毎日の生活

          管理人の所在地;埼玉県志木市館志木ニュータウン内;      © 2017 Studio Rabotati All Right reserved

 
  

社会学の部屋PartⅡ

ジェンダー ミソジニー なぜ韓国は日本離れしつつあるのか
家族の歴史 道徳の歴史 衣服の起源
大人のアスペルガー カッコウの托卵
日本学術会議とは アメリカ合衆国憲法修正第12条
中間層の役割 反知性主義 世界最大のリスク?? 先進国と開発途上国
上からの社会主義 ネオコン(新保守主義) パンとサーカス
韓国起源説 GAFAはなぜ邪悪に堕ちたのか
大学の歴史 大学の歴史(2) ジョンズ・ホプキンズ大学 ナーランダ大学
自虐史観 温暖化問題の虚構 G7サミット 送別会は悪いこと??
Kフェミニズム 疑わしきは無罪 バンクシー 推定無罪
殺人事件 ヴィーガニズム 七不講 帝国の墓場
関羽像撤去 改正種苗法 戦国策 上有政策、下有対策
インスタレーション 今年のノーベル賞

ジェンダー

ジェンダーgenderという言葉は、生物学で使う性別、セックスsexとは異なった用いられ方をしているようだ。しかし、男女同権やら、男尊女卑等を話題にする際は、セックスではなくジェンダーを意識しているようだ。

英米語におけるgenderには、以下のような用法があるらしい。
   1.言語学における文法上の性のこと。
   2.生物一般における生物学的性のこと。雌雄の別。
   3.医学・心理学・性科学の分野における「性の自己意識・自己認知」のこと。性同一性。
   4.社会科学の分野において、生物学的性に対する、「社会的・文化的に形成された性」のこと。男性性・女性性、男らしさ・女らしさ。
   5.社会学者のイヴァン・イリイチの用語で、男女が相互に補完的分業をする本来的な人間関係のあり方。イリイチはその喪失を批判している。
   6.電子工学・電気工学の分野におけるコネクターの嵌め合い形状(オスとメス)の区別のこと。プラグとジャック、雄ネジと雌ネジなど。


1の意味では、西欧語は男性名詞と女性名詞、さらにはご丁寧に中性名詞まである。動詞や形容詞の格変化にも性がついて回る。これも男尊女卑の思想の表れとして変えて行こうという動きもあるらしいが。 2の生物学的な性を考えると、男女の違いは明白であり、男女の役割が同じだなどということは絶対にありえない。そもそも男は子を孕(はら)むことは出来ないし、乳を与えることもできない。

6の意味は工学の分野なので、差別だなんてことは問題にならない。だからgenderは主に社会科学の分野において使われる、男らしさ・女らしさとその役割分担の在り方を議論しようということになる。 ただ、"gender"という語は生物学的な性を指す単語としても用いられているようだ。単に「sex」の婉曲的表現として使用する場合だ。例えば、女子のスポーツ競技において、生まれつきの性別を確認するために染色体検査が行われることがあるが、これを指す用語として英語ではgender verificationという用語を用いる。 染色体検査は女子にだけ行われる。何かこれも差別だという気もするんだけど。

ジェンダーとは、ある社会において、生物学的男性ないし女性にとってふさわしいと考えられている役割・思考・行動・表象全般を指す。男性にとっては男らしさであり、女性にとっては女らしさである。 ところが、この男らしさや女らしさという概念が、地域、民族、時代で千差万別であり、定義しようもない。論者が自分の勝手に考えている「男らしさや女らしさ」を前提に議論すれば、結果は発散してしまうことは目に見えている。
今、子供の教育で「男らしくしなさい。」とか「女らしくしなさい。」という表現は、だんだん使われなくなっている。こんなことを子供に説明することも難しくなっているし、そもそも適切な表現かどうかも怪しい。

男らしさや女らしさとは、本来、生物的な男性・女性が社会的にいかにあるべきか、という価値観の問題であるのにその価値観が多様では議論は収束しない。生物的性と社会的性は同一視すべきではないものの、相互に深い関わりを持つ。

話を具体的にするため、江戸時代の社会で考えて見よう。武士の家庭では男女の役割分担は明確だ。家の中の仕事はすべて妻の責任。男は藩の役所で仕事をし、給料を運ぶだけ。食事を仕切っているのは女性。「男子厨房に入らず。」出された食事を黙って食べるのが格好いい男。妻は外では「三歩下がって」夫を立てて、内では家計はしっかり握っている。これでバランスが取れていれば、男も女も文句を言わないだろう。町人や農民たちもこれと同じ。しかし、武士と違って女性もビジネス(商売や農作業)に参加している分、女性の立場は間違いなく強い。「かかあ天下と空っ風」か。

しかし、このシステムがうまく回っているのは、家族の中に子供がいる場合だね。男がせっせと給料を運ぶのはひとえに子供のため。家を守るためだね。江戸時代の職業は世襲制。仕事は祖父→父→子と引き継がれていく。子のいない妻はどうしても立場が弱い。養子でももらった方が良い。

このような社会どう思いますか。当時の人達はどう思っていたでしょう。どうも社会の中に女の世界と男の世界があって、交じり合わずに共存してますね。今の世界は男女同権で男の世界と女の世界は、相当に交じり合ってますね。まず、教育の場では小学校から大学まで男女はほとんど同じ教育を受けて育ちます。机を並べて学んだ同級生が、一方が女性だからと就職で差をつけられたら怒るのが当然。入学試験で点数にこっそり男女差をつけていて、問題になった私立医科大学があった。どんな職業でも向き不向きがあるでしょうから、男の方が向く、女の方が向く仕事もあるかもしれません。でも、それは人為的操作しなくても自然の成り行きでバランスが取れるのではないだろうか。でも一方で、力仕事の現場が減ったことでほとんどの仕事では男女の能力にはほとんど差がないことも科学的にも証明されている。

では、男女同権を否定し、男尊女卑を肯定する考え方は、江戸時代のような封建的な時代の遺物なのでしょうか。男女同権運動の推進に熱心な国は欧米の先進諸国です。実は戦前のヨーロッパ諸国では、家族に関する法律(民法)は、非常に権威主義的な物であったとか。ヒットラー政権下のドイツでは、子供が親の言うことを聞くのが当たり前、殴ったり、折檻したりするのは普通のことだったとか。また、労働者は上司の言うことには絶対服従問暗黙の掟が。このような風土が全体主義を助長したのだと反省されています。オランダ統治下のインドネシアでは、妻は家庭内のことで裁判を受ける権利が無かったとか。著しく男尊女卑を肯定する考え方が横行していたらしい。戦前は女性に選挙権などなくて当たり前。

どうも、男尊女卑の考えの根底には、伝統的な秩序が崩れ、工場で労働する男性・女性や戦争のための兵隊が増加し社会が不安定になってくることを防ごうという初期資本主義の思想ではないかと思う。一婦一夫制の核家族を理想とするキリスト教プロテスタントの考えがもとではないか。多数の労働者に均等に女性を分配するには一婦一夫制が良い。妻も子供も男の所有物だ。

しかし、総力戦となった第二次世界大戦時の連合国および枢軸国では、男性が徴兵され戦場に出向いている間、女性が工場労働に従事することになり、女性が労働力として社会参加することの大きなきっかけとなる。しかし、比較的多くの国家で男性に対してのみ徴兵制が課される。男尊女卑の考え方を肯定しないと、このルールは成立しない。
欧米の専業主婦の女性には家計を一切取り仕切る権利はないという。夫と妻の財布は別のようです。端的に言えば、妻も子供も夫の所有物という考えです。西欧のウーマンリブの女性たちが日本に来て財布の紐はしっかりと握っている専業主婦がいる事実を知ってビックリするそうです。西欧の専業主婦の女性は、夫の忠実な僕でないとならないらしい。だからひたすら社会参加を求めることに。専業主婦は同性からも馬鹿にされる。

キリスト教世界では、神が男性であるというイメージが保持されている。かつては神の使者たる天使も昔は成人男性の姿でイメージされていたが、近世以降は赤子や女性のイメージで描かれることも。カトリックやオーソドクスでは聖職者の特定の地位は男性にしか許されていない。プロテスタントでは女性の教職者が認められている教派が多いが。

仏教大乗仏教では、仏陀は男性であるとの主張が法華経の一節の解釈から生じているらしい。女性は成仏しないが来世に男性として輪廻すれば、成仏する可能性があるとの考えも。上座部仏教では、あくまで悟りを目的としており成仏を目的としない。経典では複数の女性が在家、出家を問わずに涅槃に到達している(阿羅漢果という)。仏が必ず男であるという大乗仏教の考えは異端性を示すものともいえる。

神道日本の神道では、明治以降は最高神が女性であるアマテラスとされている。道教道教では、陰と陽はそれぞれ女性と男性の属性であり、女性は月に、男性は太陽に支配されていると考えられている。 男尊女卑の思想は、宗教の影響も大きいようだ。特に、産業革命以降のプロテスタント達の考えは男尊女卑の考えを補強するのに一役買っている。
社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

ミソジニー

ミソジニー (misogyny);
「ミソジニー」という言葉がある。「女性嫌悪」「女性蔑視」などと訳されたりする。女性や女らしさに対する嫌悪や蔑視のことだという。男性が女性に対して持つだけでなく、女性が同性に対して持つこともあると言われる。たまたま新聞の論壇の中で説明なしで使われていたのでWikipediaで調べて見た。しかし、「男尊女卑」等と言う語と何が異なるのかよく分からない。

ミソジニー (misogyny) とは、女性や女らしさに対する嫌悪や蔑視の事らしい。女性嫌悪、女性蔑視などともいう。女性、女性らしさを嫌悪する人物をミソジニスト(misogynist)と呼ぶ。
対義語には、「女性や女らしさに対する愛好」を意味するフィロジニー(philogyny)と、「男性や男らしさに対する嫌悪」を意味するミサンドリー(misandry)の二つがあるようだ。通常「女性嫌悪」「女性蔑視」などと訳される。男性にとっては「女性嫌悪」、女性にとっては「自己嫌悪」。

男性側のミソジニー
男性側のミソジニーの例として、女性に対する性的暴力やセクシャルハラスメント、制度的差別などに加え広告や映画、文学テクストなどにおける女性を憎む表現など。逆に男性に対する制度的差別?や身体的差別?等に対する意思などが挙げられる。

女性側のミソジニー
女性側においてミソジニーは、女性の体に対する羞恥心、拒食症などの摂食障碍、性的機能不全、鬱病、女性であることに起因する劣後感や無価値感。「女性であることが嫌だ」という感情の形をとって表れる。

社会・宗教におけるミソジニー
広く父権制的な社会においては、その社会構造に由来する必然的なミソジニーが見られるという。キリスト教やイスラム教のような父権制的な宗教では、父権的性質の薄い社会における宗教のテクストに比べ明らかなミソジニーが見られるらしい。こうした宗教社会では、女性は負の要素の象徴として、あるいはその元凶として描かれることが多いとされる。

ミソジニーと大衆文化
しばしばヒップホップなどの分野が、激しいホモフォビアの傾向とともにこの傾向を強く帯びる事がある。攻撃的なスラングをもって女性を嘲罵する一方で、当の女性たちからの熱い支持を受けもする。

**ホモフォビア(Homophobia)とは、同性愛、または同性愛者に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶・偏見、または宗教的教義などに基づいて否定的な価値観を持つこと。フォビアという語は恐れとか嫌悪感の意味。Acrophobiaは高所恐怖症。Claustrophobiaは閉所恐怖症。Anthropophobiaは対人恐怖症。Female phobiaなら女性恐怖症。対人恐怖症ならSocial phobiaでいいようだね。色々多様な性癖があるのは別にとやかく非難する筋合いは無いが、もし、このような人達やそれに反対する人達の行動や言動が他の人に害を及ぼすならそれは問題だ。

インターネットスラング
インターネットスラングにおいては、ミソジニーは反フェミニズム(いわゆるアンチフェミ)とほぼ同義で使われる傾向があるとか。反フェミニズムを掲げているSNS上のユーザー内に一定数ミソジニストが存在する為か、混用され使われる様になったとか。しかし、反フェミニズム=ミソジニストという構図は成り立たない。アンチフェミニズムはフェミニズムと敵対する思想や人物であるのに対し、ミソジニーは社会や人間の心や行動の中にあるものを指す概念である。

実はここまで調べても「男尊女卑」とミソジニーの違いは何なのかよく分からない。そもそも、ネット上で「私は反フェミニズムだ」と声を上げてなんか意味があるのだろうか。同様に、「私はミソジニストだ」と宣言することに意味があるとは思えない。

ところで例として、「女の子の誰一人として僕に振り向いてくれなかったから、大学の女子学生を無差別に殺した」というような事件があったとする。このような事件は、犯人自身とはまったく関係ない女性たちを、彼女たちが女性であるという理由で殺害したという意味において、ミソジニーという概念にもっとも適合しているように思えるとの意見があった。これなら一種のFemale phobiaなら女性恐怖症の変形か。「男尊女卑」と言われる男性も劣等感の裏返しが差別に繋がるから。
社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

なぜ韓国は日本離れしつつあるのか

なぜ韓国は日本離れしつつあるのか
懸け橋、という言葉がある。
以下は韓国在住の女性の方の投稿から。

 “定かではないが、自分で使ってみた記憶(懸け橋という言葉)はほとんどない。かつては特にどうとも思わなかったが、韓国に住むようになってからというもの、積極的に使いたいとは思えない言葉になってしまった。
 だが、そう思うようになってから、私の目の前では使う人が増えていったような気がする。「日韓の懸け橋になりたい」 そんなことを言われてしまう。でも、私はすぐに「そんな無理をするのはやめた方がいいよ」と返事。何故??

自己犠牲の精神に何度も驚愕。相談を切り出してくる人の年齢はさまざまだが、若い人が多い。日本語を勉強している大学生、ワーキングホリデーや留学などで韓国で暮らしている日本人もいる。私の教え子(韓国語?)数人もそのなかに含まれる。

 彼らが私についついそう言ってしまいたくなる気持ちは、理解できなくもない。私は日本人であると同時に韓国でかれこれ15年も暮らしている。日韓交流おまつり、という交流事業でもそれなりに積極的に関わっていたこともある。
 だから、私に「日韓の懸け橋になりたい」と切り出すときに、まさかそれを否定されるだなんて、思ってもいないのだろう。その証拠に、「やめた方がいいよ」と答えると、キョトンとした顔をする。顔というのは、正直だ。

「日韓の懸け橋」なんて、いかにも美しい言葉ではないか。でも、私には、そのいかにもの美しさが、好きになれない。「日韓の人たちは、がんばってでも仲良くしましょう、そのために、自分が近くて遠い2つの国を繋いでみせます!」と、自己犠牲に満ちた表現になってしまうからだ。本人たちに聞いてみても、“人生を捧げます”というくらい強い意味で使っているという(韓国に永住する? 韓国人と結婚する?)。

「日韓の懸け橋」はいかにも不毛である。まず、国通しの関係が良くない。その上、日本には嫌韓感情があり、韓国には反日感情がある。そんな状況は、数十年単位で改善するとは思えないし、それどころか、両国相互の感情はこれからもっと悪くなるだろう。年を重ねてから「私の人生何だったのか」なんて思うのがオチだ。  そんな若者の将来が見え見えだ。「世の中にはもっと楽しいことがあるから、それは考え直した方がいいよ。日韓はきっと、根本的には変わらないから、もっと気楽に日本のことに関わってよ」と、アドバイスをする。

北朝鮮よりも日本に「敵がい心」
 とはいえ、そのアドバイスに自信があったわけではない。その根拠としてきた日韓両国民の感情の対立は、あくまでも私が日本人として韓国で生活するなかでの実感として思っていただけだったからだ(**個人的な経験なので一般論として通用するかどうか?)。
 ところが、それをデータとして明確に示してくれる記事がつい先日、出た。中央日報による7月8日付の報道。日本に対して敵がい心を抱いている韓国人は71.9%にのぼり、対北朝鮮の65.7%を上回るという(つまり、北朝鮮は今は敵対していても本来は同朋だからね)。

 この数字が異様に合点がいく。敵がい心という言葉も微妙な訳だが、原文で使われている「敵対感」は、政治外交上での意味も含む。だから、韓国という国にとって脅威だと思うかを問うアンケートだと考えればよい(もっと端的に言えば仮想敵国)。
 韓国人が日本に敵対感情を抱いてしまうの理由の一つに、いわゆる歴史認識問題で韓国に厳しい姿勢をとる安倍首相の存在も大きい。ともかく安倍首相のことは無条件に嫌いな人がほとんど。とくにこの数年は、徴用工裁判の影響もあり、そんな傾向が強い。
 では、日本の首相が別の人になれば、対日感情ははっきりと改善するかというと、そうは思えない。というのは、韓国社会が徐々に内向きで排他的になっていることも、記事で指摘されているからだ。

たとえば、中国への敵がい心はこの5年間で16.1%から40.1%に増加した。また、多民族・多文化国になるべきだと考える人は、この10年間で60.6%から44.4%に、つまり、約4分の3まで減少した。さらに、外国人居住者を受け入れるのに限界があると回答した人は増えていて、10年間で48.9%から57.1%に膨らんだ。

 また、日本語では報じられていないようだが、この調査に関連する別の記事もある。国際結婚の家庭の子どもたちのことを韓国人だと思えるか、という質問に対して、肯定的な回答をしたのは、10年前の36.0%から17.1%と減少した。さらに、そうした子供を韓国人だと思えないと回答したのは、18.8%から32.4%に増加している。

 日本も内向きだと言われているが、韓国も輪をかけて内向き志向。しかもその傾向がまします強まっているのがデータから一目瞭然。
 だが、韓国でそれを問題として扱うニュースや論説記事は。私にはその記憶がない。その一方で、我が家では日本の放送はNHKの国際放送しか視聴できないが、日本国内に暮らす外国人の苦労話の報道は何度も見ている(**日本も相当少なくない?)。ということは、韓国社会は、いま、自分たちが内向きに傾いていることに無自覚。あるいは、そこから目を逸らしている(**日本も実際には相当内向きだと思うけど)。

 国内に蔓延しつつある内向き志向をどう克服するかは、韓国社会が今後10年以上かけて向き合っていくべき課題となるであろう(**多分当面は克服する意図はなさそう)。そのうえで諸外国の事情を受け止められるようになるのには、もっと時間がかかるし、できるようになるのかでさえ、未知数。

 そのなかで、歴史認識問題ですれ違う日韓両国民で、どれだけ理解し合えるのだろうか。ここでは日本の状況を書く余裕はないが、程度の差こそあれ、似たり寄ったりだと思う。だから、無理して付き合いを深めるよりも、興味のある人が肩の力を抜いて往来し、互いに協力できることはそれなりにやればいい。そういうことは、肩に力を入れなくても続けられる。

 ちなみに、韓国が好意を寄せる国はアメリカ。敵がい心を持つ人の割合は上昇したが、トランプ政権による韓国への辛めの対応のわりに、10.2%に留まる。ヨーロッパの国々に対してはデータがなかったので不明だが、実感としては、アメリカに近いはずだ。ちょっと皮肉な言い方かもしれないが、韓国社会はいま、脱亜入欧に傾いている。“(JBpress: 2020.7.19)

以上、筆者が主張する“懸け橋”になろうとするのは、止めなさい。“懸け橋”になんかなろうとしても不可能という助言だ。年を重ねてから「私の人生何だったのか」なんて思うのがオチだ。このアドバイスは、理想に燃えた若者たちへ優しいアドバイスだね。

これ、韓国語を習い始めて、だんだん韓国の文化にも慣れてきて、何年か韓国にも在住して、韓国人達の反日感情、逆に日本人たちの嫌韓感情にも嫌気がさし、何とかその溝を埋めたい。その“懸け橋”となれれば。おそらく彼等は、韓国にも親しい友人が出来て、お互いに意見も交換できる間柄になっているのでしょう。だから、それまで問題にもしていなかった両国民感情の深い溝を何とか解消したいとの気持ちが出てくるようだ。
しかし、所詮あなたは日本人、彼等は韓国人、歴史や文化や国際政治のしがらみの中で造れた深い溝は、簡単には解消されないということだ。
でも、もしあなたが韓国に住んで韓国人の男性或いは女性と結婚する。韓国の会社に就職する。逆に日本で韓国の方と結婚する。韓国の人を会社で雇う。なんていう場合は、この深い溝が存在することを前提にお付き合いしないと行けない。そうしないと余計なトラブルに巻き込まれることが多くなる。

韓国語に限らず、語学が好きになるにはその国の全体が好きになってしまうのが語学の習得には手っ取り早い方法だろう。しかし、あまりにも感情移入し過ぎるのは危険な様だ。確かに韓国人達の反日感情、逆に日本人たちの嫌韓感情も中立の立場で見れば根拠も薄い不合理なものが多い。しかし、当人たちにとっては空気のようなもので、理屈抜きで当然のこととして逆らうことが出来ないものだ。
現在新型コロナが世界中で大流行している。そんな情勢下でコロナはチョットした風邪かインフルエンザのようなもの。そんなに危険ではないよ。なんて、うっかり口走れば空気の読めない大馬鹿だと大バッシングを受けること請け合いだ。
これと同じで、韓国内で日本人もいい人多いよ。何て言えばひどいバッシングを受けるらしい。韓流スターたちもこれに苦労しているらしい。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

カッコウの托卵

先日話題にあげた、カッコウの托卵の話の補足。
実際の鳥のカッコウは、托卵した後は、親子の縁が完全に切れる。ところがヒトの場合は、変な未練が残るせいか、また復縁し昔の関係を取り戻したいとの妄想が起こる因果な生き物らしい。いわゆる「生みの親か、育ての親か?」の話。現実には時間を逆に動かすことは全く不可能。結局は、現状をひとまず肯定した上で、子供の権利を最優先に考えて関係者全員で子供の将来を熟慮して話し合いで解決する以外にない。

今回の事件は、娘Mの所属を巡って、カッコウ夫婦T&Aが彼等の実の育て親A&Yを裁判に訴え、「娘Mを引き渡せ」の判決を勝ち取った。その結果はどうだったか? 当然前提として肝心の娘が喜んで両親のもとに飛んでくる? そんな夢みたいな話が現実になる訳がない。肝心な娘Mは怒り心頭に達し、断固戦う決心をする。
勿論、裁判所の判決は、そんなこともお見通し。「娘さんMの意志があれば」の条件付き。でも、こんなことすれば、「ああ、そうですか。」で収まりがつくはずがない。

当初、カッコウ夫婦T&Aは、子供を現に養育してくれている自分達の両親を仮想の敵として、彼等が娘Mの意志に反して囲い込んで、自分たちを排除していると勝手な思い込みをする。邪悪な彼等の支配を取り除けば、自分達の娘Mは、喜んで自分達の処へ来ることを大前提にして、弁護士を頼み、上記判決を勝ち取ったつもりだった。ところが娘の意志は明か。彼等は理不尽にも自分を連れ去り虐待を考えている邪悪な鬼達でしかない。

それまでは、彼等は、親権オカルトに基づく勝手な思い込みかもしれないが、一定の囚われの娘を救い出すという大義名分を掲げていた。しかし、判決をいざ実施しようとすると、今度は自分達が、単に理不尽にも娘Mを連れ去り虐待を考えている邪悪な鬼のような存在にしかならない。子供の権利まで侵害しては、親権オカルトを主張しても権利の濫用になることは一目瞭然。しかも、判決が出てみると、取りあげた等勝手な思い込みであることが判明。。そもそも、趣味で子育てする酔狂な人、そんなに多くない。実際のカッコウの育ての親だって、騙されて育てているんだから。

では、どうすれば和解できる。そもそも宣戦布告して戦いを始めたのは自分達。親権オカルトに固執している限り、周囲の人達から見れば、彼等はある意味犯罪者。まず、真摯に反省し、自分の娘に頭を下げて、陳謝の意を何らかの見える形で示さないことには、永久に敵対関係になってしまうぞ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

日本学術会議とは

日本学術会議は、科学に関する重要事項を審議したり、研究の連絡をすることを目的にした科学者の組織だ。政府に対して提言をするのが役割の一つ。210人の会員は非常勤特別職の国家公務員。この210人の半数の105人が3年ごとに入れ替わる。ということは職員は、大学の研究などの本業との掛け持ちということか。

会議は、内閣総理大臣が管轄するが、政府から独立して職務を行う「特別の機関」だ。国費で運営される。原子力三原則など国の大型プロジェクトの元になる「マスタープラン」を策定したり、素粒子実験施設の誘致についてや地球温暖化、生殖医療などについて提言や声明を発表したりする。人文・社会科学、生命科学、理学・工学の全分野の約87万人の科学者を代表し「科学者の国会」とも言われる。

菅首相は10月1日、会議が推薦した会員候補105人のうち6人を除外して任命した。推薦された人を任命しなかったのは、会議が推薦する方式になった2004年度以来初めてのことだ。この除外された6人はどんな学者なのか。 安全保障法制や「共謀罪」法に反対を表明した学者らが含まれている。日本学術会議への人事介入に抗議する というハッシュタグができるなど波紋を呼んでる。確かにこれは問題だ。反対派いることで議論が盛り上がり良いものが出来る。

除外された6人に含まれる加藤陽子教授は、10月1日付の毎日新聞にコメントを寄せた。「なぜ、この1カ月もの間、(学術会議会員の人事を)たなざらしにしたのか。その理由が知りたい。そのうえで、官邸が従来通りに、推薦された会員をそのまま承認しようとしていたにもかかわらず、もし仮に、最終盤の確認段階で止めた政治的な主体がいるのだとすれば、それは『任命』に関しての裁量権の範囲を超えた対応である。念のため、付言しておく」としている。

加藤教授は公文書管理について政権に意見を届けてきた。公文書管理について、小泉純一郎政権で政府の有識者懇談会に参加し、2010年設置の「内閣府公文書管理委員会」委員。現在は「国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議」の委員を務めている。

【任命されなかった6人】 (共同通信によると)
1.芦名定道(京都大教授 ・キリスト教学)
 「安全保障関連法に反対する学者の会」や、安保法制に反対する「自由と平和のための京大有志の会」の賛同者。

2.宇野重規(東京大社会科学研究所教授・政治思想史)
 憲法学者らで作る「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人。 2013年12月に成立した特定秘密保護法について「民主主義の基盤そのものを危うくしかねない」と批判していた。

3.岡田正則(早稲田大大学院法務研究科教授・行政法)
 「安全保障関連法案の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼び掛け人。沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設問題を巡って2018年、政府対応に抗議する声明を発表。

4.小沢隆一(東京慈恵会医科大教授・憲法学)
 「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者。安保関連法案について、2015年7月、衆院特別委員会の中央公聴会で、野党推薦の公述人として出席、廃案を求めた。

5.加藤陽子(東京大大学院人文社会系研究科教授・日本近現代史)
 「立憲デモクラシーの会」の呼び掛け人。改憲や特定秘密保護法などに反対。「内閣府公文書管理委員会」委員。現在は「国立公文書館の機能・施設の在り方等に関する調査検討会議」の委員。

6.松宮孝明(立命館大大学院法務研究科教授・刑事法)
 犯罪を計画段階から処罰する「共謀罪」法案について、2017年6月、参院法務委員会の参考人質疑で「戦後最悪の治安立法となる」などと批判。京都新聞に対し「とんでもないところに手を出してきたなこの政権は」と思ったとインタビューに答えている。

どうも、皆さん立派な方ばかり見たいだ。テレビでいい加減なコメント発している学者とはことなり、極めて地味な活動をしておられるようだ。こんな方々を自分の意見に賛成でないと言って指名を拒否することは立件民主主義の理念にも反する。どう見ても菅首相の頭の中の方が変だね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

