し、血圧心拍数があがる)スロー思考は、人は無意識のうちに避けようとする傾向があると言います。特に自分にとってすぐに必要でない限り。しかし、現代社会の問題は、スロー思考でない限りほとんど解決不能なものばかりです。スロー思考を回避する方法は、次の2つの方法しかないでしょう。
     ①遅い思考が必要な問題を無視する。
     ②あらゆる問題を直感的思考法だけで解決しようとする。


ある高名な女流作家さんが「二次方程式を解かなくても生きてこれた。社会に出て役に立たない、このようなものは追放すべきだ。」と教育審議会で述べて、実際に中学課程で必修で無くなったことがあったらしい。現在はゆとり教育批判で復活したそうですが。速い思考しかできない人は遅い思考が必要とされるものを不快なものとして、この世から抹殺しようとする傾向があると言います。
     直感的思考法とは、原因と結果が一対になった思考法で、それが好まれるのはとてもわかりやすくて楽だからから。古代人は、すべての自然現象に因果関係があると信じていたので、天変地異を神の意志と見做し、神と交信できるものを王として選び、それでも日照りが続いたりすれば、王が神の不興を買ったとして首をはねてしまうことをしていた。それでは、王も困るので生贄を捧げることになったのでしょう(でも、これはファスト思考かどうか)。
     一般教養として色々なことを学ぶ価値は、スロー思考ができるようになることでしょう。まいにち研究に打ち込んでいる専門家ですら、研究で難問にぶつかると直感的な思考を優先させていることがあるのです。ましてや、専門外のことになると、無視したり、不快なものとして抹殺しようとするものです。直感的思考の罠に陥っていることは、意外と本人も気が付かないもんです。無知の知。いい言葉ですね。。

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血液型性格診断

A、B、O、ABという血液型の違いが人間の性格に何らかの影響を及ぼすということは現在は科学的に否定されていることだが、未だにそれを信じ込ませたいという人々が日本には多く、わざわざ特集を組む雑誌やテレビ番組は後を絶たない。このような誤った情報がもたらす差別や偏見による被害を考えると、たとえ冗談でも話題としては避けた方が無難である。特に、子供向けの記事では、たとえ占いの一種として紹介しても、子供は簡単に信じ込んでしまうかもしれません。もともと、医学的・心理学的な裏付けがないものを既成事実として流し、誤った認識や偏見、差別意識を世間に植え付けたことは大問題で、マスメディアは批判を受けて当然だと思います。
     血液型が性格に影響すると信じているのは、日本、韓国、台湾ぐらいであるが、もともと日本の民放テレビ局が受けを狙って大々的にキャンペーンしたのが原因らしい。私の記憶でも、シンガポールである日本人が秘書の採用に当たって血液型を書く欄を設けたことが差別として問題視されたことがある。当の本人はどうしてもA型の秘書を採用したかったのだそうだ。
以上のことに対する反論として、「血液型が性格に全く影響しないとは言えない。」というものがある。全くその通りである。過去に実際に調査が行われて、血液型の違いと性格の間には有意の差がないことは分かっている。しかし、全く関係がないと言うことは論証不可能なことである。裁判でも、証拠が無いものは無罪です。「やってないとは言えない」では、誰でも犯人にされてしまいます。こんな詭弁は結構専門家でも口にすることがあるので気を付けて下さい。
こんな例もあります。「将来巨大地震を起こす可能性があるとみられる立川断層について詳細な調査を実施しましたが、活断層としての証拠は見つかりませんでした。でも、活断層が無いということは言えないので今後も引続き調査を続けていきます。」
おい、おい、証拠が見つからなければ無罪でしょう。今後どんな調査をするの。組織温存予算獲得のための詭弁でしょう。
     一方、このような似非科学を人々が信じ込む理由は、原因(血液型)と性格(結果)が短絡的に結びつきスローな思考が不要なことが挙げられる。また、何度もそのような視点で見ていることでかえってその信念を強めてしまう確証バイアスという力が働くことも知られています。

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正義と進化論……チンパンジーにも正義がある

チンパンジーは、第一位のボス猿(アルファオス)を中心とした、厳しい順位社会を構成していますが、ある種の正義感情が共有されており、メンバーの行動に正統性を与える機能をしていることは、次の実験からも知られています。
例1:順位の低い下っ端のサルに餌を与えます。そこにたまたまαオスが通りかかります。αオスは,掌を上にして「物乞いのポーズ」と言われるポーズを行い餌をねだる。決して力ずく   で取り上げることはしない。チンパンジーの世界にも先取特権が存在し、所有権の侵害は許されないという正義が存在していることになる。
例2;真ん中をガラスで仕切った2つの部屋に2頭のサルを一匹ずついれ、キュウリを与えると両者とも喜んで食べる。ところが1頭の餌をリンゴに変えると、キュウリを食べていたサルは、キュウリを放り出し、怒り狂う。自分だけが一方的に不当に扱われるのは、平等の原則に反する。
例3;異なる群れから選んだ2頭のサルを四角いテーブルの両端に座らせ、真ん中にリンゴを置く。はじめは取合いを行い、先に手にした方が食べるが、何回か繰り返すうちにどちらが手を出さなくなる。一度序列が決まると、上下の掟は絶対となる。
チンパンジーの正義 チンパンジーの正義

以上の3例から、チンパンジーの社会にも、群れを維持する原理原則としての正義の概念、「所有権」、「平等」、「組織の序列」があることが分かります。これは、フランス革命で提唱された3つの理念、「自由」、「平等」、「博愛」に対応していることが見て取れます。正義とは人類の歴史において、数百万年前から種族保存のため保持されてきた直感的な思考法だったのでしょう。正義とは、自分の縄張りを守ること、悪とは自分の縄張りを奪いに来る敵のこと。人類は、石器時代の昔から、集団を味方と敵に二分し殺し合いを続けてきた歴史を持っています。以上、正義について
①直感とは、進化の過程で造られた脳のOS(オペレーティング・システム)
②私達は、直感的に「正しい」と思えるものを「正義」と見做す。
③進化論的に基礎づけられた正義は複数あり、重複する部分もあるが、原理的に両立できない。
④それ以外に、直感的に正しいと思えない正義もある(功利主義的の正義)。

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現代政治と正義の関係…政治学入門

フランス革命で提唱された3つの理念、「自由」「平等」」「博愛」」は、現代でも民主主義の基本原理と言えるでしょう。これが人間が類人猿と分岐するころから群れを維持する原理として維持されて来ていた「所有権」」「平等」」「組織の序列」といった群れの掟に対応していることも上で見てきたとおりです。これを猿知恵と見ることは適切とは言えず、進化における貴重な遺産と見るべきでしょう。これら正義の概念は、遺伝的な情報と言うより、哺乳類の特徴として、親から子、群れ社会の中で教育と訓練によって代々伝えられてきた規範であることは疑いないでしょう。人間の場合も親の躾、学校教育の洗脳によって、培われて来たものです。従って、これらの正義の感覚は訓練によっていくらでも強化できるものであることも指摘しておきたいと思います。
 以下、人の場合も3つの正義感があるのに対応して、3つの政治的立場が生まれます。
自由を求める(自由主義)
平等を重視する(平等主義)
共同体を尊重する(共同体主義)

フランス革命後の、国民議会は右翼を保守派(王党派、コンサバティブ、conservative)、左翼を共和派が占めていて、共和派内には自由を重視するリベラルliberal平等を求めるデモクラットdemocratに分かれていた。その後、私有財産を否定するマルクス主義(共産主義)が自由の敵を見なされるようになり、経済格差を悪としてより平等を求める立場がリベラルとよばれるようになってきた。それに対して税や再分配で競争の結果を変えて平等にするのは自由の圧殺との考えがリバタリアンlibertarianとなっている。先にリベラルと言う言葉が使われてしまったため、このような名称となったが良く似ていてとても紛らわしいですね。後者は、もともとアダム・スミスやジョン・ロック時代の古典的自由主義ともいえる立場です。また、歴史や伝統重んじる立場を共同体主義者communitarianいいますが、これも立場的にはリベラルに近いものになっているようです。リベラルとリバタリアンは大きな政府と小さな政府と言う志向の違いが重要でしょう。
 リベラルにしてもリバタリアンにしても結局は選挙に勝たねばなりません。その結果どちらの政党も似た政策を掲げるようになる傾向はあります。その結果、どの民主制の国家も大きな政府に近いものになって、財政赤字が累積していく傾向があります。これらの立場を別にして大衆に迎合する考えをポピリズムpopulismと言います。  政治思想には、上にあげた3つの考えとは別に功利主義utilitarianismというものがある。社会全体の幸福を重視するという発想は古来からあるが、功利主義を体系化したのはイギリスの哲学者ベンサムである。功利主義の考えは正義や道徳と言った議論を必要とせず、功利主義的発想をするチンパンジーはおそらくいないと思われている。功利主義的発想は、多くの人を不愉快にするもので、当時から、「冷酷」「エリートの横暴」「非人間的」との批判がなされてきました。しかし、近代経済学というものは功利主義的な理想社会を造るための社会学とも。この政治思想は一般には、新自由主義New Liberalismと呼ばれています。  今回の説明は、政治思想について徹底的に色眼鏡で見ています。だから文中のフォントに沢山色づけして見ました。私も理系人間で政治の問題はあまり得意ではありません。でも、このようにパターン化することで、政治の問題を考える上での一つの座標軸が出来てくると思います。 参考文献;「バカが多いのには理由がある」橘玲

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リベラルとは

 衆院選の直前から「リベラル」(liberal)という言葉が使われるようになった。民進党が分裂し、保守を掲げる「希望の党」への合流組と、民進リベラル派を集めた「立憲民主党」などに分かれたとされるのがきっかけだ。「個人の自由を尊重する思想的な立場」という本来の意味から外れて、日本ではある特定の「平和主義者」や「左派」を指すとする専門家もいるらしいが、原因はやたらと候補者にレッテルと貼りたがるマスコミの影響があるようだ。言葉は正確に使って欲しい。
 枝野幸男氏(53)本人がテレビのインタビューで答えていたように、立憲民主党の立場は日本の保守本流の立場。米国でもいまだ健在だ。より平等な社会を重視し、弱者救済など社会保障なども充実できるやや大きな政府を目指す。一方、対立する立場は、リバタリアン。より強く自由主義を掲げ、政府の干渉を極力減らし、規制緩和などで政府の干渉を徹底的に排除するより小さな政府を理想とする人たち。また、一方共産党も社会党も社会主義への改革は旗印として降ろしてはいるものの自ら自由主義を旗印にはしていないのでリベラルとはいうことは出来ない。公明党も同じです。自由主義とは、お互いの自由を尊重し合う「話し合いの精神」が核でしょう。数合わせの論理は似合わない。
では、今回の選挙において、リベラルの反対に立った人たちの立場は。緊縮財政は行わず、年金や子ども手当等の社会保障は消費税増税で行おうとする財務省主導の超巨大政府を目指している。北朝鮮の脅威に対しては、憲法を改正して核武装の力で対抗しようとする。どんなことでも数の論理で押し通す強いリーダシップと安定した政府。少なくともリバタリアンとはいえそうもない。こういう政府を国家社会主義(全体主義)と言うんでないでしょうか。下記の項もご参照ください。
現代政治と正義の関係…政治学入門

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全体主義の起源

全体主義とは何か。それは、近代社会が成立し国民国家が成立するその過程の中に萌芽てきに含まれているとされています。この分析を本格的な行った人が、ハンナ・アーレントという女性政治哲学者です。『全体主義の起源(The Origins of Totaliarianism)』が出版されたのは日本が未だ連合軍の占領下にあったころ。従って日本ではあまりなじみがないが欧米ではかなり前から読まれているようです。NHKの『100分で名著』にも取り上げられて静かなブームとなっているようです。
全体主義が生じるきっかけは、民主主義の過程で、市民が大衆に変化することだと彼女は看破しています。市民は、たいていどこか共同体に属していて、政治家は共同体支持基盤のもとに立候補します。大衆は、よるべき共同体がなくメディアのスローガン次第で簡単に候補者を変えます。大衆の将来への不安感が、強いリーダーシップをもとめ、安易なスローガンに依存する傾向を強めます。全体主義とは、民主主義の中に潜在的に隠されていていつでも顔を出す危険な罠と言えるでしょう。
アーレントがこの考えを一層確認したのは、ナチスドイツの残党の一人アイヒマンの裁判を傍聴したことにあるそうです。アイヒマン裁判

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英国病

英国病とは、経済が停滞していた1960年代以降のイギリスにおいて、充実した社会保障制度や基幹産業の国有化等の政策によって社会保障負担の増加、国民の勤労意欲低下、既得権益の発生等の経済・社会的な問題が発生した現象を例えた日本における用語である。
1960?1970年代のイギリスは、労使紛争の多さと経済成長不振のため、他のヨーロッパ諸国から「ヨーロッパの病人(Sick man of Europe)」と呼ばれていた。
サッチャー イギリス初の女性首相サッチャー(在任: 1979年~1990年)の構造改革や、1980年代以降の北海油田産出で「英国病」を脱したとされている。
 現在の日本の状況は、当時の英国と良く似ているがどのように対処していくのでしょうか。少子化高齢化による人口減少を抱えてもとには絶対に戻れない。大胆な構造改革が必要でしょう。

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築地→豊洲・移転問題

築地市場の移転の話は、非常に古く、当初、列車輸送が想定されていたためトラック駐車スペースが狭小という問題はあった。昭和47年~昭和60年 大井市場(現大田市場)に一部機能移転を検討するが、業界の意見を統一できず、断念している。
移転問題が浮上した際の東京都知事、石原慎太郎は「築地は古くて清潔でない。都民や消費者の利益を考えれば、市場を維持するわけにはいかない。他に適地はない」として急速に移転を進めようとした。

都が移転問題を蒸し返したのは、言わずと知れた「東京オリンピック誘致」の問題が密接にかかわっている。築地市場は、年々売上高は減少傾向で、今後豊洲に移ったところで発展の余地はない。従って、業務に携わる人々は原則移転反対。賛成派は、知事の意図を忖度して、利権を確保したい人達。そこで、移転先豊洲の土壌の汚染問題。
石原氏にとっては、オリンピックは国威発揚の絶好の機会。これを利用して経済を活性化、前の東京オリンピックの夢をもう一度。また、築地は銀座にも近く、ここを更地にして、もっと面積当たりの売り上げの多い施設を呼び込みたい。魚市場なんて迷惑施設だ。さっさと移転して欲しい。国民の利益を考えれば、オリンピックの方が絶対大事だ。でも、オリンピックが終わった必ずやってくる経済不況を考えているのでしょうか。

いま、都民にとっての築地の価値は物流のインフラではないだろう。築地はそのブランド力の方が遥かに重要でしょう。築地を経由した商品が江戸前。新鮮な魚介類は産地直送のものが簡単に手に入る。築地は、その狭隘で猥雑な活気にあふれる賑わい、および長い歴史的文化的な価値でもっている。都民の誇れる一大観光スポットです。豊洲の新しい市場が出来たら、外国人観光客は果たして喜んで来るでしょうか。高級な江戸前寿司を食べる気になりますか。超格安の回転ずしの方がずっと似合うでしょう。インフラ整備で、箱モノを作りまくる時代はもう終わっています。今度のオリンピックの標語は、「おもてなし」の精神です。

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日馬富士関の引退

日馬富士が飲み会の場で同僚を殴った事件で、連日マスコミが大騒ぎています。相撲界の暴力体質を改善だって、何だか話がとんでもなく飛躍している気がしませんか。あなたが会社の飲み会でうっかり部下に腹を立てて殴ってしまったら退職するようなことになるんでしょうか。事件が起きたのは懇親会の席、稽古場や土俵の上のことではないでしょう。懇親会とは、普段わだかまりを持っているもの同志もいったんはこれを忘れて仲良くしようというのが趣旨のはず。これが相撲界の暴力体質とどうつながるのか理解できないですね。少なくとも当事者の日馬富士関が責任を取って引退した以上事件は終結しなければならないはずです。
日馬富士
相撲の世界では、違う部屋の力士が一緒に飲食することを禁じられていたらしい。これこそが前近代的な制度で、建前は八百長防止ということらしいが、力士を部屋に隷属させること真の目的。親方による弟子の囲い込みだ。NHKの朝ドラでやっている「笑わんかの」の世界でも芸人が逃げ出さないように謝金を背負わせ肩代わりして一生隷属させる手配師が出て来た。土俵の上では敵味方でも、土俵を離れれば仲良く語り合えるのが真のライバル。これがスポーツマンシップだ。日本の武士道や西洋の騎士道だって同じ精神のはず。将棋の世界でも子弟制度は残ってはいるが、棋士同志は仲良く研究会をしたり、食事をしたり、ファンと自由に交流したり自由にやっている。相撲界では谷町の付き合いも総て親方が仕切っていて力士の自由は全くなく、野球界のトレードのように部屋から部屋へ所属を変える権利も無いらしい。全くの閉鎖社会、このことが相撲界の暴力が絶えない一因であろう。
貴ノ岩関(貴乃花部屋)の行動もいささか奇妙だ。親方の禁止している飲み会の席に出席しておきながら、徹底抗戦不服従の構え、殴られても携帯をいじくり回してヘレヘラ笑っているのも変だ。最後に謝ってその場を収め、後で親方に警察の通報してもらって後はダンマリ。親方の意向を忖度したのですか。無口で正義感の強い酒に酔うと歯止めの利かなくなる日馬富士がどこかで暴力をふるうのを待っていたのでしょう。
これって、日本人の好きな話、『赤穂浪士』と良く似ていますね。浅野匠守が最後に暴力に訴えた、庶民は吉良上野介を憎みます。貴ノ岩関の態度はどう見ても日本人の美意識から見て美しくない。このままでは、貴ノ岩は決して人気は出ない。貴乃花親方は自分の愛弟子の将来をつぶしてまで権力を保持したいのでしょうか。(2017.12)

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20〇〇年問題

 2040年問題というのと2045年問題という言葉が、あるそうです。この二つ全く異なった視点ですが、どちらも今後の日本のあり方を考える上で、重要な事項です。
 2040年問題の方は、少子高齢化が進み、2040年頃には日本各地で地方の自治体が破綻してしまうのではないかと言う懸念です。これについては、一般の民間人はあまり関心が無いようですが、政府自治省や、自治体の間では、相当真剣に議論されているようです。日本の自治体は、3割自治とも言われており、政府の補助金なしではやっていけない状態ですが、人口が減れば補助金も減り、財政破たんを招いて機能が果たせなくなってしまいます。地方と中央の役割分担を見直す時期に来ているのでしょうが、出来れば従来の枠組みを維持していきたいのが本音でしょう。確かに、少子高齢化の進展は待ったなし。広く意見を募り抜本的な対策が求められます。
 2045年問題は、コンピュータの発展に伴う問題。ディープラーンニング等の技術が進んで、人工頭脳の能力が2045年頃には、人間の能力を凌駕すると想定されています。現在は、囲碁将棋の世界で、コンピュータが何時名人を破るか時間の問題となっていますが、これがすべての分野に波及するとどうなるのでしょうか。
例えば、医者はパソコンにデータを打込むだけ、診断はコンピュータ。「だめだよ、君。自分で判断したら。診断はコンピュータに任せなさい。」なんてこと言われるかも。法律だって総てのデータはコンピュータに入っていますから、どの弁護士さんに相談しても全く同じ。外国語の通訳もロボットがやる。多くの専門職が不要になってしまいます。でも、逆にこれによってできるいいことも沢山あるかも。いずれにしても、社会のあり方について人間に大幅な考え方の変更を迫るでしょう。これ、不安ですか楽しみですか。

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嫌われる勇気-アドラーの心理学

最近、書店でもよく見かけるアドラーの心理学、アニメ版なども出ています。アドラーは、フロイト、ユングと並ぶ「三大巨頭」ともいわれる心理学者。今では古典の部類ですか。欧米では、相当ポピュラーな存在で、診療カウンセリングの実務でも使われているようですが、我が国では、今まで忘れられた存在でした。岸見一郎氏の翻訳や解説本によって俄かに脚光を浴びたようです。アドラー

本書「嫌われる勇気」は、岸見氏とその弟子??古賀氏の共著で、アドラーの心理学の真髄を誰にでも分かるように解説しようとする力作です。本書は、アドラー+ギリシャ哲学を専門とする哲学者と劣等感による自己嫌悪に悩み、それでも自分を変えようとしない青年との会話で話が進んでいきます。青年が哲学者を訪問するのは、その哲学者の持論を論破するため。もちろん最後はこの哲学者を認め、自己の世界観を変える第一歩を踏み出すことに。この哲学者は岸見氏自身、青年役は古賀氏が務めたようです。この会話は、ソクラテスと弟子の会話を想定していることは本人の後書きにも記されている通り。ソクラテスの業績は、弟子のプラトンの著作をとおして、後世に伝わるのですが、岸見氏自身はプラトン役も演じる所存とか。従って、ここに書かれている内容は、
   アドラー心理学+ギリシャ哲学+岸見哲学
ということかもしれません。本書の中身については、読んでからのお楽しみの方がいいかもしれませんね。

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人は何のために長生きするのか

 これは古来よりの永遠のテーマでしょう。ところが、こんなことが今さら問題になるのは、やはり人の寿命が延びて高齢化社会を迎えたことがあります。では、視点をもっと広くして生物は何のために生きるのか。環境に適応して生き残って子孫を伝えていく。ただこれだけのために遺伝子は巧みな戦略で進化して来ました。多細胞生物の細胞の中には、本来別の生き物であったミトコンドリアや葉緑体やその他さまざまな微生物が取りこまれて、共生をすることで進化しました。多細胞生物は各々の細胞が役割分担をすることで全体としての生物が出来ています。そのためには個々の細胞は、全体のためには死をもいとわず、生物全体の機能が停止した状態を死と定義します。人も死んでもしばらくは、髪や爪が伸びますがこの状態は生きているとは言いませんね。
『環境に適応して生き残って子孫を伝えていく。』これは、人間にも当てはまる原則ですね。そのような観点で、人は生きている価値がある訳です。ミミズやオケラが生きている価値があるのと同じ程度に。さらに、人類は共同体という社会を発達させてきました。この共同体というものも、生物の進化から言うと歴史は古く、昆虫では、ハチやアリ、シロアリ、哺乳類でもハダカデバネズミなどが知られています。上記の生物では共同体の役割分担は非常に明確で、個体は完全に共同体の部品と化しています。つまり、群れ全体が一つの完結したもので、遺伝子は群れ全体の生存を計っている訳です。
 ところが、哺乳類になると個体同志の役割分担は明確でなく、環境や学習、お互いの競争などによって後天的にかたちづけられていくことになります。リーダーになる個体も最初からリーダーではなく、仲間との協力や競争を通して、最終的に共同体の他の構成員から認められて初めてリーダーになるのです。このことは、人間も全く同じです。人は、共同体の一員として考えて行動し、共同体の一員として認められて初めて幸福感を得られるように遺伝的に刷り込まれているのでしょう。心理学者のアドラーによれば、人の悩みはほぼ100%対人関係に起因すると喝破しています。人の幸福度は、共同体への貢献度で決まる。どんなに見かけ上成功したように見えても共同体への貢献を本人が感じることが出来なければその人の人生は無です。従って、利己的で周りの人々は皆敵、あるいは利用すべき対象でしかない人は幸福にはなれない。たとえ寝たきりになっても、周囲の人にとってかけがいの無い人は幸福なんだそうです。
日野原重明  一方、人を含む類人猿は、子供をつくる能力を失ってからの人生が長いことが特徴です。特に人は異常に長い。魚類あたりまでは、卵を産んだら親はすぐ死んでしまいます。鳥類哺乳類は子育てしますが、子育ての終了後は、そんなに長い余生はありません。何故、人の余生は異常に長いか。それは、共同体への貢献が期待されているからです。類人猿達は、共同で子育てをするのが特徴です。人類だって、狩猟採集時代の壮年の男女は、共同で作業に当たらねばなりません。子育ての役割は、もっぱら高齢者、おじいさん、おばあさんです。そういえば、日本の昔話。桃太郎も、金太郎も、一寸法師も、かぐや姫も子育てはおじいさんとおばあさんですね。高齢者の財産は人生で積み重ねてきた膨大な知恵のノーハウ。これを直接孫に伝えていくことは大変理に適っています。これも遺伝子による共同体の生き残り作戦です。戦後定着し、国も積極的の支援してきた核家族化は、終身雇用制度の崩壊と所得格差の増大、子供の貧困化、共稼ぎ家庭の増加等色々な問題を抱えてきています。遺伝子の意図に反するからです。

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森友学園の問題

森友学園の問題は、戦後最大の政治的不祥事に発展することがある。この問題であまり世間では話題になっていないことだが、森友学園の実態は何かということである。籠池泰典という人物が極めて胡散臭い人間であること。教育勅語を教育の理念とするということ。明治天皇の言葉ということだがもちろん天皇自らが書かれたものであるはずがない。尊王攘夷から始まり討幕運動の起爆剤になった皇国神話思想だが、いつの間にか偏狭な国粋主義に変貌し、日本国民の生活に多大な犠牲を課し、周辺諸国にも多大な迷惑をかけたこと、二度をこのようなことが起こらないように日本国民は深く反省したはずだ。今のドイツがナチズムを否定するのと全く同じで、皇国神話に基づく民族主義、国粋主義を語ることはそれ自体国民のタブーとなっているはずだ。最近、戦時の記憶が希薄になって、妙な日本特殊論や排外主義が頭をもたげてきている。また、ドイツ以外のヨーロッパの国でもネオナチと呼ばれる台頭してきている。
だから、このような主義主張を公然と主張するような団体に対して財務省という国の機関が便宜を図るということは当然あってはならないことなのだ。籠池という人物は、首相夫人をうまく利用して財務省に圧力をかけたらしい。財務省とて首相の意向を忖度しないと首が飛ぶ。財務省内の抵抗をかわすためには公文書を改竄して、あるいは文書を残して精一杯の抵抗をしたのであろう。動機から言っても財務省の単独犯行ということはあり得ない。
 安倍晋三首相や佐川宣寿前国税庁長官が直接かかわることは絶対にありえない。二人ともそれなりの地位も責任もある立場で、このようなタブーとなっていることを建学の理念とするような胡散臭い学園を支援することは絶対ないと信じる。だから、昭恵首相夫人の関与が問題になるのだ。得意になってこの財団の理事長だかを引き受けて、推進に協力している。首相といえども公務員。昭恵夫人は公務員の妻という立場を逸脱している。財団の理事長を引受けるということは、第三者にとっては当然首相の意向と取られることは認識していないといけない。一個人の立場では済まないからだ。
 安倍首相が妻の立場を知っていたとすれば、首相も同罪だし、昭恵夫人だけが勝手にやったことなら、一種の詐欺行為か。どちらにしても証人喚問は免れる話ではないだろう。
 なお、教育勅語自体は、立派なものかもしれない。ヒットラーの経済政策がなかなかのものだったの同じように。ただ、運用によっては、「お国のため」とか「一億層玉砕」とか民族主義的排外思想へとつながる危険性が極めて大きいのだ。

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ものづくり

最近良く聞かれる言葉です。現在の日本の製造業の繁栄は、日本の伝統文化、固有文化に源を発するという史観も絡んでいて、「ものづくり」の精神は日本人特有のものと思いたいという気持ちもあるのでしょう。これは、いわゆる大和言葉ですが、英語に訳せばcraftsmanshipとでもなるのか。Industrial Engineeringなどでは技術的なほうの片寄過ぎている。職人気質などでは必ずしもプラスのイメージは出てこないですね。
1980年代以降、単純な製造作業の拠点は中国などに移り、おりしもITブームや財テクが流行り、日本の製造業には3Kに代表される工場で油にまみれる作業のネガティブな印象が強くなります。しかし、1990年代後半から自動車産業を筆頭に、日本の製造業が復活を遂げ、日本の製造業が集約型単純労働ではなく、より高度で精神性の高い技術活動であるとの認識が生まれ、製造業をポジティブなイメージで捉える言葉として「ものつくり」という表現が使われるようになります。現在の日本の製造業の繁栄は、日本の伝統文化に源を発するという考え方である。実際には、モノづくりの精神ある意味では世界の人々共通の考えでもあるはず。日本特別論に陥ってはいけません。
刀鍛冶 刀鍛冶 工場労働者は、もちろん賃金をもらって働くわけですが、労働者がプライドを持って働くためには賃金以外にその根底となる職業モラルというものが必要です。自分の仕事が経営者以外の社会一般の人に役に立っているのだ。社会への帰属意識です。
武士は戦争が仕事かも知れませんが、それでは心の方が持たない。やはり「武士道」とでもいう精神的なモラルを確立することが必要でしょう。士農工商の身分が分かれていた時代、職人さん達は社会からの蔑視に対し、職人気質を育て上げ、プライドを持って対応して来ました。それによって仕事にやりがいを見つけ、人生を有意義にすることができるからです。また、社会も職人さんたちの技術を尊敬し評価します。
「道」と名がつけば、それをとことん追求して見ようとすることも人の本性。「ものづくり」の精神も時には資本の論理とぶつかることも多いでしょう。しかし、今の日本を本当に変える力となる可能性もあると思います。(2017.09.07)

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迷走する教育理念1

 そもそも、義務教育は何のために存在しているのでしょうか。西洋で発達した民主主義の理念の中に、「すべての人は生まれながらに平等である。」とあります。福沢諭吉翁も「天は人の上に人を作らず。」と書いております。でも、諭吉翁は、人は学問をするとしないではその後の人生に大きな差が生まれることも強調しております。でも実際、法の上ではすべての人は平等だと規定されていても、世の中の貧富の差はとても大きく、貧困家庭では子供にろくな教育を与えることができません。その結果、教育を受けられなかったその子供が成人してまた、貧困に陥るといった連鎖を断ち切ることができなくなります。
 だから、義務教育とはどの子供も平等とはいえないまでも、ある程度の基礎教育を受ける権利を担保しようという趣旨で、子供の親、自治体、国に教育する義務を課しているわけです。子供にとっては、基本的人権の一部であって、教育を受ける権利で、決して義務などではないはず。
 当初は、学校へ通えることを嫌がる子供など、想定できなかったはず。字が書けて、多少の計算が出来て、本が読めるということは人間が生きていくうえで大きな武器となることは、子供でも分かったから。でも、制度が確立してしまうと、学校嫌いの生徒がドンドン増えていきます。一方、社会の方は学ばねばいけないことがドンドン増えていきます。何故学校嫌いが増えるかは、さらなる分析が必要でしょう。でも、この傾向に対応して、学校に通うことは生徒の義務という発想に変わっていきます。近頃、先生の側から「教える権利」なんていう奇妙奇天烈な言葉を聞くことがあります。「教える権利」なるものあるとすれば、あくまでも「学ぶ権利」を補完するもので、単独で存在するものではありません。生徒が学ぶ義務があると考えるから、その対極として「教える権利」なる変なものが考え出されるのです。でも、本来人間が学ぶことは、権利の行使であって、決して義務ではないはず。
 最近、文部省が言い出した、「アクティブ・ラーンニング」。それでは、今までの教育は「パッシブ・ラーンニング」だったのでしょうか。人間が学ぶということは、あくまでも「学ぶ権利」を行使するアクティブなものなのか、言われたことを粛々とこなす義務としてのパッシブなものなのか。親や地域の反対を押し切り、ようやく学校に通えるようになって、初めて読み書きを学んだ貧しかった小学生たち、絶対に「アクティブ・ラーンニング」を行ったと思います。次から次へと知りたいことが出てきます。「アクティブ・ラーンニング」とは学ぶ喜びのある学習。権利としての学習。これを上から押しつけて義務としの学習としてしまっては効果無しでしょう。権利と義務。権利はアクティブな行為。義務はパッシブになりがちです。最後の孔子の言葉(論語)で締めくくりましょう。
「これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。」

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今学校で起こっている可笑しなこと

 うちの孫娘が、小学校の算数のテストで文章題で答えがあっているのに式を直されて来たことがある。もう、問題は覚えていないがこんな極めてやさしい問題だ。「初めに教室に3人の生徒がいました。後から17人やってきました。全部で何人になったでしょうか。」
これを、17+3=20人とやるとダメで、3+17=20でないと式がペケなのだそうだ。
これって、大数学者もビックリですね。しかも、これ文部省が指導要綱に明記して先生にとってはマニュアル化しているらしい。
 同じことは掛け算でもあるらしく、「5台のトラックに、1台当たり3個ずつ米俵を積むと米俵は全部で何個ですか。」。これも5×3、3×5どっちが正解か。基本的にはこんなこと大昔から世界中でどちらでも同じ、決まっているはず。ところがネット上では、日本の教室内では教室内だけで守るべきローカルルールがなければならないと主張している人々が存在しているらしい。足し算、掛け算では可換則が成立し、この事実は低学年からしっかりと身につけねばならない。5×3と3×5は等しいけど、5÷3と3÷5は異なっている。ただ、掛け算や割り算は、用いられている単位も同時に掛けたり割ったりしていることはしっかりと教えて欲しい。だから、本当に式にこだわるなら、「5台×3個/台=15個」とすれば良く、それ以外の式は減点と約束すれば良い。
足し算や掛け算は、普通の数だけでなく、高学年になるとベクトルだったり、行列だったり、集合だったりいろいろなものを考えなければいけない。a×b=-b×a (ベクトルの外積)、この程度のことは、今後中学生ぐらいまで下りてくると思われる。アクティブラーンニングによる柔軟な思考力が求められる。融通の利かないキッチョマン(著しく几帳面な人間)は最悪な先生だ。

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迷走する教育理念2

鳴り物入りで登場した「ゆとり教育」。2000年頃は「脱詰込み教育」としてもてはやされたのに、何故かいまは「脱ゆとり」。PISAとかいうOECDが実施する各国の学力試験の結果が下がってきたことが原因とか。これも、日本の経済力が落ちてきたことや、貧富の格差が拡大して教育困難な生徒が増加したことが本当の原因なのか、「ゆとり教育」の実施のやり方が原因なのか、学校の教育力の低下が原因なのか、その辺の検証は行われていないようだ。
 少なくとも、第2次中曽根内閣の時代に提案された「公教育の民営化、自由化」や「個性重視の原則」「生涯学習体系への移行」「国際化、情報化など変化への対応」といった理念は教育の未来に向けての改革を目指しており、さらには、内暴力、非行、いじめ、不登校、落ちこぼれ、自殺など、学校教育や青少年にかかわる数々の社会問題を解決に向けて取り組もうとの姿勢もあったはずだ。
 「ゆとり」といっても、富裕な家庭の子供たちは学外の学習塾や課外体験学習等の機会が増えて、学校とは別の「生きる力」といった本物の学力を大いに伸ばす機会に恵まれた半面、貧困家庭の増加から、学習困難児が教室でも増え、いわゆる学力の二極化がより顕著になってきている。確かにオリンピックでのメダルの獲得数が増えたり、将棋や本格的な学問の世界でも大人を凌ぐ能力の子供が出現したりするのはまさにゆとり教育の賜物であろう。学習の場は、学校だけじゃない。でも、この傾向が進めば、学校の役割はどうなるのであろう。
 教育の現場では、先生たちは一様に自信を失っている。平均的なレベルで授業を行っても、上位の子供たちは、あまりにレベルが低すぎて、聞くに堪えない。でも、一方には、もっとずっと前に遡っても全く理解できない子供たちがいる。平均値の教育では、どちらの側にたっても生徒たちは不満で先生は尊敬されない。どちらか一方の側に立てば、父兄や仲間の先生からもブーイングとなろう。子供たちは学習塾の先生の方が、教え方がうまいという。それは当然だ。学習塾は生徒一人一人のニーズに合わせて教え方をその都度工夫できる。
今まで、学校の先生方は画一教育に慣らされてきた。文部省の指導要綱に従って、箸の上げ下げまでマニュアル化されている。だから、抜本的な改革が必要なのは学校の制度そのものであろう。「脱ゆとり」を掲げて、授業時間を長くして、「英語」や「道徳」等の教科を増やして、無理やり子供たちを学校に囲い込んでも、生徒も先生も疲弊するだけだ。「公教育の民営化、自由化」をさらに進めて、学校の役割を見直すこと大切だろう。

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政府閣僚の失言問題

防衛大臣(第15代)の稲田 朋美氏が2017年6月27日に、都議選の自民党候補者応援演説の際、「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてお願いしたい」と発言したことが、自衛隊の政治利用ともとれる発言ではないかと批判されています。この発言が野党各党から辞任を求める要求となり、本人も謝罪しており、これで主相が解任すれば一件落着のはずが、主相が解任を拒んでいることが最大の問題となっている訳です。

過去失言問題で辞任した大臣は沢山います。ですが、今回の稲田さん、主相も解任させたくないほどの優秀なブレーンなのですね。将来は主相も目指したい。小池都知事と同じですか。従って、この発言はうっかりではなく、計画的に準備されたもの。たとえ謝罪しても、本心は変わってないはず。多分、言いたいことは「将来の日本の国防、自衛隊のあり方、他日本の将来を本気で考えているのは自民党ですよ。私は、自民党の代表としてお願いします。」程度のことだったかもね。あくまでもレトリック。「言葉通り受け取られてもこまるよ。」。でも世の中の人達、そんなに賢くないですよ。

選挙というものあくまでも個人が行う行為。防衛省の意見、自衛隊の意見、自民党の意見などある訳がない。ただ、最近の自民党は、執行部の公式見解に対し、反対意見を認めないとすることが慣例になりつつある。各省庁においても公式見解があれば、職員はそれに従うべきという考えが出てきているように思われる。非常に危険な思想です。 今、稲田氏は防衛省という軍の最高指揮官。もし、自民党が都議選で負けたら許しません。軍隊を派遣して、議会を解散させますよ。現にエジプトではアラブの春は軍によって潰されたでしょう。稲田氏の場合、防衛大臣という立場が、事を余計不安にさせているんです。

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ダイヤモンドの知恵

 NHKのEテレで、ジャレド・ダイヤモンド博士(Jared Mason Diamond, 1937年~)の学生との間の特別授業の様子(日本語吹き替え)が連載されていた。博士は、米国人で1937年、ボストンでベッサラビア(今のモルドバ共和国)出身のユダヤ系の両親の間に生まれる。1958年にハーバード大学で生物学の学士号を取得後、1961年にケンブリッジ大学で生理学の博士号を取得。その後、生理学者として分子生理学の研究(生物の遺伝や生理についても非常に詳しい)を続けながら、平行して進化生物学・生物地理学の研究も進め、特に鳥類に興味を持ち(バードウォチャーとしても本格派だ)、ニューギニアなどでのフィールドワークを行なった。そこでニューギニアの人々との交流から人類の発展について興味を持ち、その研究の成果の一部が『銃・病原菌・鉄』として結実する。他に、『人間はどこまでチンパンジーか?』、『第三のチンパンジー』、『文明の崩壊』等 多数の著作がある。上記テレビ番組の中でも、人類の誕生から人類の将来までの幅広い考察が披露された。
ダイヤモンド      ダイヤモンド博士ダイヤモンド博士
 『銃・病原菌・鉄』の冒頭で、博士はニューギニアで現地の賢者から、「あなた方白人は、沢山のものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それは何故だろうか」との素朴な質問を受け、答えられないことに気が付いた。
ジャレド・ダイアモンドの名を一躍有名にしたのが、一般向けの書籍『銃・病原菌・鉄』である。この著作は、「なぜヨーロッパ人がニューギニア人を征服し、ニューギニア人がヨーロッパ人を征服することにならなかったのか?」という疑問に対し、一つの答えとして書かれたという。ダイアモンドは、これに対して「単なる地理的な要因」(例えば、ユーラシア大陸の文明がアメリカ大陸の文明よりも高くなったのは大陸が東西に広がっていたためだから等)という仮説を提示し、「ヨーロッパ人が優秀だったから」という従来の根強い人種差別的な偏見に対して反論を投げかけ、世界的なベストセラーとなる。さらに、補足すると、もしニューギニア人の先祖がたまたま今のヨーロッパに住み着いて、白人の先祖がニューギニアやオーストラリアに住み着いていたなら、君たちニューギニア人の子孫たちが世界を席巻することになったはずだということ。なぜこんなことが言えるのか。詳細は上記書籍を読んでいただければ分かるが、次のことは言えそうだ。
まず、博士のあくなき知的探求心がある。ありきたりの定説では満足しない。必ず別の疑問が生じる。また、彼の広範な知的バックグラウンドは実にいろいろなアプローチを可能にし、彼が考えた仮説に確固たる基盤を提供してくれる。一方、過去の出来事を正しく理解するというのは歴史科学の役割だ。そのような意味では、宇宙の歴史から誕生まで人類の誕生までの歴史も自然科学一分野として確立している。ところが文明が起こり文字や記録が残されるようになった時代から以降は、歴史学は文科系の学問のように棲み分けできてしまったようだ。そこには「人間はサルとは別で、自然科学的な考察になじまない。」という、暗黙の了解があったのだろう。でも、「人間とチンパンジーの遺伝子は1.6%しか異なっていない。どうして人間は文化や技術を発展させたのに、チンパンジーは昔と変わらない生活をしているのか。」。 人間でも、オーストラリアのアボリジニと呼ばれる人々は、いまでも原始的な石器を用いた狩猟採集の生活をしている。彼らの先祖も昔は中国か東南アジアからやってき人々で、人間個人として劣っているわけでは全くない。結局、農業も文明も人と環境との相互作用の結果として生じたもので、そこには天才も意志強固なリーダも必要ない。このような考えは、特に人文系の人々からは「環境決定論」だと批判もあるらしい。しかし、一般の生物の進化論では地球環境の変化の重要性を認識しながら、人間だけは別だという論理は成り立たない。では、歴史に現れる偉人たちの功績は。それは、環境の変化、時代の要請をいち早く予見し、賢明な対策を先取りしたということだろう。ダイヤモンド博士は、間違いなく現代社会の「知の巨人」といわれる一人でしょう。