アメリカ合衆国憲法修正第12条

マスコミの報道で米国の大統領選挙は民主党のバイデン氏の確定とされて報道されているが、共和党のトランプ氏は選挙に不正があったとして談合を拒否し、敗北宣言を出さない。つまり、現状では次期大統領は決まっていないことに。
だから世界の各国の対応はさまざま。さっそく祝辞をおくりバイデン氏に媚びを売る国(欧州、日本)から、冷静に楽しんで見ている国まで(ロシア、中国、その他)様々な様だ。
結局は法廷闘争に持ち込まれ、最後は最高裁判所と判断となるようだ。しかも、トランプ氏の一見無謀な頑張りも米国の憲法で認められた合法な手続きとなれば、これを感情論で非難することは的外れということに。
アメリカ合衆国憲法修正第12条(Twelfth Amendment to the United States Constitution、あるいはAmendment XII)は、アメリカ合衆国憲法第2条第1節第3項を置き換え、大統領選挙を規定するものである。 憲法の当初の条項では、選挙人団の各自が2票を大統領候補に投じ、過半数を得た者が大統領に、次点の者が副大統領になることになっていた。このやり方の欠点が1796年と1800年の大統領選挙で露呈された。修正第12条は、1803年12月9日にアメリカ合衆国議会により提案され、1804年6月15日に必要とされる数の州によって批准された。選挙人が2票を持つことは同じだが、大統領と副大統領にそれぞれ1票ずつ投票することになった。
**当初の憲法では、次点のものが副大統領は現在の二大政党のもとでは守られていない?
いや、米国大統領選挙は直接国民が選ぶのではなく、誰を選ぶかは選挙人に任されているらしい。
当初の形式での大統領と副大統領に対する投票
アメリカ合衆国憲法第2条第1節第3項では、各選挙人が2票を投ずることになっていた。各選挙人は2票ともに選挙人と同じ州の住人に投票することはできなかった。選挙人票の過半数(50%以上)を得ることが当選者に求められた。
選挙人票の過半数を得た者が1人を超えて存在し、且つ、その得票数が同数の時は、アメリカ合衆国下院がこれらの候補者の中から選択することになっていた。もし、だれも過半数を得られなければ、下院は選挙人票の上位5人の中から選ぶこととされていた。
副大統領の選出はより単純な方法だった。大統領に次いで最高得票をした者が副大統領になった。大統領と違って副大統領は選挙人票の過半数を得る必要がなかった。多くの候補者の中で次点が2人以上いる場合、アメリカ合衆国上院がその中から1人を副大統領に選ぶことになっていた。各上院議員は1票ずつを投じた。当初の憲法のやり方では、候補者の票が同数になった場合に現職の副大統領(上院議長を兼ねる)が最後の1票を投じることができるか否かについて、規定がなかった。
1800年の大統領選挙では当初のやり方の欠陥が露呈され、もし選挙人団のそれぞれが党の公認候補に投票すれば、最も票を集めた者2人が同数になるということだった。下院では大統領を選ぶために何度も投票を重ねることになるということも示された。
さらに、副大統領は選挙人投票で大統領の対抗馬であったという状況では、2人が効果的に協力してことに当たる能力を妨げ、少なくとも理論的には(副大統領は現職大統領の排除もしくは死の場合に大統領職を継ぐことになるため)クーデターの引き金にもなりうるということが徐々に明らかになってきた。修正第12条では、大統領と副大統領を順番に別々に選ぶことで、そうでない場合に比較してこの可能性を排除することになった。

修正第12条での選挙人団
原文:アメリカ国立公文書記録管理局に保管されているアメリカ合衆国憲法修正第12条
選挙人は各々その州に会合し、秘密投票によって、大統領および副大統領を決定する。この二人の内、少なくとも一人は、選挙人と同じ州の住民であってはならない。選挙人は、その投票において大統領として投票する者を指名し、別の投票において副大統領として投票する者を指名する。また選挙人は、大統領として投票されたすべての者あるいは副大統領として投票されたすべての者の表ならびに各人の得票数の表を作成し、これらの表に署名し証明した上、封印をして上院議長に宛て、合衆国政府の所在地に送付しなければならない。 上院議長は、上下両院議員出席の下に、すべての証書を開封し、次いで投票が計算される。
大統領として最多得票を獲得した者を大統領とする。ただし、その数は任命された選挙人総数の過半数でなければならない。もし何人も右の過半数を得なかった時は、大統領として投票された者の内、三名を超えない最高得票者の中から、下院が直ちに秘密投票により大統領を選任しなければならない。大統領の選任に際して、各州の下院議員団は一票を有するものとし、投票は州を単位として行う。この目的のための定足数は、全州の三分の二の州から一名またはそれ以上の議員が出席することによって成立し、また選任のためには全州の過半数が必要である。もし右の選任権が下院に委譲された場合に、下院が次の三月四日まで大統領を選任しない時は、大統領の死亡またはその他の憲法上の不能力を生じた場合と同様に、副大統領が大統領の職務を遂行する。 副大統領として最多得票をした者を、副大統領とする。ただし、その数は任命された選挙人総数の過半数でなければならない。もし何人も右の過半数を得なかった時は、右の表の内、二名の最高得票者の中から、上院が副大統領を選任しなければならない。この目的のための定足数は、上院議員の総数の三分の二とし、また選任のためには総数の過半数が必要である。しかし何人といえども、憲法上大統領職に就く資格のない者は、合衆国副大統領の職に就くことができない。

適用
この修正条項は1804年の大統領選挙から適用され、選挙人団の構成は変えなかった。むしろ、選挙人団が、さらに必要ならば下院が大統領を選ぶ手順を修正した。
修正第12条の下では、選挙人は大統領に2票を投じる代わりに、大統領と副大統領を区別して投票しなければならない。どの選挙人も選挙人と同じ州に住む大統領と副大統領候補者双方に投票することは許されない(住人条項)。しかし、選挙人が同じ州の一人の候補者に投票することは可能である。

修正第12条は、憲法に定める大統領として不適格な者が副大統領になることを明確に排除。その問題は、修正第12条に定める憲法上の不適格者および修正第22条の任期制限が、以前に大統領職を務めた者あるいは大統領を代行した副大統領に適用されるかということであり、合衆国最高裁判所によって裁定が出されておらず、他の憲法修正条項の批准で規定されてもいないために、憲法上不明なままである。

大統領あるいは副大統領として選ばれる者には選挙人投票の過半数が現在も要求されている。誰も過半数に達しない場合、下院が州ごとの投票により、また憲法第2条で要求される定足数で大統領を選出する。修正第12条では当初の憲法で5人の中から選ぶとしていたものを、3人を超えない候補者から選べるようにした。
同様に上院は、もしどの候補者も選挙人投票で過半数に達しない場合、副大統領を選ぶことが出来る。その選択は選挙人投票での「上位2名」にある者に限定されている。もし多くの候補者が同点で2位となった場合、最高得票となった候補者に加えて、同点の者全てを対象にすることができる。修正第12条は、投票を行う時に州または議員の3分の2という定足数要求を導入した。さらに修正第12条は上院の「議員総数の過半数」の票が選出のために必要であると規定している。
国家指導者がいないというような行き詰まりを避けるために、修正第12条では、もし下院が3月4日(当時、大統領任期の初日)以前に大統領を選べないときは、副大統領に選ばれた者が「現職大統領の死もしくはその他の憲法上の不能の場合と同様に」大統領職を代行する。修正第12条では、副大統領がいつまで大統領を代行するか、あるいは3月4日以降に下院が大統領を選出できるかについては、述べていない。憲法修正第20条第3節は、大統領の任期開始日を1月20日に変え、また両院が行き詰まった場合に「誰が大統領職を代行すべきか」を立法によって指示することができるようにすることで、修正第12条の規定に置き換わった。

1804年から現在までの選挙
ヘンリー・クレイ。1824年の選挙で裏取引をやったと非難された。
1804年の大統領選挙以降全ての選挙は修正第12条に基づいて行われてきた。その時以降下院が大統領を選出したのは1度だけある。1824年大統領選挙で、アンドリュー・ジャクソンは選挙人票99票を獲得し、ジョン・クィンシー・アダムズ(ジョン・アダムズの息子)は84票、ウィリアム・クロウフォードは41票、ヘンリー・クレイは37票を得た。候補者全てが民主共和党員であり(候補者の間には重要な政治的違いはあった)、誰もが選出に必要な過半数の131票に届かなかった。副大統領の方は競合が少なく、ジョン・カルフーンが182票を得て即座に選ばれた。

下院は上位3人のみを対象にできたので、クレイは大統領になれなかった。クロウフォードは卒中を患った後の健康が優れず、下院で選ばれる可能性が消えた。アンドリュー・ジャクソンは一般投票でも選挙人投票でも最高得票を得ていたので、下院が自分を選んでくれるものと期待していた。しかし、下院での1回目の投票でアダムズが13州、ジャクソンが7州、クロウフォードが3州という結果になった。クレイがアダムズの大統領を後押しした。クレイは下院議長だったので、クレイの後押しは余剰効果があった。アダムズがクレイをアメリカ合衆国国務長官に指名したとき、多くの、特にジャクソンとその支持者はこの2人を「裏取引」をやったと非難した。他の者は、大統領候補者がその立場を強化するために、その副大統領後者を指名するように、これは政治における通常の連携であると理解した。さらにある歴史家は、クレイが理論的にジャクソンよりもアダムズに近く、クレイ支持者がアダムズの支持に回ったのは自然であるとも言った。

1824年の選挙後、民主共和党は民主党とその後にホイッグ党となるものに分かれた。1836年の大統領選挙では、ホイッグ党が選挙人の票を分散し民主党の候補者マーティン・ヴァン・ビューレンが過半数を取れないようにするために、異なる地域に異なる候補者を指名し、それによってホイッグ党が支配する下院での議決に持ち込もうとした。しかし、この戦略は失敗し、ヴァン・ビューレンが一般選挙でも選挙人選挙でも過半数を獲得したので、それ以降合衆国の主要政党が国政選挙で地域候補を出す戦略を採用することは無かった。

1836年の選挙では、これと同時に副大統領候補が誰も選挙人選挙で過半数を獲得できない選挙になった。民主党の副大統領候補リチャード・メンター・ジョンソンは以前の奴隷との関係ゆえにバージニア州の民主党選挙人の票を獲得できなかったことが原因だった。その結果ジョンソンは147票となり過半数に1票足りなかった。次に来るのはフランシス・グレンジャーの77票、ジョン・タイラー47票、ウィリアム・スミス23票だった。しかし、選出は上院に委ねられ、ジョンソンが33票を獲得し、グレンジャーの17票を破って当選した。

修正第12条では、大統領と副大統領が同じ州から選ばれることを排除していないが、住人条項に対してやや難しくなっている。現代の選挙では副大統領候補が異なるタイプの有権者に訴えるためにしばしば選ばれている。この問題は2000年の選挙でジョージ・W・ブッシュ(副大統領候補はディック・チェイニー)とアル・ゴア(副大統領候補はジョー・リーバーマン)との間で争われた時に起こった。チェイニーとブッシュはどちらもテキサス州住民であり、テキサス州の選挙人が双方に投票することは修正第12条に違背するものだと主張された。ブッシュはテキサス州知事だったのでその住所は問題が無かった。チェイニーとその妻はハリバートンの社長の役割を果たすために5年前にダラスに引っ越した。チェイニーはワイオミングで育ち、合衆国議会はワイオミング州の代表だった。選挙の数ヶ月前、チェイニーは有権者登録と自動車免許をワイオミング州に移し、ダラスの自宅を売りに出した。3人のテキサス州選挙人がダラスの連邦裁判所にこの選挙の異議申し立てを行い、続いて第5巡回控訴裁判所に控訴したが、そこで却下された。

**実に複雑で分かりにくい。本文はWkipediaからの引用で。いずれにしろ米国の次期大統領は簡単には決まりそうもない。簡単に決まらないことが立憲主義のいい所でもああるのですが。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

中間層の役割

今までの日本は、「一億総中流」等と言われていたが、今は格差社会で上流国民と下流国民に分かれているんだなんていう論者もいるらしい。中流と中間は意味がやや異なるかもしれないが、下記は古典を元にした政治論的な試論。

fukuzawa1 福沢諭吉先生が「学問の進め」で喝破している。
国を豊かで強くするのは国民一人一人の努力と精進にかかっている。
よく見、良く聞き、よく理解して、おのおの天職を通じて、努力することしか国の発展はない。
技術者が頑張らないと良い車は出来ないし、医者が頑張らないと良い医療は出来ない。
教師が頑張らないと良い生徒は育たない。政府が旗振っても国民は動かない。

天職に目覚めた彼等が、自分達の意見を代弁する代表を選び、国を動かす。これが民主主義の基本原理。このように代表を選出する力量を持った人が中間層と位置付けられるのでは?
欧米流民主主義は、権利の拡大として有選挙権者を増やすこと正当化してきた。
でも、これが本当に民主主義が発展したのかと言えば異論があるだろう。
馬鹿でもチョンでも1票は1票だ。その結果生じることは、中間層の没落と衆愚政治。
古代ギリシャ・アテネの成功と没落の構図と同じ。
古代ローマ人は、はっきりと多数決による民主主義は愚劣と認識して採用しなかった。

歴史は繰り返す。1度目は悲劇として、2度目は喜劇として。
History repeats itself. The first as a tragedy and the second as a comedy.
История повторяется. Первая как трагедия, вторая как комедия.
历史总是重演。 第一个是悲剧,第二个是喜剧。


新型コロナは、2度目危機だ。意味も無く都市封鎖して(既に都市内には感染者有)。
、 喜んで自ら在宅規制。マスクして人と距離置き話をしない。絶対に感染したくない(でも誰でも感染する)、何時までもstay home 続けましょう。感染は間違いなく収束しない、コロナとの共生を図るしかない。でもそれはいや。何時までも何時までもstay home。 初めからワクチン何て期待できない。 衆愚う政治の見本そのものだね。
まるで映画「猿の惑星そのものだ。」後世の人から見たら、絶対にお笑い草の喜劇だろう。
【追記】追記
フランスの政治思想家にトクビルという人がいる。彼自身は自由主義の考えの持ち主だったらしけど、親戚かなんかの関係で反革命派とされて米国に亡命する。彼は自身の足で当時の米国各地を視察して手記をまとめている。次の逸話は米国民主主義の理想の形を示すものとして有名なのでは?
学生時代に読んだなんかの本に紹介されていたもので詳細や出典は分からないが。

Tocqueville トクビルさんが独立後間もない頃の米国のある地で見たことらしい。住民たちが集まっているところに、議員たちの集団が通りかかり。偉そうなそぶりで、「どけどけ議員様のお通りだ。」住民達:「??」「俺たちは市民の代表だぞ!!」「!!」後ろの方から「バッカヤロー。俺たちがその市民だ。」
トクビルさん、これぞ民主主義の手本だ! 米国侮れず。
今の米国にも、この精神、共和党の草の根派などに脈々と受け継がれているとか。
**トクビル
アレクシ=シャルル=アンリ・クレレル・ド・トクヴィル(仏: Alexis-Charles-Henri Clérel de Tocqueville、1805年7月29日 - 1859年4月16日)は、フランス人の政治思想家・法律家・政治家。裁判官からキャリアをスタートさせ、国会議員から外務大臣まで務め、3つの国権(司法・行政・立法)全てに携わった。
パリ出身。生家はノルマンディー地方の貴族で軍人・大地主という由緒ある家柄だったものの、フランス革命の際に親戚が多数処刑されたことから、リベラル思想について研究を行っていた。その後ジャクソン大統領時代のアメリカに渡り、諸地方を見聞しては自由・平等を追求する新たな価値観をもとに生きる人々の様子を克明に記述した(後の『アメリカのデモクラシー』)。
30歳の時、家族の反対を押し切り、英国人でフランスに移民した平民階級の3歳年上の女性メアリー・モトレーと結婚。1848年の二月革命の際には革命政府の議員となり、更に翌年にはバロー内閣の外相として対外問題の解決に尽力した。彼の政治的手腕はなかなか鮮やかなものであったが、1851年、ルイ=ナポレオン(後のナポレオン3世)のクーデターに巻き込まれて逮捕され、政界を退くことになる。その後は著述及び研究に没頭する日々を送り、二月革命期を描いた『回想録』と『旧体制と大革命』を残し、1859年に母国フランスで肺結核のため54歳の生涯を終えた。フランスが誇る歴史家・知識人。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

反知性主義

 トランプ大統領は、「バイデン氏が大統領になったら(大統領は)科学者たちの言うことを聞くぞ」と発言し、支持者の喝采を浴びたそうだ。
アメリカだけではない。日本でも、科学技術や学問に対する疑問、懐疑や非難の声が強まり、研究者たちが不安の声を上げている。反知性主義がこれほど強まって、果たして世界はどうなってしまうのだろうか。多少とも科学技術に興味のあるものにとっては無視できない主張だ。  理不尽?に見える動きにも、何らかの理由があるはず。アメリカや日本で、研究者や科学技術への疑問や批判が一般国民からも少なからず出てくる背景には、実は人工知能関連の言説があるという意見もある。

でも、上の議論は本当に正しいのか。科学技術や学問に対する疑問、懐疑や非難の声が強まるのは、寧ろ専門家の言う説明が合理的に納得できなくなっているからかも知れない。反知性主義が強まることは、論理性合理性を重んじるホモサピエンスとして健全な反応かも知れない。科学技術や学問が細分化されて、彼等の主張が間違っていても誰も反論無しでメディア等に正しいものとしてまかり通ってしまう現状の方が更に問題は大きそうだ。

トランプ大統領が科学者達と言っているのはいわゆるプロバガンダをばら撒く御用学者を非難してのことだ。例えば、「温暖化の原因はCO2」だという主張は、まだ現段階では極めて不確実な仮説段階のものであるし、「covit-19はそれほど危険なウィルスではない。」→今は少数意見かも知れないが、最も検証が必要な科学的課題でもある。
専門家の意見が政治家によって事実とされ、多数決でまかり通ってしまう事態の方が寧ろ問題だろう。

どんなに当たり前のことと思われることも、一度疑ってみると良い。そこには新しい発見や、新しい世界が開けて来る。反知性主義というものも、人としての論理的な考えを失わない限り有意義なものと言えそうだ。

 人工知能を扱う記事は、日々配信されている。特に記事中で「シンギュラリティ」という言葉によく出くわす。いつか人間の知性を人工知能が超えるのではないか、その瞬間を示した言葉だ。でも、一方には人工知能の脳はまだゴキブリにも及ばない等と言う物理学者の意見もあることも一考する必要もある。

 記事によっては、シンギュラリティを迎えたときの恐ろしい未来を予想するものが多い。人工知能やロボット技術が雇用を奪い、多くの人々を路頭に迷わせるだろうと。人工知能やロボットが苦手とする創造的能力を発揮できない人間は仕事にあぶれても仕方がない、と言わんばかりの内容だ。人工頭脳が人間の職場を奪うというのだ。

しかし、楽観的な意見もある。人工頭脳は人間の活動範囲を広げ、人の活動をサポートしてくれるから、人間にとってより創造的な仕事が増える。大変望ましいことではないか。

確かに、科学技術や学問に対する疑問、懐疑や非難の声が強まることは寧ろ社会が健全であることの証だ。もともと科学技術の発展は人々の疑問や懐疑を解決することで飛躍的な発展を遂げて来たのだから。疑問や懐疑の無い所には、科学技術や学問の飛躍的な発展はない。
人工知能やロボット技術によって、人が考える力や学びの力、労働の喜びを忘れてしまうことが最も危険な事だろう。
反知性主義の人達の方が、メディアや政治家のいうことを妄信する人達よりは遥かに健全で人間的だということかも知れない。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

世界最大のリスク??

米次期大統領、世界の最大リスクと認定されてしまう。
ユーラシア・グループがバイデン次期大統領を10大リスクの1位に(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

 2021年の国際的な最大リスク(危険)は、米国46代目の大統領となるジョセフ・バイデン氏だ。こんな予測を国際的に著名な米国の政治学者イアン・ブレマー氏が1月冒頭に打ち出した。同氏が代表を務める国際情勢分析機関「ユーラシア・グループ」が、「2021年のトップリスク」という報告書で発表した。

 この予測では、新しい年の国際リスクが1位から10位まで挙げられ、そのトップが「第46代アメリカ大統領」と明記されていた。ちなみに2位は「新型コロナウイルス」、3位は「気候変動」、4位は「米中緊迫の拡大」、以下は「サイバーの混乱」や「中東の低油価危機」「メルケル首相後の欧州」などと続いていた。

カーター以来、最も弱い大統領に?
 日本でも広く知られ、評価の高いブレマー氏は、はたして本気でバイデン氏を大きなリスクと考えているのか?
 こう訝(いぶか)しまざるを得ないのは、同氏が政治的には民主党支持、トランプ大統領批判で知られる人物だからだ。であるからこそ、この診断は吟味しておく必要があるだろう。

 ただしこの報告書が公表されたのは1月4日、つまりトランプ支持者の一部が米国議会に乱入して、トランプ大統領への非難が全米に広がった直前である。とはいえ、バイデン氏への評価はトランプ氏評価と必ずしもゼロサムではない。トランプ支持が減れば、その分、バイデン支持が増す、というわけではないのだ。ましてバイデン氏の大統領としての地位がトランプ氏の命運と反比例の関係になっていることはない。

 この報告書を読むと、トランプ氏の振る舞いとは関係なく、バイデン氏自身が抱えた問題や現在の米国の特殊な状況が米国と世界の今後に多大なリスクの要素を注入しているという構図が説明されていた。
 その一例として同報告書は、「バイデン次期大統領は米国民からの信託という点では1976年に当選したジミー・カーター大統領以来、最も弱いといえよう」と述べ、米国内の極端な政治分裂の状況に加えて、バイデン氏は高齢のため2期目はないとの予測をマイナス要因として強調していた。

 確かにカーター大統領は近年の米国の歴代大統領のなかでも失政を重ね政権として弱体だったことで知られる。つまり、失政を重ねたのは彼が無能だったのではなく、政権が弱体だったためか。それは強い与党が望ましいという、立憲主義に反する考えでもあるが。

 私自身がワシントンに特派員として初めて赴任した時期が、まさにカーター政権の発足時であり、それ以後の4年間、カーター政権の失態を目の当たりにすることになった。ジミー・カーターという人物は、人間的には大いに好感の持てる誠実な人柄だったが、国内、国外の政策は歴史に残る失敗の連続だった。

 カーター政権下の米国経済は沈滞をきわめ、「マレーズ」(不定愁訴)と称される暗い雰囲気が米国社会をおおった。対外関係ではソ連のアフガニスタン大侵攻を許し、イランの過激派に米国人外交官約50人を1年近くも人質に取られた。
**経済や外交の問題だとすると、カーターさんはたまたま運の悪い時に大統領になっただけなのか?
経済が沈滞している時は、誰が担当しても運営は難しく、経済が好転すれば誰がリーダになっても国民は満足するものだから。

 でも、そんなカーター大統領を引き合いに出されるほどバイデン政権が弱体化するという予測をまだ始まる前から、まさかブレマー氏から受けるとは、私には驚きでもあった。

国際的な信頼度が低下した米国
 ブレマー氏はこの報告書で以下の骨子を指摘していた。
・もはや化石のように固まった米国内の政治的分断と国際的な米国の地位や指導力の低下によって、バイデン大統領は手足を縛られた状態となり、バイデン氏自身の能力や活力の限界によって統治は大幅に制約される。

・バイデン氏自身は国際情勢に対して指導力を発揮しようと試みるだろうが、まず米国が新型コロナウイルスの世界最大の感染に効果的に対処できないという現実が、国際的な信頼度を激しく低下させるだろう。

・中国の無法な行動を非難し、抑止するというバイデン政権の基本方針は、共和党と一致する部分も多い。だが、ヨーロッパがつい最近、中国との投資の包括的な合意を成立させたように、国際的には、米国の強固な対中政策を阻む要因も多い。

強固なトランプ支持層の存在が政権運営の支障に
 また、同報告書はバイデン氏が大統領候補として約8000万票という米国史上最多の得票を記録した(オバマやクリントンより多かった)ことを取り上げ、バイデン新大統領は国民の支持という点では自信を保てるはずだ、と指摘する。でも、このことが郵便投票のインチキ選挙の噂を消せない最大の理由。そうしたバイデン氏への国民多数の支持は、トランプ氏への支持の広範さと、トランプ支持者の間でのバイデン氏の勝利を認めないという「確信」の激しさで相殺され、正常の大統領としての職務遂行が難しくなるとも述べていた。

 その部分の骨子は以下のとおりである。
・トランプ大統領も米国の歴史では2番目に多い7400万という票を獲得し、共和党は上下両院や州議会の多くで総得票を伸ばした。またヒスパニックや黒人からの得票も増えた。トランプ氏自身が前回の選挙よりも1100万票も多い得票を記録したことも、支持層に勢いをつけた。

・トランプ支持層では70%以上とみられる多数派がトランプ氏の「バイデン陣営の不正選挙」の主張を支持し、バイデン氏が「大統領ポストを盗んだ」という認識を隠さない。この種の主張のほとんどは裁判の場などで排除されたが、連邦議会の合同会議では上院8人、下院130余人の議員が最後まで「バイデン陣営の選挙不正」を主張し続けた。
**つまり、新型コロナを武器にして無益なロックダウンを続け、感染者を沢山増やして、郵便投票に持ち込んで、大統領選挙まで奪った張本人との疑惑が何時までもつきまとうことに。

・世界の主要各国の首脳を見わたしても、その首脳の座につくための選挙の結果が国民の多くに否定されるという指導者はまず存在しない。その特殊な状況がバイデン氏の内外での統治の深刻な足かせとなる。また政策面でも、「アメリカ第一」主義はトランプ大統領の退陣にもかかわらず米国民の広い層で支持され、バイデン政権への制約となる。
 ブレマー氏は以上のように「トランプ効果」がバイデン政権にとって今後の大きな負の要因になると強調する。

まだまだ予断は許せないが・・・
 この予測は、その発表後に起きたトランプ支持層の議会乱入や、それに伴う民主党側のトランプ大統領に対する弾劾追及によって、どれほどの影響を受けるのか。バイデン政権にとって、どれほどの明るい材料となるのか。まだまだ予断は許さないだろう。

 だが、いずれにしてもバイデン政権の発足間近というこの段階で、民主党支持のブレマー氏のような著名な専門家からこんな険しいバイデン政権への予測が発せられた事実は注視しておくべきだろう。

**ただし、ブレマー氏がリスクという言葉を使っている点を注意して欲しい。つまり、適切な対応を取らないとこうなると言っている警鐘だ。バイデン政権を批判して、やっぱり、トランプさんの方が良かったと言っている訳では無い。つまり、身内からの警鐘だね。
他の、2位以下のリスクも、どうも世界全体のリスクではなく、米国にとってのリスクのようだ。

2位の新型コロナも同様。バイデン政権は、新型コロナのお陰で大統領選に勝ったので、今後さらなるロックダウン政策を強行していく可能性が高い。ワクチンが行きわたるまで「自粛を続けろ」だろうが、本当にワクチンを皆が受けて、その結果感染は収束するのか。ワクチンが実用化してもロックダウン政策が解除されなければ、本当に暴動が生じてしまうだろう。

3位の気候変動が何故リスクか? バイデン氏は脱炭素社会を始めて認めた米大統領。その結果は、米国の産業に大きな負の影響を。オイルシェールは、環境問題で破綻し、米国はまた石油を輸入する立場に。EVカーは中国製? 米国のメリットはなさそうだ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

先進国と開発途上国

“Fact Fullness- Hans Rosling” という本が出た。一見世の中の常識の様な事柄も、データを見て自分の頭で考えれば実はとんでもない誤解であったということが多数ある。この本の最初の方にあった意外な事実。多分衝撃的だ。

fact1 まず、右のグラフを眺めてみよう。横軸は女性一人当たり何人子供を産むのか。縦軸は生まれた子供が5歳まで死なずに生き残る確率だ。
このグラフは各国を人口の比率でプロットしている。世界の国々はごく大雑把に2つのグループに分けられる。その間に位置する国は少ない。左の四角は開発途上国(developing countries)で右が先進国(developed countries)という訳だ。左側の大きな丸はインドと中国だろう。開発途上国は、貧しく沢山の子供を産んで多くが無くなる。先進国は少子化で死亡率も小さい。これ多くの人の固定概念だろう。
日本だって戦前や戦後すぐは正に子沢山で幼児の死亡率も高かった。でも待て、中国は今一人っ子政策の為子供を5人も生む女性はいないぞ。

fact2 そうなのだ、このグラフは1965年当時の世界の状況だということ。では、改めて2017年時点のグラフはどうなったのか。著しい変化が見られる。少なくとも子供の生存率は著しく向上。5歳まで死なずに生き残る子供は、大抵の地域で9割近い。子供の数は減ってくる傾向にあることは分かるが、貧富の差とは関係なさそうだ。