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安全国家

安全国家という概念があるらしい。平和で安全が保たれていてそんな国に棲んで見たい。実ところが実態はその反対。国の権力者が安全をやたら強調するのは、現状が安全ではないという大前提が含まれているからだ。
     2001年9月11日アメリカ合衆国内で発生した同時多発テロ。ジョージ・W・ブッシュ大統領は対テロ戦争を位置づけ、イラクやアフガニスタンに一方的に戦争を吹っ掛ける。国内では安全を理由に個人情報の開示が義務付けられ、監視国家へと変身していく。国民は安全を旗印にしているので多少の疑問があっても政府の言うことを忠実に聞くようになる。
     イラクへの攻撃は全くの濡れ衣であったことは現在では明白になっている。イラクが大量破壊兵器を準備しているというのは、米軍の一部がでっち上げた報告書。そもそもフセイン自身、世俗主義の独裁者でアルカイダのような原理主義者の目の敵のような存在。同時多発テロとは何の関係もない。
ビン・ラディンビン・ラディン      WTCWTC爆破
     一方の、アフガニスタンの場合もさらに気の毒だ。同国に逃げ込んできた亡命者をかくまうのはある意味では、独立国の権利でもあるし、義務でもある。つまり、米国はアフガニスタンを国家として認めていなかったわけだ。
     中世のヨーロッパにもこんな話がある。当時ヨーロッパには、都市国家といって周辺の王国から独立して自治を行っている都市が多数発生する。都市国家は独自の軍隊を持っており、周辺の王や貴族たちの干渉をはねのけることができる。だから、王国内の犯罪者やお尋ね者も都市国家へ逃げ込めば安全を確保できたのだ。ある時、一人の男が都市の少年にかくまってくれと頼む。少年は快く引き受けるが、後から来た追手の示す報酬に目がくらんで、男の居場所を教えてしまう。それを知った父親。「それは、許すべからず犯罪だ。」として、少年を撃ち殺してしまう。まあ、父親が許しても都市のルールが許さなかったのだろうが。      このような規範は、人類古来から存在する道徳であろう。日本の武士道もヨーロッパの騎士道にもそういう精神はある。危機をあおられると、国民のこのような理性は打ち消されてしまう。
アフガニスタンは、お金や軍事力では屈しない、宗教や道徳の力を持っている。イラクや中東もそうだ。金儲け一辺倒の資本主義の論理では、解決しない。だから、アメリカが軍事介入した地域はどこも滅茶苦茶な状況になってしまうのだ。
     安全国家というものは法治国家とは相反する性質を持つ。法治国家は、権力者に一定の歯止めをかけるために作られたもの。法を変えるには国民の間に正しい議論を積み重ねが必要だ。しかし、危機をあおることで超法規的なことを常態化してしまえば、法治国家の枠組みをいくらでも打ち壊せる。いつも、「オオカミが来た。オオカミが来た。」と騒いでいる政治家には要注意だ。

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数値目標

数値目標という言葉は良く使われます。でも、一見耳触りが良いようですが、たいていの場合意味のない数値が独り歩きして結局は世の中は変な方に発展してしまうことが多いので気を付けないといけません。
崩壊前のソ連邦では、自動車の生産量を西側諸国の追いつこうと大変努力しました。その結果、ソ連の自動車は大変重量が大きく効率の悪いものになってしまいました。官僚たちは、自動車の生産量を重量で計ったので、生産現場は生産量を水増しするためなるべく重たい車を作る努力をしたためです。
日本の上水道や下水道は、本当に過疎地域まで張り巡らされていますが、結局普及率向上のためでしょう。欧米諸国に追付け追い越せでしょう。本当に美味しい井戸水や農地や山林に下水を循環させた方が環境にもはるかに優しいのでしょうが。
日本では、高度成長期にサラリーマン向けの大規模な団地開発を沢山行ってきました。綿密な都市計画を実施して、宅地、商店街、近隣の農地をきれいに線引きしました。線引きも一種の数値目標でしょう。その結果団地には、年齢収入などが同じような人達が沢山集まり金太郎飴のような集団になってしまいます。だから地域の構成員同志の役割分担もなく、隣は何をする人ぞという関係に。今その世代が一斉に高齢化しています。地域と切り離された老人たちは、老後は介護施設に入りたい。江戸時代までは、老人の知恵は貴重な戦力だったのに。だから国を挙げての介護介護の大合唱となる。もともと老後の生活なんて国がとやかく口を出す筋のことではないはず。
農水省は、食料自給率向上を掛け声にしていますが、自給率はカロリーベースだそうです。高級野菜の畑をつぶして牧草を植えた方が自給率が向上するという計算です。実際に金額ベースでは日本の食糧生産高は世界の5本の指に入るとか。
子供の出生率なども、確かに人口の高齢化が進み出生率の低下が進んでいますが、社会の構造が変化しているためで、子供達の教育環境の整備ややりがいのある社会の構築を後回しにして子ども手当などをバラ撒いても社会を混乱させる以外の何物にもならないでしょう。
民間の会社でも経費削減とか残業代節約等に数値目標を入れるとサービス残業の増加やモラル低下を招くことが関の山でしょう。
我々の社会のほとんどの問題は、複雑系と言われるシステムですが、込み入って複雑なわけではなくモデルは単純でも結果は予測が難しいということです。しかし、モデルが比較的単純なら現場におけるその都度適切な対応で解決できるわけです。頭の良いと言われている人たちが会議をして出した結果はたいていは上手く行かない訳です。

哲学・社会学の部屋

思考実験

思考実験という言葉。理論物理学で良く行われる手法。アインシュタインが得意していたとか。特殊相対性理論の入門書では、「花子が止まっていて、太郎が速度V(光速に比べ無視できない速さ)で等速運動していて、云々…」。結構、読んでいてくたびれます。思考実験をするには、思考モデルが必要です。実際に実験を行うことは、大がかり過ぎ、コストもかかり、事実上不可能なことがほとんどだからです。だけれども、この方が、大変有効であったことは、現実の科学の歴史が証明しています。このことは、社会科学の分野でも当てはまります。社会科学で、最もモデルを有効に使っているのは経済学の分野です。
社会の力学というものは、実際に実験することは当然不可能ですし、再現することも難しいからです。また、モデルの妥当性を説得することも困難でしょう。また、モデルが良くできていて、現実をうまく説明できるほど、人々は、嫌悪感を抱き否定しようとします。人は、自分の先入観が否定されそうになると何とか理屈をつけて否定しようとするものです。次にあげる、映画館モデル、非常に簡明でうまいモデルだと思うのですが、みなさんはどうお思いでしょうか。


混雑する映画館  町中に大きな映画館がある。人気の映画が上映されていて、中は立錐の余地も無いほどの超満員。映画館の中は入場を待つ人たちの長蛇の列。映画の上映時間はとても長く、何時まで経っても中に入れない。上映されている映画はとてもつまらない。観客の目的はいつまでもこの映画館に留まること自体なのだ。実は、この映画館は、今の日本を反映したモデルなのです。
 この映画館は、時間とともに縮小していく。映画館の外の人達は抗議の声を上げるようになり、中の観客は押しつぶされそうになって悲鳴を上げている。もうお分かりと思いますが、この映画館は「終身雇用劇場」の看板をあげ、「年功序列制度を守り美しい日本」という長尺の映画を上映している。この映画館が大人気なのは終身雇用と年功序列の制度が日本経済の高度成長の原動力と信じられてきたからだ。
でも、この制度は明らかに致命的欠陥があります。会社組織というもの基本的に軍隊と同じピラミッド組織。入社時に総ての社員に終身雇用と年齢に応じた昇進を約束すれば、必然的に円筒型の組織に変わってしまう。軍隊ならば強制的に兵士を退役させることが出来る。社員を解雇できない企業は、この矛盾を解消しシステムを維持するためには、常に企業を拡張していく必要に迫られる。従って、日本の企業は、利益率よりもシェアーの拡大、子会社、系列会社を増殖させて、業務の多角化を続けていくことを運命づけられてしまう。
組織が拡大している限り、このシステムは機能するが、経済の成長が止まると、この制度は瞬く間に崩壊する運命にある。原理的にはネズミ講と全く同じだ。小泉政権の規制緩和も、この状況を緩和する目的で実施したもの。これが派遣労働が増えた原因だとは、原因と結果の取り違え、主客転倒、的外れな批判ですね。終身雇用制度が崩壊しているのだ。
ドイツでは、派遣労働を正規な労働の形態と位置図け、短時間労働と高効率の生産システムを達成し、今ではEUでもっとも成功した国となっている。日本にはもう一つネズミ講モデルがピッタリの例がある。国民年金の問題である。

経済の話
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最近流行している言葉

人は言葉を使う生き物だ。言霊というように言葉には魔力がある。マスコミは日々、新しい言葉を発明し、普及させようとする。言葉はある意味で、葵の紋章と同じだ。「汝ら、これが見えぬか。」水戸黄門が印籠を見せるような効果が出てします。本来の意味を離れて錦の御旗のごとく反論を封じてしまう魔力があるので気をつけないとけません。
  
忖度(そんたく) 印象操作 リア充 ヒール 親権とは ヘイト本
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忖度(そんたく)

 何故今頃になってこんな言葉がはやるのか。基本的には相手の気持ちを推し量る。発端は、私学の森友学園瑞穂の国小学院認可問題からで、総理の立場を忖度して云々。最近こんな難しい言葉使われてないと思いきや、実はこれは古語ではなく官僚仲間では、普通に使われているもの。官僚の立場、法や規則を守って公平が原則、しかし、実際の実務に当たっては、過去のしがらみや権力者の意向に逆らえない。こんな時に便利な言葉、こちらの立場も忖度してくれよ。「こっちにも事情があるんだ。こちらの立場を推測して理解して下さい。」では、相手は納得しないでしょう。もっと端的に言うと、「もう、話は決まっているの。議論はお終い。」が本音。
 日本の官僚は、基本的には終身雇用で、止めたらただの人、上司や時の権力者の意向に背いて左遷や首になったら元も子もない。常に上の意向を忖度してやっていくことが宿命となっている。現在の政治は自民党の一党独裁、政治指導とかで、官僚への圧力が強くなっている。せっかく忖度しても、後でトカゲの尻尾切りでは、官僚もたまらない。精一杯の反抗が始まっている。本日の忖度は、悪い方の使い方。こんな忖度ならない方が良い。
 儒教の道徳では、民の心を忖度するのは為政者の心得、友人関係も互いに相手の立場を忖度していけば丸く収まる。忖度ということば、単に相手の気持ちを推し量るという普通の意味だったのです。

最近流行している言葉

印象操作

 首相は「印象操作」を今国会でたびたび使う。「忖度(そんたく)した事実がないのに、まるで事実があるかとのことを言うのは典型的な印象操作なんですよ」「我々がまるでうそをついているかのごとく、そういう印象操作をするのはやめていただきたい」  またまた、意味不明の言論。忖度とは、相手の気持ちを推し量ること、そんなこと、誰がどうやって証明できるの。担当の役人が忖度したと言えばそうかもしれない。事実がないと言い張ること自体が既に自己矛盾です。  印象操作とは、見慣れない表現ですが、次のような定義があるそうです。文章表現上の工夫で、断定的な口調で自己の判断を提示し、それがあたかも「一般的」であるかのような印象を読み手に与える手法。断定的な口調で自らの主張を示す。

最近流行している言葉

リア充

リア充(リアじゅう)は、リアル(現実)の生活が充実している人物を指す言葉で、2ちゃんねる発祥のインターネットスラングだそうだ。リアルでない生活が充実している人物なんていうのがあるのかね。当初は、インターネット上のコミュニティに入り浸る者が、現実生活が充実していないことを自虐的に表現するための対語的造語だったらしい。当時は友達が1人でもいればリア充とされた。その後、このニュアンスは、従来のネット文化に染まっていない、携帯電話を介したネットの利用者たちが流入するにつれ、彼らの恋愛や仕事の充実ぶりに対する妬みへと変化していく。また、学生の場合は、容姿・部活(スポーツ)・学業の面で総合的に優れている者や、恋愛面において彼女がいる・女生徒と頻繁に出掛ける等も、そのような要素・経験が皆無な者と区別してリア充と呼称されるらしい。昔風の普通の人が一番リア充なんですかね。
他にも、ソロ充=インターネット上のスラングの一つで、1人でも生活を楽しめる人を指す。他人を気にせず趣味や仕事、食事などに打ち込むことができる人のことで、同じような意味の言葉に「おひとりさま」など。一方、キョロ充=他人の目を気にしつつも、自分の学生生活がリア充であることや、行動を共にするグループの一員であることを確認せずにはいられない人、年配者にはよく分からない世界だね。
リア王リア王なら知ってるけど!
そもそもリア充ってなんだ。少し分かりやすい説明をネットで見つけた。勝手に引用させてもらう。
タイトルは「リア充におびえる女子の本音」
“中学生「小学生の頃は良かった」。 高校生「中学の頃は良かった」。大学生「高校の頃は良かった」。社会人「学生の頃は良かった」。退職後「働いてた頃は良かった」。 いい加減気づけよ、今が一番楽しいって事に。
――私たちはしばしば過去の自分と今の自分を比較し、「あの頃は楽しかった…」なんて言いがちです。でもよく考えてみると、それってその時その時が一番楽しいってことでは?そんなことを気づかせてくれる素敵な文章ですね。
近頃私たちは、この「その時その時を楽しむ」という意識を忘れがちです。ではなぜ、この感覚が薄れてきてしまっているのでしょうか。「昔は良かった…」となげくだけならともかく、今の自分の日々がなんとなく充実していないかのように感じてしまう。これは単なる懐古主義や、思い出補正という言葉では片付けられません。では本当の原因はなんなのか。それはずばり、“リア充”です。
  もうすっかり定着しつつある“リア充”という言葉。このなんともあいまいな「リアルが充実している人」という言葉を聞いた時、私たちはどんな人物を思い浮かべるでしょう。交友関係が広くて、素敵な恋人もいて、日々何かに打ち込んでいて人生をエンジョイしている…なんてイメージが思い浮かぶと思います。 ではこのリア充という言葉を使うのはどんな時か。
「あの子はリア充だからいいよねー」「私はリア充じゃないから……」 
私たちがこの“リア充”について言及する時、多くの場合リア充と自分自身とを比較するような文脈で使っていませんか?逆に「私こそがリア充だ!」と声高に主張するような人はいないですよね。 
私たちが日常を省みるとき、自分よりワンランク上の存在=リア充を勝手に想定してしまっているのではないでしょうか。
「仕事はやりがいもあるし楽しい……けれど、恋人がいないから私はリア充じゃない」
「大切な友達は何人かいる……けど、コミュニティが広くないから私は非リアだ」 
この実体のないリア充と自分とを比べ、あたかも自分たちの日常は充実していないかのように感じてしまう。それって日々を過ごす上でとてももったいないことですよね。 
自分にないものを持っている人物を見れば、劣等感を抱いてしまうのも仕方のないことです。しかしその相手もまた、本人にしかわからないような悩みを抱えているはず。こんな人の人生は充実している(あるいはしていない)なんてことは決められていないのだから、幻のリア充と自分とを比べる必要なんてないのです。  そして冒頭で述べた通り、この“リア充”は、他人とは限りません。過去の自分と現在の自分を比べ、「あの頃は楽しかった…」と感じてしまうこともあるはず。過去の思い出を懐かしむということは、もちろん悪いことではありません。しかし思い出に引きずられるあまり、今の自分の幸せを見失ってしまうのはとても悲しいことですよね。
  他人に捕らわれず、自分の日常を受け入れ、日々楽しむ。それこそが真のリア充の姿ではないでしょうか。そうした気持ちこそが新しい出会いを受け入れることにつながり、そうすれば、愛情やパートナーにも恵まれ、結果的にいわゆる「リア充」になることができるのです。
  表面的なリア充を手放すことこそが、真のリア充につながる。一見難しいけれど、簡単なこと。ぜひがんばってみてください! (五百田達成2015.1)

最近流行している言葉

ヒール

ヒールとは
最近NHKの歴史の番組「知恵泉」という番組で、歴史の悪役と言う意味で「ヒール」という言葉が使われていた。タイトルにも出ているので相当使われている用語がと思いきやそうでもないようだ。 ブッチャー もともとは米国のプロレスの番組で、色々なタイプの悪役のことを”heel”と呼んでいたらしい。一方の善玉・正統派の方を”babyface”と対立する言葉のようだ。北米圏では本来の意味で使われていたのが、日本ではマスコミを中心にもう少し広い意味で使われているようです。日本のプロレスでは、もともとは善玉と悪玉と2分法で、使い分けていたのが、実際はチョイ悪だけと憎めないキャラとかがいて、むしろ誉め言葉として使われている場合すらありそうだ。
昔の勧善懲悪型の歴史感では、登場人物を善玉と悪玉に分けたがる傾向があるが、実際には悪玉側にもそれなりの言い分はある。それらを学べば今までの価値観が変わって来る可能性すらある。「ヒール」という言葉、チョット分かりにくい気がするが、
(2019年1月31日記)

最近流行している言葉

親権とは

親権とは神権か、真剣に考えてみよう。
栗原さん 千葉県野田市立小4年の栗原心愛(みあ)さん(10歳)が2019年1月24日、深夜に自宅浴室で父親・栗原勇一郎容疑者(41歳)に虐待の結果殺害された事件が生じた。母親のなぎさ容疑者(32歳)も共犯の疑いがある。母親は、父親からDVを受けていたとされている。加えて心愛さんが「父からの暴力」を訴えた校内アンケートの回答のコピーを市教委が父親に渡していたことが判明。子供を守る立場の教育関係者までが虐待に加担していたことも大きな問題だ。子供を守ることが出来る周囲の大人たちがそろって父親の見方をして虐待に加担していることもこの事件の異常性の一つだ。
船戸さん 船戸さん 昨年(2018年)3月にも、東京・目黒区で船戸結愛ちゃん(当時5歳)が虐待で亡くなった事件との共通点の多さも指摘されている。さすがにこれら一連の事件は、世界中から注目を浴びており、子供の人権を守る意識の低さがユネスコなどからも忠告されるようになっている。日本の法制度に問題があることは明かだ。


橋本さん 今年(2019年)3月には、横浜市の橋本佳歩容疑者と交際相手の田中聡容疑者は背中から腰にかけて全治3か月のやけどをしている3歳の長女を病院に連れて行かず、自宅に放置した疑いで逮捕され。原因は熱湯のシャワーを母親が服の上からかけたとのこと。
多発する児童の虐待事件。犯人は総て実の両親。しかも罪の意識は異常なまでに希薄だ。前の2つの事件では、父親がさかんに主張するのは「自分には親権がある。」「親権の行使をしたまでだ。」彼らにとって、親権は錦の御旗。
一体親権とは何なのか。結構みんな知らないようだ。ただ、とてつもなく強い権利らしく、行政関係の人間も黙らせる力があるとか。実は、六法の中の民法に規定がある。民法に第四章親権と言う項目が出ている。基本的には明治時代に作られた規定が、現状に合わなくなってきたんだろうと思われる。どんなことが書かれているのか。
第818条【親権者】成年に達しない子は、父母の親権に服する。
最初からビックリだ。子供を育てる能力が、子供が生まれたからと言って、父母にあるはずがないだろう。本能で子育てできる動物ならいざ知らず、哺乳類(多分鳥類も)は学習しないと子育て能力は身につかないものだ。動物園で育てられたゴリラの母親、子育てできず子育て放棄、飼育員が子供を世話しないと育てられない。
母親は、自分の両親や友達、その他周囲の大人たちのアドバイスを受けながら母親になっていく。父親ならなおさら学習が大変だ。そのためには社会の仲間達とのコミュニケーション能力が重要だ。生まれたばかりの赤子は、泣いたり笑顔を見せたり、笑ったりして、仕切りの大人たちとコミュニケーションを取ろうとする。これも一種の学習だ。両親もその気持ちを忖度して適切に対応していく必要がある。
多くの父母は、不完全ながらもそこそここの能力を会得し、何とか親になれる。ところが、最近これができない父母が増えている。核家族の密室保育。「親子水入らず」の生活。本当にこれが理想なのでしょうか。子育てができない。初めはみんなそんなもの。だから周りの人達と相談しだんだん賢くなって親も育っていくんだ。
ところが、コミュニケーション能力が無い人は逆だ。子育てができないのは自分のせいではない。単に周囲の評価が間違っているんだ。密室に囲い込んで自分流に子供や妻(夫)をコントロールしようとする。既に、家庭内DVが始まっている。
親とは初めから親なのでなく、子供と一緒に学習しながら少しずつ親になっていくのだ。そう考えると、民法第818条の規定は少しヤバイ。親になれない人にまで、あんたが親から頑張りなさいと言っているようなもの。学習しなさいならいいが、親権を行使すべきだと煽っているわけだから。
コミュニケーション能力とは、親と子にとっては特に大切だ。動物には本来自分以外は敵か味方かの価値基準しかない。コミュニケーション能力の無い親は子供にとっては大変危険だ。子供は、親としての世間体を保つ道具にしかならないからだ。だから、親権者=父母と言う考えは、大変危険。危険な親には親権も一時的には放棄してもらうような対策が絶対に必要だろう。
世界的にも親権の概念に関しては、子の保護という観点から見直しが進んでいるらしい。イギリス法では従来の監護権(custody)を親責任(parental responsibility)と改めるに至っている。また、ドイツ法でも従来の親の権力(elterliche Gewalt)を親の配慮(elterliche Sorge)と改めるに至っている。日本でも、
第820条 (監護及び教育の権利義務); 親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
として、義務を強調してはいるのだが、「親だから子供のことを一番考えているはずだ」という、ウソがまかり通り、権利だけを主張するものが後を絶たないようだ。
第821条から先は、ずいぶん大きな権利が並べられている。居所の指定の権利だの懲戒の権利だのどう見ても行きすぎみたいだ。「居所の指定の権利」なんて母親が父親のDVから子供を避難させた時に父親が子供を連れ戻す口実に使われそうだ(父と母が逆のケースもあるか)。懲戒の権利も虐待の正当化に使われそうだ。
どうも、我が国は親権のついては真剣に見直す時期に来ている。憲法の改正よりも優先事項だ。今のままでは、DVの親にとっては、親権は神権みたいだからだ。
(2019年3月9日記)