2つのグラフの間の年代差は52年しかない。一体全体何があったんだろう。グローバル社会の進展だ。米国は欧州の戦後復興のため、ドルを大量に発行してものを買いまくる。 1971年にはドルは金との交換も無くなり、ドル紙幣の世界への垂れ流しが始まる。基本的には超インフレになるはずだけど、ユーロも円も人民元もドルに合わせて紙幣の増刷に応じたため、世界の為替相場は一見安定しているかに見えた。
でもこれは、開発途上国の多数の中間層の生活レベルを著しく引き上げ、一方先進国の中間層の生活レベルを著しく低下させる力となって働いた。
先進国へ集まる富は一部の富裕層にだけ集中するためこのグラフには反映されない。開発途上国でも富の偏在はあるものの全体としての生活の向上は著しい。資本はより労賃の安い地域を求めて世界を回り、その結果世界中の中間層の富を均一化する方向に働いたようだ。

このことは多くの日本の人達は気づいていないかもしれない。現在、米国でも欧州でもアジアでもアフリカでも中間層の人達の生活レベルはそんなに変わらない。羨んだり差別したりは総て偏見のなせるわざ。基本的に対当だ。米国人の多くが豊かだと思うのは間違いだ。富裕層はほんの一握り。先進国(多分開発途上国も)の方が富の偏在は著しい。1%の一握りの人達が残りの99%の人達の富と同じだとしたら?
少なくとも我々は、1965年とは全く異なった世界の住んでいることに。社会は富裕層を除いてフラットになりつつあるのか。もちろん世界には取り残された極貧困層も存在していることも忘れてはならないが。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

上からの社会主義

マルクス 社会主義と言えば、革命やストライキ、住民運動と言った下からの改革と言ったイメージがあり、 多くの富裕層にとっては、著しく危険な思想と見なされていた。
しかし、グローバル社会の進展で、欧米等の先進国の普通の労働者は雇用が亡くなり、もし雇用があっても「やりがいの無いつまらない仕事しかあり付けなくなって来ている。」

逆に、1%の超富裕層の多国籍企業にとっては、欧米先進国で、無能でプライドだけ高く高賃金を要求する自国の労働者を雇うより、安い賃金でも有能でまじめに働く開発途上国??の人達の働いてもらった方が遥かに効率が良い。つまり、自国の労働者は皆年金生活者にしてしまった方が世界の経済もより活性化するぞ。

でも、現実には、開発途上国の生活水準は著しく向上して、先進国と生活水準はあまり変わらなくなっているのが現実のようだ。つまり、このプランが成功するかどうかは、欧米以外の国々の今後の動向が無視できない。世界は何時までも欧米中心で動いている訳では無い。

私は、社会主義者ではないが、マルクスの予言は一理あるようにも。
個人的には、政府与党やマスメディアを全面信頼し、「パンとサーカス」の生活に99%の国民が 満足するような社会が健全な人類の未来像とは思えないのですが。ただ、いずれにしても 現在のグローバル資本主義社会が曲がり角に来ていることは確かだね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

ネオコン(新保守主義)

新保守主義(Neoconservatism)とは、旧来の保守と新しい保守の分別のために使われてきたが、特に明確な定義は存在しないらしい。概念は時代と共に変容し、国によっても異なっている。でも、よくネオコンという言葉聞く。過激な外交戦略で戦争も辞さないと言う立場のようにも。少なくとも日本には自らネオコンを自称する立場の人達は少ないと思うが。

トロッキー 米国で「ネオコン」と呼ばれる勢力は、元来は1930年代に反スターリン主義左翼として活動した後に「ニューヨーク知識人」と呼ばれるトロツキストたちによるグループであったらしい。ニューヨーク知識人の多くは、アメリカの公立大学の中で最も歴史のある大学の1つであるニューヨーク市立大学シティカレッジ(CCNY)を根拠地として活躍していたが、アメリカの消極的な対外政策に失望した集団である。アメリカの伝統的な保守主義の対外政策はモンロー主義に則った孤立外交を重視し、他国の人権問題には関心を示さない、あるいは自国の利益のためには(中国などの)独裁国家とも同盟を結ぶとの姿勢であったが、ネオコンの場合は民主主義、ひいては自由主義の覇権を唱え、独裁国家の転覆を外交政策の目的に置くという極めて革新的な思想および外交政策を標榜する。中東においては、唯一の近代民主国家であるイスラエルを基盤に周辺の独裁国家を滅ぼすことが中東問題の解決策であると主張する。
ネオコンはユダヤ思想と同根であり、社会主義、リベラル、新自由主義も同根である。ユダヤ人自身が、「これらはみなユダヤ思想である」と述べているとのこと。

**トロッキー
レフ・ダヴィードヴィチ・トロツキー(Лев Давидович Троцкий1879年~1940年8月21日)は、ウクライナ生まれのソビエト連邦の政治家、ボリシェヴィキの革命家、マルクス主義思想家。ソ連邦においてはレーニンの正当な後継者と目されていたがレーニンの死後スターリンに追放され、メキシコに亡命したトロツキーは第四インターナショナルを結成し、官僚制に反対し続けたが、1940年、スターリンの刺客ラモン・メルカデルによって同地で暗殺される。
ネオコンには東欧系、ロシア系、アシュケナジユダヤ人をルーツに持つものが多く、一定の政治勢力を持っていても不思議はなさそうだ。彼等が外交問題に熱心なのはトロツキーの世界同時革命論の信者でもあるからか。


1950年代には、保守反動を避けつつ漸進的政策や社会福祉の再分配政策を行っていこうとする保守党の路線が新保守主義と言われ、1980年代には、アメリカ合衆国やイギリスなどで、1970年代の社会民主主義や自由主義に代わり誕生したニューライトを稀に新保守主義と呼ぶこともあった。
ディープステートの実戦部隊として東欧のカラー革命(2003年-2005年)、アラブの春(2010年-2012年)の背後にいたのが彼ら。運動の指導者に莫大な資金援助を行い、革命手法を教え、選挙に不正があったとしてデモを扇動し、選挙で選ばれた政権を少数者が転覆させた革命の、影の主役がネオコンである。

彼らは1970年代に相次いで民主党を離れて共和党へ向かい、第1期レーガン政権で台頭し、主に外交や軍事の分野で強い影響力を持った。レーガン大統領はネオコンのジーン・カークパトリックを外交顧問に指名し、ソ連を「悪の帝国」と呼び、ネオコンの師であるアルバート・ウォルステッターの限定核戦争を採用し、SDI構想など軍備増強を推し進めた。しかし、2期目に入ってからレーガン政権は柔軟姿勢に転換し、カークパトリックらネオコンは事実上追放された。

ブッシュ政権はネオコンの主張を容れてイラク戦争を始めたとされる。口実にした大量破壊兵器は、イラク占領後も見つからず、代わりにアメリカ資本がイラクの石油を押さえた。
残る石油大国はロシア、イラン、リビアなどとなった。リビアにはネオコンのヒラリー・クリントン国務長官が謀略を巡らし、ガダフィを失脚、殺害させたといわれる。
イラクとの開戦に導いた、ネオコンの代表的人物ジョン・ボルトンは、その後もイラン爆撃や北朝鮮攻撃を主張している。

アメリカ合衆国における新保守主義(Neoconservatism、ネオコンサバティズム, 略称:ネオコン)は、政治イデオロギーの1つで、自由主義や民主主義を重視してアメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想。1970年代以降に米国において民主党リベラル派から独自の発展をした。それまで民主党支持者や党員だったが、以降に共和党支持に転向して共和党のタカ派外交政策姿勢に非常に大きな影響を与えているとされる。しかし民主党内にもかなりの勢力を保持し続けているらしい。

【追記】
確かに、ネオコンと言う言葉ニュースでも良く聞く。妥協を許さない過激な発言で戦争も辞さないという姿勢。トランプ政権のポンペイオさんなんかどうなんだろう?
でも、彼等の実態は? Wikiで歴史的なことを調べて見てビックリ!

何と彼等の母体は、ソ連からスターリンのクーデターで追い出された、トロッキーの支持母体に発すると。
なるほど、異常なまでのソ連敵視もそれで納得。多くは東欧系、ヨーロッパ系ユダヤ等の出身者が多いとか。米国内での赤狩り旋風も反ソ連ということで見逃されてきたようだ。
表面的内は、ウルトラ右翼のようで、実はマルクスの正当な後継者ということか。
イスラエル建国の際には、積極的にかかわりを持ったようで、今でもイスラエル・ロビーとは密接な関係?

合言葉は世界同時革命。covit-19は絶好のチャンスでもある。
無知蒙昧な民衆にはstay homeさせてマスクをさせて、その間に一機に革命を進めてしまおう。

社会主義は死んではいなかった。米国を共産化して中国と手を組ませれば、同時革命も可能かも。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ

パンとサーカス

パンと見せ物/パンとサーカス
コロッセウム ローマ共和制末期に増加した無産市民が有力者に要求したこと。パンは食糧、見世物(サーカス)とは円形競技場などでおこなわれる剣闘士試合などの娯楽。共和政時代、権力を狙う有力者が市民に提供することで人気を得た。帝政時代の歴代皇帝も盛んに提供した。

 ローマ共和政が前3世紀ごろから中産市民が没落して無産市民(プロレタリア)となっても、市民であるので平民会の選挙権はもっていた。彼らは国や有力者に食料と娯楽を要求し、それらを提供してくれる政権や人物を支持した。「パンと見世物(パヌム=エト=キルケンセス)」のパンとは穀物つまり小麦のこと。穀物の特別価格での販売とか、無料配布が国や有力者の手で行われていた。見世物はサーカスともいわれるが現在のサーカスのことではなく、競技場での戦車競争とか、円形闘技場での剣闘士試合、ライオンと剣奴の闘いなどのことで、これらも国や有力者が主催して無料で市民に提供されていた。剣闘士試合が行われた円形競技場として最も有名なものがローマのコロッセウムであった。

アウグストゥス  前1世紀の「内乱の一世紀」の時代には、カエサルなどの有力者が盛んに剣闘士競技や戦車競争を開催して市民の人気を集めた。また属州から多くの穀物がローマにもたらされるようになると、ローマ市民の特権として穀物(小麦)が配給されるように。ローマ帝国時代になると、アウグストゥス以降の皇帝たちは、市民に対する穀物の提供と見世物などの娯楽の提供が政治の安定につながるので、盛んにそれを実施した。しかし、それらは帝国の財政を苦しめることにもなるので、後には緊縮策を採る皇帝も。

参考:パンとサーカス 柳沼重剛『ギリシア・ローマ名言集』によると、この言葉はユウェナリスという人の『諷刺詩』第十番80に、(民衆が)熱心に求めるのは、今や二つだけ:パンとサーカス。 とあるという。パンとサーカスとは「食べ物と娯楽」ということ。サーカスは円形劇場のことだった、ここでは「見世物」のこと。昔は国のために身も心も一兵士として砕いたローマの民衆も今や堕落して、本気になって要求することといったら、食べ物と娯楽だけという有様になってしまったと嘆いている。

小麦の配給
 ローマ市民に提供する小麦を確保するために、属州のエジプトやヒスパニアから小麦を運ぶ海運が盛んになり、歴代の皇帝は造船や港湾などの海上輸送力の増強に努めた。その他に食糧供給のための施設の整備も必要であった。カリグラ帝の乱脈な政治で財政再建が急務となったクラウディウス帝は次のような対策を立てた。
(引用)アヴェンティヌス丘とテヴェレ川のあいだに穀物倉庫を建設し、カンブス・マルティウスのミヌキウス回廊を小麦配給所に改築した。当時、小麦の無料配給を受ける市民は、その資格を証明する無料配給資格証を各自所持しており、毎月指定された日に配給所へ小麦を受け取りに行った。クラウディウスは、ミヌキウス回廊に45の配給窓口を設け、毎月の指定日に、指定された番号の窓口に出頭することを義務づけた。無料配給を受けていた市民の正確な数字はわからないが、30万人とし、指定日が毎月20日あるとするなら、一つの窓口は一日約300人を処理すればよかった。しかも、配給所が一ヶ所にまとめられたので、業務上の効率も飛躍的に向上したはずである。

見世物(サーカス)とは
 サーカスとは、直接的には戦車競技場を意味するキルクス circus(サーカスの英語もcircus) から来た言葉で、英語のサーキット circuit の語源になったもの。つまりもともとは戦車競技場でおこなわれる戦車競走のことであったが、それが広く円形競技場(円形闘技場)で行われる剣闘士の試合を含めて、民衆に提供される娯楽(見世物興行)全般を指すようになった。

***********
ローマ社会で何故、「パンとサーカス」のような状態が生じたか。ローマの歴史を見ないと分からない。この点、塩野七生先生の「ローマ人の物語」は非常に良くできている。ただ、いかんせん力作であるが大作だ。一度読んで見たけど、もう一度読むにはやはり勇気がいる。

ローマは、ある意味軍事国家で、周辺の国と比べて圧倒的に強い。その強さの一つに重装歩兵の密集戦法がある。王政を取らずに元老院の貴族たちの共和制を敷いていたローマだが、戦力の主体は平民であり、兵役の義務と引き換えに平民の権利は向上し、平民会の選挙権を獲得し、平民会は元老院と対等の力を持つようになる。

カエサルを始めとし、歴代皇帝は平民会を利用し、貴族たちの元老院を抑え込むことに成功していく。元老院の中ではある程度話し合いによる民主的な手続きもあったが、平民会の圧倒的支持を得たカエサルやオクタビアヌスの前には元老院の政治的な権力は極めて限られたものに。以後、ローマ皇帝は、ずっとローマ市民達の世論に気を配り続けなければならない羽目に。世論の最大の関心事はローマ帝国の領土の拡大と維持である。これによりローマ帝国には世界中(当時の尺度で)の富が集まる。グローバル経済の実現。これにより旧ローマ領の産業は皆空洞化。多くの平民達は職を失う。総てのものは海外(ローマの属州)から買った方が安価で良質。「パンとサーカス」のような状態になるのも一理ある。

これ、今の世界の先進国の置かれた立場に似てないかしら?
でも、ローマ皇帝の立場も大変。軍の最高司令官として常に馬上で辺境地帯を走り回っていたとか。「パンとサーカス」の平民と言えども、緊急事態に備えての兵役の義務だけは持っていたと思われるが。

で、歴史的に見て、成功者はローマ皇帝なのか平民の側なのか。働かなくなった平民の中からは、色々な文化や思想が誕生してくる可能性も。でも、平民の側には歴史を変えるような政治への発言権は全く失われている。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

韓国起源説

 これまで韓国人は様々な韓国起源説を主張してきた。日本関連だけでも相撲や歌舞伎、醤油、日本酒、うどんなど、例を挙げればキリがない。寿司やカラオケまで韓国起源説を主張するのはまさに噴飯ものだけど。民族としての劣等感の裏返しとしか見えないが、うっかり議論しようとすると、彼等は本気で怒りだすから始末に負えない。
ところで、韓国のアイデンティティとも言えるキムチを巡り、中韓でキムチ起源論争がわき起こっているらしい。

 2020年11月、中国四川省の塩漬け発酵野菜「泡菜(パオツァイ)」の製法や保存法が国際標準化機構(ISO)の認証を受け、中国共産党の機関紙「環球時報」は「キムチ宗主国の屈辱」と報道した。**キムチ宗主国=韓国ということで喧嘩を売っているのか?
韓国の人気モッパン(飲食の様子を撮影した動画)ユーチューバー Hamzyさんは「中国人がキムチやサムなどを自国の伝統文化だと主張する」とコメントしたが、すべてのコンテンツが中国のSNSや動画共有プラットフォームから突然削除されるなど、韓中間でキムチ起源論争が巻き起こったという。

キムチはパオツァイの派生形
 キムチと聞くと唐辛子で漬けた赤いキムチを連想するが、元来、キムチという語は漬物の意味で使われた言葉だ。1760年代の韓国の飢饉時に、高騰した塩の代替品として唐辛子が使われたのが現在の韓国キムチの始まりらしい。

 中国がISO認証を受けた「泡菜(パオツァイ)」は「塩に漬けた野菜」という意味だが、高麗時代の書物『高麗史』に記述された韓国最初のキムチは祭祀のお供え物「沈菜(チムチェ)」で、塩漬けした野菜に、ニンニク、ショウガを入れて作られている。記述だけを見れば、パオツァイとキムチの元祖であるチムチェは何ら変わりがない。それぞれの国でそれぞれの風土や国民性、生活習慣に合わせて少しずつ変化したに過ぎない。

キムチが日本で知られるようになったのは、1910年の韓国併合以降だ。朝鮮漬けと呼ばれ、辛くて臭いものという認識から、それほど普及はしなかった。そのキムチが日本で普及したきっかけは、1988年のソウル五輪に伴う韓国ブームだ。テレビや新聞、雑誌などが韓国特集を組んだことで韓国に「好感」を持つ人が増え、2002年の日韓ワールド杯がキムチブームに火をつけた。

 さらに、2003年に韓国のテレビドラマ「冬のソナタ」が放映されて、第一次韓流ブームが巻き起こり、エンターテインメントと韓国料理のブームが始まった。これを契機に新大久保のコリアタウンの日本人客が増加。オールドカマーのコリアンタウンとして知られる東上野のキムチ横丁や大阪・鶴橋駅付近にも日本人客が押し寄せた。「近くて遠い国」といわれていた日韓の距離が近づいた瞬間である。

台風19号で「辛ラーメン」だけが売れ残った理由
 北朝鮮に対する日韓のベクトルが同じ時、両国の距離は近づく。北朝鮮に強硬に対応した朴政権と対北朝鮮圧力路線を取る安倍政権は強い連携関係を作ったが、対北朝鮮融和政策を取る現政権下で日韓の距離が遠のくのは必然だ。

 日韓関係が悪化した2019年、韓国内で日本製品不買運動が広がる。「NO Japan」「NO 安倍」が叫ばれた2019年10月、50年に一度と言われる大型台風19号の来襲で、日本人は食べ物を確保するため、スーパーやドラッグストアに駆け込んだ。この時、韓国の「辛ラーメン」だけが売れ残り、韓国では日本人が韓国製品の不買運動をしていると報じられた。実際の理由は「辛い韓国ラーメンは、辛い食べ物に慣れていない日本人の非常食として合わない」からだが、韓国人は事態を深刻に捉えていたらしい。「こんなうまいものを我慢して食べないのは不買運動」?

 日本人が嫌韓というのは韓国人の杞憂? もちろん、嫌韓族がいることは否定できないが。2019年の日本政府による「外交に関する世論調査」で、「韓国に親しみを感じる」という回答は、18~29歳は45.7%、70歳以上は17.4%と3倍近い差があった。その結果を反映するように、10~20代の若者を中心に第三次韓流ブームがSNSで拡散し、余韻が冷めやらぬ2020年、「愛の不時着」「梨泰院クラス」が人気となって第4次韓流ブームが巻き起こった。

生まれた時から韓国ドラマや韓国料理が身近にある世代は、韓国の化粧品やグルメにお金を使う。不買どころか積極的に消費する動きを見せている。報道に左右されず、自分で判断したい日本人の意識の表れだ。日本製品不買運動が今でも続く韓国と違って、現在の日本で、政治情勢が個人の行動に大きな影響を与えることはないだろう。

 新型コロナウイルス感染症の拡大以降、発酵食品の需要が増え、韓国のキムチ輸出量は過去最大となった。韓国農水産食品流通公社のキムチ輸出入情報によると、2020年8~12月(5カ月間)のキムチの輸出は3万9748トン、1億4451万ドル(約158億円)に上っている。主な輸出国は日本、米国、香港だ。

 過去最大という言葉だけを聞くと素晴らしい数字に見えるが、実際は異なるらしい。日本で韓国産キムチは中国産キムチに押されているが、韓国内も同様だ。韓国の飲食店では注文した料理と別にお代わり自由のキムチが必ず提供される。飲食店経営者にとってこのキムチの無料提供の原価負担は大きく、外食産業が韓国のキムチ輸入量の増加を後押しする。

 そして、輸入元は主に中国だ。2020年8~12月(5カ月間)の韓国のキムチ輸入量は 28万1000トンで、同時期のキムチ輸出量の約7倍。それにもかかわらず、輸入金額は約1億5242万ドル(約167億円)で輸出金額と大差はない。韓国は安価な中国産キムチ無しには食生活を維持できないらしい。

 韓国が攻撃的にならず、歩み寄りや共存の姿勢を示せれば新しい関係を生み出していけると信じるが、果たしてその日はやってくるのだろうか。このまま反日不買運動が続けば国内の韓国産キムチが中国産に代わられているように、韓国製品が別産地の製品に取って代わられるのも時間の問題か。

ところで、「辛い」のもとになる唐辛子、そもそもは中南米原産。コロンブスが1493年にスペインへ最初の唐辛子を持ち帰ったが忘れられ、ブラジルで再発見をしたポルトガル人によって伝播され、各地の食文化に大きな影響を与えた。韓国起源説等主張してもそんなに古い伝統とも言えそうもないね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

GAFAはなぜ邪悪に堕ちたのか

GAFAはなぜ邪悪に堕ちたのか
ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った 前編(著者は米国の人)

どうしてこうなってしまったのだろう
 2007年以降、金融業界に注目してきた人は、当時と今の状況がとてもよく似ていることに気づくだろう。みるみるうちに、排除するには大きすぎ、管理するには複雑すぎる、新たな業界が発生した。その業界は歴史上のどの業種よりも富を集め、高い時価総額を誇る一方で、過去のどの巨大企業よりも雇用機会を減らしつづけた。私たちの経済と労働を根本からつくりかえたと言える。何しろ、人々の個人データを集めてそれを売り物にすることで、いわば人間を商品にすることに成功したのだから。

**自由主義の経済に取って独占は最大の悪である。アダム・スミスの原点に戻ればそうだ。でも、国益を言い訳に彼等の独占を許して来たのが各国の政府だ。つけは払わねばならない。

つまり、事実上まったく規制を受けずにきたのである。そして、2008年ごろの金融業界と同じで、この業界も、今の状態が続くように、政治と経済の分野に大いに口出ししている。
 2016年の大統領選で予想外の結果が出たことをきっかけに、これらの企業に批判が集まりだした。そこで私はビッグテックについて詳しく調べてみることした。すると、いろいろなことがわかってきた。今では誰もが知っているように、フェイスブック、グーグル、ツイッターをはじめとする世界最大級のテクノロジー・プラットフォーム企業が、ドナルド・J・トランプを大統領選で勝たせようとするロシアの工作員によって悪用されていたのだ。国際政治を意のままに操り、国家の運命を揺さぶるための手段になっていた。
→**とりあえず、これはあり得ない前提だね。トランプ大統領は、ロシアに取って有益なこと何一つやってないように見えるが。また、ロシア疑惑は大騒ぎしたのに何も出てこなかった。

 しかも、そのように利用されることを通じて、経営陣や株主は財をなしていたのである。でも、テクノロジー業界は、これまでずっと金銭的な利益だけを追求してきたというわけではない。実際のところ、シリコンバレーは1960年代の反体制運動の影響を大いに受けていて、事業を立ち上げた人の多くは、テクノロジーが世界をよりよく、より安全に、より豊かにする未来を夢みていたはずある。***確かにインターネットが普及し始めた当初はそのような夢に満ちていたかも。
 デジタルの世界に理想郷を求めた人々は、自らのビジョンを人々に伝えながら、まるで福音のように、こう繰り返した。情報は無料であるべきで、インターネットは民主化を推し進める力であり、私たちのすべてにとって公平な場所だと。

 だからこそ、問わずにはいられない。どうして今のような状況になってしまったのだろうかと。かつては野心的で、革新的で、楽観的だった業界が、わずか数十年のあいだに、欲深くて、閉鎖的で、尊大になってしまったのはなぜだろうか?

 私たちはどうやって「情報は無料であるべき」だった世界を、データが金儲けの手段になった世界に変えてしまったのだろう? 情報を民主化することを目指していた運動が、民主主義の構造そのものを壊しているのはなぜ? そして、地下室でマザーボードをいじくり回していたリーダーたちは、どんな理由があって政治経済の世界を支配する気になったのだろうか?