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ビザなし交流の訪問団事件

 北方四島ビザなし交流の訪問団の一員として国後島を訪問した日本維新の会の丸山穂高衆院議員(35)が11日夜、滞在先の国後島古釜布(ふるかまっぷ)で元島民の男性に対し、北方領土問題について「戦争をしないとどうしようもなくないか」「(戦争をしないと)取り返せない」などと発言し、トラブルになった。 同行記者団によると、丸山氏は11日午後8時ごろ、訪問団員との懇談中、元国後島民で訪問団長の大塚小弥太(こやた)さん(89)に「ロシアと戦争で(北方領土を)取り返すのは賛成か反対か」と語りかけた。大塚団長が「戦争なんて言葉を使いたくない」と言ったところ、丸山氏は「でも取り返せない」と反論。続いて「戦争をしないとどうしようもなくないですか」などと発言したとのこと。
この後、丸山氏は責任を取らされ維新の会を除名されたとのこと。何かこの事件スッキリしないと思いませんか。丸山氏が不適切な発言をしたと非難されているが、彼は戦争をすべしなどとは言っていないではないか。北方四島全面返還なんて日本だけの都合で発言していたら、北方領土問題は永久に解決しませんよという正論を主張しただけだろう。訪問団長の団長は元国後島民だったということなので、ビザなし渡航の団長として認められているんだろう。友好目的の訪問団の団長が、北方四島全面返還論の支持者だとすればまことに不適切な人事で、喧嘩を売りに行くようなものだ。そもそも北方四島全面返還論というものは、日本とロシアが何時までも敵対していて欲しいアメリカの陰謀だということ位は関係者なら誰でも周知の事実だ。確かに現時点での外務省の正式な見解は北方四島全面返還なのでしょう。だから日本維新の会は、党として言論統制したかったのかも。
この件に関する報道の姿勢も可笑しい。「戦争」という言葉だけをクローズアップして、どんな会話があったかも全然報道しない。このニュースを読んだだけではどこが失言なのかはさっぱり分からないだろう。まるでSNSの書き込み見たいな記事だ。

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ヘイト本

ネット社会に密かに広がっているヘイト発言が問題になっているようだ。ケント・ギルバート氏のベストセラー『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社)が中国人や韓国人への憎悪を煽る悪質なヘイト本であると非難されている。
Kent G.さん 私自身、中国語も韓国語も学んだこともあるし、彼等とも多少付き合いをしたこともあるので、ケント氏の言い分も多少とも当たっているところもあると、面白く読ませて頂いた。だけれども、一般の中国人や韓国人がベッタリと儒教浸けになっているわけでもないし、彼ら自身ある程度、儒教道徳の悪さも自覚しているものと信じている。コッソリ楽しんで読めばいい本だと思うんですが。
エスニック・ジョークと言うものがある。有名なものは食堂でウェイターが水を持って来てくれた。しかし、その中にはハエが一匹入り込んでいて、おぼれてバタバタしていた。「英国人は、勘定を払って黙って店を出る。ドイツ人はピンセットでハエを取って水を飲む。フランス人はウェイターに文句をつけて代わりの水を持ってこさせる。ロシア人は全く気にせずゴクリ。中国人はハエが溺れるの楽しみながら結局一緒に飲んでしまう。」、こんな話ウソに決まっているでしょ。でも、そこはかとなく民族性(他者から見た)が紛れ込んでいて面白いジョークとなっている。このような発言を、冗談だと取るか差別的発言をとるかは、受け手の資質にもよるだろう。
確かに韓国人は、儒教道徳に支配されている。儒教と言っても孔子や孟子の教えではなく、朱子学と言って支配者のために作られた膨大なルールブックだ。結構日常の礼儀作法にもやたらとうるさい。韓国の友人が私に尊大な態度を取っていたことがある。ところが私の方が誕生日が2~3日早く年長だと分かったとたんに手のひらを返したように丁重になる。自分の方が年上を思っていたらしい。年功序列社会なんですね。自分の父母を、うちの御父上(おちちうえ)が…と話すのも日本人から見たら変だ。当然、父が母がで敬語など使うべきでないと思うのが日本人。会社員がうちの社長殿が何て言ったら馬鹿かと思われるが、彼らはまじめにそう話す。
これも、一つの文化だから仕方がないと割り切るべきだろう。アメリカ人だって、『キリスト教に支配された悲劇の人達』かもしれないし、日本にも日本教なんてあるかも。ようは感情的な成らずに双方の意見の相違をしっかり理解しあうことが大切なのでしょう。

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物理の世界

目次   
万有引力の話 静水圧とは 気体の状態方程式 運動エネルギーとポテンシャルエネルギー
気体の圧力を統計力学的に求める 相対性理論 量子力学の世界
12歳の少年が書いた 量子力学の教科書熱力学とエントロピー
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相対性理論

20世紀の物理学の2大成果としては、相対性理論と量子理論が挙げられるでしょう。量子論の方は大勢物理学の大家が成果を少しずつ積上げて行ったものですが、相対性理論の方は、天才アインシュタインがほとんど一人で作り上げていった感じのものです。相対性理論は、最初に完成された特殊相対性理論とそれから十年あまりの努力の結果生まれた一般相対性理論で構成されています。後者は、法則を記述するための新しい数学理論が必要だったので、数学嫌いの彼が、著名な数学者の助けを借りて猛勉強して、十年近くかけやっと完成したものだそうです。一生の間これほど勉強したことは無かったと本人も振り返っているそうです。真理を知ろうとする強烈なワクワク感があったのでしょう。

さて、最初の特殊相対性理論の方は、そんなに難しくありません。他の物理学者達も一歩手前までは達成していたようです。発想の転換が革命的だったのですね。それまでは、宇宙は、絶対静止した空間に単一の時間と言ったものがあるという前提がありました。でも、そのような前提では、光速が不変であることと、電磁波のマクスウェルの方程式が座標変換で不変にならないことを説明しきれないことから、時空(時間と空間の組合せ)が相対的にしか決められないことに気がついたそうです。
      このサイトでもいずれ、その具体的内容を紹介したいと思ってますが、もう少し中身を掘り下げるとともに、表現方法も検討したいので、もう少しお時間を下さい。

  • 相対性理論入門

  • 物理の世界

    万有引力の話

    万有引力の話 万有引力の話(2)…連続体の場合       地球エレベータ
    無限に広がった平面の場合 平板コンデンサー内部の電界と容量

    F=Gm1m2/r2 …(1)
    これぞ有名なニュートンの万有引力の公式です。これを地球上の物体に当てはめれば、
    万有引力定数 G=6.670×10-11 Nm2/kg2          
               地球の質量  M=5.972×1024kg          
               地球の半径  r=6,371km=6.371×106m          
    ここで、リンゴ(一つm=100g=0.1kg)を用意しましょう。
    この林檎に働く力はいわゆる重力です。重力は当然ニュートンの有名な万有引力の式(1)から求まります。リンゴが例え上空1kmにあっても地球の半径は大きいので、(1)式の中のrは変わらないとしていいですね。m1は地球の質量、m2はリンゴの質量です。従って、(1)より
    F=6.670×10-11×5.972×1024×m2/(6.371×106)2   =0.981×10(-11+24-12)× m2
     =9.81 m2
    9.81m/s2は、地球上での重力加速度。従ってm2=0.1kgだから
    F=9.81 m/s2×0.1kg=0.981N
    つまり、0.1kg重です。ここまでは、復習です。100gのものが0.1kg重になるのは当然ですね。
    でも、万有引力はすべてのものに対等に働くので、リンゴが2つあれば、このリンゴ同志も互いに引きあいますね。ふだん考えることはありませんが。もちろんこの答えも簡単に求まります。例えば2つのリンゴが10cm(0.1m)離れているとしましょう。(1)式を使えば、
    F=6.670×10-11×0.1×0.1/(0.1)2
     =6.67×10-11N=0.68×10-11kg重
    こんな小さな力は問題にならないことは当然です。
    リンゴ星
    では、次にこの2個のリンゴが宇宙空間に10cm 離れておかれていたらどうでしょう。宇宙空間では、万有引力だけが有効に働く力です。地球も太陽も塵やガスが集まってできたものと考えられています。このリンゴが等加速度運動で、5cm (相手方のリンゴも5cm動くから)の距離を動くと仮定して見よう。
    この時の加速度はF/m=a=6.67×10-10m/s2 )
    X=(1/2)× 6.67×10-10 t2=10 cmから、(X=(1/2)α t2)
    t=√ (2x/a)=√ (2×0.5/6.67×10-10)=0.387×105 s =0.387×105s÷60÷60÷24=0.44日
    v=at=6.67×10-10m/s2×0.387×105=2.58×10-5m/s
    取りあえず半日ほどで衝突するのですが、衝突速度はやけに遅いです。
    でも、万有引力は(1)式から距離の2乗に反比例して大きくなります。2つのリンゴが近づくにつれて働く力は急激に大きくなります。上の計算は明らかに過小な見積もりです。2つのリンゴが衝突する瞬間は何と力Fは無限に大きく(距離が零だから)なってしまします。取りあえずリンゴが合体するところまでは予測できます。しかし、無限大の力を受けたリンゴがどうなるのか、(1)式から得られる情報だけでは予測できません。
    地球も他の惑星も微惑星の衝突から生まれたとされています。その時の微惑星の衝突は、ここで述べたリンゴの衝突と変わらないですね。どのように衝突したのか知りたいですね。ニュートンの有名な万有引力なんてみんな知っていると思っていますがよく考えると分からないところも沢山あるようです。
    【追記】ここで、述べてきたNewtonの万有引力の式は、質点系に対するもの。リンゴはある程度の大きさがあるため、接触する時は中心まで一致するわけではなく、各部分部分に異なった引力が働いており、力が無限大になることはありません。また、パソコンのキーボードに接触する時、距離がゼロですが、引力が無限大になり指が離れなくなることなど絶対にないですね。指にもキーボードにも形を保とうとする分子的な反発力があるので心配ないわけです。でも、距離が極限としてゼロに近づいた時、どうなるのか考えてみるのも悪くないでしょう。

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    万有引力の話
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    万有引力の話(2)…連続体の場合

      万有引力の公式は次の通りであった。 F=GmM/r2 …(1)
    ここで、mは今まで通り質点としておき、Mを連続体の質量としよう。簡単な場合としてMが半径 a の中空の球殻の場合を考える。地球を考えても、実際にはマントルや核などと成層構造をしているけど、基本的に中心に全質量が集まった質点として取り扱っても良いようだ。実際に地上での力学では、重力は下向き地球の中心を向いているとして計算しても何の問題もない。中が伽藍洞(がらんどう)の球殻でも多分同じだろう。つまり、m が球殻の外側にあるときはこのことを確かめるだけだ。
    だけど、mが球殻の内側にある時は、そう簡単ではない。質点mは、半径aの球殻の中心を通り、垂直な位置に置かれています。球殻と質点mの距離はrとします。2つの場合に分けて考える必要があります。(ⅰ)質点mが球殻の外側にある時、(ⅱ)質点mが球殻の内部にある時の2つだ。球殻の表面積はS=4π a2、 μ [kg/m2]を単位表面積当たりの質量とすると、M=μS=4πa<>sup2μだから、μ=M/(4πa2)となる。

    球殻
    (ⅰ) 質点mが球殻の外側にある時
    球殻の中心から質点mまでの距離をRとして、球殻がmに及ぼす引力を算定する。まず、球殻をOPに垂直な厚さdxの薄い円環に輪切りにします。この中心からxの距離にある円環上の微小部分dsがmに及ぼす引力の大きさは、
    df(微小部分)=Gmμds/r2
    ところが、円環は軸OPに関して対称だから、OPに垂直な成分は互いに打消し合ってなくなる。だから、
    df(微小部分のPO方向の成分)=df(微小部分)×cosφ= df(微小部分)×(R-x)/r=Gmμds/r2×(R-x)/r
    =Gmμ(R-x) ds/r3
    円環全体の合計の引力は、
    df(円環全体の合計の引力)=2πy・df(微小部分のPO方向の成分) =Gm・2πyμ(R-x) ds/r3
    ここまで、準備すれば求める引力Fはdf(円環全体の合計の引力)を合計すれば良い。
    すなわち、球殻全体ではF=∫df(円環全体の合計の引力)となるわけだが、実はこの積分が大変そうだ。どの変数に着目するかだが、rを取れば、r=R+a~R-a、xに着目すればx=-a~a、他にθをパラメータとしてθ=0~πとする方法もありそうだ。そのようにして変数を一つにしないと積分はできない。
    まずは、rに着目。dx/ds=sinθ→ds=dx/ sinθ、y=a・sinθからsとyを消す。
    一方、r2=y2+(R-x)2=y2+R2-2Rx+x2=a2+R2-2Rx=a2-R2+2R(R-x)であるから、
    2r・dr/dx=-2R、 ∴dx=-r dr/R、R-x=(r2-a2+R2)/(2R)
    df(円環全体の合計の引力)=Gm・2πaμ・sinθ×(r2-a2+R2)/(2R)×dx/ (r3sinθ)
            =Gm・πaμ・(r2-a2+R2)/( R)×(-r dr/R)×1/ r3
            =-Gm・πaμ(r2-a2+R2) /(r2R2) ×dr
            =-(Gmπaμ/ R2){1-(a2-R2)/ r2}dr
    球殻の外(1)
        検討の結果、点Pが球殻の外側にあれば、どの、球殻からの引力も球殻の全質量が球殻の中心に集まったものと見做すことが出来、結局はその合計を取ればよいことが確かめられました。ところで、ここで結構間違いやすいのが積分の範囲。aからbに積分するのと、bからaに積分するのでは符号が反対になってしまいそうだ。ここでは基本はあくまでもdxを全部集めたとして、x軸上を-a~+aまでのdxについての値を積分すると良い。このようにすればdxは微小でも正の値を保っている。変数を変換してもこの符号の向きを忘れては積分の結果の符号が反対になったりして??となってしまう。

    (ⅱ)質点mが球殻の内部にある時
    球殻に中
    この場合、積分の範囲がa+R~a-Rに変わること。これを実行するとなんと球殻内部では引力が零となってしまいます。球殻の周りからの引力が互いに打消し合って、全体として引力が零になってしまうわけだ。
    球殻内は零
    すなわち、F=∑f=(Gm’/R2)∑m=(Gm’/R2)∫dm=Gm’M/R2
        巨大な球殻の宇宙ステーションの中は無重力状態なわけで、まあその点は理解して頂けそう。しかし、地球の深部は高温超高圧であることが知られています。宇宙ステーションの中にもう一つ少し小さな宇宙ステーションを建設していきこれを繰返して行っても中心は無重力が残るのでしょうか。地球の中に空洞があって別世界が存在しているということは昔のSFではありましたが。球殻がもし剛体でなければ、こうはならないのでしょうか。球殻の中に水を入れた場合はどうなるでしょうか。
    球殻内は無重力

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    地球エレベータ

    次の、思考実験は地球の中心を通る竪穴を掘り、そこに物体を落とした時にどんな運動をするかという壮大なプロジェクト。球体は地球でなくてもいいので、将来人類が地球から宇宙へと脱出するような時代にはこんなプロジェクトもありかも。とりあえず、地球の平均密度をρ(kg/m3)、質量m(kg)の物体を地球の中心から半径r(m)の位置に置いてみる。先の検討から、物体に作用する引力は、半径rの内側の質量のみ。つまり、
    円筒トンネル
                   M'=(4/3)πr3ρ
    であるから、この物体に働く引力はいつも地球の中心Oを向いており、その大きさは、
                   f=GmM'/r2
    ところが、地球の総質量Mは、rをRとすれば良く、M=(4/3)πR3ρ 、M'=(r3/R3)M だから、
                   f=GmM/R3×r
    つまり、     f=kr、k=GmM/R3;   力が、常に中心からの距離に比例して、なおかつ中心に向かっているということで、これはバネの単振動(md2x/dt2=-kx)と同じだ。
    この単振動の周期は、T=2π√(m/k)となる。
    円筒トンネル
    この振動は非常に高速だ。わずか1.4時間程度で地球を一往復。平均時速9000km/時となる。ただ、この周期は、重力加速度の平方根に反比例するので月を対象にすれば2.5倍ぐらいに増えてしまうがまあ、実用的な値だろう。月ならば穴を掘ってもマグマは出てこないだろう。

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    無限に広がった平面の場合

    次に考えるのは無限に伸びた平面(質量を持った)が、そこから距離a(m)のところにある点Pにある小物体(質量mの質点)に及ぼす万有引力を求めようというものです。全く空想上の仮定みたいだけど、半径約6400km地球の上空10km(高度1万m)に何か物体が浮かんでいる情景は、ほぼこんなものでしょう。なお平面の質量面密度をμ(kg/m2)と仮定します。
    無限平面 無限平面
    点Pから垂線を下ろしてその足をOとしましょう。Oを中心の平面上の同心円がたくさんあると考えます。その中から微小な幅dxのリングを選んで、微小中心角に対応する長さをdsとして、平面の微小要素と質点mの間の引力は、
                   df'=Gmμdxds/r2
    この力はx方向(リングの径方向)の力は、互いに打消し合ってしまうので、OP方向の成分だけ考慮すれば良い。
                   df'=Gmμdxds/r2・(a/r)
    だから、リング全体としては、df=Σdf'OP=Gmμdx/r2・2πx(a/r)=Gmμadx/r3・2πx
    ここで、r2=x2+a2、だから2rdr/dx=2x →dx/r=dr/xとなるから、
                   df=Gmμ2πadr/r2
    平面全体が質点mに及ぼす引力は、dfをすべてのリングのついて積分すればよいので、dxについて0~∞まで積分する。変数xをrに変換したので、drにつてa~∞まで積分すれば良い。
                   f=∫adf=Gmμ2πa∫adr/r2=Gmμ2πa[-1/r]a=Gmμ2πa×(1/a)=2πGmμ(一定)…(1)
    つまり、この平面の上にある物体には高さにかかわらず、同一の引力が働くことが分かります。高さが2倍になれば、同じ立体角での平面上の面積は4倍(対応する質量も4倍)になりますが、距離が2倍になるのでそれによる引力は1/4になり、結局高さに依存しないことが分かります。
    ここで、チョット不思議な気がするのは平面上の質量分布は無限に広がっているので、その質量の合計も無限に大きくなるような気がするのですが、その値は有限で収まっています。結局xが大きくなる遠くの方の微小平面の引力は、鉛直方向の成分が小さくなるので効果が小さくなってしまうのです。だから、実際には平面は無限でなくてもある程度大きなものなら無限だとみなしても差し支えないということです。平面を地球の表面に見立てると、地上に存在する質量mに対する引力はmgです。つまり、地球上の物体にはすべて重力加速度gが作用することを証明したことになるんです。
    地球の質量をM、地球の半径をRとすると、g=GM/R2…(2)、また、(1)式の力が地上での重力ですから、
                   mg=2πGmμ、これと(2)式の関係から、μ=M/(2πR2)
    つまり、最初に仮定した面密度はμ(kg/m2は、地球の質量の半分を地球の投影面積で割ったものだと分かります。