私たちは消費者ではなく製品である
 その答えは、ある時期を境に、最大級のテクノロジー企業と、それらが奉仕する相手である顧客や一般人の利害が一致しなくなったことにあると、私は調査を始めてまもなく確信するようになる。

 ビッグテック企業の問題については、個別で論じられることは多いものの、実際にはすべてが複雑に絡み合っていて、その根底には一つの避けられない問題が潜んでいる。シリコンバレーの人々の多くは認めようとしないだろうが、「人々をできるだけ長い時間オンラインに釘付けにして、彼らの関心を利益に変える」ことがビジネスモデルになっている、という問題だ。

 コロンビア大学のティム・ウーはビッグテック企業を「関心の商人(アテンション・マーチャント)」と呼んだ。関心の商人は行動信念、大量の個人データ、そしてネットワーク効果を利用して、独占的な力を手に入れようとする。独占的な地位を得ることができた企業は政治的な力も手に入れ、それがまた、独占を維持する力に変わる。

 過去、フェイスブック、グーグル、アマゾンの3社が規制上“何をやっても自由(フリー)でおとがめなし”権を手に入れた。結局のところ、この論理の延長線上で、グーグルは検索を“無料(フリー)”で提供するし、フェイスブックは“無料(フリー)”でメンバーになれる。アマゾンは価格を切り下げ、製品を無料に近い値段でたたき売る。

 これは、消費者にとって“ありがたい”ことなのだろうか? 問題は、ここで言う「フリー」は実際にはフリーでも何でもないことだ。確かに、デジタルサービスのほとんどで私たちは現金を支払わないが、その代わりにデータや関心を大いに差し出している。“人間”が金儲けの手段なのだ。
 私たちは、自分のことを消費者だと考えている。だが実際には、私たちこそが製品(商品?)なのである。

いいことをしているのになぜ不満を持つのか
 グーグルの創立者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、スタンフォード大学のコンピュータ・サイエンスの博士課程にいるころ、ヒューマン・コンピュータ・インタラクション・グループに入った。学生のほとんどは“ポータル”づくりにいそしんだが、ブリンとペイジはまったく違う道を選んだ。彼らが目指すべきは、ハイパーリンクの数を集計する能力をもつ検索エンジンにほかならない。そこでペイジとブリンはほかの文章へのリンクを追跡するプログラムをつくり、それをバックラブと名付けた。

 ペイジとブリンにとって、彼らのやり方にやましい部分は何一つない。彼らにしてみれば、全国のコンピュータ・アーカイブに保存された知識を、人類に利益をもたらすために集めようとしただけなのである。その結果として自分たちにも利益がもたらされるなら、それはそれでありがたい。

 これがのちに、合法的窃盗と呼ばれる最初のケースになった。誰かが文句を言うたびに、ペイジは困った表情を浮かべた。「どうして明らかに善良なことをしている人の活動に、不満をもつことができるのだろうか?」とでも言いたげに。彼らは許可を求める必要を感じなかった。ただ、やりたいようにやった。

「もしあなたが全員の許可を得ようとすれば、ラリーとセルゲイはそれを物事の実現を妨害する行為だとみなす」と、スタンフォード大学のコンピュータ・サイエンス教授であり、ペイジの論文指導者でもあったテリー・ウィノグラードが2008年の記事で語っている。「もしあなたがそれをやってのければ、二人が昔ながらの好ましくないやり方にこだわっていることに、ほかの人たちも気づくだろうに・・・。今のところ、二人が間違っていることを証明した者はいない」 これがグーグルのやり方になった。

許可を求めるな、謝罪せよ
 ジョナサン・タプリンが著書『Move Fast and Break Things(素早く動き、破壊せよ)』で指摘したように、Gmailの最初のバージョンを公開したとき、ペイジは「利用者に恥ずかしい過去を削除する力を与えるよりも、グーグルがすべてのメールを保持して利用者のプロファイルをつくる能力を得るほうが重要だ」という理由で、エンジニアに削除ボタンを実装することを禁じた。

 同じように、グーグルは誰の許可を得ることもなしに、ストリートビュー用に人々の自宅の写真を撮り、それを住所と一致させて、もっと多くの広告を売るために利用している。彼らが守りつづける方針は、「許可を求めるよりも赦しを請うほうがいい」だ──実際のところは、許可も赦しも求めたりしないのだが。

 これは特権を求める態度だと言える。過去数年にわたりさまざまな問題を引き起こしてきたにもかかわらず、この態度はいまだに変わらない。2018年、ある大きな経済会議に出席したとき、私はグーグルのデータサイエンティストと同じタクシーに乗る機会があった。彼女は国民と国民が生む膨大なデータの多くを監視することが許されている中国企業がうらやましいと漏らした。また、彼女がAIの研究を行っている大学が、学生に関する情報を集めるためのデータ記録センサーを彼女が希望するほど使わせてくれないことに、心から憤慨しているようでもあった。「情報を集めるのに5年もかかったわ!」と彼女はいらだたしげに言った。

 このような不信感は、シリコンバレーの住人に広く浸透している。彼らは自分たちのやりたいことは人々のプライバシーや市民の自由、あるいは他人の安全よりも大切だと思い込んでいる。自分たちは何でも知っていると考えて、自分たちの動機に疑問をさしはさもうとする者がいるなんて、想像もできないのだ。
 ビッグテックはやっかいな政府や政治、市民社会、さらには都合の悪い法律からも解放された自由な存在でなければならない。この考えがあるため、テクノロジー業界の巨人たちはシリコンバレーをアメリカからもカリフォルニアからも独立した存在とみなし、ほかの地域がシリコンバレーの足を引っ張ってはならないと主張する。

「そんなコードは書けない、だからできない」
 結局のところ、シリコンバレーの王(そして女王)たちの考えでは、自分たちはある種の予言者であり、テクノロジーは未来なのである。問題は、未来の創造者たちの多くが、過去から学ぶ必要をほとんど感じていない点にある。

フランク・パスカーレはメリーランド大学の法学教授で、ビッグテック批判家として『The Black Box Society(ブラックボックス社会)』──政治と経済に対するテクノロジーの影響を理解するための必読の書──を書いた人物でもあるのだが、その彼がとてもわかりやすい例を挙げている。 「以前、私はシリコンバレーのコンサルタントを相手に、検索の中立性[検索エンジンは自社のコンテンツをほかよりも優遇すべきではないとする考え方]について話をしたことがある。すると彼はこう言った。『そんなコードを書くことはできない』。私は、これは法的な問題であって技術的な話ではない、と指摘したのだが、彼はどことなく見下すかのようにこう繰り返した。『ええ、でも私たちにはそんなコードを書くことができない。だから、中立性は実現できない』と」。要するに、問題について論じるなら技術者の視点から、それができないのなら問題そのものが存在しないという言い分なのである。

 選挙で選ばれたワシントンのリーダーたちも含む多くの人が、この言い分を支持する側に買収されてしまった。だからこそ、最初から消費者ではなく業界に有利なルールが敷かれてきたのだろう。
 商用インターネットの初期、つまり1990年代の半ば、シリコンバレーは何度も繰り返して、インターネットは街の広場のような場所だと主張した。したがって、考えや行動が自由に繰り広げられるべき中立の場所なのである。つまり、オンライン・プラットフォームは公共の広場なので、運営する企業はそこでの出来事に責任を負う必要はない、と言いたいのだ。

自動化できないことはやりたくない
 この主張の根底には、自宅の地下やガレージでオンライン掲示板やチャットルーム、あるいは初期の検索エンジンを立ち上げたばかりの起業家たちには、資金的にも人材的にも、ユーザーの行動を監視するだけの余裕がなかったという事実がある。監視に力を割けば、インターネットの発展にブレーキがかかったかもしれない。

 しかし時代は変わった。今では、フェイスブックも、グーグルも、ほかの企業も、ユーザーのオンライン活動のすべてを監視“できる”し、実際に監視している。それなのに、彼らのプラットフォームで繰り広げられるヘイトスピーチ、ロシアの資金による選挙広告、あるいはフェイクニュースなどの責任という話題になれば、どっちつかずの態度をとろうとする。

『邪悪に堕ちたGAFA ビッグテックは素晴らしい理念と私たちを裏切った』(ラナ・フォルーハー著、長谷川圭訳、日経BP)
 彼らは私たちが何を買ったか、どの広告をクリックしたか、どんなニュース記事を読んだか、すべて容易に追跡できるのに、その一方で、ウェブサイトからいかがわしい陰謀論を取り除くのも、反ユダヤ的なコメントをブロックするのも、ロシアのボットによる不正を特定するのも、とても難しいと主張するのだ。***いかがわしい陰謀論を取り除く難しいことは分かる。陰謀論かどうかの判断は読み手に求められる性質のものだろう。ただユーザーのクリックを追跡する行動や止めて欲しいと願う。

 ビッグテックは分裂状態に陥っている。会社という意味でも、社会の一部としても、その本質において相反する表情を見せている。メディア会社? 報道機関? プラットフォーム企業? 小売業? 物流? 本質が何であれ、彼らが自らに課している現在のルールは──その多くはルールと呼べる代物でもないのだが──うまく機能していない。

 グーグル、フェイスブック、アマゾンをはじめとするプラットフォームはあまりに巨大になったため、彼らのリーダーたちを一般的な考えや倫理規範、あるいは普通の市民に適用される法律などを超越する存在に押し上げてしまった。
 後編では、そのようなビッグテックに振り回されないため、私たちがとり得る方策について検討する。→後編を期待しよう。
邪悪なGAFAから世界を救うには
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63733

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

大学の歴史

大学の誕生
大学を単に高等教育機関と定義するならば、紀元前7世紀創設のタキシラの僧院が最古の大学とする説がある。タキシラ僧院では、学位に相当するものが卒業生に与えられていた。世界遺産のタキシラ遺跡がある現在のパキスタンのイスラマバード北西にあったが、6世紀に街とともに破壊された。古代インドにはかつて学問の中心地として、タキシラ、ナーランダ、ヴィクラマシーラ、カーンチプラムがあったとされる。

紀元前387年に古代ギリシアの哲学者プラトンが作ったアカデメイア(アテーナイ)では、数学、哲学等が教えられており、十字軍以降、イスラム世界を通じて中世ヨーロッパの大学成立に多大な影響を及ぼした。その他にもギリシアでは、ヒポクラテスの故郷コス島に医学校、ロドス島に哲学の学校があり、アレクサンドリアには博物館(ムーセイオン)と図書館(アレクサンドリア図書館)があった。

中国では前漢代の紀元前124年に官吏養成学校である太学が設立された。『漢書』儒林伝に「夏は校と曰い、殷に庠と曰い、周に序と曰う」とある。周代には辟雍と呼んだともいう。『礼記』王制篇には「天子命之教然後為學。小學在公宮南之左、大學在郊。天子曰辟雍、諸侯曰頖宮」とある。隋代以降は国子監が最高学府としての役割を担った。

5世紀設立のナーランダ大学はインドのナーランダに所在し、仏教を中心とした学問研究で有名で、仏教だけでなく天文学などの知識も教授していた。学位に相当するものの授与のほかに、今の大学院に相当するコースもあり、西域、ペルシア、アラブ世界からも人々が学びに来ていた。地元の熱心な仏教徒らの寄進・布施によって運営費や学生らの食費などがまかなわれ、最盛期には学生の数はおよそ1万人、教師数1000人、蔵書数500万冊にも達しており(世界最大級)、建物群は仏教を大切にした歴代の王たちによって増築が重ねられ、キャンパスの広さはおよそ10km×5kmほどにも達し、中央には大きな塔もあった。12世紀頃のイスラム教徒による破壊まで続いた。

6世紀にはサーサーン朝ペルシャにグンデシャープール大学(ジュンディーシャープール)があった。 日本では、7世紀の天智天皇の治世に官僚養成を目的とした「大学寮」が創設された。

カロリング朝では、シャルルマーニュがアーヘン(現在のドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州の街)に scola palatina (宮廷学校)という名の学校を作った。アカデミー・ブレクスガタ大学 (Brexgata University Academy) もカロリング朝指導者により、798年、今のフランスのノワイヨン近郊に設立された。学者、統治者、聖職者、シャルルマーニュ自身などが参加して、一般市民の教育について、統治者の子どもの(次世代の統治者としての)教育、統治、侵略者からの領地の防衛、浪費を防ぐ術など議論していた。これらの活動は大学 (universitas) の下準備となった。

ヨーロッパにおける中世最初の大学は、849年にビザンツ帝国アモリア王朝3代皇帝ミカエル3世の摂政バルダス・マミコニアン (Bardas Mamikonian) によって建てられたコンスタンティノープル大学(あるいはマグナウラ宮殿の大学)で(次代のマケドニア朝ルネサンスの先駆)、9世紀にはサレルノ大学が作られた。

988年創設のアル=アズハル大学(966年設立のモスクに由来)はエジプトのカイロに所在し、イスラーム法学、プラトン、アリストテレスなど古代ギリシアの研究が行われ、大学院に相当するコースも行われていた。

大学を近代西欧語の大学(伊: università、英: university、仏: université、独: Universität)という意味で捉えるならば、その歴史は12世紀-13世紀に始まるとされる。もともとはラテン語の "universitas" (ウニベルシタス)を起源とし、学生のギルド(組合)から始まる。世界最初の校則は、学生のギルドから教師達への規則(「学生ギルドに無断で授業を休まない」「学生ギルドに無断で都市からでない」など)として作られた。その後、教師のギルドも作られ、連合体を意味するようになる。ギルド=組合を意味する大学は、学生間で上下関係がなく、日本語の訳語としては「大学」ではなく「組合」とした方が原義に近い。ウニヴェルシタスという語はもともと団体全般を指していたが、特に「教師と学生の団体」を指すように。

中世の大学の中でも最初期の代表的なものはイタリアのボローニャ大学とフランスのパリ大学である。ボローニャ大学は自由都市国家ボローニャで生まれた。11世紀末以来、『ローマ法大全』を研究したイルネリウスをはじめとして多くの法学者が私塾を開いていたボローニャは、法学校のある学都として有名になり、ここに各国から集まってきた学生たちが市民や市当局に対して自分たちの権利を守るために結束して作った組合が大学の起源である。

この意味での大学は自然発生的に成立したものであるため、創立年を明確に示すことはできない。一方、12世紀のパリにはノートルダム司教座聖堂付属学校や聖ジュヌヴィエーヴ修道院付属学校をはじめとして多くの学校があり、アベラールもパリでよく講義を行っていた。12世紀末までにこれらの教師たちが権力者の介入に対抗して結集したのがパリ大学の始まりである。私塾の連合体としてのパリ大学がいつ成立したかを明確にすることはできないが、1200年にフランス王の勅許を得、1231年の教皇勅書『諸学の父』によって自治団体として認められた。イングランドのオックスフォード大学とフランスのモンペリエ大学もこのように自然発生した大学である。こうした初期の大学では、何らかの事情により教師と学生が集団で他の都市に移住することがあり、それによってオックスフォード大学からケンブリッジ大学が、パリ大学からオルレアン大学が、ボローニャ大学からパドヴァ大学が生まれた。さらにローマ教皇によってトゥールーズ大学が、王権によってサラマンカ大学やナポリ大学が設立された。14世紀に入ると神聖ローマ帝国の領邦君主らによってプラハ大学、ウィーン大学、ハイデルベルク大学が相次いで創設された。

中世の西ヨーロッパにおいて、大学は、神学部(キリスト教聖職者の養成)、法学部(法律家の養成)、医学部(医師の養成)の3つの上級学部と自由学芸学部との4学部からなり、専門職を養成することが大きな役割であった。12世紀から13世紀の間の社会の専門職化の増大に伴って、同様の要求が職業的聖職者に対しても増大した。12世紀以前には、ヨーロッパの知的生活は修道院に託されていた。修道院は、もっぱら典礼と祈りの研究に関わっており、少数の修道院が本当の知識人を誇ることができた。教会法と秘蹟の研究についてのグレゴリウス改革の重点化に従って、司教は、教会法に基づいて聖職者を養成するための、さらに説教と神学的議論で使うための論理学や論争、より効果的に財務を管理するための会計学をふくむ教会運営のより世俗的側面においても聖職者を養成するための司教座聖堂学校を組織した。西方ラテン教会圏で中世末までに生まれた多くの大学は、カトリック教会の後援により、教皇や世俗君主の主導で設立された。これらの大学は、ボローニャ大学やパリ大学が「自生的大学」であるのに対して、「創られた大学」と呼ばれる。

学習は、教会のヒエラルキー内での昇進に不可欠になり、同じように教師は名声を集めた。しかしながら、需要はすぐに、本質的に一人の教師によって運営されていた司教座聖堂学校の容量を越えた。なお、そのうえ、司教座聖堂学校の学生とより小さい町の市民との間で緊張が高まり、司教座聖堂学校はパリやボローニャのような大都市へ移転した。

13世紀に、教会における最高位の職務の約半数が修士学位所持者によって占められ(大修道院長、大司教、枢機卿)、次に高位の職務の三分の一以上が修士によって占められていた。加えて、中世最盛期の何人かの偉大な神学者、トマス・アクィナス、ロバート・グロステストは、中世の大学の出身者であり、スコラ学はその産物といえる。中世の大学の発展は、ビザンツやユダヤの学者からのアリストテレスの広くいきわたった再導入や、アリストテレス主義の思想を支持してのプラトン主義や新プラトン主義の人気の衰えと符合する。

中世の大学は、キャンパスを持たなかった。授業は教会や家のように場所が使える所ならどこでも行われ、大学は物理的な場所ではなく、学生のギルドと教師のギルドが1つにまとまった組合団体として互いに結び付けられた諸個人の集まりだった。この呼称で知られる高等教育機関としての大学は、まさに中世ヨーロッパの産物であり、それ以外の世界各地にあったという古代の教育機関とは直接的な関係はない。 大学は一般に、教師に給料を支払う者に依存する2つのタイプに従って構成されていた。最初にできたタイプはボローニャにおけるもので、学生が教師を雇い給料を支払う。第二のタイプはパリにおけるもので、教師は教会から給料を支払われる。この構造的な違いは他の特徴を作り出した。ボローニャ大学においては学生が全てを運営した。事実しばしば教師は大変な重圧と不利益のもとに置かれた。パリでは教師が学校を運営した。したがって、パリではヨーロッパ中からの教師にとって第一の場所になった。パリでは、教会が給料を払っていたので、主題的な事柄は神学だった。ボローニャでは、生徒はより世俗的な研究を選び、主な主題は法学だった。

大学の研究は学士号のために6年かかり、修士号や博士号のためにはさらに12年に及んだ。最初の6年は、リベラル・アーツ(=自由七科)(算術、幾何、天文、楽理、文法、論理、修辞)を研究する学芸学部 (faculty of the arts) に学んだ。当時ポピュラーな教授法だったスコラ学との緊密な結びつきがあるために、最も重視されたのは論理学だった。

ひとたび学士 (Bachelor of Arts) を取得すると、学生は修士や博士となるべく三つの学部―法学部、医学部、神学部―から1つを選ぶ。神学は学問のうち最も名望のある領域で、かつ最も難しい領域だった。
課程は主題やテーマによってではなく書物に従って設けられる。例えば、ある課程はアリストテレスの書物あるいは聖書からの書物に基づいてあるかもしれない。課程は選択ではなく、課程の設置は固定され、全員が同じ課程をとらなければならなかった。しかし、どの教師が使用するかにしたがって臨時の選択があった。

学生は大学に14、5歳の時に入った。授業は、午前5時か6時の開始が普通であった。
学生は保護を与えられた。学生に特権を与えたのは、皇帝フリードリヒ・バルバロッサの勅令ハビタによってである。だれも学生に肉体的な危害を与えることを許されず、学生は教会裁判所において犯罪のために審問されるのみであり、従っていかなる身体刑からも免れていた。このことは学生に都市環境においてとがめなく世俗法を犯す自由を与えた。実際、多くの乱用がなされ、盗み、強姦、殺人は、聖職者でありながらもゆゆしい結果を直視しない学生の間では珍しくはなかった。このことは世俗的権威とともに不安な緊張へと導いた。学生は時々都市を去り何年も戻らないことによって「ストライキ」した。これは、(学生によって始められた)暴動が多数の学生を死に至らしめた後、1229年のパリ大学でストライキにおいて起こった。学生はストライキしつづけ、二年間戻らなかった。学生は法律上も準聖職者として扱われ、女性が大学に入学することは許可されなかった。12-13世紀には、大学から大学へ渡り歩いたり、ドロップアウトして浪々の身となった学生が方々で見られた。かれらは教会の定職を得られない放蕩無頼の聖職者で、ゴリアールまたは遍歴学生 (clerici vaganti) と呼ばれる。

大学の研究のためのポピュラーな教科書は、ペトルス・ロンバルドゥスの『命題集』と言われる。神学生や修士はカリキュラムの一部としてこの教科書について広範な注釈を書くことを要求された。哲学と神学における中世思想の多くは、スコラ的な文献注釈に見出される。なぜならスコラ学は非常にポピュラーな教育法だったからである。

ヨーロッパにおける国際的な卓越性をもつどの大学も神聖ローマ帝国によって「ストゥディウム・ゲネラーレ」(Studium Generale)として登録された。この施設の構成員は、異なったストゥディウム・ゲネラーレにおける講義課程をしばしば与えるので、ヨーロッパ中にかれらの知識を広めるよう奨励された。

「都市の論理」の著者として有名な羽仁五郎氏の理想とする大学は、自由都市国家で生まれた学生ギルトを元にした、自由を重んじたものなんでしょう。学ぶ権利を最大の売りにすれば、案外このような形式の大学がベストかも。
キリスト教に根差した大学は、世俗的な権力者が、既存の宗教権力に対抗させるため保護育成を図って来たそう面もありそうだ。
また、今後の大学教育を考える上では、西欧以外の他の国の例も研究した方が新しい知見を得られる可能性もありそうだ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

大学の歴史(2)

近代の大学
米国では1636年にハーバード大学(最初はHarvard Collegeとして)が誕生する。
イギリスでは、英国国教会の主導の下、中世のギルド的な大学の伝統に従った貴族による教育が大学で行なわれており、研究は民間のアカデミーで進められ、発表されていた。

フランスでは、1806年に、ナポレオン・ボナパルトによって、かつての地方大学が専門学校へと引き下げられ、新設された帝国大学(L'Université impériale)が指導監督し、国家が国民の教育にあたるというモデルが採用され、研究はやはりアカデミーで進められるものであった。

特に重要なのは、言語学者でプロイセンの政治家としても有名だったヴィルヘルム・フォン・フンボルトがその骨格をつくったベルリン大学である。ベルリン大学は、国家からの「学問の自由」の標語の下に、研究者と学生が自主的な研究に基づき、真理と知識の獲得を目的として、法学、神学、医学といった伝統的な学問領域を軸として、哲学がこれら3つの学問のみならず、自然科学を含めたすべて学問の理論的な研究を指導するというモデルを採用した。ベルリン大学は、研究と教育の一体化を図るとの革命的な発想の転換により各国の大学のモデルとなり、その産業形成を支えた。19世紀に至ると、歴史学、社会学、教育学、民俗学など新たな学問分野が生じ、数学、物理学、化学など既存の学問分野も急速な発展を遂げただけでなく、哲学から心理学、哲学史が分離するなどして今日の大学の基本的な諸分野が、ほぼその骨格を現すことになった。

イギリス・アメリカでは大学院教育が重視されるようになる。ジョンズ・ホプキンス大学はその代表的な大学である。
20世紀になってからは、欧米以外の世界の各国でも多くの大学が誕生してくるようになる。

ヨーロッパでは、人文科学・社会科学・自然科学でも理論的な学問研究が、大学の主要学部とみなされた。また、経営学や音楽、美術、工学などでの単科大学はやや差別的な位置づけをされていたが、徐々に大学の構成学部として認知されるようになってきた。

21世紀に入ると、情報科学、社会福祉、都市開発などで従来にはなかったような新しいコンセプトの学部も、世界各国のそれぞれの国内事情に対応して誕生するようになってきた。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

ジョンズ・ホプキンズ大学

ジョンズ・ホプキンズ大学(Johns Hopkins University)は、メリーランド州ボルチモアに本部を置くアメリカ合衆国の私立大学である。1876年に設置された。世界屈指の医学部を有するアメリカ最難関大学の一つであり、脳神経外科学、心臓外科学、小児科学、児童精神医学などの学問を生み出した。附属のジョンズ・ホプキンズ病院は世界で最も優れた病院の一つとして認知されている。また世界最古の公衆衛生大学院を有し、US Newsの格付けが開始されて以来ランキング1位を保っている。医学部が最も有名で、10年以上US No.1ホスピタルの地位を継続してきたが、他学部においても各種の大学ランキングでは常に最上位に位置する名門校で、政財界から学術分野まで幅広い分野で指導的な人材を輩出しつづけている。そのため、卒業生からの寄付金も莫大であり、NIHの競争資金とともに、大学の研究活動に多大な貢献をしている。

スタンフォード大学と共にヒドゥン・アイビーの一校として知られ、これまで36名以上のノーベル賞受賞者を輩出。2019年の合格率は9.2%。

ボルティモアのクェーカー教徒の実業家ジョンズ・ホプキンズ(1795年 - 1873年)の遺産を基に、1876年に世界初の研究大学院大学として設立された。それまでのアメリカの大学教育は教養中心の学部教育であったが、新たに研究を中心とした専門教育を行うことを目的とし、大学院教育のシステムを確立した。大学院教育と奨学金を組み合わせることによってPh.D.(博士)の学位の授与制度の改革を行ない、この制度を他の多くの大学が取り入れることによってアメリカ全土に広まったとされる。全米で初めて実験室での科学実験を行った?、また、公衆衛生大学院 (School of Public Health) を初めて設置したのもこの大学。附属のピーボディ音楽学院(Peabody Institute)も北米で最初の音楽学校であり、この大学には「アメリカで最初」と言われるものが多い。

前述の通り医学・公衆衛生学の研究に優れ、US Newsのランキングで医学大学院は常に全米1-2位、公衆衛生大学院は格付けが開始されてから一度も陥落することなく全米1位を保っている。同じメリーランド州に位置するアメリカ国立衛生研究所との関わりが深く、多くの研究資金を獲得している。特に公衆衛生については同研究所の予算の25%近くを獲得するなど他大学の公衆衛生大学院を圧倒しており、このような豊富な研究資金が高い研究レベルを支えている。

工学分野では医用生体工学が世界的に有名で、長きに渡り全米1位(US News)にランキングされている。国際関係学及び国際経済学では、ワシントンD.C.に設置された高等国際問題研究大学院(Paul H. Nitze School of Advanced International Studies(SAIS))が実務家向けの修士プログラムとして常に全米上位にランキングされ、米国内で特に高い評価を得ている。また、医療経営のノウハウをアメリカ国外の医療機関に提供する組織、ジョンズ・ホプキンス・メディスンを有する。

スポーツではラクロスが有名で大学チームのブルージェイズ(Blue Jays)は何度も全米優勝をしている。キャンパス内に米国ラクロス協会の事務局、ラクロス博物館、ラクロスの殿堂(Lacrosse Hall of Fame)がある。また、大学のマスコットはアオカケス(Blue Jay)であり、学生からは"Jays"と呼ばれている。
最近ではマイケル・ブルームバーグ (2000億円相当)やビル・ゲイツ(23億円相当)の多額な寄付がアメリカで話題となった。

実は、日本の新型コロナ対策を歯に衣を着せず正論で批判する木村盛世元厚生労働省医系技官もこの大学の卒業生。1965年、開業医の家に生まれる。1990年3月、筑波大学医学専門学群卒業。1998年、ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了。
どうも、日本のマスコミには出演する機会が少ないようだ。口にマスクをされているのかも。 一方の、ジョンズ・ホプキンズ大は今欧米系のメディアで大活躍。世界の感染状況などのマップをネット上でも公開している。都市ロックダウン派の司令塔のような存在だ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

ナーランダ大学

ナーランダ大学(ナーランダだいがく、Nalanda University、 ナーランダー大学)は、インドビハール州、ナーランダ(नालंदा、Nālandā)中部にある427年に建てられた世界最古の大学の1つ。北部インド仏教の最重要拠点であり、後期以降はヴィクラマシーラ大学(Vikramaśīla University)等と共に、インド仏教が終幕を迎えるまでそれを支えた。ナーランダ僧院(ナーランダー僧院)、ナーランダ大僧院(ナーランダー大僧院)、那爛陀寺とも。

「ナランダ」は " 蓮のある場所 " という意味。蓮は知恵の象徴であるため、“知恵を与える場所、知恵を授ける場所”と解釈される。(ナラン=蓮、ダ=与える) また玄奘三蔵は『大唐西域記』で " 施無厭(せむおん) "という意味にとっている。この場合は“惜しみなく与える処、倦まず授け続ける場所”という解釈になる。(ナ=ない、否定、アラン=十分、ダ=与える)

ゴータマ・ブッダ が訪れ、"Pavarika" と呼ばれるマンゴーの木立の下で説法した。仏教を学ぶ重要な場所となり、10,000人までの人が滞在した(最古で、それまでの歴史で最大の居住型の学校、最多で1万人の生徒と、1,500人の教員がいた。高い塀と、1つの門、図書館は9階建ての建物にあり、多様な分野の教科が行われていた)。

チベットの記録によると、インド仏僧龍樹(ナーガールジュナ)(150 - 250年頃)が講義を行ったとされるが、グプタ朝(427年成立)時代に、クマーラグプタ1世によって大学が出来たと思われる。

645年(唐時代)に、唯識派のシーラバドラ(中: 戒賢)は玄奘三蔵に唯識を伝え、玄奘は657部に及ぶ経典を中国に持ち帰った。
** 761年に中観派のシャーンタラクシタ(中: 寂護)がチベット仏教を起こし、774年にはニンマ派の開祖パドマサンバヴァ(中: 蓮華生)が密教をチベット仏教にもたらした。サムイェー寺の宗論(792年 - 794年)では、インド仏教のカマラシーラと中国仏教の摩訶衍が宗教論争を行い、チベット仏教の方向性を決定した。

1193年に、アイバク靡下の将軍 ムハンマド・バフティヤール・ハルジー 率いるトルコイスラム人の侵略によって大学は破壊された。インド仏教の衰退はグプタ朝時代から始まっており、イスラーム侵入以前にはほぼ衰退していた。イスラーム勢力によるナーランダー大学の破壊はインド仏教の滅亡を決定づけた。

1957年、中華人民共和国の周恩来総理によるインドのジャワハルラール・ネルー首相への提案で大学に玄奘の舎利が分骨された。

ナーランダーに関連した仏教
大乗仏教 (Mahayana):ナーランダ大学で学究が進められ、その成果がヴェトナム、中国、韓国、日本に伝わった。
チベット仏教 (Vajrayana):ナランダ後期(9ー12世紀)の教え、伝統から来ていると思われる。
現在ナーランダには人は住んでおらず、遺跡が残っている。バラガオン村 (Baragaon) が近接。 現在ナーランダー全地域を衛星写真で記録する作業が行われている。ナーランダー博物館には発掘された写本、遺物などが展示されている。現在ナーランダーの名は3つの学校と修道院に付けられている。 ビハール州、スリランカ、トロント、フランスの修道院にもナーランダーの名前が使われている。

新ナーランダ大学の建設は「ナーランダ大学復興構想」と呼ばれるインドの国家プロジェクト。 新ナーランダ大学は2014年9月1日、800年の時を経て授業を再開した。40ヶ国の1000人の申請者の中から15人を募集して新学期を開始した。ナーランダ大学の副学長よると2020年までに大学院を7つ設立して科学、哲学、心理学、社会学科を開設する予定である。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

自虐史観

森喜朗 この度の、森喜朗のオリンピック会長辞任を巡って、日本のマスコミがいかに自虐史観に取り憑かれているかがはっきり分かった。卑しくも日本の総理も務められたお方だ。 森氏の発言は、少なくとも内輪の議論の一環で、話だけ見ても女性蔑視論を展開している訳では無い。要するに内部の人間のリークで、話を部分的に切り取って意図的に流した陰謀であることは明かだろう。
そもそも発言自体が不適切であったかどうかも不明だし、森さん本人も謝罪し発言を取り消し(無かったことにした)、IOCを認めたものをわざわざ問題視して、大騒ぎすること事態、明かに欧米諸国の陰謀であると気がつかないほどマスコミは馬鹿なのか? 本来マスコミは、日本の立場をしっかりと説明する責任があったはずだ。

どんなリーダでも、発言内容は100%正しいとは限らない。でも、勇気を持って発言し間違ったら周りのものに修正してもらえばよい。マスコミは言論の自由すら抑圧したいのだろうか。

結局、欧米の主張は、日本は女性蔑視の国だから、オリンピックを開催する国としては相応しくない。だから誰が会長をやっても同じだから中止すべしと言っているのだ。確かに朝日新聞も、NHKもかなり前から中止論を展開していた。
つまり、マスコミの主張は、「米国のいうことだから、日本は本当に女性蔑視の国なんだろう。米国のいうことだから聞いた方が良い。」という変な思い入れがありそうだ。

でも、日本は本当に女性蔑視の国で欧米より遅れている?? 確かに欧米では女性の社会進出は数値目標を実施しているのか日本より進んでいる面もある。
しかし、歴史を学んでみれば分かる。女性蔑視の伝統は欧米キリスト教プロテスタントの思想だ。伝統社会の男女の役割分担とは全く異なったルーツであることを見抜かないといけない。都市労働者が増え、一婦一夫の核家族の誕生から生まれたもの。家の中心には夫がいて家内労働は主婦の役割。だから欧米の男女平等は戦いの歴史となる。日本の方が進んでいる面も沢山あることにも注意して欲しい。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

温暖化問題の虚構

温暖化対策の問題は、我々がまだ会社員勤めの時代からずっと続いている超長期的な課題だね。 もうかれこれ40年前から、ずっと技術開発やって来た。自然エネルギーの利用、太陽光、風力、波発電、水力、バイオマス。どれもうまくいかなかった。政府の補助金なしではどれも成立しない。要は原油が安過ぎて需要が無い。だったら脱炭素で需要を作ればいい?