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    平板コンデンサー内部の電界と容量

    静電気力も万有引力と同じく、距離の逆2乗に礼する力だ。すなわち、
              万有引力; f=Gmm'/r2
                クーロン力;f=kqq'/r2
    無限平面 G→k、m→q、m'→q'とすれば全く同じ式であることが分かる。ただし、質量にはマイナスの値は無いが、電荷は正負の両方の値を取る点だけが異なっている。だから、無限に広がった平面での万有引力に議論がこのまま適用できることになる。
    ここに、比例定数kは、真空中では、9×109[Nm2/C2]の値。平板平面コンデンサーの電荷密度をσ[C/m2]としよう。上板は+、下板は-に帯電している。コンデンサー内部にある+1Cの単位正電荷に対しては、上板からは2πkσの斥力(同符号)、下板からは2πkσの引力(反対符号)のが働き、結局内部の力は4πkσの下向きの力が働くことになる。この力を電界と称する。この単位正電荷に働く力は無限に広がった平面での万有引力の場合と同じで平板に位置によらず一定というところが大事だ。だから、コンデンサーの外側では、単位正電荷に働く2つの板からの力は打消し合って、コンデンサーの外側の電界は零となる。
    実際には、平板は無限の広さを持つわけではないが、極板間の距離に比べて平板が十分に広い場合はこの関係が成り立つと考えられる。
    ところで、電位差というのは、力が働いている電界内で、単位電荷を動かすのに必要な仕事のことを言う。だから、極板間の電位差は、極板間の距離をd[m]として,           V=Ed=4πkσd[V]
    電位差の単位はV(ボルト)で表わす。
    次に、コンデンサーの極板の面積をS[m2]、蓄えられている電気量をQ[C]とすると、Q=Sσ、一方電気容量をC、Q=CVとすると、
               C=Q/V=Sσ/4πkσd=(1/4πk)(S/d)となる。これがコンデンサーの容量を表す式だが、この単位をF(ファラッド)と呼ぶ。
    電気の場合は、単位が結構分かりにくい。電荷の電気量の単位をC(クーロン)出表すので、クーロン力のfは勿論N(ニュートン)ですが、
    係数のkは、[k]=[Nm2/C2]、[E]=[4πkσ]=[N/C]、[V]=[Ed]=[Nm/C]、さらに、
    [C]=[Q/V]=[(1/4πk)(S/d)]=[C2/Nm]=[F]、コンデンサーの容量はF(ファラッド)で表す。

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    運動エネルギーとポテンシャルエネルギー

    ニュートン以降の力学の発展の中で、運動の大きさを表す尺度として「運動量mv」と「運動エネルギー(1/2)mv2」のどちらが適切か論争が当時の学者たちの中で闘わされたという。現在ではどちらも運動を表す大切な尺度として定着しているが、性質はずいぶん異なるのでしっかりと使い分けできるようになりたい。
    【運動方程式の積分】
    質量mの物体が力Fを受けて運動した時、その運動方程式は、
              md2x/dt2=F…(1)となるのが有名な運動方程式。この両辺にdx/dtをかけて、tについて積分する(t=t0~t)。
              m∫t0t(dx/dt)(d2x/dt2dt=∫t0tF(dx/dt)dt
    ところが、d/dt(dx/dt)2=2(dx/dt)(d2/dt2であるから、左辺の積分は、次のようになる。
              (m/2)∫t0td/dt(dx/dt)2dt=[(m/2)(dx/dt)2]t0t
    ここでdx/dt=v(速度)とすると、上式は、           mv2/2-mv02/2
    右辺については、∫F(dx/dt)dt=∫Fdxとなる。結局上の積分からは次の方程式を得ることができる。
              (mv2/2)-(mv02)/2=∫x0xFdx
    ここで、mv2/2は運動エネルギーと呼ばれる量で、運動エネルギーの変化が仕事に変換されることを示している。

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    気体の圧力を統計力学的に求める

    気体を剛体の球(気体の分子)が自由に飛び回っている状態と考えます。一辺の長さがL、体積がV=L3の硬い箱の中に、質量mの気体分子がN個含まれていて、ランダムに飛び回っている状況を考えます。これを理想気体とします。重力の影響はここでは無視。気体の分子同士、および気体分子と剛体壁は弾性衝突(反発率e=1)するとします。つまり、衝突の前後でエネルギーが失われることが無い状態です。かなり無理な仮定ですができるだけ簡単なモデルということで我慢します。
    理想気体

     さて、図のように箱の辺に沿って座標軸x、y、zを取ります。x軸に垂直な壁S(右側としましょう)が受取る圧力を求めます。y、z軸で考えても同じですね。気体分子は各々勝手な速度で飛び回っていますが、そのうちの1つを取って、その速度をv、成分をvx、vy、vzとします。分子が壁Sと衝突すると、
    速度はvxから-vxに変化。運動量は2mvxから-2m vxに変化します。分子は壁からこれに相当する力積をうけ(x軸の負の方向)、壁はその反作用として反対向き(x軸の正の方向)の力積を受けます。壁が受ける力積は、
            f△t=2mvx  …(1) △tは、本来は力の作用時間ですが、反発率1の剛体では△tは0、力は無限大。でも、fと△tの積は有限となります。完全剛体自体が一つの理想化したモデルですから、実際の衝突の問題では力積を使わないといけないのです。
    従って、△tは分子が衝突してから次に衝突するまでの時間を考えて、その間は一定の力がかかっていると考える訳です。分子が壁に衝突して反射して反対の壁にぶつかりまた反射して壁Sに到達するには距離2L進みます。その間の時間は、
           △t=2L/vx
    となります。これを(1)に入れると、f=mvx2/L …(2) の力を受けることが分かります。 一方、v2=vx2+vy2+vz2
    平均操作を""で表す。すなわち"v2"=(1/N)∑v2、∑の和i=1~Nは、自明なので省略します。
    vx、vy、vzは、個々の分子では色々な大きさがあるが、平均値をとると空間の等方性から同じになる。
    つまり、"vx2"="vy2"="vz2"=(1/3)"v2"
    N個の分子が壁Sから受ける力Fはfの総和を取り、
    F=∑(mvx2/L)=m"vx2"N/L=Nm"v2"/(3L)
    これより、壁Sが受ける圧力pは
     p=F/L2=Nm"v2"/(3L3)=Nm"v2"/( 3V)  …(2)
    これで、気体分子運動の平均的な速さが分かれば、箱の中の壁に作用する圧力が求められることが分かった。
    箱の中の気体は方向に関係なく均一なpという圧力が存在しています。
    ここで、NをNA(アボガドロ数)とすると、気体の状態方程式から、
     pV=RT=NAm"v2"/( 3V)×V
    m"v2"=3RT/NA
    (1/2) m"v2"=(3/2)(R/ NA)T=(3/2)kT
    左辺は、分子1個当たりの平均運動エネルギーですね。理想気体では平均運動エネルギーは温度だけで決まります。
    k=R/ NAは、ボルツマン定数で、
    k=1.38×10―23J/Kです。
    気体のこのエネルギーは、内部エネルギーと呼ばれます。
    U=NA((1/2) m"v2")=(3/2)RT 
    さらに、1モル当たりの比熱は、温度を1度上げるのに必要な熱だから、
    Cv=(3/2)R(T+1)-(3/2)RT=(3/2)Rとなる(定積モル比熱)。
    【追記】2017.8.28
     気体の圧力は、このように統計的手法でうまく説明できます。しかし、ボルツマンがこれを発表した当時は、全く無視されてします。当時は分子という概念は実体として解明されておらず、圧力は流体力学的な連続体モデルで説明されていました。例えば水を考えると、パスカルの法則に見られるように、圧力は瞬時に伝わる連続体で、ポツポツの粒子が自由に動き回る世界は想像外だったのでしょう。確かに水圧に関してはこのモデルで説明することは難しそうです。

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    静水圧とは

     アリストテレスは、力が物体に作用すると物体は動き(運動し)、力が働かなければものは動かないと考えていた。コップに水を入れておいておけば、水は力が働いていないので動かない。しかし、コップは水が入ったため明らかに重くなっており、それが置いてある机により多くの圧力を与えるだろう。あなたが机を下向きに押せば、力が必要ですが机は動きません。また、あなたがいかに力持ちでもあなたの体重よりも大きな力で下向きに押すことは不可能です。ここで、作用反作用の法則を思い出してください。机が動かないということは、机から上向きの力が働いているのでしたね。動かないということは、力が働いていないのではなく、働いている力が釣り合っているためと分かることは大きな進歩です。
     では、圧力とは何でしょう。簡単に言えば単位面積当たりの力です。あなたが面積Sの板の上に乗り、あなたの体重がM(kg)とすると、その時の圧力P(N/m2)は、
    P=Mg/S 【N/m2】、
    gは重力加速度で地上では、9.8m/s2、体重は正確には質量と言わねばなりません。ところがあなたが乗った板には本当に均等な圧力がかかっていたとは言えません。上のPは、平均の圧力です。実際には板の端と真ん中ではちがう圧力でしょう。
     ちょっと話がそれますが、土木や建築の分野では、出来上がったコンクリートの強度を確認するために、現物と同じ条件で試験練(ねり)として拵(こしら)えた円柱の供試体を何本も造り、これを機械的に潰してどこまで耐えられるか試験します。この試験体をつくる円柱の大きさ等の仕様はキチンと決まっていて、これ以外は認められません。所要のコンクリート強度を確保するためには結構色々な条件を考慮する必要があるのです。強度というのはコンクリートの内部に発生する圧力に対する耐久力です。コンクリートの年齢(打設してからの時間経過)、配合(水、砂、砂利、セメントの量と割合)、温度等色々考慮する必要がありますが、円柱の大きさが決まっている最大の理由は、コンクリートの場合、内部の圧力の分布は均一にはならないためです。供試体が大きい方が耐久力があるようです。

     この点、水(流体)を対象にすると圧力はずっと簡単になります。水圧は、流体の中に仮想の面を考えると面がどちらに向いていても面に垂直な成分しかありません。上で述べたコンクリートのように面の向きで圧力の値が異なったり、面に平行な成分が発生するものを応力と称しています。詳しくは、材料力学等の分野を学ぶ必要があります。
    【水中の一点に作用する水圧は、その方向にかかわらず強さが等しい】
    図1に示すように、一辺が鉛直な三角形の単位長さの仮想三角柱が水中にあるとする。鉛直としたのは、この三角柱に作用する力は下向きの重力だけとしているから。
    静水圧の説明図-1
    結局水中の圧力は、深さが一定ならどの方向でも一定になります。材料が固体(剛体ではない)ではこうならず、応力テンソルという物理量が必要になります。
    鉛直筒体図-2
    次に、水中で仮想の鉛直筒体を考え、切り口を単位面積とすると、w0は水の単位体積重量(ρg)だから、
           p2=p1+w0H、ここでw0は水の単位体積重量(ρg)だから、
           p2-p1=w0H
    また、右図では、p=p3-p0=w0H、p0は大気圧。大気圧を零(基準)と考えて、p/w0=Hを水頭(head)と言います。
    結局静水圧とは深さだけの問題ですね。次に示すのはパスカルの原理とも言われているもので、「密閉容器中の流体は、その容器の形に関係なく、ある一点に受けた圧力(単位面積当たりの力)をそのままの強さで、流体の他のすべての部分に伝える。」 というもの。建設機械等に使われる油圧の原理もこれですね。
    油圧機械の原理図-3
    油圧ポンプの原理です。左側のピストンをF1の力で押すと、水圧はp1=F1/A1となります。右側のピストンは断面積をA2とします。例えばA2/A1=100とします。p1はパスカルの原理で右側に伝わり、右側のピストン内の圧力はp1です。だから、右側のピストンに作用する圧力は、F2=p1A2=(F1/A1)A2=F1(A2/A1)=100F1となります。力が100倍に拡大されます。もちろん左側のピストンは100倍の距離を動かさなければいけませんが。建設機械は大きな力を出しますが、決して電源コードを引きずっていませんね。油圧を使うと大きな力を発揮することが出きる訳です。

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    気体の状態方程式

    気体というものは、身の回りにありながらその存在が本当に分かりにくい。液体なら、暖めても体積は変わらない(本当は変わるのだけどたいてい無視できる)。熱機関等の発達で水蒸気等を取り扱い始めてようやくその物理的な性質を記述できるようになります。
    最初に出て来るのがボイルの法則(1662年)、続いてシャルルの法則(1787年)が発見されて気体の性質が調べられるようになってきます。これらは1つにまとめてボイル・シャルルの法則と呼ばれます。
    気体の状態は、結局f (p,V,T)=0という形で表せます。つまり、圧力p、体積V、温度Tの3つの状態量を決めると後の一つは自動的に決まってきます。
          ボイル・シャル法則: pV=nRT…(1)
    nは気体のモル数です。圧力pはPa(パスカル)=N/m2、体積Vはm3、温度Tは絶対温度Kとすると、R=8.3 J/mol-K、これを気体定数と言います。絶対温度は℃の温度に273.15をたしたもので、この結果(1)のように圧力、体積と温度が比例関係で表せます。つまり、体積∝温度、圧力∝温度、体積∝1/圧力のいい関係が得られます。ただし、変数が3つなのでどれか一つを固定して考えないと難しいですね。だから偏微分が沢山出て来るのです。慣れれば普通の常微分と同じですが。
    それと、(1)から分かるように、温度は上限が無いですが下限は存在します。T=0Kになると、体積か圧力のいずれかが0になってしまいます。実際には空気は液化してしまうでしょうが。
    ボイル・シャルルの法則が成り立つ気体を理想気体と称します。常温で普通の気体を扱っている限りは、理想気体はかなり良い近似(ボイル・シャルルの時代はこれで充分だったのでしょう)とされていますが、実在の気体を取り扱うためボイルシャルルの法則とは異なった形の状態方程式       f (p,V,T)=0が提案されています。
    理想気体の内部エネルギーについては箱の中を自由に飛び回る、N個の剛体粒子モデルで既に求めました。統計力学的な手法です。
    気体の圧力を統計力学的に求める
    その結果、空気分子の力学的運動エネルギーの総和E(1モルの場合)が
          E=∑(1/2)mv(i)2=(3/2)RT…(3)
    となることが分かります。これを理想気体の内部エネルギーと定義するのです。また、これが温度の正体ともいえるのですね。また、pV=RTの関係があるので
          E=(3/2)pV、すなわち 
          pV=(2/3)E
    、これをベルヌーイの関係と称します。
    一方、実在の気体を取り扱うための状態方程式として良く使われるものに、ファン・デル・ワールス(van der Waals)のものが良く使われている。
          (p+a/V2)(V-b)=RT
    ここで、a、bは気体毎に異なる物質定数です。
    ここで、気体の性質のもっとも基礎的なところ、気体の膨張率と圧縮率を求めます。下記の通りです。
    気体の圧縮率・膨張率
    なお、理想気体については、膨張率はβ=1/T(定圧)、圧縮率はκ=1/p となります。
    気体の体積をV=V(T,p)とすると、
          dV=(∂V/∂T)pdT+(∂V/∂p)Tdp
          dV/V=(1/V)(∂V/∂T)pdT+(1/V) (∂V/∂p)Tdp=βdT-κdp
    となります。第一項が温度上昇による体積の増加率、第二項が温度が一定の場合の圧力増加に伴う体積の収縮率です。
    理想気体の場合は、β=1/T、κ=1/pだから、(4)は、
          dV/V=dT/T-dp/p、すなわち∫dV/V=∫dT/T-∫dp/p
    積分範囲を(V1,p1,T1)→(V2,p2,T2)とすると、log(V2/V1)=log(T2/T1) -log(p2/p1)
    ∴log(V2/V1・p2/p1・T1/T2)=log(RT2/RT1・T1/T2)=log 1=0
    ここでは、pV=RTの関係を使っている。ところで、対数関数の積や商は、高校の数学では和や差で表されると習ったはず。
    log ab=log a+log b、log a/b= log a-log b
    しかし、logの中は当然無次元である。logの中が、温度や体積、圧力にならないよう。指数関数や三角関数でもそうですが、上の場合は特にうっかりしやすいと思います。ただ、熱力学の教科書では、log(p)やlog(V)が平気で出て来ます。たいていは、和とか差で無次元のなるのですが。
    【対数計算の復習】
    ある数を〇乗したら、M(任意の数)になるとします。この時、
    ax=Mですが、これをx=logaMと表します。aは対数の底と言います。
    例えば、常用対数は底が10で、2=10x、x=log102=0.301だから、2=100.301
    2100=(100.301)100=1030.1=1030×100.1=1.259×1030 (100.1=1.259)
        大きな数を扱う時には対数は大変便利です。ところで、自然科学の分野で対数を利用する時は、ほとんど底はe(=2,718---)を用います。
    ex=y の逆関数がx=log yです。ここで注意してほしいのは、xは普通の数ですね。つまり無次元数。ex-kg、 ex-m 、ex-Pa 等ということ絶対ありえないですね。ということはyも無次元でないとおかしいですね。
    y=AexとすればyはAと同じ次元です。Aに単位が入っていても問題ないから。
    両辺の対数を取れば,
    log y=log A+x、x=log y-log A=log(y/A)
    この時、上の式のlog y、log Aは、本当はおかしいでしょう。log(3kg)なんてある訳ないから。最終結果はOKでしょうが。積分の時もあります。
    ∫dx/x=log|x|+C、xが圧力とか単位を持っていたら、左辺は無次元ですが、右辺のlogの中には単位が入って来てしまいますね。積分定数がついているのでうまく調整は聞くのですが、なんとなく感じが良くないですね。

    【気体の比熱】
    次に気体の大事な性質は比熱でしょう。
    気体の比熱
    気体の比熱

    物理の世界
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    熱力学とエントロピー

    目次   
    エントロピーとは何だろう=エントロピー増大の法則 エントロピーを計算して見る 等温変化と断熱変化
    カルノーサイクル 情報工学とエントロピー

    エントロピーとは何だろう=エントロピー増大の法則

    エントロピーという言葉は、最近良く使われるようになって来ています。本来は、物理学の中の熱力学という分野で使われ始めたのですが、それが統計力学の確率的な見方を通して、分子運動の乱雑さを表す指標と同じものであることが分かります。それが情報の不確実さを表す指標と同じものであることが、明らかになり情報工学分野でも盛んに使われるようになってきました。また、環境問題でも環境の質を評価する一つの指標としても使われるようになってきています。
        エントロピーは、エネルギーと並んで自然を理解する上で非常に重要な概念です。ただ、力や加速度、距離や時間と異なり直感的に理解するのが難しいので基礎的な考えを学んでおくことが必要なようです。まず、熱という量は結構分かりにくい所があります。病気になって熱がある。熱はある訳はない。体温計で計るのは体温つまり温度です。熱とはエネルギーの流れで、直接は計ることが出来ない量なのです。このような量としては、力学で使う仕事という概念も同じです。仕事も力×動いた距離、W=Fdで力の流れみたいなもの。そういえば、熱力学でd’Qとかd’Wとかあって、これは全微分ではないですよ。普通の微分ではない単なる微小量ですとよと教わった記憶があります。さらに、熱も仕事もエネルギーの単位J(ジュール)で計測されます。つまり、熱と仕事を組込んでエネルギーの保存則が成り立っている訳です。熱はエネルギーの一形態であり、熱を利用して色々な機械を動かして仕事をすることができます。しかし、熱エネルギーはどんなに頑張ってもすべてを仕事に変えることは出来ません。
       このことを最初に研究したのが、カルノーサイクルで有名なサディ・カルノー(1796~1832)です。熱機関というものは、結局高温の熱源THからエネルギーを受取り仕事をして低温熱源Tに熱を与えてもとに戻るサイクルを繰返して動きます。最も効率の良い理想的なサイクルを考えてもその効率は限度があります。熱エネルギーは大抵の場合、半分以上は捨てざるを得ない宿命があります。蒸気機関車はせいぜい10~15%程度の効率、火力発電でも40%を越えれば上出来です。それでは、どうして火力発電を止めて水力に変えないのか。水力発電ならエネルギー効率は90%以上も可能なのに。ところが化石燃料には古代の生物達が貯金してきた膨大なエネルギーがコンパクトに蓄えられています。水力を使うには大規模な土木工事が必要で環境への影響も小さくありません。経済効率からは圧倒的に化石燃料は有利です。ただし、近年は地球温暖化と資源の枯渇の問題から化石燃料を多量に消費することは問題がありますが、エントロピーとは直接関係ななさそうです。
       熱とは結局、高温から低温に流れるもので、その逆はありません。そして、この時必ず増えていくのがエントロピーという物理量です。このような変化を不可逆変化と言います。コップに落としたインクがコップ全体に広がってしまって元に戻らないのが不可逆変化。情報の世界では噂が広がって尾ひれがいっぱいついて元の情報が分からなくなってしまうのも不可逆変化。情報の不確かさを表すのもエントロピーと言う指標を使います。
     森羅万象色々な人や自然の活動の結果、最後に残るのは低温の熱源だけ、エントロピーはどんどん増大していきます。世界(宇宙)は、最後には一様な低熱源のみの死の世界。これを「熱的死」というのだそうです。運動量やエネルギーの保存則と比べてあまり明るい感じの法則ではないでしょう。色々なシステム(環境や社会的システムも含む)にとっては、自己のシステム内のエントロピーを以下にいかに増やさないようにできるか大変重要な問題となって来ているのです。