CO2が温暖化の原因だということは、ずっと証明できない。温室効果と言っても、空気中で0.04%以下の超微量成分が温室効果に大きな役割を果たすとは物理的に説明不可能。だから小中学生にも理解できる説明は今後も出ない。環境学者は、CO2悪玉論を前提(仮定)にして、これを疑わないことして先に研究を進めているらしい。結局自分達だって分からない。 科学者の態度としては大変危険なことだ。科学の基本は、仮説を疑うことで始めて新しい発見が出来る。仮説に仮説を積重ねて行っても得られるものは無い。

脱炭素を進めようと本気で動いているのは欧米の政治家だけ。残りは追従組だね。そう言う意味では、今のcovit-19と同じ構図。

ところで、地球上の直物(動物よりマスが巨大)にとっては、CO2は貴重な栄養素のもの。 過去の歴史を見ればCO2はもっともっと多かった。今の植物達にとっては、CO2の長期的減少は 看過できない危機なのかもしれない。
大森林→草地化→農耕→イネ科植物→砂漠化(CO2零)→生態系の絶滅
(2021.02.21)

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

G7サミット

G7サミットとは、主要国首脳会議もしくは先進国首脳会議は、国際的な首脳会議の一つ思われて来た。現時点では、その実態はほとんどない。代わりに出て来たのがG20だ。 日本では、未だにニュースなどで大きな会議のように報道されているが。日本のマスコミはG7が大好きらしい。
ロシア連邦が参加していた1998年から2013年までは、G8、主要8ヶ国首脳会議などと呼ばれていが、ロシアも中国も排除してしまったら主要国・先進国とは羊頭狗肉の状態だろう。

主な参加国→米国、カナダ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、日本の7カ国。何のことはない、第二次大戦の戦勝国と敗戦国(ドイツ、イタリア、日本)の戦後復興のための協力会議。戦勝国のイギリス、フランスだって、相当ダメージを受けていたのだから。戦前の旧先進国の再構築が目的か? 東西冷戦の時代には大きな役割を果たして来た。ただこれらの国が今、世界の主要国かつ先進国と言えるだけの経済力もリーダーシップも全く持っていないことも事実であることだ。
バブル経済崩壊寸前の米国、EUとしてのまとまりを欠くドイツとフランス、EU離脱を決めた英国、東アジアを重視しなければならない日本、一体何を話し合おうというのか?
G7のまとまりを結び付けているのは、軍事同盟。NATOと日米安保協定。この2つがメリット亡くなった今、G7に拘ることは百害あって一利無し。化石の様な存在なのか?
しかも、G7で決められたことは、何の国際法的な権限もないため、G7諸国間の談合と言う意味しか持たない。

代りに登場したのが、G20。構成国は、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、EU、ロシア、中華人民共和国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ共和国、オーストラリア、大韓民国、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンである。20か国・地域首脳会合(G20首脳会合)および20か国・地域財務大臣・中央銀行総裁会議(G20財務相・中央銀行総裁会議)を開催している。

ただ、これも旧G7に、非欧米諸国を追加したもの。だったら、国連の場で話し合いをすれば良いのでは。G7もG20も多くの政治団体やNGOからの反対の声も大きい。

確かに、日本もメディアでは、G7サミットはG20より取り扱いが大きい。G7諸国間の談合とは言え、国際政治で談合の果たす役割は無視できないかも。
今回のコロナについても、G7サミット主要国とその支援国にだけワクチンが供給されるとか。ワクチンは恵んでもらうのか無理やり買わされるのか?

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

送別会は悪いこと??

職員23人が午前0時近くまで送別会を開いていたことが明るみに出た厚生労働省では、ほかにも3月下旬に2部署で、政府が自粛を求める5人以上の会食を開いていた。
 厚労省は今回の問題を受け、2度目の緊急事態宣言が出た今年1月7日以降、本省と中央労働委員会事務局で「職員5人以上の会食」が開かれていないかを調べた。
 その結果、職業安定局の建設・港湾対策室で管理職含む5人、子ども家庭局の保育課で6人の会食がそれぞれあったという。いずれも緊急事態宣言が解除された後の3月下旬で、東京都が飲食店の時短要請をしている午後9時までに終わったとしている。
 厚労省は30日、全職員にメールで「歓送迎会等の会合は控え、自覚ある行動をとること」と指示した。
 職員23人で送別会を開いていた老健局老人保健課については、厚労省は会合を提案した同課の真鍋馨課長を減給1カ月とした上で大臣官房付として事実上更迭するなど、計22人を処分した。田村憲久厚労相も給与を2カ月間、自主返納する。

以上、朝日新聞のニュース。朝日自身はこれに対して論評を控えているが、一体何が問題で厚労省の役人たちは処分されねばならないのか。公務員の倫理規定に違反する者とは思えない。政府が求めたのはあくまでも自粛であって、法令に違反する行為をしたわけでもない。
日頃、超過勤務の多い本庁の職場で、仲間の移動に伴う送別会はある意味仕事を円滑に進めるうえで必要なことだろう。仕事の都合上夜になることは今までもそのようにしていたためでしょう。出来れば勤務時間中にやりたいのでしょうが。その意味ではこの職場の上司の判断は適切で、部下達の尊敬を集めてしかるべきだろう。マスコミの人達がタカリで酒飲むのとは全く次元の異なる話だ。人数だって高々23人、これが感染の拡大と何ら関係ないことなど一目瞭然ではないか。
「歓送迎会等の会合は控え、自覚ある行動をとること」→明かに自覚ある行動の範囲内でしょう。
田村憲久厚労相も態度がいい加減だね。いい仕事してもらおうと思ったら部下を庇わねばならない立場だ。謝って済む問題ではない。愚劣な指示出していた政府の責任。田村1人が辞任すれば何の問題も無いことだろう。

「職員5人以上の会食」もそもそも、理不尽極まりない、何ら根拠のない非科学的なスローガンだね。4人ならOK? こんなクソ馬鹿なスローガンなんて厚労省の役人でなくても守る気がしない。市井の民間人だって馬鹿にしている。
確かに、テレビなどの報道では感染者が増えたことにはなっている。しかし、日本全体の感染者の数? 大体6,000人に1人の感染者がいることになっているようだ(Googleで調べて見れば分かる)。23人の中に誰が感染者いる確率? ほとんど零だね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

Kフェミニズム

(オセラビ:作家・コラムニスト;出典JBpress)
文在寅政権の発足と軌を一にして燃え上がる韓国のフェミニズム運動「Kフェミニズム」(*KはKorea)。女性運動家の中心は「反米・反日・自主統一運動」を基調とするNL系(*北朝鮮の主体思想を受け入れる一派)であり、これとラディカルフェミニズムを結合したものが「Kフェミニズム」の本質だとか?女性の生活向上ではなく、上層部のエリート女性の権力と権限を強化する手段に過ぎない。

**でも、反米・反日・自主統一だけでは北朝鮮シンパかどうかは分からない。
**これ、寧ろ米国のバイデン政権の人権主義と同じ傾向では。政府の要人にやたらと女性を活用。それによって反対派を排除できる。日本の森発言に意義を唱えたのもその一派では?

オセラビさん
1958年生まれ。女性作家、コラムニスト。仁川市在住。長期にわたり社会運動に身を投じ、老境に入って旺盛な著述活動に励む。現在NGO団体「未来代案行動」の共同代表を務める。メディアにコラムを寄稿しながら週2回、読書討論会を主催。2018年に出版されたフェミニズム批判書『そのフェミニズムは間違っている』が社会的反響を呼ぶ。著書に『そのフェミニズムがあなたを不幸にする理由』(2019)、『フェミニズムはどのようにして怪物になったのか』 (2020)、『性認知感受性トラブル』共著(2020)、『ギャンブルに溺れた青少年』共著(2020)など。
韓国の作家でコラムニストのオセラビ氏がKフェミニズムを斬る。↓↓↓

ソウルと釜山(プサン)の市長補欠選挙が4月7日に行われた。結果は、巨大与党である「共に民主党」の惨敗。この結果を巡り、韓国社会は大きく揺れ動いている。一つの事件とも言えるほど、社会に大きな波紋を投げかけた。

**共に民主党=共に民主党(더불어민주당)は、韓国のリベラル政党である。2017年から大統領を務める文在寅(文在寅政権)を擁立する与党であり、国民の力と並ぶ二大政党のひとつ。対抗馬はセヌリ党。

 今回の投票における特徴は、20代男性と20代女性の投票行動が対照的だった点が挙げられる。注目すべきは20代男性だ。前回の記事(韓国社会を引き裂く「Kフェミニズム旋風」の病理)で書いたように、韓国にフェミニズム旋風が巻き起こってからの7年間、ジェンダーを巡る議論で守勢に回っていた20代男性が野党に票を投じることで、親フェミニズム政策を掲げてきた民主党に痛撃を与えた。
**多くの国民は、親フェミニズム政策にNo!と理解できるか?

 20代、30代男性の野党候補への投票率は、それぞれ72.5%、63.8%と高水準だった。一方、20代女性の投票率は親フェミニズム政党である与党で44%、フェミニストの候補者で15.1%という結果だった。

 今回の補欠選挙は、2020年4月と7月に、ソウル市長と釜山市長が相次いでセクハラ事件を起こしたために実施されたもの。釜山市長は辞任し、ソウル市長は訴えられて自ら命を絶った。朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は、韓国で最初の男性フェミニストであり、韓国の女性人権運動に大きく貢献した人物である。だからこそ、彼の自殺は世の中に大きな衝撃を与えた。ちなみに、彼は歴代最年長のソウル市長であり、次期大統領選挙に出馬する準備をしていた。

 朴元淳市長の死は、左派フェミニスト陣営全体を驚愕させた。女性運動の永遠のパートナーであった朴元淳市長のセクハラ事件が発覚すると、与党のフェミニスト女性議員たちは一斉に沈黙を通した。この「選択的MeToo運動」、あるいは「味方のセクハラ事件は知らんぷり」という態度は非難の的になった。言うなれば「悲しいアイロニー」だ。フェミニズム運動の先頭に立っていた与党の女性国会議員の偽善的な性倫理に対するダブルスタンダードは多くの人々に非難されるに値する。

 この補欠選挙の結果は、20代、30代の男性による明白な反撃(バックラッシュ)であり、20代、30代の女性の分裂といえる。もっとも、社会的現象にはさまざまな要因が複合的に作用している。事実、文在寅(ムン・ジェイン)政権の高位公職者たちによる不正腐敗が相次ぎ、2020年5月には元慰安婦の支援団体、正義記憶連帯(正義連)の不正会計疑惑も起きた。
 正義連の前身である挺対協は1990年、37の左派女性団体が集まって発足した。挺対協や左派女性団体からは、20人以上の国会議員が輩出されている。中には長官になった人間もいる。

 そんな正義連の理事長であり、旧挺隊協のトップを務めた尹美香(ユン・ミヒャン)議員(民主党の比例代表選出議員)は、現在8件の罪名で在宅起訴されている。罪名は補助金管理法違反、地方財政法違反、詐欺、寄付金品法違反、業務上横領、準詐欺、業務上背任、公衆衛生管理法違反である。

 今回の補欠選挙で女性議員たちは、その二重性と選択的・選別的女性運動を批判された。フェミニズム運動に対する全体的な審判の結果でもある。このような局面を迎え、親フェミニズム政策に力を注いできた民主党とフェミニスト陣営は困惑している。  フェミニスト新聞である「女性新聞」は補欠選挙直後、座談会を開いた。この席でフェミニストの女性教授は、20代男性が野党に票を投じたことについて「フェミニズムに対するバックラッシュと見ることはできない」と指摘。加えて「20代男性がフェミニズムを嫌って与党に背を向けたという解釈を民主党は下さないでほしい」と強調した。

 フェミニズムに対する不満と批判を男性たちが吐露するたびに、フェミニストたちは「バックラッシュ現象」だと言い、嘲笑してきた。だが、今回の選挙結果は、激しいジェンダー対立と男性を悪者に追いやったフェミニズム運動に対する、明らかなバックラッシュである。にもかかわらず、フェミニストたちは再び確証バイアス(自分に都合のいい情報ばかりを集めてしまうこと)の習性を捨てずにいる。

----------------------------------------------
 国家フェミニズムとは、女性の権利、地位向上および権限強化を国家主導で進め、政策として採択することを指す。文在寅政権下では女性に偏った政策と予算投入、そのような社会雰囲気の造成という国家フェミニズムの傾向が露骨になっている。ここで2016年に時を戻してみよう。
 当時、大学には多くのフェミニスト団体が誕生し、全国で150もの団体ができた。これらの団体と、左派政党内のフェミニスト団体、ツイッターなどのソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)で活躍する「ネットフェミ」集団、そして既存の女性団体が連合し一大勢力を形成した。

**新しい政権の支持母体を作るのが目的の国家フェミニズムでは、破綻するかも?

 このような中、ある事件をきっかけに新進フェミニスト勢力が結集する。2016年5月、ソウルの江南(カンナム)駅付近にある店の男女共用トイレで、23歳の女性が殺された事件だ。警察は、統合失調症患者の男性による通り魔殺人との結論を下したが、フェミニスト陣営はこの事件をきっかけにフェミニズムを再び強調する。「すべての男性は潜在的加害者」「女性は潜在的被害者」という構図がこの時期、明確に作られたのだ。これにより、男女間のジェンダー対立が本格的に展開され始めた。

 ヤングフェミニストは「王子はいらない(Girls do not need a prince)」「女性はどんなことでもできる(Girls can do anything)」を叫んだ。ところが、2017年に文在寅政権が発足すると、フェミニストたちはスローガンとは異なることを言いだした。女性は社会的弱者、被害者であるゆえ、女性に配慮した政策を取るよう政府に要求し始めたのだ。こうして、女性家族部とその傘下機関の女性関連予算が急増し、女性専用サービスが大幅に増えた。

**この問題は、生物学的な大きな課題だ。子孫を残すことが人類の使命なら、少数の精子提供者の男性だけがいれば良く、女性だけの世界にすれば良い! でも生まれる子供は半数が男性? 生まれる前に間引きして数減らせばいいか? 
逆に世界を動かしているのが男性なら、女性は社会的弱者となるか。子供を産み育てさせられる被害者と言う論理のようだが。本当にそういえるのかな?

--------------------------------------------------------
こうなると、男性は逆差別を受けていると認識するようになる。女性家族部の予算は女性たちのために使われるからだ。
 例えば、2021年度の女性家族部の予算のうち、出産や育児によりキャリアが途切れた「経歴断絶女性」の就職支援に、702億ウォンが組み込まれた。反面、男性失業者や「経歴断絶男性」には政府レベルの支援がない。この点を挙げ、女性家族部の存立自体が男性差別の象徴という不満は現在も渦巻いている。大統領府の国民請願(国民が政府への要望や苦情を書き込む掲示板)には「女性家族部の廃止」が多く寄せられ、文在寅政権発足後、請願件数は1500回に達する。

一方、大学の教壇に立つ女性学者にとっては好機となった。新聞や雑誌へのコラム寄稿、セミナー、討論会、著述活動など、女性団体と連携してさまざまな仕事が舞い込んだ。2017年に韓国のフェミニズムはジェンダー対立が激化し、大衆文化の領域へと広がっていった。

 ヤングフェミニストたちは、ゲーム、ウェブ漫画、ヒップホップなどに目をつけた。大衆歌謡、特にヒップホップのラップから女性嫌悪や性差別などの表現を探し、ラッパーたちと摩擦を起こした。それだけでなく、バンドが歌っていた過去の曲からもそれらの表現が含まれた歌詞を見つけ出し、攻撃した。有名なウェブ漫画家は、連載中の作品のシーンが標的になり、女性嫌悪主義者として追い込まれた。

 ゲームも同様である。ゲームに出てくる女性キャラを巡り、女性蔑視や性的対象化に関する議論が相次いだ。女性キャラのセリフが性差別的だの、特定の体の部位を強調するポーズを描写しているだのとの批判に、男性ゲーマーたちが反発する事例も珍しくなかった。そのほかにも、チームプレーをしていた男女間で起きた性差別、セクハラ発言や言葉の暴力など、頻繁に問題が生じた。
**確かに、欧米流の資本主義社会では、女性の体の特定部位を強調するファッションが多い。女性の体の特定部位が商品に転化されているためでもあるか。しかし、ミニスカートも化粧も、女性側が好んで取り入れている面の方が大きい。イスラム社会ではあり得ないファッションだ。でも、こんなことに男性側が反発すれば、逆にセクハラとされてしまいそうだね。

 フェミニストたちは文化・芸術界とサブカルチャー系の検閲官となり、気に入らないもののリストを作り続けた。これにより、韓国社会のあちこちで男女間の溝が深まり、捜査機関に対する通報や告訴が横行するようになる。 2017年の半ばになると、社会が求める女性らしさへの抵抗、いわゆる「脱コルセット運動」に火がついた。この運動の主役は女子大学生だったが、中学生の女子まで参加し、女性が追い求める「美」に挑戦した。

 女性は美しくあることを強要されており、これは社会的に男性の権力に規定された家父長制的コルセットだとフェミニストたちは主張する。若い女性は化粧品を捨て、花柄の服をはさみで切り刻み、髪を短くカットしたり剃ったりして、脱コルセット運動に参加した。大学の掲示板に張り紙をし、SNSにハッシュタグをつけることで、この運動は急速に拡散した。

 おかげで騒動が絶えなかった。一編のブラックコメディ、お騒がせ喜劇のような脱コルセット運動は、これに同調しない大多数の女性を苦しめたのだ。ラディカルなフェミニストたちはまるで軍隊の将校のように振る舞い、脱コルセット運動をリードする。これは2017年から2018年にかけて続いた。

 そして、2018年の新年早々起きたMeToo運動は、韓国社会の地雷となった。2017年10月、セクハラが暴露されたハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏による事件に触発されたMeToo運動は、すぐさま韓国に上陸。折しもフェミニズム運動が頂点に向かって走っていた時期だった。

 韓国型セクハラ暴露の特徴は、被害者がテレビ番組に出演し、有名人のセクハラを暴露することだ。衝撃的な事実が次々と明かされた。例えば、次期大統領の有力候補だった道知事がしていた女性秘書への性的暴行。道知事は刑務所に入れられた。その後、有名政治家、文学者、映画俳優、映画監督、役者、テレビタレントなど、名前を聞けば誰もが知っているような人たちが次々とMeTooの対象になった。皮肉なことに加害者は全員、左派の人々だった。
 一方、「スクールMeToo」と呼ばれる学校内のMeToo告発も、全国で起きた。MeToo運動に便乗した虚偽告訴の事件も、相次いで発生する。
**日本でも、マスコミや弁護士達が協力。例え潔白でも連日繰返して同じ報道を繰返していれば、裁判を待たずに既成事実化されてしまう。

 嘘のセクハラを教え子に訴えられ、身の潔白を訴えて自殺を図った大学教授、セクハラの容疑をかけられて命を絶った中学教師──。この中学教師の場合は、夜間学習(半強制的に夜10時まで教室で自習を行わされる)をサボった女子生徒が親に理由を問われ、教師が友人の太ももを触ったり暴言を吐いたりするから、と嘘の言い訳をしたことから事件が起きた。

 2018年5月には、社会の雰囲気がさらに険悪になった。5月初め、男性の裸体写真がラディカルフェミニズムのインターネットコミュニティー、ウーマドにアップされた。ソウルの弘益(ホンイク)大学絵画科で行われたヌードクロッキーの授業中に盗撮された、ヌードモデルの写真である。
 写真をアップした女性は、男性と一緒にヌードモデルをしていた女性であり、ウーマドの会員だった。10日後、容疑者は警察に逮捕される。ここでヤングフェミニストたちは怒りを露わにした。「女性だから早く捕まえた」というスローガンを掲げて臨時団体を作り、「偏った捜査糾弾デモ」を繰り広げたのだ。

**「女性だから早く捕まえた」は、確かに明らかにコジツケけだね。「女性だから放置した。」なら理由として通るけど。

 フェミニスト界は待ってましたとばかりに「姉妹愛」で団結した。デモ現場に登場したプラカードやスローガンは、想像を絶するほど男性嫌悪に満ちていた。ウーマドの被害者である男性モデルへの残忍な人格殺人だった。

**被害者が悪者にされる傾向、最近多いね。芸能人の麻薬等も犯人は寧ろ被害者のようでもあるし。

 今でもポータルサイトで「恵化(ヘファ)駅デモ」を検索すると、ヤングフェミニストたちの男性嫌悪や男性を卑下する悪口が、どれほどひどかったか確認できる。「性差別による偏向捜査」と主張したフェミニストたちの恵化駅デモは、5月から12月にかけて6回開かれた。すると、男性の政治家など政界の人々は、まるで罪でも犯したかのように降伏の姿勢を取り、ヤングフェミニストたちをなだめたのだ。

このように2018年は韓国フェミニズム運動のピークだった。Kフェミニズムの最大の弊害は、女性たちに被害者意識を植え付けたことにある。このようにして、男性の剥奪感や憤りは少しずつ蓄積されていった。20代の男性は、自分たちが二等国民にでもなったかのような恥辱を感じた。

 20代男性の最大の悩みは、兵役義務の遂行である。韓国人男性は憲法によって軍服務が定められている。20代という黄金期の3割を国家のために奉仕するのに「補償のない義務」を果たしているという不満がある。

 実は、兵役を済ませた者には、公務員試験で軍加算点が与えられていた。しかし、梨花(イファ)女子大学の学生たちが根気強く軍加算点廃止請願を行い、2001年に同制度は廃止された。最近では公共機関(340カ所)でも、昇進審査の際に軍の経歴を認めるという規定は男女差別に当たるという理由で廃止されている。男性の逆差別の不満はさらに増幅した。

 前述したように、社会運動には累積された複合的な社会的要因が存在する。フェミニズム運動が猛威を振るい、韓国の若い男性たちは危機に面している。フェミニズム運動は、女性には寛容、男性には無寛容の時代を作り上げた。

 2018年は男女別自殺死亡率において、男性と女性の差が最も大きかった年である。自殺者全体のうち、男性の割合が72.1%を占めた。しかし、世間は男性の自殺には関心がない。政府が「国家フェミニズム政策」をトップダウン方式で拡散させているうえ、フェミニストの女性たちを筆頭に関連団体などが、予算と公共政策の主導権を握っている。彼女たちの権力と影響力は弱まりそうもない。

 この7年間のフェミニズム運動の結果が、今回の市長補欠選挙で投じた若い世代の票で明らかになった。20代男女の投票結果は、ジョン・グレイの『男は火星人、女は金星人』を連想させた。韓国の男女の距離が火星と金星ほどあるとしたら、これは大変なことである。なぜこうなったのだろうか。

**ジョン・グレイ『男は火星人、女は金星人』の内容説明
「思わせぶりな態度ばかりで、彼はなぜ「好き」と言ってくれないの?優しかったり冷たかったり、気持ちが読めない彼に困っています…―世界中から寄せられる恋の悩みに答える心理学者ジョン・グレイは確信する!恋がうまくいかないのは、男は火星人、女は金星人と言えるほどもかけ離れた存在で、思考回路、感じ方から、行動パターンまで、まったく違うためだ、と。火星人である男性と金星人である女性が、お互いを理解することができれば、恋の悩みはすべて解決!」幸せな恋を手に入れるためのヒントがぎっしり詰まった恋愛Q&A集。

 前でも述べたように、20代男性たちは異口同音に、これまでの激しいフェミニズム運動によってもたらされた男女間の葛藤が問題だという。今後、当分の間、男女の対立は続くだろう。韓国社会が今後、解決すべき課題である。(翻訳:金光英実)

*******************************************************
{感想}:
1. 差別の問題は、どうしても政治問題に転化されやすい。でも、実際は社会全体の問題でもあるし、経済活動とも密接した分野だ。政治の分野では機会均等は法制度の整備で対応できるが、結果の平等は下手にいじるとかえって混乱を招く。日本もオリンピックで、欧米から指摘された結果の平等がなってないと言われ、政治的解決? 米国流の人権主義には無理がありそうだが。

2. 韓国では、未だに兵役の義務が残っている。男女平等を言うなら兵役の義務も平等でないと不公平感はぬぐえないだろう。世界的には女性の兵士もいるから能力の違いとは言えないだろう。世界一の軍事大国米国ですら徴兵制は廃止されている。つまり、韓国は北朝鮮とは未だに戦争状態の国家的危機が継続しているという認識だ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

疑わしきは無罪

マリス博士は、ある刑事事件の証人を頼まれて引受けた経験を書いている。彼は、この経験から中立公正な立場の証言はあり得ないと皮肉な結論を出している。検事側の遺伝子捜査の結果に異議を唱えてくれが依頼された内容。現場に残された血痕と被疑者の血液がDNA鑑定で同じだと推定されると大抵の場合、有罪とされるケースが多い。しかもそれを決めるのはDNA鑑定なんて全く知らない陪審員達だ。そこで彼なりに作戦を立てて現場にのぞんだ(その件は彼の著書に書かれている)。遺伝子捜査の瑕疵が一つでも発見されれば、その結果は総て無効になる。 ところが、検察側は、巧みに遺伝子捜査の件をはぐらかして、マリス博士は、何も語る必要は無かった。その結果被告は無罪となってしまった。遺伝子捜査の結果が唯一の決め手だった訳だ。つまり、マリス博士がその場にいなければ、検察側は長々と遺伝子捜査の結果を説明し、陪審員も裁判官も有罪判決を出せたということだ。 検察側のスタッフ達がテレビ前で判決の場面を見て号泣していたとテレビが報じていたとか。マリス博士は、そこにいるだけで何もせずに立派に役割を果たしたという逸話。マスコミも不当な判決だと騒ぐかもしれないが。

疑わしきものは罰せず
勿論、この原理は科学の世界にも厳密に適用されなければならない。マリス博士は、同じ理屈で「オゾンホール説」、「地球温暖化説」、「温暖化二酸化炭素説」、「エイズHIV説」これらの、一見科学界の常識とされている仮説にもすべからく異を唱えている。仮説のもととなる証拠が不十分という訳だ。つまり、明確な証拠が見つかるまでは信じてはいけないということだ。仮説に仮説を積重ねて行けばいずれ大崩壊する。

新型コロナで重要な彼の忠告は、
1. 無自覚無症状の感染者いない。
2. PCR検査は感染症の診断に使ってはならない。

感染症の歴史を辿れば1は明白だ。PCR検査が使われる前は、感染症の存在すら気がつかれない。そもそも生命の歴史は、20億年前から生物とウィルスの間では当初から遺伝子をやり取りしながら進化してきたことが分かって来た。PCR検査で発見される遺伝子の断片は、元から体内にあったものかもしれないし、いわゆるレトロウィスルの働きかもしれないし、さてまたジャンク遺伝子と言われている働きの無い遺伝子と言われているもの起源かも。つまり、病気の者の体から発見されたRNAの断片が何処から来たのかは全く特定できないということだ。
「無自覚無症状の感染者いない。」は感染症に関しての定理に近い絶対的な真理だろう。

唯一の例外が、HIVとcovit-19 だけ。HIVはマリス氏自身が強く疑って否認しており、covit-19に関しては、彼は亡くなった直後に大流行したものだ。
だから、HIVとcovit-19は、感染症ウィルスとしては実在せず、PCR検査を利用して人為的に作られた偽のウィルスということになる。
**実はこのようなウィルスはマリス博士の死後、どんどん増えており、エボラ出血熱、SARSやMARS等もそんなものかも。感染症には潜伏期間と言うものがあるので、潜伏期間中に他人に移す可能性があるかどうか、今後の解明すべき課題だろう。

繰返すと、感染病患者の体内からたまたまある遺伝子断片が見つかったことは、その遺伝子をたまたま持つウィルスが、感染病の原因とは全く言えないということだ。つまり、そのウィルスは人類と共生してきた普通のウィルスで、感染病の原因は別のところにある可能性が高い。つまりウィルスは無罪だ。ということは、ウィルス対策は一切無駄。

PCR検査は、彼自身の発明品であり、感染症の診断に使えないかどうかは本人が最も熱心に考えていたはずだ。だから、HIV発見に対しては、「嘘だ。そんなはずはない。」とピンと来たようだ。PCR検査を感染症診断に使うには解決すべき課題が山ほどある。時期尚早ということか。引用文献に使うとして、米CDCとノーベル賞学者フランスの学者モンタニエ等に問い合わせたところオリジナルの文献が見つからない(所持していないと回答)。オリジナルの文献があれば、それをもとに追試をすれば事の真偽は解明される。解明されては困るので米CDCが渡さないように仕組んだ? でも、もしオリジナルの文献が無ければノーベル賞は何を根拠に与えられたか。科学の事実は追試が可能なことで初めて認められる。つまり、現時点ではHIVは感染症のウィルスではない。つまり無罪とする他はない。では、未だに使われているエイズ検査は何なのか。エイズ治療に色々な薬剤が開発されている。製薬会社は相当の利益を出している。しかし発症もしていない陽性者が治療を受けることに果たしてどれだけ意味があるか? 有害無益だろう。つまり、HIV抗体検査は人為的に感染者を造り出しているのか?

つまり、PCR検査で発見されるウィルスの断片は、ウィルスが犯人だとは未だに決まっていないということだ。つまり推定無罪。これはエイズウィルスもcovit-19も同じことだ。新型コロナの場合、PCR検査で陽性と診断されても、その人が感染者であると断定する証拠は一つもない。つまり、感染者とは言えないということ。いくら怪しいと疑っても証拠不十分で無罪。
では、covit-19が犯人でもないのに、マスクをかけさせたり、在宅規制をすることはまさしく人権侵害に当たる不法行為ではないか? 多分ね!

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

バンクシー

Banksy1 バンクシー(Banksy, 生年月日未公表)は、英国を拠点とする匿名のアーティスト(路上芸術家)、政治活動家、映画監督。色々憶測があるが、要は正体不明。

彼(彼等)の政治および社会批評の作品は、世界各地のストリート、壁、および都市の橋梁に残されている。ただし、その作品がいつどのように描かれたのかも不明。バンクシーの作品は、アーティストとミュージシャンのコラボレーションを伴う、ブリストルのアンダーグラウンド・シーンから生まれた。バンクシーは、後に英国の音楽グループマッシヴ・アタックの創設メンバーとなったグラフィティアーティスト、3Dに触発されたとされている。ブリストル市が発祥の地であることは確認されている。

**ブリストル市:イギリス西部の港湾都市。ロンドンから西に169キロ、カーディフから東に71キロの位置。人口46万人、隣接地域も併せると約72万人と推定される。これはイギリス全体で8番目に人口が多い都市。

バンクシーは彼の作品を壁のような、わざと公共に見える場所に展示。彼の公開された「展示」は高値で転売されているらしい。バンクシーのドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010年)は、2010年のサンダンス映画祭で公開されている。2011年1月に、彼の映画はアカデミー賞ベストドキュメンタリー部門にノミネートされた。2014年に、Webbyアワード2014で年間最優秀賞を受賞した。

ステンシルアートと呼ばれる、型紙を用いたグラフィティを中心とする。街中の壁などに反資本主義や反権力など政治色が強いグラフィティを残したり、メトロポリタン美術館や大英博物館などの館内に無許可で作品を陳列したりするなどのパフォーマンスにより、「芸術テロリスト」と称する者も散見される。

Banksy2 街頭などのグラフィティにこだわり、企業や音楽家などの依頼は全て断っている。2002年に日本のファッションブランド「モンタージュ」にTシャツの図案を2種類、 2003年にブラーのアルバム『シンク・タンク』のジャケットをそれぞれ提供して以後、ソニー、ナイキ、マイクロソフト、ミュージシャンのデヴィッド・ボウイ、オービタル、マッシヴ・アタックなどの申し入れを断っている。あくまでも顔の見えない芸術家として振舞うんだね。

多くは街頭の壁面などに無断で描かれ、落書きとして行政が清掃などの際に消去するのが本来であるが、描かれた壁面をアクリル板で保護する建物所有者も見られた(付加価値の向上か)。2007年2月のサザビーズオークションで作品6点が372000ポンドで落札された。

2009年6月13日から8月31日までブリストルの市営美術館で大規模展「Banksy versus Bristol Museum」が催された。
2010年にドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』を監督してアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた。
2015年に英国で期間限定のテーマパーク「ディズマランド」を演出した。
2020年には日本の横浜駅前にあるアソビルで「バンクシー展 天才か反逆者か」が開催された。
『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』『セービング・バンクシー』『バンクシーを盗んだ男』などドキュメンタリー映画が多数制作されている。

政治的・社会的テーマ
バンクシーはかつて落書きを、下層階級の「復讐」、またはより大きくより良い装備をした敵(公権力)から、権力、領土、そして栄光を奪うことを可能にする「ゲリラ戦争」の一つの形と表現していたらしい。バンクシーの作品は、中央集権権力をあざ笑いたいという庶民の切望も表しており、また彼の作品は公衆に対して、権力が存在してそれがあなたを抑圧する一方で、その権力は非常に効率的ではなく、欺かれる可能性があり、騙されるべきであることを示すことを願っていると解釈されているようだ。

バンクシーの作品は、反戦、反消費主義、反ファシズム、反帝国主義、反権威主義、アナキズム、ニヒリズム、実存主義など、様々な政治的社会的テーマを扱ってきた。加えて、彼の作品が一般的に批判しているという人間の状態の要素は、欲、貧困、偽善、退屈、絶望、不条理、そして疎外である。 バンクシーの作品は通常、メッセージを出すために視覚的イメージと図像学に頼っているが、バンクシーは様々な本の中でいくつかの政治的に関連したコメントをしている。彼の 「銃殺されるべき人々」のリストにおいて、彼は「ファシスト、宗教原理主義者、(そして)リストを書き誰が銃殺されるべきかあなたに話す人々」をリストしている。バンクシーは自身の政治性をおどけた調子で説明しながら、「時々私は世界の現状についてとても気分が滅入ってしまい、二つ目のアップルパイを食べ終えることさえできない」と描画している。

バンクシーは2017年の英国総選挙において、ブリストル北西、ブリストル西、ノースサマセット、ソーンベリー、キングスウッド、およびフィルトンの各選挙区に立候補している保守党候補者に反対する投票をした有権者に対し、無料で彼の作品のプリントを提供すると申し出た。 バンクシーのウェブサイトに投稿された記述によると、保守党候補者以外の候補者に印を付けた投票用紙の電子メール写真を送れば、限定版のバンクシーのアート作品を郵送されると説明していた。 2017年6月5日、エイボンとサマセット州議会は、汚職の疑いのある贈収賄行為についてバンクシーの調査を開始したと発表し、翌日、バンクシーは「無料プリントの提供を行えば、選挙は無効になると選挙管理委員会から警告された。そのため、私は残念ながらまずい発想の法的に疑わしいプロモーションがキャンセルされたことを発表する。」と述べ、プリントの提供を取り下げた。

確かに投票の代償に物を送るというのは、選挙活動としては贈収賄行為に当たるかもしれない。では、その送ったものが無償で経済価値の無いものなら?

ユーモア好きのイギリス人の事。犯人何て本当は捕まらなくてもいいと思っているのかもしれない。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

推定無罪

推定無罪とは、「何人(なんびと)も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という、近代法の基本原則である。簡単に記されているが運用面では色々問題がありそうだ。 では、有罪と宣告するには誰がどうすれば良いのか。Wiki に説明があるが、司法や法律だけの問題では無いようだ。

狭義では刑事裁判における立証責任の所在を示す原則。「検察官が被告人の有罪を証明しない限り、被告人に無罪判決が下される(=被告人は自らの無実を証明する責任を負担しない)」ということを意味する(刑事訴訟法336条など)。
**被告人が自らの無実を証明することは、多くの場合、科学的にも論理学的にも無理があるらしい。

広義では(建前としては)、有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われない(権利を有する)ことを意味する(国際人権規約B規約14条2項など、「仮定無罪の原則」という別用語が用いられることもある)。
**でも、政治家のスキャンダルなんてマスコミが大騒ぎして、裁判で有罪判決が出る前に責任取って辞任なんてことが日常的に行われている。 有罪判決が出るまでは明かに無実と規定されいるなら堂々と振舞えばいいはずなのに。

「無罪の推定」という表現が本来の趣旨に忠実であり(presumption of innocence)、刑事訴訟法学ではこちらの表現が使われるが、近時、マスコミその他により、推定無罪と呼ばれるようになった。
**推定有罪と言う語もあるのか? マスコミなんかは推定有罪を造るのが大好きみたいだ。

この原則は刑事訴訟における当事者の面から表現されている。これを裁判官側から表現した言葉が「疑わしきは罰せず」であり「疑わしきは被告人の利益に」の表現から利益原則と言われることもあるが、上述の通り、「疑わしきは罰せず」より無罪の推定の方が広い。

日本国憲法第31条の「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」に推定無罪の原則(狭義)が含まれると解釈されている。 法律の定める手続によれば証拠が無くても有罪に出来る? それも変だね。
裁判で有罪判決が出るまでの期間は推定無罪。

もっとも、「無罪の推定」(英語: presumption of innocence)は、「疑わしきは被告人の利益に」(ラテン語: in dubio pro reo)の原則より広く、被疑者・被告人は、有罪の犯人と区別し、むしろ無辜の市民として扱われるべきだという意味として捉えられており(広義の推定無罪の原則、別名「仮定無罪の原則」)、国際的にも定着している。

これは、国際人権規約にも明文化されており、日本も批准している。そのB規約第14条2項は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と、権利の形で明確に保障している。
歴史
近代法制以前、推定無罪の原則を定めたのは、バビロニア(現イラク南部)のハンムラビ王が公布した世界最古の法典『ハンムラビ法典』であり、これが他の文明社会にも伝播していった(参考・クリストファー・ロイド 訳・野中香方子 『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』 文芸春秋 (1刷2012年)18刷2014年 p.158.)。したがって、西アジアに始まる法原則であり、ヨーロッパ発祥ではない。
**ちょっと待って。ハンムラビ法典と言えば、「目には目を」の原則が有名だけど。これはこれで「法は公平に」の原則を定めたある意味画期的なものだ。推定無罪の原則も ある意味法の公平性を担保する重要な原則だろう。民主主義や人権と言ったものが何でもヨーロッパ発祥で欧米は進んだ国と言う偏見はもうやめた方が良いね。推定無罪の原則は、人類が狩猟生活をしていた時代からずっとあったんではなかろうか。

フランス人権宣言(1789年)第9条で
「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。」と規定されたのに始まり、現在では、市民的及び政治的権利に関する国際規約第14の2や、人権と基本的自由の保護のための条約第6条など各種の国際人権条約で明文化され、近代刑事訴訟の大原則となっている。

**逮捕されれば、ほとんど有罪になるような法制度では、こんな人権宣言は無意味だ。しっかりした司法制度が確立されていて、裁判官が推定無罪の原則に従ってくれないと困る。推定無罪の原則は、ハンムラビ法典より更にずっと遡った狩猟採集生活の時代からの人類共通の認識と見た方が良いか。ハンムラビ法典は推定無罪の原則を再確認したものだろう。つまり、フランスの人権宣言は、ハムラビ法典に比べればかなり見劣りのするものとしか言いようがない。革命下では、市民達の憎悪の感情からかなり無罪の有力者が多数殺されたことであろう。

日本では「被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」と定める刑事訴訟法第336条は、「疑わしきは被告人の利益に」の原則を表明したものだと理解されている。

また、法律の適正手続(デュー・プロセス・オブ・ロー)一般を保障する条文と解釈される日本国憲法第31条の「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」に推定無罪の原則(狭義)が含まれると解釈されている。

もっとも、「無罪の推定」(presumption of innocence)は、「疑わしきは被告人の利益に」(ラテン語: in dubio pro reo)の原則より広く、被疑者・被告人は、有罪の犯人と区別し、むしろ無辜の市民として扱われるべきだという意味として捉えられており(広義の推定無罪の原則、別名「仮定無罪の原則」)、国際的にも定着している。

これは、国際人権規約にも明文化されており、日本も批准している。そのB規約第14条2項は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と、権利の形で明確に保障している。

報道・一般国民の感覚と無罪推定
推定無罪は、元来、国家と国民との関係を規律する原則であり、報道機関を直接拘束しないとも考えられている。しかし、推定無罪は、裁判所・検察官を規律する、証明責任の分配ルールである「疑わしきは被告人の利益に」の原則に留まらず、「有罪判決が確定する」までは容疑者・被告人は無辜の市民に近づけて扱われるべきだという人権保障の原理であるとの理解が一般的で、かつ国際的にも定着していることから、私人である報道機関による報道被害も推定無罪との関係で語られるようになってきている。
また、人の健康に係る公害犯罪の処罰に関する法律5条では原因企業について「推定で有罪」と判断する条文が存在する。
**公害犯罪の場合、確かに原告側が企業の有罪を立証することは難しいだろう。無罪の立証責任が企業側にあると考えれば良いのか。例えば、イタイイタイ病で原因物質カドミウムが微量ならは人体に被害を与えないとかの臨床実験とか。実際の被害が出ていることが立証されれば「推定で有罪」は、多くの人の了解を得られるかもしれない。

でも、色々な事件の犯罪で無罪を証明、有罪を証明ということは結構、論理的数学的な高度な判断が要求され簡単ではなさそうだ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

殺人事件

実は僕は推理小説お宅ではない。でも、推理小説ではこの所の論理展開がしっかりしてないとサビ抜きの寿司。全然面白くない。逆に論理展開の巧妙さが作品の価値だ。でも、考えれば考える程、殺人事件で犯人と特定し有罪判決を出すというのは極めて困難な作業だと思う。

「AがBを殺した。」 まず、これが基本か。Bは被害者。自殺でなければ他殺か。自殺の場合、犯人はいない。Aは犯人ではない。部屋に多量の睡眠薬が。多量の睡眠薬を服用すれば死に至る可能性は高い。AがBに睡眠薬を飲むように仕向けた? 
Aが睡眠薬を勧めた。Bはそれを信じて睡眠薬を服用した。では、Aは犯人か? Aは善意で睡眠薬を進め、Bはそれを信じた。Bには飲まない選択肢もある。多分この件は明かにAは無罪だろう。Aが殺意を持ってBに睡眠薬を進めた。あるいは睡眠薬中にある毒薬を仕込んだ。毒薬を仕込んだのがAだと確証が取れればAが犯人とは特定できるかも。
犯人決定の一つにアリバイと言うものがある。現場不在証明とでも訳されるのか。少なくとも殺人(自殺でないとして)現場にAがいなければAは無罪となる可能性も。
AがBに何らかの理由で渡した毒物をお手伝いさんのCが睡眠薬に誤って(あるいはわざと)混入させた。お手伝いさんのCはそれが毒物とは知らなかったと証言。勿論その証言が正しいかどうかは判定できない。Cが無罪かと言えば必ずしもそうとも言えない。
CがAを殺害しなければならない動機は無い? これは簡単に立証できないだろう。普段からBがCにつらく当たっていた何てことCが言うはずもない。

殺人事件の場合、関係者の証言は普通大変あてにならないものだ。最悪の証言は本人の自白だ。過去の事例では、警察によって拷問によって自白を強要された例は数知れない。ただ、自白によって新たな証拠が発見されるケースも無いわけでもない。推理小説では、犯人の説明に一貫性を求めるために自白を要請するケースは多々ありだね。自白しないとますます不利になる。これが探偵小説のサビみたいなものの一つだ。

殺人では、実際に凶器で人を殺すケースも多そうだ。ナイフや包丁で人を刺す。ピストルで射殺する。紐で絞殺す。「AがBを殺した。」 多分殺人事件だろうが、全く自殺の可能性が無いわけでもなかろう。三島由紀夫の割腹自殺何て言うケースもある。現場には死体が。でもどうやって犯人を見つければいい。まずは、身近な関係者の動機を洗い出すか。誰が殺意を抱くかだね。でも、最近多い無差別殺人では動機は誰でもいい「人を殺したい」だね。つまり、犯人はどこに潜んでいるかも全く未知の状態だ。
現場の証人の存在はどうだろうか。殺人の現場を目撃した。携帯などで写真まで撮影してあれば信憑性は増すかもね。でも、詮索を深めれば目撃者自身が犯人の可能性は無いだろうか。或いは目撃者が犯人の協力者。

そこで最近注目されているのがDNA鑑定だろう。鑑定される対象は現場に残された血痕だね。あるいは、性行為が絡んでいれば精液何て言うのもありかも。 この分野は、PCR検査なんていう凄い技が登場して、盛んに利用されるようになっている。しかし、この技術の発明者マリス博士自身が次のように忠告を発している。 「AがBを殺した?」という事件の場合、被害者Bの血痕がAの服に。あるいは加害者=容疑者Aの血痕が被害者Bに残されていた。鑑定の結果、残された血痕とサンプルの血痕の遺伝子情報が一致していたことが分かるだけだ。これをもって、AがBを殺害したと結論付けるにはあまりにも飛躍があり過ぎると言うのだ。 まず第一にやらねばならないのは、鑑定自体の正当性。鑑定検査が正確に実施されたかどうかだ。高度な専門性が要求され、方法手順が間違うととんでもない結果出る。鑑定自体の正当性を立証するには中立な立場の高度に専門性を有した立会人が絶対的に必要だ。中立な立場ということは、鑑定側が検察側なので被告側の立場で監査しろということだ。

マリス博士は、自身が被告側の立場での承認を依頼されて、これに気づいた。検察側はマリス博士の存在を知り、鑑定結果を証拠として取り上げることを断念。被告は無罪となりマリス博士の出番はなかったらしい。 米国でも多くの裁判では、DNA鑑定結果だけで、陪審員達や裁判官すら説得できてしまう可能性が高い。つまり、推定無罪の者が有罪にされてしまうケースが多発する問題がある。

マリス博士は、同じ理論で、エイズ~HIVウィルス説を否定するに至っている。PCR検査で発見されたとされるHIVウィルス、米CDCが認知し、とりあえず犯人とされ多くの医薬品の開発競争が行われている。「無自覚無症状の者が感染者のはずはない。」
HIVウィルスは、犯人でない可能性が高い。でも、現実には犯人との前提の上で感染対策が実施されている。日本の薬害エイズ訴訟、もしHIVウィルスが犯人でなければ日本の厚生省は無罪判決を勝ち取っていいたはずだ。見直しが必要だね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

ヴィーガニズム

ヴィーガニズム(veganism)は、人間ができる限り動物を搾取することなく生きるべきであるという主義。英国にあるVegan Societyの定義によるとヴィーガニズムとは、「衣食他全ての目的に於て‐実践不可能ではない限り‐いかなる方法による動物からの搾取、及び動物への残酷な行為の排斥に努める哲学と生き方を表す。」脱搾取主義とも言う。
でも、それ日本の仏教思想とも似ているね。僧は極力肉食を排すべし。でも、動物なら駄目で植物ならいいのか? キノコはどっちだ? 健康志向での菜食主義。個人で実施しているなら問題ないが、これをマスメディア使って他人にも強制しようとするなら問題は大きい。日本にも信者いるらしいが。

その範囲は単に動物性食品を食べることを避けることから、あらゆる動物製品を避けることを含む(革、ウール、毛皮等々)。動物性食品を食べない、もしくは追加して動物製品を使わないということの実践とされる。食生活においてはほかの菜食主義(ベジタリアン)の食生活とは異なり卵や乳製品も避ける。pure vegetarianとも。

エシカル・ヴィーガニズムが動物の商品化を否定し、あらゆる目的での動物製品の使用を拒否するのに対し、ダイエタリー・ヴィーガニズムは食事から動物製品を排除するだけにとどまる。また、エンバイロメンタル・ヴィーガニズムと呼ばれる別の一派は、畜産業が環境を破壊しているため持続可能でないという考えから拒否している。

英国ビーガン協会の定義によれば、「Veganisimとは、可能な限り食べ物・衣服・その他の目的のために、あらゆる形態の動物への残虐行為、動物の搾取を取り入れないようにする生き方」である。

ヴィーガン (vegan) という単語は、1944年のイギリスにおいてヴィーガン協会の共同設立者であるドナルド・ワトソンによって造語され、ヴィーガン協会は卵や乳製品の摂取にも反対していた。1951年、ヴィーガン協会は「ヴィーガニズム」の定義を拡大し、「人間は動物を搾取することなく生きるべきだという主義」の意味だとした。1960年、H・ジェイ・ディンシャーはアメリカ・ヴィーガン協会を設立し、ヴィーガニズムをジャイナ教のアヒンサー(生物に対する非暴力)の概念に結びつけた。

ヴィーガン向けレストラン
ヴィーガニズムの運動は年々拡大を遂げている。ヴィーガンのレストランも増加しており、ボクシング、柔術、テニス、サーフィン、陸上競技、アメリカンフットボールなど、ありとあらゆるスポーツ選手が実践している他、アイアンマン・トライアスロンやウルトラマラソンなどの耐久競技のトップ選手の中にも、ローヴィーガニズムやヴィーガニズムを実践する者がいる。
→**これ英国だけの話、欧州社会、或いは世界的?

アメリカ栄養士協会とカナダ栄養士協会は、栄養のバランスが充分考慮されたヴィーガン食は、ライフサイクルのどの段階でも適合できる食事だとしている。バランスを充分考慮したヴィーガン食は、心臓病など数多くの慢性疾患に対して予防効果があることが知られている。

ヴィーガン食は、食物繊維、マグネシウム、葉酸、ビタミンC、ビタミンE、鉄分、フィトケミカルの含有量が高く、カロリー、飽和脂肪、コレステロール、長鎖オメガ3脂肪酸、ビタミンD、カルシウム、亜鉛、ビタミンB12が低い傾向がある。

ビタミンB12は、土壌に含まれている場合も多く、温室栽培、室内栽培、水耕栽培など管理されきった場所で栽培された植物性の食物には、ビタミンB12がほとんど含まれていないため、ヴィーガンはビタミンB12が強化された野菜などを意図的に摂取する必要があるとされている。同時に、栄養強化食品やサプリメントを摂取しない場合であってもビタミンB12欠乏症の症状がみられないとする研究もある。

ベジタリアンという言葉の誕生
初期のヴィーガンの共同体であるフルーツランズ(英語版)は、1915年マサチューセッツ州ハーバードに設立された。 菜食主義は古代インドや古代ギリシアまでさかのぼることができるが、肉食を避ける人々の呼び方として「ベジタリアン」(vegetarian、菜食主義者)という英語が使われるようになったのは、19世紀に入ってからである。『オックスフォード英語辞典』では、この単語の初期の使用例として、1839年にイングランドの女優ファニー・ケンブルが米国のジョージアで使用した例を挙げている。この時期のベジタリアンという言葉では、肉だけでなく卵と乳製品も避けたり、いかなる目的でも動物の利用を避ける人々を指す言葉として使われ、より厳格な完全な菜食主義者も指していた。

どうした訳なんだろうね。牛肉崇拝の欧米人がどういう風邪の吹きまわした菜食主義。ベジタリアンなら東洋にはいくらでも掃いて捨てる程いる。しかも西洋人の悪さは他人にも強制しようとする。これぞ神の教えか? クジラはもともと牛やカバと同じ偶蹄類の哺乳動物。それが何故か脳が大きいから食べてはいけない。だったら、牛を食べることは犯罪か。それは神様が食べるために造ったものだから。馬鹿言う出ない。そんなもの大地の神が作るはずもない。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

七不講(Qī bù jiǎng)

とある大手証券会社からSDGs(持続可能な開発目標)関連銘柄(SDGsに取り組む企業の株式)を中心に運用した投資信託を強く勧められたことがある。だが、その運用先を見てみると、「好未来教育集団(TAL)」など中国の新興オンライン教育企業が複数含まれており、私はつい、TALのどこがSDGsなのか? と担当者を問い詰めた。
 目下の中国習近平体制は、「改毛超鄧」(毛沢東路線を焼き直して鄧小平路線を超える)という時代に逆行した路線をひた走っている。経済では民間企業に厳しい計画経済への先祖帰りを求め、西側の普遍的価値観を否定し、中国の社会主義核心価値を押し付け、文革時代のように徹底した共産党の指導による管理監視社会の実現を目指している。そんな中国の企業に、そもそもSDGsの概念が当てはまるのか。

 さら教育界では12K(幼稚園から高校までの教育)および大学に、イデオロギー教育の徹底が指示されており、「七不講」(注)が2013年に各大学に通達されて以来、人文系学問の自由が大幅に制限された。これに背く教授や講師、教師が学生、生徒に密告されて職を失う事例も1つや2つではない。
(注)「七不講」は次の「七つの口にしてはならないテーマ」のこと。(1)普遍的価値、(2)報道の自由、(3)市民社会、(4)市民の権利、(5)党の歴史的錯誤、(6)特権貴族的資産階級、(7)司法の独立。
以上は、フリージャーナリストの福島 香織さん、元産経新聞記者の北京特派員の記事から。中国では、管理社会が強化され言論弾圧が進んでいるという前提で書かれているようだ。

七不讲→七つの言ってはいけない事
维基百科,自由的百科全书→中国語版Wikipedia
跳到导航跳到搜索
***検索=搜索(Sōusuǒ)、中国共産党=中國共產黨(繁体字を使っているところから書き手は大陸の人間ではなさそう。台湾かな?)