    熱力学とエントロピー
    物理の世界

    エントロピーを計算して見る

    熱力学でのエントロピーの定義は極めて単純です。       dS=d’Q/T……(1)
    エントロピーの単位は、エネルギー(熱)を絶対温度で割ったもの、つまり、同じエネルギーでもその時の温度によって価値が違うぞと言っているんです。移動した熱量をその時の絶対温度で割るだけです。
    d’Qとダッシュがついているのは、熱量の移動は全微分にならないからですが、Tで割った結果のdSは全微分になるのはチョット不思議な気もしますが。全微分にならないと熱の移動の仕方でその都度その量が変わるので微分積分など操作に耐えられないという問題があるんです。       △S=△Q/T……(2)と書いてある教科書もあるかもしれないが、系の温度が変化する場合は、(1)の表示は不正確だし、(2)では足し合わせて積分するにも不便です。
    ただし、系の温度が変化しない場合には、(2)を使うことが可能で、そのような特例として(水の)融解と蒸発の例があります。

    【問題1】1気圧のもとで、0℃、1gの氷がとける時のエントロピーの増加量
    水の融解の潜熱は80cal/gでした。0℃=273K     △S=△Q/T=80/273=0.29[cal/K・g]=1.23[J/K・g]
     氷が融解して水になるとエントロピーが増加します。

    【問題2】1気圧のもとで、100℃、1gの水が蒸発する時のエントロピーの増加量
    水の蒸発の潜熱は540cal/gでした。100℃=373K     △S=△Q/T=540/373=1.45[cal/K・g]=6.06[J/K・g]
     水が蒸発して水蒸気になるとエントロピーが増加します。

    【問題3】理想気体の場合…1モルの理想気体を考えて、その温度や圧力が変化した時のエントロピーの増減を考えてみます。
     1モルの理想気体(これを系とする)を考えます。理想気体では、状態方程式  pV=RTが成立します。その時、
    ①体積が一定で、温度がT1からT2に増える時の系のエントロピーの変化
    ②温度が一定で、体積が体積がV1からV2に増える時の系のエントロピーの変化
    ③体積が一定で、圧力がp1からp2に増える時の系のエントロピーの変化
    ④体積が一定で、圧力がp1からp2に増える時の系のエントロピーの変化
    となる場合の変化を求めてみます。まず、熱力学の第一法則を最初に考えないといけません。
          d’Q=dU+pdV……(3)
    この式の意味は、熱が与えられれば、それは内部エネルギーの増加(温度が上がる)に使われるか、或いは圧力が増えて体積の増加に使われるか、その両方がのどれかで、エネルギーの保存則を示しているのです。
    ①では体積が一定で、温度がT1からT2に増える時の系のエントロピーの変化です。体積一定ですから、(3)式のpdV=0です。理想気体では内部エネルギーUは温度のみの関数ですから、d’Q=dU=CvdT(モル比熱に温度上昇を掛けたもの。これが定積比熱の定義。)
           ∴dS=d’Q/T=(Cv/T)dT、            ∴△S=Cv∫T1T2(dT/T)=Cvlog(T2/T1)(体積が一定)……(4)
    (T2>T1)だから、温度が上がればエントロピーは増大します。

    ②では温度が一定で、体積がV1からV2に増える時の系のエントロピーの変化です。温度のみに依存する内部エネルギーの変化は0、すなわちdU=0です。
    従って、dS=d’Q/T=(p/T)dV、    ∴△S=∫V1V2(p/T)dV=∫V1V2(R/V)dV=Rlog(V2/V1)(温度が一定)……(5)
    V2>V1だから、体積が増えてエントロピーは増大します。

    ③では、体積が一定で圧力がp1からp2増加する場合だ。 pV=RTの関係を用いると、体積が一定で、圧力がp1からp2に増える時の系のエントロピーの変化は(4)から、
       △S=Cv log(T2/T1) =Cvlog (p2/p1)
    この場合も熱が与えれれ圧力が増加してばエントロピーは増えるんですね。

    ④最後に温度が一定で、圧力がp1からp2に増える時の系のエントロピーの変化は、    △S=Rlog(V2/V1) =Rlog(p1/p2)
    この場合は、圧力が増えると、体積は減少するのでエントロピーは減少する。

    なお、積分計算では、一般の多項式では
    ∫xndx=(1/(n+1))x(n+1)+C
    、      ∫x -mdx=(1/(-m+1))x(-m+1)+C

    が、一般に成り立つので、n=-1(m=1)の時に限って、     ∫x-1dx=∫dx/x=log|x|+C

    となる。熱力学でやたらとlogが出て来るのはpとVが反比例の関係があるためですね。

    熱力学とエントロピー
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    情報工学とエントロピー

    情報は確実性が命、エントロピーは少ないほど良い。情報は多い方が良いという思い込みはここでは捨てなければならない。エントロピーは不確実性の尺度です。
    まず、簡単な例をあげてエントロピーSを求める。
    〇カードが沢山あっても同じもので選択の余地がない場合。S=0
    〇2種類のカードが同数ある。二者択一の場合。S=1
    〇4枚の異なったカードから1枚をあてる。S=2
    〇8枚の異なったカードから1枚をあてる。S=3
    〇16枚の異なったカードから1枚をあてる。S=4
    エントロピーは、S=log2Nとなりそうだ。
    これを、もっと一般の場合に適用できるようにしたのが、
    S=-∑i(Pi) log2 Pi …(1)
    もう少し、例題をやって見ましょう。 〇3枚の異なったカードから1枚の正解を見つける。
    S=-3×(1/3) log2 (1/3)=log2 3=log10 3/ log10 2=1.585
    〇将棋の金4枚をふる。場合の数は全部で16通り(24)ある。
    表を1、裏を0として、その合計を求める。
    0…0000→1通り、1…0001、0010、0100、0100→4通り、
    2…0011、0101、0110、1001、1010、1100→6通り(4C2=6),
    3…0111、1011、1101、1100→4通り(4C3=4)、4…1111→1通り
    全部で1+4+6+4+1=16通り、従ってエントロピーSは、
    S=-{2×(1/16)×log2(1/16)+2×(4/16)×log2(4/16)+1×(6/16)×log2 (6/16)) }
          =2.031
    情報工学の場合は、Sを情報のビット数と考えることもできる。一般の統計力学の場合、対数の底は2ではなく。eを用い、場合の数はものすごく多い(例えばアボガドロ数6×1023個)ところが異なっている。

    熱力学とエントロピー
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    等温変化と断熱変化

    エントロピーの熱力学的な説明を解明するために、まず始めに有名なカルノーサイクルの説明を行ってみたい。まず、その準備として気体の体積変化にかかわる、等温変化と断熱変化について考察する。体積変化には圧縮と膨張がある。外から仕事をもらうのが圧縮、外へ仕事をするのが膨張である。熱も仕事もエネルギーそのものではなく、系(シリンダー)に出入りする量でエネルギーと同じ単位(J)で表される。カルノーサイクルは等温変化と断熱変化を組合わせて造った単純化された仮想的なサイクルで熱機関の本質を見事に解明することに成功している。
    【等温変化】
    シリンダーを熱源(高温と低温の2種)に接触させて、温度が一定の条件での圧縮及び膨張を行う。「気体の圧力を統計力学的に求める」の項で考察したとおり、気体の内部エネルギーは温度だけで求まるという性質があります。ここで気体は理想気体を対象としていますが、実際の大気も幸い普通取り扱われる温度では理想気体に近い挙動を示すと言われています。
    この時、圧力と体積には、
    pV=(2/3)U=nRT=NkT…(1)という関係が成立します。
    ここでUは内部エネルギーと呼ばれる量で、気体分子の平均エネルギーの総和となっています。従って、ここでは温度が一定なのでボイルの法則が成立します。
    【断熱変化】
    シリンダーを熱源から切り離し、熱の出入りの無い状態で圧縮及び膨張を行います。この時ピストンの行う仕事は、
    △W=F△l=pA△l=p△V (lは小文字のエルです。また、A△l=△V。)
    また、U=(3/2)pVから、U+△U=(3/2)(p+△p)(V+△V)…(2)
       △U=-△W=-p△V(仕事をすれば内部エネルギーは減り仕事を受ければ増える)
    であるから、(2)式は
       (3/2)pV-p△V=(3/2)(pV+p△V+V△p+△P△V)(最後の項は微小)
    これをまとめると、 -5 p△V=3 V△p→微分に直す
       dV/V=(-5/3)dp/p
    ∫dV/V=(-5/3) ∫dp/pとなるので、log p=-log V(5/3)
    すなわち、 pVγ=C(定数)…(3)、ただしγ=5/3とした。
    また、上式にpV=NkTを代入すると、
      NkTVγ-1=C →∴ TVγ-1=C’(定数)…(4)
    断熱変化の際のp、Vの関係を別途誘導してあります。
    断熱変化の際のp、Vの関係

    熱力学とエントロピー
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    カルノーサイクル

    カルノー(Sadi Carnot、1796年パリ~ 1832年)は、熱機関の効率について画期的な発想で答えを見出した。もともとの出発点は一体熱エネルギーの何割までが仕事に変換できるのかということです。熱機関の複雑な要素を一切取り除き、温度がTHの高温熱源と温度がTLの低温熱源を用意し、理想気体を詰めたシリンダーを外側から暖めたり冷やしたりするサイクルを考えたのです。また、この過程には、
    (1)シリンダーが熱源に接した、温度が一定のままでの膨張と収縮
     →ボイル・シャルルの法則pV=nRTが成立する等温膨張・等温収縮
    (2)シリンダーが熱源から切り離された状態での膨張と収縮
     →pVγ=C(一定)、TV(γ-1)=C’(一定) (ポアソン公式)の成り立つ膨張と収縮
      ただし、γ=5/3、γ-1=2/3、γ/(γ-1)=5/2
    の組合せの4工程で成立する仮想の熱機関の思考モデルを構築しました。このモデルの概要は下図に示す通りですが、ここでの運動はすべて可逆過程であり得られる効率はTH、 TLを与えた時に得られる最大の効率となっているのが味噌です。可逆過程であっても熱エネルギーはすべてを仕事に変換することが不可能なことがこのモデルから示されます。

    カルノーサイクル
    【step 1.初めの状態】
     どこからスタートしても良いのでしょうが、まず始めにシリンダーが低温熱源に接していて、シリンダー内部に理想気体が詰まっている。その時の温度、体積、圧力は、
    TL=0℃=273K、V0=1m3、p0=1atm=1.013×105Pa
    状態方程式は、p0V0=nRTL から
    n=(p0V0)/( RTL)=1.013×105×1/(8.3×273)=44.7mol (R=8.3J/molK) としましょう。
    【step 1.等温圧縮】
     シリンダーが低温熱源に接したまま(温度がTL)、体積をV1まで圧縮する。V1=0.5m3とします。
    ボイルの法則より、p0V0=p1V1、すなわちp1=p0×(V0/V1)=2.026×105Pa
    【step 2.断熱圧縮】
     シリンダーを熱源から切り離し(断熱状態)、温度がTHになるまでさらにゆっくり圧縮する。温度TH=100℃=373Kとする。圧縮後の体積をV2とする。
          TLV1(γ-1)=TH2(γ-1)
          →V2=V1(T/TH)1/(γ-1)
          =0.5×(273/373)(1/(2/3))=0.313m3
          従って、p2=2.026×105×(373/273)5/2=4.42×105Pa 
          (∵γ/(γ-1)=(5/3)/(2/3)=5/2)
    【step 3.等温膨張】
     シリンダーを高温熱源に接触させた状態で(等温変化)、体積をV3まで膨張させる。
    この時は、ボイル・シャルルの法則から、p2V2/TL=p3V3/TL が成り立つが、V2、p2ともに未知数ではどこまで膨張させればよいか分からない。しかし、このサイクルは次の断熱サイクルで閉じなければならないので、初期状態V0、p0からサイクルを逆回りしてV3、p3を求めて見る。
          p0V0γ=p3V3γ、TLV0γ-1=THV3γ-1
          V3=V0(TL/TH) 1/(γ-1)=1×(273/373)(3/2)=0.626m3
          p3=p0(V0/V3)γ=p0((TH/TL) 1/(γ-1))γ=p0(TH/TL)γ/(γ-1)
          =1.013×105×(373/273)5/2=2.21×105Pa
    【step 4.断熱膨張】
     シリンダーを高温熱源から切り離し、温度がTLになるまでゆっくり膨張させる。その結果、状態は体積V0、圧力p0の初期状態に戻る。以上でサイクルが一回りするが、その前にstep.3で上で逆算で求めたp3、V3がボイル・シャルルの法則を満たしているがチェックしておく必要がある。p2V2=p3V3 であるから、
          p3V3=p0((TH/TL)γ/(γ-1)×V0(TL/TH) 1/(γ-1)=p0V0(TH/TL)
          p2V2=p1(TH/TL)γ/(γ-1)×V1(TL/TH)1/(γ-1)=p11 (TH/TL)=p0V0(TH/TL)(∵p00=p11)
    すなわち、サイクルは閉じることになり無事モデルは完成しました。上の数値例を下に示します。
    po1atmV01m3
    p12atmV10.5m3
    p24.31atmV20.313m3
    p32.18atmV30.626m3
    p01atmV01m3
    数値計算例
          さて、もう一度カルノーサイクルのポイントを整理します。まず、理想気体を扱っているので、内部エネルギーが温度に比例しているという関係が重要で、
    U=(3/2)pV=(3/2)NkTが成立します。
          まず、カルノーサイクルでは、断熱圧縮と断熱膨張の2つの断熱変化があります。最初の断熱圧縮では、(3/2)Nk(TH-TL)だけ、シリンダー内の内部エネルギーは増加しますが、断熱膨張の過程で(3/2)Nk(TL-TH)だけ失うのでキャンセルされて内部エネルギーは増減なし。断熱過程では、熱の出入りがないので内部エネルギーの増減はすべてピストンの出入りに使われてサイクルの仕事としてはキャンセルされてしまう。
          一方、断熱膨張(圧縮)の関係式は、THV2γ-1=TLV1γ-1、THV3γ-1=TLV0γ-1
    から、この2式の両辺を割り算することで、V3/V2=V0/V1が得られる。
    と言う訳で、エンジン出力として取り出せる仕事Wは、等温圧縮と等温膨張の2つの過程を比べれば良いことになる。
    △W=p△V(これはV0→V1)→WL=∫dW=∫pdV=p0V0∫dV/V=p0V0log(V1/V0)
    一方、WH=p2V2log(V3/V2) WL=NkTLlog(V1/V0)=-NkTLlog(V0/V1)=-(TL/TH)Nk TH log(V3/V2)=-(TL/TH) WH これより、
    QH/TH=WH/TH=-WL/TL=-L/TL カルノーサイクルは一巡する間に高温熱源からQHの熱エネルギーを受取り、低温熱源にQL=(TL/TH) QHを低温熱源に渡す。差引勘定をすると、 W=WH+WL=(1-TL/TH) QH エンジンが出力として取り出せる割合を熱効率ηと呼ぶが、 η=W/ QH=(WH+WL)/ QH=(QH+QL)/ QH=1-TL/TH つまり気体は低温熱源にQL=WLの熱エネルギーを渡し、高温熱源からQH=WHの熱エネルギーを受取る。最終的に熱効率ηは高温と低温の熱源の温度比だけで決まってしまう。QLは使われることのない熱量なので排熱と呼ばれるが、TL=0(絶対温度0)ならば効率は1になることに注目したい。

    カルノーサイクルをもう一度示します。
    カルノーサイクル1
    カルノーサイクル2
    カルノーサイクル3
    カルノーサイクルでは、結局(VA/VB)=(VD/VC)となるので、得られる仕事は、
    WA→B→C→D=W=R(T1-T2)log(VB/VA)となります。従って、
    QA→B:QC→D:W=T2:T1:(T2-T1)
    熱効率を
    η=W/Q=(Q2-Q1)/Q2=(T2-T1)/ T2
    温度比だけで、効率が決まってしまうのです。
    カルノーサイクルの図はp-V図で見るとあまり綺麗ではないけれど、T-S図に表すときれいな長方形になります。ここで囲まれた長方形の面積は、
    (SB-SA)(T2-T1)=△S(T2-T1)=Q2-Q1=W
    で丁度行われた仕事を表しています。エントロピーは一回りすると元に戻ることになりますが、高熱源を冷やしたり、低熱源に熱を与えたりして周囲の環境のエントロピーを増大されているのです。
    カルノーサイクル4
    ここで囲まれた長方形の面積は、
    (SB-SA)(T2-T1)=△S(T2-T1)=Q2-Q1=W
    で丁度行われた仕事を表しています。エントロピーは一回りすると元に戻ることになりますが、高熱源を冷やしたり、低熱源に熱を与えたりして周囲の環境のエントロピーを増大させているのです。

    熱力学とエントロピー
    物理の世界

    カルノーサイクルと熱力学のポイント

    熱力学はどうも人気が無いらしい。非常にとっつきにくく分かりにくい。私自身も大学での教養課程では、何だかエントロピーなんてあったなあ程度の記憶しかありません。退職後に色々読み直して、漸く分かりかけた段階です。
    熱とか仕事とか、力学と比べかなり抽象的。更に偏微分∂なんか出て来る。ところで、ネットでカルノーサイクルが良く分からないとの質問がありました。質問者は、カルノーサイクルを扱う時に、大気圧をどう取り入れるのがということでした。カルノーサイクルの説明では、シリンダー内の理想気体の圧力は、p0→p1→p2→p3→p0と変化するのですが、シリンダーの反対側の大気圧(p0としますか)は、効率の計算には全く影響していません。ここで、熱力学の重要な法則;熱力学の第一法則を忘れてはいけません。熱力学の第一法則は、閉じた系を対象にしています。そして、ここで閉じた系とはシリンダーの内部だけです。高温熱源、低温熱源も外部の条件。ここで、系はサイクル運動を行ってます。1周回ると元の位置に戻るのです。つまり、大気圧はシリンダーに対して何も仕事をしていません。
    熱力学の第一法則というのも、案外分かりにくい所があります。閉じた系に対して、熱と仕事がでたり入ったりします。系の中でエネルギーが保存されるのでなく、エネルギーが新たに突然、発生したり消滅したりしないということです。これは、ちょうど会社の簿記のようなもの。現金(熱)や商品(仕事)が出たり入ったり、金額ベースでは保存則が成り立っているようなものです。
    理想気体の状態は、状態方程式f(p,V,T)=0で表されます。たった3つの変数で表されるなんて大変便利なことです。p軸、V軸、T軸を取って、このfを表すと、3次元の曲面になってしまいますね。2次元なら普通の微分(接線方向)で間に合いますが、3次元の曲面では2方向の接線が必要。そのため、3つの変数のうちの一つを決めて(固定して)2つの接線方向を求めるのです。これが偏微分が頻繁に出て来る理由。その結果、各々の微分は全微分表示となります。
    たとえば、dT=∂T/∂V・dV+∂T/∂p・dp
    これは、温度の微小変化は、温度の体積に関する微小変化と圧力に関する微小変化の和として表されることを示します。温度と体積はバラバラには動けないわけ。
    一方、△E=△Q+△Wでは、QとWを関係づけるものは何もないので、△をdと出来ないわけです。dは全微分可能な時だけに使える約束だからです。でも、Eについては、dEが使えるので、QとWに´の付いた妙な記号が用いられています。熱力学独特な記号なので初めて見ると???となりますね。

    カルノー以外のサイクル

    カルノーサイクルは等温変化と断熱変化の組合せですが、それ以外にも色々なサイクルが考えられます。例えば、
          ①等圧・等積サイクル
          ②等圧・等温サイクル
          ③等温・等積サイクル
          ④断熱・等積サイクル
    ④は、オットー・サイクルとして知られているものでガソリン・エンジンの働きに近いとされています。①から④はどれも可逆過程となりますが、実際のエンジンで色々なロスがあり不可逆となるため効率がロスします。
    【等圧・等積の場合】
    このサイクルを下図に示します。
    等圧等積過程
    p-V図では、サイクルは長方形になるのでカルノー・サイクルよりもずっと簡単そうです。計算して見ると分かりますがこのサイクルで得られる仕事は当然、W=(p2-p1)(V2-V1)で長方形の面積です。
    p-V図では、等温線は直角双曲線のなるので、A、B、C、Dでの温度は異なることになります。温度が一番高いのがBで、一番低いのがDです。
    簡単のため、シリンダー内の気体を1モルとすると、気体の状態方程式pV=RTが成り立つので、各点での温度は次の通りです。
    TA=p2V1/R、TB=p2V2/R、TC=p1V2/R、TD=p1V1/R、
    そこで、このサイクルの効率を求めると
    ①A→B
    WA→B=p2(V2-V1)>0(仕事をする)
    Q A→B=Cp(TB-TA)=(Cp/R)( V2-V1) p2>0(熱をもらう)
    ②B→C
    WB→C=0(体積が変わらない)
    Q B→C=CV(TC-TB)=(CV/R)( p1-p2) V2<0
    ③C→D
    WC→D=p1(V1-V2)<0
    Q C→D=Cp(TD-TC)=(Cp/R)( V1-V2) p1<0
    ④D→A
    WD→A=0(体積が変わらない)
    Q D→A=CV(TA-TD)=(CV/R)( p2-p1) V1>0(熱をもらう)
    結局、全体の仕事は、A→Bと C→Dの和で、
    W=p2(V2-V1)+ p1(V1-V2)=(p2-p1)(V2-V1)となり、長方形の面積です。
    一方、もらった熱量は、D→A→Bの部分で、
    Q2=(Cp/R)( V2-V1) p2 +(CV/R)( p2-p1) V1
    となるけれども、効率ηは、 η=W/ Q2=(p2-p1)(V2-V1)/{ p2(V2-V1)+(CV/R)( p2 V2-p1 V1)}
    となり、残念ながらカルノーのようにη=1-(T1/T2)のように温度だけの綺麗な関係を得ることは出来ない。