七不讲,又称七个不要讲,是华东政法大学教师张雪忠在新浪微博上提及、声称是中國共產黨提出的政策,随后得到一些学者和教授的旁证及批判。BBC中文網称,该指示沒有書面寫出,是由相关領導在開會時口述通知,可能会得到長期執行,便請大家互相遵守以免麻煩。2014年1月13日,中国共产党官方网站中国共产党新闻网刊文否认曾存在此说法。
Qī bù jiǎng, yòu chēng qī gè bùyào jiǎng, shì huádōng zhèngfǎ dàxué jiàoshī zhāngxuězhōng zài xīnlàng wēi bó shàng tí jí, shēngchēng shì zhōngguó gòngchǎndǎng tíchū de zhèngcè, suíhòu dédào yīxiē xuézhě hé jiàoshòu de pángzhèng jí pīpàn.BBC
華東政法大学のチャン・シュエジョン教授が新浪微博で、中国共産党が提案した政策であると主張し、「Seven Don't Talk: セブン・ドント・トーク」について言及した。 、その後、一部の学者や教授から状況証拠や批判を受けました。 BBCの中国のウェブサイトによると、指示は書面ではなく、会議中に関係するリーダーから口頭で通知されました。それは長期間実施される可能性があります。トラブルを避けるためにお互いにフォローしてください。 2014年1月13日、中国共産党の公式ウェブサイトである中国共産党ニュースは、この主張の存在を否定する記事を公開しました。

背景Bèijǐng
2013年5月13日,中共中央办公厅印发了非公开发表的《关于当前意识形态领域情况的通报》,并下发到县团级供相关干部学习。通报提到“要切实加强对当前意识形态工作的领导,把加强意识形态领域的工作列入重要议事日程,做到有载体、有活动,形成学习制度”,要求相关官员同“危险的”西方价值观作斗争。文件中称,要“确保新闻媒体的领导权,始终掌握在同以习近平同志为总书记的党中央保持一致的人手中”。
2013 Nián 5 yuè 13 rì, zhōnggòng zhōngyāng bàngōng tīng yìnfāle fēi gōngkāi fābiǎo de “guānyú dāngqián yìshí xíngtài lǐngyù qíngkuàng de tōngbào”, bìng xià fā dào xiàn tuán jí gōng xiāngguān gànbù xuéxí. Tōngbào tí dào “yào qièshí jiāqiáng duì dāngqián yìshí
→2013年5月13日、中国共産党中央委員会の総局は、非公開の「イデオロギー分野の現状に関する通知」を発行し、関連する幹部が学ぶために郡連隊レベルに配布しました。 。 通知には、「現在のイデオロギー活動のリーダーシップを効果的に強化し、イデオロギー分野の強化を重要な議題に置き、学習システムを形成するためのキャリアと活動が存在するようにする必要がある」と述べられています。 「危険な」西側諸国と協力すること。価値観との闘い。 文書によると、「報道機関の指導力は、習近平同志を書記長とする党中央委員会と連携する人物の手に常に委ねられるようにする」必要がある。

BBC中文网称,涉及该通报的互联网内容都被删除或封禁。张雪忠因曾在2012年9月发表对香港国民教育的看法,遭华东政法大学取消其对本科生的授课资格。他还曾致信中国大陸教育部长袁贵仁,要求将马克思主义、毛泽东思想,邓小平理论等课程从大学公共课中去除。
BBC zhōngwén wǎng chēng, shèjí gāi tōngbào de hùliánwǎng nèiróng dōu bèi shānchú huò fēngjìn . Zhāngxuězhōng yīn céng zài 2012 nián 9 yuè fābiǎo duì xiānggǎng guómín jiàoyù de kànfǎ, zāo huádōng zhèngfǎ dàxué qǔxiāo qí duì běnkē shēng de BBCの中国のウェブサイトによると、通知に関連するすべてのインターネットコンテンツが削除またはブロックされています。 Zhang Xuezhongは、2012年9月に香港の国民教育に関する見解を発表したため、華東政法大学の学部教育を失格としました。 彼はまた、中国本土の教育大臣である袁貴仁に、マルクス主義、毛沢東思想、鄧小平理論などのコースを大学の公開コースから削除するよう要求した。

内容Nèiróng
张雪忠在新浪微博发表“七不讲”,指控此为中共官方发布的言论控制政策:
Zhāngxuězhōng zài xīnlàng wēi bó fābiǎo “qī bù jiǎng”, zhǐkòng cǐ wéi zhōnggòng guānfāng fābù de yánlùn kòngzhì zhèngcè
→張雪中(Zhang Xuezhong)は、中国共産党が発行した公式の言論管理政策を非難し、SinaWeiboに「SevenDoNotTalk」を公開しました。

1. 普世价值不要讲Pǔ shì jiàzhí bùyào jiǎng
→普遍的な価値観について話さないでください
2. 新闻自由不要讲Xīnwén zìyóu bu yào jiǎng
→報道の自由について話さないでください
3. 公民社会不要讲Gōngmín shèhuì bùyào jiǎng
→市民社会は話さない
4. 公民权利不要讲Gōngmín quánlì bùyào jiǎng
→公民権について話さないでください
5. 中国共产党的历史错误不要讲Zhōngguó gòngchǎndǎng de lìshǐ cuòwù bùyào jiǎng
→中国共産党の歴史的な過ちについて話さないでください
6. 权贵资产阶级不要讲Quánguì zīchǎn jiējí bùyào jiǎng
→豊かで強力なブルジョアジーについて話さないでください
7. 司法独立不要讲Sīfǎ dúlì bùyào jiǎng
→司法の独立について話さないでください
其账号后遭到删除。Qí zhànghào hòu zāo dào shānchú.
→司法の独立について話さないでください
→彼のアカウントは後で削除されました。
→司法の独立について話さないでください
“七不讲”也成了新浪微博的搜索敏感詞。“Qī bù jiǎng” yě chéngle xīnlàng wēi bó de sōusuǒ mǐngǎn cí→「SevenDoNot Talk」は、新浪微(SinaWeibo)のデリケートな検索用語になりました。

其他回应Qítā huíyīng→その他の回答
曾任中共前任总书记赵紫阳政治秘书的鲍彤表示不能确定“七不讲”内容是否属实,如果是真的,现任总书记习近平提出的“中国梦”将一夜回到“辛亥革命”之前的“皇帝梦”。若不是事实,《人民日报》和新华社应宣布这是谣言,若不进行辟谣,又在高校当中流传,这就说明主旋律混乱。
Céng rèn zhōnggòng qiánrèn zǒng shūjì zhào zǐyáng zhèngzhì mìshū de bào tóng biǎoshì bùnéng quèdìng “qī bù jiǎng” nèiróng shìfǒu shǔshí, rúguǒ shì zhēn de, xiànrèn zǒng shūjì xíjìnpíng tíchū de “zhōngguó mèng” jiāng yīyè huí dào “xīnhài gémìng” zhīqián de
趙紫陽元政治書記、元中国共産党書記長の鮑彬氏は、「七つのこと」の内容が正しいかどうかわからないと述べた。本当なら「中国の夢」現在の習近平(XiJinping)書記長が提案したものは、一夜にして辛亥革命以前に戻るでしょう。「皇帝の夢」。 それが真実でない場合、「人民日報」と新華社通信はこれを噂であると宣言する必要があります。

历史学者章立凡称中共当局喜欢将口号“数字化”,如“四项基本原则”、“五不搞”、 “三个自信”等。这些口号也体现出中国共产党一成不变的执政思维,这种僵化的统治必将引发自下而上的社会变革。章立凡认为在互联网时代,因为人们的思想没那么容易被钳制,“七不讲”不会给执政者带来期盼的效力。[1]他表示「七不講」其實是「兩個凡是」的發展,當局推出七個不能觸及的禁區,實際上反而是在提醒大家,這是中國大陸現今體制上的七個關鍵弊端。「兩個凡是」即為「凡是毛澤東說的都是對的,凡是毛澤東的指示必須堅決執行」。報道說,2013年是毛澤東冥誕120年,中國大陸當局近來多次收緊言論被指與此有關。
Lìshǐ xuézhě zhānglìfán chēng zhōnggòng dāngjú xǐhuān jiāng kǒuhào “shùzìhuà”, rú “sì xiàng jīběn yuánzé”,“wǔ bù gǎo”, “sān gè zìxìn” děng. Zhèxiē kǒuhào yě tǐxiàn chū zhōngguó gòngchǎndǎng yīchéngbùbiàn de zhízhèng sīwéi, zhè zhǒng jiānghuà de
→歴史家の章立凡は、中国共産党は「4つの基本原則」、「5つのいいえ」、「3つの信頼」などのスローガンを「デジタル化」するのが好きだと述べた。 これらのスローガンはまた、中国共産党の不変の与党思想を反映しており、この厳格なルールは確実にボトムアップの社会的変化を引き起こすでしょう。 章立凡は、インターネット時代では、人々の心はそれほど簡単に抑制されないため、「セブン・ドゥ」は権力者に望ましい効果をもたらさないと信じています。 [1]彼は、「Seven Do Not Talk」は、実際には「Two Whats」の開発であると述べました。当局は、触れることができない7つの制限された領域を導入しました。実際、これらが7つの主要な欠点であることをすべての人に思い出させています。中国本土の現在のシステム。 「二つのこと」とは、「毛沢東が言ったことはすべて正しいことであり、毛沢東のすべての指示は断固として実行されなければならない」という意味です。 報告書によると、2013年は毛沢東生誕120周年であり、中国本土の当局は繰り返し発言を厳しくしている。

民主党人士查建国称“七不讲”的内容非常荒谬可笑,若此事属实,必将遭高校知识分子群起反抗,他说“我怀疑这种消息的真实性,因为七不讲的内容太惊人、太可笑了,而且不可能执行。若是真的,必会遭到抵制,遭到大规模的反对,这是一个很大的倒退。”
Mínzhǔdǎng rénshì chá jiànguó chēng “qī bù jiǎng” de nèiróng fēicháng huāngmiù kěxiào, ruò cǐ shì shǔshí, bì jiāng zāo gāoxiào zhīshì fēnzǐ qúnqǐ fǎnkàng, tā shuō “wǒ huáiyí zhè zhǒng xiāoxī de zhēnshí xìng, yīnwèi qī bù jiǎng de nèiróng tài jīngrén, tài kěxiàole, érqiě
→民主党の趙建国氏は、「セブン・ドント・トーク」の内容は非常にばかげてばかげていると述べた。これが本当なら、大学の知識人に反抗されるだろう。セブン・ドント・トークの内容はすごすぎる。、ばかげていて、実行するのは不可能だ。それが本当なら、抵抗されて大規模な反対に直面するだろう。これは大きな後退だ。」

北京学者莫之许说:“以前虽然没有明文规定,但他们的教学方针就是这样子,因为没有明文规定,有些老师讲这些东西不太会受到惩罚。但现在这样规定的话,若有教师讲这些东西的话就会被处罚、不让上课等等。”北京理工大学教授胡星斗认为中共当局“一切工作的出发点都是为了维稳”,估计是由于现在社会形势非常严峻,中国大陸百姓不满的声音非常大,所以向大学传达称“7个不要讲”精神,“可是这样也就等于走进了死胡同”。他表示也許是中共感到社會危機愈來愈嚴重,所以要從意識形態方面維穩,「但我認為這樣只會陷入更大的危機」。
Běijīng xuézhě mò zhī xǔ shuō:“Yǐqián suīrán méiyǒu míngwén guīdìng, dàn tāmen de jiàoxué fāngzhēn jiùshì zhèyàng zi, yīnwèi méiyǒu míngwén guīdìng, yǒuxiē lǎoshī jiǎng zhèxiē dōngxī bù tài huì shòudào chéngfá. Dàn xiànzài zhèyàng guīdìng dehuà, ruò yǒu
→北京学者のMoZhixu氏は、「これまで明確な規定はなかったが、指導方針はこのようになっている。規定がないため、こう言っても罰せられない教師もいる。しかし、今そのような規定があれば、これらのことを言う教師がいます。何かをすると罰せられたり、授業に行けなくなったりします。」北京理工大学の胡興堂教授は、CCPの「すべての仕事の出発点は現在の社会情勢は非常に厳しく、中国本土の人々は不満を持っていると推定されています。彼の声は非常に大きいので、彼は大学に「セブン・ドント・トーク」の精神を伝えました。行き止まりに等しい」と語った。中国共産党は社会的危機が悪化していると感じているので、イデオロギーの安定を維持したいと述べた。「しかし、これはより大きな危機に陥るだけだと思う」。

法律學者徐昕引述網民的評論:「民主是一種很複雜的東西,複雜到這是中國人唯一沒能山寨成功的東西。」中国大陸知名地产商任志强听闻后砲轟:“要把权力关进笼子,就不能没有新闻自由”。
Fǎlǜ xuézhě xú xīn yǐnshù wǎngmín de pínglùn:`Mínzhǔ shì yīzhǒng hěn fùzá de dōngxī, fùzá dào zhè shì zhōngguó rén wéiyī méi néng shānzhài chénggōng de dōngxī.' Zhōngguó dàlù zhīmíng dìchǎn shāng rènzhìqiáng tīngwén hòu pào hōng:“Yào bǎ quánlì
→法学者の許キン(徐昕?)は、ネチズンのコメントを引用した。「民主主義は非常に複雑なものです。それは非常に複雑なので、中国人がコピーに成功しなかったのはそれだけです。」有名な不動産、Ren Zhiqiang中国本土の開発者は、これを聞いて爆撃しました。電力がケージに閉じ込められている場合、報道の自由はないはずです。」
**網民=ネチズン、山寨=コピー、

どうも北京政府がこのようなガイドラインを明確に示したという証拠は無いようだ。ただ、中国政府はwikipediaに対して、あまり好意的でないようで、勝手な投稿は削除され本当のことは伝わらない。ただ、「武漢日記」の中国の作家方方によると、ネット社会は沢山のサイトがやりたい放題に運営されているらしく、投稿した記事も削除されてしまうことも頻繁にある、しかしそれをまた拾い上げるサイトもあるとか。

ただ、記者が批判したい毛沢東は、言論を統制する代わりに民衆を洗脳して、世論を利用して改革しようという考えだ。国民が不満を持つようなガイドラインを明示的に発表するはずは無いと思われるが。寧ろ国民に媚びを売り、人気を落とすような方式は取らないだろう。
毛沢東は、文化大革命で多くの共産党内の政敵や知識人を粛正し、毛沢東個人が崇拝されるようにしたが、習近平も新型コロナ対策で多くの共産党の幹部を粛正。

古代ローマに例えれば、カエサルは平民会の力を利用して元老院の共和制を壊して、帝政ローマの礎を造った。習近平の理想も中国が世界のリーダとして繁栄していた「明」の時代の理想国家の建設ということかも知れない。民意が反映されれば、民主政治でも皇帝でも良い。中国的な発想かも知れない。
「安倍晋三さんは、総理大臣になるために自民党員となった。習近平氏は主席になるために共産党員になった。」共産党は既に、国を動かす存在ではなくなり、単に政治家になるための資格程度の重みになってしまったようだ。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

帝国の墓場

アフガンは「帝国の墓場」とも言われる。何それ?
 古来、アレキサンダー大王、モンゴル帝国、チムール大王、大英帝国、ソ連などが介入し、長期の武装抵抗に悩まされ結局撤退を余儀なくされたという歴史がある。大英帝国以降は分かるけど、過去の話はどうかな?
 今回は米国がその轍を踏んでしまった。アフガンはユーラシア大陸のハートランドとも言える戦略要域でもある。でも、かってのアフガンは、東西南の交流の拠点で経済的にも文化的にもそれなりに栄えた土地だったのでは?

 世界の屋根と言われるパミール高原から西に流れるヒンズークシ山脈により南北に分断された、内陸の山岳国家であるが、その部族と宗派は複雑に入り組み部族間の争いが絶えない。外敵が侵略して来れば果敢なゲリラ戦を執拗に続け追い出す頑強さを持つ半面、外敵が撤退すると部族間の武力闘争が起きるのが常である。でも山岳民族何てそんなものでしょう。尾根一つ越えれば、言葉も文化も歴史も全く異なる人達同士、統一が難しい地域でもある。

 確かに交通の要衝。でも、道路網は限られ国土の大半は高度数千メートルの山岳地帯である。その面積は約65.2万平方キロメートルと、日本の約2倍の比較的広大な国土面積を占めている。人口約3,890万人の民族構成は極めて複雑である。人口は決して少なくない。日本の江戸時代だってこんなものでは?  人口の最大数を占めるのは、パシュトゥン人。彼らは、パキスタン北西部のペシャワールなどを中心とする地域にも居住する民族だが、英国の恣意的な国境線の線引きにより、2つの国に分断されてしまった。つまり、半数近いパシュトゥン人はパキスタンに棲んでいる。クルド人に近い。彼らだけの統一国家を造りたい。

 他方のヒンズークシ山脈以北の北部は、トルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタンなどのトルコ系の諸国と国境を接し、これらの諸民族が居住している。パシュトゥン人に対抗するため北部同盟を結成。これらの部族は同一国家でありながら、パシュトゥン人とは対立関係。国家統一を困難にする一因になっている。

 このようなまとまりのない多民族国家として無理やり誕生させた背景には、英露両帝国による緩衝地帯としての国境線画定という歴史がある。19世紀に大英帝国とロシア帝国は「グレート・ゲーム」と言われる覇権争いを、イランからチベットなど清国周辺領土に及ぶユーラシア大陸全域で繰り広げていた。その覇権争いの焦点の一つがアフガンだったことは世界史の常識。英露は直接陸地国境を接するのを避けるため、アフガンを緩衝地帯とすることで妥協した。
 実質的には、大英帝国の「保護国」ではあったが王政は残された。タイがそうだね。タイは英仏の緩衝地帯だった。その際に、ヒンズークシ山脈が中央を走る不自然な国境の線引きを地元住民の意向や民族分布の実態を無視して英露両国により一方的にされてしまった。

ワハン回廊と呼ばれる東西約200キロの細長い地形が東に伸びて、中国領の新疆ウイグル自治区と接している。米国がウイグル地区の人権問題を大騒ぎする理由もこれらしい。
 これも英露が直接国境を接するのを避ける緩衝地帯とするために引かれた国境線であり、かつ清国の力が衰えていたこともあり、中国とアフガンの国境は極力狭められることになった結果である。中国に言わせれば、新疆ウイグルは元々中国領(清)だったんだから米国の干渉は余計なお世話ということか。

 またアフガン西部は、歴史的にペルシアの影響下にあったために、イスラム少数派のシーア派が浸透しており、他の地域の多数派のスンニ派とは対立関係にある。イランは当然シーア派の保護を求めるだろう。
 しかも、モンゴル帝国やチムール支配の末裔であるモンゴル系のハザラ族が東部から中部山岳地帯に居住しており、彼らはシーア派でもあり、アフガンを3分する勢力の一角をなしている。また、アフガン南部では、パキスタン南西部、イラン南東部とともに、バルチスタン解放軍がバルチスタン独立を目指し武装闘争を展開している。

 アフガンは地形的にも民族・宗教の面から見ても、相対立する部族が高度数千メートルの険峻な山岳地帯に割拠する状況にあり、統一した統治は極めて困難な地政学的環境に置かれている。サービス産業、農業、建設業、鉱業・採石業などの産業があるとされているが、1人当たりGDP(国内総生産)は530ドルに過ぎず、世界最貧国の一つでもある。ただし、世界的な金、銅、レアアース、鉄鉱石、リチウム、ウランなどの鉱物資源に恵まれており、その価値は1兆ドル以上に相当するともみられている。世界のレアアース市場の約7割を占める中国にとり、アフガンの鉱物資源支配はその独占体制を確固としたものにするとともに、電気自動車用電池、その他の先端産業、軍需用に不可欠なレアアースやリチウムなどは極めて魅力のある資源と言えよう。
でも、実際にもっと貴重な資源がここにはある。ここは世界で最も芥子栽培の盛んな土地だ。芥子とは阿片の原料だ。各国で違法薬物に指定されているが、どこの大手薬品会社も喉かから手が出る程、欲しいもの。多くの地域軍閥の大きな資金源となっている。アフガンが真の独立を達成してしまうと、欧米諸国で最も利権を失うのはどこなのだろうね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

関羽像撤去

関羽像撤去
関羽 【北京共同】中国湖北省荊州市に建てられた三国志の英雄、関羽の巨大な像が違法建築と認定され、7日までに撤去作業が始まった。高さは約57メートルと、20階建てのビルに近い。建設と撤去に計3億2790万元(約55億円; 1元=16.8円)がかかり、無駄な公共事業の象徴として批判されている。  共産党の発表や中国メディアによると、関羽像は湖北省や荊州市が投資するプロジェクトとして2016年(5年前)に1億7290万元かけて建設された。昨年になり、歴史的な町並みを保護する規定に反していると中央政府が認定した。1週間ほど前に取り壊し作業が始まり、既に頭部がなくなった。撤去に1億5500万元かかる。
単に馬鹿馬鹿しいニュースと言うにはあまりにも馬鹿馬鹿しい。習近平氏の思想教育の一環とは思われるが。そもそも何のためにこんなものが造られたか?
これがもし、毛沢東の銅像か何かだったら? 習さんも破壊しろとは言えないか。習さん自身の偶像なら? ソ連邦崩壊後の旧ソ連国では、多くのスターリンの偶像が破壊された。
  関羽は歴史上の人物で単なる武将。政治家でも思想家でもない。しかし、道教では神格化されて崇拝の対象とはなっているようだ。共産主義思想も原点に返れば、偶像崇拝も個人崇拝も悪だ。習近平氏は、毛沢東も鄧小平の公平に国家の英雄にすると。
でも、やはりこの話はこれでは終わらない。
毛沢東
【河南省、巨大な毛沢東像建造と撤去――中国人民から見た毛沢東と政府の思惑】 Yahooニュース; 遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士、2016/1/11(月) 7:00
河南省農村の空き地に300万元を使って建てられた36.6メートルの毛沢東像が1月8日に取り壊された。庶民はなぜ毛沢東の巨像を建て、そして中国政府はなぜ取り壊しを命じたのか?人民と習近平政権にとっての毛沢東とは何か?
◆総工費300万元(約5400万円)かけて建てた毛沢東巨像
2016年1月4日、中国のネットユーザーがアップした情報に基づいて、翌5日に香港の鳳凰資訊が伝えた。河南省開封市通許県孫営郷朱氏崗村という片田舎の空き地に、中国建国の父である毛沢東の巨像が建てられたというのだ。その高さは36.6メートルで表面は金色に塗られている。村の数名の企業家と現地村民の有志たちが300万元を拠出して建造したという。
ここは荒地の非農耕地なので、村役場に届け出をせずに、2015年3月に着工し、年末にほぼ出来上がった。地元当局は登記や審査を経ていない「違法建造物」であるとして、1月8日に、いきなり取り壊しにかかってしまった。その取り壊し現場を報道した画像(同じく香港の鳳凰ウェブサイト)があるので、それをご覧いただきたい。こちらは金額的にはさほど馬鹿げているとは思えないが。中国共産党内でも毛沢東自体未だに国父の存在を保っているようだし。それをいきなり取り壊すというのも、ちょっと「あり得ない」動き方だ。
未登記であるなら罰金でも科して、登記再申請でもさせればいいではないかと思うが、そうしないところに、現在の中国の「毛沢東に対する微妙な思い」がある。県の文化局によれば、「朱氏崗村は観光地では片田舎なので、そのように地における彫像建築は、決して観光文化管理規定には触れず、したがって行政の文化部門が審査に当たる対象ではない」と責任の追及を逃れている。現地の園林部門はまた、「われわれは城鎮(都市と町)における彫像なら審査対象とするが、農村に関しては管轄外だから…」と、ここも責任逃れをしている。取り壊したのは、県の監察大隊であるという。

習近平
◆人民の中における「毛沢東」
毛沢東がどれほど多くの中国人民を殺戮したか、今さら言うまでもないだろう。中国人による推計によって、5千万人とも7千万人とも言われている。それも中華人民共和国(現在の中国)が建国されたあとの、「戦争のない時代」に殺した人民の数だけだから、すべて政治闘争あるいはイデオロギー闘争のためだったと言えよう。
「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」ではないが、その毛沢東を中国人民が懐かしみ始めたのは、90年代末、あるいは2000年に入ったころのことだった。毛沢東が1976年に他界すると、1978年12月から改革開放が始まった。

**毛沢東の中国人民の殺戮は、朝鮮戦争の時が最大と言われている。勝ったとされる中国人民軍は国連軍の何倍もの死者を出している。でも、この戦いのおかげて毛沢東の党内での地位は一機に向上したのだから歴史とは皮肉なものだ。

それまで金儲けをする人は反革命的大罪人として投獄されていたのに、トウ小平は「先に富める者から富め」という先富論を唱えて金儲けを奨励した。自由競争が許される中で一党支配体制だけは崩さなかったので、当然のことながら貧富の格差は拡大し、「苦しむ貧しい人民の味方」であったはずの中国共産党の幹部が巨万の富を謳歌する極少数の利権集団と化し、「人民中国」は消えた。

そのため、富から取り残された多くの人民は「毛沢東時代は貧乏だったけど、平等で良かった」と懐かしむようになり、毛沢東の小さな銅像をお守り代わりにしてネックレスにしたり、車にぶら下げたりすることがはやり始めた。
もっとも顕著な動きは、健康のために朝の公園で太極拳などをする高齢者たちが、あちこちに輪を作って革命歌を歌うようになったことだ。革命は「紅い」ので、これを「紅歌」と称する。

「唱紅歌(革命歌を歌う)」現象は、全国的に広まっていき、やがて社会現象となり始めた。筆者はこれを「紅いノスタルジー」と命名し、その行動を追いかけてきた。2007年に薄熙来(はく・きらい)が、チャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員9名)に入れず、重慶市書記になると、この「唱紅歌」現象に目をつけ、自らを「毛沢東の再来」として毛沢東回帰により人民を惹きつけた。
人民に対する人気を見せ付けて、「これでも、この俺様をチャイナ・ナインに入れないつもりか?」とチャイナ・ナインを威嚇し、個人崇拝をあおって結局逮捕されてしまった薄熙来。人民のボトムアップの「紅いノスタルジー」を自らの野心に利用した失敗例だった。

◆薄熙来を真似て(?)「毛沢東回帰」をしている習近平国家主席
個人崇拝をあおった薄熙来は、「文化大革命の再来を招く危険人物」として、今は牢獄で終身刑の身を噛みしめている。だというのに、いま習近平は薄熙来の真似をしているのではないかと噂されている。薄熙来よりも「毛沢東回帰」が激しく、まるで自分は「第二の毛沢東だ」という言動ばかりしている。

そもそも「虎もハエも同時にたたく」という反腐敗運動は、毛沢東の「大虎も子虎も同時にたたく」の言い換えであり、風紀を正すための「四風運動」は、毛沢東が延安時代に行った「整風運動」の模倣である。「整風運動」は「形式主義、官僚主義、享楽主義」を取り締まって風紀を正そうという運動で、「四風運動」とは「形式主義、官僚主義、享楽主義、ぜいたく主義」を取り締まって党内の風紀を正そうとする運動である。毛沢東の「整風」に「ぜいたく禁止令」を付け加えただけで、すべて毛沢東の物真似だ。)。
**でも、本当に毛沢東の物真似だろうか? 日本の徳川時代の3大改革だって、こんなスローガンではなかったか? いまだ、習近平さんが毛沢東思想の後継者がどうかは分からない。

「虎の威を借る狐」よろしく、まさに毛沢東の権威に頼って、何とか自分の「紅い皇帝」としての権威を保とうとしているとしか思えない。こうしてボトムアップだったはずの庶民の「紅いノスタルジー」は政治利用されて、上から「大衆路線教育」という形で、毛沢東時代の思想教育が施されるようになった。

これまで貧富の格差に対する不満から抱いていた「毛沢東への紅いノスタルジー」は、一種の「反政府的ベクトル」を持っていた。ところが、それが政府によって許可されたとなると、金持ち連が「自分がいかに政府を肯定しているか」を見せようとして、中国全土に「毛沢東像建造熱」を招き始めたという側面も出てきた。2015年12月26日、山東省寧鄒(すう)城市后八里村に12.26メートルの毛沢東像が建てられ開幕式も盛大に行われた。建てるための費用は后八里村が集めた資金だという。12.26メートルという高さは、毛沢東の誕生日である「12月26日」にちなんだものだ。

河南省の毛沢東像は取り壊されたのに、なぜ山東省の銅像は取り壊されていないのだろうか?もちろん中国政府系列のメディアは、「河南省の毛沢東像は建造のための登記審査を受けていなかったから」というものだが、どうもその辺はしっくり来ない。
本当の理由は、「習近平の権威よりも遥かに上に行き、毛沢東への個人崇拝を過度に強調しすぎるのは好ましくない」ということではないかと、筆者には思えるのである。
さもなかったら、何も壊す必要はなく、再登記させて審査を受ければいいだけのことである。繰り返しになるが、罰金でも科せば済んだのではないだろうか。この辺のさじ加減は微妙だ。

◆宗教になりつつある共産主義思想
中国の履歴書には「信仰」という項目があり、そこに「共産主義」と書くのが模範解答だ。どんなに「先に富む者が先に富んでも」、現在の中国に存在するのはチャイナ・マネーに対する熱情であって、本当の心の支えになるものは存在しない。モラルなど、どこかに行ってしまった。「共産主義」=「信仰」は頂けないね。「宗教は阿片だ」ではなかったのか。
**でも、ソ連邦が崩壊した後のロシアではロシア正教の会員が増加している。やはり宗教は必要なのかな。鄧小平下の自由化の進んだ中国でも宗教は自由になってきたようだが。「共産主義」と書くのが模範解答かどうかは分からないけど、空欄では無神論者と疑われてしまうから仕方がないのかも。
さらに、自由と民主が許されない中国においては、心の支えになるものとして、キリスト教徒か仏教といった本当の宗教が水面下で蔓延しつつあるが、それは共産党政権の好むところではない。彼らは共産主義をこそ「信仰の核心」にしてほしいのだ。そのために「毛沢東を信仰する」ことは歓迎的だ。しかし、それは「習近平への個人崇拝」を超えてはならないのである。そしてそれはまた、虐げられた貧困層が、反政府的な象徴として「毛沢東」を位置づけてもならないのである。「毛沢東」をどのように位置づけるかは、中国にとって実に微妙なコントロールを要する対象である。それが今回の河南省の毛沢東の取り壊しにあると考えるべきだろう。
**心の支えと言う意味では、日本の天皇制は見直されるべきだね。君臨すれども統治せず。日本は毛沢東も習近平も全く必要が無い。今のロシアも中国も確かに権力の一極集中が進んでいるようだが、これまでの動乱の歴史を見れば、ある程度の国民の信頼の上に成り立ってもいることも事実だ。強権的な思想教育が必要な程、国民の不満が溜まっているとは見えない。欧米諸国の偏見的な見方かもしれない。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

改正種苗法

改正種苗法
コロナ危機のどさくさに紛れて野党の反対を押し切り成立を見た改正種苗法だけど、今までどんな問題があり、この法律でどう変わるのか。農水省側の説明を聞いてみよう。
そもそも種苗法とは
種苗法は、品種の育成者の権利を守るための法律だ。育成者が持つ「育成者権」の保護を定めていて、1998年の全面改正以降、育成者権を強化する改正を重ねてきた。育成者権は、農業版の著作権のようなものだ。この育成者権を得るために、育成者は農林水産省に品種登録の出願をする。
**そもそも農産物は、いいものはどんどん世界的に広まることで人類の幸福に貢献して来た。小麦、米、トウモロコシ、トマト、etc.、etc.
「育成者権」とは耳慣れない言葉だが、一体どういう内容を含むのだろか? 育成するものとは農民以外にはいないはずだけど。


審査を経て登録された品種は「登録品種」になる。育成者はその種苗や収穫物、一部の加工品を利用する権利を専有する。育成者以外の人が登録品種を業として、つまり事業として使うには、育成者の許諾が必要だ。このため、販売される登録品種の種苗には通常、育成者への許諾料(ロイヤルティー)が含まれている。
**そもそも何のために審査をして登録までする必要があるのか。どんなカボチャでもカボチャはカボチャ。違いは、ほんのわずかのゲノムの塩基配列の違いで偶然できたものだ。そもそもこの偶然の出来事を人為的に加速して作った品種が特許として認められるというのも非常に不合理の考えだね。農民の立場からすれば、いい品種が出来て収穫が増えたり品質が向上すればハッピーで、これを多数の人が喜んで使ってくれればなおハッピーではないか。

品種の登録期間、つまり育成者権の存続する期間は、最長で25年または30年(果樹や鑑賞樹といった木本の植物のみ30年)だ。この期間が過ぎたり、期間内でも育成者が毎年払う登録料を払わなかったりすると、登録が取り消される。
**こんな登録を農家や農協が喜んでするのだろうか。単に大手種苗会社を丸儲けさせるだけの仕組みが「育成者権」に含まれているらしい。でも、大手種苗会社は単に種を改良するだけで作物の育成は全くしない。彼らに「育成者権」なんて初めからあるはずもない。では、法の趣旨は?