    熱力学とエントロピー
    物理の世界
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    化学の世界

    目次    
    原子の発見 無機化学の世界 酸化と還元
    酸と塩基 有機化学の世界 異性体
    タンパク質とアミノ酸有機分子模型 糖類
    油脂細胞とは何か 水は特別な存在
    珪素と硫黄の世界 窒素とリンの役割

    原子の発見

     化学の色々な反応は、もとをただせば原子と原子の相互作用。でも、実際に原子の存在が確認されるのは、アインシュタインが登場するよりも後の時期なのです。
     高校の化学で、習うアボガドロ数。たしか、NA=6×1023 /molだった。アボガドロ(1776年~1856年)とは、イタリア・サルデーニャ王国トリノ出身の物理学者で、1811年に発見した『同圧力、同温度、同体積の全ての種類の気体には同じ数の分子が含まれる』というアボガドロの法則で有名な人。でも、アボガドロ数が数えられるようになったのは、ずっと後世の世界。
    それまでは、化学の世界での原子は一つの作業仮説(原子を考えた方が説明が簡単)としてしか認識されてなかったのです。モルという単位も1番軽い水素原子1gを1モルと決めてだけ。でも、こう決めることで、化学反応は定量的に理解されるようになって来ます。でもこんな状態で、元素の周期律表を完成させたメンデレーフの業績はやはりすごいと言わざるを得ません。

    【アボガドロの法則】
    アボガドロの時代は仮説でした。同一圧力、同一温度、同一体積のすべての種類の気体には同じ数の分子が含まれるという法則です。この同じ数としてエイヤーと決めたのがモルという数字です。1モルの水素分子は2g、酸素分子は16gとなることは、化学反応式を見れば理解できると思います。


     以下は、説明のため簡単な問題を解いてみます。
    【問題】22.4リットルの瓶の中に、水素が入っています。中は1気圧に保たれています。1気圧のもとでは、どのような気体も22.4リットルで1モルとなることが実験的に確認されていました(アボガドロの時代)。この中に水素の分子は6×1023個(アボガドロ定数)ある訳ですね。勿論アボガドロ数が実測できるようになるのはズート後のこと。これから、水素原子の重さと大きさは出て来るでしょうか。
    【解答】水素は、普通単体では存在出来ないので、H2の水素分子となっています。
    この水素分子1個の占める体積Vと重さWは、
    V=(22.4×103cm3)÷(6×1023)=3.73×10-20 cm3
    水素分子1モルは2gですから
    W=2÷(6×1023)=3.33×10-24
    従って、水素原子1個の重さは、この半分の1.67×10-24gと分かります。これは、物理の本に出ている陽子及び中性子の質量と同じです(実際は中性子の方がわずかに重い)。

       高校生では、かなりの生徒がアボガドロ数は、アボガドロが発見したと思っているのではないでしょうか。でも、実際の科学の歴史は全く異なっています。アボガドロ数を求めるには、量子論の裏付けが必要で、高校生レベルでは手も足も出ません。上の問題とは逆で、原子の大きさが分かって初めてアボガドロ数が求まるのでした。ということは、アボガドロの法則は、実験的事実で、このことは原子の存在とは無関係。原子はあくまでも作業仮説。高校レベルの化学では、作業仮説の段階ですべて説明されてきたことは、歴史によって証明されています。確かに、原子の存在を認めれば化学の現象の説明には楽そうに見えるかも知れません。ただここのところをはっきりさせておかないと化学への理解に対してかえって混乱を招くことになるでしょう。

    ギリシャの哲人  物資を細かく分けると、分子に行きつく。鉄もタンパク質もどんどん細かく分けて行っても鉄、たんぱく質に変わりはない。考えられる最小の単位が分子。原子はその分子を分けるとその根源的な構成要素として出て来るものだ。古代から万物はより簡単な要素の組合せから出来ているとの考えはあって、古代ギリシアのデモクリトスの原子論、中国でも木火土金水(もっかどごんすい)等の陰陽道みたいな考えもあった。陰陽道は、実生活にも応用されたでしょうが、原子の存在は、証明することはもちろん不可能でした。
       近代化学が発展して、化学反応に定量分析の方法が確立して来ます。この結果、反応の前後では系の質量は保存される(質量保存の法則)や反応する物質の質量同志は必ず同じ簡単な整数比になる。このような事実の積み重ねから、物質の基本として元素(化合物とは異なるとの意味で)というものがあることが分かってきます。元素と原子はちがうものですが、元素の構成要素の最小のものとして原子のようなものを作業仮説として設定すると大変便利であることが分かって来ました。また、元素の相対質量(もっとも軽い水素を1として、現在は炭素を12とする)を、その順に並べ表にすると、周期的に似た元素があらわれることをメンデレーフという人が発見します。でも、この当時は、実際に原子の存在を確認できると信じていた人は、物理学者も含めていなかったようです。ということは、原子が結合してできる分子の存在も同じく確認は出来ていなかったはずです。

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    無機化学の世界

    酸化と還元

    酸化と還元は高校の化学においての重要な概念。生物は食べ物を酸化してエネルギーを得る。ということは、光合成はCO2を還元して栄養をつくるのか。ということは、酸化とはエネルギーを放出する反応で、還元はエネルギーを蓄える反応ではないか。意外と奥の深い内容を秘めている可能性がある。化学反応においては酸化と還元は同時に進行していることもポイントです。
    1.酸素のやり取り
        酸素をもらう反応が酸化、酸素を放出する反応が還元。
                 2Cu+O2→2CuO
    銅が酸化銅になった。
                 CuO+H2→Cu+H2O
    酸化銅が還元されて、銅地金にもどる。
                 2Mg+CO2→2MgO+C
    熱したマグネシウムを炭酸ガスの入った瓶にいれても燃える。マグネシウムは酸化され、代わりにCO2を還元する。

    2.水素のやり取り
        水素を放出する反応が酸化、水素をもらう反応が還元。
                 2H2S+O2→2S+2H2O
    硫化水素は水素を奪われて酸化され、代わりに酸素が還元された。酸素も還元されるんですね。
          2H2+O2→2H2O この場合は、水素は酸化されて、酸素は還元されたというのでしょうね。

    3.電子のやり取り
        電子を失うのが酸化、電子を受け取るのが還元。
                 2Cu+O2→2CuO
    Cuは電子を失いCu2+になり、酸素は電子を受取りO2-になります。でも、電子の存在は20世紀になるまで分からなかったのです。イオンや電荷は知られてましたが。

    4.酸化数で決める
        酸化は酸化数を目安に考えるのが手っ取り早い。酸化数は次のように求められます。酸化数が増えれば酸化された。酸化数が減れば還元されたことになるのです。
    ①単体の原子の酸化数は0
    ②イオンの酸化数は、その価数
    ③化合物中のH、Oの酸化数は原則1、-2とする
    ④化合物を構成する原子の酸化数の総和は0

    実例
    1. CH4:Cの酸化数をxとすると、x+(1×4)=0からx=-4 (炭素は還元されている)
    2. CO2:Cの酸化数をxとすると、x+(-2×2)=0からx=4 (炭素は酸化されている)
    3. SO2:Sの酸化数をxとすると、x+(-2×2)=0からx=4 (硫黄は酸化されている)
    4. H2SO4:Sの酸化数をxとすると、(1×2)+x+(-2×4)=0からx=6 (硫黄は酸化されている)
         SO42- :Sの酸化数をxとすると、x+(-2)×4=-2からx=6 (上と同じです)
    5. NH3→Nの酸化数をxとすると、x+(1×3)=0→x=-3 (窒素は還元されている)
    6. HNO3:Nの酸化数をxとすると、1+x+(-2×3)=0からx=5 (窒素は酸化されている)
         NO3:Nの酸化数をxとすると、x+(-2×3)=-1からx=5 (上と同じ)
    7. C2H6:Cの酸化数をxとすると、2x+(1×6)=0からx=-3 (炭素は還元されている)
    8. MnO4-:Mnの酸化数をxとすると、x+(-2)×4=-1からx=7
    対象となる原子の酸化数が増加した時その原子は酸化されたといい、反対に酸化数が減少した時に還元されたという。
    酸化と還元は地球環境にとって重要な要素です。地球上に生命が誕生するためには、大気中の気体が十分還元されていて、生命の構成要素となる前駆物質が作られていなければならないからです。酸化と還元という化学的なプロセスには電子がかかわっているのです。電子を失う反応が「酸化」、電子を得る反応が「還元」です。電子はエネルギーの通貨のようなもので、エネルギーと交換できるものです。還元で電子を得ることは銀行にお金を預けるようなものです。例えば、石油も石炭も「還元」された状態。だから燃やすと大量のエネルギーが得られるのです。人類は化石燃料を大量消費することで過去に地球に貯金(還元)されていた貯金を大量に使い果たしています。温暖化など色々な影響が心配ですね。
    例えば、2C2H6+5O2→4CO2+6H2O
    これは炭化水素エタンの燃焼で、C2H6→2CO2
    炭素の酸化数をxとすると、左辺は2x+6=0→x=-3
    右辺は、x-2×2=0からx=4、炭素の酸化数は-3から4に増加。酸化されています。光合成は還元反応。呼吸は酸化反応です。

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    酸と塩基

    酸と塩基の考えは化学の研究の上で重要な考えのようです。何故なのでしょうか。学んでいくうえで分かるでしょうか。
    酸と塩基の定義としてはスウェーデンのアレニウス(1859~1927)のものがあります。定義では、水素イオンHと水酸化物イオンOHを用います。
    ●酸とは、水に溶けてHを出すもの
    ●塩基とは、水に溶けてOHを出すもの
    つまり、
            酸;HA→H+A 
            塩酸;HCl→H+Cl (一価の酸)
            硝酸;HNO3→H+NO3 (一価の酸)
            硫酸;H2SO4→2H+SO42- (二価の酸)
            酢酸;CH3COOH→H+CH3COO (一価の酸)
            リン酸;H3PO4→3H+PO43- (三価の酸)
            塩基;BOH→B+OH
            水酸化ナトリウム;NaOH→Na+OH (一価の塩基)
            水酸化カルシウム;Ca(OH)2→Ca2++2OH (二価の塩基)
    とりあえず、どんな物質が酸で、どんな物質が塩基かは何となく分かって来る。でも、何故この考えが大事なのか今一つありがたみが分からない。
    酸化と還元で次のようなことを学んだ。電子を失うのが酸化、電子を受け取るのが還元
    酸では、Hイオンを放出する。だから化学反応でこの水素を受け取れはその物質は還元されたことになる。
    塩基では、OHイオンを放出する。だから化学反応でこの水酸基を受け取れば電子を取られて酸化されることになる。
    【追記】ガラスはアルカリに溶ける
    学校で化学の実験をしているときには気がつかなかったが、濃厚なアルカリ溶液はガラスの容器には入れないようだ。ガラスもガラスに種類によるがアルカリや熱水に侵されることもあるらしい。そのため原則としてペットボトルのようなプラスチックの容器に入れるのだそうだ。 濃厚なアルカリ溶液(実際には水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの強塩基性水酸化物だけだろうが)空気中の炭酸ガスを吸収する。また、濃厚な強塩基性溶液は粘度も高く、ガラスの「へり」に残留しやすく、固着の原因になる。ガラスの主成分である珪酸ナトリウムが侵されるためだそうだ。
    また、ガラスを粉砕し、煮沸するとpHが高くなるそうだ。同じ水でもペットボトルに入っている水とガラス容器に入っている水では、珪酸の濃度が後者の方が高いことが確かめられている。ガラス製のポットを長く使うとシリカなどが溶出するため、穴があくこともあるという。ボーキサイトは、珪酸アルミニウム等の鉱物が熱帯地方の暖かくて大量の雨のため、珪酸を徐々に溶出してできると言われている。(2019.4.7)
    【酸と塩基を再定義】
    アレニウスの定義では、酸と塩基は水に溶ける物しか定義できない。この欠点を補うため、ブレンステッドとローリーは、アレニウスの定義において中心的な役割を果たしているH、すなわちプロトン(陽子)をベースとして、酸と塩基の概念を以下のように再定義した。
    ●酸とはプロトンH を他の物質に渡すことができる物質
    ●塩基とはプロトンHを他の物質から受け取ることができる物質
    よってブレンステッド・ローリーの定義における酸と塩基をそれぞれプロトン供与体、プロトン受容体ともいう。なおブレンステッド・ローリーの定義では通常の分子である場合はもちろん、イオン化した分子に対しても酸や塩基が定義できる利点がある。
    アレニウスの定義との関係
    アレニウスによる酸の定義は、ブレンステッド・ローリーによる酸の定義における「他の物質」が水分子であり、しかもHを水分子に渡す原因が解離である場合に相当するので、ブレンステッド・ローリーによる酸の定義はアレニウスによる酸の定義を含意する。
    一方ブレンステッド・ローリーによる塩基の定義はアレニウスによる塩基の定義と見かけ上大幅に異なるが、アレニウスによる塩基の中に存在するOHが「他の物質」である反応相手の酸からHを奪って水分子H2O を生成すると考えれば、ブレンステッド・ローリーによる塩基の定義がアレニウスによる塩基の定義を含意する事が分かる。

    アレニウスの定義と違い、定義の範囲を水溶液に限定していないので、アレニウスの定義にあった「水溶液にしか定義できない」という欠点は解消されている。
    また、ブレンステッド・ローリーの定義は、アレニウスの定義と違い、アンモニアが水に対して塩基になる事を説明できる。実際、アンモニアが水分子と反応して加水分解する過程 NH3  +  H2O   ←→  NH 4+   +   OH
    において、アンモニアは水分子からH を奪っているので、ブレンステッド・ローリーの定義における塩基である。
    酸と塩基の定義は、更に拡大されており、ルイスの定義、ウサノビッチの定義などが提案されている。

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    有機化学の世界

    目次    
    分子の構造式---レゴブロックと同じだ 異性体 有機分子模型
    タンパク質とアミノ酸
    アミノ酸の構造油脂 糖類
    細胞とは何か

    分子の構造式---レゴブロックと同じだ

     有機化学はある意味で無機化学よりも学びやすい。主役は常に炭素であり、水素は補助役、その他の元素は本当に脇役になる。化学的性質は脇役が大活躍するのですが。炭素は、最外殻電子を4つもつため、4本の共有結合の手をもっているため、ちょうどレゴブロックを組み合わせていくように、巨大な分子も作り出すことが可能になる。実際、化学を学ぶため分子模型をつくれるブロックが販売されています。
    まず、初めに炭素1個。4個の手に水素が一つずついて出来るのがCH4(メタン)。ちょうどテトラポッドの形。有機化合物の分子では、分子に加えて構造式も大事。下図に例を示します。
    有機化合物構造式
    ここで、簡略図の書き方を覚えると便利。あなたは化学のレゴブロックの達人に変身できます。コツは、炭素は各線分の端点に位置します。水素は手が1本。CもHも表記しません。残りの元素の手の数を考えながら付け加えて出来上がり。市販の分子模型ブロックの穴の数は手に数に対応しています。穴の配置は立体的で組み立てるのはパズル性があり結構面白いです。図では平面で書かれているので組み立てて見ると最初思っていたのと形が少しことなります。手に数は、炭素が4、水素が1、酸素が2、窒素が3、燐が5となっています。

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    異性体

    男性・女性の異性ではなく、同じ化学式でも炭素の手の握り方で異なった形や性質の分子があることです。下図を見て下さい。
    異性体
       炭素と水素だけの飽和炭化水素(2重結合、3重結合がない)CnH2n+2でも、炭素の数が増えると異性体は急激に増えていきます。不飽和の場合は、2重結合、3重結合のある場所も関係します。
    回転異性は、簡単に回せそうですが、シス・トランスの関係は2重結合があるので回転は不可能でしょう。また、光学異性も鏡に映した関係で決して重ねることが出来ません。これらは、D型、L型として区別していますが、dextro-rotatory(右旋性)、levo-rotatory(左旋性)に由来するらしいです。これは、光(偏光)をあてた際に旋回が逆になることからきているのです。   生物現象を扱う生化学の分野では、これは極めて重要な点で、何故かタンパク質の原料としては、L型のアミノ酸しか使われることがありません(多少の例外はあるらしい)。また、エネルギー源としてはD型の糖しか使われません。生命の歴史の初期にアミノ酸はL型、糖はD型と決まったからと考えられています。人工的に合成するとL型、D型は同じくらい出来てしまうのに、生体での化学反応はキチンと区別がなされています。生体では化学反応を促進するには酵素というたんぱく質が使われますが、酵素は普通の触媒とは異なり特定の条件下で特定の物質としか反応しないという特徴があります。ここに秘密があるのではないかと考えられ要るようです。
       トランス脂肪酸の健康への影響が問題になったことがあります。生体はL- タンパク質やD-糖しか使えないのと同じように、シス型の脂肪酸しか使えないようです。しかし、自然界にも食品由来のトランス型の脂肪酸は存在しているので、全く摂取しないわけには行きません。また、大量の摂取は癌などもリスクが増えることも指摘されています。厚生労働省の見解では、日本人は欧米人に比べて脂肪の摂取量が少ないから問題は無いと発表しました。しかし、肉や魚、あるいはナッツ類に含まれる脂肪は問題にならないのは明らかです。
       問題なのは、新たに工業的に生産される食用油でしょう。むしろ植物性の油の方が問題でしょう。安価に大量に生産するためには、加熱とか水素を付加するという工業的なプロセスがどうしても入り込みます。そうすると必ず、半分程度はトランス脂肪酸が含まれてしまいます。現状の技術では分離出来ないのです。昔ながらの農家の庭先で行うような方法では、大手の食品産業は儲かりません。厚生労働省が何故あのような見解を発表したか意図は明らかでしょう。

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    有機分子模型

    分子模型のブロックを入手しました。各原子に共有結合の価数(手の数)に相当する穴が空いていて、手に当たる棒をつないで組み立てていきます。
    まず最初の写真は、空気の成分、水素H2、酸素O2、窒素N2、水蒸気(水)H2O、炭酸ガスCO2です。水素は白、酸素は赤、窒素はライトブルー、炭素は黒の球で表されています。水素、酸素、窒素はそれぞれ単結合、二重結合、三重結合になっている点にご注意下さい。
    気体分子
    炭化水素
     炭化水素の例です。炭素が一つ増えるごとに、メタン、エタン、プロパンと呼び名が変わっていきます。炭素は腕が4本、水素は1本で、飽和炭化水素の一般式は、CnH2n+2で表されます。
    メチル及びエチルアルコール
    炭化水素のHをOHで置き換えたものをアルコールと称します。OHの数で一価、二価、三価などがあります。晩酌で毎晩飲むのはエチルアルコール。高級アルコールは絶対飲んではいけません。
    アルコールの酸化1
    アルコールは、アルコール→アルデヒド→カルボン酸のように酸化される。最初の反応では、水素2原子奪われ、次の反応では酸素が1原子付加される。メチルアルコールは、ホルムアルデヒド→蟻酸となる。ホルマリンとして市販されているのは、35~38%ホルムアルデヒド水溶液。理科の実験室で生物の標本を入れてあるあれです。酒類の主成分のエチルアルコールは、アセトアルデヒド→酢酸と言う順で酸化される。アセトアルデヒドを分解する酵素を生まれつき持たない人は、アルコールを飲むと具合が悪くなり健康にも悪影響があります。
    アルコールの酸化2
    ベンゼンは、芳香族炭化水素。原油の中にも含まれる。ベンゼン環という炭素が6角形環状に並んだ構造になっており、二重結合が3つというユニークな形をしている。この2重結合と単結合が互いに交換し合って安定な状態になっている。水素を他の官能基で置換することで、色々な分子を構成します。付加反応よりも置換反応の方が起こりやすいという特徴があります。ベンゼン由来の化合物→クロロベンゼン、アニリン、フェノール(石炭酸)、トルエン等。
    ベンゼン
    トリニトロトルエンは、TNT火薬。ニトログリセリンも爆発する液体です。
    トリニトロベンゼン ニトログリセリン

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    タンパク質とアミノ酸

    タンパク質は生物の細胞を構成する大事な物質。タンパク質を加水分解するとアミノ酸になります。逆にタンパク質は沢山のアミノ酸が脱水縮合(ペプチド結合という)してできたもの。アミノ酸は不斉(ふせい)炭素と言われる1つの炭素にアミノ基(-NH2)、カルボキシル基(-COOH)、水素(-H)、適当な置換基(-Rとする)の4つがついた構造をしており、2種類の光学異性(鏡像異性)があり、それぞれL型、D型と呼ばれていますが、生物が利用できるのは何故かL型だけです。食事で摂取したタンパク質は、消化で分解されてバラバラのアミノ酸となり小腸から吸収されて、DNAやRNAの指令に従って再度合成されてタンパク質になって体の一部に生まれ変わります。
    タンパク質とアミノ酸

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    アミノ酸の構造

    アミノ酸がペプチド結合して、さらに立体的に構造をしているのがタンパク質。総ての生物のタンパク質は20個のアミノ酸の組合せで出来ています。中心にはアミン基、カルボキシル基、水素、側鎖基の4つの全く異なった基が結合しており、この炭素は不斉炭素と呼ばれます。そのためL型、D型の鏡像異性体があるが、生物に利用され自然界に存在するアミノ酸はすべてL型となっています。生物が単一の祖先から進化してきたことを示唆しているのでしょう。アミノ酸の基本構造は、みな同じであり化学的な性質の違いは側鎖の違いに依存している。 アミノ酸の例1
    側鎖を薄紫の玉で表しています。
    アミノ酸の例2
    アミノ酸の構造式
    カルボキシル基-OHとアミン基のHが取れて、脱水縮合がおこり、ペプチド結合が作られます。これが長くなり、さらに折りたたまれて複雑な立体構造となります。
    ペプチド結合
    以下、生物の細胞を構成する20個のアミノ酸の一覧を示します。
    20種のアミノ酸

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    油脂

    生物の体にはいたるところに油脂が含まれています。油脂は、グリセリンという3価のアルコールと脂肪酸というカルボン酸の一種3個が脱水縮合したものです。グリセリンはどの油脂にも共通ですので油脂の個性は脂肪酸の性質で決まります。脂肪酸は長い炭素鎖を持っていますが、その中に二重、三重結合を含むものを不飽和脂肪酸、含まないものを飽和脂肪酸と称しています。動物性の油脂は主に飽和脂肪酸ですが、植物や魚の油脂には不飽和脂肪酸が含まれています。青魚に含まれ健康に良いと言われるEPAやDHAは不飽和高級脂肪酸(高級とは炭素の数が12以上の長い炭素鎖からなる)です。
    油脂の構造

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    糖類

    分子式がCm(H2O)nと表せる分子を炭水化物と言います。一番簡単な形のグルコース(ぶどう糖)とフルクトース(果糖)は、単糖類と呼ばれます。単糖類は脱水縮合によってより大きな分子を作ります。数百から数万個つながったものがデンプンやセルロースです。
    糖の構造

    糖の脱水縮合

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    細胞とは何か

    人の体は60兆個(6×1013個)の細胞からなっていると言われます。総ての生物は、細胞から出来ています。細胞とは、一言で言うと外界と遮断された小さな、小さな袋です。生命活動とは、この袋を維持し、さらに増殖していくことです。そのためには外界とのエネルギーや物質のやり取りが不可欠です。細胞説という生物学の基本的な前提があります。重要な教義は次の3つ。ユークリッド幾何学の公準みたいなものですか。
           1.細胞は生命の基本単位である。
           2.総ての生命体は細胞から構成される。
           3.総ての細胞は既に存在している細胞から生じる。
    この前提を認めましょう。すると、まず始めにでは、細胞とは何かに答えなければなりません。例えば、ウィルスは細胞ではないので生物と呼ばないのでしょう。ウィルスは自己増殖するので3は満足していますが。ところで3に関しては、では最初の細胞は。生命の起源の謎は残されたままです。
    ところで、細胞はどうして小さいのでしょうか。それは、細胞という袋の容積と表面積の関係にあります。つまり、
           1.細胞の容積は、細胞が単位時間当たりに行う化学反応の量を決定する。
           2.細胞の表面積は、細胞が外部環境から取りこむ物質の量と外部環境へ排出する老廃物の量を決定する。
    例えば、細胞を球とすると、容積は(4/3)πr3、表面積は4πr2、その比は1/3rとなる。rは物質の移動距離に比例するでしょう。
    つまり、細胞は基本機能が満足される限りできるだけ小さい方が良いことになる。ほとんどの細胞は1~100μm。光学顕微鏡で見える範囲です。
    生物学者は、総ての生物を3つに分類する。古細菌、真正細菌、真核生物である。古細菌と真正細菌はまとめて原核生物と呼ばれる。進化の上では、最初の細胞が古細菌と真正細菌の分化し、その後真正細菌から真核生物が進化したものと想定されている。
    真核生物の細胞は、細胞の中にさらに膜で囲まれた幾つかの細胞内コンパートメントを持っていること。細胞の中に別の細胞がある入れ子構造とことでしょうか。このコンパートメントの一つが核と呼ばれるもので、遺伝物質(DNA)を持っている。それぞれのコンパートメントの中では、それぞれ特異な化学反応が進行する。真核生物には、原生動物、菌類(真菌類)、植物、動物と我々が普段生物として認識しているほとんどの生物が含まれています。ここまで見て来ると、生命の起源を探る旅は、まず原核生物の実態を知らねばならないようです。
    【真核生物の発生】
    最初の原核生物は多分環境から養分を体の表面から直接取り込んでいたのだろうと想定されています。海中には栄養塩がたくさん溶けていて特に食物を食べる必要もなかった平和な世界だったのでしょう。最古の原核生物は、化石から35億年前には現れたものと推定されています。地球が生まれたのが46億年前。生命誕生まで10億年以上要したわけです。最初の真核生物が登場するのが15億年まえからですから、20億年間は原核生物だけの世界が続いていたわけです。そのうち海水中の養分が不足してきたためか、原核生物のあるものは光合成を始めるようになります。この時から地球大気にはどんどん酸素が蓄積されるようになります。また、ある原核細胞は別の原核細胞を飲み込むことで栄養を摂取するようになります。飲み込まれた細胞が消化されずに、中に閉じ込められ、細胞内での共生を行うようになったと考えられています。細胞内の細胞が特別な役割を分担して、宿主も下宿人のともに利益を得るというより進化した細胞が出来上がったわけです。
    光合成原核生物から今の植物の葉緑体が生まれたのだろうと推測されています。また、ミトコンドリアも大きな原核細胞に飲み込まれた呼吸機能を持った原核細胞から進化したものと推定されています。ちょうどそのころ増加した大気中の酸素の毒性を消去してくれるため、進化上非常に有利に働いたはずです。因みに、葉緑体もミトコンドリアも体内に独自のDNAを持っており、もともと独立した原核細胞であったことが示唆されています。この考えを細胞内共生説と言い、今ではかなり多くの研究者に支持されています。

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    水は特別な存在

     水は、我々の生活のいたる所に存在していますが、水分子は極めて特異な化合物でもあることも知っておかねばなりません。
    1.分子サイズから見て異常に高い沸点。
    2.分子サイズから見て異常に高い融点。
    3. 分子サイズから見て異常に大きい蒸発熱。
    4. 分子サイズから見て異常に大きい融解熱。
    5.きわめて大きな比熱。
    6.固体になる時体積が大きくなることがあるのは水だけ。
    7.色々な物質を溶かすことができる。
    8.水素結合と特別な構造を取ることができる。


    水と多分子の比較
    ほかの液体と比べ、何から何まで非常に特別なのです。その秘密は、水分子の水素結合という独特の形に起因しているとされていますが、まだ完全に解明されたわけではないそうです。まず、沸点を見ます。水の分子は、ちょうど正4面体の2つの頂点に水素ついています。ちょうどメタンの分子と良く似た形です。メタンは炭素原子にちょうど対称に水素原子が4つついた形です。炭素の原子は結合の手が4本ある、第14族に属する原子です。周期律表では、下に向かって炭素C、珪素Si、ゲルマニウムGe、錫Sn(すず)と続きます。立体的な対称性から、H-C-Hの角度は109.28度ですが、H-O-Hも角度が105度と少し小さいながら近い値となっています。これら14族系の分子の融点をみると、分子が重くなるほど融点が高くなっています。これらは常温では気体で液体にするには相当に冷やす必要がある訳です。いずれにしろ分子量18の水が常温で液体であること自体、大変不思議なことなのです。
     なお、常温で液体の元素は臭素Br(融点-7.2℃)と水銀Hg(-38.83)の二つだけ。もう少し高温まで考えると、フランシウム、セシウム、ガリウム、ルビジウムなどあるが。臭素はハロゲン族(17族)でフッ素、塩素、臭素、ヨウ素となりますが、軽いFとClは気体、重い要素は固体です。一般に14から17族の元素の水素化合物は、族毎に比較すると、分子量が大きくなるほど、沸点、融点が高くなる傾向がある。ただし、第二周期の値が若干異なるのが気になる。まずは、17族フッ化水素の沸点、融点が異常に高い。16、15族の水、アンモニアも沸点、融点が異常に高い。これも水素の水素結合のせいであります。
     次に、物質の比熱を比べて見る。単位はJ/g・K。
    水…4.217、氷…2.10、ポリエチレン…2.23、ガラス…0.67、鉄…0.435、銅…0.379、銀…0.235、鉛…0.129。
    色々並べたが、どうも水の比熱はダントツに大きいようだ。因みに気体の比熱は、気体の種類が異なれば異なる値になりますが、モル比熱というものを使うと次のように簡単に比較できるようになります。モル比熱に直すには、1gの気体の比熱に分子量をかければで出来ます。
    すなわち、
    単原子分子
    ヘリウムのモル比熱:5.3232×4=20.928 J/mol・K
    アルゴンのモル比熱: 0.523×40=20.92 J/mol・K
    2原子分子
    水素のモル比熱: 14.385×2=28.716 〃
    窒素のモル比熱: 1.034×28=28.95 〃
    酸素のモル比熱: 0.922×32=29.502 〃
    塩化水素のモル比熱:0.812×36=29.232 〃
    3原子分子
    水蒸気のモル比熱: 2.051×18=36.918 〃
    二酸化炭素のモル比熱:0.837×44=36.826  〃
    それ以上
    メタンガスのモル比熱:2.210×16=35.36  〃
    理想気体のモル比熱は、気体定数8.317 J/mol・Kに対して単原子分子、2原子分子、3原子分子でそれぞれ、(5/2)、(7/2)、(9/2)倍、すなわち20.79、29.11、37.46に近い値となっています。 固体の場合もモル比熱で表すと、
    水のモル比熱: 4.217×18=75.91 J/mol・K 
    氷のモル比熱: 2.10×18=37.8 J/mol・K
    鉄のモル比熱: 0.435×55.85=24.3 J/mol・K

    化学結合には、共有結合、イオン結合、金属結合、配位結合などがありますが、これらと比べて力はやや弱いのですが水素結合といる水分子や一部の水素を含む小分子にみられる水素結合というものがあります。詳細については少し勉強してから紹介したいと考えています。
     ここでは、この水分子の特異性が、地球の歴史、生物の歴史に大きな役割を果たしてきたことについて述べて見たい。地球誕生の時点では、地球は毎日隕石が降り注ぐマグマオーシャンともいうべきドロドロの火の玉の溶岩の海のようだとも言われています。やがて地球が冷えて地殻から水が絞り出されて、大気中で凝結して雨となって地表を急激に冷やしていきます。この冷却には水が大きな蒸発熱を奪うことも幸いしています。このようにして海が誕生して、海からの水分蒸発→大気中の凝結→降水のサイクルが出来たことがその後の地球システムの安定化に大いに寄与します。
    また、海水はまた色々な栄養成分を溶かすことが出来るので生物の発生の準備を行うことが出来ました。生命を造るもとになる分子(アミノ酸や脂肪)には、たいてい親水性の部分と疎水性の部分を両端に持っており、自然と細胞のように一つの丸まった形の膜をつくるようになり、原始細胞が生まれます。これも水素結合を利用していると言われます。
    多細胞生物が発生するまでは、地球が全休凍結となったことが3度ほどあったことが知られていますが、氷が水よりも軽いと性質からか、海の中に凍っていない海水が残っている場所が確保されていて、いくらかの生物が生き残ることが出来たのだと想定されています。
    その後も地球環境に対して水の果たした役割は計り知れないでしょう。

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    珪素と硫黄の世界

    元素の周期律表を確認して頂きたい。14族~16族、炭素Cの下に珪素Si、窒素Nの下に燐P、酸素Oの下に硫黄Sが位置している。これらは化学的に良く似た性質を持つことが知られています。ただし、原子の大きさから上のものほど沸点が高く気体になり易く、下に行くと液体、固体と変わっていきます。
    まず、炭素と珪素を比べ見ます。炭素は有機化合物を造ります。結合の手を4本持って、糖、タンパク質、脂肪の他、生命を構成するための元素です。珪素も同じような性質があるはず。昔はSFでは、炭素の代わりに珪素を主体とする生命体なども考えられていました。どうもその可能性は無いようですが。その代り、地球の岩石には大量の珪素が含まれています。SiO2は固体ですが、CO2は気体。この差が大きいですね。珪素は英語でsilicon。コンピュータのチップの重要な原料は、珪素が主体。人工頭脳は人間の脳を追い越してしまう可能性もあります。珪素が炭素に勝利するということですかね。
    次に酸素と硫黄。H2Oは水ですが、H2Sは硫化水素。地球の歴史で、最初は地表には、酸素がありませんでした。酸素は化学反応をしやすいため、単体では存在できないようです。地球以外の太陽系の惑星で大気に酸素が含まれているものはありません。だから、初期の生命は酸素を利用できないので、代わりの硫黄を使っていたと考えられています。シアノバクテリアが誕生してからも、数億年は硫黄を使う細菌達の天下だったと考えられています。硫黄を利用する細菌は今でも、深海の熱水鉱床の近くとか温泉とかで生き続けいます。シアノバクテリアが光合成を行い酸素を発生するようになって、現在の真核細胞の生物が現れるようになります。でも、最初の生命の誕生には硫黄が不可欠だったのかも知れません。硫黄を利用する細菌達、地球環境が悪化してほとんどの生物が絶滅した後、自分たちの天下がまた来るものとひたすら待ち続けているのかも知れませんね。
    似た元素どうしでもずいぶん働きが違いますね。NとP、NaとKなども比べて見ると面白いかも。

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    窒素とリンの役割

    生物の細胞を構成するには、窒素NとリンPが非常に大切だ。人の体はタンパク質からできている。たいていの細胞もそうだ。そして、タンパク質はアミノ酸が連なったもの。アミノ酸を作るアミノ基とは―NH2でアンモニアから水素原子が取れたもの。DNAの情報からアミノ酸の配列が決まる。また、DNAはデオキシリボ核酸という化学物質です。長く紐(ひも)状につながって染色体という構造を作り上げています。この核酸を作るのに必要なのがリンです。また、生物がエネルギーを得るために使うのが、ATPとかADT、アデノシン三(二)リン酸で、ここでもリン(リン酸)が大活躍。
    栄養学では、三大栄養素として炭水化物、脂肪、タンパク質があげられていますが、この中で、窒素が入っているのはタンパク質だけ。リンはどのように体に取り入れるのでしょうか。また、必須アミノ酸は体内で合成できないらしいので、タンパク質の摂取必要量もここのアミノ酸毎に計算しないと意味がないように思うのですが。
    また、植物は光合成で自分の栄養を作ると言われていますが、光合成で作られるのは澱粉(でんぷん)などの炭水化物、ここから窒素やリンを使って、核酸とアミノ酸を合成できないと細胞を作ることはできないはずです。核酸とアミノ酸こそ生命の源。窒素とリンの循環にも目を向けていく必要がありそうです。

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    量子力学の世界

    シュレディンガーの方程式

     シュレジンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrodinger)の方程式は、量子に関する工学的応用においては基本中の基本。ところが何故こうなるかと問われると、結局量子の世界はこういうものと理解するしかない。ここでは、簡単な誘導があったので紹介したい。ここで行うことは、ド・ブロイの波を一つの関数として、式を導くことです。まず、前提条件として
                    E=hν        (1)
                    p=h/λ         (2)
                    E=p/2m+V       (3)
    ここで、(1)は、プランクのエネルギーの量子化、アインシュタインの光量子仮説で有名な式。νは振動数。h はプランク定数。 因みに ħ=h/2πも良く使われる。二つ目の式(2)は、ド・ブロイの物質も波だという式。λはその波長。三番目の式は、普通のニュートン力学の力学的エネルギーです。p=mvなので、第一項は(1/2)mv2と同じこと。Vはポテンシャルエネルギーです。波なので、
            ψ=A exp{2πi(x/λ-νt)}       (4)
    これに、(1)、(2)を代入してλとνをEとpで置き換えると、
            ψ=A exp{2πi(px/h-Et/h)}   (5)
    この(5)式をxとtで偏微分します。
            ∂ψ/∂x=(2πip/h)ψ
            ∂ψ/∂t=(-2πiE/h)ψ
    この2式をħ=h/2πを使って書き直して、
            -iħ∂ψ/∂x=pψ  (7)
            iħ∂ψ/∂t=Eψ   (8)
    また、(3)の両辺にψを作用させて、
            Eψ=(p2/2m)ψ+Vψ  (9)
    (9)式のEに(8)式を代入すると
            iħ∂ψ/∂t=(p2/2m)ψ+Vψ  (10)
    ところで、
            ∂2ψ/∂x2=(∂/∂x)( ∂ψ/∂x)=(∂/∂x)(pψ/i ħ)=(-p/ i ħ) ∂ψ/∂x=(-p/ iħ)2ψ=-(p2/ħ2
    すなわち、p2ψ=-ħ22ψ/∂x2だから、(10)式は、
            iħ∂ψ/∂t=(-ħ2/2m)ψ+Vψ   (11)
    これが求めるシュレジンガーの式です。
            iħ∂ψ/∂t=- ħ2/2m・ψ+Vψ   (11)
    ħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħħ

    12歳の少年が書いた 量子力学の教科書

    すごい本が出たものです。「入門書は易し過ぎ、専門書は難し過ぎ」ということを感じ、その間を埋める、入門書と専門書の架け橋になるような本があればいい…という想いを実現したのが本書だそう。数式を追いながら読めば理解が深まるのはもちろんですが、入門者の方がそこを飛ばして読んだとしても、「量子力学」に一歩迫ることのできる一冊です。 シュレディンガーやハイゼンベルグの考えも丁寧にハショラズに説明できる力は本物です。
     将棋では、藤井聡太四段の快進撃がニュースになりましたが、スポーツの世界を含めてどんどん若い世代が活躍していくことは楽しみですね。学校の勉強だけでは時代について行けなくなって来ているようですね。従来の教育や学習のあり方を抜本的に考える時期に来ているように思います。このことは我々定年後の勉強にも当てはまると思います。
            『12歳の少年が書いた量子力学の教科書』-近藤龍一;ベレ出版

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    目次    
    幾何学再入門 ベクトル解析入門 部分積分と置換積分

    幾何学再入門

     幾何学と言えば、総ての学問の基礎というのが欧米での常識。我が国では最近あまり人気がない。化学のおける立体構造や鉱物の結晶学等、空間図形は結構ややこしい。本当はユークリッド幾何の初歩からやればよいのでしょうが、それはそのうちにKids Roomの方で展開したいと思ってます。

    正四面体の重心と頂点のなす角度

     メタンCH4の立体構造は、真ん中に炭素、正四面体の4つの頂点に水素分子が結合。H―C―Hのなす角度は109.5度となっています。この角度は正四面体の基本的な性質で、化学の問題でなく、自分で計算できる必要があります(化学の教科書には書いていない)。この計算は高1レベルでしょうが、立体図形でもあり結構考えにくいと思います。
     まず、正四面体の重心をG、4つの頂点をA、B、C、Dとします。図を参考にしてください。下図は上の立体の展開図です。正三角形が4つ集まっています。3つのAが折り返しで一つになります。
    正四面体
    さて、BCの中点をMとします。正三角形の一辺をaとすると、
    AM=DM=(√3/2)a
    Hを△BCDの重心とすると、DH=(2/3)DM=(2/3)×(√3/2)a=(√3/3)a
    AH=√(AD2-DH2)a=√(1-(√3/3)2)a=√6/3a
    ここで、重心Gは、AH上にあって、錐体(四面体)の重心であるから、AG:GH=3:1
    よって、AG=(3/4)AH=3/4×√6/3a=√6/4a=0.6123a=(1/1.633)a
    ここで、△MADを考えると、AG=DG
    求めたい角度∠AGD=θとして、余弦定理を適用する。
    2AG・DGcosθ=AG2+DG2-AD2
    2×(√6/4)a×(√6/4)a cosθ=(√6/4)2a2+(√6/4)2a2-a2
       ∴cosθ=-1/3
    ここからは、関数電卓の出番で、cos-1θ=arccosθ=1.9106 rad=109.47°として求めることが出来る。
    ここで、錐体の重心位置および体積の求め方をレビューする。
    錐体重心
    錐体体積
    錐体(底面積S)と三角形(底辺b)の比較をしてみると良く似た関係がある。
    図形体積重心位置
    錐体(1/3)Sh(3/4)h
    三角形(1/2)bh(2/3)h
    錐体(底面積S)と三角形(底辺b)の比較をしてみると良く似た関係がある。

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