登録品種には、ゆめぴりか、シャインマスカット、あまおうなどがある。登録品種以外のそもそも登録されていない品種(伝統的に栽培されてきた品種や、あきたこまちなど)や登録が取り消されたもの(はえぬき、とちおとめなど)は「一般品種」と呼ばれる。種苗法が対象とするのは登録品種のみで、かつ家庭菜園のような自家消費が目的の場合は対象にならない。

**だからどうしたというんだ。消費者側からは何の関係も無いこと。上記の登録3品種はそれぞれ、米、葡萄、イチゴだったね。確かに美味しいとの評判はあるけど、別に特別という訳でもない。
なぜ改正するのか。今までの法律の何か問題があったのか?


国会で審議中の改正案で、何が変わるのか。主な改正は下の二つだ。
  ①農家による登録品種の「自家増殖」に育成者の許諾が必要になる
  ②育成者は登録品種を許諾なく輸出できる国や栽培地域を指定できる
ほかにも、品種登録の出願料や、登録の維持に必要な登録料を引き下げるといった細かな改正はあるけれども、議論が集中しているのはこの二つだ。

**やはり、ここでは「育成者」という用語が、この法律では特別な意味で使われている。一般の庶民の理解では、「育成者」とはあくまでも農民であって、決して種苗業者にはならない。確かに種苗の販売までには実証実験等の育成実験は行われるだろうが。

自家増殖とは、種を取る自家採種や、接ぎ木などにより、収穫物から次の世代を生み出すことをいう。ジャガイモやサツマイモといったイモ類は、収穫して種イモに回すことができるし、バジルや一部の観葉植物は、枝を切ってさしておけば立派に成長する。これまで農家による自家増殖は自由だったけれども、改正により、育成者の許諾を得る許諾制に変えようとしているのだ。そのため、「農家の権利を制限するのはおかしい」という反対の声が上がっている。

なぜ許諾制に変えるのか。品種の海外への流出が、主な原因だ。育種家は、国や県といった公共団体、民間企業、個人の三つに大きく分けられる。中でも「地方公共団体などにとって、都道府県や国の境界を越えた流出が、一番大きな悩みになっている」(農林水産省知的財産課種苗室)のだ。
多くの都道府県は、産地振興のために魅力的な品種を生み出そうと競い合ってきた。ところが、県内に栽培を限定したはずの品種が県外に広がったり、甚だしくは海外で産地化されたりしている。特に果樹とイチゴで海外への流出が多い。一般社団法人や研究機関などで構成する「植物品種等海外流出防止対策コンソーシアム」は9月、中国と韓国のWebサイトで、日本で開発された品種らしい名前で売られているものが36品種分見つかったと発表した。
**全く結構な話ではないか。日本の農業技術が海外でも認められた。開発した新品種が海外にまで普及しているとしたら開発研究者に取ってこれほど仕事冥利はない。原産地の認定さえもらえればとてもハッピーなことだ。

海外流出への対策として、海外での品種登録が進められている。品種の登録は国ごとに行うためで、農水省は登録推進の予算をつけている。花形の品種をデビューさせるに当たって、海外での登録を進める都道府県も増えてきた。とはいえ、海外での登録や権利侵害が発生した際の対応には労力もお金もかかる。そこで、そもそもの日本からの流出を阻む手段として改正に至ったというのが、種苗室の説明だ。育成者による輸出先や栽培地域の限定に加え、農家の自家増殖を許諾制にし、育成者がどこでどんな増殖が行われるか把握することで、流出の監視を強めようというのだ。
**海外流出への対策なんて全く無意味だ。そもそも相手国だって流入を止めようとしても不可能な話だ。農水省は登録推進の予算をつけている。農水省はこんな愚劣な施策に国費を浪費して事業をしている。何を考えているのかね。こんなこと全国の農民も消費者も納得できるはずが無い。

反対が多い理由と種苗をめぐる知財の考え方
種苗法の改正は実務的で地味なものに思われるのだけれども、反対の意見が特にネット上で盛り上がっている。一番の理由は、これまで自由にできた自家増殖が許諾制になるからだ。「自家増殖の一律禁止だ」とする主張もあるが、育成者の許諾を得ればいいので、正しくない。許諾料が生じることで、農家の経営を圧迫するのではないかという不安が、反対につながっているようだ。
**確かに育成者=種苗業者とすれば、著しく農民の権利が阻害される。なんで自分の畑に種を撒くのに大手種苗会社の許諾が必要なのか。あまりにも理不尽だ。まして許諾料何てとんでもない話だね。

ただし、農水省によると流通する種苗の9割は一般品種で、改正の影響を受けない。作物によっては、登録品種の割合が高いものもあるけれども、影響は限定的だと思われる。一般的に生産費に占める種苗費の割合は数パーセントのはずで、種苗費に占める許諾料の割合はそのまた数パーセントだろう。許諾料が増えて経営が立ち行かなくなるという事態は、考えにくい。
**だったら、こんな法律始めから必要ない。将来遺伝子改良種子特許化を狙った米国の陰謀であることが丸見えだね。

登録品種の割合が高い作物の一つが、サトウキビだ。沖縄県を例にとると、栽培されているほとんどが、農水省系の研究機関である農研機構と県が開発した登録品種だ。かつ、自家増殖が欠かせないので、改正案が通れば、許諾を得る手続きが必要になる。そのため、これまで以上に許諾料が発生して大変になるという主張もある。ただ、開発元は公的機関で、営利よりも産地の振興を目的にする。許諾料の設定や許諾を得る手続きは、生産者の負担にならない形になるだろう。
**許諾料の設定や許諾を得る手続き自体が従来の方の観点から見て違法だ。「育成者」=農民であって、間違えても種苗の研究機関ではない。種苗の研究機関は、農民や消費者の為に開発を行っているのあって、米大手薬剤会社のように特許料収入だけを目的とした営利集団であってはならないはずだ。

ほかに影響が大きいと思われるのは、果樹だ。自家増殖する農家もいるので、改正案が通れば許諾料が増える農家も出てくるだろう。ただ、果樹は先に紹介したように国外や地域外への流出が最も深刻だ。許諾の手続きや許諾料が増えても、育成者権が守られ、流出に歯止めが掛かれば、最終的に農家の利益になると種苗室は考えている。
**そもそも流出が何故問題なのかの分析が無い。米大陸原産のトマトもジャガイモも世界中で利用され食料の確保の大いに貢献している。
農業分野では、知的財産権があまり重視されてこなかったように感じる。一つの品種を生み出すには、ふつう10年はかかる。にもかかわらず、育成者が得られるインセンティブ(見返り)は、あまりに少なくなかったか。
**農業分野では、知的財産権があまり重視されてこなかったはある意味当然で全く必要が無かったからだ。知的財産権は、産業革命以降欧米で培われて来た思想。資本主義の発達とともにやみくもに拡大解釈されるように。脱工業化時代には抜本的に見直される必要がありそうだね。

シャインマスカットを例にすると、開発には13人の研究者が関わり、18年を要した。親に当たる系統の開発から数えると、実に30年以上かかっている。種苗室によると、成木になれば1本あたり年間20万円近い売り上げを生むのに対し、苗1本当たりの許諾料は1回きり60円程度に過ぎない。
**開発には多大な補助金と給料も支払われている。開発終了後まで末永く利益をむしり取ろうとする魂胆がやましいね。

農家にとって、食味が良い、病気に強いといった優れた品種がもたらす経営上のメリットは大きい。メディアやネットに書かれるほど、許諾料を払いたくない農家は果たして多いのか。筆者は疑問を感じている。

**農家だけでなく、消費者の国民もこんな不法な搾取を許してはならないと思っているでしょう。優れた品種かどうかは市場が判定すべきことで審査を官がやってはならないことだ。知的財産権を過度に適用し独占企業の横暴を許せば自由競争を阻害し健全な開発を著しく遅らせる要因となることも銘記しなくては。

【米国の種苗会社】
モンサイトという、巨大薬剤会社があった。今も形を変えて残っているだろう。遺伝子改良型の種子を販売して巨利を上げている。小麦やトウモロコシは、風媒花と言って風邪で花粉が運ばれる。だから近くの農家にはどうしても遺伝子改良種子に汚染されてしまう。
モンサイト社の会社の社員が各農家の作物のサンプルをこっそり盗み出し、ゲノム解析を行い、農家の作物に改良種子の遺伝子が混入していることを突き止める。
モンサイト社は、周辺の農家に対して、特許侵害の申し出をし、特許の使用料を請求したそうだ。何と米国ではモンサイト社が裁判で勝利したとか?
遺伝子改良種子の特許化にはこのように多数の問題点がある。遺伝子改良作物を食べても多分安全だろう。食べてもヒトの消化器の中ではアミノ酸に分解されてしまうから。ただ、農薬や病害に強い遺伝子は、生態系に対して予測できない環境破壊をもたらす。
多くの人達が遺伝子改良食品を口にしないのは、健康問題からではなく環境保護の観点からだ。農産物に対して知的所有権を振り回すのは大変危険なことと認識した方が良い。

知財重視の考え方は農業でも広がりつつあり、和牛をめぐって、種苗法改正とよく似た法改正と新法の制定があった。和牛の遺伝資源を知的財産とみなし、不正な持ち出しを規制するものだ。和牛の遺伝資源が海外に流出するのを食い止めようと、2020年3月、通常国会に提案され、4月に成立、10月に施行された(「家畜遺伝資源不正競争防止法」と「改正家畜改良増殖法」)。
**知財重視の考え方は農業でも広がりつつあるとは思えない。何故和牛の遺伝資源の海外流出を止めたいのかその根拠がはっきりしない。和牛の遺伝資源がどう転べば知的財産となり得るのかね。全く牛の勝手でしょう。進化系統学的には和牛のルーツを探ることは研究テーマとしては面白い。

実は種苗法改正案も同じ3月に国会に提出されている。審議が先だった和牛関連法案はすんなり通った一方、種苗法改正案は審議の順番が遅かったのに加え、反対論が盛り上がり、かつ他の法案の影響で与党への風当たりが厳しくなって、最終的には時間切れとなり、審議が秋の臨時国会に持ち越された。
自家増殖が許諾制になるということは、農家がこれまで認められてきた権利を規制するもので、育成者権と農家の権利の保護が相反する部分は確かにある。育成者権と農家の自家増殖の権利を、一方が勝てば他方が負けるゼロサム・ゲームと捉えるからこそ、反対論が盛り上がるのだろう。
しかし、長い目で見れば、育成者へのインセンティブが高まり、優れた品種の開発が活性化するほど、農家は恩恵を受ける。種苗法改正の議論をきっかけに、品種登録の件数が右肩下がりを続ける現状を直視し、知財で日本農業を活性化することを考える方が、建設的ではないだろうか。

**種苗業者を利するだけの法案を考えているのが今の農水省か。同じ農学部出身の人間として情けないね。昔、農業経済の教授が言っていた言葉を思い出す。「昔の農家は肥料としての人糞の良し悪しをなめて確かめた。」昔の農林省の役人さん達は一にも二にも農民の為しか考えていなかった。農水省役人さんは育成者権なんていう妙な権利を振り回す前に、農業の現場での実習を必須事項とすべきかもね。
☆注)
1.「あまおう」は商標で「とちおとめ」は品種名だと。農業分野で商標登録する場合は、品種登録についても理解しておく必要がある。品種登録した名称は商標登録できないという思わぬ落とし穴があり 、品種登録と商標登録の仕方で、ブランド展開の方向性も変わってくるようです。品種登録と商標登録の関係について、まあ一般の消費者にはどちらでもいいことだけど。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

戦国策

元前漢の学者が紀前1世紀にまとめた「戦国策(せんごくさく)」はことわざの宝庫だといわれる。『戦国策』(せんごくさく)は、戦国時代の遊説の士の言説、国策、献策、その他の逸話を国別に分類し、編集した書物(全33篇)。前漢の劉向の編。「戦国時代」という語はこの書に由来するとのこと。

戦国時代 (中国)の時代区分。下限を秦の天下統一の年(BC・222)とすることは一致している。上限を趙・魏・韓の三国が晋を三分した年(BC・453)や同三国が周の威列王(いれつおう)に依って諸侯と認定された年(BC・403)とする説等。だから、戦国時代とは、一般に春秋時代(BC・722〜481)に接続する周王朝末期の二百数十年とされる。また、戦国時代という呼称は、春秋時代が、孔子の著したと言われる史書の名『春秋』、 に因んで附けられたように、「戦国策」という書名に拠って附けられたことも注目すべき点。二つ合わせて春秋戦国時代としておけばいいか。

春秋時代を経て戦国時代に入ると、周の封建制度が瓦解し、小国は大国に吸収、併呑され各国が領土の獲得に狂奔し、いたるところで侵略戦争が行われていた。しかし、各国は武力での侵略を極力回避した。なぜなら、武力による侵略では勝敗にかかわらず国力の疲労をもたらし、他国に乗ずる隙を与えるからで、西周、宋、衛などの小国はもとより、秦、斉、楚などの大国も、極力、平和的外交手段により打開しようとした。その一方で様々な思想が生まれ、法家の商鞅や儒家の孔子などの学者、思想家や、また諸国を遊説し外交を論じる縦横家(または遊説家)などに活躍の場を与えた。『戦国策』中で活躍しているのは、概ねこの縦横家(説客)である。中国の戦国時代は決して弱肉強食の時代ではなかったようだ。寧ろ諸子百家等の多様な思想がうまれる活気に満ちた中国史上最も輝いていた時代であった可能性も高い。

 前漢の学者が紀元前1世紀にまとめた「戦国策(せんごくさく)」はことわざの宝庫だ。「蛇足(だそく)」「百発百中(ひゃっぱつひゃくちゅう)」「禍(わざわい)を転じて福(ふく)となす」。多くは中国古代の戦国時代に、比喩を交えて外交策などを説いた弁舌家の言葉が元になっている。 「漁夫(ぎょふ)の利」もその一つ。似た成句に「山に座して虎の闘(たたか)いを観(み)る」がある。2頭の争いを座視していれば双方が傷つき、漁夫の利を得られる。虎を米中に見立てて、このことわざを使ったのがプーチン露大統領だった。
冷戦時代にニクソン米大統領が進めた「三角外交」にも通じる。中ソ対立の激化を知った米政府はソ連とのデタント(緊張緩和)を進める一方、中国との歴史的な和解に動いた。この結果、米国は中ソ双方に対して有利な立場を築いた。

中国の兵法書「孫子」だって負けてはいない。熱い戦争は避けるの最良の戦略。「戦わずして勝つ。」長期戦に持ち込み相手方の自滅を誘うのは最良の策だ。現代の国際政治にも十分に応用でき実際に機能している。ただ、権力者たちの思惑通りにはことは運ばないけど。

【山に座して虎の闘(たたか)いを観(み)る】
ジュネーブでの米露首脳会談では、中国をにらみ、対露関係を安定化させたいバイデン米大統領の思惑が浮き彫りになった。ロシアによるクリミア編入、米企業へのサイバー攻撃、反体制派の弾圧と対立点は多いが、批判より対話を重視する姿勢が目立った。
かといってプーチン氏が高姿勢だったわけでもない。かつてメルケル独首相を4時間、安倍晋三前首相を3時間近く待たせた「遅刻魔」がバイデン氏より先に会場入りした。やはり対米関係を重視しているのだ。さて中国がどう動くか。中露の蜜月ぶりを示したいのではないか。3大国の関係の行方は日本にも大きな影響を及ぼす。「戦国策」由来の言葉でいえば、「長久之計(ちょうきゅうのけい)」(長期戦略)も必要になる。

新型コロナに関しても中国の対応は、面白い。「山に座して虎の闘(たたか)いを観(み)る」。欧米諸国では、ゼロコロナを目指すハト派?と経済優先対策解除のタカ派?とが水面下で大激闘している。WHOを利用して過激な感染対策、ワクチン接種を推奨させ、自らも必至で対策している振りを続けている。ゼロコロナを目指して限りなき戦いを続けて行けばいずれ欧米社会は社会も経済も崩壊する。中国は今は当然ハト派支援だ。
阿片戦争以来の西欧諸国によって植民地化された恨みは当然忘れていない。イスラム諸国も同じだろう、十字軍以来不条理な攻撃を受け続け植民地化された恨みは今も残っている。「臥薪嘗胆」。毛沢東主義も鄧小平主義も究極の目的は同じだ。西欧諸国が没落して米国の覇権が亡くなれば、中国としては覇権など欲しくない。世界は多極化して平和になる。多極化した世界は世界史上最も輝く時代となるかもしれない。

【禍(わざわい)を転じて福(ふく)となす】
武漢市で発生した新型コロナ、これは明かに大災難だ。亡くなった方には心からご冥福をお祈り申し上げます。だから、米国の主張するように中国政府が意図的に世界にばら撒いたの説には簡単には同意できない。中国側から見れば欧米が武漢市にばら撒いた可能性の方が高いと思っているはずだ。 でも、これが欧米に拡散することで何倍にも仕返しが出来たことになった。
新型コロナの恐怖を煽ることで、感染の恐怖は雪だるまの如くふくらんで留まるところはない。米国の一極覇権の時代は終わった。民主主義の理念は大崩壊し、米国民はマスクして毎年ワクチン打って終わりなきコロナとの戦いを続けて自滅への道をまっしぐら。資本主義のグローバル経済は中国がそっくり頂きだ。中国は欧米のコロナ対策に応援の旗を振り続けていれば良い。感染対策甘すぎる。中国を見習え!

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

上有政策、下有対策

中国には「上有政策、下有対策」という有名な言葉がある(2010年11月01日 アジアンインサイト・範 健美氏)。確かにかなり昔にこのことわざ聞いたことがある。範氏は最近の中国の傾向を指して語っているようであるが、これは中国独特の物でもなく、世界中に成り立つ真理と言うべきものかもしれない。

上有政策、下有対策(Shàng yǒu zhèngcè, xià yǒu duìcè) 
上に政策あり、下に対策あり。→和文
There are policies at the top and countermeasures at the bottom. →英語
상단에 정책이 있고 하단에 대응책이 있습니다.→韓国語
Вверху есть правила, а внизу - контрмеры.→ロシア語
**вверуху=adv. 上の方、внизу=adv. 下の方、ともに語尾にアクセント
**правило=n. 規則、контрмера=n. 対策

元々は国に強権的な政策があれば、国の下にいる国民にはその政策に対応する策があるという意味だが、現在は「決定事項について人々が抜け道を考え出す」という意味でも使われる。 でも、いい言葉だね。例え強権的な愚策が強硬されても、現場がそれを有名無実の骨抜きに出来る知恵のある社会は強靭で持続可能性がある。いずれ政策の方が折れるしかなくなる。これも一種の民主主義の形ともいえるかも。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

インスタレーション

富士山 インスタレーション
インスタレーション (Installation art) とは、1970年代以降一般化した、絵画・彫刻・映像・写真などと並ぶ現代美術における表現手法・ジャンルの一つ。ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術。空間全体が作品であるため、鑑賞者は一点一点の作品を「鑑賞」するというより、作品に全身を囲まれて空間全体を「体験」することになる。鑑賞者がその空間を体験(見たり、聞いたり、感じたり、考えたり)する方法をどのように変化させるかを要点とする芸術手法である。
ビデオ映像を上映して空間を構成することもあれば(ビデオ・インスタレーション)、音響などを用いて空間を構成する(サウンド・インスタレーション)こともある。
最初はおもに彫刻作品の展示方法の工夫や、ランドアート・環境芸術の制作、パフォーマンスアートの演出に対する試行錯誤から誕生したが、次第に彫刻などの枠組みから離れ、独自の傾向を見せるようになったため、独立した表現手法として扱われるようになった。

インスタレーションの意味
インスタレーションとは、元の意味は「設置」「取付」「インストールする」という意味。古くから美術館の壁面などへの作品展示も「インスタレーション (installation) 」と呼ばれていたが、壁や床一面に絵画や彫刻を飾り付けていた時代はインスタレーション(設置)の方法はあまり問われなかった。 展示方法の工夫を通して鑑賞者への見せ方を意識することはロダンら一部の彫刻家が先駆的に取り組んだが、やがて展示方法によって空間自体を作品化することが美術の一手法として認識されはじめ、彫刻や絵画などから独立した。
中国や韓国では「装置芸術」「設置芸術」などと呼ばれることもあるが、日本では一般に「インスタレーション」の名称が用いられる。
インスタレーションを制作するにあたり、映像、彫刻、絵画、日常的な既製品(レディメイド)や廃物、音響、スライドショー、パフォーマンスアート、コンピュータなど、どのようなメディアを使用するか、また美術館や画廊などのギャラリースペース、住宅など私的空間、広場・ビルディングなどの公的空間、人のいない自然の中などどのような場所を用いるか、などは特に制約はない (もちろん、建築基準法などに違反した場合は刑罰の対象となる)。

古典美術はどちらか言えば、自然物(風景、人物、建築物)をいかに忠実に作品に再現するがの技法が問われていたと思う。我々はその路線に沿って作品を楽しみ鑑賞することが出来る。ところが、写真やCG三次元画像等の技術の進歩によって、アーティスト達の出番が失われて来た。作者達の磨き上げた他の追従を許さない高度な技巧をどのような形で発揮すれば良いのか。

アイスランドの氷山のカケラを都市に並べ、溶けるのに任せて人々にそれを触らせて、地球温暖化の警鐘を鳴らす? これがアートの役割ということだろうか。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

今年のノーベル賞

真鍋淑郎 ノーベル物理学賞にプリンストン大学上級研究員の真鍋淑郎さんが選ばれた。温暖化問題のCO2犯人説を正当化するための政治的なものでは断じてなさそうだ。スーパーコンピュータを回し、可能な限りのデータを取り扱う超巨大シミュレーション技術と言えるかも。大変お金のかかる緊急であったことも本人が認めている。
そもそも気象現象は典型的な複雑系=カオスの世界で、非線形問題、ちょっとデータを変えるだけで全く異なった結果となってしまう。今でも気候の予測は難しいとご本人も明言。まして政治的な判断は「もっとも難しい判断ですね。」 近年、物理学賞は、ヒッグス粒子だの、ニュートリノだのと人間生活からかなり離れた分野に集中していた。しかし、先端の物理研究は、理論だけでなく何らかの実験的の裏付けが必要だ。となると、今回の受賞はどのような実験的な裏付けがあったのだろうか。どのような解釈が試みられていたのかは今後の楽しみかも。

カタリン・カリコ博士 いっぽう、ノーベル医学・生理学賞の最有力候補と見なされていたカタリン・カリコ博士は今回は受賞に至らなかった。遺伝物質「mRNA」を活用した全く新しいタイプのワクチンの発明者ということだったが。核遺伝子(DNA)→mRNA→tRNA→リボソーム?→タンパク質生産という、生命現象において、外部からのゲノムを改造mRNAを注射することで、任意のタンパク質を製造させることが出来ると言う画期的方法の発明者。これによってファイザー社やモデルナ社等がmRNAを開発できたと言うものだ。実際これらのワクチンは緊急事態の大義名分で臨床的実験を省略して使い回されているので、ノーベル賞を与えて正当化したかったという政治的意図は感じられる。勿論研究者自身はそんな意図は無いでしょうが。ただワクチンが授賞理由なら、開発ワクチンが本当に人々を感染の恐怖から解放できる(マスクが不要になる)かどうかを見てからでも遅くはないでしょうね。
研究としての意義は、生命の細胞が自己と非自己をどのように区別するかの解明のための極めて基礎的で重要な研究であることは間違いないはずである。
で、実際は?
受容体 10月4日、スウェーデンのカロリンスカ研究所は、2021年のノーベル生理学・医学賞を、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のデビッド・ジュリアス博士と、スクリップス研究所のアーデム・パタプティアン博士に授与すると発表した。受賞理由は、「温度と触覚の受容体の発見」だ。
「受容体」とは、私たちが外界や体内で発生した「刺激」に反応するために細胞に備えられた「センサー」。私たちが日々の食事でさまざまな味を感じることができるのも、私たちの「舌」に、甘み、酸味、塩味、苦味、うま味といった5つの「味センサー」のおかげ。

これと同じように、「刺激」を認識できるのは、刺激に対応した「センサー」を持っているから。では、私たちが沸騰したやかんに触れたときに「熱い」と感じることができるのはなぜか。氷に触れたときに「冷たい」と感じることができるのはなぜなのか。さらに、なにかに接触したときに「触れた」、あるいは「痛い」と感じることができるのはなぜなのか。
2021年のノーベル生理・医学賞の受賞者として選ばれた科学者は、まさにそのセンサーの発見に大きな貢献をした2人だ。
生命の科学は、まだこんなことも解明されていいないのだ。物理学賞と比べてみると面白い。この後、文学賞など他の賞の発表が続く。楽しみですね。

社会科学・哲学の部屋へ
社会学の部屋PartⅡへ
経済の話

inserted by FC2 system